龍脈の申し子も異世界へ来るそうですよ   作:ナタルア

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「本当に、ろくでもないわねあのコミュニティは」

 

 嘆息する飛鳥は、半ば吐き捨てながらそんな事を言う。

 つい今しがた、子供を誘拐しようとしていた“フォレス・ガロ”のチンピラたちを引き渡してきた所なのだ。

 

「にしても、偶然にも程があるだろ。その……あー、ナンタラ?は何処にでも喧嘩売ってやがるし」

「今回の松風さんが介入した誘拐も、他のエリアに手を出すための取り掛かりだったようです。この近辺で旗印を守れているコミュニティは、“フォレス・ガロ”よりも大手の場所ばかりですので」

「やっぱり、不愉快な男ね。その様で、よくもまあ勧誘なんて出来たものだわ」

「暗黙のルールって奴か?魔王なんて代物が跋扈しているなら、そう言う不正も罷り通ると」

「いいえ、“フォレス・ガロ”の、ガルド=ガスパーのやり口は完全な黒。この箱庭においても露見すれば、排斥は免れません」

「露見すれば、ね…………」

 

 げんなりとしながら、松風は空中を舞う花びらの一つを摘まんだ。

 

「見た事ねぇ花だな」

「桜……じゃ、なさそうね。それに、真夏にまで咲いている筈ないもの」

「あん?今は初夏だろ?気合の入った奴なら、まだ咲いてるんじゃないか?」

「…………?今は秋の筈だけど」

 

 おや?と四人が首を傾げれば、黒ウサギが笑って説明に入る。

 

「皆さんは、それぞれ別の世界から召喚されているのデス。元々の時間軸のみならず、歴史や文化、生態系などで差異が見つかる筈ですよ」

「へぇ、パラレルワールドって奴か?」

「近しいですね。正しくは、立体交差平行世界論と言うのですよ。ただ、この話を詳しくしようと思うと一日、二日では収まりませんので、またの機会という事で」

 

 それに目的地到着です、と黒ウサギが指さす先には今まさに店じまいを始めようとしている割烹着姿の女性店員の姿が。

 向かい合う双女神紋章。これこそが、目的地“サウザンドアイズ”の旗印だった。

 

「まっ――――」

「待った無しです、お客様。本日の営業は終了いたしました」

 

 声を掛けようとした黒ウサギだったが、女性店員はにべもなく看板を下ろしてしまう。

 

「まあ、ダメだわな」

「閉店?」

「店としても、閉店時間間際に客の対処したくねぇだろ。俺はしたくない」

 

 店員へと詰め寄る三人より一歩離れて、松風は顎を撫でた。その隣では、耀が三毛猫を抱き上げ撫でている。

 

「松風も、働いてた?」

「おう。俺の兄貴分が万事屋やっててな。まあ、基本的に閑古鳥は鳴いてるわ、家賃は滞納してるわで稼ぎ何て時々ドカッと入って後は文無し、何て事も珍しくなかった」

「…………それ、店で良いの?」

「良いんだよ。看板掲げて、社長が居て社員が居たんだから……給料を博打に突っ込むアホ兄貴だけどな」

「ダメでしょ、ソレ」

 

 呆れた目を向けてくる耀に、松風も擁護できないのか肩を竦める。

 ただ、

 

(悪い思い出じゃ、ねぇんだよな)

 

 楽しく無かった訳では無い。寧ろ、毎日笑って過ごせる程度には、退屈しない満ち足りた日常だった。

 そりゃ、何度かこの銀髪パーマ引き千切ってやろうか、とか。ついにやったか、とか。パチンカスも大概にしろ、とか。思わなかった事が一度も無いと言えば嘘になってしまうが。

 

 横からチラリと盗み見た耀は、そんな彼の表情に僅かに首を傾げて前へと視線を戻した。

 同時に、二人揃って左右へと避ける。その空いた空間を凄い勢いで、黒ウサギと小柄な何かが吹っ飛び、近くの水路へと落ちていった。

 

