遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第16話 前夜の告白

「……白面の女の仲間に、闇のゲーム……か」

 

 宿泊している宿の一室。男性用の部屋に集まった面々は、それぞれが神妙な面持ちでベルの報告を聞いていた。

 闇のゲームらしきモノを受けたこと。

 ヒヨリという決闘者のこと。

 大会で会おう、と言われたこと。

 恐らくこれまでのどんな情報よりも、ベルの体験は重要なウェイトを占めている筈だ。

 

「大会出場するつもりなら複数仲間が居てもおかしくはねぇ、よな……とにかくメイドちゃんが無事で何よりだ。単独行動させた俺が甘かった、すまねぇ」

 

 深々と頭を下げるクラドに、ベルは大きく手を振って否定した。

 

「いえいえ! わたしが良く考えもせずに知らない人に付いていったのがいけないんですから! クラドさんは悪くありません!」

 

 そうは言いつつも、ベルは未だに信じられずにいた。

 あんなに楽しそうにデュエルをしていたヒヨリが、実は闇のゲームで人を消す、白面の女の仲間で――あんなにも恐ろしい『眼』を向けてきたことを。

 

「でもよ……もしメイドちゃんが負けてたら……」

「結果オーライですわ。そ・れ・に、仮にも私の従者ともあろう者が、敵の放った雑兵になど負けてたまるものですか」

 

 ふん、とベッドに腰掛けて胸を反らすアンリエールは、同意を求めるように片目を開けてベルを睨んだ。

 

「それでベルちゃん。その『闇のゲーム』を仕掛けた人についてなのだけど……分かった限りでいいから、教えてくれる?」

 

 キーボードを接続したDパッドを膝の上に広げながら、藍が尋ねる。

 

「あ、はい。白くて長い髪を三つ編みにして2つに分けてて、多分歳はユウさんと同じくらいだったと思います。使ってたのは《炎王》って名前のモンスターで……名前は」

 

 変化を決して見逃さないように、それを決して他のメンバーに悟られないようにさりげなく。

 ベルはしっかりとユウの顔を見つめて、言った。

 

「ヒヨリ=タマキ、と」

 

 思わずベルが驚いてしまう程に。

 ポーカーフェイスは、顔を『凍りつかせて』いた。

 

「名前からして、白の出身……? 使用デッキは【炎王】か……」

「――あ、はい。それにD・ホイールっていうバイク型のディスクを持っていました」

「ということはD・ホイーラーね。上手く大会参加者の中から割り出せれば良いんだけど」

 

 眉を寄せてカタカタと情報を打ち込んでいく藍を尻目に、ベルは疑念を確信に変えた。

 聞かなければならない。ユウにヒヨリのことを、『あのカード』のことを。

 

「…………」

 

 再びユウに目を向けるが、流石というか既にいつもの表情を取り戻していた。

 恐らく、ユウも何か思うところがあって皆に黙っているのだろう。それをこの場で問い詰めても、恐らくは上手くはぐらかされるだけだ。

 だから。今すぐにでも答えを聞きたい衝動を抑えて、ベルは自分の気持ちに口を噤んだ。

 

「……大会、か。開催は翌日に迫った訳だが。正直な話、滑り込み参加な感じだから対策も何も練れてねーんだよな……『白面の女』が出る以上、あの大会の優勝商品には何かあるんだろうが」

 

 ばたん、と伸びをしながら後ろ手に倒れこむクラド。

 ソレを合図に、ひとまずメンバーの間から緊張が取り除かれた。

 

「確か、この大会で試験的に『新ルール』を適用するって話だけれど……」

 

 キーボードを片手に、藍が眉を寄せて問い掛ける。

 

「新ルール、ですか?」

「ええ。この大会で上手く機能すれば今後、審判員機構はその『新ルール』に従って機能することになるでしょうね」

 

 何やら大々的に告知をしたそうだが、この大会の意図はそこにあったらしい。

 要するに、参加者は商品に釣られた体のよいモルモットということだ。

 

「とはいっても、カードの裁定なんかに少し変更が加わる程度でしょうけれど」

「これまで使っていたデッキが丸ごと使用禁止に……では、笑えませんものねぇ?」

 

