遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第1話  お空に瞬く希望の星(ひかり)

 すまない、と頭を下げた父親に対して、ただ黙って頭を振った。

 いつも強くて大きな優しい背中が、涙を流して肩を震わせている。幼い少女には事情が分からなかったが、父親が初めて見せた脆弱な姿は『どうにもならない事態』を理解するには十分過ぎる材料だった。

 父親の従えていた巨龍が霞み、消えていく。父親の『でゅえる』は彼らの日常を守れなかったのだと、少女に残酷な現実を否応なしに突きつける。

 

 すまない、と跪いた父親に対して、今度は精一杯に笑顔を作って向ける。

 悪いのは父親ではない。まして勝者である『彼ら』を恨むのも違う、と思う。

 憎むのは、理不尽が支配するこの世界。そして自分の身すら守ることの出来ない、力の無い幼過ぎる自分だ。

 そう答えを出した後、少女の意識は暗転した。

 

……………………

…………

……

 

「……うぅ」

 

 遠くで鶏の鳴く声が聞こえた気がして、少女は定刻通りに目を覚ました。

 すぐに閉じそうになる瞼を擦り、ぼんやりとした視界を開かせる。寝ぼけた瞳を擦る自分の腕を眺めて、少しばかり溜め息が出そうになったが、そんな憂鬱も慣れたものだ。丁度ついて出た欠伸と一緒に飲み込んでしまった。

 

(……もう、朝か)

 

 歳はおおよそ12~3程度だろう。褐色の肌に焦げ茶色の髪、うつらうつらと揺れる半眼からは琥珀色の瞳が見え隠れする。

 少女は小柄な体躯をむくりと起き上がらせると、やや機械的な動きで支度を始めた。のそのそと簡素な寝巻きに替わって身に纏ったのは、橙と黒を基調とした『メイド服』だった。

 少女の年齢には相応しくない、胸元が大きく開いたデザイン。小柄な割りに胸囲は良く発育していた少女だったが、それを見世物にするような度胸は彼女には無い。確かに胸だけは同世代の娘と比べれば大きいほうかもしれないが、ただそれだけだ。大人の女性が持つ独特な魅力や色気の欠片も無い。

 仕事着でなければ、こんな衣装は全力でお断りだ。

 

(わたしみたいな『(ネイティブ)』の、それも子供の胸なんか見て何が楽しいんだか……)

 

 少女は鏡に映った自分の姿を見て、今度は堪えきれずに溜め息をついた。

 彼女は『未開拓の橙(ネイティブ・グラン)』と呼ばれる、この大陸の『原住人』である。6つの大陸が交流するこの『異陸交易』の時代で、ネイティブは文明レベルが著しく低い。過去には他大陸から侵略戦争の対象となった歴史背景もあり、今なお差別的な目で見られることも少なくない。

 しかし現在ネイティブの街が豊かに発展したのは、その異大陸人の移住によるものが大きいのも事実だ。郊外へと追いやられ、貧しい生活を余儀なくされた原住人の彼らは、幼い頃から働き口の多い街へ出稼ぎに出ることが通例となりつつあった。この少女もそんな例に漏れず、生まれ出た村を出て住み込みで働いている。

 

(まぁ、お客さんが喜ぶ理由なんて二の次でいいや)

 

 どんな状況であれ今は全力で働いて、明日へ繋いでいくだけ。

 少女は鏡に映る自分にそう言い聞かせると、従業員休憩室のある2階から、仕事場である1階へと向かった。

 

  **

 

「おはようございますー」

 

 朝方のしんとした空気を吸い込みながら、 少女は決して広いとは言えない木造のフロアに降り立った。

 

「おはよ~ベルちゃん。今日も1日ヨロシクね~」

 

 少女の挨拶に、厨房の奥から『野太い声』が返ってくる。

 ベルと同じメイド服を着こなした恰幅の良い男性の姿が、ちらりと伺えた。非常に残念な話だが、彼はこの店のオーナーである。

 他の男性従業員――と言っても調理係1人だけなのだが――にも挨拶を済ませ、黙々とフロアの清掃を始める。それが終われば、オーナー達の仕込みの手伝いだ。

 こんな荒野のど真ん中に佇む、砂埃にまみれた宿街にも『メイド喫茶』は存在する。とはいえメイドと呼べる存在はフロア担当の褐色の少女ただ1人で、外観はさしずめハリボテ小屋のような木製二階建て。内装もファンシーな桃色空間などとは程遠い粗雑な出来上がりなのだが。

 

(……あ)

 

 清掃を始めたベルの足元に1枚のカードが舞い落ちた。動かしたテーブルのどこかに挟まっていたのかもしれない。

 

「また忘れ物、か」

 

 ベルはそれを摘んで拾い上げると、興味も薄そうに眺めた。

 なんということはない、薄っぺらい存在感。それが逆に憎らしく思えて、ベルは思わず呟いた。

 

「こんな紙切れ1つで、何でもかんでも決めちゃうなんて……」

 

 デュエルモンスターズ。『6大陸の共通言語』とも比喩される、今や政治と同等までに世界を動かす力を持った異色のカードゲーム。

 ゲームと言えば聞こえはいいが、彼女らネイティブの立場を最下と定めた侵略戦争、その勝敗を分けたのは他でもない、このデュエルモンスターズだ。

 ときには戦争の手段として用いられるほど大きな力を持つが故に、この辺りで暴れるゴロツキ達ですら律儀にカードを持ち歩きデュエルモンスターズの腕を競い合っている。

 この店に訪れるのは、そんなデュエルの腕前をひけらかし昼間から酒を飲み散らかす荒くれた『決闘者』の男達ばかりだ。

 下品で豪快なバカ笑いが店内を賑わすその様相は、さしずめ『メイド喫茶』ではなく『デュエル酒場』と言った方が正しいかもしれない。

 勝った負けたで大騒ぎする男達。それだけならまだ、微笑ましくもあったのだが――。

 少女は静かなフロアを見回して、唇を噛み締めた。

 

(……デュエルモンスターズなんて、無くなっちゃえばいいのに)

 

 忘れ物を握り締めそうになる衝動を何とか抑え、ベルは沸きだした憤りをモップに込めて業務を再開した。

 

 

              **

 

 

「おー、遅かったなセンセー。デザートはもう無いぜー?」

 

 にしし、と満面の笑みを浮かべて、カーキグリーンのジャケットを着た『売買屋(ディーラー)』の男がユウにひらひらと手を振る。彼の前に置かれている食器には、多種多様な食事の痕跡が見られた。

 明け方に街へ着いてすぐ宿を取った彼らだったが、歩き疲れが祟り着いてすぐに寝入ってしまった。今は日も高く上がり、丁度昼飯時だ。

 ユウが起きたのは10時頃。デッキの調整を行っていた為に出遅れてしまったらしい。

 食事は共同の食堂で済ませるというこの宿の古めかしい方式も、ネイティブではそう珍しいことでもない。安価な料金を省みれば十分過ぎるほどだ。

 

「……そうか、スープでも残っていれば十分なんだが」

「はは、冗談だって。おばちゃんに伝えてあるから、1食分はちゃんと確保してあるぜ?」

 

そう言って売買屋が奥の厨房に声を掛けると、愛想の良さそうな中年の女性がトレーに食事を載せて運んできた。

 

「気を使わせて申し訳ない」

 

 ユウは軽く会釈をして、食事を受け取る。その間、売買屋とおばちゃんは他愛の無い、それでも十分に楽しげな談笑をしていた。

 

「クラド、お前は本当に誰とでも親しくなるな。不思議な奴だ」

 

 食事を口に運びながら、ユウは不思議そうに売買屋――クラドに問いかけた。

 

「いやいや、センセーが無愛想過ぎんだよ。まぁ、職業病みたいなもんさ。情報収集は売買屋(おれら)の命綱みてぇなもんだからな」

「俺にはとても真似出来そうに無い。羨ましい限りだ」

 

 そう言って、ユウはスープを啜った。根野菜をコンソメで味付けした素朴なものだったが、刺激の無い優しい口当たりが飲むたびに心を落ち着かせる。

 

「センセー、それ褒めてんのか? それとも嫌味?」

「? 褒めたつもりだが」

「分かり難いんだよセンセーは。ポーカーフェイスもご立派だが、決闘外(オフ)のときくらい分かりやすくリアクションした方が良いぜ?」

 

 そう言われても、とユウは眉を顰めた……のだが、傍から見ればその表情に何の変化も現れてはいなかった。

 

「さて、飯を食いながらで悪いんだが。早速今日の予定を確認しようぜ?」

 

 いつの間に聞いて回ったのか、クラドは雑紙に書いた街の地図をテーブルの上に広げた。地図には大まかに、情報が交換出来そうな店や酒場などの場所が書き込まれていた。

 

「……準備が早いな」

「ま、これが俺のセンセーに対しての『見返り』だしな。さて、この街の概要を簡単に説明するとだな――」

 

 地図を指でなぞりながら、クラドは手短に街の概要を説明していく。

 

「残念だがこの街に『ショップ』は無い。都市部と都市部を繋ぐ宿街ってのが、ここらの街のデフォルトみたいだ。情報を仕入れるなら宿屋や酒場辺りか……後は少々危険な橋を渡ることになるが、外れの方に1件『ろくでもない連中』が集まる酒場があるらしい。日が沈んだら様子を伺うのも手かもしれねぇ」

 

 めぼしい店を指差しながらそう言い終えると、クラドはおもむろに口端を吊り上げた。

 

「それともう1つ。俺らにとって超快晴の予報が入った」

「どういうことだ?」

「2ヶ月後、この先にある『シガマ』って都市で政府主催の公認大会が開かれるそうだ。どうやら賞金とは別に『お宝』が賞品として用意されてるらしくてな。ここらの決闘者がこぞってシガマを目指して集まってる」

「……普段より多くの決闘者が足を休めに来ている、か」

「そいうこと。センセーの『目的』探しも捗る、俺の商売相手も探せるわでアドバンテージは稼ぎ放題ってワケ」

 

 ほくほくとした笑顔を浮かべて、クラドは懐からカードを取り出した。

 どれだけ高く売り捌けるか、安く買い取れるか。そんな勘定が彼の頭を駆け回っていることだろう。

 

「さ、そうと決まれば早速外に出て回るとしようぜ……っと、そういやこの宿の人たちにはまだ『見せて』なかったんじゃないか?」

 