「…………何事だ?」

「知らないわ。でも、黒ウサギの知り合いじゃないかしら?」

「びっくりした」

「いや無表情」

 

 女性店員へと絡んでいる十六夜を除いて、三人の視線が水路へと向けられる。黒ウサギの声が聞こえてきた。

 

「もう!いい加減にしてくださいませ、()()()()!!」

 

 そんな叫びの様な声と同時に、ぶん投げられた白髪頭の少女。

 縦回転しながら、“ノーネーム”の面々の元へと飛び、

 

「ほい」

「んぎゃ!?お、おんし、初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!?」

「十六夜様だぜ、和装ロリ」

 

 ケラケラと笑う十六夜。

 その一方で、松風は右の眉を上げて怪訝な変な表情をしていた。

 

()()()~?」

「おう、なんだ小僧。私の名前に何か…………む?」

 

 解せないと言わんばかりの声色と表情でつぶやく松風に反応した、白夜叉と呼ばれた少女は、しかし軽快な態度から一変彼の顔を覗き込む様に近付いていった。

 突然の事に、眉を上げる松風。だが、その直後に何かを感じ取ったのかジッとその幼さの残る端正な顔を見下ろした。

 

「……おんし、随分と厄介な事になっているな。苦労したのではないか?」

「まあな。でもまあ、悪い事ばっかりじゃねぇよ。慣れたし」

「そうか」

 

 二人の間でだけ通じる短い会話の末、白夜叉はポンッと松風の背中を軽く労わる様に叩く。

 周りはついていけないが、しかし大した事ではない。既にこの話には、ケリがついているのだから。

 そこに合流してくる、服の水気を絞っていた黒ウサギ。

 

「ま、松風さんは白夜叉さんとお知り合いなのですか?」

「いや?初対面だぜ。な?」

「おうとも。少しばかり変わった童であるから、気になっただけだな」

 

 うんうんと頷く二人に、黒ウサギもそれ以上は突っ込めなかった。そもそも、ここに来たのは目的があっての事。

 一通り、四人を見渡した白夜叉は一つ頷く。

 

「ふむ、おんしらが新たな黒ウサギの同士という事か。中々の面構えではある……とはいえ、顔見世の為だけに来たのではないのだろう?私としても、少し気になる事がある続きは中で話すとしよう」

「オーナー、彼らは“ノーネーム”です。規定では、彼らを客とは――――」

「私個人の客だ。身元自体も、私が証明しよう。店も閉めたならば、ここからはプライベートの時間。何より、ボスに睨まれたとしても私が責任を取る。それで良かろう?」

「むぅ…………」

 

 穴はあるが、しかしだからといって規則云々だけで反論しずらい説明に、店員は口を噤んで道を開けた。中々鋭い目つきではあるが、閉店作業もある為か噛み付いては来ない。

 潜った暖簾の先は、店の外観からは妙にかけ離れた広さの中庭だった。振り返れば店舗正面入り口のショーウィンドウが確認でき、様々な珍品や名品が置かれている。

 そのまま中庭を突っ切って辿り着いた縁側。障子が開かれれば、そこにあるのは広い和室だ。

 上座へと白夜叉が腰を下ろし、残りの面々が対面するように同じく腰を下ろした。

 

「……?どうかしたか?」

「背筋がまっすぐ」

 

 各々がそれぞれの格好で座る中、背筋がまっすぐ伸びた正座の松風に耀の目が見開かれた。まるで一本の棒が背筋を通っているかのよう。

 その姿を横目に、十六夜は少し別の事を考えていた。

 軽薄な態度も見える彼だが、知識面などの頭脳分野に関しても実に優れた能力を有している。

 そんな頭脳が、考えていた。主に、吉田松風という男の正体について。

 

(木刀……は別に、良いか。気になるのは、あのSFチックな脇差と、卍鍔の刀)

 