 ケタケタ、と口元に手を当てて楽しそうなアンリエール。

 

「そこで何で笑えちゃうんですか……」

 

 今のルールにようやく慣れてきたばかりで不安もやぶさかではないベルは、そんな彼女の神経を疑った。

 

「詳しい大会形態や新ルールの発表は明日の開会式だ。その辺はどの旅団もフェアにやろうぜってコトだろ」

 

 新ルールと大会形態に合わせたデッキ調整はほぼ不可能。

 その条件はどの旅団にも同じように課せられるらしい。タッグ戦が設けられるだろうという予想から、既にタッグ用の調整をしている旅団は多いようだが。

 

「調整用に色々とカードも仕入れておいたから、明日の発表に合わせて対策を練ろう。俺らはそれに加えて『白面チーム』を早く割り出さなきゃならねぇからな」

「そうね。勝ち上がって『優勝賞品』の真実を明かすことも大事だけど……まずは彼女達の正体を突き詰めないと」

 

 クラドの言葉に藍が応えると、一同は小さく頷いた。

 

「そうと決まれば、だな」

 

 それが合図となったのか、メンバーは早速各々の作業に取り掛かる。

 藍とクラドはそれぞれ情報収集、アンリエールはデッキの調整に余念が無い。

 ベルもデッキを手にとって、パラパラと確認していくが……。

 

(――あのとき、もし)

 

 脳裏に浮かぶのは奇抜な戦術や投入すべきカードではなく、そんな生産性の無い寝言めいた言葉ばかり。

 ――ヒヨリとのデュエル。あれは中断という形で幕を閉じたが、ベルにはそんな歯切れの悪い結果以上に引っ掛かる何かがある。

 勝利を確信し、放った最後の一撃……しかしそれを受けるヒヨリの眼は、敗者が浮かべるソレでは無かった。

 強がりやハッタリなどではない、相対したからこそ断言できる。ヒヨリは少なくともあの時点では『負けなかった』。

 だとすれば。あのままデュエルを続けていたら、最後に立っていたのはどちらだったのだろう。

 ベルとヒヨリ。決闘者としての実力差を考えれば、そんなことは明白だった。

 

「何ですの? 辛気臭い顔で突っ立ってないで、調整の相手でも務めて頂けます?」

 

 じと、と訝しげに向けられたアンリエールの言葉に、ベルの意識が引き戻される。

 

「あ、えっと……すいません」

「全く。ぼーっとしている暇は無いとあれほど」

 

 くどくどと始まった小言に耳を傾けていると、視界の隅でユウが静かに立ち上がった。

 

「……すまない、少し外へ出てくる」

「? おう、早く帰ってきてくれよ?」

 

 首を傾げたクラドに見送られ、ユウが部屋を後にする。

 ゆっくりと閉じていく扉。それが自分達と『彼』を隔てる決定的な何かに思えたベルは、ある種の焦燥感を覚えた。

 そうなればもう、居ても立ってもいられない。

 

「すいません! わたしもちょっとトイレに!」

「何てはしたない……」

 

 アンリエールの溜め息混じりな小言を背に受けて、ベルはすぐさまユウの後を追ったのだった。

 

 

   ** 

 

 

「……何か用か?」

 

 宿の屋上で景色を眺めていたユウは、背後の小さな気配を確かめて呟いた。

 それほど高くはないものの、夜空と飛行場に輝く小さな明かりを堪能するには十分過ぎるスペースだ。

 

「すいません、少し聞きたいことがあって」

「……悪いが、今は1人にしてくれないか」

「それは出来ません」

 

 きっぱりと、ベルはユウの言葉を切り捨てた。

 彼女の存在を知ってしまった以上、少なくともユウがメンバーに真実を隠す理由を聞くまでは引き下がるわけにはいかない。

 それが閉じ行く扉をこじ開け、後を追ってここまで来た自分の果たすべき責務だ。

 

「《魂の牢獄》。あの画像、もう1度だけ見せて貰えませんか?」

 