 クラドが手招きすると、厨房の中で話しこんでいたおばちゃん達が数人、こちらへ駆け寄ってきた。

 

「おばちゃん達、センセーがちょっと聞きたいことがあるってさ」

 

 そう促されて、おばちゃんたちの視線がユウに集まる。

 ユウはその左腕に付けた決闘用の端末『Dパッド』を開くと、1枚の画像を表示して見せた。

 

「……こんなカードに、見覚えは無いか?」

 

 

   **

 

 

 夕暮れも迫り、辺り店の雰囲気も変わりだした頃。ユウとクラドの2人は、とある店の前に佇んでいた。

 近辺の決闘者の勢力、カードの環境など、有力な情報はそれなりに入手することが出来た2人だったが、肝心の『目的探し』と『商売』は全く捗っていない。そう簡単に見つかるものでも、上手くいくものでもないと頭では分かっているのだが、やはり空振り続きは堪えるものがある。

 

「んで、最後にここが残ったわけだが――」

 

 『ろくでもない連中』の集会所、とされる酒場は、どうやらここで間違いないようなのだが。店前の看板が正しければ、この店は『メイド喫茶』ということになっている。

 

「どっからどう見ても普通の酒場なんだけどなぁ……」

 

 東の大陸『白き文明(ユートピア・レイ)』の歓楽街ではよく目にするが、この小さな宿街には珍しい肩書きだ。それも『ろくでもない連中』の集会所に使われているともなればさらに稀有だ。

 

「まさか、ろくでもないって『そういう意味』じゃねーだろうな……?」

 

 古びた木製のドアから漏れ出る喧騒を聞いて、クラドは訝しげに眉を寄せる。

 ユウは相変わらずの無表情のままだったが、立ち止まるクラドを何でもなく追い越すとおもむろに店のドアを開け放った。

 

「な、ちょっと待てセンセー!?」

 

 ぎぃ、と古びた木製のドアが軋み鳴くより早く、店内の喧騒がより鮮明に響いた。

 

「あーハイ!! いらっしゃいませー、ご主人さま~!!」

 

 お出迎えのメイド……なのだろうか。

 店に入るなり、12~3歳程の褐色肌の少女が、フロアーを忙しそうに駆け回りながら微妙なニュアンスのご挨拶を放り投げてきた。

 橙色を基調としたメイド服はそこそこ立派なものであったが、街を覆う砂埃でところどころが薄汚れており、煌びやかな本職のそれとは程遠い印象を受ける。

 妙に胸元を強調したデザインも、どこか荒くれ男達の趣向に合わせたようで下品にも見えた。幸い、この褐色メイドは小柄な体躯に似合わず胸が大きく張り出しており、一見不釣合いな衣装も難なく着こなせているようだが。

 

「席は空いてる場所にどうぞー、ご注文が決まりましたらお呼び下さいー」

 

 あちらこちらへ酒の入ったグラスを配膳しながら、褐色メイドは早口にそう告げるとカウンターの奥へと消えてしまった。

 危惧していたような『怪しい桃色空間』ではなかったことにひとまず胸を撫で下ろして、クラドはユウへ問いかける。

 

「何か、随分こじんまりしたメイドちゃんだな……さて、どうするセンセー?」

 

 クラドの問いかけに応じることもなく、ユウは黙って言われた通りに『空いている席』に腰掛けると、そばにあったメニューを手に取り黙々と目を通し始めた。

 メニュー内容も別段奇怪な名称のものはなく、何の変哲もない揚げ物などが淡々と顔を揃えているだけだ。これでは『メイド喫茶』の名を掲げている意味があるのかと店主に問い質したくなる。

 

「おいおい……一応『連れ』がいるんだからさ、1つだけ空いてるカウンター席にしれっと座られると俺の繊細なハートがだな?」

「早いもの勝ち、というルールがある」

 

 メニューを広げるユウを横目に、クラドが苦笑する。

 

「いやいや、俺が先に座りたかったとかじゃなくてさ……ま、いいか。俺も他の連中と同じで立ち飲みさせて頂きますかねぇ」

 

 周囲を見れば、1つのテーブルを囲んで何人もが立ち飲みしているグループが店内の殆どを占めていた。店の広さに比較して客数が多いのはこの為だろう。

 ユウが腰を下ろしたカウンター席のエリアは団体客が寄り付かず、酒場でDパッドを弄っているような客がちらほらと見受けられた。

 Dパッドはネイティブ内での流通数が少ない。すなわち、彼らは他の大陸から何らかの目的を持って来ていることになる。ユウたちが狙いとしているのは、どちらかといえばこうした人種が殆どなので都合が良かった。

 

「それにしてもあのメイドの子……たった1人で注文受けて回ってるのか?」

 

 客で溢れかえる店内を眺めながら、クラドが訝しげに眉を寄せる。

 厨房内には他に2人ほど男性従業員の姿が見受けられたが、いわゆるメイドは褐色肌の少女1人だけのようだ。

 各テーブルから次々と注文を受け、厨房に持ってかえるや否や過積載気味の料理や酒を持って運び回っている。

 

「……ネイティブじゃ珍しい光景でもないのだろう?」

 

 メニューから目を離すことなく、ユウは抑揚なくそう答えた。

 

「俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな、この客の量に配膳1人じゃおっつかねぇだろって話」

「酷い奴だ。彼女の心配より自分の注文の心配か」

「メニューに夢中なセンセーも大概だと思うけどな? つか、俺が心配してんのはそこでもない」

 

 メニューから目を離したユウが、無表情で首を傾げる。

 

「どういう意味だ」

「注文が遅くてイライラしてんのは、基本マイペースな俺らじゃないってことさ」

 

 ガシャン、と。

 クラドが言い切らないうちに、テーブルがひっくり返ったのかと思うような騒音が店内の喧騒を裂いた。

 

「……ほらな?」

 

 静まり返った店内でも騒音の主に聞こえない程度に、クラドは声を潜めてそう呟いた。

 彼の半眼が見据える先は、横倒しになったテーブルの向こう。屈強な荒くれが集まったこの場所にしては珍しい、線の細い美系の男が何やら不機嫌そうに腕を組んだまま顔を歪めていた。テーブルがひっくり返ったような、というのは比喩でも何でもなかったようだ。

 

「おーい、遅いよ?」

 

 その華奢な顔立ちからはとても想像出来ない、獣じみた苛立ち声が凍てついた空気を震わせた。男はこの辺りのゴロツキと同じような皮製の日除けマントを羽織っていたが、マントの下から覗く華美な衣類が、比較的上の地位と権力を有していることを物語っている。

 加えて、その腰にデッキを納める『ホルダー』が下がっていることを、ユウ達は見逃さなかった。

 

「だー……やっぱ決闘者なのな。これだからネイティブは」

 

 ぼそぼそと悪態をつくクラドを尻目に、男の身勝手な怒りは褐色肌の少女に向けられていく。

 

「僕を待たせるんじゃないよ。何分経ったと思ってるの?」

「……すいません、ただいま店内は大変――」

 

 少女の言葉は、男の細腕に遮られた。

 

「答えろよ。『何分』経った?」

 

 有無を言わさぬ理不尽が、少女の胸元を掴む。

 いくら華奢とはいえ、そこは成人男性の腕力だ。爪先が辛うじて床に着いているような状態であったが、少女の大きな瞳は決して怯んでいなかった。

 

「……店内は大変混み合ってます。注文は先のご主人様から順番にお運びしていますので、申し訳ありませんが少しお待ちください」

「へぇ、口答えするの? 僕に?」

「『ご主人様』、お店は公共の場です。規則(ルール)があります。他の方々をないがしろにするような個人規則(ローカルルール)は……全力でお断りします」

 

 震える身体を必死に抑えながら、少女は真っ直ぐに男を見据えて言った。

 

「ローカルルール、ね。小娘が偉そうに何をいい出すかと思えば……なら教えてやるよ、この世界の基本たる規則(ルール)を」

 

 にやりと口を歪ませると、男はぐいと少女の顔を自身の鼻先まで引き寄せた。

 

「タイム・イズ・マネー。時間は金より重要(おもい)だ」

 

 男は囁くようにそう言うと、乱暴に少女を後方へ突き放した。

 

「っ!?」

 

 テーブルの惨状が広がる床に、どしゃりと倒れこむ少女。その大きな琥珀の瞳には困惑と、理不尽な扱いに対する怒りが僅かに交じり合い男を見上げていた。

 男はそんな少女の視線など気にも留めず、椅子に腰掛けたままわざとらしい口調で声を上げた。

 

「店長ぉ? 『最後の』この子、貰ってくけどいいよねぇ?」

 

 周囲を取り巻く男の一派――おおよそ10数人程――を除く、店内の人々からざわめきが沸き立つ。

 と同時に、厨房の奥からきつく顔を引き締めた、恰幅の良いメイド服の男性がズンと姿を現した。

 

「……させる訳がないでしょう。今日こそ……いいえ、今日『だけ』は何としてでもアナタに勝つ!!」

 

 いきり立つ彼の左腕には、多少旧式ながらもよく手入れされたデュエルディスクが装着されている。

 

「やめときなよ店長、闘うだけ時間の無駄だよ? これ以上僕の時間を浪費させないでくれ」

「アンタの下らない時間なんか幾らでも使い込んでやるわ!! さぁ、さっさと構えなさい!!」

「……ま、これが最後になるだろうし。いいよ、好きなだけ足掻くといいさ。おい、相手をしてやれ」

 

 男は顎で合図を送ると、男性――店長の前に手下なのであろう取り巻きを1人立たせた。

 

「……随分と舐められたもんね」

「正当な評価だよ店長。あんた如き、もう僕が直接手を下す必要は無い」

「後で後悔しないことね……行くわよ!!」

 

 店長と手下の男がデュエルディスクを起動させる。

 

『――『決闘申請』、確認』

 

 どこからともなく、機械的な女性の声が響いた。

 まるで空に取り付けられたスピーカーから響いているような、しかしそれでいて妙にクリアに声が届いている。  

 

仮想戦場(ARヴィジョン)展開(リンク)完了。審判員機構(ジャッジアプリ)起動――』

 

 突然、店内の景色が一変し、廃工場のような光景が広がっていく。

 2つのデュエルディスクが起動し、決闘開始が認証されたとき。『白き文明』より配信される広大な仮想戦場が決闘者達を包み込む。これが、この世界における決闘場(デュエルフィールド)の基本スタイルだ。

