龍脈の申し子も異世界へ来るそうですよ 作:ナタルア
「ま、まさか話を聞いてもらうその前段階に辿り着くために、小一時間も時間を浪費してしまうだなんて………これぞ正しく学級崩壊というものです………」
真っ白な灰の様に燃え尽きて項垂れる黒ウサギ。彼女の毛並みは、中々の荒れ具合を起こしていた。
事を成しえてしまった問題児たちといえば、
「飴、一人で食べたの?」
「良いだろ?」
「私も欲しい」
「バニーちゃんに貰えばいいんじゃね」
不満気に唇を突き出す耀に、取り合わない松風は手を振った。
彼にしてみれば、黒ウサギが何者で、ここがどこで、一体何の用があるのか。一切合切、正直な話どうでも良い。
元々、一人旅の為に広大な宇宙へと足を踏み出すような大バカ者なのだから。そこが未知の惑星だろうと何だろうと気にも留めないのだ。
とはいえ、場は一応の終着を見た。少なくとも、話を聞いてくれるであろう状況にはなった。
ペソペソとべそかきながら、しかし黒ウサギはキリッと顔を上げる。
「んんっ!き、気を取り直してまして!皆さま、箱庭の世界へようこそ!この度は、皆様の様な“ギフト”を持つ者のみが参加する事が出来る“ギフトゲーム”への参加資格をプレゼントさせていただきたく召喚させていただいた次第なのです!」
「ギフトゲーム?」
「YES。皆さまもお気づきかとは思いますが、その身に宿る力は通常人々が持ち合わせている様なものではございません。何れも、数多の修羅神仏から、或いは悪魔、或いは精霊、或いは星。様々な上位存在から与えられた“恩恵”となるのです。この箱庭では、日夜それら恩恵を比べ、競い合う“ギフトゲーム”が行われております。そして、当然ながら強力な“
気合の入った黒ウサギの語り。成程、問題児たちの関心を集める事には成功しているのだろう。
一人を除いて。
「…………」
先の通り、松風としては惹かれる要素が無い。そもそも、彼の体に宿っているのは恩恵と言うよりも、最早呪いの類であるから。
ついでに、
(何企んでやがるんだか)
黒ウサギの腹の内もある程度察していたりする。
別段、松風は手練手管を駆使する策略家が嫌いではない。そもそも、彼は考える事が嫌いな為に罠に嵌められたうえで罠ごと相手をぶった切るような事も珍しくないのだから。
その点、彼女は色々と拙い。気配の消し方然り、腹芸然り。最早微笑ましいとも言えそうな物。
一つ補足をするならば、松風の目から見て黒ウサギは悪意を持って四人を呼び出したという訳では無い点だろうか。
とにかく、彼女が腹を割って話す気が無いのならば、松風としても協力する気にはならなかった。それは同時にやる気の無さにも繋がる。
「そちらも、質問などはございませんか?」
「ん?……あ、俺?ないぜ」
心ここにあらず、というか説明の何割聞いていたのかも分からない松風に、黒ウサギのジト目が僅かに向けられる。
「あの、説明を聞いておられましたか?」
「聞いてた聞いてた。要は、喧嘩売られたらぶっ飛ばして、身包み剝いでやればいいんだろ?」
「違いますよ!?」
「大丈夫だって。その場のノリと勢いに任せれば何とかなるさ。うん、ダイジョブ」
「~~~~っ」
頭痛がする、と言わんばかりに黒ウサギは眉間を揉む。
明らかに興味が引けていなかった。しかし、この場での話は切り上げる流れ。セールストークを連ねようにも難しい。
やっぱり問題児だった、と黒ウサギはため息を吐くのだった。
*
「へぇ、結構賑わってるんだな」
雑踏を進む松風の感想である。
今彼は、左手を腰に差した刀に乗せ、右手を懐に突っ込んだ姿で街を行く。欧風な街並みには浮いてしまう格好だが、そこは箱庭。多種多様な種族のお陰かそれ程でもない。
問題なのは、今の吉田松風が
発端は、この箱庭に到着した時の事。
まず十六夜がやらかした。彼は、黒ウサギの目を盗んで世界の果てへと向かってしまったのだ。黒ウサギはその後を追った。
そして、このゴタゴタの内に興味の湧かなかった松風は、その場を離脱。散歩へと繰り出していた。
全く知らない街で自殺行為の様にも見えるが、生憎と死ねない彼の足は思いの外フットワークが軽く、尚且つその場に留まれない。名前の通り、風の様な男だった。
同時に、元の世界では、面倒事ホイホイと言われてもいたり。因みに、その点を指摘するとうちの兄貴には負ける、と返ってくる。
しかし、この地に彼の兄貴分は居ない。故に、ホイホイは彼になる。
「…………ん?」
団体を道の端に寄って避けた所で、松風の耳がとある音を拾う。
音、というか声だろうか。大人の男と、それからくぐもった小さな声。
反射的に見回せば分かりにくい路地の先で、何かが揺れた。
近付けば、自然と声も聞こえてくる。その内容も。
「おい、早くしろよ……!」
「暴れんじゃねぇ!ロープ、もう一本寄こせ」
「もう殺っちまって良いんじゃねぇか?どうせ連れて行ったら、ガルドさんが殺っちまうんだしよ」
「馬鹿野郎。こんな場所でやっちまったら、血で汚れてバレるだろうが」
「馬鹿はテメェだ。首へし折れば、血なんざほとんど出ねぇよ」
「~~~~~ッ!!」
