遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス) 作:kohatuka
昨晩の急な大雨が嘘のように、昼下がりの荒野はすっかり晴れていた。
クラドから「予定より少し遅くなる」と連絡はあったものの、やはり出掛けた2人のことが気掛かりなのだろう。留守番組の3人は、屋外にテーブルとパラソルを持ち出し各々の時間を過ごしていた。
「ユウ様ぁ♪ お飲み物をお持ちしましたわ♪」
そんな中、アンリエールがニッコリ笑顔でティーセットを運んできた。
まるで蜂蜜のように甘ったるい猫撫で声は、ベルが聞いたら苦虫を『踏み潰した』ようなジト目を向けていただろう。
「……わざわざすまない、アンリ」
「いえいえ♪ 下役の者が居ない今、夫をもてなすのは妻の務めですから♪」
そんな彼女の声色に物怖じせず、ユウはいつもの調子で頷くと素直にもてなしを受け取った。艶黒の陶器に金装飾が施されたティーセットは、アンリエールの華美なイメージに相応しい。
「藍もご一緒に如何です。お仕事ばかりに構っていては、身体に毒ですわよ」
今朝方のベルには随分と厳しく当たっていたようだが、決闘組のお嬢様として育った背景を疑ってしまうほど、アンリエールは実に気配りが上手かった。
3人分のカップへ慣れた手つきでハーブティーを注いでいくと、たちまち荒野のカラリとした空気に麗しい香りが染み渡っていく。ベルに散々口出しをしただけあって、その『作法』は完璧だ。
「あら、私も頂けるの? それじゃ、お言葉に甘えて」
Dパッドを片手にジャーナリストらしく記事を書く藍も、昼下がりのティータイムに参加することにした。
「……お2人とも心配性ですわね。作業に手が付いていませんわ」
アンリエールの図星な指摘に、藍は思わず苦笑する。先程から比較的簡単な記事を書き始めているものの、まるで完成の目処が立っていないからだ。
ユウは相変わらずの無表情だったが、何かを誤魔化すように紅茶を口に含んだ。テーブルの上には、らしくもなくカードが散らかったまま放置されている。得意の1人回しはおろか、デッキを組むことすらままならない様子だ。
「あの2人は少々不出来な下使いではありますが、杞憂することはないでしょう。優雅に、余裕を持って彼らの帰りを迎えてやるのが私たちの責務ですわよ?」
軽く薄桃の髪を撫で上げながら、ふわりと羽毛が舞い落ちるように着席するアンリエール。少々ひねくれた言い回しではあったが、要は「2人を信じろ」ということなのだろう。
「……そうね。とびきり美味しい料理でも用意して、2人が帰りを待ちましょうか」
アンリエールの思わぬフォローに、藍は頬を緩めるとカップを手にとって頷いた。
一口含んだ途端、不安やモヤモヤとした気分が煙になって出ていってしまったかのような柔らかい香りが藍の胸を満たした。僅かな酸味が後味を引き締め、たった一口だけで嘘のように気分が落ち着いていく。
「……美味しい。ほっとする味ね」
「でしょう? このハーブには気持ちを落ち着かせる効果がありますのよ。私も気に入っていて、よく頂いていますわ」
どこから持ってきたのか、お茶菓子にと色とりどりなクッキーを皿の上に広げて、アンリエールがにこやかに語る。黒の本場貴族のもてなしを受けながら、藍とユウは贅沢な時間に舌鼓を打った。
「へぇ……何ていう名前のハーブなの?」
「名は【アリュールクィーン】。他には脂肪燃焼と、ホルモンを抑制する効果がありますわ。ユウ様と藍にはあまり必要の無い効果ですわね。一番飲ませてやりたかった子は、今は出掛けておりますが」
嫌な予感が藍の脳裏を過ぎる。それはまるで、モンスター召喚直後に伺う相手プレイヤーへのカード発動確認にも似ていた。
藪を突いて飛び出すは奈落か激流か。恐る恐る、藍は努めて笑顔のままアンリエールに問い掛けた。
「……ねぇアンリちゃん? このハーブを飲むと具体的にはどんな効果が現れるの?」
「そうですわね……精神安定と疲労改善、女性なら『美しく引き締まったバスト』に近づくかと。ま、藍には無用の長物ですわ」
すっ、と藍は静かに視線を手元へ移した。
ティーカップの底に描かれた花のような幾何学模様が「ご馳走様でした」と完飲を告げ。
そのすぐ傍では、残酷な真実が相も変わらず平伏していた。
「あら、アリュールクィーンが随分とお気に召したようですわね藍? 涙まで流して……」
良かれと思って、という言葉が何故か頭を過ぎり。