 新型であろうと旧型であろうと、要となる『白き文明』との交信システムさえ備わっていればどのデュエルディスクでも仮想戦場を展開し決闘が出来る。逆を言えば、交信システムの無いデュエルディスクは同型品としかリンク出来ない単なるガラクタに過ぎない。

 そう言わざるを得ないのは、何かとトラブルの起き易いデュエルの環境から決闘者を守る、『審判員機構』が交信システムを介して配信されてるからだ。

 

 『……こんにちわ皆様。今回の試合で審判を勤めさせて頂きます、ネフと申します。宜しくお願いします』

 

 突如、決闘者の間に立つように現れた、どこか半透明で現実感の薄い小柄な少女。彼女こそが『審判員機構』そのものだ。

 その姿やキャラクターこそ仮想のものだが、こうして不正を見抜く公平な審判として立ち、決闘者に危害が加わるようなことがあれば仮想技術を応用し、身を守ってくれる。

 これらのシステムが存在するおかげで、決闘者であること自体がアドバンテージとして確立している訳だ。 

 

『それではルールの設定確認を行います。対戦形式はシングル、LPはハーフライフ4000からのスタート。追加で適用する設定がありましたら、どうぞ』

 

 ネフ、と名乗った審判員機構の少女は静かにそう言うと、決闘者2人に目配せする。 

 

賭け(アンティ)ルールを申請するぜ。譲渡の期限は今日、こっちは奴隷のガキを1人、そっちは従業員のガキを1人だ」

 

 下卑た薄ら笑いを浮かべながら、手下の男がそう宣言した。

 

『……アンティルールは双方の合意が認められなければ適用されません。双方、明確な承認をお願いします』

「俺は大賛成だ」

「……承認するわ。拒否したところでベルちゃんを守ることも、『あの子達』が戻ってくることは無いもの」

 

 陰鬱に表情を曇らせながら、店長が呟く。

 

『……承認を確認、アンティルールが適用されました。デュエル終了後、設定された賭け品が譲渡が確認されない場合、我々審判員機構が強制的に賭け品の譲渡を執行します』

 

 一連のやり取りを眺めながら、クラドは大よその状況を理解し呆れたようにそっとぼやいた。

 

「……もしかして、この店にメイドが1人しかいないってのは」

 

 そんなクラドの呟きを小耳に挟んだらしい、ユウの隣に座っていた丸眼鏡を掛けた初老の男性が静かに口を開いた。

 

「お察しの通りだ坊主。ここのメイドは皆、あの坊ちゃんが持っていっちまったのさ。『時間』の肩代(カタ)にな」

 

 Dパッドに目を落とし、時折ウィスキーを口元に運ぶ……一連の騒ぎには関心を示していないようにいながら、しっかりと聞き耳は立てていたようだ。

 

「お? なんだよ爺さん。アイツのこと知ってんのか?」

「ああ……どこぞの異世界から来た、お偉いさんの脛齧りらしい。金持ちの坊ちゃんが権力を盾に威張りちらしているだけなら可愛いもんなんだが。腕はそれなりに立つもんでな」

 

 クラドは再度、男の腰に光るデッキホルダーを見やる。

 これだけの勝手をやって尚『出る杭』が打たれていないということは、それなりに梅雨払いはできる腕の持ち主だということだろう。どうやら腰のホルダーはハリボテの権力者にありがちな飾り物(アクセサリー)ではないらしい。

 

「なるほど、ねェ……」

 

 クラドは苦笑いを浮かべながらも、再び決闘者たちへと視線を戻した。

 

「……始める前に1ついいかしら? あの子達は今……どうしてるの?」

「さァな? 新しい『ご主人サマ』に目一杯、可愛がって貰ってるんじゃねーのか?」

 手下の男がニヤリと口端を吊り上げて答えると――店長の表情に、鬼の形相が浮かんだ。

 次の瞬間に放たれたのは、それこそ雄叫びじみた怒涛の宣言だった。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

   **

 

 

「バトル!! 《サモン・リアクター・AI》で《悪魔の調理師》に攻撃!!」

 

 機械兵団の圧倒的な侵攻は、店長のLPをあっという間に削り切った。

 仮想現実の爆風が、店長の身体を無慈悲に吹き飛ばす。

 

「……ああっ!!」

 

 店長 LP0

 

「店長!!」

 思わず駆け寄ろうとしたベルだったが、賭け品である彼女にその自由は許されなかった。男達に行く手を阻まれ、立ち竦む。

 彼が決死で挑んだデュエルは、残念ながら相手の一方的な展開で幕を閉じた。

 

「ごめんなさい……アタシの力が及ばなかったわ……」

 

 店長は床に伏したまま、ベルに顔を合わせられないまま呟いた。その声には堪えきれずに涙の色が混じっていた。

 

「はいはい、感動のお別れフェイズはそこまで。さっさと賭け品を譲渡しなよ?」

 

 男は座ったままイラついた口調でそう言うと、審判員機構に目配せする。

 

『アンティルールに従い、賭け品を譲渡して下さい』

 

 審判員機構のネフは静かに告げる。公平であることを求められる以上、そして人の姿形をしていても、あくまで彼女は『システム』だ。そこに感情が挟まれることは無い。

 

「…………」

 

 ベルは黙って、男の下に歩み寄る。

 

 ――すまない。

 

 記憶の片隅に染みこんだ『あの日』の光景が、今この瞬間と重なって見えた。

 どうしてこんな理不尽が繰り返されるのだろうか。デュエルモンスターズは。決闘者はそんなにも偉いのか?

 

「……ごめんなさい」

 涙を流す店長が、搾り出すように呟いた。

 ベルは『あの日』と同じように、頭を振って笑顔を見せた。

 彼女の答えは変わらない。力の無い自分に代わって闘ってくれた店長に恨みは無く、憎むのはデュエルが全てを支配するこの世界の不条理と、そんな世界で力を持てなかった自分の不甲斐なさ。

 

『それでは、これにてデュエルを終了します。……ガッチャ、楽しいデュエルでしたぜ』

 

 場違いなコメントを残し、審判員機構のネフと仮想戦場の展開が解除される。

 瞬く間に、景色はは元の木造店内へと戻った。

 

「さて、と……前の子達に比べると少し地味だけど。まぁ発育は良さそうだし買い手はつくでしょ」

 

 男は文字通り値踏みをしながら、ベルを眺める。

 

「ああ、いいことを思いついた。買い手ならこの店にいくらでもいそうじゃないか?」

 

 ぱっと表情を明るくして、男は辺りで佇む男達を見回した。

 

「この場でオークションといこう。この子1人になっても店に来てる熱心なファンの皆様なら、喉から手が出るほど欲しいんじゃないのかな?」

 

 男の発言に、周囲は動揺にざわめき立つ。

 ベルは思わず耳を疑った。この男が遊び半分で行う人身売買の金額は、恐らくここに居るような荒くれ男たちが払えるような『はした金』では届かないはずだ。

 

「さて。そういうわけで商品を『展示』しないとね……早速だけど服、ここで全部脱いで貰える?」

 

 ニヤニヤと、男は狂喜に満ちた目をベルに向けた。

 

「……え?」

「え、じゃないよ。キミの商品価値は結局、その身体にあるんだから。そこを見て貰わなきゃ買い手が付かないだろう?」

 

 がたり、と背後で店長が立ち上がる。今にも暴れ出しそうな息遣いまで聞こえてきたが、決闘者に手を出せばどうなるかは店長自身が身に染みて分かってる筈だ。

 今この場に集まっているのは、この近辺を縄張りとしている決闘者だ。自分に歯向かったらどうなるか、それを見せしめるためにこんなことを強要させているに違いない。

 

「さ、早くしなよ。また僕の時間を無駄にするようなら、無理矢理に剥いでも良いんだよ?」

 

 彼らの圧倒的な実力を見せられた後だ。この店の実情を初めて目の当たりにした客は勿論のこと、事情を知っていた初老の男性のような常連客達も黙って彼らの暴虐を見過ごす他無かった。

 ベルもそれは理解している。自分を助けてくれる者は、もう誰も居ない。

 

「…………」

 

 屈辱と恥辱に顔を染めながら、ベルはゆっくりと胸元のボタンに手を掛けた。

 ココから先はただただ落ちていくだけ。救いの光も希望も無いだろう。ベルはそう覚悟していた。

 涙で滲むその視界に、白い人影が映りこむまでは。

 

「……あ?」

 

 異様な静寂の中、こつこつと床を鳴らし一派に向かっていく人影。

 あろうことかそれは、今の今まで無関心の塊のようだったユウ・キリサキその人だったのだ。

 

「おいおいセンセー、アンタそういう『アツい』キャラじゃねーだろ?」

 

 呆れながらも、しかしどこか楽しそうにクラドが呟く。

 トイレに立っただけ、というような足取りではない。ユウの足はしっかりと意思を持って、彼らの方を向き歩を進めている。

 

「何だお前? 正義の味方のつもりか?」

 

 男の一派から苦笑が漏れ出す。

 ユウはさらに一歩足を進めベルの目の前まで来ると、すっと静かに息を吸い込んで、言った。

 

「ジントニック2つと、オニオンリング。あとは適当に腹に溜まるものが欲しいんだが、何かまともな食事はないのか?」

 

「……へ?」

 

 メニューは開かれ、ベルに突きつけられている。

 涙を貯めた大きな瞳を丸くしながら、ベルはそんな気の抜けた返事を返す他無かった。

 

「注文が決まったら呼べ、と言ったのはお前だろう。ならメイドらしく「かしこまりましたご主人様」ぐらい言ったらどうだ?」

 

 訪れる、先程までとはまた違ったぎこちない静寂。

 

「おいおいセンセー、まさか『注文』しに行ったのか?」

 

 クラドが苦笑を浮かべながら、茶化すようにツッコミを入れる。

 

「……面白いな、キミは。でも生憎だけど、もうこの子は僕の物だ。その注文は受けられないよ?」

 

 男が好奇の眼差しを向けるも、ユウは相変わらず仏頂面を崩さぬまま言葉を返した。

 

「そうか。すまない、『無駄な時間』を取らせた」

「構わないよ。その代価程度になら、キミには十分に笑わせて貰ったしね」

「なら無駄のついでに、1つ尋ねたいことがある」

 

