遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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・あとがきにて記載のカード効果を修正しました。(後の展開でミスがあった為)



第2話  初めての味は飴とムチ

「……うわぁ」

 

 散らかり放題のゴミ、ゴミ、ゴミ。

 決意を秘めてキャンピングカーに乗り込んだベルが目にしたのは、比喩のしようもないゴミの海だった。

 

「はは……男の2人旅なんてまぁ、こんなもんだろ?」

 

 ドン引きするベルの様子を見て、クラドがばつの悪そうに苦笑した。

 不幸中の幸いか。ゴミの殆どは開封されたカードやインスタント食品のパッケージ類で、異臭の原因である生ゴミは見当たらなかった。彼らに調理スキルが無かったことが唯一の救いだったと言える。

 

「こんなもん、じゃありません!! 不衛生な環境は身体にだって良くないんですよ!? わたしが育った貧乏村の方がまだマシでしたよ……」

 

 眉をハの字に下げたのも束の間。次の瞬間にはキッとVの字に奮い立たせて、ベルは袖を捲り上げて啖呵を切っていた。

 

「ですが、お任せ下さい!! 下働きはわたしの領分、ここは全力で片付けさせて頂きますっ!!」

 

 どすん、と置かれたリュックサックの中から飛び出したのは、モップに箒に雑巾、塵取り。おりゃーと雄叫びを上げるや否や、フル装備のベルは非常に手際よくリビングを片付けていった。

 

「おー、こりゃあ頼もしい。デュエルの授業料としちゃ十分なんじゃねーの、センセー?」

「……別に見返りを求めるつもりは無かったんだが」

 

 ベルの掃除を微笑ましく見守るクラドと、マイペースにデッキ調整を行うユウ。

 どちらも掃除の邪魔であることは変わりないのだが、ベルは気にする風もなく文字通り全力で片付けに没頭している。

 

「さて、不精な男が2人居ても邪魔になるだけだしな。ちょっくら情報整理といきますか」

 

 自動運転中の運転席に転がり込んだクラドがDパッドを車内の機器に接続すると、フロントガラスが巨大なディスプレイとなってDパッドの画面を映し出した。

 

「……お、例のシガマの大会について情報が出てるな」

 

 慣れた様子で手元のDパッドを操作しながら、次々と画面を切り替えていく。ネイティブで行われる大会であるからか、記事は小さなものであったが。

 しばし記事に目を通したクラドは、怪訝に眉を寄せた。

 

「……センセー、ちょっといいか?」

 

 全力清掃中の騒がしいリビングから、ユウが静かに顔を覗かせる。

 

「どうした?」

「いや、シガマの大会について情報が出てたんだが……良い知らせと悪い知らせがある」

「良い知らせは?」

「大会の優勝商品についてだ。あくまで噂のようだが『テキスト不明のレアカード』が2枚渡されるらしい。掘り出し物の可能性アリ? なーんて触れ込みだが……コレってセンセーの『探し物』って可能性は無いか?」

「何とも言えないが、可能性があるなら潰しておきたい。シガマの大会には出場出来そうか?」

「……悪い知らせ、ってのがそれだ」

 

 クラドの苦笑が、モニターの反射越しにユウへ伝わる。

 

「この大会、なんと4人1組のチーム戦『限定』なんだそうだ。何でも『決闘旅団(パーティ)』向けに開催された企画らしくてな。現状の俺らじゃ頭数すら足りないし、まして俺なんかは戦力外だ。名前だけ貸すっても、センセー1人で勝ち抜くには限界があるだろ?」

「……なるほど、な」

 

 詰まるところ、現状のユウ達には参加資格すら無い。

 優勝チームに商品を見せて貰おうにも、ネイティブの荒くれた決闘者達がどこの馬の骨とも分からぬ連中に警戒を抱かず『レアカード』を見せびらかすとは到底考え難い。

 ともすれば、手段は1つに絞られる。

 

「大会開催前までにフリーの決闘者を仲間にして俺達も『旅団』を作る、これしかねぇ。それも優勝商品には手を出さないお利口ちゃんの、そこそこの実力を持った決闘者をだ」

「……難しいな」

「難易度はグレート・モス級だな……とりあえずシガマに到着するまでに寄る街々で探していくしかなさそうだ」

 

 探し物は一向に見つからず、逆に増える一方だ。1人分の居候費が増えたことで、クラドの商売も今まで以上に気合を入れていかなければならないだろう。

 

「はは、まぁしゃーねーか。そんときはそんときさ。最悪は――」

 

 陰鬱な溜め息が漏れ出る一歩手前で、クラドは何故か小さく頬を緩ませた。リビングが騒がしいおかげだろうか、妙なところで調子が狂ってしまったようだ。

 

「――形だけでも出て貰えるくらいには、鍛えておいて方が良さそうだな?」

 

 はたきを振り回すベルを横目に、男達もまた決意を新たにしたのだった。

 

 

   **

 

 

「しかし何だか悪いなぁ、掃除して貰った上に食事まで作らせちまって」

「いえいえ、何でもお役に立てれば幸いですから!」

 

 クラドが空になった食器を片付けながら頭を下げると、ベルははにかんだ笑顔を返して見せた。

 

「でも、良かったんですか? ガスとかお水とか使ってしまって……」

 

 長旅での飲料水は貴重だ。ベルも極力消費は避け、クラドにも気にせず使えと許可は貰っていたものの、その点はやはり気掛かりだったらしい。

 

「はは、全然問題ねーよ。男2人で居たってガスなんか使わなかったしなぁ。それにせっかくメイドちゃんが来てくれてんだから、節約なんてケチなことはナシだ」

 

 そうは言いつつも食器洗いにはしっかりと桶に水を溜め、彼も極力消費を少なくしようという意向が伺える。どうにも掴みどころが無いヘラヘラとした男だが、根元はしっかりしている人なのだとベルは思った。

 

「ところで、ココには食材なんて殆ど揃ってなかった筈なんだけど。材料はどっから仕入れたんだ?」

「わたしが荷物と一緒に持ち込んだものを使いました。店を出るときに店長が持たせてくれて」

 

 荷物、と言われて、クラドの脳裏にあのパンパンに膨らんだリュックサックが浮かんだ。

 

「なるほどね、こりゃ店長さんには感謝しねーと。で、あのデカいリュックには他に何が入ってんだ?」

「えーっと、掃除道具に調理器具。裁縫用具にその他、雑用仕事に役立つ諸々を詰め込んでます」

 

 まるで嫁入りフルセットだな、とクラドは心中で呟いて、素直に疑問を投げかける。

 

「あー、年頃の女の子を取り扱うにあたり、ガサツな男代表として聞いておくが……着替えの服とかは持ってきてないのか?」

「はい。お洋服なんて働き始めてからコレと寝巻きだけしか持ってませんでしたし」

 

 コレ、というのは今着ているメイド服のことだろう。

 手入れはしっかりしているのか綻びは殆ど無かったが、クラドはそれを聞いて何とも不憫な気持ちになった。

 

「……よし、メイドちゃんの為に俺も頑張るか」

「え? な、何を頑張るんです?」

「久々に商売魂に火が点いたぜ……今夜は早速在庫点検だ!!」

「は、はぁ……」

 

 燃え盛るクラドを半ば唖然と見返して、ベルは彼の人物像を少し改めることにした。

 

 

   **

 

「んじゃ、始めますか。記念すべきデュエル講座第一回!」

「はい、宜しくお願いします!」

 

 食後のリビングでは早速、デュエル講習は開催された。

 テーブルを挟んでユウとベルが対戦、その後ろでクラドがアドバイスを入れる形だ。

 

「……俺は教えるのはあまり得意じゃないから。クラド、フォローを頼む」

 

 デッキをシャッフルしながらユウが目配せすると、クラドが親指を立てて答えた。

 

「お前は酒場でのデュエルを何度も見ていただろうから、おぼろげにでもルールは理解しているのかもしれないが……まずは基本的なことから順を追って説明していく。先に断っておくが、今日は細かい部分のルール説明は省く。一度に話しても理解できずに混乱するだけだからだ」

「はい、分かりました!」

 

 ベルが元気よく頷く。

 

「では……まず、デュエルモンスターズは互いに40枚以上、60枚以下のカードで構成した『デッキ』を用いて対戦する。今回はテストプレイ用に全く同じ内容のデッキを2つ用意したから、コレを使って実際にデュエルをしながら説明をしていく。本来ならデュエルディスクを使ってやるのが一番楽なんだが……教えながらやるには、アレは色々と煩いことが多くて適わない」

 

 ベルの脳裏に、割とテンション高めな審判員機構の女性が過ぎった。初心者用に解説機能も付いているとのことだったが、とりあえず今はユウの方針に従うだけだ。

 ユウからデッキを受け取ったベルは、感慨深そうにカードを1枚ずつ目を通していく。

 カードの強い弱いはサッパリだったが、初めて手にしたデッキのカード達はどれも輝いて見えた。

 

「デュエルの勝利条件は基本的に一つ。モンスター・魔法・罠の3種類のカードを駆使し、相手プレイヤーの持ち点であるLP(ライフポイント)を0にすることだ。勝利条件には特例がいくつか存在するが……今はまだ知らなくても良いだろう」

「だとさ、メイドちゃん?」

 

 カードを見るのに夢中になっていたベルは、クラドに小突かれてハッと我に返った。

 

「す、すいません……」

「……続けよう。本番になればディスクが自動でシャッフルを行うようになるが、今回は卓上でのデュエルなのでデッキをシャッフルする必要がある。こんな風にだ」

 

 慣れた様子で、ユウがデッキカットをして見せた。促されてベルも見よう見真似でチャレンジしたが、たどたどしい手つきで行われたシャッフルは見事にデッキを大爆発させて終了した。

 

「うあ!?」

「……やはり難しいか。ディスクを使うようになれば、出来なくても問題は無いだろう。次にお互いのデッキを交換し、簡単なシャッフルを行ってから相手に返す。不正防止の役割でもあるが、卓上ならではの礼儀作法のようなものだ。先攻後攻を決めたら、デッキの上からカードを5枚ドローし、手札とする。この辺りの処理も、本来はディスクが自動で行ってくれる。これでデュエル開始の準備が整った」

 

 ベルの初手札として舞い込んだ5枚のカード。未だどんな使い方をするのか分からないが、どのカードも皆頼もしく見える。

 

「先攻はお前からということにしよう。カードを1枚ドローして、ターンを開始する」

「あ、はいっ。ドローします」

 

 記念すべき初ドロー。その1枚は《切り込み隊長》。

 

「1ターンの流れは、大まかに分けてこのようになる。

 

 ①ドローフェイズ

 ②スタンバイフェイズ

 ③メインフェイズ1

 ④バトルフェイズ

 ⑤メインフェイズ2

 ⑥エンドフェイズ

 

 以上を順に処理していく。慣れてくると各フェイズは省略して飛ばしてしまうものだが、最初のうちは各フェイズ終了毎に宣言をするようにした方が良いかもしれない。フェイズの流れを意識すれば後々が楽になる」

「わ、分かりました……」

 

 早々に分かりづらい単語が飛び出し困惑するベルに、クラドが助け舟を差し向ける。

 

「そう肩を張らなくていいさ、やってりゃその内嫌でも覚えるだろうしな。要するにフェイズってのは『ここでは○○が出来る』って大まかな括りだ。今メイドちゃんがドローをしただろ? それがターンの始めに来るドローフェイズってワケだ」

