遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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今回はデュエル無し回です。だからってお色気入れた訳じゃないんですよ、断じて。


第10話 思い出に降る雨(スクラップ・スコール)

「やはり。穏やかなランチタイムにはコレが一番似合いますわ」

 

 まるで高級ホテルの一室のような『車内』で、アンリエールは有名ブランドコーヒー『ブルーアイズ・マウンテン』を優雅に味わっていた。

 荒れ道を走っている筈の『それ』には、どういう訳か揺れや騒音は一切届いてこない。

 

「……それは良いことで」

 

 そんな異様に静かな空間の中、銀のトレーを抱えたベルがムスッとした表情で呟いた。

 テーブルの上にはサンドウイッチ等の軽食が少々。小柄な彼女のイメージを崩さない品々が並んでいる。言うまでも無く、このランチはベルが用意したものだ。

 

「コーヒーも適温、食事もなかなか。ま、今朝の失態はこれで見逃して差し上げます。どんくさそうな割りに飲み込みは早いようですわね」

「……それはどうも」

 

 今朝の出来事を思い出し、ベルの腹中が再び煮え立つ。

 朝食に淹れて出した紅茶は「温度が高すぎる」と駄目出しをされ。食事を出すにもいちいち細かく作法を説かれ。挙句、胸の大きさを引き合いに出され小馬鹿にされた。

 アンリエールが女性用寝室にと自分の車両を開放してくれたのは感謝しているが、だからといって彼女の召使いになった覚えは無い。

 生まれが(ネイティブ)というだけで下に見られる。それはもう慣れたものだが、アンリエールの高圧的な態度は『あのA・O・J使い』と似たところがある。

 (ノワール)の人間は身内以外にはあんなもんさ、と宥めてくれたのはクラドだ。どうやら件の彼もアンリエールと同じ黒の出身だったらしい。

 

(だからって……)

 

 だからといって、腹立たしいものは腹立たしい。

 アンリエールの小言など突っ撥ねてしまえばそれで良いのだが、それはそれで敵前逃亡のようで悔しい。

 どうせなら一泡吹かせてやろう。そう考えてしまうのがベルという少女の良いところであり悪いところだ。

 結果としてベルはこのランチで、不機嫌そうな表情さえ無ければ名実共に『メイド』として立派な振る舞いを見せるに至った。

 女主人に仕える侍女。皮肉なことだが、その光景はとても絵になっていた。

 

(あーもう。早く食べ終わってくれないかなぁ……いつまで経っても食器が片付けられないじゃない)

 

 優雅に、ゆっくりとランチを楽しむ主人にジト目を向けるメイドの心中は、中流家庭のオカンのそれと同じものではあったが。

 と、周囲の振動騒音をシャットアウトするはずの車内に、ふわりとした慣性の力が働いた。

 

「……おや? 何かあったようですわね?」

 

 落ち着いた様子で、アンリエールは呟いた。

 ガクンと少し揺れた程度であったが、それはこの車内に限ってのこと。

 恐らく先を走るクラドの車はより強い衝撃に襲われたに違いない。そこまで考えて、ベルは弾かれたように外へと飛び出した。

 

「どうし……うわぁ!?」

 

 その様子を見たベルは、驚きに身体を仰け反らせた。

 僅かに体勢の崩れた車体から、黒煙がプスプスと立ち上っているのだ。

 車からは、何事かというような表情で2階部屋から藍が顔を覗かせ、運転席からは相変わらずの無表情でユウが降りてきた。

 

「ユウ様、ご無事でございますか!?」

 

 ベルに少し遅れて出てきたアンリエールが、先程とは180度態度を変えてユウの下へ駆け寄っていく。流石は決闘役者(アクションデュエリスト)といったところか。

 寡黙な騎士は姫の問い掛けに何も答えなかったが、続いて降りてきたクラドが気まずそうな顔で代わりに答えを返した。

 

「……スマン。エンストした」

 

 

   **

 

 

「燃料系のトラブルかぁ……参った。直せることには直せるが、肝心の部品がな」

 

 点検の結果。問題はクラドの運転ではなく、燃料ポンプの故障であることが分かった。

 単純なパーツの取替えで修理できるレベルではあったが、頻繁に交換する消耗品というわけでもないため、当然ながら予備のパーツなど積んでいる筈も無い。

 

「……アンリさんの豪華なヤツは走らないんですか?」

「アレに自走機能はありませんわ」

 

