龍脈の申し子も異世界へ来るそうですよ 作:ナタルア
吉田松風の実父である男は、彼以上に不死身の男であった。殺しきろうと思うなら、地球から引き離した上で、その身に宿った命を殺し続ける必要がある。
さて、そんな男の内に流れる血液。この箱庭の世界においては一種のギフトになってしまいそうな効能を有していたりする。
与えられた人間は高い回復力を得て、疑似的な不死へとその身を変える。ただし、完全ではない為死ぬに死にきれない生き地獄を味わう事にもなるかもしれない。
“フォレス・ガロ”とのゲームは、“ノーネーム”の勝利で幕を閉じた。だが、この際に耀が大怪我を負ってしまう。
その血を見て、咄嗟に鯉口を切った松風だったがその直後に黒ウサギが耀を抱えてホームへと跳んで帰った為にその刃が血に濡れることは無かった。
「…………はぁあ……」
刀をベルトに差し直して、松風は重く息を吐く。
分かりにくいが、彼もまた兄貴分に大きな影響を受けた人格をしている。ズボラな部分はあれども、それでも仲間意識とも言うべき部分は強い。
だからこそ、耀の出血を見た時には反射的に血を入れてしまいそうになった。
今の彼の体は、父親と同じだ。いや、生まれつきという点から見れば父親以上に適性が強いともいえる。
そんな血を入れられた相手がどうなるか。少なくとも、突然の変化に身体異常を来す可能性が高かった。
「…………帰るか」
『なんや、小僧。帰るんか?まあ、お嬢も心配やしな』
「ニャーニャー鳴かれても分からねぇぞ」
三毛猫の顎の下を撫でながら、松風は肩に籠っていた力を抜いた。因みに、この三毛猫も耀が怪我した時には一目散に飛び出そうとしたところを彼に止められていたりする。
何やら十六夜とジンが何かをやろうとしているのだが、生憎と松風はその辺りは興味が無い。
コミュニティの復興に後ろ向きとかそういう訳では無い。ただ、彼はどちらかといえば直情径行で尚且つ考えるよりも先に前へと突っ走るタイプ。一応、理性はある為取り返しのつかない事は殆どしないが、それでも考え無しの特攻が元の世界でも何度かあった。
例えば、夜の王を殴り飛ばした。その後に、傘でホームランを食らったが
例えば、片眼鏡の白服を助けるために錨の鎖を片手に船から飛び降りるだとか
今よりも不死性は低かったが、それでも無茶に無茶を重ねてミルフィーユの様な状態になっていたのは、やはりその直情径行故に、だろう。
「松風君」
「おん?どうしたよ、お嬢」
「貴方、十六夜君たちが何をしようとしているのか、知ってるの?」
「いや?具体的には、知らねえよ。まあ、悪い事じゃないさ」
「…………はぁ、面白い事なら私も混ぜなさい。それはそうと、貴方はホームに戻るのかしら?」
「そのつもりだな。ここに残っても、特にやる事もねぇし、春日部の具合も気になるだろ」
「そうね……」
三毛猫を撫でながらそう言って踵を返す松風。その後を、飛鳥は追うと隣に並んで帰路に就いた。
「そういえば、松風君に聞きたい事があったんだけど」
「ん?」
「どうして刀を三振りも差しているの?一振りは、木刀だし」
「あー、餞別だからだな」
「餞別?」
「この世界に呼び出される前に、俺は旅に出たのさ。で、その前にこの羽織と一緒に貰ったってだけさ」
「…………あの、ダメな兄貴分って人?」
「羽織と木刀はそうだな」
「刀は違うの?」
「こっちは、親父の分だ」
帯の左側に差した刀の柄を左手で撫でながら、松風は遠くを眺める。
親らしいことをしてもらった記憶など無い。そもそも、あの時まで知る事は無かっただろう。
それでも、無意識にでも求めてしまうのが、親からの愛情というモノ。
「ま、色々あんのさ」
「…………それもそうね」
触れられたくない部分は、誰しもある。珍妙な恰好をしている松風然り。そして、飛鳥にもそんな部分は確かにあった。
若干の気まずい空気。会話の途切れた空白が落ちてくる。
「…………何か、甘いものでも買って帰るか」
「お金はあるの?」
「おいおい、お嬢。ここは、箱庭だぜ?だったら、やり様は幾らでもあるだろ」
「それもそうね」
二人で顔を見合わせ、軽く笑う。
ここは箱庭。ギフトゲームによって、あらゆることが決まり、取引される場所。
勝てばよかろうなのだ。
*
「――――んで、これが戦利品って訳か?」
「まあな。チビ達にはもうやったから、残りは食っちまって良いぞ」
そう言って、松風は砂糖のたっぷりかかったチュロスを頬張った。
あの後、飛鳥と共に松風は幾つかのギフトゲームを熟して、担ぎ上げなければならない程度の戦利品を獲てホームへと戻ってきたのだ。
菓子など早々には食えない現状、子供たちも大歓声。
耀のお見舞いも終えて、飛鳥とジンが彼女の世話に着き、残りの主要メンバーである三人は本拠の談話室にて、松風の戦利品をお茶請けに今後の事を話し合ってもいた。
「にしても、ゲームが延期か」
「YES。余程の巨額による買い手がついてしまったらしく、このまま中止となってしまう可能性もある、と」
「ハァー……金があるって所は、豪勢だな。にしても、人材の売買も出来るってのか?」
「白夜叉に話を通して、何とかならないのか?」
