遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第37話 十二支柱

「……俺の勝ちだ」

 

 未だ赤い鎖が2人を繋ぎ止めている中で、ユウは静かに少年へと告げた。

 よろよろとした足取りで詰め寄ったユウは、鬼岩城が霞の中へと消えていくのと入れ替わりに燐路の前に立ち塞がった。

 

「……話を聞かせて貰おう。色々とな」

「チッ、分ぁったよ……」

 

 唸り声を漏らし観念したように燐路が俯く。

 そのままゆっくりと左腕のディスクを操作し、互いを縛っていた赤い鎖を断ち切り――顔を上げた少年は、犬歯を剥いて嗤っていた。

 

「……って、素直に答える訳ねーだろうが!!」

 

 言うが早いか。立ちこめていた闇が晴れ、元の白い病室へと戻ると同時――小猿の如き身のこなしで窓を突き破ると、外気の中へとその身を放り出した。

 

「なっ!?」

 

 予想外の行動に、ベルは驚きの声を上げた。

 この病室は6階、飛び降りて無事で済むような高さではない。慌てて窓へ駆け寄って下を覗いたベルが見たのは、既に夜風を受けて落下していく燐路の姿だった。

 このままでは悲惨な光景が広がるのは時間の問題。しかし燐路が持つ不可思議な力が、そんな常識を覆した。

 

「受け止めろ、ラヴァル・キャノン!!」

 

 左右2つのディスクを赤い鎖で繋ぎ、襲撃時と同じようにモンスターを実体化させ、地上に着地するまで僅か数秒。眩い光を纏って出現した灰色の巨体は、燐路を抱えたままアスファルトに着地した。

 

「嘘、あんな使い方……!!」

 

 着地と同時に破壊のエフェクトが発生し、すぐに《ラヴァル・キャノン》は消滅してしまったが――燐路が逃走するには十分すぎる時間だった。

 

「……逞しい奴だ」

 

 アンリエールに支えられながら窓際までやってきたユウがおもむろに眼下を覗くと。

 闇夜に浮かぶ、ギラギラと燃え盛る紅い瞳が突き刺さった。

 

「ッ……あの野郎、次はぜってぇブッ潰す……!!」

 

 燐路は低く獣の如き唸りを上げると、眼光の尾を引いて闇の中を駆け抜けていく。

 

「逃げられ、ちゃいましたね……」

「……いや」

 

 小さな獣の影を追う、ポーカーフェイスの視線の先。そこには――。

 

「……大丈夫だ」

 

 疾駆する燐路の前に、すらりと伸びる2つの人影が立ちはだかった。

 足を止め、眼前の『敵』を見据える燐路の眉間に皺が寄る。

 

「あ? てめぇらは確か――」

 

 見覚えのあるその顔に燐路が記憶を遡る。

 大会で潰したあの2人だ。

 背の高い女――藍はディスクを構えて堂々と仁王立ちしているものの、クラドは1歩下がった位置で手刀を構えている。

 

「どけよ、また潰されてぇのか?」

 

 そう言う燐路の表情は凶悪なままだが、どういう訳かディスクを構えようとはしない。

 逃走を優先したいのだろうと踏んだ藍の口元は、自然にクスリと歪んだ。

 

「……へぇ、まだまだ元気が良いじゃない? でもそうでなくちゃ困るわ。何せ私も、あの子たちを酷い目に遭わせたお礼に――」

 

 手負いの燐路は表情にこそ出さないようにと懸命に堪えたつもりだったが――どこまでも沈んでいくような錯覚すら覚えるその青色に、思わず戦慄を感じていた。

 

「――アナタ達を絶対引っぱたいてやる、って思っていたから」

 

 紅きルビーに、氷の如き青のサファイアが対峙する。

 ハッタリが効かないどころか、冷気の湯気が立ちそうなその雰囲気はどうにも厄介だ。まともにやり合っていては恐らく身が持たないだろう。

 ならばと、燐路が結論を導き出すのは早かった。

 

