遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス) 作:kohatuka
今話にはオリジナル要素やアニメオリカの成分が大量に含まれます。苦手な方々はご注意下さい。
いつの間にか再開していた【N―EVES】のパフォーマンスがデュエルのバックミュージックとなって会場を盛り上げる。
露骨な蓮への『応援歌』らしい歌詞にそこはかとないアウェーを感じつつ、にじいろ団の面々はコースを駆ける藍の姿を見守った。
「まずは手札から《水精鱗―アビスパイク》を通常召喚し、効果を発動!」
《水精鱗―アビスパイク》
☆4/水属性/海竜族・効果/ATK 1600/DEF 800
逞しい肉体を持つ男性型の人魚が紅き暴君の隣に並び浮かび、すぐさま召喚時の誘発効果が発動する。
「手札の《海皇の狙撃兵》を墓地へ捨て、デッキから☆3の水属性モンスター1体を手札に加えます! 選択するのは《フィッシュボーグ―アーチャー》! そして――」
後続のモンスターをサーチ出来るというだけでも十分強力な効果だと言うのに、まだ追加効果があるのか……とベルは苦い表情を浮かべたが、彼ら水精鱗が『厄介』と言われる所以たるはこの程度では留まらない。
「水属性モンスターの効果発動コストとして墓地へ送られた《海皇の狙撃兵》の効果を発動、相手フィールドのセットカードを1枚破壊します!」
墓地という深淵の底から、緑の鱗を持つ半漁人のモンスターが頭を覗かせる。
狙撃兵の名に相応しく、刺々しい水中銃を構えたソレは一瞬の内に狙いを定め、容易く藍の伏せカードを破壊していった。
水精鱗とは違う、《海皇》という別カテゴリのモンスター群。海竜族・水属性という共通点を持ち、それ以上に互いのシナジーが強い彼らを組み合わせればどうなるか。
――【海皇水精鱗】。それが蓮の操るデッキの、真の名称だ。
「……破壊されたのは《神の宣告》。墓地へと送るわ」
「当たり、みたいですね? さっさと使っておいた方が良かったんじゃないですか?」
くすくすとミスを指摘するように蓮は笑ったが、ライフの半分をも失って使用する万能カウンターはその代償も大きい。特殊召喚の手段が豊富な【海皇水精燐】が相手ではその『止めどころ』が非常に難しく、使いどころを見極めているこのタイミングでの破壊は最適にして最悪なのだ。
「更に手札からメガロアビスの効果を発動! 手札の《海皇の竜騎隊》と《フィッシュボーグ―アーチャー》をコストに特殊召喚!!」
《水精鱗―メガロアビス》
☆7/水属性/海竜族・効果/ATK 2400/DEF 1900
出現する2体目の紅き暴君。しかも今回はそれだけには留まらない。
「この効果で特殊召喚に成功した場合、デッキから「アビス」と名の付いた魔法・罠カード1枚を手札に加えます! 選択するのは装備魔法《アビスケイル―ケートス》!」
ごう、と音を立てて水流の渦が巻き起こる。
メガロアビスの前に浮かんでいたのは、青と紫を基調とした光沢のある金属鎧だった。
尾を覆うようなパーツが見受けられることから、装着するべき者は明らかだ。
「更に、水属性モンスターの効果によって手札から捨てられた《海皇の竜騎隊》の効果を発動! デッキから海竜族モンスター……《氷霊神ムーラングレイス》を手札に!」
立て続けに巻き起こった水流の渦に、海竜に跨った2騎の兵士が舞う。
渦の中を泳ぐ巨影が垣間見えたが、それも水流の勢いが収まると共に一瞬で消えた。
息を呑むにじいろ団サイドの空気を読み取ったのか、蓮は満足そうに口端を吊り上げてターンを続ける。
「ふふっ……装備魔法《アビスケイル―ケートス》は、800ポイントの攻撃力上昇と共に、このカードを墓地へ送ることで罠カードの発動を1度だけ無効にする効果があります。私はスピードカウンターを1つ取り除き、これをメガロアビスに装備!」
暴君と鎧が一体化しようというその刹那。
藍の伏せカードが立ち上がり、加護を授ける鎧が暴風に巻き込まれ消滅した。
「なっ……!?」
「罠カード《砂塵の大竜巻》。効果によって装備魔法を破壊するわ」
墓地へ送ることで罠カードを無効にしてしまう加護の鎧も、その罠カードによって破壊されてしまえば殆ど意味を成さない。