中々に畜生な会話をしている男たち。その頭には、獣の耳が揺れており、男たちの中には獣の尾を持つ者も居た。
何より、彼らが今まさに大きな麻袋へと積めようとしているのは、猿轡をかまされて縛られた小さなか子供。
明らかな事案の光景がそこにはあった。
これからこの子供には、途轍もない不幸が降り注ぐのだろう。そして、ソレに抗う事など出来ないだろう。
だが、今この瞬間だけは違う。
「めんどくせえな。もう、手足折って折りたたん「はい、お邪魔ー」でっ!?」
男の一人が吹っ飛んだ。そのまま五メートルほど飛んで、路地を転がる。
慌てて、男たちの目が向けられたのは白地に、水色の水流紋があしらわれた羽織を着た三振りの刀を左の腰に差した男。
左手を刀の柄に乗せたまま右手で顎を掻く彼は、呆れたような目を男たちへと向ける。
「ギャーギャー、ギャーギャー喧しいんだよ、この野郎共。何だ?発情期か?盛るなら、人目の無いところでヤレよ」
どこのチンピラだと言われそうな柄の悪さを持って、吉田松風はその場へと割り込んでいく。
「何だ、テメェは」
「ただの通りすがり」
「チッ……オレ達が、“フォレス・ガロ”だって知らねぇのか?アイツぶっ飛ばしたことは不問にしてやるから、失せやがれ」
「失せろって。いやいやいや…………性欲こじらせて、ロリコンだか、ショタコンだか、ペドフィリアみてぇんな犯罪現場を見て、ハイサヨナラなんて出来る訳ねぇだろ」
「「ああ゛?」」
男たちの蟀谷に青筋が浮かんだ。
目の前の少年は物騒な物を腰に差してはいるが、男たちはその身に獣に関するギフトを宿した者達だ。その身体能力は常人の域ではなく、少なくとも数メートルの距離を苦にすることは無い。つまりは、抜刀される前にその爪で引き裂く程度なんら苦も無く行える。
「口の利き方には気を付けた方が良いぜ、小僧。この箱庭で長生きする事は、自分の分を知る事だ」
「へぇー……ま、
右手の小指を耳に突っ込んで耳垢を掃除しながら、松風はそんな事を宣う。フッと息を吹きかければカスが飛んだ。
それが、合図。男たちの内一人が、苛立ちのままに石材すらも大きく傷を刻む爪を持って目の前の馬鹿を引き裂かんと迫った。
だが、
「ばっ!?」
肉の軋む音と、鼻が潰れて骨の折れる音が響く。
ノーモーションからのカウンター。腕を振り抜かんと突っ込んだ男の顔面に、松風の右拳が深々と突き刺さり力任せに、石造りの裏路地へと叩き付けられていた。
拳を振り抜いた体勢から、脱力した立ち姿へと上体を起こした松風はそのまま両手の指の関節を鳴らす。
「教えといてやるよ、センパイ。人を見た目で判断しない方が良い。俺は、結構血の気が多くて、尚且つ気の短い方だ」
「ッ……!」
一歩松風が進めば、自然と男たちは一歩後ずさっていた。
恐ろしかったのだ。目の前の優男にも見える少年が、底知れない感じがして。
だがしかし、彼らもまたこの場から本能のままにしっぽを巻いて逃げる訳にはいかない。
この誘拐を失敗してしまえば、自分達が危ういのだから。
「お、終わってたまるか!!」
「うおぉおおおおおおお!!」
「死ねぇえええええ!!!」
三人が気合のままに突っ込んでいく。
都合三回。肉を潰し、骨を折る音が響く。
「…………ケッ、特攻すれば勝てるとでも?」
両手を払って、羽織に着いた砂埃を払って松風は吐き捨てる。
彼にしてみれば、この程度のチンピラなど百人束になっても素手でボコれる。木刀を抜く櫃寄制も無い。
路地に転がった男たちを端へと蹴り避けて、松風は未だに麻袋に体が半分収まった状態で震える子供へと足を向けた。
一歩近づく度に、子供の目は涙の膜が厚くなり決壊。同時に震えも酷くなる。
しかし、彼は知った事かと子供の前にまで辿り着くと膝を折って視線を合わせるように屈み込んだ。
「よお、ガキンチョ……っと、悪いなソレ、外してやるよ」
「っ……ぷあっ、だ、だだだだれ?」
「俺か?俺は、吉田松風。さっき言ったのが聞こえてたかは知らねぇが、ただの通行人だ。偶々、声が聞こえてこっちまで来た。それでよォ、そこの発情期の馬鹿どもは、知り合いか?」
親指で後方を示す松風に、子供は取れそうな勢いで首を横振った。
同時に、決壊した涙に引っ張られる様に泣き出してしまう。
「おかあさんにあいたい……」
「ちょ、おいおい……あんまり擦るな、目に悪い……参ったな」
いっその事大声で泣き喚いてくれればまだ対処しやすいのだが、子供は顔を手で覆って肩を震わせ声を押し殺すように泣いているのだ。
蹲踞の姿勢で頭を掻いた松風は、とにかく麻袋から子供を出そうとその手を伸ばす。
脇の下に手を突っ込んで持ち上げた子供は、年相応の重さがあるが彼にしてみれば大したことは無い。そのまま慣れた手つきで抱き上げれば、肩口に子供は顔を押し付け、縋りつくように首に腕を回してきた。
心細かったのだろう。恐ろしかったのだろう。そして、子供ながらの直感が目の前の少年は信じて良いと判断したのだろう。
とにかく、色々と要素が絡み合って子供はただただ、泣いていた。
そして、松風はそんな子供の背を優しく叩きながら、後ろで伸びている野郎共をどうしてやろうか、と頭の中で考えるのだった。