「……へっ、生憎と俺にそんなシュミはねーんだよ!!」

 

 四足で駆けるが如き素早さでばっと反転する燐路。その眼は既に闇の向こうを見据えていたが……そんな視界の端に映ったのは、ふわりと翻る『何か』だった。

 違和感を覚えるその前に、燐路の体は冷たいアスファルトの上に叩き付けられていた。

 

「がッ!?」

 

 硬い地面の感触に混じって、耐え難い窮屈な感覚が押し寄せてくる。

 気付いたときには、青いドレスの裾からすらりと伸びた白い脚が身体の自由を絡め取っていた。

 

「ぐっ、テメェッ!?」

「クスクス、子供が大人に勝てる訳がないでしょう?」

 

 うつ伏せの状態で腕を捻られ、拘束された燐路が吼える。

 デュエルという年齢の境目を曖昧にしていたソレが取り払われた今、確かに大人と子供という力関係は顕著に現れるのかもしれない。

 しかしクラドが傍から見ていたその光景は、とてもそんな言葉で片付けられるような次元の話では無かった。遅れてやってきたふわりとした風圧が、クラドの冷や汗を拭う。

 やはり『本業決闘者』という人間は、何かが違うのか……?

 

(い、今……何が起きたんだ……?)

「さ、観念しなさい?」

 

 にっこりと、藍が妖艶な微笑を浮かべて見せる。

 やっぱりこの人を敵には回したく無いな……改めてそう認識しつつ、クラドはそそくさと燐路を取り押さえに駆け寄ったのだった。

 

 

   **

 

 

「……ケッ」

 

 黒服の男達に取り囲まれ、ぶすっと頬を膨らませた燐路の腕と足には――当然ながらディスクもカードも取り上げた上で、鈍く黒光りする枷がはめられていた。不可思議な紅い鎖ではなく、しっかりとした実体を持つ鉄の鎖がジャラジャラと音を立てている。

 場所はといえば、セキュリティの交番でもなければ牢獄の中でもない。ラムジョレーン家の力で病院関係者すら立ち入ることが出来なくなった、アンリエール達の病室だった。

 両足も縛られている為、丁度体育座りの様な格好でむくれている燐路に、藍がゆったりと屈んで覗き込んだ。

 

「さて、色々と答えて貰いましょうか?」

 

 こんな無茶を通したのにも理由はある。仮に燐路の仲間が襲撃を再開するとすれば、狙いはアスタリスクス所持者……と思われているベルと拘束された燐路の救出だろう。守りを固める意味でも、標的を1つの場所に固めておいて方が良いという判断だった。

 

(それにしても……随分肝の据わった子ね)

 

 と、藍は思った。燐路はこんな状況でも、焦りも怯えも見せず不機嫌そうに顔をしかめているだけなのだ。仮にも彼は決闘組(デュエルマフィア)相手に喧嘩を売った訳で、頭を銃弾で打ち抜かれようがそのまま海の底へ投げ捨てられようが、どんな目に遭ってもおかしくはないのだが……。

 

(『命のやり取り』だけは勘弁して欲しいのだけど……ね)

 

 自分達に危害を加えてきた『敵』とも呼べる存在とはいえ、年端もいかない少年が命の危険に晒されているとなればあまり良い気持ちはしない訳で。

 

(まぁ、でも今は……)

 

 お世辞にも白とは言えないが、今は彼らの手を借りるしかない。既にこの街でお尋ね者である燐路から、セキュリティに連行されて手が届かなくなる前に聞き出さなければならないことが山ほどあるからだ。結局その後、面子を汚され怒る『彼ら』をどう説得するか骨が折れそうではあるのだが……。

 

「それじゃ答えて頂戴、まずは貴方達の目的は何? そうまでして《アスタリスクス》を集めるのは何故?」

 

 ずい、と顔を寄せて詰め寄る藍に、燐路は当然ながらそっぽを向いてだんまりを決め込んでいる。こんな問答で彼の口は割れ無いことぐらい、藍も承知の上だ。

 