 さらりと答えたアンリエールに、ベルは内心で(使えないなぁ……)と毒づいたが、いくら悪態をついても事態が好転することは無い。

 

「仕方ねぇ。俺がひとっ走り近くの街まで買出しに行って来るか」

「近くの街って! ここからじゃ歩いたら半日は掛かりますよ!? ひとっ走りなんて距離じゃりません!」

 

 ちょっとそこまで、といった様子で呟いたクラドに、ベルは驚きの声を上げる。

 

「あー……その辺は分かってるさ。皆には待ちぼうけさせちまうが、それくらい何とかならない訳じゃ……」

「何とかなりません! ネイティブの荒野を甘く見てると、酷い目を見ますよ!?」

 

 声こそ厳しい口調だが、それはクラドの身を本気で案じてのこと。

 ベルの気遣いに頬が緩むが、それでも誰かがこの役目を負わなければならない。

 

「ははは、心配してくれんのは嬉しいけどな。車を修理しないと俺らは先に進めないだろ? だから誰かが……」

「それなら買出しにはわたしも同行します!」

「へ?」

 

 間の抜けた声がクラドの口から漏れ出た。

 様子を見守っていた他のメンバーも、各々ベルの顔を見やる。

 

「荒野の歩き方を知らないクラドさんだけを行かせたら、それこそ野犬に骨を晒すのが関の山です! だからわたしも付いて行きます。良いですね?」

「いや、だからってなぁ……」

 

 ずい、と言い寄られて、クラドが困惑した様子でユウに視線を送ると。

 ユウは黙って頷いて、静かに口を開いた。

 

「……渡りに船だ、同行して貰うといい。少なくともお前よりはこの土地の歩き方に慣れているだろう。もし何か危険があれば、そのときはお前が守ってやれ」

 

 ユウにも太鼓判を押され、ベルは自信満々に大きな胸を張って見せる。

 遠まわしに「任せた」というメッセージを受け取ったクラドは、観念したように溜め息をついた。

 

「……はぁ、オーケー。分かったよ……つー訳だ、すまんがメイドちゃん、一緒にお使い頼むわ」

「はい! お任せ下さい!」

 

 ぐっ、と気合十分に微笑むベル。

 無事にお使い部隊が結成されたその一方で、結果的に居残り組が結成されたことになる訳だが。

 

「センセー、アンタの方も頼んだぞ?」

「……俺が追い詰められた決闘者達だ。手を貸すまでもないだろう」

 

 決闘者に傷を負わせる方法は只1つ。その身を守る『術』に長けた彼女らには無用な心配だったかと、クラドは心中で苦笑した。

 

「まぁ距離だけ見れば明日中には帰って来れると思うが、サイアクの事態は想定しておいてくれ。予定時刻を過ぎても俺のDパッドに連絡が付かない場合は、すぐにお嬢の親族に連絡。まずはセンセー達の救助を要請、安全を確保してくれ。俺とメイドちゃんの捜索はそれから。それが『サイアクの事態』の緊急シークエンスだ、いいな?」

 

 クラドは極めて真剣な表情で、留守組に念を押した。

 

「……分かっている。それが必要にならないよう、十分気を付けて行ってくれ」

 

 その辺りの配慮は既に汲み取っていたのか、ユウが静かに頷いて答えた。

 

「あ、そうだユウさん。くれぐれも寝込みには注意して下さいね?」

「下女。それは一体どういう意味ですの……?」

 

 どこか含みのあるベルの注意喚起に、アンリエールはジトリとした目で異議を唱えた。

 

 

   **

 

 

「……相変わらずの大荷物だな、メイドちゃんは」

「はい、備えあれば憂い無しですから!」

 

 大きく膨らんだピンクのリュックを眺めて、クラドは以前に感じた重みを思い出しゲッソリと顔を引きつらせた。

 

「そういや、メイドちゃんと2人っきりってこれが初めてか?」

「あー、そうですね。ユウさんがあまり喋らない人だから、あんまり実感無いですけど」

 

 ジリジリと焼け付く荒野を歩く2人は、それ相応の装備を持って臨んでいた。強い日差しから目を守る為にゴーグルを下げ、布を被って髪と肌の露出を減らしている。

 厚手の装備に体温は上るものの、直射日光を極力遮ることで日射病の危険は大きく下がる。適度な水分補給と休憩を挟んでいけば、体温上昇による熱中症も避けられるハズだ。

 