 冷たい夜風がベルの頬を静かに横切る。

 しばらくの静寂が続いて、ユウは視線を夜景に向けたまま呟いた。

 

「……今更あんなものを見てどうする」

「確かめたいことがあるんです」

 

 真っ直ぐに向けられたベルの固い意思が伝わったかのように、ユウの背中から力が抜けていく。

 少し長めの後ろ髪をふわりとなびかせ、ゆっくりと向き直ったその無表情は。心なしか微笑んでいるようにも見えた。

 

「もう、大体の見当は付いているんじゃないのか?」

 

 Dパッドを軽く操作して、ユウがひょいと投げて寄越す。

 慌ててベルが受け止めると――そこには件の《魂の牢獄》が映し出されていた。

 

「……やっぱり、そう。この人です」

 

 描かれたイラストは、虚ろな表情を浮かべたヒヨリと瓜二つの少女。短めに切り揃えられた栗色の髪は彼女のものとは違っていたが、あの無邪気な笑顔の面影が残るこの少女はやはりヒヨリに間違い無い。

 

「……そうか」

 

 短くそれだけの言葉を返して、ユウは再び背を向けた。

 ここで口を噤んでしまってはそれで終わってしまうと、ベルはすぐさま追い縋った。

 

「教えてください。この人はどうして『白面の女』と? この人は、一体ユウさんの――」

「……質問には1つずつ答える」

 

 ぴしゃりとベルの言葉を遮って、ユウがはっきりと告げる。

 それはもう隠しはしないという、決意の表れのようだった。

 

「……何故、奴が白面の女と共に居るのか。それは正直、俺にも分からない」

 

 遠くに見える飛行場から、旅客機が飛び立っていく。

 鳴り響くジェットエンジンの轟音が鳴り止むのを待ってから、ユウはいつも通り淡々と告げた。

 

「だが奴は……ヒヨリは俺の師であり、友であり。想い人でもあった」

 

 砂の混じった乾いた風が渦を巻く。

 全身が吹き飛ばされそうになる錯覚を覚えて、ベルは思わず身体をよろめかせた。

 

「そう、だったんですね……」

 

 この無表情な男が、必死の思いで探し続けるモノ。それが彼の中でどれだけ大きな存在であったのかを理解するのは難しくない。

 しかし所詮、理解など自身の描いた理想に過ぎない。当人から語られる『現実』が持つ立体感とは程遠いものだ。

 故に。ベルの胸を締め付ける小さな痛みは、彼女にとって想定し得ないことでもあった。

 

「……これから話す事は。出来ることなら冗談半分で聞いて欲しい」

 

 ユウは決して振り向かず、話を続けた。

 それは自らの顔を見せまいとの配慮からなのか。はたまた、ベルの表情を見るまいという心遣いからなのか。

 

「俺とヒヨリは――いや、正確にはもっと『いる』のかもしれないが、どうやらココとは違う別の場所から連れて来られた人間らしい」

「別の……? 文明の白から、ということですか?」

 

 本当に突拍子も無い話に、ベルは胸の動悸を抑えながら聞き返した。

 只でさえ多くを語ることが無いユウが、言葉を選びながら『冗談半分』を少しずつ語っていく。

 

「……いや、そういう事じゃない。恐らくだが『平行世界』『別世界』というヤツだろう。俺も詳しくは分からないが」

 

 つまりユウの言わんとしていることは、架空の産物である夢物語が現実のものであり。そして自分達が『そう』である、ということなのだ。

 村に居た頃はそういった話とは無縁であったベルだが、色々な街を移り働くうちにその手の物語を小耳に挟み、歳相応の興味を持って聞いていたこともある。

 別の世界。別の自分。そういったものに強く憧れを抱いているのは、デュエルを通じて少しだけ強くなれた今でも変わらない。

 

「どういうこと……ですか?」

 

 だからこそ、そんな夢物語を語るユウに真剣な眼差しを返す。

 

「……俺の生きてきた『世界』と『この世界』は何かが違う。その違和感はこの世界でデュエルをする度、人に触れ合う度……次第に大きくなっていった」

 

