遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス) 作:kohatuka
見事な接戦へと送られた拍手喝采に見送られ、ユウがコートを降りてくる。
階段の一段一段をしっかりとした足取りで踏みしめるその無表情は、心なしか穏やかに見えた。
「ユウ様ぁ~♪ お見事でしたわぁ~♪」
興奮を抑えきれず、ベンチを立ってぶんぶんと手を振るアンリエールのすぐ横で、ベルは小さく安堵の息をついた。
(……心配なんて、いらなかったみたい)
この大会で勝ち上がることはヒヨリへと繋がる唯一の道。ユウが先発を申し出たときには勝ち急いでいるように思えたが、今の試合を見た限りそのような様子も無く、むしろ相手選手と共にデュエルそのものを楽しんでいたように感じた。『師』の名に恥じぬよう、その大きな背中をしっかり示しながら。
「……おかえりなさい、とっても良いデュエルでした!」
精神的な面でもその力量を見せ付けられたベルは、笑顔を作ってベンチへ戻ってきたユウを迎えた。
「……ああ」
ちらりと返されたその瞳には「心配するな」とでも言わんばかりの微笑が浮かんでいた。 口数の少なさはいつものことだが、それは後に出番を控える弟子へ叱咤激励する意図もあったのだろう。
「やったなセンセー! ナイス1勝だ!」
「お疲れ様、良いデュエルだったわ」
「……何とかな。彼らも相当、腕が立つ決闘者のようだ」
続いて右腕を上げるクラドと藍に、ユウも右手を上げて応えた。
力強く乾いた音が鳴り止まない拍手の中で木霊する。
僅かばかりに疲れを見せるユウがすっと着席すると――黒いドレスを翻した姫君が素早く傍に仕えた。
「ユウ様、お飲み物をお持ちしましたわ」
「あ、ああ……ありがとう」
いつもながら何ともちぐはぐな状況に、さすがのポーカーフェイスも思わずたじろぐ。
とはいえアンリエールの気遣いを無駄にする訳にもいかず、スポーツドリンクが入ったストロー付きの容器を手に取るとユウは素直に口をつけた。
「さて、早速だが作戦会議といこうぜ? 試合中、ちょいと奴さんの旅団IDを覗かせて貰ったんだが……ダメだな。参考にならねぇ」
クラドが一同に向けたのは万能端末Dパッド。そこには先程ユウと対戦した決闘者、フリンの旅団IDが表示されていた。
旅団IDには『登録された旅団を
勿論この大会に向けての情報かく乱が目的であったが、どの旅団も考えていたことは同じだったらしい。
「使用デッキは【除外帝】、決闘者レベルはD……すがすがしいまでに嘘だらけね。他のメンバーのIDも見つかったけど、役に立ちそうもないわね」
ふぅ、と悩ましげに溜め息をついて、藍もDパッドを仕舞いこむ。
恐らくはこれから先の試合でもアテになることは無いだろう。
「だが……俺らの方はそうとも言えないんだよなぁ」
この情報戦において【にじいろ団】が抱える弱点。それは――。
「? なんですの? ジロジロと妙な目を向けないで下さいまし」
一同の注目がとある1人に集まる。
どこからか取り出した派手な団扇でそよそよとユウを扇ぐその人、野生の
ラムジョレーンの幽霊姫。その名声が示すは【ゴーストリック】のデッキそのもの。実力こそメンバーの中ではユウに告ぐ強者であるが、それ故に最も警戒されやすい。イコール対策も立てられやすいということだ。
プロとしてそういった死線を潜り抜けてきた彼女の実力を持ってしても、圧倒的不利な状況を作られては敗北の可能性を0にすることなど出来ない。
彼女をどう動かすか。それがブレーン・クラドを悩ませる一因でもあるのだ。
「次の試合は私と藍で華霊に勝利を飾る予定でしたでしょう? 今更悩む理由がありまして?」
「それがあるんだよ。奴さんらはどうにも『メタ』の色が強い。自分達の苦手とするものは何か、警戒するべきは何かをしっかり把握してるみてーだしな」
パワーカードである《茫漠の死者》を操ったフリンのデッキには、力押しになりがちなその効果に反して『相棒』が苦手とするカードへの対策がしっかりと練られていた。好戦的な男だったが、その足元は転ばないようにしっかりと清掃されていたと言う訳だ。
そんな男が所属している決闘旅団ならば、アンリエールへの対抗策も用意してあるに違いない。
「……で、次の試合はタッグな訳だ」
極めて真剣な表情で、クラドが重い口を開く。
特殊ルールこそランダムに決定されるが、各試合はシングル→タッグ→シングルの順で行われる。既に試合を終えた選手でなければ、登録したメンバー内での出場順は順次入れ替えが可能だ。それはこの2戦目、タッグデュエルから重要な意味を持ってくる。