 皮肉のつもりだったのだろうが、ユウにその意図は伝わっていなかったらしい。男の眉間に少しばかり皺が寄る。

 

「あー、申し訳ないけど、キミの話に付き合うのはもう――」

 

 男の返答を待たず、ユウはDパッドを取り出すと1枚の画像を表示して見せた。

 

「アンタ達。こんなカードに見覚えは無いか?」

 

 それは何の変哲もない、1人の少女が描かれたデュエルモンスターズのカードだった。

 

「……《魂の牢獄》?」

 

 カードには『白き文明』のものらしき白い学生服を着た、可愛らしい少女が描かれている。しかしその表情はどこか虚ろで、暗い牢獄のような部屋に囚われていた。

 

「なんだい、その気味の悪いカードは? 知らないね、お前らもそうだろう?」

 

 時間を取られたのが気に入らなかったのか、少し眉をひそめた男が取り巻きに問いかけたが、誰1人首を縦に振る者はいなかった。

 

「し、知ってます! わたし、そのカードのこと!」

 

 必死に声を張り上げた、ベル以外は。

 

「……は?」

 

 訝しげに、そして思いっきり不機嫌そうに男が少女を見やった。

 

「おいおい……助かりたいからって適当なことを言うんじゃないよ。ネイティブ出身のお前が、僕すら知らないカードのことなんか知ってる訳が無いだろう?」

「嘘じゃありません! わたし、そういうカードを持ってる人を見たことがあります!」

 

 声を張り上げて叫ぶように主張するベルは、ただじっとユウの目を見据え続けた。

 

「そういう、ってねぇ……キミさぁ、曖昧にも程があるでしょ? イラストが似たようなカードなんていくらでもあるんだよ? 適当なことを言って無駄な時間を――」

「分かった」

 

 男の言葉を遮り、ユウはDパッドを閉じると、言った。

 

「事情が変わった。俺はそのメイドをアンタから『奪わなきゃ』ならなくなった」

 

 にわかにざわつく店内。

 

「……へぇ、それってつまり闘ろうっての? 僕と?」

 

 口端を吊り上げ、男の目が好奇に輝く。

 男は銃型のデュエルディスクを取り出すと、おもむろにその『銃身』をユウへと向けた。

 

「いいよ、これだけ時間を無駄にされたんだ。せめて見返りとして、憂さ晴らしくらいさせて貰おうかな?」

「ボス。こんな奴ぁ俺が……」

「いや、僕がやるよ。万が一キミが負けでもしたら二度手間になるしね? これ以上無いくらい時間の無駄だ」

 

 男はそう言って立ち上がると、デュエルディスクを展開した。

 

「さ、決闘前の自己紹介といこうか……僕はシフト。シフト・クロッカ。一応、この決闘者旅団(パーティ)の頭を務めてる者だ。キミは?」

「……ユウ・キリサキ。ただの旅行者だ」

 

 ユウの白いDパッドが展開し、ディスクモードへと変形する。

 

「ただの『旅行者』が随分といいモノを持ってるじゃないか。知っているかい? キミみたいな奴を『カモ』って呼ぶんだよ」

「御託はいい。早く始めよう、時間の無駄なんじゃないのか?」

「……オーケー、分かった。そう言うならお望み通り、すぐに決着を付けてやるよ」

 

 お互いがディスクにデッキをセットする。

 セットされたデッキはオートシャッフル機能によってランダムに掻き混ぜられ、運命を決める初期手札……デッキトップ5枚を主へと差し出した。

 

『――決闘申請確認。仮想戦場(ARヴィジョン)展開(リンク)完了。審判員機構(ジャッジアプリ)起動――』

 

 淡々と起動する、最先端科学の決闘場。

 この店で行われる本日二度目の決闘、その舞台は古に栄えし、石造りの廃神殿だ。

 荘厳な光景に思わず息を呑むベル。自分の命運が左右される勝負などでなければ、より純粋にこの風景を楽しめたのに、と思わずにはいられなかった。

 

『呼ばれて飛び出て、美少女審判員(ジャッジ)コーパルちゃん只今参上♪』

 

 突然、響き渡る陽気な女性の声。

 ぎょっとしたベルが目をやると、戦場の中心に位置する柱の上でさもステージに立っているかのように佇む人影があった。

 ワインレッドの髪に大きな青いリボン。ベルは知る由も無かったが、コーパルと名乗ったその女性は、昨夜ユウ達の前に現れた『審判員機構』と同一人物だった。

 しかし服装はチアガールではなく、ウエスタンハットを目深にかぶった西部劇のガンマンような格好をしている。

 

『さてさて、今回私が審判を勤めさせて頂きます試合は――現在、飛ぶ鳥を落とす勢いでぐいぐいと勝率を上げている謎の決闘者ユウ・キリサキさんと、その圧倒的な戦術で自身の『決闘者旅団』勢力を拡大し続けているシフト・クロッカさんによる世紀のイケメン対決!!』

 

 むさ苦しい男ばかりな観客からの反応は今ひとつであったが、そんなことを気に掛ける風もなくコーパルは言葉を続ける。

 

『ではでは、ルールの設定確認を行いますよ~。対戦形式はシングル、LPは4000からのスタート。追加設定がありましたら、なんなりとお申し付け下さいまし♪』

 

 コーパルの問いかけに、シフトがすかさず答える。

 

「アンティルールの適用を申請するよ、こっちはそこのメイドの所有権を。キミの方はどうする? このアンティが成立するような品物は持ってるのかい?」

 

 シフトの目は、やはりユウの腕に装着されたDパッドに目が向いていた。彼は最初からユウがDパッドをアンティにしてくるだろうと考えていたのだろう。

 だが、ユウの口から出たのは彼の算段を大きく外れたものだった。

 

「俺はこのデッキを賭ける。しかるべきルートで売却すれば、その子を買えるだけの金にはなるはずだ」

 

 しばしあっけに取られたシフトだったが、やがて抑えきれないように満面の笑みを浮かべて何度も首を頷かせた。

 

「……なるほど。いいよ、アンティは成立だ。アドバンテージは十分に取れそうだし」

 

 ユウが平然と言ってのけた『デッキのアンティ』だが、単純な売却金額はもとより決闘者として強力なカードを多く持つことには、金などより何倍も重大な価値が付加される。

 シフトにしてみれば破格の申し出。断る理由は無い。

 

『ご両名から承認を確認しましたので、アンティルールを適用しました。尚、デュエル終了後すみやかに賭け品の譲渡が行われない場合、私たち審判員機構が強制的に譲渡を執行しますのでご注意下さいね?』

 

 微笑ましげに両決闘者を見比べながら、コーパルは最終確認を促した。

 

『1人の少女と、決闘者の魂とも言えるデッキを天秤に賭けた死闘……いいですねー、何やらドラマチックな香りが漂ってきましたよー?』

 

 不意に自分が表舞台に引っ張り出されたような気がして、ベルは気恥ずかしくなって思わず周囲に目を配る。が、誰も自分のことなど意に介した風も無い。

 

『さてさて、ここで両者の命運を分けるダイスロールタイムといきましょう♪』

 

 そう言ってコーパルが取り出したのは、白と黒の6面ダイス。

 仮想空間だからこそなのか、ユウとシフトの頭上に文字が表示された。

 

【ユウ 白】

【シフト 黒】

 

『アルティメットダイス、ゴー!!』

 コーパルが天高く右腕を振り上げる。手のひら大のサイズだったダイスは宙を舞う間にみるみる大きくなり、地面を転がる頃には観客達にも目が分かるほどにまで巨大化していた。

 賽の目はそれぞれ白が5、黒が3を示した。

 

『と、いう訳で先行は白コーナー、ユウ選手からスタートです♪ それではご両名、準備は良いですかー? せーの、』

 

「「『決闘(デュエル)!!』」」

 

 宣言と共に、2人の決闘者は初期手札の5枚をデッキから引き抜いた。

 

 

   **

 

 

 ユウ  LP4000

     手札・5

 シフト LP4000

     手札・5

 

「俺の先攻、カードをドロー」

 

 ユウは一瞬で手札に目を通し、カードを1枚ドローする。

 最良の一手は、すぐに決定した。

 

「俺は手札から、《ソーラー・エクスチェンジ》を発動。《ライトロード・ビースト ウォルフ》を捨て、デッキから新たに2枚をドローする」

 

 ライトロード。そのワードを聞いた観客は思わず驚嘆の声を上げた。

 カードカテゴリー【ライトロード】は、この辺りではあまり見かけない希少なカード達だ。ユウを知るクラドと、デュエルモンスターズに疎いベルだけはそれぞれ異なった反応を示したが、その価値を知る観客達が驚くのも無理は無い。

 このデッキは特徴として『デッキからカードを墓地に送る』効果を多用し、墓地のカードが増えることにより強力な効果を発揮する。そのためゲームの序盤は出来るだけ早く、より多くのカードを墓地に送ることが求められる。

 そうした動きを1枚で可能とする『潤滑油』のようなカードこそが《ソーラー・エクスチェンジ》。それを開始1ターン目で発動できたのは好調な滑り出しと言えた。

 

「更に、デッキの上から2枚を墓地に送る」

 

 ユウのデッキ上から、《ライトロード・サモナー ルミナス》《裁きの龍》の2枚が墓地へと送られる。

 墓地に送られたカードを見て、にわかにざわめき立つ周囲の観客達。シフトはというと、ヒュウと上機嫌に口笛を鳴らす程だった。

 

「ライトロードか……流石に啖呵を切っただけはある。それも《裁きの龍》を入れているとなると純正か、益々価値が上がりそうだ」

 

 ライトロードの代名詞とも呼べる、正真正銘の切り札。かのカードの強力な効果は、ライトロードの希少さに反比例した知名度に裏付けられている。

 デュエルに疎いベルにとって全く意味不明な先攻ターンではあったが、シフトの反応からユウの持つデッキが相当高価なものだということくらいは理解できた。

 それだけの代物を賭けたのだ。この賭けデュエル、ユウの気まぐれや酔狂などではないのだろう。

 

「……続けて、俺は手札から《ライトロード・パラディン ジェイン》を攻撃表示で召喚」

 ユウがディスクにカードをセットすると、仮想戦場のフィールドに白銀の甲冑を纏った若き騎士が光臨した。

 