最悪の事態は何とか防いだものの、これで藍の伏せカードは1枚。安堵するにじいろ団ベンチだったが、それと比例するように蓮の声色が僅かに歪んだ。
「……そうやって。私の邪魔をして楽しいですか、先輩?」
ヘルメットのバイザーに隠れて目元は見えない。
だが人離れした声帯が、それこそ地獄の底から響くような怨嗟を漏らす。
「あの時だって、そう。下らない『真実』なんてモノの為に、貴女は彼を……私たちを何の考えも無しに突き落とした……」
蓮の呟きをマイクが拾ってしまったのだろう。
曲の変わり目で静まっていたこともあり、会場の空気がしんと凍てついた。
「最後に聞きます、先輩。貴女は今も『真実』にこだわるつもりですか? スキャンダルを内部告発した、あの日と同じように」
今度は会場に聞こえるように。声を張って蓮はそう言い切った。
藍が、【N―EVES】の元メンバー・湊美麗が内部からスキャンダルを漏らしたと。
「……成程。そういうことですの」
呆れたように溜め息をついて、アンリエールがジトリとした目を【N―EVES】へと向けた。
「え、えっと。何か分かったんですかアンリさん」
「要するに。あの女共は自分達の不始末を藍に告げ口されて逆恨みしてるだけですわ。グループから藍を1人だけ追い出して、ね」
「そんな、それじゃあ……」
あまりにも藍が可哀想だ。ベルはそう言い掛けたが、どうにも違和感が拭えない。
彼女とは短い付き合いだが、少なくとも藍は自分に非が無いにも関わらず黙っているような弱い女性では無い筈だ。あそこまで言われればむしろ何倍にも膨らませてさらりと『口撃』をして返すような、そんなしたたかさがある。
そんな藍が、自分を見失ってしまうまで追い詰められるような『何か』があった筈なのに。
ベルの不安をよそに、藍は少し間を置いて答えた。
「……真実を明らかにしたい。その気持ちは変わらないわ、今も昔も」
**
「何を――してるんですか?」
形としてそんな言葉が漏れたが、目が見えてさえいれば答えなど明白だった。
肌色と白。薄暗い部屋の中で見たその光景は、多少大人びていたとはいえまだ幼い湊にとって頭を殴られたような衝撃だった。
まず頭を過ぎったのは、2人が愛を重ねあっているのではという疑惑。しかし『男』の横で嗚咽を漏らす少女の姿と――そんな彼女へジッとレンズを向けているカメラがそれを否定した。
「……メイ」
スーツの上からでしか分からなかった、逞しい身体がゆっくりと起き上がる。
その向こうで嗚咽を漏らし顔を腫らしていたのは、妹のように可愛がっていた少女――蓮のあられもない姿だった。
芸能界の闇、という遠い世界の言葉が、藍の思考のパズルをカチリと埋めた。
「……先輩、違うんです、違、くて」
蓮が、目の前の男を庇おうとしていることは、分かった。
激しい動悸と混濁する意識の中で動けずに居た湊は、気が付けば目の前に迫っていた男――マネージャーに肩を掴まれていた。
「ッ……!?」
恐怖のあまり声が出ない。
ぐっと顔を近づけたマネージャーの男は、無理矢理作ったような歪な笑みを浮かべて、言った。
「メイ、お前なら分かるだろう!? 今がどんなに大事な時期か!!」
その異様な剣幕に、湊はビクリと肩を振るわせた。
今朝、仕事へ向かう前にそっと頭を撫でられたあの優しい時間。
だけど今は、遠い昔のようにも思える。
「お前達は、俺達は……ここで終わる訳にはいかないんだ!! 分かるだろう!?」
血走った目。紫色に染まった震える唇。
そこには彼女が良く知る、スーツの似合う頼れる男の姿は無かった。
ここは本当に現実の世界なのだろうか。目の前の男は、本当に『彼』なのだろうか。
「だから。お前は、何も見なかった。良いな?」
肩を掴む男の華奢な手は。これまで自分達を支え、押し上げてきてくれた両手は。
罪という汚れで、真っ黒に染まっていた。
――汚い。
「良いな?」
何度も何度も、念を押すように男が呟く。
見逃すことなど出来ない。どんな理由があろうとも、蓮を傷つけたこの男を。
「そんな、こと……」
「先輩っ!!」
怒りに震え、手が上がりそうになったところで。湊を止めたのは蓮の嗚咽混じりの声だった。
この男を突き出して、それで自分達はどうなる?