「奴さんももう後がない、ここで確実に勝ちに来るはずだ」
仮にAとB旅団が試合を行い、A旅団が1戦目で敗北したとすれば、A旅団が精鋭を差し向けてくることは容易に予想出来る。
対して1戦目を勝利したB旅団は、そういった理由から難度の高いタッグ戦を放棄し、3戦目のシングルに賭けるという手段を取る事も出来る訳だ。
しかし、デュエルとは99%の知性が勝敗を決するモノ。そう簡単に事が運ぶ訳が無い。相手の戦略を読み、対策を練るのは何もフィールドの上だけではないのだ。
その証拠に、こうした作戦会議の時間として10分ほどのインターバルが設けられている。観客を飽きさせないための余興なのか、フィールドではコーパルとネフがバーチャル故に『タネも仕掛けもある』どうしようもない手品を披露していた。
会場の和気藹々とした空気の中で、クラドは尚も続ける。
「タッグには必ず、お嬢への対策を盛り込んだ相手を選んでくる。タッグだけじゃない、多分3戦目の相手にもだ。そうなりゃ不利になるのはどうしてもタッグになる。1人を確実に潰されるなら実質2対1になっちまうからな」
だからこそ、とクラドは続ける。
彼が口にした結論は、予選第1試合で飛び出すにしてはあまりに早い台詞であった。
「……だから悪ぃが、正直なところ今の組み合わせじゃ次のタッグ戦で勝機は無いと思ってる」
「なっ!?」
そんな発言に度肝を抜かれ、思わぬ侮辱に顔を染めたのは他でもないアンリエールだ。
「……ほぉぉ、私では力不足と? 随分と舐められたものですわねぇ?」
「別にお嬢が弱いとかそういうコトじゃねーんだよ、これはもうジャンケンみてーなモンなんだって」
口元をヒクつかせて詰め寄るアンリエールに、クラドも頑として意見を叩き付ける。
「その為のタッグパートナーでしょう、何の世迷いを言っていますの!?」
「クラド君、私だってフォローは出来るし――」
苛立つアンリエールを気に掛けてか、藍が助け舟を出すもソレを制止したのは意外な人物だった。
「……集中狙いはタッグの基本だ。それが分からない訳ではないだろう?」
集中狙い。今この場でのニュアンスは強弱の『弱』に照準を合わせて攻める、という意味が最も近い。恋い慕う相手からそんな言葉を掛けられ、アンリエールは愕然とした表情でオヨヨと震える声を搾り出した。
「そんな……ユウ様までそんなことを!?」
「……ちょっと落ち着いたかお嬢? 続けるぜ」
務めて落ち着いた声で言い聞かせてから、クラドは言葉を続けた。
「けどな、奴さんだって多分その辺は考えてる。タッグ戦でお嬢を外すっていうこっちの心理を読んで、本命の『お嬢メタ』は恐らく3戦目だ。タイマンで闘り合えばまず勝ち目は無いレベルまで特化したヤツをぶつけて刈り取ろう、って訳だ。だが仮にお嬢を2戦目に出しても、万が一敗北なんてコトになれば……そいつと対面するのはメイドちゃんか俺。それってなーんか危なくねぇか?」
そこまでを聴き終えて、ベルはごくりと息を呑んだ。
口元に手を当てていた藍がそれを合図に意見を述べる。
「それじゃあ、アンリちゃんが八方塞ってことかしら? デッキの交換は不正になるし……それともクラド君が出る?」
旅団IDに登録したデッキとは違い、大会運営側に登録したデッキはその大会中に変更することは出来ない。調整用のサイドデッキ間でのカード入れ替えこそ認められているものの、デッキを丸ごと交換するなどもってのほかだ、そのような不正があれば間違いなくコーパルの
「いやいや、俺はあくまで埋め合わせだって言っただろ? だが……奴さんの思惑通りに動くのも何か癪だしな? 言っただろ、ジャンケンみてーなモンだって」
クラドは口をニイッと歪め、くるりと顔を後ろへ反転させて言った。
**
『ではでは~、おまちかねの予選は第3試合【にじいろ団】VS【AKATUKI】、その第2戦目を開始しますよ~♪』
人体切断マジックで上半身と下半身を分割した状態のまま、コーパルはマイクを手に試合開始の宣言を放った。その異様な光景に会場の子供が数人泣き出していたが。
「ああ……始まってしまいましたわ。こんな最悪な気分で舞台に立つ日が来ようとは……」
コートに立つのは勿論、にじいろ団の誇る実力者こと幽霊姫ラムジョレーン。
そして、その隣に立つのは。
「お客さんはジャガイモ、お客さんはジャガイモ、お客さんはジャガイモ……」
大舞台で緊張しっぱなしの褐色メイド、ベルだった。