 すぅ、と静かに息をつく。そんな小さな音まで聞こえる程に、ベルの意識はユウの話に集中していた。飛び交う旅客機の轟音など、ものともせず。

 

「……ムトウユウギ。この名を知っているか?」

 

 唐突に投げ掛けられた質問に、ベルはふるふると首を横に振った。

 

「カイバセト、ジョウノウチカツヤ……この2人はどうだ?」

 

 ベルはただ、首を横に振る。

 名前からして白の出身者なのだろうかと思ったが、それにしては妙な発音だ。

 

「……いずれも俺の記憶では『伝説』と語り継がれている決闘者だ。決闘者を志した者なら誰しもが聞く筈の名前なんだがな」

「す、すいません……勉強不足で……」

「いや、お前は悪くない。何せ『この世界』の人間は誰も知らないようだからな。試しに藍やアンリに聞いてみるといい、首を傾げて『誰?』と聞き返されるぞ?」

 

 自嘲気味に鼻で笑って、ユウは話を続けた。

 

「……それが俺が感じた違和感、その1つだ。この世界は……特にデュエルに関しては俺の知っているソレとは何かが違う。俺の話が真実であるとすれば、それが証拠といえば証拠になる」

 

 

 

「尤も、それは俺の記憶の中だけの話だ。頭がおかしくなったのだと言われれば納得してしまう程度のものだが――」

 

 再び振り返ったポーカーフェイスはどこか哀しげに、1枚のカードを見せて言った。

 

「――俺とヒヨリが、このカードに閉じ込められ目覚めたことは。この世界で起きた確かな事実だ」

 

 それは、がらんどうの檻だけが描かれた《魂の牢獄》。

 

「……ココではない、どこか別の場所でな」

 

 何故、という言葉は出ない。

 そのカードが果たした役割を、ユウが語らんとすることは容易に理解できる。その事実を受け入れ、口に出すことが出来ずにいるだけだ。

 ユウは既に闇のゲームを体験し、カードに封印されたまま、彼の言う『この世界』に連れて来られたという、真実を。

 

「そんな……一体、誰に?」

「さぁな。何の目的があったのか、それは未だに分からず終いだ。白面の女が何か知っていれば良いのだが」

 

 言いながら、ユウはカードを内ポケットに仕舞いこむ。

 

「……少なくとも、アレは人では無かったようだが。未熟だった俺達は、成す術もなく敗北した」

 

 そう語るユウの目は遠くを見つめている。

 こことは違う、彼の記憶の中にだけある世界を。

 

「……次に目が覚めたときは、『この世界』の白に居た。どうにもこの辺りの記憶は曖昧なんだが……癇に障る小太りな男があれこれと命令してきたのは良く覚えている。ここからは単なる昔話だ」

 

 ポケットから取り出した右手には、もう何も握られてはいない。

 空っぽの掌を見つめて、ユウは言葉を続けた。

 

「それから奴は、何をさせたかったのか俺に色々な奴とデュエルさせた。連日連夜、場所を変えて幾度と無く。ヒヨリのカードを人質にな」

 

 それがどれだけの苦痛だったのか、屈辱だったのか。

 こればかりはベルも、想像や理解が組み立てられない。

 

「奴からヒヨリを取り戻し逃げ出す機会をいつも窺った。そして丁度、この橙に着いてからだったな――俺は奴の手から逃れることが出来た。結局ヒヨリのカードは奴の手に戻ってしまったが」

 

 つまりは失敗。一番守らなければならないモノを残したまま、自分だけが生き延びた。

 力なく伏せられた視線は、広げられた掌へと落ちていく。

 

「それからは、今までの通りだ。ヒヨリが封じられたカードを探して街を渡り歩いた……結局奴も、自力で逃げ出したようだがな?」

 

 そう語るユウの目の端は、どこか柔らかく緩んでいた。

 本当に安心したように。あのポーカーフェイスが、感情をこれだけ滲ませている。

 しかし。

 

 ――ごめん、分かんないや!