 

 なるほど、とベルが頷くと、ユウは説明を続けた。

 

「ドローフェイズに発動するカードの処理がなければ、このフェイズはそのまま終了する。何も無ければ、次のスタンバイフェイズに移行する。ここも同様に発動するカードの処理がなければ終了する。基本的に今の2フェイズは、カードの発動タイミングがここに指定されていたり、妨害札……魔法や罠などのカードが発動されなければ、することは特に無い」

 

 ベルが一通り手札に目を通すが、そういった記述のあるカードは見当たらない。

 あったとしても、先攻の1ターン目ということで発動することすら出来ないだろう。

 

「えっと、発動するカードはありません」

「ではメインフェイズだ。ここで出来るのは戦闘前の準備……モンスターの召喚や魔法・罠の使用、セットが含まれる。本来であれば自分の戦略に合わせて、何のカードをどれだけ場に出すかを決めるのだが。今回はまず場の手前5つの枠、モンスターゾーンに手札からモンスターを出す、『通常召喚』をしてみろ」

「はいっ、えーっと……」

 

 言われて、ベルは手札で最も攻撃力の高いモンスターを出そうとしたが、すかさずクラドからストップが掛かった。

 

「待った、メイドちゃん。直接場に出せる『通常召喚』可能なモンスターは(レベル)4以下のモンスターじゃなきゃならないんだ」

「☆4以下……」

 

 言われて、ベルは手にしたカードをまじまじと見る。

 

無敗将軍(ジェネラル)フリード》

☆5/地属性/戦士族・効果/ATK 2300/DEF 1700

 

「こうした☆5・6の上級モンスターを通常召喚するには自分の場のモンスターを1体。☆7以上の最上級モンスターは2体を『リリース』、要するにコストとして墓地に送らなきゃ通常召喚は出来ないんだ。『アドバンス召喚』っていうんだが……ま、イキナリ強いモンスターは出せないってことだな」

 

 感心したように頷きながらも、ベルの脳ミソは次々と飛び出す専門用語を覚えようとフル回転していた。

 

「えーと、りりーす、あどばんす……」

「はは、言葉は覚えられなくても、とりあえず今は『☆4以上はコストがいる』ってぐらいの感覚でいいさ。さて、仕切り直しだ。通常召喚可能なモンスターを場に出してみようぜ?」

「あ、はい。それでは……」

「カッコよく、モンスター名を宣言!」

「は、はいっ! 《(エックス)-セイバー アナペレラ》を召喚です!」

 

(エックス)-セイバー アナペレラ》

☆4/地属性/戦士族/ATK 1800/DEF 1100

 

 召喚されたのは、麗しき女剣士のカードだ。特有の効果を持たない『通常モンスター』であるが、その分下級モンスターとしては十分なステータスを誇る。

 気合の入ったベルの初召喚はクラドのお気にも召したようで、ウムと満足げに頷いた。

 

「……通常召喚が出来るのは1ターンに1度まで。更にモンスターの通常召喚には、2通りの『表示形式』がある。1つは、今お前が行った縦に表向きで置く『表側攻撃表示』。もう1つはカードを裏の横向きで置く『裏側守備表示』。守備表示の場合はモンスターに攻撃されてもダメージを受け難い反面、守備力の低いモンスターであった場合は自身より攻撃力の劣る相手のモンスターにむざむざ破壊されることもある。攻撃表示の場合はすぐに攻撃に移れるが、戦闘すればダメージを受けてしまうし、破壊効果を持つカードの餌食になる可能性が高い。先攻1ターン目は攻撃が出来ないから、基本的には裏側守備表示で出すのが良い」

「な、なるほど……」

「だが。そんなセオリーを覆すことで有利に働く場合もある……クラド」

「はいよ。じゃメイドちゃん、ここで魔法・罠カードの説明だ。OK?」

 

 解説のバトンタッチを請け負ったクラドに、ベルが大きく頷く。

 

「メイドちゃんも何と無くは分かってると思うが、魔法・罠はモンスターやプレイヤーを補助するサポートカードだ。モンスターの通常召喚と違って、1ターンの発動枚数に制限は無い。緑色の魔法カードは基本的に自分のターンで使うもの、逆に赤紫色の罠カードはその名前の通り相手のターンで発動するものが多い。あくまで基本的に、だから例外はいくつもあるが……」

 

 ベルの手札にあるカードを指しながら説明していくクラド。本来であれば手札の内容が相手へ筒抜けになってしまう危険な行為だが、この『講義デュエル』では問題ない。

「んで、これら2種類のカードは場の後ろの5枠……魔法・罠ゾーンで発動、または裏側表示で『伏せる(セット)』ことができる。罠カードは伏せてからでなければ発動出来ず、伏せたターンには発動できない。つまり罠は『仕掛けてから少し待つ』をしなけりゃ獲物は掛からないってワケだ」

「その例え、すごく良く分かりました!」

 

 村で生活していた頃、よく父親達と狩りに行ったことを思い出したベルは合点がいったように頷いたが、事情を知らないクラドは少々困惑の色を浮かべた。

 

「そ、そうか……? 続けるが、魔法・罠と一言に言っても様々な種類がある。その辺はおいおい説明していくとして、とりあえずメイドちゃんの手札にある『速攻魔法』から説明しようか。稲妻のマークが描いてある魔法カードがあるだろ?」

 言われて、ベルが手札を確認する。

「さっきも言った通り、魔法カードは自分のターンでしか発動出来ない。だがこのカードは罠カードのように一旦場に伏せることで、相手のターンでも発動出来るスグレモノだ。もちろん通常魔法のように自分のターンで発動させることも可能だが、一旦伏せちまうと罠と同じようにそのターン中では発動出来なくなるから注意だ」

 

 魔法・罠の講義が一区切りついたところで、実践となる。

 

「というわけでメイドちゃん。場に出たモンスターをサポートするために、手札の魔法・罠カードを伏せてみようぜ? さて、何を伏せたら良いかな?」

 

 手札には通常魔法が1枚、速攻魔法が1枚。そして通常罠が1枚ある。

 

「えっと、それならわたしはこの2枚のカードを伏せます」

 

 ベルが選択したのは、通常魔法を除いた2枚。

 見事に模範解答を導き出した彼女へ、クラドが拍手を送る。

 

「おお、大正解だ。メイドちゃんは飲み込みが早そうだな。さて、ここで追加問題だ。もしメイドちゃんがセンセーの立場だったら、この布陣はどう見える?」

 

 モンスターが攻撃表示で存在し、更に伏せられたカードが2枚。

 

「うーんと……罠が2枚も張ってありますから、すごく攻撃しづらいと思います」

「その通り。更にさっきセンセーが言ってた通り、攻撃表示のモンスターは裏側守備のモンスターに比べて『攻撃を受けたとき』のデメリットが大きい。この状況を相手が見たら『攻撃を誘い、罠に掛ける為にわざと攻撃表示にしたのか?』と疑心を抱くだろうな。そうなればコッチのもんだ。相手が強いモンスターを出してきても、罠を警戒して攻撃を仕掛けてこない、なんて展開も期待できるワケだ」

「なるほど……次の相手の番を警戒して、迎え撃つ準備をしたって感じですね」

 

 ベルの解釈に、ユウが頷く。

 

「そうだ……こうした心理的なやりとりこそが1ターン目の『攻撃』とも言える。メインフェイズが終了したら本来はバトルフェイズに移行するが、攻撃は出来ないのでエンドフェイズまでスキップされる。ここでターンの終了を宣言し、両者共にカードの処理が無ければ、自分のターンは終了し相手のターンに移る。メインフェイズ2はバトルフェイズを行わなければ移行出来ず、バトルフェイズのスキップは攻撃が可能な状況でも行えることを覚えておいてくれ」

「は、はい。わかりました……ではエンドフェイズに。わたしはこれでターンを終了します」

 

 混乱する頭をなんとか整理しながら、ベルは何とか初ターンを終えた。

 

「では、俺のターンだ。ドローフェイズ。カードをドロー」

 

 普段は省略する宣言をこなしながら、ユウのターンが開始される。

 

「まぁ、センセーのターンはさっきの『おさらい』だと思って見といてくれ。あとは後攻の動き方のお手本だな」

「はい、分かりました!」

「スタンバイフェイズ。カードの発動がなければメインフェイズに入る。発動したいカードはあるか?」

 

 場のカードをもう一度確認してみるが、今発動するべき効果があるカードはない。

 

「えっと……今は多分、ありません」

「分かった。ではメインフェイズに移行する。俺は手札から魔法カード《手札断殺》を発動。お互いのプレイヤーは任意の手札を2枚墓地に送り、デッキから新たに2枚のカードをドローする」

 

 ユウはすぐに捨てる手札を決定したようだが、ベルは少し悩んだ後、泣く泣くといった様子でカードを墓地へ送った。

 

「では。俺は手札から《岩の精霊 タイタン》を守備表示で『特殊召喚』」

 

《岩の精霊 タイタン》

☆4/地属性/岩石族・効果/ATK 1700/DEF 1000

 

「このカードは通常召喚では召喚出来ず、自分の墓地の地属性モンスターを1体ゲームから除外した場合に手札から特殊召喚が出来る。俺は先程《手札断札》で墓地へ送った《X-セイバー アナペレラ》を除外する」

「特殊召喚に……除外?」

 

 攻撃力は捨てられたアナペレラの方が上だ。しかし何故、わざわざタイタンを場に出したのだろうか……ベルの呟きにはそんな疑問も含まれていた。その疑問に答えるように、ユウが解説を加える。

 

「特殊召喚は、1ターンに1度までの制限がある通常召喚とは別に行える召喚行為だ。こちらには1ターン内の回数制限は無い。デュエルモンスターズは主にこの特殊召喚を多用し、いかに早く、多くモンスターを場に出せるかが重要となっている。そして除外についてだが、対象となったカードを手札・場・デッキ・墓地のいずれでもない『除外ゾーン』へ送る行為のことを言う。大雑把だが『墓地よりも復活・再利用が難しいエリア』だと考えてくれ。今はまだその程度でいい」

 

 特殊召喚と除外。実際に使用される光景を目にしながらの解説だからだろうか、ベルはどうにか講義に追いついていくことが出来ていた。

 

「そして、この時点で俺にはまだ通常召喚が残されている。タイタンをリリースし、上級モンスター《無敗将軍フリード》をアドバンス召喚」

 

 タイタンを糧とし現れたのは、先程ベルが召喚することが出来なかった上級モンスターだった。お手本としては上出来なユウのプレイングに、クラドが言葉を添える。

 

「回数制限の無い特殊召喚で下級モンスターを用意し、即座に強力な上級モンスターをアドバンス召喚する。デュエルモンスターズの初歩的な戦略だな」

「な、なるほど……」

 

 感心するベルをよそに、ユウの講義はその速度を緩めることは無い。

 

「これで、お前の場のアナペレラを上回る攻撃力を持ったモンスターを召喚することが出来た。俺はメインフェイズを終了し、バトルフェイズに移行したい。何かあるか?」

「えっと……」

 

 クラドに様子を伺うベル。

 

「んー、せっかく張った罠だ。ここはもう少し『引き付けてから』発動といこうぜ?」

「分かりました。何もありません」

「ではバトルフェイズ。相手の場にモンスターが居る場合は、相手のモンスターを攻撃対象にしなければならない。俺はフリードでアナペレラを攻撃する」

「よし、ここだメイドちゃん!」

「はい! 速攻魔法を発動します、《突進》!」

 