藍はただ黙って首を横に振った。
**
「わたしのターン……ドロー!!」
ドローカードは……チューナーモンスター《ジュッテ・ナイト》。
ベルの脳裏に迸る、一筋の光の線。カードとカードが紡ぐ絆の道が、突破口を指し示した。
「スタンバイからメイン、わたしは手札の《戦士の生還》を発動! 墓地の《切り込み隊長》を手札に!」
グレーユに看破され行き場を無くした《戦士の生還》も、息を吹き返したかのように逆転の一手へと連なっていく。デッキは確かに、彼女の願いに応えたのだ。
「手札に加えた切り込み隊長を召喚! 更に召喚成功時の効果を発動、《ジュッテ・ナイト》を特殊召喚!」
《切り込み隊長》
☆3/地属性/戦士族・効果/ATK 1200/DEF 400
《ジュッテ・ナイト》
☆2/地属性/戦士族・チューナー・効果/ATK 700/DEF 900
戦士達の魂が指し示すは5つの星。
「行きます! ☆3の切り込み隊長に、☆2チューナーのジュッテ・ナイトをチューニング!」
調律の戦士が変化した2つの光輪は、切り込み隊長を即座に変質させていく。
「造られし模倣の正義よ! 希望も絶望も隔てなく引き裂く災厄となれ!」
光の柱が反撃の狼煙の如く立ち上る。高く高く、少女の決意を天へ届けるように。
父を超え前へ進まんとする少女の背中を押すのは、かつて乗り越えた最悪の強敵だ。
「シンクロ召喚! 起動せよ、《
《A・O・J カタストル》
☆5/闇属性/機械族・効果/ATK 2200/DEF 1200
無機質な単眼が。全てを切り裂く金色の爪が。
眼前に立ちはだかる理不尽な壁を打ち破るべく、フィールドに降り立った。
「……ほう。そんなカードを持っていたのか」
感心したように呟くグレーユの口端が僅かに吊り上る。
そうでなくては手ごたえが無い、とでも言わんばかりの余裕な表情だ。
「よっしゃ、いいぞメイドちゃん! ナイスシンクロだ!」
召喚のエフェクトが晴れ、待ち焦がれたようにクラドが歓声を上げた。ぐっと拳を握り締め、今にも飛び上がりそうな勢いだ。
そんなクラドに振り向きながら頷いて、ベルはしばし思考を巡らせる。
(カタストルは闇属性以外のモンスターとの戦闘を行う時、ダメージ計算を行わずに効果破壊する。これならモンスターBOXの成否に関係なくアステカを突破できるはず)
再びグレーユへ向き直ったベルが見据えるのは無論、伏せられたままのバックカード。
不気味に沈黙を保つソレが咆哮を上げるのは、今この瞬間かも知れないのだ。
(だから……お願い、通って!)
しかし、その伏せカードが正体を明かすことは無かった。
カタストル召喚を止める術は無かったようで、グレーユはただ黙して攻撃宣言を待っている。
氷が溶け出すように弛緩していく緊張を悟られないように、ベルは声を張り上げ宣言した。
「カードの発動が無いなら……バトル! カタストルでアステカの石像を攻撃!」
「モンスターBOXの効果を発動。宣言は『表』だ」
「……え?」
思わぬ父の宣言に、ベルは怪訝に眉を寄せた。
未熟な自分ですら気付いたアステカの突破口。使用者である彼がそれに気付かない訳が無い。
まさかもう1枚の伏せカードに何か……と戦慄したが、モンスターBOXの発動に何かをチェーンする様子は無い。
『効果の発動を確認。コイントス機能を行使します』
くるくると宙を回るコイン、それは一瞬でコーパルの掌の中へ結果を託した。
『コイントス結果が確定しました。コイン表示は『表』。よってグレーユ・ベルガモットの宣言は『成功』となります』
コイントスの成功によりカタストルの攻撃力は0となったが、災厄のマシンはそんなことなど構いもせず爪を振るい――呪い返しの石像を、見事に撃破した。
「…………」
破壊の余波に身じろぎ一つせず、グレーユは悠然と立ち尽くす。
天敵の召喚を許し、必殺のコンボを破られたことに対する憤慨や焦りを見せる様子は全く無かった。
「わたしはこれでターンエンド……だけど」
そんな彼を真っ直ぐに見据えて、ベルは声高く宣言した。
父の打ち立てた壁を一つ乗り越えた今だからこそ、伝えなければならないことがある。
「このカタストル、元々はわたしのカードじゃないんだよ? わたし1人じゃ、お父さんのモンスターは多分倒せなかった……」
これまでに出会い、ときには乗り越えてきた人々の面影が、父のプレッシャーに押し負けないようベルを突き動かす。