《ライトロード・パラディン ジェイン》

☆4/光属性/戦士族・効果/ATK 1800/DEF 1200

 

 後光差す凛々しい姿は、仮想現実とはいえ周囲の観客さえも圧倒する。

 

「裏側表示(リバース)カードを2枚伏せ、エンドフェイズ。ジェインの効果でデッキの上から2枚を墓地へ送る」

 

 再び墓地に送られたのは、《ブレイクスルー・スキル》《死者転生》の2枚。

 

「これで俺は、ターンエンド」

 

 エンド宣言をしたユウに、パチパチと拍手を送るのはシフト。 

 

「ライトロード。確かに良いデッキだ……でも、強力なデッキが必ずしも万能ってワケじゃあない。過ぎた力を手にして身の程を誤ったキミに、僕が少しばかり『教育』に時間を割いてあげるとしよう。僕のターン、ドロー!」

 

 後攻1ターン目、シフトのターンが開始される。

 シフトの表情には余裕を通り越した、どこか気だるささえ匂わせる気味の悪い笑みが張り付いていた。

 

「ある意味、残念だよ。そんな希少なデッキを前に退屈を強いられるなんてね」

「退屈する前に、そうして喋っている時間が無駄になっているようだが?」

 

 ユウの、恐らくは意図していないのであろう皮肉にも、シフトは顔色一つ変えることなく言葉を返す。

 

「そうでもしないと、折角のデュエルが盛り上がりそうにないんだよ。この手札じゃ、あまりにも簡単に決着が付きそうなもんでね?」

「……随分な自信だな」

「ああ、このカードを見ればキミもきっと理解するよ。このデュエルそのものが途方もない時間の無駄だったということを、ね」

 

 そう言いながら、シフトはディスクに『あるカード』を叩き付けた。

 

「まずはモンスターを召喚! 来い、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) コアデストロイ》!」

 

A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) コアデストロイ》

☆3/闇属性/機械族・効果/ATK 1200/DEF 200

 

 シフトのフィールドに出現したのは、流線型のフォルムが特徴的な、単眼四足歩行の機械だった。その姿はどこか昆虫を彷彿とさせる。

 

「……おいおいマジかよ? よりにもよってA・O・Jだって?」

 

 そのモンスターを見たクラドは、顔を苦く曇らせた。観客達も先程とはニュアンスの違う、絶望的な驚嘆を漏らしている。

 

(皆、一体何を……)

 

 目まぐるしく変化する周囲の状況に付いていけず困惑するベル。

 そんな彼女の様子を見て、審判員機構たるコーパルがニコニコと微笑みながら尋ねた。

 

『おやおや、賭け品さん。デュエルはあまりお詳しくないようですね~?』

「へ!?」

 

 まさか自分に話し掛けられるとは思っていなかったベルは、一段と困惑した様子でたじろいだ。

 

「えっと、わたしですか……?」

『はい。私達審判員機構は、観客の皆さんにもデュエルを楽しんで貰うべく、解説機能も搭載されているのです♪ 今回は熟練者の皆さんばかりのようなので、私はお払い箱といいますか。デュエル中は特にやることが無くて暇だったんです。という訳で、ご質問があれば何でもお答えしますよ?』

「え、えっと。わたし別にデュエルに興味は……ってうぁ!?」

 

 誇らしげに胸を張るコーパルに対し、ベルはおずおずと断ろうとした……が、気がつけばコーパルは目と鼻の先まで近寄ってきていた。仮想現実の存在とはいえ、気配を消して接近するそのワザにただならぬ者のオーラを感じたベルは、思わず顔を引きつらせた。

 

『はい?』

「あ、あの。じゃあ今何がマズいのか、わたしにも分かりやすく教えて頂けると……」

 

 にこにこ笑顔の妙な迫力に気圧され、ベルは適当に質問を投げかけることにした。

 

『ふむふむ、分かりました。それでは細かいルールはさておき、お2人の使うデッキを簡単にご説明しましょうか』

 

 ヴン、と鈍い電子音を響かせて、ベルの前にモニターが出現した。どうやらコーパルが解説に使うらしい。

 

『ユウさんの使うライトロードは光属性のモンスターで統一された、いわば『光の軍隊』。膨大な魔力を消費する、という設定からデッキからカードを墓地に送る共通の効果を持っています。この墓地送り効果を加速させることで強力なカードを呼び出したり、墓地で発動するカードの効果を上手く利用したりするのが主な闘い方になります。強力なデッキですが非常に希少で、この辺りでは見かけることも珍しいようですね~』

 

 表示されたモニターに、恐らくコーパルの自作なのだろう図解が表示された。非常に可愛らしくはあるが、お世辞にも上手とは言い難い。

 

『次に、シフトさんの使用するA・O・Jですが――』

「僕は更に永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》を発動し、バトルフェイズへ移行する。コアデストロイでジェインを攻撃!!」

 

 コーパルの解説の傍ら、シフトは悠々とターンを進めていく。不気味な駆動音を轟かせながら、機械兵器が白銀の騎士に迫る。

 ベルとてデュエルの様子は何度も見ている。攻撃力の低いモンスターが負ける、ということくらいは分かっていたが、その数値の差を見て目を疑った。このまま戦闘を行えば破壊されるのは攻撃を仕掛けたコアデストロイだからだ。

 しかし――光殺しの機械爪は騎士の身体を貫き、いとも簡単に破壊を成し遂げた。

 

「な、なんで? 攻撃の数字はあっちの方が低いのに……」

『《A・O・J コアデストロイ》のモンスター効果ですよ。光属性のモンスターと戦闘を行う場合は、その攻撃力の差に関係なく一方的に破壊することが出来るんです』

 

 コーパルから語られた理不尽な効果に、ベルはシフトの暴虐無人な姿を重ねた。デッキは決闘者の心を映す。その言葉をベルがここで知っていれば思わず頷いていただろう。

 

『ご覧頂いたとおり、A・O・Jは光属性のモンスターに対して有効に働く効果が多く、対光属性に関しては右に出る者はありません。光属性の侵略宇宙生命体【ワーム】を撃退する為に開発された闇属性の機械兵団……という設定だそうですねー。とどのつまり、ユウさんのライトロードには効果バツグンという訳です』

「そんな……」

 

 ユウのLPにダメージこそ無いものの、このターンでデッキ同士の『相性』という圧倒的不利な条件が明白となった。

 

「僕はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ。あっさり攻撃が通ったけど……そっちのリバースカードは役に立たない『ブラフ』だったのかな? そんな調子じゃ、僕には勝てないよ?」

 

シフトが満足げに目を細めてカードを2枚場にセットするも、余裕に溢れた彼とは対照的にユウは変わらぬ調子でターンを開始した。

 

「……俺のターン、カードをドロー」

 予想に反して反応の薄いユウに、シフトは僅かに表情を曇らせる。全く心情の読み取れないユウのポーカーフェイスは、デュエルにおいて天性の才能と言えた。

 

「俺は、《カードガンナー》を攻撃表示で召喚」

 

 ライトロードの騎士に代わって出現したのはA・O・Jとはまた違う、野暮ったいデザインの小型機械だった。

 

《カードガンナー》

☆3/地属性/機械族・効果/ATK 400/DEF 400

 

「? ライトロードじゃないモンスター……?」

 

 疑問符を浮かべるベルに、コーパルがすかさず微笑み返す。

 

『ふっふっふ、賭け品さん。何もライトロードデッキだからといって、ライトロードのカードだけしか入れてはいけない何てルールはありません。むしろ隠し味的に他のカードを投入することで戦略の幅が広がり、より多くの局面に対応出来るようになったりするんですよ?』

 

 コーパルの解説を体現するように、ユウは静かに効果の発動を宣言する。

 

「《カードガンナー》の効果。デッキの上からカードを3枚墓地に送り、エンドフェイズまでその攻撃力を1枚につき500ポイント、合計1500ポイントアップさせる」

 

 ユウのデッキからそれぞれ、《D・Dクロウ》《ライトロード・モンク エイリン》《光の援軍》が落とされる。

 

「……これで墓地に、ウォルフ・ジェイン・ルミナス・エイリン。合計4体の『ライトロード』が揃った」

 

 ユウが口にしたその言葉は、いわばライトロードの上等文句。

 光の軍隊、その切り札たる最上位の存在が光臨するに相応しい状況が整ったことを告げる、相手にとっての最後通告だ。

 

「自分の墓地に『ライトロード』が4種類以上存在する時、このカードは手札より特殊召喚出来る。《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》を攻撃表示で特殊召喚」 

 

 空の青さえも割いて現れた光の柱。その中から純白の鱗を纏った巨龍が姿を現した。

 僅か2ターン目にして姿を現した裁きの龍に、観客達が歓声を上げる。

 

裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)

☆8/光属性/ドラゴン族・効果/ATK 3000/DEF 2600

 

「裁きの龍、効果発動。1000ポイントのライフを支払うことで、これ以外のフィールド上のカードを全て破壊する」

 

 A・O・Jがいかに強力な戦闘効果を持っていようとも、このカードの前では一瞬で塵芥と化す。

 

 ユウ LP4000→3000

 

 ユウのLPが大きく減少し、その力を糧とするかのように裁きの龍が光を纏っていく。

 

「……『ディスポティック・レイ』」

 

 裁きの龍が、その身に溜めた光を解き放つべく力を込めた、その瞬間。

 

「させないよ、僕はその効果にチェーンして、リバースカードを発動させる!!」

 

 待ち望んでいたように狂喜の笑みを浮かべ、シフトは高らかにカードを発動させた。

 

「永続罠、《閃光を吸い込むマジック・ミラー》!!」

 

 シフトの発動したカードに、観客達がざわめき立つ。

 

「効果は単純明快!! このカードが存在する限り、光属性モンスターはフィールド上はおろか墓地ですら効果を発動することは出来ない!! 裁きの龍だって例外なくね!!」

 

 フィールドに出現した巨大な鏡に、裁きの光が吸収、霧散されていく。

 その能力を無力化された裁きの龍は、低くうなり声を上げてマジック・ミラーを恨めしげに睨み付けた。

 

「な、なんですかあのカード!? あんなのまで出されたら勝てる訳ない……反則じゃないんですか!?」

 

 あまりの理不尽な効果にベルは思わずコーパルに訴えたが、そのコーパルは笑顔で、すかさず言葉を返した。

 