《突進》

速攻魔法

フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は

エンドフェイズ時まで700ポイントアップする。

 

「これでアナペレラの攻撃力は2500までアップしました! 返り討ちです!」

「成程、突進か。戦闘は続行、攻撃力が下回ったフリードは戦闘に打ち負け、破壊される。ステータス変動のカードにはより適したタイミングがあるが……今はそれでいい」

 

 破壊されたフリードを墓地に置きながら、ユウは説明を続ける。

 

「いかに強力なモンスターを召喚しても、今のように他のカードのサポート・コンボであっさりと倒されてしまうことも多い。逆を言えば、どんなに強力なカードも攻略の方法は必ずあるということだ。それだけはしっかりと覚えておいて貰いたい」

「はい、わかりました!」

 

 ユウは相変わらずのポーカーフェイスだったが、どことなく念を押されたような不思議な感覚を受け取り、ベルも強く頷いた。

 

「さて、俺はバトルフェイスを終了する。何も無ければメインフェイズ2へと移行するが」

「大丈夫です、何もありません」

「メインフェイズ2。俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドを宣言する。何も無ければお前のターンだ」

「はいっ。わたしのターンです、ドロー!」

 

 2度目のドローは緊張ほぐれて、少しばかりの期待が混じっていた。

 

 

   **

 

 

「LPは0。俺の負けだ」

 

 相も変わらぬ抑揚の無い口調で、ユウが敗北を宣言する。

 初デュエルから数時間、基本的なルールを把握したベルは既に3戦ほどユウとデュエルを行い、内2戦は勝利を収めていた。

 

「凄いぞメイドちゃん。センセー相手に2勝も取るなんてなー」

「そ、そうですか? えへへ……」

 

 嬉しそうにデッキを見つめながら、ほんのりと頬を染めるベル。デッキは変わらず練習用のものではあったが、後半はクラドのアドバイスにも頼らずデュエルを進めるまでになっていた。基本的なルールはほぼ把握したようだ。

 

「と、いう訳で頑張ったメイドちゃんに俺らからご褒美だ。その練習用デッキをプレゼントしましょーじゃないの」

「えっ? 良いんですか……?」

「おう、本当ならもう少し強いデッキをあげたかったんだが……コッチも商売だからなぁ。しばらくはそのデッキでデュエルに慣れてくれ」

「は、はい! ありがとうございます! 大切にしますね!」

「その言葉がいつまで聴けるのか。そう思うと切なくなるぜ……」

 

 クラドが練習用デッキに採用したカードは効果が単調で安価なものが多く、強力なものは少ない。いずれ控え(ベンチ)行きになるだろうことを見越しての発言だったが、ほろりと涙を流すその様子はまるで幼い娘から『お父さんと結婚する宣言』を受けた父親のようだった。

 

「そんじゃ、初日はこのくらいで終いにしようか。明日からもこうやって暇を見つけつつ、細かいルールやプレイングのコツなんかも教えていこうと思う」

「分かりました、よろしくお願いします!」

 

 デッキを手にするその心が、今までに無い高揚感で溢れている。今朝までデュエルモンスターズを恨んでいたのが嘘のようだ。

 

「ふぁ……さて、時間も遅いしそろそろ寝るかねー」

 

 一区切りが付いたということで、クラドの口から欠伸が漏れる。

 

「メイドちゃんは2階の寝室を使ってくれ。狭いし天井が低いから気をつけてな? ああ、寝るときはハシゴを取って上げて貰えば、俺らは上がって来れないから……あー、女の子だし寝る前にシャワーとか浴びたいよな? ただこの車、貯水量が少なくて――」

「女だからって、気を使って頂かなくても大丈夫ですよ! ただ……お布団を汚してしまうのは申し訳ないので、タオルで身体を拭く分のお水は頂けますか?」

 

 色々と思案するクラドを見ながらまるで『お母さん』のようだと、ベルは思わず微笑んだ。

 

「それではお先に、お休み頂きます」

「はいよ、お疲れ~」

 

 ベルが2階の部屋に引っ込むのを見届けてると、クラドは小声で呟いた。

 

「しっかしまさか、センセーの敗北シーンが拝めるとは思わなかったなぁ?」

「初戦は負け、2戦目は勝ち。それ以降は全て負けろ。それがお前の指示だったはずだが」

「そういう話をしてるんじゃねーよ。どんな形であれ、センセーのLPがゼロになってんのは珍しいってことさ」

 

 クラドの言葉に、ユウが表情を変えずに首を傾げる。

 

「……そういうものか?」

「そういうもんだ。さてさて、勝利の美酒を味わいデュエルも楽しくなってきたところで、メイドちゃんは『アイツ』とどう向き合うのか……?」

 

 くっくっく、とクラドが意地の悪い、それでいてとても楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「何を企んでいる」

「いや? ちょっとなー」

 

 リビングのソファに毛布を広げながらクラドが生返事を返す。

 一方のユウはデッキの調整にいそしんでいるが、既に自分のデッキの調整は終えているらしく、今後使用するらしい講義用のデッキを回していた。

 

「何のデッキ回して……成程、ロックバーン系か。教育熱心だねぇ、流石はセンセー」

「……彼女には早く、力を付けて貰いたいからな」

 

 師匠らしい言葉とは裏腹に、ユウの回すロックデッキは実にえげつないコンボを決め始めた。講義用の半端なデッキでは抵抗する間もなく焼き殺されてしまうだろう。

 

「そっかよ。そしたら俺も、俺の領分で頑張るとしますかね」

 

 夜はどんどんと更けていくが、机の上の明かりと、ソファの上に灯るDパッドの光はしばらく消えることはなかった。

 ベルのデュエルも、男達の思惑も。好調な滑り出しをしたようだ。

 

 

   **

 

 

「おはようございます、ご飯の用意は出来てますよ!」

 

 リビングで起床したクラドはテーブルに用意された朝食を見てから、窓に張り付き目を輝かせるベルに気が付いた。

 朝の柔らかな光が差し込む窓の外からは、大勢の人々の活気が感じられる。自動操縦の目的地にセットしていた街に到着していたようだ。

 

「おー……おはよう。その様子は、もう街に着いたみたいだな」

 

 クラドが寝起き特有の軽い頭痛に顔をしかめるも、掠れた声はいつもの調子を保っている。

 

「はい! 何だかとても大きな街ですね! ここで大会が開かれるんですか?」

「いや、シガマはまだまだ先の方さ。行っておくが、シガマはココよりもっとデカイぜ?」

「そ、そうなんですか……」

 

 実感する『自分の外の世界』に感嘆を漏らすベル。大型都市の中継地点として栄えるこの街の規模も、彼女にとっては初めての体験だ。

 以前の街では見られなかった近代的な建物も立ち並ぶその様相は『白き文明』を髣髴とさせるが、その麓にはネイティブ人達の露天が軒を連ね、ベルにも馴染み深い野菜や果物などが売られていた。

 

(何だか、不思議な景色……)

 

 車で1日、という距離でここまで世界が変わるのかと、ベルは改めて自身の視野の狭さを痛感した。

 

「……クラド。朝食を馳走になったら早速、行動を開始しよう。のんびりしている暇は無い」

 

 果たして睡眠はとったのだろうか、昨夜と同じポジションでデッキ調整をしているユウが相変わらずの無機質ボイスで呟く。

 

「ああ、分かってるよ。ココのリサーチはある程度済ませてあるし、各自で役割分担して街を探索すればいい……ってことで、まずはメイドちゃんの朝食を頂きますかね?」

「その言葉をお待ちしてました! どうぞ召し上がって下さい!」

 

 テーブルの上に並んだ朝食は、簡素ながらもよく考えられたメニューだった。

 起床時間がバラついても良いよう『冷め』の無いパンとサラダを中心とした構成。貴重な飲料水の使用を極力控え、日持ちのしない食材から処理されている。

 

「……うん、うまい!」

 

 黙々と頬張るユウの心境は定かではないが、笑顔でグッドサインを送るクラドの胃袋は見事に掴んだようだ。

 

 

 朝食を済ませ一息をつくと、クラドが街の見取り図をテーブルの上に広げた。

 

「さて、メイドちゃん加入で3人に増えた作戦会議といこう。この街は都市部から都市部への中継地点として発展した『補給都市』だ。露店も多いし、旅支度を整えるにはもってこいだが……街の広さに反して宿は少ないから、長期間の滞在は難しいようだな。ま、その辺は周りを見れば分かると思うが」

 

 窓の外に目を向けると、クラド達の他にもキャンピングカーが何十台も停車している。

 恐らくは、彼らも同じ目的地を目指す『決闘旅団』だろう。

 

「つーワケで、俺らも支度が整い次第、先を急ごうと思う。メイドちゃんには日用品の買出しに行って貰いたい。センセーは情報収集と大会出場メンバー探し、俺は露店やショップを回って銭を稼いでくる。ラストに俺ら2人の用事が済み次第、メイドちゃんと合流して水を確保する――こんな流れだ。めぼしい店や合流場所はマークしてあるから、確認してくれ」

 

 了解です、と頷きながらも、ベルはおずおずと手を上げた。

 

「あの、質問いいですか?」

「? 何だメイドちゃん?」

「お水の確保なんですけど。別にわたし1人で済ませてしまっても構いませんよね?」

 

 困惑した表情を浮かべるクラドに、ベルはにっこりと笑顔を浮かべて言った。

 

 

  **

 

 

「誤魔化そうとしても全力で無駄ですよ! それに、この街の立地を考えてもその値段は高過ぎます、子供だからってからかわないで下さい!」

 

 ふんす、と鼻息を荒くしてベルが露天商に異議を唱える。

 無知な異陸人相手にぼったくりを掛けていた商人のようで、今もペラペラ固有言語を並べて誤魔化そうと試みている。が、そんな常套手段も同じネイティブ原住人の彼女には通用しない。効果は無効だ。

 その後も押し問答は続いたが、結局露天商が根負けする形で食材類は見事、適正価格で件のリュックに収まった。

 

「全く……意地悪なお店です」

 

 頬を膨らませながらも、次の目的地へ向かうベル。クラドから渡された買い物メモに連なる項目には、今は殆どに斜線が引かれている。

 

「ええと、次は……」

 

 品物は全てリュックに詰め込まれ、今やベルとほぼ同じ大きさに膨らんでいた。水もしっかりとポリタンクに給水され、重量は相当なはずなのだが……当人は平気な顔で歩いている。その小さな身体のどこにそんな力があるのだろうか。

 と、ベルの目に1件の露店が留まった。多少怪しげな雰囲気ではあるが、店先に並んでいるのは間違うことなくデュエルモンスターズのカードだ。

 

(あ……デュエルモンスターズ)

 

 興味すら沸かなかった以前ならさておき、今やベルは駆け出しの決闘者。未知の効果を持つカード達に自然と視線が釘打たれる。

 

 ――いいかメイドちゃん? 露店でカードを見つけても絶対手を出すなよ?

 

 脳裏を過ぎったクラドの忠告に、はっと我に返る。

 日用品や食料などには詳しくとも、カードの相場については素人以下だ。法外な値段で『自称レアカード』を掴ませられないよう、事前に注意を受けていたのを思い出したのだ。

 

(いけない、いけない! カードのことはひとまずお2人に相談してから……!)