「んじゃ、これはメイドちゃんとの初デートって訳だ」

「えへへ、そうなりますか。エスコートは任せて下さいね?」

「お、言ってくれるじゃねーの」

 

 そんな軽口を交し合いながら、一定の速さを保って荒野を歩く。

 不思議と話題が尽きることも無く。どうということのない話からデュエルの話題まで、2人は存分に会話を広げた。

 

「アンリさんはもう少し皆に気を使うべきなんです。わたしのことはともかく、ユウさんのこと見てばっかりで……」

「ま、お嬢は良くも悪くも一直線だからなぁ。メイドちゃんも頑張らねーと」

「なっ、どういう意味ですかっ、それ!? わたしは別にっ……!!」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを布の覆面の下に隠してクラドが問うと、ベルは布の上からでも分かるくらいに顔を紅潮させてあたふたと手を振って否定の意を示した。

 

「ひひひ、照れるな照れるな。俺ら師匠は弟子の考えなど全てお見通しなんだぜ? ああ、センセーはデュエルのことに関してだけどな」

「そ、そうですか……」

「アレは高性能デュエルロボットか何かだと思った方がいい。他のことはからっきしだ」

 

 どこかホッとしたような残念なような、複雑な溜め息がベルから漏れる。

 

「なもんで。メイドちゃんの方から是非、チューの1つでもして女というものをインストールしてやってくれよ?」

 

 直後、爆発でも起こした様な声が、ベルから勢いよく噴出した。

 

「っ!? そそそんなコト出来るわけないじゃないですかぁ!!」

 

 最早脈有りだと宣言しているようなものだが、様子から察するに当人自信も自分の気持ちに気付いていないのだろう。これ以上の追求はベルの困惑を深めるだけだ。

 今の会話で少しでも『芽吹く』キッカケになれば良いかと、クラドはひとまず区切りを付けて次の話題を切り出した。

 

「ははは、冗談だよジョーダン。あんまり無責任に男とくっつけたら、メイドちゃんの親御さんにぶっ殺されちまう」

 

 クラドがそう口にした途端。

 先程までの勢いはどこへやら、ベルはどこかばつの悪そうに口をつぐんでしまった。

 

「あ……すまん、悪かったメイドちゃん。少しからかい過ぎて――」

「い、いえ違うんです! そうじゃなくて」

 

 慌てて取り繕うベルだったが、はっとした表情でその目を遠くへ向けた。

 青という色をそのまま切り取ったような空、その向こう端が僅かに灰色にくすんでいる

 

「……ちょっとお天気が荒れそうですね。急いでテントを張れる場所まで歩きましょう!」

「お、おう。分かった。そんなに危ない空だったか……?」

 

 その出身から天候に関しては自信のあったクラドだったが、この大陸独特の気候というのもあるのだろう。

 ひとまずは土地勘のあるベルに従い、足早に歩を進めることにした。

 

 

   **

 

 

 沈み行く太陽と入れ替わるように降りだした雨は、道行く2人の身体を容赦なく濡らしていった。

 経験の無い空の変貌ぶりに、クラドも半ば興奮気味に騒ぎ立てる。

 

「ひぇ……スゲェ雨だ! こりゃメイドちゃんがいなかったら確かに詰んでたな!」

 

 雨足は激しくなる一方。水はけの悪い地面は泥水を溜め込み、足元に容赦なく攻め込んでくる。テントを張れればどこでも雨風は凌げると短絡的に考えていたクラドだったが、こんな水浸しの地面の上では避難場所として機能する訳が無い。

 

「クラドさん! この辺りにしましょう!」

 

 流石に考えが甘かったと反省する一方。

 ギリギリアウトなタイミングではあったが、緩い傾斜のおかげで雨水が溜まらず、鉄砲水や土砂崩れになりそうな高い岩壁に頼ることも無く。

 岩陰になっている高台まで辿りついたベルの手腕にはクラドも思わず舌を巻いた。

 

「さっすがメイドちゃん! ここなら大丈夫そうだ!」

「安心するのはまだ早いですよクラドさん! 早くテントを組み立てましょう!」

 

 岩陰に吹き込んでくる雨風に尚も身体を濡らしながら、2人はテキパキとテントを組み立てていく。

 組み上がった頃には、どちらも頭からバケツ一杯の水を被ったようにズブ濡れになっていた。

 