「ああもう!! イモイモうるさいですわこの芋メイド!! この程度の舞台で狼狽するんじゃありません!!」
「ヒステリー起こさないで下さいよ……ああ!? お客さんが元の人間に!? また最初からやり直さなきゃいけないじゃないですか!?」
何の狙いがあったのか。ユウに辛辣な言葉を投げられ機嫌最悪の幽霊姫と、大舞台に立ったことなど無い田舎者のメイドが急遽タッグを組んだのだった。
「……はぁ、よりにもよって貴女がパートナーだなんて。きっとチームの為に負けて来いということなのですわね……」
「最初から負けるつもりでいないで下さいよ。こっちの気持ちまで下がっちゃいます」
「貴女じゃいくら気持ちを昂ぶらせても蒸し芋くらいしか仕上がりませんわよ……」
「へぇ、じゃあアンリさんはきっと素敵なシチューにでもなるんでしょうねー。魔女が作った薄気味悪ーい感じの」
「……ほぉぉ、どういう意味ですの?」
「さぁ♪」
まるで電池メンをフィールドに並べたときのような激しい火花を撒き散らし、両者はしばらく睨み合った後「ふんっ」と鼻を鳴らして互いに顔を背けた。
「俺……やっぱ采配間違えたかな?」
「大丈夫よクラド君。私が次で何とかするから……」
顔を抑えて俯くクラドの背中を、藍は優しくポンと叩いてあげた。
ユウはといえば、アンリから貰ったスポーツドリンクをまだちびちびと吸っている。
「……何よアレ。息を合わせる以前の問題じゃない」
そんな彼らの様子を、【AKATUKI】からの出場選手である双子の姉妹が怪訝な顔を浮かべて観察していた。率直な意見を零したのは、姉であるリリンだ。
歳はおおよそ16~7程だろうか。目鼻立ちの整った顔つきでスレンダーな体型、艶のある黒髪のツインテールが可愛らしい。
「リーダーの読み通り、2戦目はやっぱり『捨て』に来たんでしょうか……?」
どこか不安そうなのは妹のサラ。顔つきこそ良く似ているが、こちらはふわりとした長い黒髪はストレートに流れている。姉と比べると主に胸の辺りがふくよかだ。
「ま、アッチが幽霊姫を使い捨てる気ならそれに越したことは無いわ。予定通り私達のコンビネーションで叩き潰してやるだけよ!」
リリンが向ける好戦的な眼差しに気付く様子も無く、ツーンと顔を尖らせたままの姫メイドペアは本当に渋々といった様子でコートの定位置へと立った。
『それでは! ルール決定のアルティメットルーレットといきましょう!』
コーパルが1枚のカードをかざすと、地響きを立てて金色の機械族モンスターが彼女の背後へと出現した。
《スロットマシーンAM-7》
☆7/闇属性/機械族/ATK 2000/DEF 2300
腹部が文字通り『スロット』であるそのモンスターが腕をガシャンと振り下ろすと、ガラガラと大きな音を立ててスロットが起動し始めた。
最早『ルーレット』ですらないのでは、という視線のツッコミをたっぷり浴びるコーパルの右腕には、いつの間にか立派なデュエルディスクが装着されている。
『選手さん達の命運が今、私のドローに委ねられた……!』
いつものニコニコ笑顔はどこへやら。
やけに真剣な表情を浮かべたコーパルはスッと目を瞑った。
『まずは1枚目、ドロー!』
デッキから引き抜かれたカードには『A』の文字がただひとつ。
その結果が反映されるのか、スロットの左側がストップし『A』の文字が浮かび上がった。
『続けて2枚目、ドロー!』
光の軌跡を描き、引き抜かれたカードにはまたしても『A』の文字。
右側のスロットに結果が反映されると、マシーンからけたたましく『リーチ!! リーチ!!』と機械音声が発せられる。
『次のドローでもし、『A』のカードが引けなければ……選手さん達は「ルール不確定」というカオス空間でのデュエルを余儀なくされてしまう……!!』
「えええええ!?」
「嘘でしょ!? 冗談じゃ無いわよ!?」
コーパルのやけに真剣なトーンが災いしたのか、両陣営から驚愕と野次の声が飛ぶ。
そんな批判も何のその。三度デッキに手を掛けたコーパルであったが、ふとその動きが止まる。
『……はっ!? カードが、遠ざかっていく……!?」
それは、決して心理的な意味ではなかった。
実際にディスクを付けたコーパルの左腕が、ポトリと地に落ちたのだ。
瞬間、何ともいえない悲鳴が会場のあちこちから巻き起こった。
『いや違う、私が怯えているんだ! カードを引くことに!』
「違わなく無いし、怯えているのは私達の方よ!?」
声を大にしてツッコミを入れるリリンだったが、至って真面目なこの茶番は続く。
『姉さん、さっきのマジックの後遺症で……ここは私が!』