これまで積み重ねてきた努力は。掴みかけている夢は。
「頼むよ、メイ……!!」
今、彼を失えば自分達がどうなるか……想像するに難しくなかった。
遂に泣き崩れたマネージャーを見て、湊は震える唇を動かして言った。
「……どうしてこんなことをしたのか、聞かせて下さい」
マネージャーがぽつぽつと語った事情は、こうだ。
これはいわば事務所の裏の顔で、所属タレントの情事を記録し、それを取引材料として業界の重鎮達へ取り入っていること。それ故に、事務所は業界でも力を持っていられるのだという。
そして遂にその『役目』は【N―EVES】に回り、マネージャーは仕方なく行為に及んだのだと。蓮もその事情を理解した上で、同意したと。
――汚い。どうしようもなく。
それでも、彼の説明に湊は僅かながらに救われたような気がした。
彼らとて被害者なのだと。自分の信じた男の姿に、偽りは無かったのだと。
そう思えるだけの『真実』が見えた。それだけで、湊の心は壊れずに済んだ。
「……信じて、良いんですね」
素直に、真っ直ぐに。そう生きてきた彼女にとって衝撃は大きかったが、こうした汚れを飲み込むこともまた、夢を掴む為には必要なことなのかもしれない。
まだ幼く判断の鈍い少女は、そう思い込むことで自分の心を守った。
「ありがとう、メイ……!!」
それは正直に、真っ直ぐに生きてきた彼女がついた、最初の嘘。
だが嘘は、決して一度だけでは済まされない。
「……1つ、お願いがあります」
一度ついた嘘を隠すために嘘を付き。その嘘を隠すためにまた嘘を重ねていく。
それから先の人生で『真実』を求める彼女が嘘で塗れる原因となった、その日の出来事だった。
……………………
…………
……
『優勝は何とジュニアアイドルチーム【N―EVES】の皆さんです! おめでとうございます!』
これから登り詰める煌びやかな栄光のステージ。その腰掛となる最初の舞台は、大成功を収めた。
精一杯に笑顔を貼り付け、カメラの前ではこれまで通りに振舞っていた湊だったが……優勝トロフィーを掲げる頃、既に心はボロボロになっていた。
自分へ向けられる賞賛も応援の声も、どこかくぐもって聞こえる。嬉々として感想を求めてくるインタビュアーの笑顔も、グニャリと責めたてるように歪んで見えた。
気分が悪くて倒れそうになる。それでも精一杯『プロ』として笑顔で乗り切って、湊はその日を何とか乗り切った。
弱っている顔を見せてはいけない。彼らは、マスコミはそういう匂いに敏感だ。ここで下手を踏んでしまえば、自分に嘘を付いてまで守ったこの『日常』を壊してしまう。
「……蓮も」
彼女も同じ思いをしているのだろうか。
ふとそう考えたところで、湊は言いようの無いモヤが心に立ち込めていくのを感じた。
飲み込んだ筈の何かが、まだ引っ掛かる。
……………………
…………
……
「どうしてですか。先輩」
電話の向こうから、涙で枯れた蓮の声が低く呟かれる。
天使のようだと揶揄された彼女の声は、今や地に墜ちた悪魔のように怨嗟で彩られていた。
アイドルとの淫行を賄賂に? 大手A事務所の売春疑惑浮上。
スキャンダル発覚、【N―EVES】アトランタ杯優勝取り消しへ。
大手A事務所、事実関係を否定。所属マネージャーを解雇処分へ。
蓮の手元にあるDパッドに映し出されているのは、幾つも取り上げられている自分達のスキャンダル記事だった。
「……私たちさえ黙っていたら、皆でずっと一緒に居られたのに」
首を絞められているかのような息苦しさに、湊は思わず胸を押さえた。
「何で……言っちゃったんですか」
薄暗い部屋の中。家の周りはどこから沸いたのか知れない人だかりに囲まれている。