 

 ユウの名前を聞いても、けろりと否定した無邪気な笑顔も。

 

 ――ゼッタイ勝たなくちゃ……ね♪

 

 闇の瘴気を纏い、思い出すだけでも背筋が凍るあの眼も。

 あれらは全部嘘で、ベルを騙す為の演技だったのだろうか。

 大切な人に会えたかもしれないのに、無事を伝えることが出来たかもしれないのに。

 それを堪えてまで『白面の女』の傍にいなきゃいけない理由があるというのだろうか。

 ベルにはどうしても、それが理解出来ない。

 

「……あの、」

「ベル」

 

 疑問の渦を断ち切るように、ユウが名前を呼んだ。

 ヒヨリが闇のゲームらしき『何か』を仕掛けたこと。その眼の冷たさはユウも聞いていた筈だ。ベルが抱えている疑問は恐らく、ユウの心に一番強く渦巻いていることだろう。

 

「……こんな話をされても信じられないのは分かっている。だから、事態が落ち着くまでは皆には黙っているつもりだ。お前も今は、冗談半分で聞いておいてくれ」

 

 今更ベルに問い掛けられずとも、ユウとて十分に分かっている筈だ。

 何せ彼は、ベルが尊敬する『師』の1人なのだから。

 

「……分かりました。全部が分かったら――ヒヨリさんがユウさんの元に帰って来たら、ちゃんと話を聞かせて下さいね?」

 

 だからベルは笑顔で、そう返す他に無かった。

 

 

   ** 

 

 

「うへ……想像通りのすげぇ人……」

 

 寝不足だろうか、目の下にクマを作ったクラドが枯れた声でウンザリと呟いた。

 大会会場となる『シガマアリーナ』前には観客と登録決闘者を含めた人でごった返し、入場整理に追われたスタッフ達が怒声を撒き散らしている。爽やかな朝とは程遠い光景だ。

 

「全く騒がしいですわね……これだから橙は」

 

 暑苦しい、とばかりにウンザリと呟くアンリエールに、すぐ近くに顔があった藍が苦笑を浮かべて言葉を返した。

 

「……あの、アンリちゃん? そういう台詞は、アナタ目当てに集まってきたこの野次馬を、どうにか、してから、言ってくれない、かしら?」

 

 そう。

 一行がもみくちゃにされている9割方の原因。それは『天才決闘役者』ことアンリエール・ラムジョレーンの威光に他ならない。

 

「そうだぜお嬢……何が哀しくて、俺達はこんなトコロで肉饅頭されにゃならんのだ?」

「私の魅力のせいだと? 冗談ではありませんわ、文句なら緊急対応のなっていない主催運営様に言って頂けます?」

 

 恨めしげなクラドの呟きを、アンリエールはさらりと流してのけた。

 この大会にはプロデュエリストで構成された『夢の旅団(ドリームチーム)』、つまりゲストチームが参加するようなのだが、当然ながらそういったVIPには専用の通用口というものがある。

 それは混乱を避けるための当然の処置なのだが、いくら何でも前日になって突然参加が決定したこの野良VIPの為に、楽屋を用意したり通用口を段取ったりなどという準備が間に合う筈が無い。

 結果。一般参加として待機するアンリエールにファンや野次馬その他諸々が殺到したわけだ。

 現在、アンリエールを中心として4人で周りを囲んだ簡易バリアで押し寄せる人々からアンリエールを守っているが……。

 

「うぇぇ!? いっ、今、誰かがわたしのっ……!?」

「……耐えて、ベルちゃん。後で必ず割り出して制裁を加えてやるから……」

 

 入場までにメンバーのライフが持つかどうかは、微妙なところである。

 

「ああん♪ ユウ様ぁ……身体が押されて……♪」

「そこのプロ!! 変な声を出さないで下さい!! ただでさえ人の目が多いんですから!!」

「だ、ダメだ……意識が朦朧と……」

 

 見かねた運営スタッフが彼らを救助したのは、それから少し経ってからのことだった。

 

 

   **

 

 

 一同は広い待合用のロビーに通されると、先に受付を済ませていた他の旅団と共に開会式へ向けた説明を受けることになった。

 式の流れを大体説明し終えると、スタッフ達は忙しそうに裏方の方へと消えていく。

 