「このデッキは『1人』じゃない。辞めろと言われて「はいそうですか」って簡単に頷けるほど、わたしがここまでに背負ったものは軽くない!!」
決意を語る娘を見て、グレーユは哀れみの目を向けた。
「……その様子では。お前の言う『重さ』に押し潰されるその時まで、進むべき道を誤ったことに気付かんだろうな。母さんと同じように」
「……どういう、こと?」
少し躊躇いがちに目を伏せて。
グレーユは重厚な唇を開け、告げた。
「母さんは、決闘者としての『
「お母さんが……?」
ベルの言葉を遮るように、グレーユが問いに答える。
「病弱だった身体に鞭を打ち、決闘者としての『誇り』を捨てずに闘い続けた結果……母さんは倒れた。それは力の無かった俺とお前を『背負った』結果でもある」
村での風習を考えれば、どうして母親が闘い続けなければならなかったのかは容易に想像がつく。
弱者から淘汰される、そんな社会で家族を守るために。それがベルの母親が強くいられた理由であり、そして命を落とすに至った原因でもあった。
「……そして俺も、妻を亡くした罪を背負い決闘者となった。1度は娘を失い、旅団狩りとして死線を抜け『錘』は嵩を増した。もはやデュエルは俺を、家族を縛る呪いでしかない」
だからこそ、とグレーユは険しい眼差しをベルへと向ける。
「俺はお前をデュエルから救う責務がある。それは母さんの最期の言葉であり、遺志だ。お前の背負った錘がどれほどの重さか知らないが……その程度、俺が纏めて引き受けてやる。お前はデュエルの世界から離れ、ひっそりと日影の中で生きていく方が幸せになれる筈だ」
母の死と父の決意。
それらを知った上で、ベルの心はふつふつと熱を帯び火を上げた。
(違う……)
ベルの心に渦巻く何かは、父に返すべき答えは未だ形を成してはいない。それでも今、何か言葉を返さなければ。それが肯定になってしまいそうで。
「……それは多分、お父さんの勝手だよ」
纏まらない言葉を何とか紡ぎ、そう呟くのが精一杯だった。
「別にお前が理解しなくても良い。これは、その為のデュエルだ」
グレーユ LP3000
手札・2→3 モンスター・0 魔/罠・2
ベル LP1900
手札・2 モンスター・1 魔/罠・0
「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、モンスターBOXを維持する為コストを払う」
グレーユ LP3000→2500
「更にメインフェイズ、罠カードを発動。《エクシーズ・リボーン》」
アステカの布陣を破られたにも関わらず、グレーユの手に迷いは一切無い。
「墓地のモンスターエクシーズ1体を選択し、このカードをORUとすることで自分フィールドへ復活させる。再び現れろ、《恐牙狼 ダイヤウルフ》!」
地を割き、災厄を砕くべく金剛の牙が躍り出る。
(専用蘇生カード!? そんなものまで……)
そのカードが持つ効果の意味を、ベルは身を持って知ることとなった。
効果の発動にORUを消費するモンスターエクシーズは、《死者蘇生》のような通常の蘇生カードでは再び効果を発動することは難しい。蘇生と同時にORUを補充出来るこのカードはまさにうってつけという訳だ。
「ORUとなった《エクシーズ・リボーン》を消費し、ダイヤウルフの効果を発動させる! カタストルを砕け!」
再び振るわれる恐牙の一撃。戦闘では無敵を誇るカタストルも、この効果の前には無力だ。白く輝く装甲が弾け飛び、爆破の余波がベルを襲う。
「カタストルっ!?」
折角見えた希望の光は、僅か1ターンで脆くも崩れ去った。
近くに壁でもあれば拳を打ち付けんばかりの形相で、クラドが歯噛みする。
「くそ、これでまた状況は振り出しかよ……!!」
「それはどうかな。むしろ、振り出しに戻る程度で済めば良いが」
クラドの苦しげな呟きに、グレーユが皮肉たっぷりに言葉を返す。
「これで俺の墓地には地属性のモンスターが5体。召喚条件を満たしたことにより、手札からこのモンスターを特殊召喚する」
どこか聞き覚えのあるその召喚条件に、ベルは戦慄を走らせた。
特定のモンスターを墓地に揃えることで条件を満たす。
それはまさに、自分をこの世界へと誘った白き龍のそれに良く似ていた。
「見せてやろう。これが道を誤ったお前を正すべく母さんが遺し、俺が背負った数多の罪の……その具現だ」
吼えるように、岩だらけの地面が低く唸りを上げる。
隆起し、飛び散る岩盤の中から姿を覗かせたのは巨大な黒鋼の鎧。
「眠れる死者を呼び起こせ、《地霊神グランソイル》!!」