「お嬢ちゃん。何かお探しかい?」

 

 ビクリ、とベルの肩が跳ね上がる。物欲しげな視線に気付いたのか、店主の年老いた男が口端を吊り上げて手招きをしていた。

 

「あ、いえ、その~……」

「少し見ていかんかね? 良いカードを沢山揃えているよ?」

 

 怪しい。この上ない程に怪し過ぎる。

 それでもその場から離れられないのは、キラキラと輝きを放つカード達の魅力に他ならない。かつて目の敵にしていた『理不尽な力』が、ほんの少し手を伸ばせば届く距離にある……そんな感情が、ベルを強く魅了していた。

 やがて彼女が出した結論は「見るだけなら良し」であった。

 

(どうせ自由に使えるお金なんてないし……大丈夫、大丈夫)

 

 すすす、と無言で近づくリュックお化け。

 陳列されたカードを間近で眺める。テキストに目を通すと、ルールを覚えたばかりのベルにとっては使い方の分からないものも多く見受けられた。

 強力な魔法・罠は勿論、何といっても目が行くのはシンクロやエクシーズのモンスターカードだ。その独特な召喚方法からデッキの切り札を担うことが多いこれらのカード達は効果も非常に強力であり、稀少さも相まって高レートなものが殆どである。とどのつまり、全決闘者の憧れであり、一種のステータスでもある訳だ。

 この露天にも数枚のシンクロやエクシーズのカードが並んでいたが、とてもベルが手を出せるような値段ではなかった。

 

(……これ1枚で晩御飯がどれだけ作れるんだろう)

「気になるかい?」

 

 非常に分かりやすいベルの視線に、店主から声が掛かる。

 

「! いっ、いえ! 見ているだけですので!」

「はっは、そう怖がらんでも……そうだ、お嬢ちゃん。何ならこいつに挑戦してみないかい?」

 

 男がそう指差したのは、粗雑な1枚の張り紙であった。

 

「……デュエルに勝てたら、お好きなカード1枚?」

「そう。俺に勝てたらカードをタダでくれてやるってワケさ」

「あの、それって賭け(アンティ)ルールっていうやつじゃあ……?」

 

 じとり、と怪訝に眉を寄せるベル。タダより高いものは無い以上、負けたら何を請求されるか分かったものではない。

 

「はっは、お客様からは何も頂かないさ。ディスクを使わなきゃ『審判員機構』も動かんし、賭品の譲渡強制も無い。頂くとすれば、強いて言えば時間くらいだぁな」

 

 何か裏がある。相手に何の利益も無い以上、それは間違いないのだが……。

 

「……ディスクを使わないっていうのは、本当ですか?」

 

 うずうずと。好奇心にも似た何かがベルの口からついて出た。

 カードがどうこうというよりも、今の彼女が挽かれたのは「自分の腕を試したい」という一身だった。

 駆け出し決闘者のベルは、まだ自分のデュエルディスクを持っていない。ディスクを着けた熟練者に勝負を仕掛けても、ディスク未所持のベルでは鼻で笑って相手にもされないだろう。

 練習ではなく、実戦。それに万が一にでも勝つことが出来れば、保障は無いに等しいがレアカードのオマケまでついてくる。

 

(人通りも多いし、向こうだってあまり乱暴なことは出来ないはず……それなら)

 

 十分に警戒しながら……とはいえその行為に最早何の意味も無いのだが、おずおずとベルが承諾の意を示した。

 

「じゃあ……試しに少しだけ」

「そうこなくっちゃあな」

 

 にんまりと口端を吊り上げる店主の男。

 そんな男の怪しげな様子を見つつ、ベルはひとまず条件の確認を促した。

 

「ルールの説明と、条件の確認をお願いします」

「ハーフライフ4000スタート、ディスクは無しの卓上デュエルだ。先攻・後攻はそっちが決めていい。俺に勝てば、店のカードを1枚持って行って貰って構わねぇ。負けた場合は何も支払わなくて結構。このゲームの参加費用も勿論無しだ」

「……わかりました」

 

 これだけでは店主側に何の得も無い。腹の内が分からないのが不気味ではあるが、ひとまずベルは自身の初陣を飾る第一戦に、この怪しげな舞台を選ぶことにした。

 

(大丈夫。昨日は師匠方にだって褒められたし……もしかしたらあっさり勝っちゃうかも、なんて……?)

 

 頬の緩んだ表情で、ベルが露天の横に設けられたデュエルスペースに着席する。折り畳み式の簡易なテーブルと椅子だが、それだけあれば十分だ。

 まだおぼつかない手つきでデッキを取り出し、シャッフル。デッキスペースにセットして初期手札5枚を伏せたままテーブルに置く。

 店主のニヤつきが増したように感じたが、湧き上がる高揚感がそんな違和感を打ち消していった。

 

「んじゃ、始めようか?」

「はい、お願いします!」

 

 

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

 

 ベル  LP4000

     手札・5

 店主  LP4000

     手札・5

 

「えっと、では先攻は頂きますね。カードをドロー」

 

 引いてきたカードを合わせ、伏せていた初期手札を確認する。先攻側としては中々に悪くない内容に、思わず顔が綻ぶ。

 

「スタンバイからメインフェイズ。モンスターを1体、バックを2枚伏せてターンエンドです」

 

 お手本のような先攻1ターン目の布陣。後攻側の攻め手を鈍らせる堅実な形だ。

 粗相無くエンド出来たことに安堵の息をつくベルに、店主が声を掛けた。

 

「はっは、堅苦しいデュエルだなお嬢ちゃん。もっとラフに行こうじゃねぇの」

「すいません、まだ駆け出しの身なもので……」

「ほぉ、そうかい……俺のターンだ、ドロー。俺は手札から魔法カード《大嵐》を発動」

 

「…………えっ?」

 

 背筋が凍る、とはまさにこのことなのだろう。ベルのどこか緊張が織り交ざった笑顔が一転、まるで冷水でも掛けられたように表情が強張っていく。

 

「駆け出しってもコイツの効果を知らない訳じゃあるめぇな? 場の魔法・罠を全て破壊させて貰うぜ?」

 

 大嵐は、その強力な効果故にデッキに1枚までしか入れられない制限の掛かったカードだ。故に手札に舞い込む確立は他に比べて低いが、熟練者であれば『万が一』とこのカードの存在を警戒したプレイングを行う……のだが、初心者のベルに当然そんな思惑は無い。

 

「は、はい……伏せたカードは破壊されます」

 

 ベルの場から《炸裂装甲》《リビングデッドの呼び声》が墓地へ送られる。

 

「続けて、俺は手札から《レッド・ガジェット》を召喚」

 

《レッド・ガジェット》

☆4/地属性/機械族・効果/ATK 1300/DEF 1500

 

「コイツは召喚成功時、デッキから《イエロー・ガジェット》1体を手札に加えることが出来る。勿論手札に加えて……バトルフェイズだ、レッドで伏せモンスターを攻撃」

「伏せモンスターは《荒野の女戦士》……戦闘破壊されます」

 

《荒野の女戦士》

☆4/地属性/戦士族・効果/ATK 1100/DEF 1200

 

「ですが、荒野の女戦士は戦闘によって破壊されたので、効果が発動します。デッキから攻撃力1500以下の地属性・戦士族モンスターを1体、自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚です!」

 

 ベルが選択したのは、同名カードの《荒野の女戦士》。

 

「なら俺はメイン2にバックを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

ベル LP4000

   手札・3 モンスター・1 魔/罠・0

店主 LP4000

   手札・2 モンスター・1 魔/罠・2

 

 思わぬ大嵐に肝を冷やしたものの、幸いにもダメージは無い。

「わたしのターンです。カードをドロー、スタンバイからメインフェイズ」

「カード発動は無いな」

「分かりました……なら、わたしは場の女戦士をリリースします!」

 

 荒野の女戦士を墓地に置きながら、手札から新たなモンスターを場に出す。

 

「☆5の《無敗将軍(ジェネラル)フリード》を、アドバンス召喚!」

 

無敗将軍(ジェネラル)フリード》

☆5/地属性/戦士族・効果/ATK 2300/DEF 1700

 

「おっと、そいつは通せねぇな。罠カード《奈落の落とし穴》を発動だ」

「……ふえっ?」

 

 文字通り目が点になるベル。硬直したまま首を傾げる彼女に、店主が説明を加える。

 

「奈落の落とし穴は、相手が召喚・特殊召喚した攻撃力1500以上のモンスターを破壊し、ゲームから除外する罠カードだ。割と有名なカードなんだが知らなかったか?」

 

 召喚反応型罠。罠カードの中でも強力かつメジャーな存在だ。昨夜の講習で知識としては頭にあったものの、実戦で遭遇するとその凶悪さがより鮮明に浮き出てくる。

 

「い、いえ。そういう訳では……」

 

 高揚していた心の熱が、大寒波の如く一気に冷めていく。戦闘すら行えず、せっかく召喚した上級戦士が除外ゾーンへと送られた。

 

「……召喚はもう出来ないので、このままターンエンドです」

「そうかい、なら俺のターンだ。カードをドロー」

 

 意気消沈したベルへ追い討ちを掛けるように、淡々と店主のターンが進む。

「俺は手札から、前のターンで手札に加えた《イエロー・ガジェット》を召喚」

 

《イエロー・ガジェット》

☆4/地属性/機械族・効果/ATK 1200/DEF 1200

 

「バトルフェイズだ。2体のガジェットで直接攻撃」

「……え、えっと。合計2500のダメージを受けます」

 

ベル LP4000→1500

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 罠を剥がされ、上級モンスターを破壊され。あからさまに落ち込んでいるベルを尻目に、店主はニヤニヤと宣言する。

 デュエルとは、勝負とは常に非情なものだ。計略は数多に巡らせど、相手への気遣いなど、まして手加減などはあってはならない。

 そんな駆け引きの中で戦う意思を無くしてしまえば、すぐに勝敗は決してしまう。

 

「……えっと、わたしのターン。カードを……」

 

 結果だけを言えば、このデュエルはベルの敗北で幕を閉じた。

 

 

  **

 

 

「毎度♪ またどっかで会ったらご贔屓に~」

 

 ひらひらと手を振って、クラドは客の背中を見送る。

 デッキを新調するのだろうか、ある程度纏まってカードが捌けたので鼻歌交じりの上機嫌だ。

 

「さて、と。そろそろセンセーとメイドちゃんに合流しますかね」

 

 そう呟いた口元が、ニヤリと良からぬ角度に吊り上がる。

 

「……ま。連絡が無いってことは2人とも『あそこ』なんだろうけど、な」

 

 路上に広げられただけの簡素な出張露店。その脇をクラドがコツンと突くと、自動的に鞄のような形に縮小変形した。あっという間の店仕舞いだ。

 軽快な動作で鞄となった露店を担ぎ上げ、迷いの色無く人々の行き交う大通りを進んでいく。この街について散々調べた張本人だ、地図など広げなくとも行き先はバッチリだ。

 二、三度角を曲がったところで、何やら騒がしい人だかりが出来ているのが見えた。

 

「へぇ、狙い通りにいくもんだなぁ」

 

 人だかりに近寄っていくと、見知ったポーカーフェイスが遠巻きに『騒ぎの中心』を眺めているのに気が付いた。

 

「ようセンセー、奇遇だな?」

「……クラドか」

 

 視線を逸らさずに皮肉を軽く受け流すなユウ。その様子を見て、クラドが口元を緩ませる。

 

「弟子が気になるか?」

「……否定すれば嘘になるな」

 