ネフがおもむろにリストバンドからカードを取り出すと、片腕を失ったコーパルへ向かって投げ渡した。鋭く風を切って飛ぶカードは見事、コーパルの手中に収まる。
『!! ネフちゃん、このカードは!?』
やけに凛々しい顔で頷くネフに、コーパルが満面の笑みを浮かべる。
得意げに見せるそのカードには、やはりというべきか『A』の文字。
『3枚目のカードは……ルールカード《アクションデュエル》!』
「ちょっと!? それイカサマじゃないの!? 仮にも審判でしょアンタら!?」
『それは違うぜリリン選手、私は希望を手にしたんだ! そして今、3枚のカードが全て揃った!』
スロットマシーンから色とりどりの賑やかなサウンドが噴き出したかと思うと、それを具現化したかのようなカラフルなお菓子がコート内へと降り注ぐ。
『『アクションフィールド、《スウィーツ・アイランド》発動!!』』
コーパルとネフが声を合わせて宣言したのは、遥か遠い
まるで御伽話の世界に迷い込んだかのような、お菓子で出来た甘々な世界が瞬く間に広がっていく。通常のARとは違う、ルール効果を備えたフィールドが展開された。
「へぇ……最悪の気分でしたけれど、舞台が私の庭とあれば惨めに負ける訳にはいきませんわねぇ?」
クスクス、と不敵な笑みを浮かべたのは無論アンリエールだ。その様子からは先程までの苛立ちがすっかり抜け切っていた。
「これが……アクションフィールド?」
楽しげな光景に目を輝かせたいのは山々なベルだったが、何せアクションデュエルは初挑戦だ。ごくりと緊張の息を呑んで、しっかりと気持ちを引き締める。
「よっしゃ、アクションデュエルならお嬢の十八番だ! 女神サマはこっちに微笑んでくれたみてーだ!」
「ええ、これならメタを張られても突破できるかも……!」
歓喜に沸く【にじいろ団】サイドとは打って変わり、【AKATUKI】サイドでは重苦しい空気が流れる。
「鬼に金棒ってワケ……? 冗談じゃないっての!」
「姉さん、落ち着いて下さい。私たちの作戦を信じましょう!」
妹サラのフォローに助けられ、不運に苛立つリリンが少しばかり落ち着きを取り戻したところで、バックのベンチから呑気な男の声が投げかけられた。
「気にすんな凹凸ツインズー! 気張っていけよー!」
試合を終えて気が楽になったのか、酒を片手に完全に観戦モードとなったフリンだ。
「アイツ……!! 自分の出番は終わったからって呑気にぃ!!」
「姉さん! 『アイツ』じゃなくて『リーダー』ですよ! どうどう!」
拳を握り締め今にも殴りにいかんとするリリンを必死に宥めるサラ。
折角落ち着きそうだったのにと、気苦労の絶えない妹は疲労困憊といった様子で溜め息をついた。これではどちらが姉か分からない。
『それでは「いつもの」いってみましょう! 選手の皆さん、準備は良いですか~?』
ぽんとコーパルが手を打つと、会場がにわかに静まり返った。
「え?」
いつもの、とは何なのか。
きょとんとベルが首を傾げていると、ソレは突然に始まりを告げた。
「戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!!」
「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い……」
くるくると回りながら互いに声を上げていく、リリンとサラの双子姉妹。
スポットライトとカメラは全て彼女達に向けられ、大小様々なモニターに映し出されている。
そのしなやかな指先がどうぞとばかりにベルに向けられると、スポットライトとカメラは一斉にベルへと集中する。
「……え? え?」
「コホン! フィールド内を駆け巡る! 見よ、これぞデュエルの最強進化系!」
突然の出来事にうろたえるベルをぐいっと後ろに引っ張り込み、入れ替わるようにして前へ出たアンリエールが一瞬で表情を取り繕う。
『『アクショ~ン……』』
慣れた様子で残りの口上を請け負ったアンリエールに続き、すっかり腕も元通りになったコーパルとネフが高く腕を掲げると、タイミングばっちりにパチンと両者の指が鳴った。
すると、天高く渦を巻くように浮遊していた無数のカードが弾け飛び、アクションフィールドの至る所へ飛び散っていく。
「「!!」」
それが合図となって、アクションデュエルは遂に幕を開けた。
「でゅ、でゅえっ……」
ちなみにベルは結局最後までついていけず、ぽかんと口を開けたままフィールドで棒立ちしていたのだった。
【ベル&アンリエール】LP8000 VS 【リリン&サラ】LP8000