だが彼らは『真実』を知らない。誰が情報を漏らしたのか、そんなことさえも。
「全部、壊れちゃった」
むしろソレを知っているのは、電話の向こうにいる彼女だけだ。
告げたのは湊自身。だからこそ、怨嗟の矛先は湊へ向かっている。
「貴女は、そんなに『真実』が……大事だったんですか……?」
彼女の問いに対する答えを、このとき湊は持ち合わせていなかった。
沈黙が永遠のように続く。電話の向こうからも、こちらと同じように外からの喧騒が聞こえてきた。
「……こたえてよォッ!!」
ガリガリ、とスピーカーが割れる音がして、通話は唐突に途絶えた。
無機質な機械音声が、相手との通信が切断されたことを告げる。
「……そう」
どこか安堵の表情を浮かべて、湊はDパッド用のイヤホンマイクを外した。
**
「……そうですか。それなら心置きなく、貴女を潰せます」
当時誌面を賑わせた彼女達のスキャンダルを知る者は、この会場においてもそれなりに多い。だからこそ、その内通者が元メンバーの藍であることは衝撃的な事実であった。
事件の全容を急いで調べたクラドが、Dパッドに記事を映し出す。大まかな内容だけ目を通した一同は、皆それぞれ複雑な表情を浮かべた。
「……藍は当然の正義を貫いただけで、あの女共に責められる理由などありませんわ」
アンリエールは一貫して藍の味方である姿勢を崩さない。
確かに、不正を黙認してでも前に進むべきだったとも聞こえる彼女達の考えは間違っているのかもしれない。藍は正しかったと思うのはベルも同じだ。
だからこそ違和感がある。どうして藍は引け目のようなものを感じているのか。
答えは出ないまま、冷酷な殺意を纏った蓮の指先は
「メガロアビスの効果を発動! 場のアビスパイク1体をリリースし、このバトルフェイズ攻撃を2回行えるようにします!」
それは決意の表れなのか。紅の暴君が傍らの兵士を乱雑に貪り喰らい、その力を蓄えた。
だが彼女のステージは、それすらも腰掛けとして更にボルテージを高めていく。
「……これで墓地の水属性モンスターは5体。よって手札からこのモンスターを特殊召喚します!」
流れ込む冷気が後方を走る藍へと襲い掛かる。
暴君を両脇に従え、遂にその巨影が姿を現した。
「全てを
白と黄金の鎧に身を包み、荘厳な角と巨大な棘を携えし海竜の長。
暴君より二回りも大きなその巨体を靡かせて、甲高い雄叫びを上げた。
《氷霊神ムーラングレイス》
☆8/水属性/海竜族・効果/ATK 2800/DEF 2200
「霊神、って……」
その召喚方法や名称から、ベルはかつて父親が使役し、対峙した《地霊神グランソイル》の巨体をすぐに思い浮かべた。
霊神と呼ばれるシリーズはそれぞれが各属性に分かれており、強力な魔法・罠と同等の効果を内蔵している。後にベルはクラド達から聞いたわけだが、実物を目にしたのはこれが始めてだ。
「ムーラングレイスの効果を発動! このカードの特殊召喚成功時、相手の手札をランダムに2枚選んで捨てます……と言っても、貴女の手札は丁度2枚のようですけど」
「…………」
折角稼いだハンドアドバンテージが、これで水泡と帰した。
黙々と墓地へ送られたカードを、蓮はしっかりと確認していく。1枚はディバイナーの効果で手札に加わっていたソウルオーガだったが、もう1枚は――。
「へぇ……《ブレイクスルー・スキル》ですか。しっかり伏せていれば、最初のトリガーになったアビスパイクの効果だって止められたかも知れないのに。とんだプレイングミスですね?」
アビスパイクの効果発動、メガロアビスのリリース効果、ムーラングレイスのハンデス。
このカードを伏せて、どれか1つでも止めることが出来ていれば。