『いいえ賭け品さん。お2人とも、正々堂々とデュエルしていらっしゃいますよ? それにこんな窮地の状況こそ、デュエルの一番の醍醐味(スパイス)になるんじゃないですか♪』

「た、楽しむって……」

 コーパルの言葉に、ベルは思わず言葉を失った。

 ただ成り行きを見ていればいいだけの側からすれば、このデュエルも余興のようなものだ。楽しむ余裕もあるのだろうが。

 賭け品であるベルにとってこの勝負は自分の未来の暗明を分ける重大なものだ、とても楽しんでなどいられない。まして今やベルにとって『明』に位置するユウが劣勢なのだ。

 

「……バトルフェイズ。カードガンナーでコアデストロイを攻撃」

 

 カードガンナーが放った砲撃が、見事にコアデストロイを貫いた。地属性であるカードガンナーに、コアデストロイの効果は通用しない。

 

 シフト LP4000→3300

 

 戦闘を行ったモンスターの攻撃力の差分の数値が、ダメージとしてシフトのLPから差し引かれる。だがシフトにとってはまだ、この程度のダメージは掠り傷程度でしかない。

 

「フ、少しくらいは噛み付かせてあげるよ。だが僕は永続魔法《機甲部隊の最前線》の効果を発動させて貰う。このカードは自分の機械族モンスターが葬られたとき、それよりも攻撃力が低い同属性の機械族1体を特殊召喚できる。来い、《(アーリー)・ジェネクス・クラッシャー》!」

 

(アーリー)・ジェネクス・クラッシャー》

☆4/闇属性/機械族・効果/ATK 1000/DEF 2000

 

 等身の低い無骨な機械兵がフィールドに姿を現す。

 腕を交差させ、肩膝をつくその姿は守備表示であることを示していた。

 

「……続けてバトル。裁きの龍で攻撃」

 

 効果を封じられたとはいえ、その攻撃力は3000。A・ジェネクス・クラッシャーの守備力をゆうに超えた光のブレスが無慈悲になぎ払う。

 

「あー、怖い怖い。機甲部隊の最前線は1ターンに一度までしか効果を発動できないから、これで僕のフィールドはガラ空きだけど……キミの場に攻撃可能なモンスターはもういないようだね?」

 

 ニヤニヤ、と意地の悪い笑みを浮かべ、遠まわしにターンエンド宣言を促すシフト。

 

「……俺はこのまま、ターンエンド」

 

 本来ならばこのエンドフェイズ、裁きの龍はデッキから4枚のカードを墓地に送る効果を発動させるのだが、マジック・ミラーはその効果すら打ち消してしまっている。更に、カードガンナーの上昇した攻撃力も元の400へとダウンした。

 

「さて、僕のターンだ。カードをドロー……おや? どうやらキミのお望み通り、早く決着がつきそうだ」

 

 シフトはドローしたカードを見やると、口端を吊り上げて言った。

 

「僕はチューナーモンスター、《ブラック・ボンバー》を召喚!!」

 

《ブラック・ボンバー》

☆3/闇属性/機械族・チューナー・効果/ATK 100/DEF 1100

 

「ブラック・ボンバーの効果を発動、墓地の《A(アーリー)・ジェネクス・クラッシャー》を特殊召喚!! 

 

 紫色の魔法陣に導かれ、地の底より再び這い出した機械兵。攻撃力の低いモンスター2体をフィールドに並べたことに疑問符を浮かべたベルだったが、そんな彼女に反し、周囲の観客らはにわかにどよめき立った。

 

「更に僕は魔法カード《死者蘇生》を発動!! 墓地よりモンスター1体を蘇らせる!! 来い、《A・O・J コアデストロイ》!!」

 

 シフトのフィールドに、『チューナー』を含むモンスターが3体が並び立つ。

 その合計レベルは10。ベルには知る由も無かったが、もし対戦相手がユウでなければその表情に絶望が浮かんでいただろう。

 

「僕はチューナーモンスター、ブラック・ボンバーに、レベル4のクラッシャーとレベル3のコアデストロイをチューニング!!」

 

 ブラック・ボンバーが3つの光輪に変化し、2体の機械兵を囲い変質させていく。

 

「大成されし晩期の要塞、この戦いを終局へと導け!! シンクロ召喚!! 出撃せよ、《A・O・J ディサイシブ・アームズ》!!」

 

A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) ディサイシブ・アームズ》

☆10/闇属性/機械族・シンクロ・効果/ATK 3300/DEF 3300

 

 光輪の内より姿を現したのは、裁きの龍すら小さく見える程に巨大な、まるで山のように聳え立つ巨大なA・O・Jだった。その姿はもはや、機械兵士などではなく要塞だ。

 

「も、モンスターが合体した!?」

『うーん、合体とは少しニュアンスが違いますが、これは『シンクロ』と呼ばれる特殊な召喚方法です』

 

 聞きなれないデュエル用語に、ベルが恐る恐る聞き返す。

 

「シン、クロ?」

「はい。『チューナー』と呼ばれる特別なカテゴリのモンスターと、その他のモンスターをフィールドから墓地に送り、それらのレベル合計と同じレベルの『シンクロモンスター』をエクストラデッキから呼び出す、というものです。モンスターの足し算、とでもいいましょうか?」

 

 回答の中にまたも聞き慣れない単語がいくつか飛び出したが、聞き返す間も無くターンは流れていく。

 

「さて、覚悟は良いかい? 僕はディサイシブ・アームズのモンスター効果を発動!! 手札を全て墓地へ送り、相手の手札を確認し光属性モンスターを全て墓地に送る!! 『エネミー・レイ・サーチ』!!」

 

 ディサイシブアームズからサーチライトのようなものがユウに向けて照射されると、ユウの手札はARヴィジョン上に大きく映し出されてしまった。

 

「ふん、《ライトロード・ドルイド オルクス》に《増援》……? そんなカード、もはや壁にもならないねぇ!? さぁ、墓地へ落として貰おうか!!」

 

 ユウは静かにオルクスのカードをディスクの墓地ゾーンへと落とす。

 その瞬間を待っていたように、シフトが高らかに声を上げた。

 

「まだ効果は続く!! この効果で墓地へ送った光属性モンスターの攻撃力の合計分、ダメージを受けてもらう!! 『ペナルティ・オブ・レイ』!!」

 

《ライトロード・ドルイド オルクス》

星3/光属性/獣戦士族・効果/ATK 1200/DEF 1800

 

 ユウ LP3000→1800

 

 遂に、ユウのLPが残り半分を切った。

 

「バトルフェイズ、ディサイシブ・アームズでカードガンナーに攻撃!!」

 

 カードガンナーの何十倍もあろうかという巨大な機影が悠然と迫る。この攻撃が通ってしまえば、ユウが受けるダメージは2900。敗北決定に釣り銭まで付いてくる。

 ベルが、観客が思わず声を上げそうになった、その瞬間。

 

「リバースカード発動、速攻魔法《エネミーコントローラー》」

 

 静かに、しかしそれでいて明確なユウの発動宣言がディサイシブ・アームズの攻撃をストップさせた。

 

「俺はカードガンナーをリリースして効果を発動。相手フィールド上のモンスター1体のコントロールをエンドフェイズまで得る。対象はディサイシブ・アームズ」

 

 攻撃対象を失ったディサイシブ・アームズに、エネミーコントローラーの接続端子が襲い掛かる。

 

「いいぞセンセー、上手いこと攻撃を回避した!」

 

 ユウの思わぬ切り返しに、曇り顔だったクラドも思わず歓声を上げた。

 次のターン開始時には再びシフトの場に戻ってしまうとはいえ、このターンの攻撃は難なくやり過ごすことが出来る。しかし――。

 

『おっと、これは妙な選択ですね~?』

 

 ただ1人、審判員コーパルだけは小首を傾げた。彼女の傍で胸を撫で下ろしかけたベルは、思わず聞き返した。

 

「な、何が変なんです?」

『ユウさんの使用したカード《エネミーコントローラー》にはもう1つ、『相手のモンスター1体を守備表示に変更する』という効果があります。こちらの効果はコストが掛かりませんし、ただ相手の攻撃を凌ぐだけならコチラの効果の方が適切です。腕の立つユウさんがミスをしたとも思えませんので、どうにも妙だなと思いまして』

 

 それに、とコーパルは言葉を付け加える。

 

『カードガンナーには破壊されたときにカードを1枚ドロー出来る効果もあります。攻撃を防いで次のターン、守備表示にしたカードガンナーを破壊させれば時間も、逆転のカードを手にするチャンスも得られた筈なんです。それをわざわざ『リリース』するなんておかしいと思いませんか?』

「……? えっと」

 

 決闘者でないベルに今の解説は『適切でない』と即座に判断したコーパルは、ポクポクと頭を回して必死に言葉を言い換えた。

 

『あー……ええっとですね。とどのつまり、ユウさんは『お買い得品をわざわざ見逃してまで定価の商品を選んでお買い上げになった』といいますか』

「な、なんとなく感覚は分かりました」

 

 何とかニュアンスが伝わったと安堵するコーパル。

 そんな彼女が抱いた疑問は、すぐに解決することになった。

 

「……命拾いしたね、キミ。リバースカード発動、《八式対魔法多重結界》」

 

 心なしか腹立たしそうな表情で、シフトは低く唸るように宣言した。

 

「このカードは、フィールド上のモンスター1体を対象にした魔法の発動と効果を無効にし破壊する。僕はディサイシブ・アームズを対象とした《エネミーコントローラー》の発動を無効にする!!」

 

 ディサイシブ・アームズへと伸びた接続端子が、瞬時に光の粒子となって霧散する。

 八式対魔法多重結界は他にもう1つ、魔法カードを捨てることで相手の魔法を無効にする効果もある。恐らくは《閃光を吸い込むマジック・ミラー》の破壊を防ぐ役割も兼ねて伏せられていたのだろう。

 

『なるほど、ユウさんは防御系罠を読んで第2の効果を』

 

 コーパルは納得した様子でぽんと手を打った。

 

「えっと……どういうことです?」

『恐らくユウさんは、シフトさんが今の攻撃で勝負を決めに来ていることを察して、残された伏せカードが《神の宣告》等の効果無効系罠だろうと予想出来ていたのではないでしょうか? ディサイシブ・アームズの効果で破壊を優先したのが、『用途不明の伏せカード2枚』より手札の方だったというのも、大きな判断材料になったのでしょう。それが分かれば、発動に失敗したとき『攻撃表示のカードガンナー』が残ってしまう危険のある第1の効果は避けるべき。う~ん、見事な判断ですよーユウさん!』