 そんな彼らの視線の先には、とある露店商を相手取り必死にデュエルする少女の姿があった。

 

「バトルです! アナペレラでダイレクトアタック!」

「罠カード『魔法の筒』、攻撃は無効だ。さて、アナペレラの攻撃力分のダメージを受けて貰おうか」

「うぐっ……!」

 

ベル LP0

 

「……ッ、もう1回お願いします!」

「はっは、確かにチャレンジに回数制限は無ぇけどな? もう何回目だいお嬢ちゃん?」

 

 そうは言いつつ、店主も笑いながらデッキをシャッフルする。休憩する様子も無く、互いに初期手札5枚を揃える。

 

「今度はわたしが先攻を取ります! ドロー!」

 

 熱を帯びた様子のベルは対照的に、周囲を取り巻くギャラリー達の反応は冷淡だ。

 嘲笑交じりの『歓声』が聞こえているのかいないのか、ベルのデュエルは止まらない。

 

「モンスターを1体セットして、ターンエンドです!」

「俺のターンだ。ドロー。魔法カード《抹殺の使徒》発動。裏側守備表示のモンスター1体を破壊し、ゲームから除外する」

「~~~!!」

 

 声にならない声を上げて、ベルが震える指先でモンスターを除外ゾーンへ放り込む。

 セットモンスターは、戦闘破壊でなければ効果が発動しない《巨大ネズミ》。

 

「俺は《グリーン・ガジェット》を召喚し、効果で《レッド・ガジェット》1体を手札に加える」

 

《グリーン・ガジェット》

☆4/地属性/機械族・効果/ATK 1400/DEF 600

 

「更に装備魔法《団結の力》をグリーン・ガジェットに装備。攻撃力が800ポイント上昇する。バトルだ、ダイレクトアタック」

「だ、ダメージを受けます」

「ならここで速攻魔法《リミッター解除》を発動だ。このターン自分の機械族モンスターの攻撃力を2倍にする。さて、これでグリーン・ガジエットの攻撃力は――」

 

《グリーン・ガジェット》

ATK 1400→(+800)→2200→(×2)→4400

 

ベル LP4000→0

 

「ぐ、うぅ……!」

 

 有無も言わさぬ、文字通りの瞬殺。

 手札に残る罠カード《万能地雷グレイモヤ》を見つつ、ベルは唇を噛み締める。

 

(やっぱり罠を伏せておけば……でも)

 

 彼女が罠を伏せなかったのには、理由があった。

 初戦の大嵐に始まり、相手のドローカードがどうにも『都合が良過ぎる』のだ。

 バックカードを多く伏せれば大嵐、それを警戒して1枚のみを伏せれば《サイクロン》で破壊される。モンスターを召喚すれば落とし穴に落とされ、上手く攻撃出来たとしても《魔法の筒》のような別の罠で対処されてしまう。

 それならば、と相手の出方を伺おうと防御を手薄にすれば、今のような一撃必殺のコンボが飛んでくる。堅実かつ基本的な、まさに教本通りの『完璧な戦略』。

 店主のデッキがそういう戦い方を得意とするデッキだというのはベルも理解してきたが――それにしても理不尽なまでに引きが良過ぎないか、と憤りにも似た違和感が湧き上がってくる。

 より簡単に言えば、どうにも納得が出来ないのだ。

 

「……もう一度。もう一度お願いします!」

「自棄になっても勝てないぜお嬢ちゃん。まぁ俺は構わんがね……」

 

 忍び笑いをこぼしながら、店主はデッキのシャッフルを始める。

 涙目になりながらも尚、納得の出来ない『何か』に挑戦し続ける弟子の姿を見て、ユウはクラドに問い掛けた。

 

「……あの男と戦わせることに、一体何の思惑がある?」

「ああ、勿論大アリさ。その口ぶりじゃとっくに気付いてるんだろうが……あの爺さんは『イカサマ』のプロでな。卓上デュエル限定だが、割とこの辺じゃ有名らしい。メイドちゃん、開始前のデッキ交換シャッフルもすっかり忘れてるみたいだしな。それに爺さんのデッキはサーチを多様する【除去ガジェット】。手札とデッキのカードを入れ替える隙なんざいくらでも用意出来る」

 

 クラドが悪戯小僧のようにカラカラと笑う。

 少しでも知識がある決闘者ならこの『違和感』に異を唱えることも出来ただろう。だが素人目しか持たないベルにそれは難しい。裏側から蹴飛ばせば成す術なく倒壊するハリボテの怪物に、未だ真正面から斬り込むことしか出来ないのだ。

 

「……つまり、あの爺さんはお前の差し金と言う訳か」

「そいうコト。レアカードの景品をダシにイカサマ使って遊ぶのが趣味って変な爺さんでな、二つ返事で了解してくれた。あとはメイドちゃんがこの露店の前を通るようにルートを設定してやれば、爺さんが適当に声を掛ける手筈になってた」

「……そんな相手に敗北の経験をさせて、何の為になる?」

「いやな? センセーが実技指導担当なら、俺はメンタル面でサポートしていこうかと思ってさ」

「……メンタル面?」

 

 ユウの表情に、少しばかり驚きの色が滲む。

 

「そ。今一番怖いのは、メイドちゃんがデュエルを「つまらない」と感じてしまうことだ」

「……あれではまるで逆効果だと思うが」

「まぁまぁ、アレはぶっちゃけ第2ステップ。初心者の第1ステップはまず、勝利の喜びを知ることさ。昨日の講習会がまさにそれだ」

 

 良い感じで負け越してくれ、と指示された昨日の講習を思い出し、ユウは納得したように目を瞑った。

 

「いくら相手が本気でないと分かっているとはいえ、実力のある相手に勝ったというのは気持ちがいいもんさ。そこに多少ワザとらしくても褒め言葉を添えてやりゃあ、誰だってデュエルに悪い印象は抱かない。メイドちゃんのデュエルに対する印象は悪かったからな、苦労したぜ?」

「……よく悪知恵が回るもんだ」

「おう、もっと褒めろ褒めろ。だが、天狗のままにしてちゃあマナー最悪の自己中決闘者の出来上がりになっちまう。そこであの爺さんの出番さ。才能も実力も「あるんじゃないか」と思っているその鼻っ頭を早い段階でもぎ取っておく。なるべく『運』の要素をちらつかせてな」

 

 イカサマによる理不尽な勝利には、そんなクラドの思惑を実現させるのにピッタリと言える。

 

「第2ステップは『負けることに慣れる』こと。なるべく惨めで、理不尽な負け方を今のうちに刷り込んでおくのさ。知識がついて変なプライドが芽生える前にな」

「……もし、爺さんとのデュエルであいつが匙を投げていたらどうするつもりだった?」

「センセーってば意外と過保護? そん時はそん時さ。メイドちゃんもそこまでの覚悟しか無かったってだけだ」

「…………」

 

 押し黙るポーカーフェイスに不穏な空気を感じ取り、クラドは慌てて言葉を繕った。

 

「心配いらねぇよ、現にメイドちゃんは挫けず何度も戦ってるじゃねーか。センセーだってある程度『見込み』があったから教鞭を持ったんだろ?」

 

 そう言って、クラドは再び始まったベルのデュエルに目を向けた。

 呆れ顔のギャラリーの数。半ば自暴自棄で暴走気味のベル。これだけの状況証拠があれば何度もデュエルが行われたことなど容易に想像が付く。

 

「うぎゃーっ!?」

 

 結果はまたも惨敗。《聖なるバリア―ミラーフォース―》で破壊されたモンスターを《リビングデッドの呼び声》でバトルフェイズ中に蘇生し、追撃を仕掛けたまでは良かったのだが……店主の伏せは《サイクロン》。リビングデッドは破壊され、蘇生したモンスターは再び墓地送りとなった。

 返しのターン、店主必殺の《リミッター解除》が火を噴き、あっという間にベルのライフは燃え尽きてしまった。

 

「あちゃー、惜しいトコまでいったんだけどなぁ」

「……未だダメージすら通らず、か」

 

 そう呟く両指導者の雰囲気は、心なしか暖かく緩んでいた。

 攻撃反応型の罠を読み、蘇生前のモンスターを『囮』にすることでリビングデッドでの追撃を『本命』とする。ユウ達が教えたカードの知識は実戦を通じ、ベルの中で成長していることの証でもあったからだ。

 

「な? メイドちゃんてば意外と根性あるだろ? ちょっとばかりスパイスを効かせた方が好みかもしれないぜ?」

「……そうだな。精神面の指導はお前に任せた方が良いかもしれない」

「あいよ、承った。時間はあるようで無いし、これからは安心してビシバシ行こうぜ、実技担当?」

 

 指導者同士話も纏まったところで、無茶をやり遂げた弟子を迎えに2人は歩を進めた。

 

 

   **

 

 

(駄目だ……勝てない……!)

 

 ずん、と腹の底が冷えるような感覚。行き場の無い憤りが焦燥に変わっていく。

 景品のレアカードのことなど、もう頭の片隅にも無かった。

 ベルを何度も立ち上がらせ、突き動かしていたのは2人の指導者の存在だった。今ここで諦めてしまえば彼らの教えが全て無に帰してしまうような、そんな気がしたのだ。

 自分が駆け出しだからだとか、デッキが悪いからだとか『言い訳』はいくらでもある。相手の理不尽な引きに関してもそうだ。疑い出せばキリが無い。

 しかしそれでは、ここで逃げ出してしまえば『全力で決闘と向き合う』ことを誓った自分を早々に裏切ることになってしまう。店長に無理を言ってあの街を飛び出した意味が無い。

 勝てなくてもいい。せめて一撃、自分で本当に納得が出来るその一撃が通るまで挑戦を止めることはしたくなかった。

 

「……すいません。もう1度――」

「おーい、何やってんのかなぁメイドちゃん?」

 

 驚いて飛び上がり後ろを振り向くと、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたクラドが手を振っている。その横にミスターポーカーフェイスを侍らせて。

 

「はう!? く、クラド、さん……?」

「露 店 の カ ー ド 屋 に は 手 を 出 す な って忠告した筈なんだけどなぁ?」

「お、お二方違うんです、これはその……!」

「はっは、心配なさんな、お嬢ちゃんはまだ買い物なんかしとらんさ」

 

 冷や汗を浮かべて必死に取り繕うベルに、店主が張り紙を指差しながら助け舟を出した。

 

「なるほど、そうかい。ただまぁ、随分とウチのメイドちゃんが世話になったみたいだな?」

「いやなに、久しぶりに『食い下がる』お客さんと手合わせ出来ていい暇潰しになったさ」

「ひ、暇潰し……」

 

 所詮その程度の相手にしかされていなかったのだ、という悲惨な現実がずん、とベルの頭上に重く圧し掛かる。

 

「そう言ってくれりゃこっちは有難いけどな。ま、営業妨害しちまったのは事実だ、迷惑料って訳じゃないが貰っといてくれ」

 

 クラドが1枚のカードを投げて寄越すと、店主は口端を吊り上げて小さく頷いた。

 

「なら、そうさな……お嬢ちゃん、コイツを持っていきな」

「?」

 

 店主が代わりに投げて返したのは、中心に液晶画面の付いた円盤状の機械だった。

 

「これって……でゅ、デュエルディスク!?」

 

 古いモデルで表面の擦れ汚れが目立つものの、普通に使用する分には問題はなさそうだ。

 目を丸めたベルは、おっかなビックリといった様子でディスクを眺め回した。

 