プレイングの指摘に関しては確かに彼女の言う通りだ。だが――。
「……ミスではないわ。少なくとも、この状況なら」
真っ直ぐに向けられた藍の瞳が、3体の最上級モンスターの向こうに居る蓮へと突き刺さる。
彼女にも何か感づいたところがあったのだろう。ギッと歯を噛み締めて、雑念を振り切るように声を張り上げた。
「減らず口ばかり……バトル!! メガロアビスでディバイナーにアタック!!」
粗雑な刃を振りかざし、後方の獲物へと肉薄する。
その一撃を前に、藍の凛とした声が水面を打った。
「罠カード《和睦の使者》を発動。このターン、戦闘による全てのダメージを0にする」
「ッ……!?」
真珠色のオーラが、暴君の一撃を弾き返す。
このターンでは仕留められなかった。よりにもよって破壊できなかった最後のカードが《和睦の使者》だった。そんなフラストレーションが、蓮の整った顔立ちを醜く歪めていく。
「……どこまで私を苦しめるつもりですか? どこまで、どこまでッ……!!」
パフォーマンスも声援も、既に会場には響いていなかった。
ただ忘れられたように、賑やかなバックミュージックだけが響いている。
「……メイン2!! 私は2体のメガロアビスでオーバーレイ!!」
前方へ出現した光の渦に、2つの青い光球となった暴君が螺旋を描いて飛び込んでいく。
牙を剥くような形相で告げられたのは、黒の召喚法。
「2体の☆7モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!! エクシーズ召喚!!」
巻き起こった光の爆発が、粒子を撒き散らしながら新たな力を生み出す。
風に流され後方へと散っていく光の粒子。その中を走り抜ける蓮の姿は、狂喜に満ちながらもどこか儚く、美しく輝いていた。
「エクシーズ召喚!! ★7、《水精鱗―ガイオアビス》!!」
《水精鱗―ガイオアビス》
★7/水属性/水族・効果/ATK 2800/DEF 1600
貪欲な海の皇すらも取り込み己の半身とした、白髭を靡かせる屈強な青き水精鱗の長。
高レベルモンスターを素材としただけあって、その能力は極めて高い。
「さっさと斃れて下さいよ!! そうでないと……私たちはもっと上に行けない!! 貴女を倒して、あの日に決着を付けないと!! そうでないと……」
身勝手で哀れな、地獄の人魚が悲痛な叫びを上げる。
過去との決着。そのワードは奇しくも、藍が背負っていたモノと同じだった。
「……まぁ何とも、はしたない……」
アンリエールがそう呟いたのは、果たして自らが嫌う高ランクのモンスター・エクシーズに対してなのか。
クラドの方は純粋に、出現したガイオアビスに対して苦い顔を浮かべていた。
「マズイな……アレは☆5以上のモンスターの攻撃を抑制する効果に加えて、ユニットを使えば自分より攻撃力が下のモンスターの効果を封じれる」
「そんな……」
「姉ちゃんの墓地にはさっき《ブレイクスルー・スキル》が落ちたから、1ターンの間は無力化できるが……結局次のターンで決められないと終わりだぜ」
並び立つ2体の双璧。恐らくは水属性モンスターの中でもトップクラスのモンスター達だろう。そんな相手を前にして、藍は――。
「……1つ尋ねるわ。あの時、犠牲にならなければならなかったのは何故私たちだったのかしら」
怨嗟の声に、藍は何と問いを投げかけた。
呆れたように鼻で笑って、蓮がそれを投げ返す。
「……何を、今更言い出すんですか? そんな下らない『もし』なんて、この数年間でどれだけ――!!」
「名前も売れていない。さして有名でもない私たちの情けない姿を見て喜ぶ人が……果たして、業界を束ねる人の中にどれだけいたのかしら」