「あ~あ……お互い酷い格好だな。ひとまず服を乾か――」

「?」

 

 言いかけて、クラドの視線が硬直する。

 前髪から落ちる雨雫を受け止める大きな胸元。普段ですらピンと張って胸を覆っていた白い布地は、可愛らしいクリーム色の下着を浮かび上がらせていた。

 視線の意味に気が付いたベルは、はっと頬を赤らめて反射的に胸元を隠そうとしたが。

 

「ひ、ひとまず服を脱いで乾かしましょう! 風邪引いちゃいますよ!」

 

 意を決したように口を真一門に結んで、羞恥を必死に堪えて言った。

 

「そ、そうだな! んじゃ、俺は外に出てるわ……」

「駄目ですよクラドさん!? これからもっと寒くなるんですから!!」

 

 昼と夜の寒暖差が激しいのがネイティブの一般的な気候だ。

 夜に向かって気温が下がる一方で、濡れた身体のまま豪雨の吹き荒れる外に出るなど自殺行為に等しい。

 

「いや、でもそれじゃあな……」

「わたし後ろ向いて着替えます!! それならクラドさん恥ずかしくないですよね!?」

「メイドちゃん。後ろ向く立場が逆だと思うぞ、それ」

 

 ベルの必死な呼び止めに折れたクラドが仕方なく同意する形で、2人は狭いテントの中で互いに背を向けあって着替えることになった。

 備えあれば憂いなしが功を奏した。替えの服を2人分ピンクのリュックから取り出して、ベルはいそいそと煩わしい一張羅を脱ぎ始める。

 

「…………ん」

 

 それは羞恥心から来る緊張からなのか、不安からなのか。

 下着姿にパンスト1枚という半端な格好まで脱ぎぎったところで、ちらりと邪な気持ちがベルの思考を横切った。

 ほんの少しだけ、すぐ後ろの気配を覗き見る。

 

(わ……)

 

 目を向けてすぐに、ほどよく筋肉のついた男性らしい背中が目に飛び込んできた。

 線の細い印象のクラドだが、普段服の下に隠された体はしっかりと、力強く頼りがいがあった。

 いけないと思いつつ、ぽぅとした思考のまま視線を上げていく。

 引き締まった両腕。硬く張り出した肩。

 そして、こちらに向けられた困惑の視線。

 

「「……あ」」

 

 お互い弾かれたように目を足元へ引き戻し。しばし雨音のみの静寂が流れた。

 

「ご、ゴメンナサイ……」

「お、おう。こっちもすまんかった……」

 

 どちらも同じく邪な気持ちに駆られてしまっただけに、あまり強く言い出すわけにも行かない。それはお互いに同じ感覚なのだろう。

 

「あ、あの。これから結構危ない部分に手を掛けるので……ここから先は、その……」

「お、おう! 神に誓って振り返らない、絶対だ!」

 

 1つ咳払いをして、良く分からない気合を入れて。

 それから先は、2人とも平穏に着替え終えたのだった。

 

 

   **

 

 

 着替えが終わってからというもの、ベルはどこか俯き気味だ。

 テント内に張り巡らせた紐には2人分の衣服が掛けられており、当然ながら下着類も何の遮りも無く干してある。そんな光景がますます、クラドの罪悪感を煽る。

 

「……すまんメイドちゃん。あれはその、本当に邪な気持ちは無くてだな……」

「へ!? ああ、いえ大丈夫ですよクラドさん! あれは何かお互い様というか!」

「いや、そうは言ってもな……」

 

 今はTシャツ短パンに着替えたベルが、ジャージ姿のクラドにブンブンと頭を振った。

 慌てたように否定してみせるベルだが、その表情はどこか晴れない。ますます不安げに眉を寄せるクラドが気の毒で、ベルはぽつりと口を開いた。

 

「えっと、実を言えば。わたしこういう大雨って少し苦手なんですよ。どうしても嫌なことを思い出しちゃって」

 

 嫌な思い出。

 普段は元気良く立ち回るだけに忘れがちではあったが、彼女の生い立ちを考えれば薄暗い過去がいくつあっても不思議ではない。

 

「……そっか。悪ぃ、変なこと聞いちまった。」

「いえ、大丈夫ですよ。皆さんにはずっと内緒にしようと思ったんですけど、正直ちょっと寂しくて……あまり気持ち良い話じゃないんですけど、クラドさんに話しても良いですか? わたしのこと」