《地霊神グランソイル》
☆8/地属性/獣戦士族・効果/ATK 2800/DEF 2200
「グランソイルの効果を発動、特殊召喚成功時、自分または相手の墓地のモンスター1体を選択し自分フィールド上に特殊召喚する!!」
鉄球が連なったような剛腕を地面へ叩き付けると、そこを中心として魔法陣が展開される。ソレはまさに制限カードである《死者蘇生》を内包したような、強力な効果だった。
「選択するのは……お前の墓地の《A・O・J カタストル》だ!!」
グランソイルが腕を打ち付けた地面から、地の底から不気味な起動音を響かせ、災厄の使者が蘇った。だがそれは、皮肉にも敵陣である父のフィールドだ。
「そんな……」
乗り越えた筈の難敵から、再びベルへとその敵意が向けられる。
(流石にミスはしねぇか……目先の攻撃力でヴァルキュリアを選ばずにカタストルを選んだあたり、先をしっかり読んでいやがる)
フィールドが放つ威圧に呆然と立ち尽くすベルに代わって、クラドが心中で毒づいた。
決闘者として的確な選択。敵ながらも流石と舌を巻く反面、油断や隙を突いての反撃はもはや不可能という重い事実が圧し掛かる。
ベルはこのデュエルで《死者蘇生》を使用していない。つまりデッキか手札に未だ埋もれているとグレーユは考えたのだろう。
カタストルを蘇生出来る手段が残っているという警戒、それから導き出された答えがこの状況だ。
墓地からカタストルを奪い取ることで蘇生自体を封じ。仮に《死者蘇生》を使われたとしても、ヴァルキュリアや他のモンスターではモンスターBOXが残っているこの状況でカタストルとグランソイルを突破することはできない。
そして最も恐ろしいのは。決着を下しかねないこの状況で、グレーユが余念無く『次のターン』のことを考えて行動している、ということだ。
油断は無い。慢心はしない。綱渡りのように緊迫したグレーユのデュエルスタイルは、彼の哀しい生き方を顕著に表していた。
「バトル、カタストルでダイレクトアタック!!」
災厄の爪が降りかかる。
ベルの残りライフは1900。勝負を決するには十分な攻撃力だ。
「メイドちゃん!!」
クラドの叫びと同時。
引き裂かれた人影は――ゴトンと音を立てて、鉄くずをその場に撒き散らした。
「……手札から《速攻のかかし》を発動! バトルフェイズを強制終了します!」
ベルの代わりに攻撃を受けたのは、直接攻撃を防ぐ手札誘発の効果モンスターだった。
まさに紙一重の回避。このターンは何とか凌いだものの、残された手札はこれで1枚となった。
「俺はこれでターンエンドだ。まだ足掻くか、ユーリ」
圧倒的に不利なこの状況で、ベルの目にはまだ闘志の炎が灯っている。
クラドが希望を失わずに見守っていられるのは、ひとえにその力強さによるものだった。
「……お父さん、一つ聞かせて。お母さんは最期になんて言ってたの?」
俯いたまま、ベルがグレーユへ静かに問い掛ける。
デュエルから自分を救うこと、それが母の遺した言葉だという。もしもそれが『本当』なら、ベルは潔くサレンダーをするつもりだった。
だが、父の返した解答は――。
「もしもお前が私たちと同じ道を歩みそうになったら、そのときは頼むと。そう言って
親子の血は争えないなと、ベルはこんな状況でも思わず苦笑してしまった。
諦めるには。父に屈するには、まだ早い。
「……そっか。それならきっと、そのカードはお母さんの遺志ではあっても、お父さんの罪じゃないよ」
「何?」
父の固い頭も。母の優しさも。今ならどちらも手に取るように分かる。
顔を上げ、前を向く。立ち塞がるモンスター達の向こうに見える父の顔は、ここでようやく僅かながらの動揺を見せていた。
「だから、わたしも言わせて貰うよ。お父さんの背負った錘がどれだけ重くても……わたしが纏めて引き受けて見せる。だから諦めない。絶対に勝って伝えるよ。お母さんの、本当の遺志を!」
デッキからカードを引き抜く。たった1枚。この状況を覆せる『かもしれない』、そのカードを引き当てる為に。
「わたしのターン、ドロー!!」
ドローカードが半円の軌跡を描く。
動悸を押さえながら、祈るように手元へと目を向ける。
ドローカードは――。
(……死者、蘇生)
起死回生を担うべく舞い込んだカードはベルが望んだ希望の光ではなく。
皮肉にもグレーユが見通し、しっかりと対策を講じた『最悪の可能性』だった。
(……落ち着け、考えろ。このカードで出来ること……!)