水面に投げられた1つの小石は、やがて波紋を広げていく。
波風激しい芸能界という海の中で、1人真っ直ぐに生きようとした少女だからこそ見つけた、ほんの小さな取るに足らないような波紋。
ともすれば、他の波風に呑まれて消えてしまいそうな。それを少女は、掌にすくってずっと見つめ続けた。
「それ、どういう……?」
時間制限を過ぎた為に、蓮のターンが強制的にエンドフェイズへ移行する。
「私のターンね、ドロー」
それを確認するや否や、突き放すように藍はカードをドローした。
【藍】LP4000 SC:1
1枚のカードが晒し続ける『真実』は、ドローされたカードも、次のデッキトップも露にする。ドローカードは《シャドウ・リチュア》。
そして、そのすぐ下に見えるカードを見た蓮の表情が凍りついた。
「……どういうつもりですか」
「リチュア・ディバイナーの効果を発動」
「させない!! ガイオアビスのORUを使い、その効果を――」
「墓地の《ブレイクスルー・スキル》を除外し、ガイオアビスの効果を無効にする」
幾重にも折り重なったチェーンが終わり、解き放たれたディバイナーの効果が発動する。
「宣言するのは……モンスターカード、《深海のディーヴァ》」
カードを手札に加わえ、ちらりと藍が目線を向けたのは――余計なおしゃべりを挟まないようネフに口を抑えられていたコーパルだった。
「……良かった。不正にはならないようね?」
藍の問い掛けに、ネフの拘束から解かれたコーパルが答えた。
『ぷは! はい、カードに傷を付けてマーキング行為を行うことは立派なルール違反ですがー。藍選手はしっかりと「スリーブをつけてプレイング」しているので大丈夫かと判断致しました!』
見れば。確かに藍の持つカードはデュエルモンスターズ特有の裏地が見えない。変わりに、塗りつぶされたように藍色の無地があるだけだ。
AR上では裏面のデザインも変わらず表示されている為、気が付かなかったのだ。
「藍さん、何でそんなこと……?」
カードは意外なことに傷が付き難い。どういう原理か故意に傷をつけようとしない限り、普通にプレイングをしている限りは滅多に傷が付かないのだ。
カードを覆ってしまうスリーブを使う局面といえば、せいぜいイカサマを取り締まる審判員機構が居ない卓上デュエルで公平を保つ為にやむなく使用される程度。
残る利用法といえば……。
「何かの理由でボロボロになったカードをどうしても使いたかった……とかか?」
遠目に見た限りではどれがそのカードであるのかはベル達には分からないが、藍の反応から察するに手札に加えた《深海のディーヴァ》がそれにあたるようだ。
「……話の途中だったわね、もう1つ尋ねるわ。彼は……マネージャーは本当に私たちの未来を考えていてくれたのかしら?」
「この期に及んで……!! 今度はマネージャーを悪く言うつもりなんですか!?」
藍の次なる問い掛けには、蓮だけでなく他のメンバーにも殺気が漂った。
彼女達がマネージャーであった男に寄せていた信頼は、今も昔も深かったのだろう。
「本当に私たちのことを考えてくれていたなら……どうして彼は今も『事務所が主導して不正を働いた』事実を頑なに言い張っているのかしら? 事務所側は証拠を提出して事実無根だと証明しているにも関わらず」
「……私たちの為にあの人が嘘を付けばよかったって、そう言ってるんですか!? 事務所は力も強いし、事実をもみ消すのだって簡単だって言ったのは貴女でしょう!?」
「そうね。あの日、そう『嘘』を付いたのは私だったわ」
「……は?」
「逆に。もしも本当に事務所の主導で不正が行われていたのだとしたら……貴女達は今ここで歌うことすら、私と戦うことすら出来なかったんじゃないかしら? 業界の闇っていうのはね、そう生易しいモノじゃないのよ」
