龍脈の申し子も異世界へ来るそうですよ   作:ナタルア

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 肌に馴染む空気、というものが誰にでもある。その点で言えば、“サウザンドアイズ”の和風の作りは、松風にとって故郷を思い出させていた。

 

「やれやれ」

 

 縁側に腰掛けて頬杖をついて、事の終わりを待つ。

 背後の和室で空間が歪んで五人の姿が消えたのを確認して、松風としては行動を起こす気はない。そもそも、彼がこうしてこの場を離れられたのだから、白夜叉としても力量差を理解させる程度で怪我の一つもさせないのだろうというのが、彼の見解。

 

「はあ…………」

 

 有体に言えば、暇。かといって、人様の屋敷で横になろうとは思わない。

 彼は、兄貴分たちとは違うのだ。はっちゃける時には、盛大にハジケルが。

 目を閉じた松風。そのまま眠ってしまおうかと意識を彷徨わせ始め、

 

「…………なんか用か?」

 

 目を閉じたまま問いかけた。

 彼の元を訪れたのは、先程閉店作業を行っていた女性店員だ。どうやら、一人部屋の外に出てきて座っている松風が気になって寄ってきたらしい。

 

「お話は終わりましたか?」

「いいや?今は、俺の連れと密会中。いや、力関係の刷り込み中?」

「貴方は?」

「俺は、一応止めたからな。見逃されたし」

 

 目を開ければ、好意など一欠けらも感じ取れない目が向けられる。

 当然と言えば当然で、これこそが箱庭における“ノーネーム”の扱いというものでもあった。

 気にした様子もなく、松風は肩を竦める。

 

「もう暫くすれば戻って来るだろうさ。それまでは、ここで待たせてくれよ」

「…………オーナーの客ですので」

 

 言外に、お前は店の客ではない、と言われるが事実そうであるので松風も追及しなかった。

 ただ、

 

「…………」

 

 ジッと見てくる女性店員。

 先程好意の欠片も無いと綴ったが、だからといって侮蔑などがその視線に乗っている訳では無い。

 どちらかと言えば、疑問だろうか。

 

「何故、“ノーネーム”に肩入れするのですか?」

「あ?」

「目立った功績が無かろうとも、新戦力を求めるコミュニティはそれほど珍しくはありません。例え弱小でも、名も旗印も無い“ノーネーム”と比べればその待遇はマシです。それなのに……何故」

 

 それは、箱庭の住人にとっては当然の疑問だろう。

 無論、大手は大手の、弱小中堅は彼らなりの苦労がある。大規模なコミュニティと言える“サウザンドアイズ”だろうとソレは変わらない。

 だが、それでも好んで“ノーネーム”に所属したいと思うものがどれだけいるだろうか。それも、置かれている立場などを加味した上で、それでも尚、そのコミュニティに籍を置くなど。

 問われた松風は頭を掻く。

 

「…………別に?単なる義理立てでしかねぇさ」

「義理で、全てを捨てると?」

「捨てるかどうかは、それぞれだろ。少なくとも俺は、この世界に来ても大事なもんは、ちゃんとここに持ってる」

 

 右手で軽く胸を叩く。

 例え、あの世界に二度と返れず、誰にも会えないのだとしても、その胸に刻まれた思いだけで彼は何処までも前に進めた。

 何より、

 

「義理だろうが何だろうが、俺の選択だ。途中で曲げちまえば、俺の中の大事な柱が折れちまう。逆に言っちまえば、周りがとやかく言おうともこの選択を変える気はねぇよ」

 

 自分()を誤魔化したくなかった。

 おかれている立場も、状況も、周囲の目も、等しくどうでも良い。彼の、吉田松風の選択を揺るがせるには到底足りることは無い。

 その表情に、女性店員は座りの悪いものを覚える。

 彼女自身間違った事を言っているつもりは無いし、世間一般的な箱庭の常識と照らし合わせても間違った事を言っている訳でもない。

 ただ、

 

「…………」

「何か顔についてるか?」

 

 何故だか少し羨ましくも思えた。同時に、ここまで突き抜けた者こそが箱庭の上へと進んでいく者なのかもしれない。

 会話が途切れ、松風の背後の空間が軋んだ。どうやら戻ってきたらしい。

 

「さてと、そろそろお暇する事になりそうだな」

「……もう来てほしくはないんですがね」

「はっはっは、そう言うなよ」

 

 露骨に顔を顰める女性店員。だが、最初の時ほどの嫌悪感は感じられない。ため息はついていたが。

 軽快に笑って部屋の中へと入って行く松風。直ぐに室内は慌ただしくなっていく。

 

「はぁ…………」

 

 再度息を吐いて、女性店員は踵を返した。

 表情に反してその足取りが軽いのは気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 障子戸を開けて和室へと入ってきた松風へと、全員の視線が集まった。

 

「おう、終わったか格付けチェック」

「ま、松風さん!いったい今まで、どちらに……」

「部屋の外で待ってた」

 

 黒ウサギの答えながら、松風は部屋の隅へと胡坐で腰を下ろした。

 