「答えるつもりは無いのね?」

「当たりめぇだろ」

 

 瞬間。燐路の後ろに立つ黒服が、何やらカチリと小さな金属音を立てた。

 直接的な『武力』とは縁の無いクラドとベルは、その『音』に思わず顔を青くした。

 

「「ひっ……」」

 

 しかし、当の燐路は背中に突きつけられたソレに心当たりが付いてようやく、「仕方ねぇな」と言わんばかりの表情でぽつりぽつりと語り始めた。

 

「……『儀』を遂行する為さ」

「儀……? それは一体何の事なの?」

「知るかよ、テメェで調べろカス」

 

 ガチリ。

 その無機質で不穏な『音』が響いた瞬間にベルは思わず目を覆ってしまったが、燐路はどこか鬱陶しそうに溜め息を付くだけだった。

 

「わーった、わかったよ!! ……ったく、どうせ言っても信じねぇだろうが?」

「それはこちらが判断することよ」

 

 藍の言葉を聞くと、燐路はにやりと意地の悪い笑みを浮かべて。

 それでもその得意げな表情に偽りの色は無く、言った。

 

 

 

 

 

「デュエルモンスターズを『無かったこと』にするんだよ。『十二支柱(アスタリスクス)』の力でな」

 

 

 

 

 

 それはあまりに突拍子も無く、その場に居る殆どにはそれが1人の少年が語る歳相応の非現実的な夢物語に聞こえた。

 只1人、そんな『非現実』に巻き込まれた張本人(ユウ)を除いては。

 

「十二支柱……?」

「この際サービスで教えてやるよ、アスタリスクスは全部で12枚だ。その12枚を揃えて『儀』を行えば、デュエルモンスターズは歴史から消滅する……ま、これは『ジジイ達』の受け売りだからな。『儀』の内容については詳しくは知らねぇよ」

「……そんなことをして、一体何を?」

「デュエルモンスターズが無かったら、世界はきっと『武力』を掲げて戦争を続けてただろ? 『武力』を用いたまま戦争が続いていたなら、きっと勝者は文明の白(ユートピア)じゃなく幻想の紅(おれら)だった……それが『ジジイ達』の考えさ。だから無くしちまうのさ、歴史からデュエルモンスターズの存在をな」

 

 燐路の語った話には、藍もいくつか心当たりがあった。

 紅の一部ではデュエルモンスターズの撤廃を掲げ、旧時代の『武力戦争』を良しとする過激派が存在する、という噂だ。皮肉なことに、彼らは自分達の意見を主張する為に身につけたデュエルの実力は高いらしいのだが……。

 

 彼らの背景は、デュエルモンスターズが代理戦争として採用される以前に遡る。

 当時、白と紅の地は互いに拮抗した実力を持つ強者として在った。しかし代理戦争が導入されて以降は、世界における紅の地位は下降の一途を辿っていったのだ。

 カード開発やルールの裁定……様々な分野を各大陸で分散させることで表には公平を保っていた代理戦争ではあったが、やはりデュエルシステムの最先端を担うKC(ナイトコーポレーション)を懐に抱えた白の優位は戦争開幕当初から囁かれていた。

 結果として――代理戦争前から既に『蚊帳の外』であった未開拓の橙(ネイティブ)を除いて――紅は散々な結果を残して敗北、その後の推移は現在の姿を見れば明らかだ。

 近代化の一途を辿る白に対し、文明の発達どころか未だに戦争の傷を埋めることすらままならず、内国での紛争が後を絶たない。

 そういった事実を見ても、燐路の言葉には妙な現実味があった。しかし――。

 

「幾らなんでも、カードを集めて過去を変えるだなんて……」

「馬鹿だと思うならそれでもいいぜ? 俺らはただ、潰して奪うだけさ」

 

 ベルの呟きは、恐らくこの場における全員の総意であったが……燐路の声色は茶化しつつも至って真剣だった。

 

「……1つ聞かせて」

 