「無理でしょう。今回の主催は、“サウザンドアイズ”傘下のコミュニティの一つ“ペルセウス”ですから。そもそも、“サウザンドアイズ”は群体の商業コミュニティなのです。白夜叉様の様な直轄の幹部が半数と、それから傘下のコミュニティ所属の幹部、といった構成ですので」
「まあ、商人が規模を広げる場合はありがちな体系だろ。ただ取り込むんじゃなく、大規模なコミュニティの幹部として取り立てる、何て言われれば、な?」
「ハッ!詰まんねぇ奴らも居たもんだな」
松風の補足を鼻で飛ばして、十六夜はドーナツへと手を伸ばす。
快楽主義者を謳う彼にしてみれば、彼らの生き方は肯定できるものではない。理解は示せども、共感する事はない。
しかし、一組織の長として甘い蜜を啜る様に強者に阿る事は決して間違いともいえない。プライドなどは別として。
とにかく、ここまで来てしまえば彼らに出来る事はない。
“ノーネーム”は最弱コミュニティ。大手のコミュニティに噛み付いた所で埃を払うように潰されるのが落ちというモノ。
「まあ、次回に期待するとしようか。所で、その仲間ってのはどういう奴なんだ?」
菓子の一つを頬張りながら、十六夜が問う。
「そうですね……一言で申しますと、スーパープラチナブロンドの超美人さんにございます。湯あみの時など、その美しい髪に流れる水滴が宛ら星明りのようでしたね」
「ぶろんど……金髪か?月詠の姉御みたいだな」
「いまいち想像できねぇが……月詠って誰だ?」
「乳のデカい別嬪さん」
「ぶぅっ!?い、いいいいきなり何を言ってらっしゃるんですか!?」
「え?姉御の特徴?」
「だからといってち……ッ、と、とにかく!!そういう事を大っぴらに言うもんじゃありません!」
顔を真っ赤に地団駄を踏む黒ウサギ。挙動がまんま兎であるが、彼女も乙女なのだ。
少なくとも、松風の知る女性陣よりもよっぽど初心である。
ニヤニヤと顔を赤くする彼女の様子を観察していた野郎二人だが、不意に松風が腰に差した木刀へと手を添えた。
「むぐっ……おいおい、覗き見は宜しくないんじゃないかい?」
チュロスを頬張り問いかけるのは、窓の一つ。問いかけは決まっているが、口の周りに粉砂糖がたっぷりついている辺り、格好つかない。
「――――おや、すまないな。楽し気な歓談を邪魔するつもりは無かったんだが」
「抜かせ。こそこそと覗き見なんてよォ…………マドレーヌ食べるか?」
「いや、落差!?というか、レティシア様!?」
フィナンシェを貪りながらマドレーヌを差し出した松風の頭をハリセンでひっ叩きながら、黒ウサギは慌てて窓へと駆け寄った。
開け放たれたそこから入ってきたのは、美しい金髪の少女。てか、幼女。
少なくとも、美しい容姿である事には変わりないが、一方で黒ウサギが先輩と称する相手としてはかなり幼い。
「こんな場所からすまない。ジンに出会わずに、黒ウサギと顔合わせをしたかったんだ。もっとも、」
チラリ、と少女の目が口の周りを拭う松風へと向けられる。
「彼にはバレてしまったが」
「ん?……ああ、気にすんな。俺は元々、その手に敏感なんだ」
「そうなのか?」
「つまり松風は、金髪ロリの視線に晒される事があった、と」
「おう、謂れのない汚名を着せんな。ちっと監視対象とかになってただけだ」
「それはそれで、どうなんだ?」
「と、とにかく!私はお茶を淹れてきますね!」
ルンタッタ♪と上機嫌に茶室へと向かう黒ウサギ。それだけで、彼女がレティシアへと向ける親愛の情の深さというものが分かるというもの。
一方で、そのレティシアの視線は十六夜へと向けられていた。
「ん?どうした、金髪ロリ」
「いや、君達が新たな黒ウサギの同士か、と思ってな。そもそも、今回顔を見に来たのは君達の為人を見る為だったんだ…………だからこそ、ジンとは顔合わせをしづらくてね」
「何かやっちまった感じか?」
「まあね……君達の同士がけがを負う原因を作ったのは私だからさ」
気まずそうに微笑んだレティシア。
いまいち分からず、十六夜は首を傾げる。
「どういう事だ?」
「……やはり、あの植物の鬼化はレティシア様が……」
十六夜の問いに答えたのは、茶の準備を終えて戻ってきた黒ウサギだった。
彼女曰く、吸血鬼は“箱庭の騎士”と称される。これは、箱庭の天幕の内でのみ日の光の下活動することが出来る彼らが、平穏と誇りを胸に生活していた事に起因する。
彼らは体液の交換により、“鬼化”と呼ばれるギフトを付与できた。食人の気を持ってしまうというデメリットはあるものの、その効果は絶大。“神格”とはまた別に一種の増強を可能とする代物だ。
とはいえ、この鬼化を付与できるのは純血の吸血鬼のみ。箱庭広しといえども可能とする者は、極僅か。
「ガルドは……当て馬にもならなかった。ゲームに参加した彼女たちも、まだまだ青い果実過ぎて判断を下すには少々先決が過ぎる。どうしたものか……」
「……ハッ、それならいい方法があるぜ?」
曖昧に笑うレティシアへと、十六夜の獰猛な笑みが向けられる。
「お前は、これから先のコミュニティの先行きを心配してきたんだろ?言っちまえば、これから先のいばらの道を歩いて行く黒ウサギ達の道を、確かに切り開ける新戦力なのか調べに来た訳だ。なら、話は早い。力試しと行こうじゃねぇか」