「一時はどうなることかと思ったけれど……何とか無事に出場出来そうね」

 

 全くだと頷く代わりに溜め息をついて、メンバーは藍の言葉に賛同する。

 あのまま揉みくちゃにされていたら、ココへ辿り着くことすら出来なかっただろう。

 助けてくれた名も知らぬスタッフのおじさん達に感謝しつつ、ベルが気を引き締めていると。

 

Buon giorno(おはようございます)! またお会いしましたね、小麦肌のお嬢さん?」

 

 ようやく一息ついた一同へと、無駄に明るい男の声が掛かった。

 雑多に声が飛び交うロビーの中でもよく通るその声にベルが振り返る。

 

「ああっ、えっと……」

 

 見ればその人は、水源都市マガイアで出会ったブロンド髪の軟派男だった。

 そういえば、彼の名前を聞いていなかった……とベルが思案するよりも早く、ブロンドの男は大きく両腕を広げると力強くベルを抱きしめた。

 

「!?」

「うん、良い抱き心地だ。立派な決闘者として成長したようですね?」

「なっ!? メイドちゃんに何すんだ、この野郎!」

 

 突然の行動に慌てたクラドが拳を振り上げて殴りかかったが、ブロンドの男は軽い身のこなしでひらりと避けて見せた。

 

「おっと……いやいや、ただの挨拶ですよ彼氏さん?」

 

 憤慨するクラドを尻目に、ブロンド男は眉を寄せて余裕の困惑。

 わたわたと手を泳がせるベルを優しく解放すると、ブロンド男は次の標的を藍へと向けた。

 

「おお、これはいつかの黒髪淑女! お久しぶりです!」

「あ、あはは……」

 

 標的を藍に変えたブロンド男が、両腕を広げて笑顔で迫る。

 困惑した表情で後ずさる藍との間に、すかさずクラドが割って入った。

 

「てめっ、この……!」

「はっはっは、暴力反対♪」

 

 爽やかな微笑みと共に長いコートの裾を翻し、クラドの直線的な攻撃をかわしていく。

 

「おや? おやおや? これはラムジョレーンの幽霊姫様! こんなところでお目にかかれるとは……! まるで宝石騎士(ジェムナイト)のように澄んだそのお瞳。画面越しに見るより強かでお美しい……!」

 

 くるりと回りながら今度はアンリエールの前に躍り出ると、ブロンド男は恭しく膝をついて頭を下げた。そのまま手を取り、甲に口付ける。

 

「あら。それはどうも」

 

 呆気にとられて声も出ないメンバーとは打って変わり、アンリエールの反応は淡白でしらっとしていた。

 そういえばコイツも似たようなコトをしていたなと、クラドは表情には出さずに心中で呟いた。ただ矢印が複数に向いているか、極太のものが1人に向いているかの違いだ。

 

「あの、ここにいるっていうことは……?」

 

 堂々たるアンリエールの態度に救われ、ある程度混乱が収まったところで恐る恐るベルが尋ねると、ブロンド男はにっこりと微笑んで答えた。

 

「ええ。力及ばずながら出場を、と」

 

 見れば、彼の後ろには高額カードを買い込んでいた幼い双子がユウに負けず劣らずの無表情でぴったりと張り付いている。

 決闘者の強さに年齢は関係ないと言うが……彼らもブロンド男と共に大会へ出場するのだろうか。

 

「本当に力及ばなそうな殿方ですわねぇ……」

 

 何の遠慮も無くずかずかと目の前で言ってのけるアンリエールだったが、当の本人はニコニコと爽やかに歯を光らせているばかり。

 美男子であることには間違い無いのだが、決闘者としての気迫というか心の強さというか、そういうものを感じるには線が細過ぎる。

 苦笑を浮かべるばかりの一同に『お構いナシ』なのはブロンド男も同じようで、会場の空気が変わる気配を察したのか口元に人差し指を当てて呟いた。

 

「さて……そろそろ始まるようですよ?」

 

 忙しそうに駆け回るスタッフ達が、不意にしんと静まり返る。

 程なくして流れ始めた賑やかなBGMと共に、遂に大会の幕が開けた。

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