 歴史の改竄……そんなことが可能かどうかはこの際置いておくとして。

 こんな年端もいかない少年達を自分達の狂った思想で統べ、馬鹿げた目的の為に他者を傷つける『ジジイ達』と呼ばれた者の存在に、藍はふつふつと怒りを感じていた。

 

「貴方はその話を、本気で信じているの?」

 

 それは単純な興味だったのか、それともこの少年の中に『救い』を見出したかったのか。

 真摯に問い掛けた藍に対し、燐路はつまらなそうに目を細めて答えた。

 

「さぁな。嘘でも本当でも、どっちだっていいさ。奴らの下で戦っていりゃ何不自由なく生きられるんだ、その結果がどうなろうが知ったことかよ」

 

 そこにあったのは果たして、藍が望んでいた『救い』だったのだろうか。

 否、彼は幼いながらもしっかりと『真実』を見極め、自分の為に動いていたのだ。

 

「……そう、分かったわ」

「あーくそ、ずっと地べたに座らせられてるからケツが痛くなってきた……こんなコトなら無理矢理にでも『9番』を持ってくるんだったぜ……!!」

「……そういえば、あなたの『アスタリスクス』はどうしたの?」

 

 藍が没収した彼の【ラヴァル】エクストラデッキには、あの強力な猿のアスタリスクスは入っていなかった。既に15枚のカードが投入されていたし、身体を調べてもどこかに隠していた訳でも無かった。

 これから『アスタリスクス』と戦おうというのに、わざわざキーカードを抜いておくというのも彼の性格上考え難い。

 

「……没収されたんだよ、没収。だから俺がこーなったのもアイツらのせいって訳だ」

 

 不機嫌そうに眉を寄せて、燐路はぶつくさと目を横に反らした。

 仲間に対する僅かな嫌悪感。それを見逃さず、藍は疑問を畳み掛ける。

 

「……『アスタリスクス』って一体何なの? 何故わざわざ、奪う為だけに『闇のゲーム』なんて仕掛けてくる必要があるの? そもそも闇のゲームはどうやって……」

「あーはいはい、ちょっと待てって」

 

 藍が訝しげに眉を寄せると、腕が自由に使えるなら後ろ手に頭を掻く様な表情で話を続けた。

 

「俺が知ってんのは、『十二支柱』はデュエルで勝ち取らなければ『儀』を行う為に意味を成さない、って話だけだ。普段のデュエルで使う分には問題ないんだが、『十二支柱』は基本巫女サマのモンってコトになってる。俺らが回収したとしても、最終的には巫女サマにわざと負けて差し出すように言われたぜ。ただ、そこにどんな意味があるのかは知らねーよ。本当だ」

 

 わざと負ける、というのが気に入らないのだろう。

 僅かに顔をしかめた燐路だったが、再び表情を戻すと話を続けた。

 

「んで、『闇のゲーム』についてだが……正直、コレは俺が物心付いたときから当たり前に使ってモンだしな。何でとかどうしてとか、正直こっちが聞きてぇよ」

「え……?」

 

 デュエルシステムに干渉する、という点から特殊な科学技術の類だと思っていただけに、藍は素っ頓狂な声を出してしまった。他のメンバーも同じく、皆訝しげな表情を浮かべている。

 

「俺の故郷でも、使える奴と使えない奴が居るんだぜ。強制的にデュエルに持ち込めるってのが便利だから、使える奴は『ジジイ達』に見込まれて決闘者になることが多いけど……知ってるコトはその位だな。ま、頭の良い学者先生なら何か知ってんじゃねーの?」

 

 もしかしたら、自分達がからかわれているだけなのかも知れない。いや、普通に考えればむしろその可能性の方が高いだろう。

 しかし、その真っ直ぐに向けられた紅い瞳には嘘偽りが感じられず……藍はひとまず別の疑問を振ることにした。

 

「……なら次に。『巫女様』は何故貴方達に協力を?」

「おいおい、まだ答えなきゃいけないのかよ? いい加減に……」

 

 口答えをするなとばかりに、背中に押し当てられたソレが更に押し付けられる。

 