しばし思考を巡らせ、結果。クラドの考察とほぼ同じ結論が見出される。
立ちはだかる双璧を突破することは不可能。次のターンを凌ぐ手段も無い。
「どうしたユーリ。あれだけ大きな啖呵を切っておいて、まさかサレンダーするつもりじゃないだろうな?」
返す言葉は浮かばなかった。
所詮、ここまでなのだろうか。
ちっぽけなまま。父親の心すら救うことが出来ず、終わってしまうのか。
「諦めんなメイドちゃん!! 頭ほじくってよーく思い出せ!! センセーと俺が教えたことを!!」
倒れそうになる身体を、またもクラドの声が支えてくれた。
ユウは常に前に立ち、藍とは隣で一緒に戦って。思えば背中にはいつも、彼がついていてくれた。
「一から十まで、百から千まで!! それで足りなきゃ万まで思い出せ!! 答えは必ず見つかる!!」
2人の師匠と共に旅立ったあの日から今日までのことを思い返す。
性格が対照的な2人からデュエルを教わる時間が、今は何よりも楽しくて。あれだけ嫌いだったデュエルは、何にも替えがたい特別なものに変わっている。
だから手放したくない。これまでに築いた彼らとの時間を。これからの未来を。
――コホン。1つ、覚えていて欲しいことがある。
聞き慣れた声が脳裏を過ぎった。
それはデッキを貰ってすぐに、クラドが語った言葉だ。
――デッキはな、1人じゃ完成しないんだ。
どういうことですか、と首を傾げて返したベルに、クラドは続けた。
――自分がいて、相手がいて。それで初めてデッキは成立するんだ。
たった2枚の手札。それらがベルの脳内で光の軌跡を描いていく。
それは例えるなら、天から垂れた蜘蛛の糸。その先に希望が繋がっているのかどうかすら分からない、不完全な勝利の方程式。
――相手のデッキを、手札を、フィールドさえ。全てのカードを自分のデッキの流れに組み込む……それが決闘者として前へ踏み出す、大きな一歩になる筈さ。
「……わたしは、手札から魔法カードを発動!!」
それでも、今はその糸に手を伸ばす。
全てを運否天賦に委ねることに、不思議と恐怖は感じなかった。
「手札の《死者蘇生》を墓地へ送り、《
「死者蘇生をコストにしただと……!?」
思いも掛けないベルの選択に、グレーユの目が驚きに見開かれる。
一方のクラドはベルの選択に拳をぐっと握り締め、満面の笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「このカードは相手の墓地にある通常魔法1枚を選択し、自分の正しいカードゾーンに置いて使用することが出来る!! 選択するのは……お父さんの墓地の《増援》!!」
二重魔法のカードが、光を放ちながら増援のカードへと書き換わっていく。
このカードこそ、勝利の可能性を掴むための第一歩。
「増援の効果により、デッキからレベル4以下の戦士族モンスターを手札に加える!! わたしは『このカード』を手札に加えて、そのまま召喚!!」
手札にもフィールドにもカードは無い。まさに一面の荒野と化したベルの陣営に、たった1人の女剣士が降り立った。
《アマゾネスの剣士》
☆4/地属性/戦士族・効果/ATK 1500/DEF 1600
「ッ、馬鹿な……」
グレーユの重鈍な眼が大きく開かれる。
数少ない【アステカ】の天敵でありながら、単体で採用するにはカードパワーの足りないカードであるが為に、意識の外へ放っていたその存在。
墓地へ送られたベルのモンスターを見れば、可能性は十分に考えられた。その事実がグレーユの心臓に深く突き刺さる。
それは正体不明の上級モンスターを、天敵であるカタストルを屠ったことによる油断に他ならない。
「……成る程。そのカードが、入っていたのか」
熱を帯びていく後悔の念に、妙な笑いがこみ上げてくる。
どこか諦めたように目を閉じ、グレーユは静かに呟いた。その表情は憑き物が落ちたように清々しく、穏やかだった。
「……モンスターBOXの効果は強制、なんだよね? 発動する意味の無いカタストルの攻撃に対して発動したのは、そういうことでしょ? だから『発動しない』っていう選択肢は無い。どんなモンスターの攻撃宣言に対しても、必ず発動してしまう」
