龍脈の申し子も異世界へ来るそうですよ 作:ナタルア
様々な種族入り乱れる箱庭の街並み。
しかし今この瞬間、人々はある光景にドン引きしながら道を譲る、という事態に陥っていた。
「おにーちゃん、あっち」
「おう」
泣いたからか目元の赤みは残っているが、それでも持ち直したのかふくふくとした頬を赤く染めて道の先を指さす子供と、そんな子供を右腕に乗せるように抱え上げ、左手にはロープを握った着物姿の少年。
ただそれだけならば、ロープは邪魔だが年の離れた兄弟姉妹にでも見えるかもしれない。
だが、その光景を微笑ましいだけで終わらせないのが、少年の握るロープの先に繋がれたもの。
「「「「…………」」」」
四人の獣人の男たちがロープでグルグル巻きに一つに纏められ引き摺られているのだ。
白目を剥いた彼らの上には麻袋が乗せられており、その袋の表面にはこう書かれている。
『私たちは小児性愛者です by“フォレス・ガロ”』
社会的な死である。少なくとも、道を開ける人々は松風と子供のやり取りにほっこりして、直後に引き摺られる男たちにギョッとし、そして彼らに張り付けられた麻袋の文面を見てゴミを見る様な目を彼らに向けた。
「おにーちゃん、つよいね。コミュニティにはいってるの?」
「あ?あー……入る予定では、あるな」
「はいってないの?」
「色々あんだよ。それよりも、ホレ。次の道はどっちだ」
「じゃあ、マロのコミュニティにはいって!」
耳元で叫ぶように勧誘してくる子供に、松風は頭を傾けながら眉根を寄せた。
彼自身、自分を呼び出した黒ウサギに思う所はある。だが、同時に苦手そうな腹芸をしなければならない状況で呼び出したのだから、何かしらの事情があるのだろうとも理解していた。
そんな彼女を放って、他のコミュニティに所属するのは、あまりにも不義理。最低でも、一言断りを入れるべきだろうというのが、彼の考えだった。
「悪いな、ガキンチョ。俺は、不義理は働かねぇんだ」
「なんで!?やだ!おにーちゃんはいって!」
「唐突に我儘言いやがる……ダメなもんは、ダメだ。駄々こねんな」
「ヤー!!」
じたばた腕の中で暴れる子供に、松風の眉根が寄って眉間に皺が刻まれる。とはいえ、小さな子供一人の駄々で取り落とす程軟な体はしていない為、その腕の安定感に陰りは無い。
ポカポカ叩いてくる柔らかな手にされるがまま、時折目元に迫る分だけ躱しながら辿り着いたのは、ペリベッド通りにある噴水広場。
少し周囲を見渡して、そこで子供が気付く。
「おかあさん!」
「ッ!マロ!」
松風の腕に抱えられたまま手を振る子供に、血相変えた女性が駆け寄ってくる。
「マロ、無事なのね!?怪我は?どこも痛い所はない?」
「うん!おにーちゃんがたすけてくれたの!」
子供の言葉に、そこで女性の顔が松風へと向けられる。
「ありがとうございます!この子にもしもの事が有ったらと思うと…………」
「気にすんなよ。俺も、偶々その場に居合わせただけなんでな」
頭を下げる女性に軽く返しながら、松風は後方を親指で示す。
示された方向を確認した彼女は、その目を大きく見開いて顔色を悪くしていた。
「フォ、“フォレス・ガロ”!?そ、それじゃあ、誘拐は彼らの……?」
「自分達でそう名乗ってたぞ。まあ、どこのどいつだかは知らねぇけどな」
「おかあさん!おにーちゃん、コミュニティに入ってないんだって!」
「そうなんですか……?」
「まあ、この箱庭?にも来たばっかりだからな……おい、羽織から手を放せ」
「やっ!」
「嫌じゃねぇっての」
四苦八苦しながら子供を女性へと渡そうとする松風。ただ、怪我をさせる訳にはいかないからかいまいち力を発揮できておらず、どうにも上手くいかない。
引き摺ってきた男たちを踏みつけて両手を使い始めた時には、既に周囲の視線を集めており同時にその場にいるほぼ全員に認識されるという事。
「――――見つけましたよ、松風さん!!!」
甲高い声が響き周囲の視線が集まる。
視線が集まる先に居たのは、その髪を淡い緋色へと変えて目を三角にしている、黒ウサギだった。
一旦、子供を下す事を止めて左手を挙げる松風。
「よお、バニーちゃん。何してんだ?」
「よお、バニーちゃん、ではありません!ジン坊ちゃんに聞きましたよ!?松風さん、箱庭に着くと同時に姿を消したというではありませんか!いったいどれほど気を揉んだと思うのですか!?」
「いやー、悪い悪い。いまいち興味も湧かねぇが、街見て回れば気も変わるかと思ってな」
ケラケラと言ってのける松風に、黒ウサギは苦いものを覚える。