「あー、はいはい。吐きますよ。あの巫女サマは『呪い』の成功者なんだと。それ以上は知らねーよ、あの馬鹿女が何で協力してるか何て知りたくもねぇ。俺はそういうマツリゴトには関わってねーんだ」

 

 燐路がそう言い切ったと同時に、ユウが痺れを切らしたようにずいと前に出た。

 

「……なら、直接本人に問い質すだけだ。ヒヨリはどこにいる?」

 

 ユウの言葉に、燐路はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたかと思うと、小馬鹿にしたように鼻を鳴らして答えた。

 

「決まってんだろ? 次の『十二支柱』を回収しに行ったよ」

「……それはどこだ」

「はっ、言えるわけねーだろ?」

 

 かちゃり、と突きつけられた背中のソレにも物怖じせず、燐路はわざとらしく大声を上げた。

 

「おーおーいいのかよ俺を殺しちまって? そしたら巫女サマの居場所は闇の中だぜ? 死人に口無しって言うだろ?」

 

 成程、と藍は思った。

 これがあったから、燐路は命の危険にありながらもそれまで平然としていられたのだ。

 ヒヨリ達の居場所という情報を盾に、燐路はニヤニヤと煽り立てる。

 

「お? どうしたどうした? 撃てるモンなら撃ってみろよ、巫女サマも『4番』も、二度と戻ってこないかもしれねーけどなぁ?」

「ッ、下衆が調子に……!!」

 

 前に出ようといきり立ったアンリエールを片手で抑止したのは、藍だった。

 

「……成程。どうやらもう、『私たちの知っていること以上の話は出てきそうに無い』わね?」

 

 そう言ってベル達に振り向いた藍の顔は、燐路からは伺えなかった。

 が……ベル達にはしっかりと見て取れた。片目を瞑って悪戯に微笑むその表情は明らかに何か企んでいる。

 

「もう良いでしょう。『早速出発しましょうか、私の故郷へ』ね?」

 

 無論、それは他のメンバーにとって寝耳に水な話であったが――ユウとクラドに関しては彼女の表情から何かを察して、無言で頷いて見せた。

 その一方でベルとアンリエールはきょとんと首を傾げて「え?」と聞き返したが、それがむしろ妙な現実味を持たせていく。

 

「あの、藍さんの故郷って……忘却の青(アトランタ)へ行くんですか?」

「ええ。そういえば『まだ話して無かった』わね? どうやら彼のお仲間さん達も目的は同じのようだし。もう彼に用は無いわ」

 

 勿論、藍には青で発見されたカードがアスタリスクスである確証は無いし、仮にそうだったとしてもヒヨリ達の目的が別の場所という可能性もあった。

 だからこそ、藍は(うそ)を撒いて釣り糸を垂らしたのだ。小生意気な獲物が目の色を変えて喰らい付く、その時を待って。

 

「……待てよ」

 

 そして垂らした糸は――見事にぴくりと水面に波紋を立てた。

 

「何か?」

 

 疑念が確信に、嘘が真実に変わる。

 にんまりと笑みを浮かべた藍は、髪を揺らしてゆっくりと振り返った。

 

「お前ら……どこまで掴んでやがる?」

「さぁ? 貴方に教える義理は無いわ」

 

 威圧的な態度こそ崩さなかったものの、燐路のそれは焦りの裏返しだ。

 交渉において大事なのは、常に相手より上の立場に立つこと。半ば情報を人質に取って優位にあった先程までの状況から一転、再び交渉という場に着く為に『手札』を1枚追加で場に出さなければならなくなった。これで互いの立場はほぼイーブン。

 

「……青に行くなら、俺も連れてけ」

「何故? それが私たちにメリットはあるの?」

「とぼけんな。どうせロクに『十二支柱』の在り処も知らねぇんだろ?」

 

 確かにその通りであったが――次にヒヨリ達が向かう場所が青であるという『確認』が取れた今、そこはさしたる問題ではない。

 