覚悟を固めた父親を真っ直ぐに射抜いて、ベルは言葉を続けた。
「そしてアマゾネスの剣士は……このカードとの戦闘によって発生するダメージを相手に跳ね返す!」
グレーユの残りライフは2500。モンスターBOXの効果が成功し、攻撃力が0となったアマゾネスの剣士がグランソイルに攻撃を行えば――。
「だがユーリ。これは確実性の無い博打だ。ほんの少しでも運が俺に傾けば……それは分かっているな?」
「分かってるよ、だからこれが正念場。わたしとお父さん、どっちがどっちを背負うのか!」
ベルが宣言するが早いか。女傑の剣士が地を蹴り、黒鋼の神へと駆け出していく。
「……バトル!! アマゾネスの剣士でグランソイルに『攻撃宣言』!!」
「『攻撃宣言』時、モンスターBOXの効果を発動。俺は『裏』を選択する」
モンスターBOXのカードが輝きを放ち、その効果が発動された。
すかさず、宣言を受けたコーパルが虚ろな瞳を光らせる。
『効果の発動を確認。コイントス機能を行使します』
ピン、とコーパルが無造作にコインを宙へ放る。
「……ああ。すっかり忘れていたよ、ユーリ」
アマゾネスがその剣先を差し向け、コインが宙を舞う僅かその数秒。
時間は真空に放り込まれたかの如く、ゆっくりと流れた。
走馬灯のように、グレーユは刹那の間に記憶を呼び起こす。それはまだ、親子が3人揃って笑いあっていた頃の話だ。
上手く肉が手に入って、野菜も新鮮なものが買えて。そんな日に夕飯のリクエストを決めていたのは、コインやサイコロを使った簡単なゲームだった。
何度も何度もグレーユは彼女『達』に挑んだが。彼の希望はいつも叶わなかった。
『コイントスの結果が確定しました』
グレーユの呟きが終わるその前に、コーパルの手の中で勝敗は決した。
『コイン表示は『裏』。よってグレーユ・ベルガモットの宣言は『成功』となります』
《アマゾネスの剣士》
ATK 1500→0
「お前と母さんには、ずっと負け越していたっけな」
アマゾネスの振りかざした剣は、グランソイルの一撃に耐え切れず粉砕したが――呪術師の加護を受けた彼女の身は、受けた衝撃を魔力の刃に変えてグレーユへ放ったのだった。
グレーユ LP2500→0
**
「……ルールはルールだ。約束通り、俺は『決闘者の資格』を放棄する。審判員機構、頼む」
アンカーの拘束は解かれていないため、グレーユの申請にコーパルは虚ろな表情のまま応えた。
『アンティルールにより、賭け条件が適用されます。敗者グレーユ・ベルガモットの『決闘者の資格』の放棄を行使。今後、デュエルディスク並びにARリンクシステムを用いたデュエル行為、並びに審判員機構によるサポートを無効とさせて頂きます』
そんなことまで可能なのか、とベルが驚いていると。
グレーユのディスクがショートし、拘束していたアンカーも霧散し消滅した。
『アンティ適用を確認。これにより審判員機構の終了を……ハッ!? 私は一体今まで何を!?』
アンカーの接続が切れたことでコーパルの擬人格が戻ったようで、その表情に元の騒がしい色が戻っていた。
「デュエルは終了だ審判員。もう帰って良いぞ」
『あらら。うーん何か釈然としませんがー。どうやら本当にデュエルは終わったようですので、これにてお暇させて頂きますー。ではでは、またいつかどこかの
腑に落ちない表情のままではあったが、ひらひらと手を振ってコーパルも粒子化して消滅した。
「……結局。俺は家族を誰一人守れなかった訳だ。不甲斐ない男の末路にしては上出来か」
消え行くARの仮想戦場を見送りながら膝を折り、自虐的に呟くグレーユ。
そんな彼の前に立ったベルは、おもむろに拳を振り上げると――。
「えいっ」
こつん、と小さな音を立てて。拳はグレーユの頭上に振り下ろされた。
岩のような彼の体にダメージなど無かったが、グレーユは呆然と目を丸めて見返した。
「……ユーリ?」
「何でもかんでも自分の責任にし過ぎ。お父さんは昔からそうだよ? まぁ、わたし自身もそうなんだけど……」
藍の挑発に乗って大惨事になりかけた事件を思い出しながら。
ベルは気恥ずかしくなって目を逸らしたが、咳払いを一つして再び向き直る。