(気になったから一応聞いてみたけど、やっぱりデュエルの話は全力で分からない……)

 

 話はよく分からなかったベルだが、結果としてユウはまだフィールドに立ち、デュエルを続行している。ベルにとって今はただそれだけで十分だが――。

 

「バトルは続行だ、攻撃対象を裁きの龍に変えて攻撃!!」

 

 そう、まだディサイブ・アームズの進撃は終わっていない。

 両者の攻撃力の差は僅か300、しかしその壁は厚く高い。ライトロードの象徴たる光の龍は、呆気なく巨大な要塞に蹂躙され霧散した。

 

 ユウ LP1800→1500

 

 これでユウのフィールドは伏せカードが僅か1枚のみ。

 圧倒的な強さを誇った裁きの龍も、この状況では機械要塞に打ち勝つことは叶わなかった。

 

(次は、どうするんだろう……) 

 

 次のターン、ユウは変わらずデッキからカードを引くだろう。

 それが逆転の一手となるのか、はたまた絶望を叩きつける死に札なのか。それはベルはおろか、ユウ自身もその瞬間まで分からない筈だ。

 これじゃあ、まるでギャンブルだ。ベルは自分の身が掛けられたこの勝負を、そう考えた。何を引くかも分からない、相手も何を引くのか分からない。相手の手の内も始まるまで分からない……全てが運任せじゃないか。やはりこんなゲームに何もかもを委ねるこの世界は、どうかしている。

 

「これでターンエンド。さ……もう分かっただろう? キミに勝ち目が無いって事はさ。時間が勿体無いから、大人しく降参(サレンダー)してくれないかな?」

 

 そう。いくら全力で挑んでも勝てないものは勝てない。

 ベルは初めて、シフトの言葉に同意しかけたが――。

 

「俺のターン、カードをドロー」

 

 ユウは変わらずのポーカーフェイスで、何の躊躇いも無くカードを引いた。

 

「ははっ、なるほど『どんな状況でも俺は諦めない』ってヤツかい? 生憎だけどキミの力じゃ奇跡もクソも起こらないと思うけどね?」

 

 毒づくシフトを尻目に、ユウは淡々とデュエルを進める。

 

「俺は魔法カード《増援》を発動。デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える」

 

 Dパッドに表示されたリストからカードを選択すると、デッキから対象のカードが選定されデッキトップまで移動した。ユウがカードを引き抜くと、デッキはオートシャッフルを始めた。

 

「手札に加えたのは《ライトロード・パラディン ジェイン》」

「そんな奴、今更手札に加えて何を……」

「ジェインをコストに《ソーラー・エクスチェンジ》を発動。カードを2枚ドローし、カードを2枚墓地へ送る」

 

 瞬間、シフトの一団から爆笑の渦が巻き起こった。

 

「見ろよ、アイツこの土壇場で起死回生のカードを2枚とも墓地に落としやがったぜ!!」

 

 効果によって墓地へ送られたカードは、《ブラック・ホール》《大嵐》の2枚。どちらも、『逆転』の可能性を秘めた強力なパワーカードだった。

 《ブラック・ホール》はフィールド上のモンスターを、方や《大嵐》はフィールド上の魔法・罠を一掃する、強力な制限魔法カードだ。どちらか1枚でも手札に加わればこの状況を打破できる逆転の切り札と成り得ただけに落胆は大きい。

 開いた口が塞がらない、といった様子のクラドと、あちゃーと顔を塞ぐコーパルの反応を見たベルは理解した。あの人は『ギャンブル』に失敗したのだと。

 

「……そんな」

 

 希望は、潰えた。

 

「はははは!! これは傑作だ!! 時間の無駄かと思いきや、こんな名デュエルの誕生に立ち会うことになろうとはねぇ!?」

 

 対戦相手であるシフトからすれば、これは確かに勝利を磐石にせしめた決定打だ。

 だが、腹を抱えて笑う彼は気が付かなかった。

 2枚の手札を確認した無表情(ポーカフェイス)の口元が、僅かに緩んだことを。

 

「俺はこれで、ターンエンドだ」

「ああ、そうか、僕のターンか……はは、ドロー。いやぁ、勝利の女神に見放された人間がこうも面白いとは思わなかったよ」

 

 笑い涙を浮かべるシフトはもはや、別の意味で戦意を喪失していた。相手は丸裸も同然。これ以上、何を警戒しろというのか。

 加えて、ドローしたカードは――。

 

「ま、折角だからダメ押しといこうか……僕は手札から《ダーク・バースト》を発動。このカードの効果により、墓地の《A・O・J コアデストロイ》を手札に加え、攻撃表示で召喚する」

 

 三度フィールドに出現した、光殺しの機械兵。今度はその爪の標的を、対峙するプレイヤー自身へと定めた。

 

「さぁ、最期のバトルフェイズだ、僕は――」

「俺はここで、リバースカードを発動させて貰う」

 

 シフトのメインフェイズ終了と同時。ここでまた、ユウはカードの発動を宣言した。

 

「……何だと?」

「罠カード《光の召集》。その効果により俺は手札全てを墓地に捨て、捨てた枚数だけ光属性モンスターを手札に加える。捨てた手札は2枚。よって俺は《裁きの龍》を2枚手札に加えさせて貰う」

 

 ディサイシブ・アームズとマジック・ミラーが立つこのフィールドで、最早裁きの龍の力は封じられたも同然。一見無意味な行動に思えたが、墓地へ送られた手札を確認したシフトは忌々しげに眉をひそめた。

 

「……チッ、《ネクロ・ガードナー》か。無駄な時間稼ぎを」

 

《ネクロ・ガードナー》

☆3/闇属性/戦士族・効果/ATK 600/DEF 1300

相手のターン中に、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。

このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 

「バトルを続行する、ディサイシブ・アームズでダイレクトアタック!!」

「ネクロ・ガードナーのモンスター効果。墓地のこのカードをゲームから除外し、攻撃を1度だけ無効にする」

 

 まるで幽体のような半透明のネクロ・ガードナーが立ち塞がり、ディサイシブ・アームズの攻撃からユウを守った。だが――。

 

「まだだ、コアデストロイでダイレクト!!」

「…………」

 

 続く機械兵の追撃を防ぐ術は残されていない。ユウの無防備な体をコアデストロイの爪が貫く。

 

 ユウ LP1500→300

 

「ああっ!?」

 

 ベルが思わず声を上げる。ユウの残りLPは風前の灯だ。

 

「僕はこれでターンエンド。もういいだろう? さっさとサレンダーしてくれよ、僕のLPは3300も残ってる。裁きの龍は封じられ、頼みの制限魔法も落ちたキミに、もう勝機は無いんだよ? これ以上は時間の無駄だ!!」

「……それは、どうだろうな」

 

 それまで通りの抑揚の無い口調で、その言葉は放たれた。

 

「――何?」

「俺のターン、カードをドロー」

 

 ユウはそうして、何の躊躇いも思いも込めず、ただ平然とカードをドローした。

 がら空きのフィールドに筒抜けの手札、LPの差は歴然。

 ベルが見ても分かる、崖っぷちもいいところだ。そんな中でユウは相変わらずの無表情でただ前を見据えていた。

 神に祈ることなく、奇跡を願うこともせず。ただ己の力だけを信じているかのように。

 自分ならどうだったろうか、とベルは思った。きっと諦めていたに違いない。

 だが目の前の彼は。今この状況でも、間違いなく『全力』で闘っている。

 

「…………」

 

 ドローしたカードに目を落とすユウ。

 ベルが、観客が見守る中。その口端が、ほんの僅かに吊り上った。

 

「――はっ、何を馬鹿な?」

 

 考えうる逆転の一手は墓地に落ちた。何を引こうが『希望』は残されていない筈。

 そう思考を巡らせるシフトを尻目に、ユウは再び白き龍をフィールドに呼び寄せた。

 

「俺は手札から、《裁きの龍》を特殊召喚」

 

 白鱗の巨龍がフィールドに再び顕現する。しかし今回は――。

 

「召喚条件は既に満たされている。俺は残り2枚の《裁きの龍》を特殊召喚」

 

 後続に2体を引き連れての、怒涛の進軍だ。

 

「凄い、ドラゴンが3体も……」

『ドローカードは3枚目の裁き、でしたか』

 

 圧巻の光景に感嘆の声を漏らすベル。そんな彼女とは対照的に、どこか残念そうに呟くコーパル。

 

「こんな状況で裁きの龍が幾ら沸いて出ても無駄だよ!! 攻撃力はディサイシブ・アームズが上、コアデストロイには効果破壊がある!! 効果も封じられている今、そいつらの攻撃は僕には――」

「墓地より罠発動。《ブレイクスルー・スキル》」

 

 手札でも場でもない。死札となった筈のカードが墓地の深淵から光を放つ。 

 

「なッ――!?」

「ブレイクスルー・スキルの効果発動。このカードを墓地から除外し、相手モンスター1体の効果をエンドフェイズまで無効にする。俺はコアデストロイの効果を無効にさせて貰う」

 

 コアデストロイの眼光が光を失う。システム・フリーズ、といったところだろうか。

 

「い、いつの間にそんなカードを――!?」

 

 シフトの脳裏に過ぎる、前ターンに発動された光の召集。ネクロガードナーと共に墓地へ送られたのは、このカードだったのだ。

 

「更に墓地より罠カード《スキル・サクセサー》を発動。このカードを墓地から除外し、《裁きの龍》1体の攻撃力を800ポイントアップさせる」

 

 裁きの龍の攻撃力が3800へと上昇し、ディサイシブ・アームズを上回る。

 こちらのカードはシフトも確認していた。ライトロードの効果によって墓地へ送られていたが、墓地での発動は自分のターンにしか発動できないため、コアデストロイを召喚したシフトにとって障害とは成り得ないカードだった。

 しかしそんな頼みの綱(コアデストロイ)も機能を停止し、もはやカカシも同然。

 ほんの一瞬。強固と思われたシフトの布陣はいとも容易く崩壊してしまった。

 