目の前の『真実』が揺らぐ。
それは海洋に浮かぶ豪華客船が泡沫へと消える、蜃気楼のように。
「深海のディーヴァを通常召喚し、効果を発動。デッキから☆3以下の海竜族モンスターを1体特殊召喚する」
《深海のディーヴァ》
☆2/水属性/海竜族・効果/ATK 200/DEF 400
恨みを受けて傷つき、打ち捨てられた悲劇の歌姫がステージへと上がる。
いつまでも変わらない美しい歌声に導かれ、その傍らに2体目の占術師が姿を現した。
「選択するのは《リチュア・ディバイナー》」
「ちょっと……ちゃんと最後まで答えてくださいよ!? ねぇっ!!」
「……『真実』は姿を変えるわ、その人の心の有り方次第でね。丁度この、筒抜けのデッキトップみたいに」
デッキの上には魔法カード《サイクロン》が置かれている。
このカードをディバイナーの効果で手札に加えたとして、藍に勝ち目は無い。
だが――。
「手札から《シャドウ・リチュア》を捨て、効果発動。デッキから「リチュア」の儀式魔法1枚を手札に加え、その後『デッキをシャッフルする』」
「私は《リチュアの儀水鏡》を手札に加え、デッキをシャッフル。そして――」
藍色のカード達が面を上げた。
「ディバイナーの効果を発動。宣言するのは《イビリチュア・ソウルオーガ》」
「どう、して……?」
「スピードカウンターを1つ使い、リチュアの儀水鏡を発動。場のディーヴァ、ディバイナー2体を生贄としてソウルオーガを儀式召喚」
「何で!?」
《イビリチュア・ソウルオーガ》
☆8/水属性/水族・効果/ATK2800/DEF 2800
「何で!! 言ってくれなかったんですか……マネージャーが私たちを騙してたって!!」
鬼神の咆哮と、蓮の叫びが重なる。
このやり取りを聞いてぴんと来たのは、にじいろ団のベンチだけでは無かった筈だ。
「成程……そりゃ認めねーよな。
頭の後ろで指を組んで、クラドは溜め息混じりに呟いた。
「そこまで自分の身が可愛い殿方が、頂上に登り詰めた彼女達をどうするか……考えるに難しくありませんわね。マネージャーという仕事は私も良く知りませんが、有名なタレントを多く輩出すればそれだけ『箔』がつくモノなのでしょう?」
「つまり……自分が出世する為に藍さん達を利用したんですか?」
「恐らくは、ですけど。少なくとも藍は、それを確信できる証拠を掴んでいたみたいですわねぇ」
ベルの言葉に、アンリエールはケタケタと面白そうに笑って見せた。
「何故、か。私もずっと後悔していたのよ。何であの時、単なる『スキャンダル』だけを漏らしたのか……って」
「……え?」
ぽつりぽつりと藍が漏らした言葉に、目尻に涙を浮かべ蓮が顔を上げる。
そんな折、ふとベルはコーパルが何かディスクを操作していることに気が付いた。
遅延防止のため、フェイズ強制移行の為のタイムカウントが止まっている。
ベルと目が合ったコーパルは、口元に人差し指を当てて微笑んで見せた。
「貴女も知ってるでしょう? 私、気になることは何でも調べるしょうがない性格でね。何をとは言わないけれど、『掴んだ』のもあの日だった」
彼女が持つジャーナリストの魂は、恐らくこのときから既に宿っていたのだろう。
所属アイドルという自分の立場を利用して、上手く情報を集めて回る姿が目に浮かぶ。
「多分、私も彼を最後まで信じたかったんだと思うわ。もしも彼が、自分の罪を認めて『事務所とは無関係だ、やったのは自分個人だ』と言ってくれたら……そのときはもう一度彼を信じようって。だけど『真実』は残酷ね。結局彼は罪を認めず、事務所と私たちを道連れに堕ちていった……」