「……デュエルが枷だとか、呪いだとか。そんな風に感じるのは、お父さんがそうやって余計な責任を背負ってるからじゃないかな。お母さんの言葉だって、多分そう。お父さんに負い目があったから、哀しい言葉にしか聞こえなかったんだと思う」
言葉の受け取り方など人それぞれだ。まして目の前で愛する者を失い、力の無い自分を責めているときであれば……それはきっと、暗く冷たい意味に捉えてしまうだろう。
「お母さんが言った『同じ道』っていうのは決闘者の道って事じゃなくて、わたしたち親子の『悪い癖』……何でも1人で背負って無茶しちゃうコト、じゃないかな?」
決闘者としての道を歩ませたくないのなら、単にデュエルから一切関わりを持たないようにさせればいいだけの話だ。しかしデュエルが理を支配するこの世界で、弱きから切り捨てられる村で生きていくには難しい。
だからこそ。いずれ決闘者となるだろう娘の、支えになって欲しいと願ったのではないか。
「そうじゃなきゃ、お父さんにカードを渡したりしないでしょ? 自分のように1人で背負わずに、親子2人で支えあっていって欲しいって。お父さんにもわたしにも、そう言いたかったんじゃないかな? まぁこれは、わたしがお母さんだったらそう言うだろうなぁ、っていう推測だけど……」
おぼろげな記憶の中にしか居ない母親の姿だが、親子の奇妙な繋がりが成せる技なのだろう、ベルには母の考えが手に取るように理解出来た。
「さっきも言ったけど、わたしはもう『1人』じゃない。1人じゃないからどんな重いものだって背負える。だから大丈夫だよ、お父さん」
そう言って微笑むベルを、グレーユはただ呆然と見つめた。
二度と会うことは無いと理解したあの日以来、すっかり成長した娘には妻の面影が重なって見えた。それはとても儚く、脆弱で。
しかし今、自分を乗り越え「大丈夫」と微笑む娘はもはや誰の写し身でもない。
未だに子離れ出来ずにいた自分とは違って、娘は立派に1人の人間として自分の道を歩んでいたのだ。
「あと、最後にもう1つ。折角こうしてもう1度会えたんだから、まずはそこを一番に喜んで欲しかったな?」
けれど、むっと頬を膨らますその仕草はまだまだ子供で、どうしても愛おしい。
子離れするのはまだ難しそうだと、自分の弱さにグレーユは苦笑を漏らした。
「……そうか。そうだったな」
涙脆いのも、親子揃って。
岩壁から伝う雫が1つ地面を濡らして、とても暖かな言葉が芽吹いた。
「おかえり、ユーリ」
「ただいま、お父さん!」
**
「もう俺には必要の無いものだ。持っていくといい」
グレーユから渡されたのは件のエンジンパーツと、旅団狩りとして集めたのだろうカードの数々だ。そのほとんどが生活費に換わったので大した物は無いとのことだが、売買人であるクラドにとっては貴重な在庫だ。有難く頂戴しながらも、クラドは問い掛けた。
「でも親父さん、いいのかよ? いくら決闘者で無くなったとはいえ、車ぐらいは入用じゃないのか?」
「先を急ぐのだろう? 構わんさ、俺はここで店にパーツが入るのをゆっくり待てばいい。出来ればコイツで、君らの仲間のところまで送り届けてやりたいところだが……」
頼みの『足』がコレではな、とグレーユがキャンピングカーを小突きながら言い掛けたところで、ふと駐車場に見知った人影がふらりと姿を現した。
「ゲッ!? 貴様ら何故こんなところに!?」
その男はベル達を指差し、まるで不快な虫でも見つけたかのように口元を引き攣らせていた。
華奢な顔立ちと皮製の日除けマントの下から覗く華美な衣類は、今はどこかくたびれて威厳を失ってはいるが、その性格の曲がっていそうな顔つきは見間違う筈が無い。
シフト・クロッカ。それなりに大きな旅団を率いていたが、遂にはベルに乗り越えられた哀れな決闘者だ。
「よぉ、ダンナ。元気にしてたか?」
「ふざけるな!? ご覧の通り貴様らのせいで最悪な状況さ!!」
見れば、あれだけ群れていた取り巻き達の姿が1人も見当たらない。旅団は解散し、単身何とかシガマまで辿り着こうとこの街に寄ったというところだろう。
命からがらという状況ながらも未だにハングリー精神は失っていないようで、近くにユウの姿が無いと分かるとそれまでの表情を一転、好機とばかりに口端を吊り上げた。