 湖に落ちた後、チラリと見ただけだが十六夜の記憶力は正確にその造形を脳裏に刻んでいた。

 現状、彼としては興味があるのが黒ウサギと松風の二人。特に後者は、結構な期待を向けている。

 だからこそ、気になった。コスプレイヤーと揶揄したが、その立ち姿は余りにも堂に入っていたから。

 もっとも、今はそちらの追及は後回しだが。

 

「まずは改めて名乗っておこう。私は、白夜叉。三三四五外門に本拠を構える“サウザンドアイズ”の幹部を務めている。黒ウサギとは少々の縁があってな。こうして時折、世話を焼いているのだ」

「頼りになる方ですよ…………あんな感じですけど」

 

 ぼそりと呟く黒ウサギの言葉は黙殺して、改めて白夜叉は四人へと目を向けた。

 

「はてさて、おんし等はこの箱庭へと来たばかりなのだろう?黒ウサギがある程度の説明をしているものとは思うが、先達として教授してやらんことも無い」

「じゃあ、外門って?」

「箱庭の階層を示す外壁に設けられた門の事です。数字は、中心に近づくほどに若くなり、同時に強大な力を持った存在が跋扈する魔境へと変化していくのデス」

「この箱庭は、七つの層で分けられておってな。一番外の外壁から、七桁、六桁と中心へと向かうごとにその数字を減らしていく。黒ウサギも言ったように、中心部へと迫れば迫るほどに、強力なギフトを持つ修羅神仏が跋扈し、並大抵のものでは一刻と持たんだろうな」

 

 補足をするように、黒ウサギが部屋に置かれていたホワイトボードに箱庭の構造見取り図を描いて提示してきた。

 

「……超巨大玉ねぎ?」

「いえ、この場合は超巨大バームクーヘンじゃないかしら?」

「確かに、円柱状を加味すればバームクーヘンだな」

「刀の断面か?」

 

 一人首を傾げているが、大むね四人の感想は見も蓋も無い。

 ガクリと項垂れる黒ウサギだが、白夜叉には好評の様で大笑いしている。

 

「ふふ、ふー……成程、良い例え方だ。ともすれば、この七桁の外門は、差し詰めバームクーヘンの一番外側の薄い皮という事になる。付け加えるならば、箱庭は四つのエリアに分けられている。東西南北でな。その内ここは東のエリア。外門の外を世界の果てと隣接しており、そこにはコミュニティに所属こそしていないが強力な恩恵を持つ者達が居る。その水樹の苗の主のようにな」

 

 白夜叉が見たのは、黒ウサギが傍らに置いていた水樹の苗。

 

「して、誰がどのようにして手に入れたのだ?知恵か、勇気か?」

「ふふん♪こちらの苗は、十六夜さんが蛇神を素手で叩きのめして獲得したものなのです!」

「なんと!?ゲームのクリアではなく、直接打倒したとは……そちらの小僧ではなく、か?」

「先程からそうですが、白夜叉様。松風さんには何かあるのでしょうか?」

 

 黒ウサギが問えば、白夜叉は顎を掻いて少し視線を彷徨わせ、次いで松風へと目を向けた。

 

「おんしから言うのが、筋ではないか?」

「言うって…………あー、俺が殆ど不死身、とか?」

「ふ、不死身?」

「正確には、限りなく死ににくいって事だな。寿命でも死なねぇ、外傷でもほぼ死なねぇ、病気にもならねぇ…………位だな」

「…………白夜叉様?」

「言ってしまえば、そこの小僧は疑似星霊とも言うべき存在よ。ただ、人の血が強いからか権能の様な力は使えないようだがな」

「…………へ?」

 

 目を丸くする黒ウサギ。語彙が融けている辺り、そのショックの大きさを物語っている。

 そこで、飛鳥が手を挙げる。

 