 

 そう聞くベルの目は、ずっと伏せられたままだ。恐らく、勇気を振り絞って打ち明けているに違いない。

 そんな様子を汲み取ったクラドは、いつもよりも声を柔らかくするよう努めて言った。

 

「ああ。俺に話して楽になるようなことなら、聞くぜ?」

「ありがとうございます。では……」

 

 クラドが笑顔で頷くと、ベルはぽつぽつと話し始めた。

 

「……わたし、小さい頃にお母さんを亡くしてるんです。それからずっと、お父さんが男手1つで育ててくれました」

 

 出だしに語られたベルの生い立ちに、クラドは思わず目を驚かせた。

 そういえば、と思い返す。ベルと出合ったあの街で「親御さんに確認を」とユウが問い掛けたときも、特殊な事情があると上手くはぐらかせれたような。

 

「お父さんは決闘者だったんですけど、元々はお母さんの方が腕の良い決闘者で。夫婦になってから少しづつ教わってたみたいです。お父さんが村でも下から数えた方が早い『下手っぴ』だったっていうのも、何となく頷けます」

 

 当時を懐かしむように、どこか嬉々として話すベル。

 そんな様子を見てベルの幼少時代を微笑ましく思い浮かべていたクラドが、彼女の紡いだ次の言葉に声を凍らせたのは半ば必然とも言えた。

 

「でも、だからですかね。『生贄』を決めるデュエルで負けてしまったお父さんを、ずっと恨めなかったのは」

 

 生贄。それが誰のことを指しているのか、会話の流れから察するのに時間は掛からなかった。

 降り続く断続的な雨音だけが、2人の沈黙を取り繕う。

 

「……生贄?」

「時代錯誤な話だって思いますよね? でも、ネイティブの田舎村じゃ結構普通に行われている政なんですよ。わたしも『外の常識』を知るまでは、それが普通のことなんだって思ってましたから」

 

 いくら『未開拓』とはいえ。仮想空間(AR)さえ可能とする文明が並ぶ同じ時代に、人の命を神に捧げるなどという野蛮な風習が残っていようとはにわかに信じ難い。

 それでも、当事者はゆっくりと噛み締めるように言葉を続けた。

 

「当時わたしの村を苦しめていたのは雨でした。今日みたいな大雨が何日も降り続いて、農作物は駄目になるし、あちこちで土砂崩れが起きて道や家が壊されて……村で出された結論は、水の神様に生贄を捧げてお怒りを静めて貰おう、ということでした」

 

 そんな行為に意味など無いことを、果たしてどれだけの村人が理解した上で口を噤んでいたのだろう。

 体の良い口減らし、あるいは……どうすることも出来ない自然の驚異の前に、それこそ神へ祈る以外に手は無かったのかもしれないが。

 

「当然ですけど、どの家からも立候補者なんて出る訳なくて。結論から言えば、村で『最も弱かった』お父さんの家から……つまりわたしが生贄として出されることになったんですね」

 

 生贄を決める賭けデュエル。辺境の村の風習にまで、デュエルの持つ決定力が利用されていたらしい。

 

「でも、メイドちゃんは」

「はい、ちゃっかりこうして生きてます」

 

 ――すまない、と頭を下げた父親に対して、ただ黙って頭を振った。いつも強くて大きな優しい背中が、涙を流して肩を震わせている。

 

 ――すまない、と跪いた父親に対して、今度は精一杯に笑顔を作って向ける。悪いのは父親ではない。まして勝者である『彼ら』を恨むのも違う、と思う。

 

「村の近くの渓谷を流れてる川に身を投げたんですけど、大雨のせいで水かさが増していたのが逆に良かったんですかね。気付いたら知らないオジサンが目の前に。実はそのオジサンが人身売買の商人さんで、しばらくは街と仕事場を転々として。最後はあの街で店長に気に入られまして、それが3年ほど前。それで今に至ります」

「今に至ります、って……」

 

 さらり、とこれまでの経緯を語るベルだが、そのあっけらかんとした口調とは裏腹に彼女の歩んだ道のりは険しかった。

 何か掛ける言葉を捜すように言葉を詰まらせるクラドに、ベルは申し訳無さそうに笑って続けた。

 