「まだディスクは持って無ぇんだろう? 型遅れのジャンク品だが『審判員機構』も起動できる。ジジイの暇潰しにトコトン付き合ってくれた礼だ、良けりゃ使ってくれ」

「……はい! ありがとうございます!」

 

 ぬいぐるみでも抱えるように、ベルは大切そうにディスクを抱きしめた。

 

「良かったなメイドちゃん? さて、そろそろ帰るぞー……にしても本当に担いで大丈夫かソレ?」

 

 何の気なしにベルが担いだ水入りの巨大リュックに、クラドは思わず目を丸める。

 

「? はい。それほど重くなかったですし、大丈夫ですよ!」

 

 そう言って微笑むベルに、クラドはやはり訝しげな視線を送った。

 余談だが。試しにとクラドがリュックを背負ってみたところ、彼は数歩と動けぬまま降参(サレンダー)した。

 

 

   **

 

 

「そういやセンセー、スカウトの方はどうだった?」

「ああ。それなりの実力者が見つかった。外の車の前で待ち合わせている」

「車って、俺達のか?」

 

 クラドの言葉に、ユウが無言で頷く。

 

「……てことは、だ。あの目つきの悪いゴロツキさん方がそうだってのか?」

 

 ここは街の外の駐車場。仕入れた物資を持って帰ってきた一行の目の前では、彼らのホームたるキャンピングカーを取り囲む男達の姿があった。

 前向きに捉えても決して友好的な雰囲気ではなく、どちらかといえば獲物を前にしたハイエナのような濁った微笑を浮かべている。

 

「あの、あんなにいっぱいスカウトしてきたんですか……?」

 

 不安げに眉を寄せて、ベルが尋ねる。

 

「いや、声を掛けたのは1人だけだった筈だが」

「あー……何か荒事になりそうだぞ……?」

 

 苦笑を浮かべて後ろ髪をかくクラドをよそに、ユウが一歩前に出て男達に告げた。

 

「酒場で話をつけた者だが。これはどういうことだ?」

 

 ユウが声を掛けたらしい、一際屈強そうな男が答える。

 

「どういうこと? お前さんから大会に出ねーかって誘ってきたんだろうが? 最も……出場するのは俺の旅団とお前らの『物資(カード)』だけだが、な!!」

 

 男の腕に装着されたデュエルディスクから、赤い光の縄のようなものが伸び、ユウのDパッドへと喰らいた。

 

「……これは」

「ハハッ、まずはお近づきの印に楽しいデュエルというこじゃねーか!! 俺とお前ら、その全財産を賭けてなぁ!!」

 

 宣戦布告と共に、男のディスクがデュエルモードへと展開。そしてユウのDパッドも、それに呼応するかのように強制的にデュエルモードへと移行した。

 その様子を見たクラドが、目を見開いて糾弾する。

 

「デュエルアンカーだと!? おいおい、そいつは使用禁止で、今は使おうにも機能すらしない筈だぜ!?」

 

 デュエルアンカー。強制的に相手のディスクとリンクさせ、勝敗が決するまで拘束するというストリート・デュエル御用達だった決闘機具だ。

 しかしデュエルモンスターズの力が増すにつれ、その機能に非難が集中。決闘機具のシステム管理の中枢である『文明の白』から使用禁止・機能停止のお触れが通達されると同時に、審判員機構へデュエルアンカーの使用を違反行為として登録された。

 つまり、アンカーを使用すれば問答無用で反則負けとなる……筈なのだが。

 

「バーカ、んなもん律儀に守ってんのは『白』の良い子ちゃん連中だけよ!! 制限解除(オフリミット)って言ってなぁ、審判員どもの目を抜ける方法なんざ『裏』には腐るほどあんだよ!!」

 

 制限解除……違法機具を公平たる審判員機構の目前でぶち通す魔改造。裏のデュエル社会では既に一般的な知識として蔓延している技術のようだ。

 

「そら、もう1人も相手して貰おうか!!」

 

 男の取り巻きからデュエルアンカーが容赦なく放たれる。標的となったのはクラドだ。

 

「おわっ!? っとと……ッ!!」

 

 Dパッドの装着された左腕を軸にヒラヒラと動き回り、アンカー攻撃を見事にかわして見せたクラドは、

 

「メイドちゃん、悪ぃ!!」

 

 ベルの後ろに隠れると、盾の如く前へと押し出した。

 

「え?」

 

 つい数分前にベルがアクセサリー気分で身に着けたデュエルディスクに、デュエルアンカーが接続される。

 

『――『決闘申請』、確認。仮想戦場(ARヴィジョン)展開(リンク)完了』

 

「え……ぇえええええ!?」

 

 強制起動するベルのデュエルディスク。楕円型のような形から、アルファベットのS字のような形へと展開する。と同時に、周囲の景色が一面の荒野から生林のような場所へと瞬時に塗り替えられていく。

 

「な、ななな何するんですかクラドさん!?」

「すまねぇ、俺ってばカードの知識はあっても本番はからっきしなんだよ……つーわけでここは頼んだぜ? 大丈夫、メイドちゃんなら出来る!!」

「そんな無責任な!?」

 

審判員機構(ジャッジアプリ)』起動――』

 

『世界の平和を守るため、愛と勇気と大人の事情がドッキング!! 美少女審判員コーパルちゃん、只今参上♪』

『……あなたを、ダイヤルオン。審判員機構ネフ、特殊召喚に成功致しました』

 

 同型モデルながらも、性格は全く正反対な2人の審判員機構が戦場に姿を現す。

 今回の彼女らは、いつかどこかで見たようなバーチャルアイドルのコスチュームに身を包んでいた。

 

『あらあら、ネフちゃんお久しぶりですね~。何だかんだでフィールドで顔を合わせるコトは、審判員機構(わたしたち)的には封入操作されたスーレアくらい珍しいコトですからね~』

『はい、姉さんもお元気そうで何よりです』

 

 空気を読まない審判員2人をよそに、デュエルの設定が次々と申請されていく。

 誰もディスクを操作した訳でも、口頭で宣言をしたわけでも無い。アンカーを通して、決闘旅団があらかじめ設定した要項が勝手に流れているのだ。

 

『おや~? 今回は決闘者の皆さんもやる気満々のようですね? わたしたちのガイドラインも無く、ご丁寧な事前申請をこんなに!』

『至れり尽くせりですね。遂にバーチャル存在にも労わりの心が求められる時代になったのでしょうか』

「ちょ、待ってください!! コレ!! 違反なんですよね!? このデュエルは無効です!!」

 

 必死に訴えながら、ベルがデュエルアンカーを見せる。

 

『? はて、違法機具の反応はありませんが……?』

 

 そんなベルの訴えとは裏腹に、コーパルはきょとんと小首を傾げる。規制解除の効力なのか、審判員機構はアンカーを認識出来ないようだ。

 

『そんなコトより『賭け品』さん? 早くディスクにデッキをセットしないと反則負けになっちゃいますよ?』

「う……わ、わかりました」

 

 ここで審判員機構に逆らえば、問答無為用で敗北が決定してしまう。

 仕方なく、ベルは貰ったばかりのデュエルディスクに現在勝ち星ゼロの練習用デッキをセットした。ディスクの扱いは慣れないが、操作自体はほぼ全自動なのでデュエルに支障は無い筈だ。

 

『設定を確認します。ハーフライフ4000スタート。アンティルール適用のシングルデュエル×2……申請承認を完了致しました』

『さぁ、それでは始めましょう♪ 楽しいデュエルにしようぜー!!』

『アンティデュエル、レディー……』

『『ゴー!!』』

 

 コーパル・ネフの息の合った宣言と同時、有無も言わさぬ『強制賭けデュエル』が幕を開けた。

 

   **

 

 ユウ LP4000

 ベル LP4000

 

 リーダー男 LP4000

 取り巻き LP4000

 

(うぅ……何でこんなことに……って!?)

 

 ベルの頭上に表示された、先攻・後攻決定のダイスの目は1。幸先の悪さに思わず頭をたれる。

 

「はっ、自分の身可愛さにこんなガキを盾にするとはな……とんだ腰抜け野郎がいたモンだ。先攻は頂くぜ、ドロー!!」

 

 取り巻きの言葉に思わず頷きそうになるも、ひとまず凹んだ気力を奮い立たせる。

 自分達の全財産が掛かっているのだ、今は不満を呟いている場合ではない。

 設定された条件は不明だが、恐らく自分とユウ、どちらか一方が負ければ賭けは成立するようになっているだろうとベルは考えていた。そうでなければ2組同時にデュエルを仕掛ける理由が無いからだ。

 

「俺はモンスターをセット、カードを2枚伏せてターンエンドだ。さぁ、攻められるモンなら攻めてみなガキンチョ?」

 

取り巻き LP4000

     手札・3 モンスター・1 魔/罠・2

 

「頑張れメイドちゃん!! 気張っていけー!!」

 

 ふりふりと手を振って声援を送るクラドをジトリと一瞥しながら、ベルはデッキトップに手を掛けた。

 

「もう……わたしのターンです、カードをドロー!」

 

 ドローしたカードは《サイクロン》の魔法カード。早速その効果を使用しようとして、不意にベルの脳裏に『デジャブ』が過ぎった。

 

(――あ)

 

 魔法が、罠が。いくつものカード達が次々と思い浮かぶ。

 しばしの沈黙の後、ベルは意を決したように告げた。

 

「――スタンバイからメインへ! わたしはモンスターをセット、バックにカードを1枚伏せてターンエンドです!」

「ハッ、攻めの一手も無い糞手札だったようだな? まぁいい、なら遠慮なく潰させて貰うぜぇ? ここで伏せ(リバース)カード発動、《サイクロン》!」

 

 取り巻きの場に伏せられていたカードが、その効力を発揮する。

 

「フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択し破壊する! 当然、選択するのはお前の伏せたカードだ!」

 

 カードから発生した竜巻がベルのカードに迫る。

 通称『エンドサイク』。伏せたばかりで発動できない罠を狙い打つ決闘者の常套手段だ。

 ベルの伏せカードは、何の抵抗出来ず竜巻に屠られてしまう……だが、彼女とて無駄に苦汁を飲まされた訳では無かった。

 

「どうせそんなコトだろうと思ってました! わたしは破壊された《セキュリティー・ボール》の効果を発動します!」

「なっ!?」

 

 エンドサイクなど食べ飽きたとばかりに、即座に宣言を切り返した。

 

「このカードは元々、相手モンスターの攻撃を防ぐ為のものですが……セットされたこのカードが相手の効果によって破壊されたとき、フィールド上のモンスター1体を破壊する効果もあるんです! わたしは、あなたの場のセットモンスターを破壊します!」

 

 破壊されたカードから飛び出した球体型の機械兵器が、取り巻きの場のセットモンスターにレーザー攻撃を浴びせる。

「くっ……クソガキが舐めた真似を!!」

 ベルが相手の墓地を確認すると、セットされていたモンスターは《人喰い虫》とある。

 

《人喰い虫》

☆2/地属性/昆虫族・効果/ATK 450/DEF 600

リバース:フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。

 

(うっ……あ、危なかった……)

 

 そのグロテスクな名前に口端を引きつらせつつも、ほっと胸を撫で下ろすベル。迂闊にモンスターを召喚し攻撃していれば、その恐ろしいリバース効果で即座に破壊されてしまっていただろう。

 短時間で積み重ねられた理不尽な敗北の経験。それらは確かに、ベルを決闘者として前進させるに足る糧として機能していた。

 