「てっきり、さっさと帰るもんだと思ってたんだけどな」

「この童たちには尋ねたが、おんしにも聞いておこうと思ってな。おんしは、今の黒ウサギのコミュニティの状況を理解しておるか?」

「アレだろ、アレ……あー、まあ色々大変とは聞いたぞ」

「そのレベルではないのだが……今は良いだろう。これから先、茨の道などと言う言葉では生温い未来が待っているとしても、コミュニティに入る事は止めんのか?」

「ああ」

 

 白夜叉の言葉に、松風はアッサリ頷いた。

 一見軽く見えるが、しかしその目に宿る意思は鋼の如し。

 

「難しく考える事じゃねぇよ。俺がやりたいから、やる。それだけさ。生憎と、大層なお題目だとか善行含めた英雄願望だとか、そんな代物は持ち合わせちゃいないんでね」

「後悔せぬか?」

「後悔上等。やらねぇ後悔をするぐらいなら、最後まで突っ走ってから後悔してやるよ」

 

 バカでなければ、選べない道もある。彼はその事をよく知っていた。

 魔王退治をカッコイイと表した問題児たちと同じく、若さゆえの蛮勇か、或いは無知蒙昧の大言壮語か。

 しかし、白夜叉はこの手の馬鹿が他人からの説得で引き下がることは無い事を知っていた。

 やれやれと息を吐いて、指を軽く弾く。

 すると、松風の目の前に光が集まり、現れるのは一枚のカード。

 

「何だこれ?」

「っ、白夜叉様、良いのですか?更にもう一枚ギフトカードを……」

「良い良い。コミュニティ復興の前祝いとして与えたものではあるし、何より私としてもそこの小僧のギフトは気になる所だからな」

 

 受け取ったシルバーブラックのカードに松風が触れれば、その表面には文字が浮かぶ。

 

 吉田松風・ギフトネーム“星脈流入(アルタナ)”“超エテ行ク者”

 

「…………いまいちよく分からねぇな」

 

 前者は兎も角、後者に関しては松風自身にも身に覚えが無い。

 彼と同じようにカードを覗き込む白夜叉。

 

「成程、前者がおんしを疑似星霊の様な状態へと変えているものだな。後者は……うむ、分からんな」

「似た様なギフトは無いのか?」

「魂に宿る恩恵は、ワンオフである場合が多くてな。それにしても、黒ウサギ。おんしの新たなる同士達は、揃いも揃って尋常ではないな」

 

 白夜叉の指摘は尤もな事だったりする。

 人類最高峰にも届きうるギフトの数々。言っては何だが、下層のコミュニティの中でも相手になるのは一握りではなかろうか。無論、ギフトのみでどうにかなるほど、ギフトゲームの勝敗は甘くないが。

 

 その後、“サウザンドアイズ”を後にした一行。その折に、女性店員から鋭い目を向けられるが、ソレはソレ。

 揃ってコミュニティのホームへと向かう道すがら、話題はもっぱら先程の事。

 

「それにしても、松風君は白夜叉の実力に気付いていたの?」

「あ?あー……まあ、強いんだろうな、とは思ってたな」

「根拠はあったの?」

「……まあ、勘だな。あの手の奴は、余裕があるもんだ。俺は、自分の嫌な予感は基本的に信用するようにしてる。それに、白夜叉って名前がな」

「そう言えば、言ってたわね。でも、知り合いじゃないんでしょう?」

「おう。単に、俺の兄貴分だった人の異名が『白夜叉』ってだけさ」

 

 松風自身としては畏怖しているつもりはないが、しかし沁みついた経験と言うのは無意識に影響を与えてくるというもの。

 彼にとってみれば、その背中は憧れだ。平時がチャランポランであっても。

 

「その兄貴分?ってどんな人?」

「ふむ………まず、銀髪天然パーマで、常時目が死んでる。鼻くそほじって屁をこいて、オッサンかと思えば、毎週月曜のジャ〇プは欠かさない。糖尿病予備軍の甘党で、週一のパフェとか言いながらほぼ毎日いちご牛乳とか飲んでるし、パチンカスで賭け事に俺達の給料まで突っ込まれた時にはドタマかち割ってやろうかとも思ったな。後は――――」

「待って、情報が多すぎるわよ」

 

 頭痛がするとでも言わんばかりに、飛鳥は己の眉間を揉む。周りで聞いていた者達も、軽く引いていた。

 いや、割とペラペラ回った口から吐き出された情報が、須らくネガティブなものばかりなのだから仕方がない。普通なのは天パな所位ではなかろうか。因みに、そこを件の兄貴分に言えばブチギレられる。

 松風としても、改めて言葉で羅列すると悲惨なその内容に目が死んで来るというもの。

 だが、それでも。

 

「でもまあ、『約束』を死んでも果たすような人さ。ダメダメの実を食ったダメ人間並みにダメなぷー太郎擬きのパチンカスでも、心の底からあの人を嫌うような奴は早々居ねぇよ」

「……そう」

 

 息をするように罵倒が飛び出してくるが、ソレを連ねる松風の表情は優しい。

 ここまで突き抜けたダメ人間、放り出されても文句は言えないのだが、やる時にはやるし、加えて文字通り命懸けで救おうと奮闘してくれるのだから、ある種の信頼があった。

 

 そして彼らは辿り着く。自分たちのこれから過ごしていく、拠点の地へ。

 

 そして知るだろう、これから先に待つ荒れた岩場の様な道のりを。

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