つい今しがた、彼女は己の考えの過ちを理解させられてきたのだから。そして同時に、その場を離脱していた松風には一切の弁明が出来ていない事にも気付かされる。
だが、その弁明も場が許さない。無垢な瞳が、真っ直ぐに黒ウサギへと向けられているのだから。
「……うさぎさん」
「あ?」
「おにーちゃん、うさぎさん!うさぎさんがいる!!」
「っ、おおう大興奮。なに、バニーちゃんって有名人な訳?」
「ほ、本当に、ご存知ないのですか?“月の兎”と言えば、“箱庭の貴族”として帝釈天の眷属としても有名ですけど……」
「知らね」
大興奮の子供が落ちないように抱え直しながら、松風は肩を竦めた。
将軍だろうが姫様だろうが惑星の皇子だろうが、等しく関係の無い彼にとってみれば、黒ウサギが有名人のやんごとなき立場だろうがどうでも良い。ついでに、意識の逸れた隙に子供の両脇に手を通して抱え上げ、女性へと手渡す手際の良さを見せた。
喜色満面から一転、キョトンと松風を見る子供。
その小さな頭を撫でて、彼は笑みを浮かべた。
「んじゃ、俺はこれからこいつらを本拠地に叩き込んでくるからよ。お前は、母ちゃんと一緒に家に帰れ」
「やだ!!おにーちゃんもいっしょがいい!!!」
「マロ、我儘言わないの……すみません」
「まあ、それ位のガキンチョは我儘なぐらいが良いだろうよ。目いっぱい甘えて、我儘言って、愛されて、確り抱きしめてやれば真っすぐ育つだろ」
大泣きする子供の頭を再度撫でて、松風は足元の男たちを担ぎ上げる。
それが合図。
女性は頭を下げて去っていき、大泣きする子供は母親が止まらない事を悟ってその肩口に顔を埋めてしまった。
見送り、松風は一つ息を吐き出す。
「やれやれ、どうにもガキンチョの相手ってのは湿っぽくなるな」
「……松風さんも、まだまだ子供と言える年齢では?」
「まあ、な。それより、バニーちゃんは一人か?」
「バ……んんっ、皆さんの方にはジン坊ちゃんが居ますから。これから、ギフトの鑑定へと向かう所です。松風さんは……」
「このゴミクズ共を捨ててくる。まあ、オマエ等の拠点教えてくれれば、そっちに勝手に行くさ」
「……」
「何だよ」
「いえ、その……」
「…………ハッキリ言っとくが、俺はお前らの抱える問題何て、本気でどうでも良い」
「え?」
「そもそも、態々召喚しときながら、楽しんでくれ、何て言われてハイそうですか、とはならねぇだろ。バニーちゃんが何かしら腹の中に抱えてたのは見てわかった。まあ、最初から俺としちゃどっちでも良かったけどな」
絶句、と言う他ないだろう。同時に、侮っていた、と黒ウサギは内心で恥じる。
彼女は十六夜とのやり取りから、自身の考えを改めた。そして今、価値観に一石が投じられる。
前提として、吉田松風は己の世界に退屈していない。十六夜や飛鳥、耀とは違い、彼の足は地球を飛び出して宇宙へと漕ぎ出していたのだから。
それでもここに居るのは、無意識であれ、意識的にであれその文面に何かしらを感じたからだろうか。
そしてその直感とも言うべき部分は、黒ウサギと出会った事で確信へと変わっていた。その上で、賽を相手に預ける真似をする。
「…………助けて、いただけませんか?」
「おう、良いぞ」
「良いんですか!?」
「言ったろ、お前らの事情とかそう言う事に興味ねぇんだよ。よっぽどの理由で呼び出したのなら、その呼び出しに報いる程度の働きはしねぇと、不義理だろ」
吉田松風と言う男は、損得勘定で刀を振るったことは無い。何時だって、そこにあるのは自分の意思だ。
助けたいから、助ける。守りたいから、守る。至極シンプルな、自分勝手だ。
呆気にとられる黒ウサギ。しかし、知った事かと松風は指を立てた。
「そう言えば、バニーちゃん」
「は、はい!?というか、私の事は黒ウサギと――――」
「このゴミの本拠地ってどこだ?」
「あー…………えっと、一応箱庭にも自治機関がありますので、そちらに引き渡せば宜しいかと」
「んじゃ、そこは何処だ?」
「これから向かう道すがらにありますので、そちらで。ついでに、松風さんのギフトも知れた方がよろしいでしょうし」
「えー……別に良いだろ。俺は自分の力知ってるし」
「その他にも、皆さんとの顔合わせもありますから!」
協力してもらえることが確定したからか、黒ウサギは上機嫌に松風の右手を取ると待たせている連れの方へと歩き出す。
そして、彼はとある名前と出会って困惑する事になる。その名前と言うのは、実に重いものであるのだから。