『おっと、ナイス判断でしたね~『賭け品』さん? ついこの間までカードを触ったことすらなかった初心者さんだとは思えない急成長です♪』

 

 興味を示したらしいコーパルがコメントの横槍を入れる。

 

「ありがとうございます……なんですけど、その『賭け品』って呼び方は止めてくれませんか……?」

『それは失礼しました~、それでは『ベル』さんと。どう頑張っても私たちは頭が機械ですから、もうカチンコチンな思考でして♪ 1度登録された名称は中々修正がきかないんですよ~』

 

 取り巻きの男はそんなやり取りを忌々しげに睨みながら、自分のターンへと移った。

 

「ガキが余裕かましやがって……俺のターンだ、ドロー!!」

 

 取り巻き LP4000

      手札・4 モンスター・0 魔/罠・1

 ベル   LP4000

      手札・4 モンスター・1 魔/罠・0

 

「俺は墓地の《人喰い虫》をゲームから除外し、このカードを特殊召喚する! 出て来い《ジャイアントワーム》!」

 

《ジャイアントワーム》

☆4/地属性/昆虫族・効果/ATK 1900/DEF 400

 

 巨大なムカデのようなモンスターが、地中を這い出て姿を現した。

 

「へっ、コイツの姿は初心なメスガキにゃ少し刺激が強過ぎたか?」

 

 煽り文句を飛ばしながら、取り巻きの男は青ざめたベルの表情を期待しながら顔を上げた――のだが。

 

「? いえ、別にそれほどは……」

 

 本人は至って普通に、けろりとカードを構えて対峙していた。

 ベルとて大自然の驚異渦巻く、ネイティブ生まれの女だ。ムカデ如きで悲鳴を上げるようなヤワな精神は持ち合わせていない。

 

「どこまでも腹の立つ……! まぁいい、俺は更にジャイアントワームをリリースする!」

(!? この流れは……)

「アドバンス召喚、《セイバー・ビートル》!!」

 

《セイバー・ビートル》

☆6/地属性/昆虫族・効果/ATK 2400/DEF 600

 

 昆虫族の上級モンスター、その名に恥じぬカブトムシ型のモンスターが姿を現した。

 その刃のように輝く角の矛先は、ベルのセットモンスターに向けられている。

 

「バトルだ! セイバー・ビートルでセットモンスターを攻撃!」

 

 戦車の如く進撃するビートルの迫力に気圧されながらも、その内心ではぐっと拳を握り締める。

 

(やった! セットモンスターは《荒野の女戦士》、これで次のターンまでモンスターを場に残せる!)

 

 表になったカードから飛び出した女騎士が、ビートルの一撃をその身に受け止める。

 だが――その衝撃は風圧の刃として、後方のベルへ襲い掛かった。

 

「……えっ? うあああっ!?」

 

ベル  LP 4000→2800

 

 大きく減少した自分のライフに目を丸くしながら、ベルが驚きの声を上げる。

 

「そ、そんな!? 何でライフが……!?」

「いくら調子に乗ろうがガキはガキだな! 俗に言う『貫通効果』ってヤツさ! セイバー・ビートルが守備表示モンスターに攻撃をした時、その守備力よりも攻撃力が上回っていればその差の数値だけ相手にダメージを与えられんだよ!」

 

 得意げな取り巻きの解説に、クラドがどこか気まずそうな感嘆を吐き出した。

 

「あ~……しまったなぁ、貫通なんてありきたりな効果過ぎて、昨日の初回講義じゃ教えてなかったぜ……」

「えぇっ!?」

 

 そう呟いて後ろ髪をかくクラドに責め立てるような声を上げつつも、ベルは再び体勢を直して相手に向かい合う。教えられていなかったのならそれでいい、今ココで実戦体験として覚えることが出来たのだから。

 

「っ、ともかく効果は予想外でしたけど、戦闘で破壊された《荒野の女戦士》は効果を発動出来ます! デッキから《切り込み隊長》を特殊召喚です!」

 

《切り込み隊長》

☆3/地属性/戦士族・効果/ATK 1200/DEF 400

 

「面倒なヤツを……! 俺はこれでターンエンドだ!」

「ではわたしのターンです、カードをドロー!」

 

 取り巻き LP4000

      手札・2 モンスター・1 魔/罠・1

 ベル   LP2800

      手札・5 モンスター・1 魔/罠・0

 

(ビートルの攻撃力は2400。貫通効果があるから守備表示のモンスターで耐え凌ぐことも出来ない……なら!)

 

 座学の知識は、実戦で形を成す。

 

「スタンバイからメイン、わたしは手札の《増援》を発動! その効果でデッキから2枚目の《切り込み隊長》を手札に加えます!」

 その効果を知っているようである取り巻きの顔が歪む。しかしその表情はまだ余裕の色がある。が――。

「ここで手札から《サイクロン》を発動! 伏せカードを1枚破壊させて頂きます!」

「なっ!?」

 今度はベルの側から竜巻が放たれ、取り巻きの伏せカードを蹂躙していく。破壊されたカードは……召喚反応罠、《激流葬》。

 

「て、テメェ……!!」

「へんっ、2択を1択に減らす方が悪いんですよ! これで安心してモンスターを召喚できます! わたしは《切り込み隊長》を召喚!」

 

 ベルの場に2体の切り込み隊長が出揃う。その光景を目にしたコーパルが歓声を上げ、クラドがニヤリと口端を吊り上げる。

 

『おお~!! 戦士族定番のコンボ『切り込みロック』、堂々完成です!! これでベルさんの布陣は強固なものになりましたぁ!!』

「へぇ……早速実践、か。やるなぁメイドちゃん」

 

 切り込み隊長には、他の戦士族モンスターを攻撃対象に選択させない効果がある。それらが2体並ぶことで互いを攻撃対象外とし、結果的に相手のモンスターを攻撃不能にさせるというのが『切り込みロック』だ。

 更に、切り込み隊長のもう1つの効果である『召喚成功時に手札から☆4以下のモンスターを特殊召喚する』効果がまだ残っている。本来はコチラの効果を使って2体を並び立たせるのだが、今回のベルの場合はまだまだ追加で召喚が可能だ。

 

「更に切り込み隊長が召喚に成功した時、手札から☆4以下のモンスターを特殊召喚出来ます! この効果で特殊召喚するのは……この子です!」

 

《マジック・ストライカー》

☆3/地属性/戦士族・効果/ATK 600/DEF 200

 

「! へぇ、ここでソイツを出してきたか……」

 

 デフォルメされた、等身の低いアニメキャラクターのような戦士がポンとフィールドに躍り出た。しかしその可愛らしい容姿とは裏腹に、クラドが思わず目を見張るほどこの場に適した効果を持っていた。

 一方、それに対峙する取り巻きは歯噛みしながらギッと睨つける。

 

「……クソ!! また面倒な……!!」

「バトルフェイズ! わたしはマジック・ストライカーで『ダイレクトアタック』!」

 

 マジック・ストライカーは何とセイバー・ビートルの頭上を軽々と飛び越え、後方の取り巻きの下へと到達すると、その杖武器を躊躇い無く振るった。

 

「ぐっ……!?」

 

 取り巻き LP4000→3400

 

 本来、フィールド上にモンスターが存在する場合は相手プレイヤーへ直接攻撃することは出来ない。しかし様々な効果を持つモンスターの中には、このマジック・ストライカーのように『相手モンスターを無視して直接攻撃が可能』というものも存在する。

 こうした効果を持つモンスターは軒並みステータスが低く、次の相手ターンに回れば簡単に破壊されてしまうものだが――現在ベルの場には自分のモンスターへの攻撃を完全にシャットアウトする『切り込みロック』が完成している。

 つまりこの布陣が崩れなければベルは毎ターン、マジック・ストライカーの直接攻撃を与え続けることが出来るという訳だ。

 

「メインフェイズ2でバックカードを1枚伏せて、ターンエンドです!」

「……あんまり調子に乗んじゃねーぞ!? 俺のターン、ドロー!!」

 

 取り巻き LP3400

      手札・3 モンスター・1 魔/罠・0

 ベル   LP2800

      手札・1 モンスター・3 魔/罠・1

 

 力任せに抜き取ったドローカードを見つめる取り巻きの表情が、みるみるうちに歓喜へと変わっていく。

「……ハハハッ!! こいつはイイカードを引いた!! コレでてめぇは終わりだクソガキ、俺は魔法カード《禁じられた聖杯》を発動!! 対象はお前の切り込み隊長だ!!」

「わ、わたしのモンスターに!?」

 宣言と同時、銀色の杯がおもむろに切り込み隊長へと投げつけられた。

 するとどうだろう、中を満たしていた美酒が降りかかり切り込み隊長の纏っていたオーラの色を弱めていく。

 

「攻撃力は400ポイント上がっちまうが……この効果を受けたモンスターは、エンドフェイズまで効果が無効になる!!」

「!! そんな!?」

 

 そう、『切り込みロック』は万全ではない。魔法・罠・モンスターの効果の前では何の抑止力も無く、こうして呆気なく突破されることも多々あるのだ。

 

「これでウザってぇロックが消え、攻撃が可能になったぁ!! 俺は手札から《甲虫装甲騎士(インセクトナイト)》を召喚!!」

 

甲虫装甲騎士(インセクトナイト)

☆4/地属性/昆虫族/ATK 1900/DEF 1500

 

 白銀の甲殻甲冑に身を包んだ昆虫騎士がフィールドに降り立つ。効果を持たない通常モンスターだが、その攻撃力は下級モンスターとしては十分過ぎる程だ。

 並び立つ2体の巨大昆虫。

 彼らの剣は、角は。今は目の前の貧弱な戦士達を易々と葬れる。

 

「バトルだ!! まずは甲虫装甲騎士で聖杯の効果を受けていない切り込み隊長を攻撃!!」

「う……と、罠発動!! 《くず鉄のかかし》っ!!」

 自身の効果で、他の2体を庇うように前へ出ていた切り込み隊長、その眼前に巨大な鉄製のかかしが割り込んだ。

「くず鉄のかかしは1ターンに1度、モンスターの攻撃を無効にして再び場にセット出来ます……でも」

「ああそうさ!! まだセイバー・ビートルの攻撃が残ってる!! その邪魔な野郎を貫いてやれ!!」

 ビートルの攻撃を阻むものは何も無い。無慈悲にもその角は切り込み隊長の腹部を貫き、その身体を霧散させ墓地へと葬った。

「うぅっ……!!」

 

 ベル  LP 2800→1600

 

「まだだ!! 俺は手札から魔法カード《死者蘇生》を発動!! たった今墓地送りにした切り込み隊長を、俺の場に守備表示で特殊召喚する!!」

「な、ええっ!?」

 

 その光景は君主に仕える戦士の反逆が如く。取り巻きの場に、生気の無い目のままの切り込み隊長が特殊召喚された。

 

「はっ、返しのターンで《戦士の生還》でも使われちゃ、苦労が水の泡だからな……出し惜しみはしねぇ!! これでターンエンドだ!!」

 

 その勘の鋭さに、ベルは思わず舌を巻いた。ベルが持つ唯一の手札、それぞまさしく《戦士の生還》だったからだ。

 万が一破壊された切り込み隊長を墓地から回収し、再びロックを形成する……そんなベルの目論見は音を立てて崩れ去った。

 

(……やっぱり経験のある決闘者。昨日今日の付け焼刃のわたしなんかとは違う。でも――!!)