「馬鹿な……逆転(きせき)の可能性は潰れたはずだ!! なのに何故!!」

「……勝利に至る方法は1つじゃない。可能性が1つ潰えたなら、他の道を探せばいい。その答えは必ずデッキに隠されている。俺はその中から正解を導き出しただけだ」

「な、何を格好付けて……!!」

 

 狼狽するシフトを尻目に、しかしユウは止まらない。

 

「格好だけかどうか、確かめてみるといい―ーバトルフェイズ」

 

 表情も、声色一つ変えずにただ宣言する。

 

「攻撃力3800となった裁きの龍で、ディサイシブ・アームズを攻撃」

 

 先程の恨みとばかりに放たれた光のブレスは巨大要塞を打ち抜き、超過ダメージとなってシフトに降りかかる。

 

 シフト LP3300→2900

 

「ぐっ――!?」

「続けてバトル。効果が無効となったコアデストロイを攻撃」

 

 ぴくりとも動かない機械兵に光が降り注ぐ。攻撃力という名の『理不尽』が襲い掛かったのは、今度は光殺しの方だった。

 

「ぐあぁぁぁ!?」

 

シフト LP2900→1100

 

『賭け品さん、これがデュエルの醍醐味ですよ』

「……え?」

 

 あっという間の逆転劇に呆けていたベルは、コーパルの言葉に遅れて反応した。

 

『どんなに不利な状況だってきっと覆せる。希望の光は、いつだって誰にだって掴める。そんなドラマが生まれるからこそ、デュエルは多くの人々に愛されているんだと思います』

 

 猛々しく吼える白き龍が、攻撃の命を待つまでも無く光を収束させていく。

 

『このデュエルの間だけでも、決闘者のお2人は幾度も思惑を交差させていらっしゃいました。確かに『運』に左右される場面は多々ありましたが、それでもユウさんは見事に相性最悪な相手をここまで追い詰められました。それはユウさんの実力もあってこそですが、何より勝利を諦めない強い『心』にあったのではないでしょうか?』

 

 ただひたすらに前を向き、ドローし続けたユウの横顔がベルの脳裏を過ぎる。

 それが理不尽を跳ね除けた彼と、ただ唇を噛み締めて俯いた自分との違い。

 

「諦めない、心……」

 

 圧倒的な力に抗うこと。

 全力(デュエルモンスターズ)から目を逸らした自分とユウとの、決定的な差。

 

「……っく、ふざけるな、こんなことが!!」

 

 信じられない、と目を見開き、自身に下される断罪の(ブレス)を凝視するシフト。

 そんな彼の様子を目の当たりにしながら、ユウは淡々と宣言した。 

 

「――詰み(チェックメイト)だ。裁きの龍でダイレクトアタック」

 

 放たれたブレスは光の柱となってシフトを襲い、残り僅かであったLPを一気に削り落とした。

 

シフト LP0

 

 

 **

 

 

『と、いう訳で。アンティルールも無事完遂されたようですので、わたしはこれにて失敬させて頂きますね~』

 

 そう言うと、コーパルは手を振りながらデータの粒子となって姿を消した。

 当然ながらシフトらの姿は既に無く、嵐の後のように荒れ果てた店内にはユウ達と僅かに残った観客らが取り残された。

 

「……あ、えっと」

 

 静寂に包まれる中、ベルがおずおずと第一声を放つ。

 まずは一言お礼でも、と思考を巡らせていたベルの眼前に、ユウのDパッドが突き出された。表示されたのはデュエルが始まる前に見せていたカードの画像だ。

 

「改めて尋ねる。このカードについて知っていることを、全て話して貰いたい」

 

 魂の牢獄。不気味なそのカードを初めて目にしたその日のことを、ベルは記憶の隅をつつくように思い出しながら話し始めた。

 

「えっと……確か、一週間くらい前のことです。それと似たようなカードを持った、多分……女の人がお店に来たことがあって」

「多分?」

 

 クラドが怪訝そうに聞き返した。

 

「その人、フード付きの赤いコートを着てたんですけど、フードを被った上に白いお面まで被った変な人で……ただ声は女の人だったので」

「……分かった。続けてくれ」

「それで、注文を受けに来たわたしに聞いてきたんです。『このカードのことを知ってる?』って、そのカードを見せながら」

 

 ユウの表情が、ここへ来て僅かに揺らいだ。

 

「あ、でも確か絵柄は少し違ったような気がしますけど。だからそのカードを見たとき、すぐ思い出して……」

「その女は、他に何か言っていたか?」

「カードのことはよく知らないって答えたら、すぐにその話は切り上げられましたよ。後は何の料理が好きとか、無茶な値切りされたりとか、他愛も無い話をされて帰られました」

「どこへ行ったかは分かるか?」

「確か、この先にあるシガマって大きな街に行くって行ってましたけど……」

 

 ユウとクラドが目を見合わせる。2人が思い浮かべたのは、シガマで開かれるデュエル大会。ベルの言うその人物が大会出場の為にシガマへ向かった可能性は高い。

 

「他に、何か覚えていることは無いか?」

「いえ、聞いたのはそれくらいの話だけです。怪しい見た目の割りに良く話し掛けて頂いたのは印象に残っています」

「……分かった。ありがとう」

 

 そう言うとユウはベルの頭を軽く撫で、言った。

 

「それだけ聞ければ十分だ、お前はここで『解雇する』。店長にまた世話になるなり、好きにするといい」

「え……?」

 

 Dパッドを仕舞いながら、ユウはさっと背を向けた。

 

「あの……」

「気を悪くしないで欲しい。例え形式上だけでもお前は俺の『所有物』になっていた。こうでも言っておかないと、後々厄介なことになる」

 

 背を向けたままそう言い捨てるユウ。

 ベルはどうにか声を掛けようと一歩追い縋ったが、ユウの足並みは既にこの場を離れる意思を持って出口へ向かっていた。

 出来るなら。引き止めてちゃんとお礼をしたい。

 叶うなら。自分の勝手な願いを聞いて欲しい。

 だがそれ以上に、危機を救ってくれたユウの足枷になるような真似は出来なかった。

 

「だとさ嬢ちゃん。そんなわけで迷惑掛けたな……って待てよセンセー?」

 

 へらへらとした笑みを浮かべて、クラドも後に続いて店を出て行った。

 胸に灯った僅かな『火種』が、燃え広がることなく萎んでいく。

 何かを変えようと切り出した一歩は、本当に呆気なくタイミングを逃した。

 店の中には、これまで通りのお客と従業員だけ。嵐のような時間は、爪跡だけを残してあっという間に過ぎ去っていった。

 

「…………これで、」

 

 これで良かったんだと。

 踏み出しかけた足を引き戻そうとしたそのとき。

 ぽんと誰かに背中を押されて、気が付けばベルの足は一歩二歩と前に動いていた。

 振り返ってそこにあったのは、涙の跡が残る店長の無骨な笑顔だった。

 

 

   **

 

 

「案外早く見つかりそうだなぁ、そのカード」

「……どうだろうな。あのメイドが言っていた『女』が何を、どこまで知っているのかは分からない。興味本位で拾っただけ、という可能性もある」

 

 早足に歩くユウに、半歩遅れて後を続くクラド。

 2人は宿に戻って街を出ることを伝えると、手早く支度を済ませて出発していた。

 

「そーかよ。ま、疑り深いのも結構だが……もう少し晴れた顔してもいいと思うけどな?」

 

 街の外に停めてあるキャンピングカーまでの僅かな道のりだが、新たな情報の入手に心なしかユウの口数も多いように感じる。

 

「それにしても……あの店は今後どうなることかねぇ。あのA・O・J使いの連中がこのまま黙っているとは思えねーけど。センセーが余計なことしたばっかりに、あの嬢ちゃんが余計酷い目にあったりしてな?」

「……ああ、そうか。そこまで考えが至らなかったな」

 

 ポーカーフェイスを僅かにポカンとさせて、ユウは関心したような眼差しをクラドに返した。

 

「……いやいや。おいおいマジかよ? 『許せ』ってアレ本気でそういう意味だったのか!? 何か上手くやる算段とかあったんじゃねーのか!?」

「いや、全く。デュエルに勝てば何の問題も無いものかと」

「このデュエル脳が!? ああああどーすんだよ、このままサヨナラしたんじゃ、あのメイドちゃんの人生が……」

 

「まっ、待って……下さい!!」

 

 真っ青な顔でクラドが頭を抱えたそのとき。

 息も切れ切れに、たどたどしい少女の叫びが投げかけられた。

 

「? メイドちゃん……って何だあの馬鹿デカい荷物は!?」

 

 疲労困憊といった様子で佇むベルの姿を見たクラドは愕然とした。

 ベルは着のみ着のままの格好――もといメイド服のまま、およそ彼女の背丈と同じくらいにまで膨れ上がったリョックサックを背負っていたのだ。

 

「待って……わたしも一緒に……一緒に行かせて下さい!!」

 

 放たれた二言め。こうなればもう止まらない。

 息の続く限り、ベルは文字通りの全力で言葉を紡いだ。

 

「もう……デュエルモンスターズから逃げたくない、負けたくないんです!! だからわたしにデュエル教えて下さい!! 店長にも、もう誰からも守られなくても大丈夫なように!!」

 

 何も飾らない。ベルは今の自分をそのまま言葉にした。

 この理不尽なを恨むのはやめた。この理不尽の中で生きていくには、立ち向かって勝つしかない。

 どんなに困難な状況でも、どれだけ運命の女神に突き放されても。歯向かって足掻いて勝ち抜いてやる。自分にそんな道を示してくれた、彼のように。

 

「強くなりたいんです!! わたし、今度こそ全力で頑張ります!! だから……!!」

 

 僅かに顔を綻ばせながら、クラドが横目にユウを見やる。

 

「おお~……アツい展開だねぇ。どうするよ、センセー?」

 

 ユウは相変わらずのポーカーフェイスを崩さず、静かに告げた。

 

「…………いや、まず親御さんに確認を取らなければ」

 

「心配はそこかよ!? そこは『……好きにしろ』とかクールに決めるとこだろうが!? いや実際問題気掛かりなのはそこだろうけど!? 違うだろ、違うだろォ!?」

 

 クラドの叫びが、すっかり日も落ちた宿場街に轟いた。

 店長達の許可を貰って店を出てきたこと、店はこっそり別の街に移転すること。

 ベルがそれらを説明し終えた頃には、空には再び星々が散りばめられていた。

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