「その星霊と言うのは?」

「箱庭における種族の一つだな。この箱庭には、最強種と呼ばれる種族が居る。一つが、神霊。主に、生来の神や仏がこれに該当する。二つ目が、純血の龍。幻獣の頂点であり、獣の一種の様な扱いだがその生い立ちは“誕生”ではなく“発生”と言う形になる。どちらかというと現象に近いかもしれんな。そして、三つ目が星霊。主に惑星級以上の星に存在する精霊の一種だが、前者の二種と比べても頭一つ抜けている」

「松風君は、その星霊なの?」

「少し違う。人間ではあるが、どういうカラクリかその小僧の体には、龍脈が流れて込んでおる。星を循環する膨大なエネルギーだ。小僧、何をどうすればそうなる?」

「元々は、親父の力さ。つっても、俺は親父の劣化も劣化だったんだが…………まあ、親父が死んでからこうなった……と思う」

 

 元々、吉田松風の体質は父である吉田松陽()の半分かそれ以下の回復力しかなかった。これは、流れ込む龍脈(アルタナ)のエネルギー総量の違い。

 要は、父親が本流で、松風は支流。だが、本流が潰れてその結果支流であった筈の松風へとエネルギーが供給される事になった。

 彼の容姿が父に似ているのも、この分が作用している。

 

「ま、ままま松風さん!」

「ん?」

「だ、大丈夫なんですか!?具合が悪かったり、調子が優れなかったりしないのですか!?」

「え、いや、別、に?と、いう、か、揺らすの、止め、ろ!」

 

 顔を真っ青にして松風へと駆け寄った黒ウサギが、その肩を掴んで前後左右に揺らす揺らす。

 黒ウサギに負けず劣らず顔を真っ青にする松風。流石に不憫に思ったのか、耀が横合いから助けた事で、和室を虹色に汚す事にはならなかったが。

 口元を押さえて顔を真っ青に吐き気を堪える松風。憐れだ。

 各々から不憫な目を彼が向けられる中、十六夜が手を挙げる。

 

「なら、あの蛇神は神霊に当たるのか?」

「いいや?あ奴は、単に神格を与えられた蛇じゃよ。というか、神格与えたのは私だからの」

「神格って?」

「生来の神仏ではなく、その種の最高ランクに体を変幻させるギフトの事です。蛇に与えれば、巨大な蛇神へ。人に与えれば、現人神や神童へ。鬼ならば、鬼神へ。更に、神格を獲得する事が出来れば、自身の有する他のギフトも強化されるのです」

「へぇ、良い事尽くしだな」

「ですが、神格の維持には一定以上の信仰が必要となります。尚且つ、信仰を受けるうえで名前を偽ったりすることはご法度となるんです。偽れば、その力は大きく衰えることになるでしょう」

 

 多くのコミュニティが、その第一歩として目指す神格の獲得。

 強力だが、しかし無敵ではない。現に水樹の苗の主であった蛇神は、十六夜に敗れているのだから。

 

「お前が?神格を与えるって?」

「さよう。かれこれ数百年前になるか」

「つまり、あの蛇神より強いって事だな?」

「それは勿論。私は東の“階層支配者(フロアマスター)”だぞ。この東側で、四桁以下のコミュニティでは並ぶ者のいない最強の主催者なのだから」

 

 胸を張る白夜叉に、三人の目が怪しく光る。

 だが、

 

「止めとけ」

 

 吐き気を収めた松風が、正座を崩した胡坐の状態になって頬杖をついて彼らを止める。

 恐らくこの場で、黒ウサギを除けば間違いなく彼が正確に白夜叉との戦力差というものを把握しているだろう。

 仮に、死力を尽くして戦ったとして、傷をつけることが出来ればそれだけで偉業となる。そのレベルの実力差。ぶっちゃけ、戦えと強要されなければ、松風はこの場から尻尾巻いて逃げ出している所だ。

 とはいえ、やんわりとした制止に止められる筈もなく事は進む。

 これは無理だ、と判断した松風はそそくさと和室を後にするのだった。

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