 

 何が何でも、負けるわけには行かない。この先の旅路が。自分と、2人の男達の未来が掛かっているのだから。

 くず鉄のかかしはあるが、相手のモンスター展開や貫通効果を持つビートルが居ることを考慮すると、ここでのドローが正真正銘の正念場となる。

 

「……わたしのターン、ドロー!!」

 

 勢い良く引き放つ、実質的なラストドロー。

 恐る恐る目を開いたベルが目にしたのは――。

 

(……な、何コレ!?)

 

 数秒、静止の後に小首を傾げるベル。

 

(こんなカード、デッキに入ってたっけ……?)

 

 見慣れない名前、イラスト、テキスト。

 デッキをプレゼントされてから何度も目を通していたが、こんなカードを見たのは初めてだ。そもそも、ベルの練習用デッキに扱いが難しい『最上級モンスター』など存在しない筈なのだが。

 経緯はどうあれ、引いてしまったものはどうしようもない。しばしその効果に目を通し――。

 

(……でも、この子なら!!)

 

険しい表情のまま、ベルはフェイズ移行の宣言を続けた。

 

「スタンバイからメインへ移行します! わたしはマジック・ストライカーと切り込み隊長の2体をリリース!! アドバンス召喚……」

 

 墓地へ吸い込まれていく2体のモンスターの魂。それはより強靭な魂を降臨させる為の呼び水となって光の道を形作っていく。

 

「《―**(アスタリスクス)翼戦神(ヴァルキュリア)》!!」

 

 雲を割き、風を纏いその姿を現したのは――『ネイティブ』に伝わる民族衣装を象った金属装甲を纏いし、威光放つ巨大な天使だった。 

 

《―**(アスタリスクス)翼戦神(ヴァルキュリア)

☆10/地属性/天使族・効果/ATK 2800/DEF 3000

 

「あ、アスタリスクスだぁ!? んなカテゴリ、聞いたことねぇぞ!!」

 

 非難するように取り巻きが叫ぶが、待っていましたとばかりにコーパルが即座に答えた。

 

『はいはい、一応違法行為の可能性もありましたので、私が即座に確認しましたが――非常に珍しいカテゴリのようですけど、過去の決闘記録にも『―**(アスタリスクス)―』と名の付くカードが数度使用された形跡がありました。セーフもセーフ、疑ってどうもすいません、という感じです』

「……てことは、そいつは超レアカードってワケか……!?」

 

 取り巻きの目の色が見る見るうちに変化していく。

 何故こんなガキが。ベルにも分かる程、そんな心境が表情に滲み出ていた。

 

「わたしは更に手札から魔法カード発動、《戦士の生還》!! その効果でわたしは墓地から《マジック・ストライカー》を手札に加えます!!」

 

 翼戦神《ヴァルキュリア》召喚の為にリリースされたストライカーが再び手札に舞い戻る。

 

「い、今更そんなモンスターを戻して何を……」

「こうするんですよ!! ヴァルキュリアの効果を発動!! 1ターンに1度、自分の手札か場のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備します!!」

 

 ベルがディスクの魔法・罠ゾーンに《マジック・ストライカー》を置くと、ARヴィジョン上のヴァルキュリアに魔法杖が装備された。

 

「そしてヴァルキュリアの攻撃力は、この効果で装備されているモンスターの数×600ポイント上がります!! これでヴァルキュリアの攻撃力は3400!!」

「だ、だが!! いくら攻撃力を上げてもこのターンで俺のライフは削りきれねぇ!! 次のターンでモンスター破壊のカードを引けば――」

「次のターンには回しません!! ヴァルキュリアの更なる効果、装備されているモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得ます!!」

「何ィ!?」

 

 ☆10に相応しい圧倒的な攻撃力。悠然と杖を向け光を背にするその姿に、取り巻きは言葉にならない言葉を呻き漏らす他無かった。

 

「バトル!! ヴァルキュリアでダイレクトアタック……ブレイヴ・ブロウ!!」

 

 魔法杖から放たれる魔力を纏いながら、ヴァルキュリアがビートルを、甲虫装甲騎士を飛び越え――取り巻きに巨大な魔法球を浴びせかける。

「う……うあああああああ!!?」

 

 取り巻き LP3400→0 

 

 情けなく裏返った取り巻きの悲鳴とライフが尽きたブザーの音が、コーパルの宣言よりも早く決闘の終了を告げた。

 

勝者(ウィナー)、ユーリ・ベルガモットぉ!!』

 

 

   **

 

 

 勝った。

 ベルはしばらく間を置いてから、ようやく目の前の事実を受け入れることが出来た。

 入れた覚えの無いレアカードの『乱入』あってこその勝利ではあったが、それでもこの場を乗り切れた事実は変わり無い。

 デュエル中は終始冷静の装いだったベルだが、その実情は未だ熱く脈を打つ心臓が十分に物語っている。それでも的確なプレイングを維持できたのは、先程の『連敗経験』が良い方向に働いたからだろう。

 

「……っ!! そうだ、ユウさんは……!?」

 

 呆けている場合ではなかった。自分の他にもう1人、更に格上の相手と戦っている男がいたのだ。

 弾かれるように後ろを振り向くと――拍手を送るクラドの横に、腕を組んで相変わらずの無表情を浮かべたユウの姿があった。

 

「……あれ?」

「ブラボー!! カッコよかったぜーメイドちゃん!!」

「ど、どうも……というかユウさんはいつから?」

「……丁度、お前が見慣れないカードを出した辺りからだ。早めに片が着いたから顔を出したのだが」

 

 どうやら、ミスターポーカーフェイスには要らぬ心配だったらしい。

 

「それにしても。そんなカードどこで手に入れたんだ?」

「それが、わたしもよく分からなくて……いつの間にかデッキに」

 

 デッキの枚数を数えてみると、全部で41枚あった。40枚丁度で組まれていたベルの練習用デッキにヴァルキュリアが紛れ込んだのは明白だ。

 

「ま、考えられる可能性とすりゃあ……あの爺さんが『間違い(サービス)』でディスクに仕込んどいてくれたのかもしれねーな?」

 

 儲けモンだな、と気楽に笑うクラド。

 へろへろと肩の力が抜けていくのを感じながら、ベルが取り巻きの方へ向き直ると――。

 

『えー、ではでは。敗者となった決闘旅団の皆さんには――』

『アンティルールとして、勝者に全財産を譲り渡して頂きます』

 

 審判員機構の2人に寄られ、たじろぐ男達の姿があった。

 

「じ、冗談じゃねぇ!! あんな馬鹿げたレアカード、端から相手になるか!! インチキだ!!」

『……先の決闘に不正行為は見受けられませんでした。その申請は受け付けられません』

『そうですよー。約束は約束ですから、すべこべ言わずにパパーっと払っちゃって下さいな?』

「と、とにかく!! 今の決闘は無効だ!! もう一度再戦を――」

『破滅のコーパルちゃんストリーム!!』

「ぐばばばばば!?」

 

 謎の液体が入った注射器を取り出し、反撃の隙も与えぬままリーダーの男に投与するコーパル必殺のストリーム攻撃が炸裂する。

 仮想現実の存在である筈の彼女の攻撃を受けたリーダーの男はバタリと倒れ込むと、口から泡を吹いて気絶してしまった。

 

「り、リーダー!?」

『ダイニダァ!!』

「あばばばばば!?」

 

 立て続けにストリーム攻撃を受けたのは、ベルと対戦した取り巻きの男だ。

 

『さて、と……他に異議のある方は?』

 

 十数人居た男達は皆、無言で首を横に振る。

 そして自分達のデッキを投げて寄越すと、横たわる2人の男を見捨てて一目散に逃げ出していった。

 

『ふむ。あの決闘旅団の方々、ホントに全財産が『カードだけ』だったみたいですねー』

「……こ、これが審判員機構の力……」

 

 あっという間の出来事に目を丸くしているベルを尻目に、クラドはいそいそとカードの回収に走っていた。落ちていたデッキのみならず、気絶した2人の腰元からも遠慮なくカードを抜き取っていく。

 

「へへ、こりゃまた儲けモンだな~♪」

「クラドさん!! そんな泥棒みたいな……!!」

 

 ベルが責め立てると、クラドは人差し指を立てて言葉を返した。

 

「こうなることを覚悟で、奴らは俺らに襲い掛かってきたんだ。アンカー(あんなもん)まで使ってな? それに俺らが負けてたら、立場は逆だったんだぜ?」

「そうかもしれないですけど!!」

「『こう』なりたくないから。だからデュエルを始めたんだろメイドちゃんは? なら早めに気持ち切り替えといた方がいいぜ? この世界で強くなるってのは『こういう』ことだ」

 

 言いながら、クラドがホルダーごとデッキを1つ投げて寄越した。

 顔の近くまで迫ったからか、ベルは反射的にそれを受け取ってしまう。

 

「コイツのはメイドちゃんが持ってな。自分が勝ち取ったもんだ、身の危険と引き換えにな?」

 

 デッキトップに置かれていたのは《セイバー・ビートル》。あの取り巻き男のデッキだ。

 

「……でも」

 言い淀むベルを尻目に、クラドは戦利品に素早く目を通していく。

 どこか釈然としない後味の悪さを飲み込んで、ベルはこれ以上の言及を止めた。クラドの言葉もデュエルが支配するこの世界では決して的外れではないのだろう。

 勝たなければ一方的に搾取されるだけ。そんな世界の『掟』は誰よりも痛感していた筈だ。

 

「えっと……とりあえずゴメンナサイ!!」

 

 ぶん、と風切り音をなびかせて、ベルは全力で意識の無い相手に頭を下げた。

 初めての勝利を飾った対戦相手のデッキは、今や自分の手の中にある。『強くなる』ことの重みを感じながら、ベルは決意を新たにしたのだった。

 

 

   **

 

 

「……ああ、手筈通り『あのカード』は彼女の手に渡ったよ」

 

 露天の店主が、路地裏の暗闇に向かって言葉を投げた。

 返事は無い。しかし店主はニヤリと歪んだ笑顔を見せて『会話』を続けた。

 

「さて、約束の品を渡してくれや」

 

 暗闇が吐き出したのは1枚のカード。

 ソレを受け取った店主は歓喜の色を滲ませ……ふと、怪訝な表情を浮かべた。

 

「……おい、そりゃあ一体どういう――」

 

 瞬間。店主の身体は路地裏の暗がりに同化するかの如く、悲鳴すらもカードに飲み込まれ霧散した。

 ぽつり、と店主の足元『だった』場所にカードが舞い落ちる。

 カードはすぐに闇の中から伸ばされた手に回収され、その全貌は分からなかったが、唯一判別できたのはカード名称の一部だった。

 

 ――**(アスタリスクス)。それが店主を飲み込んだカードの名前だ。




~今日の最強カード~

《―**(アスタリスクス)翼戦神(ヴァルキュリア)
☆10/地属性/天使族・効果
ATK 2800/DEF 3000

①:1ターンに1度、自分の手札またはフィールド上のモンスターカード1枚を装備カードとしてこのカードに装備出来る。
②:このカードは装備されているモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る。
③:このカードは装備されているモンスターの数×600ポイント攻撃力がアップする。
④:このカードに装備されているカードを全て墓地に送る。このカードの攻撃力は300ポイントダウンし、そのターンに1度だけ戦闘及びカードの効果によっては破壊されない。この効果は相手ターンでも発動出来る。
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