「だが……僕の運もまだ尽きていなかったようだな!! あのライロ使いが居なければこっちのものだ!! お前とメスガキだけなら、油断さえしなければ――」
何を思ったのか、ずいとグレーユ前へ出る。
その姿をまじまじと眺め、シフトは何かを思い出したようにガタガタと震えだした。
「お、お前は確か……旅団狩りの……!?」
「久しいな。いつだかの旅団頭」
にい、と邪悪な笑みを浮かべるグレーユ。
その威圧感は、とても決闘者の資格を無くした者とは思えない迫力がある。
「何だ。親父さん、知り合いか?」
「まぁな。前に少し遊んでやったことがある」
デッキの相性はそれほど悪くは無かった筈だが、旅団の後ろ盾を失ったシフトには荷が重い相手だろう。最も、今のグレーユにデュエルは出来ないのだが。
「ところで旅団頭、アレはお前の車か?」
木の幹のようなゴツい指が、駐車場の隅に止められた趣味の悪い車を指差した。
お金持ちのお坊ちゃんが精一杯悪ぶって見せたような、ラクガキじみたデザインの車など持ち主は自ずと限られてくる。
「あ、ああ……そうだが……?」
言い逃れは出来ないと悟ったシフトは、震えながらも肯定する。
「それは良かった。実は今、少しばかり『足』が欲しくてな?」
後は分かるな? グレーユに詰め寄られたシフトは、涙目のまま頷くと黙ってキーを差し出したのだった。
**
日も傾きかけた頃。ぽつんと荒野の真ん中に佇むキャンピングカーへ派手な外観の車が乗り付けた。
「よう、戻ったぜ? 皆いい子にしてたかー?」
何事かと警戒を強めた留守番組の3人だったが、ドアを開けて現れた見知った顔に呆れたようなほっとしたような、そんな色が浮かんだ。ユウだけは、終始相変わらずの表情であったが。
「何かと思えば……随分と趣味の悪いタクシーを拾って来ましたのねぇ?」
おずおずと助手席から出てきたベルと交互に見比べて、アンリエールは深い溜め息と共にうんざりした様子で呟いた。
「あはは……まぁ……」
貴女のお部屋も似たような感じじゃありませんの? と心中で呟いたが、ベルは改めて車を眺めた後「確かにそうかも」と考えを改めた。
「とにかく、2人ともお疲れ様ですわ。藍がディナーを用意してくれていますから、早く中に入ってお休みなさいな」
不意に見せたアンリエールの優しげな表情に一瞬戸惑ったが、隣でグッドサインを作って微笑む藍を見てすぐさま腹の虫が鳴いた。
恥ずかしさに顔を高潮させるも、続く藍の言葉に思わず身体を強張らせる。
「ところでベルちゃん、そちらのおじ様は?」
運転席に座る褐色の岩男に怪訝な眼差しを向けて、藍が首を傾げた。
当のグレーユは判断を任せているようで、何か取り繕う様子は無い。
慌てて、クラドが言葉を挟む。
「あー、その人はだなぁ……」
ちらりとベルに目配せすると、口元に人差し指を当てて微笑んでいた。
その仕草に一瞬どきりとしながらも、クラドは切れ切れに嘘を紡ぐ。
「たまたま、偶然。街で仲良くなった、気の良いオッサンだよ」
じっ、と向けられる疑いの視線から逃れて数秒。
諦めたように溜め息をついてから、藍はグレーユに一礼した。
「……そうでしたか。2人をここまで運んで頂きまして、ありがとうございます。お礼の代わりとしては何ですが、ご一緒に夕飯でもどうですか?」
「折角の誘いだが、まだ街に帰ってやることがあるのでね。申し訳ないがこれで失礼するよ」
「そうですか……残念です」
挨拶代わりにグレーユがすっと片手を上げると、エンジンが再び唸りを上げる。
助手席のドアを閉めるその間際に、ベルが小さく呟いた。
「行ってきます」
グレーユも小さく頷くと、車はゆっくりと走り出して行った。
沈む夕日の中へ解けていくように遠く、小さくなっていく影。それをしばらく見送って、ベルは仲間達の待つ車内へと歩を早めた。
「……2人とも。何か隠してない?」
「おう、隠してる隠してる♪ 俺だけしか知らないメイドちゃんの秘密をな~?」
「!? なっ、ちょっと何言ってるんですかクラドさん!?」
いよいよ近づいた、シガマの地。
大舞台への決意を新たに、ベルの胸は大きく高鳴っていた。