「まぁそんな背景があって。わたしは雨と、それとつい最近までデュエルモンスターズが嫌いだった、というわけです。ごめんなさい、暗い話で」

「あ、いや……月並みの言葉だけど、大変だったんだな」

ネイティブ(ここ)じゃ、それこそありきたりな身の上話かもしれないですけどね。わたしはまだ、運が良かった方ですよ」

 

 そう言って物憂げに微笑むベル。

 あの店で共に働き、どこかへ売られていった仲間のことを思っているのだろうか。

 

「あ、でもこの話。くれぐれも他の皆さんには内緒でお願いしますね?」

 

 そう言って口元に人差し指を当てるベルに、先程まであった陰鬱な影は見えない。

 短い間ではあるが。ベルが年相応に泣き虫な少女だということくらい、クラドは知っている。

 それでも、薄暗い過去に負けずに一生懸命前を向く彼女がとても愛らしくて。

 

「おう、了解」

 

 クラドは照れ隠しに親指を立て、はにかんで見せたのだった。

 

 

   **

 

 

 夜が明ければ、すっかり雨は上がっていた。

 2人は急ぎ足で出発し、昼過ぎには無事目的の街へと辿りつくことが出来たのだが。

 

「はぁ!? 売り切れただぁ!?」

 

 店に辿り着くには、僅か一歩遅かったようだ。

 

「すいませんねぇ。丁度、先程いらっしゃられたお客さんが買っていかれたのが最後の1つで」

「……なんつー出来た話だよ、こりゃあ」

 

 気弱そうなジャンク屋の店主に当り散らす訳にも行かず、ガリガリと頭を抱えるクラド。

 決して大きいとは言えない街だ。車のパーツを扱う店ような店など、他にアテはない。

 つまり、ここに無ければ入手は不可能。なまじ『仕方が無い』話だからこそ、尚更はいそうですかと諦める気分にもならなかった。

 

「……っ!! そうだオッサン、その『お客さん』はどれくらい前に来たんだ!?」

 

 何か思い付いたらしく、クラドはカウンターから身を乗り出して店主に迫った。

 

「はぁ、20分ほど前だったかと……」

「どっちへ行ったか分かるか!?」

「ええと、確か大通りの方へ……」

 

 そこまで聞いて、クラドは抱えていた頭すら放り投げんばかりの勢いで店の外へ飛び出していった。

 

「あ、ちょっとクラドさ……し、失礼しました!」

 

 とりあえず一礼して、ベルも慌てて後を追う。

 

「あの、クラドさん!? どうするつもりで……」

「決まってる!! その『お客さん』トコに交渉しに行くんだよ!!」

 

 クラドの見通しが正しいなら。ここから大通りへ向かうということは駐車場へ向かうということ……それはすなわち『出発』を意味する。

 細かく説明している時間は無い。その『お客』が出発し手の届かなくなる前に、何としても交渉の舞台へ降ろさねばならない。

 大通りにひしめくのは、野菜や果物、その他諸々の商品を籠に盛り、頭に載せて歩くネイティブの買い物客達。そんな賑わいの中を縫って駆け、クラドたちはがらんと開けた駐車場へと飛び込んだ。

 街の喧騒からは少しだけ遠い、その辺鄙な空間にはクラドたち以外にもう1人。

 クラドたちと同じ様なキャンピングカーのエンジンルームを開けて、何やら作業をしている男がいた。

 

「おいアンタ!!」

 

 言うが早いか、クラドは男へ猛然と駆け寄ると肩を掴んで言った。

 

「アンタか、さっきジャンク屋でエンジンパーツを買って行ったってのは!?」

 

 掴まれた肩をゆっくりと振り解き――まるで岩のように大きな顔を、身体をクラドの方へ向き直らせたその男は、重く響く声で返した。

 

「……恐らくは、そうだが。何か?」

 

 まるで勲章のように入り乱れる、細かな傷の数々。

 長く日に晒された証でもあるその濃厚な褐色の肌は、彼がネイティブの人間であることを示していた。

 

「なら話は早い! すまねぇがちょっと俺の話を聞いて――」

 

 瞬間、彼の視線はクラドの背後へと向けられる。

 鈍い光沢を放つ金属塊のような彼の目は、大きな穴を穿ったように見開かれていた。

 

「……お父、さん?」

 

 男の代わりに声を返したのは、困惑のあまり視線を泳がせる褐色の少女(ベル)だった。

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