「あっちに巡らせてるパイプは腐る程あるわ。私としては、別に在り処を貴方から聞き出さなくても良いし」

「ならこうだ、俺の身柄を交渉材料に使え。その方がお前らとしても楽に事が運ぶんじゃねーのか?」

「……あら、随分と必死ね?」

「当たり前ぇだ。俺はこんな所でくたばる訳にはいかねーんだよ」

 

 見苦しい交渉だというのは燐路も分かっていたが、このまま決闘組やセキュリティに身柄を拘束される訳には行かない。

 仲間と合流する。隙を見つけて逃げ出す。その為にはどうにか理由をつけて彼らと行動を共にするしかないのだ。

 

「……彼女達にとって、そこまで貴方の身柄に価値があるの?」

「疑うなら良いこと教えてやるよ。そこのオッパイちゃんを襲ったのは俺の姉貴さ。他の連中はともかく、姉貴なら血相変えて取り返そうとするだろうぜ。俺でダメならそこで姉貴を捕まえて交渉すりゃいい。盗られた『4番』を取り返すにしても、巫女サマに何か用があるにしてもだ。悪い話じゃねぇだろ?」

 

 身の安全と引き換えに秤に載せられたのは、最終目標であるヒヨリ達に対しての交渉カードだった。自分の身柄と、果ては肉親までも売り払うその姿勢に驚きつつも。

 

「……そう。そういうことなら、少し相談する価値はありそうね?」

 

 確かに条件としては悪くない、と考えていた。

 

 

   **

 

 

 結果として。燐路は身柄を拘束した上で青の地へと連れて行くことになった。

 アスタリスクスの在り処については、既に藍が現地の知り合いに調査を依頼しているらしく、到着と同時にスムーズに動ける段取りがつき始めている。

 長かった夜も明け、ベルとアンリエールの退院も間近。そんな折――。

 

『やあ、お久し振りですね』

 

 朝の街を歩くユウは、Dパッドに表示されたブロンド髪の男――ユーギの顔に嫌気が差して、ふぅと溜め息をついた。

 

「……何か用か?」

『おや、情報を寄越せと言って来たのは貴方の方では無いですか? という訳で早速ですが情報をお渡ししましょう。白面の彼女たちが次に向かう目的地は、どうやら「同じ」ようです』

「……随分遅い仕事だな。その情報ならもう間に合っている」

 

 むしろ気になるのは、ユーギがこちらの何処までをしっているのか、だ。

 

『おや、そうでしたか。やはり美しい女性はこなす仕事もお見事だ』

 

 にこにこと笑顔を見せるユーギ。

 そんな表情はそのままに、雰囲気だけがふっと引き締まる。

 

『――では、よろしくお願いしますよ?』

「ああ」

 

 送られてきた『チケット』を別の画面で確認しながら、こつこつと足早に歩を進める。

 そこに記されていたのはユウの名前と、頭上を飛んでいく鉄の翼に記されたものと同じロゴマーク。空の船が彼を運ぶ先は――忘却の青だった。

 

「……安心しろ。期待には応えるさ」

 

 ぷつん、と白いDパッドが沈黙する。

 飛んでいく巨影と入れ違うように、ユウの足はそこへ向かっていった。

 

 目が覚めたベル達が『そのメッセージ』を受け取ったときには、既にユウの姿は無く。

 街にはただ、地鳴りのような轟音が残響しているだけだった。




~ご注意・宣伝フェイズ~




5/2に開催されます同人誌即売会、COMIC1に参加致します。

http://www.comic1.jp/popular.htm 【サークル:こはくいろ し23a】

拙作の第5話~第12話(AOJリベンジ~大会入る前位)までの内容を改稿しまして、挿絵を追加しました『第2巻』を販売する予定です。
前回のコミケで売れ残っ……ゲフンゲフン販売しました第1巻もありますので、当日会場に足を運ぶ方がおりましたら是非ともご贔屓を。

kohatuka~、kohatuka~でございます。

……最近選挙カーが夜中までうるさいぜ!!
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