「だから、どうして……それを私たちに」
「言えるわけ無いじゃない……出来るわけない。皆がずっと慕ってきた彼を、悪人にすることなんて」
マネージャーを信じようとしたのは、恐らく建前で。
藍があんなにも思い悩んだのは、自分の内に秘めていた残酷な真実を語らなければならないというその重圧、だったのではないか。
その為に自分の姿すら、無実と分かっている事務所すら巻き込み悪だと偽って。
誰よりも真っ直ぐだった少女は。世界を、仲間を相手に大きな嘘をついた。
「そんなことをしたら、きっと皆壊れてしまったから。だけど今は違う。あの状況から立ち直って、貴女達はここまで駆け登って来た。あの頃なんかとは比べ物にならないくらい、強い心を持って」
フリージャーナリストとして各地を飛び回る一方で、藍の耳には届いていた。
地獄から這い上がろうとする、したたかな人魚達の歌声が。名声が。
「だから……私も打ち明けることにしたの。あの時は怖くて言えなかった『真実』を。今度こそ、嘘偽り無く」
墓地のカードへと手を掛ける。
その手は決して
「今の皆なら、それをしっかり受け止めて前に進める筈だから」
墓地で発動する魔法カードの効果は、スピードカウンターを消費せずとも発動出来る。 儀水鏡のカードがデッキへと戻り、墓地のソウルオーガが手札へと加わる。
「ソウルオーガの効果を発動。手札の「リチュア」モンスターを捨て、相手フィールド上の表側表示のモンスターをデッキへ戻す。選択するのはガイオアビス」
両腕を交差させて巻き起こした巨大な水の竜巻が、ガイオアビスへと迫る。
鬱陶しそうに払い退けようとした水精鱗の長だったが、このターンに受けたブレイクスルーの束縛が災いしたのか呆気なくその姿を霧散させた。
「バトル。ソウルオーガでムーラングレイスに攻撃」
鬼神と霊神。二つの力はまさに互角だった。
すれ違うように互いの一撃を叩き込んだ両者は、その全てを出し切って破砕した。
「私はこれで、ターンエンド」
お互いに手札は0。
フィールドにも戦えるモンスターは居ない。
「成程な……姉ちゃんの狙いが何となく分かった」
「えっと、どういう……?」
静まり返ったフィールドを眺めて首を傾げるベルに、クラドはニヤリと笑って答えた。
「あのデッキ…【海皇水精鱗】は強力なデッキだが持久力が無い。相手の姉ちゃんの顔を見るに……ありゃ多分『勝ち筋』が無くなったんだ。《ブレイクスルー・スキル》を伏せなかったのも、わざと手札を2枚残してムーラングレイスを召喚させるように仕向けたんだろうな」
つまり、藍はデッキの動きをあえて妨害『しなかった』訳だ。
嵐の後に凪が訪れたような、この静かなフィールドを作り出すために。
「…………」
藍の次のドローカードは《浮上》。ディバイナーを始め、墓地にはこのカードで蘇生可能なモンスターが揃っている。次のターンで再び勢いを増すだろう。
対する蓮の次のドローは……最上級モンスターであるメガロアビス。召喚こそ出来ないが、コストとして使えば墓地の《フィッシュボーグ―アーチャー》を蘇生して壁とすることも出来る。もう1ターン待てば、何か打開策が舞い込む可能性だってある。
だが――。
「……ごめんなさい。先輩」
僅かに残された希望があれば、最後まで戦い抜くのが決闘者というものだ。
だが決闘者である前に1人のアイドルである蓮莉帆は、静かに右手をデッキの上へと置いた。
【蓮】 LP0(SURRENDER)
デュエル終了を受け、2人のDホイールがスピードを緩めていく。
かくしてお互いにLPへのダメージが1ポイントも無いまま、デュエルの幕は閉じられた。
過去を振り切る。そんな彼女達の戦いは、既に決着していたのだから。