遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第3話  粉砕、玉砕、大失態

 強制賭けデュエルをした補給都市を出てから一日半。渓谷エリアを抜け次の目的地へ向かう道中に見つけた河川で、一行は休憩をとることになった。先を急ぐ旅ではあるが、適度な憩いは必要だ。

 

「へ……」

 

 比較的澄んだ水だったので、ベルは衣類の洗濯も兼ねて水浴びを提案した。男性陣2名が快く見張り番を買って出てくれたおかげで、ベルは安心して水浴びを済ませることが出来た、のだが。

 

「っくしゅ!!」

 

 まだ暖かい季節とはいえ、川で水浴びは少しばかり無理があったかと、ベルは鼻を啜りながら考えた。

 

「うぅ……」

 

 予想外な水温の低さにぶるぶると身体を震わせ、今は衣類の洗濯を始めている。ろくな着替えが無かったのでクラドから借りた大きめのTシャツ1枚という格好でいるのだが。

 

(……まぁ、ハダカでいるよりは全然いいや)

 

 ネタで買った土産物だから返さなくていいぜー、と快く貸してくれたクラドに感謝しつつ。《ブラック・マジシャン・ガール》の胴部分がプリントされたソレを見ていると、やはり何か馬鹿にされているんじゃないかという疑念も沸いてくる。

 そうこう考えているうちに、洗濯は無事に終了。近場の岩に張ったロープに衣類を下げて、ベルはひとまず息をついた。

 

「さて、と」

 

 手ごろな岩にちょこんと腰掛けて、ベルが取り出したのはデッキホルダーだ。

 僅かな時間を見つけてはデッキを眺めていることが多くなった辺り、ベルも着実に『デュエル脳』へ傾いてきたのだろう。

 

「……アスタリスクス、かぁ」

 

 いつの間にか紛れ込んでいた不思議なカードを眺め、ぼんやりと考える。

《―**(アスタリスクス)翼戦神(ヴァルキュリア)》。クラドに調べて貰ったものの、非常にレアなカテゴリに属するカードだということ以外は何も分からず終いだった。

 モンスター効果も、最上級モンスターという扱い難さを考慮すれば飛び抜けて強力という訳でも無い。名称の変更や効果のコピーなどから『玄人向けのコンボカード』とユウは評価を下したが、基本戦術すらままならないベルが扱うには難しい。結局は宝の持ち腐れ、どんなレアカードも使われなければ意味は無い。

 むしろベルのデッキ強化に貢献したのは、賭け品として勝ち取った【昆虫族】デッキの面々だった。ベルのデッキと同じく地属性主軸だった彼の昆虫族デッキには、相性が良いカードが多く積まれていたのだ。

 ともあれ、依然ベルのデッキは纏まりの無い【寄せ集め】であることに変わりは無い。種族やカテゴリで統一されたパワーデッキの前には、到底成す術もないだろう。

 

「……カードか、それともお洋服か」

 

 むぅ、とブラマジガールTシャツに視線を落としながら、ベルは溜め息をついた。

 

(でも、超レアカードっていう位なんだから、もっとこう……)

 

 ドバーン、ズバーン。

 LPは0、どうもありがとうございました。

 ――そんな感じのカードじゃないのかなぁ、とユウの《裁きの龍》を思い出しながら小首を傾げた。

 あれぞ必殺のエースカードの姿。カテゴリで固められたユウの【ライトロード】デッキは、統一感もあってとてもカッコ良い。知識の付いた今だからこそ余計にそう感じてしまうが、強力なデッキを構築するには高額なレアカードが何枚も必要になってくるらしい。

 極端な例では、とある強力なカテゴリデッキに3枚入れなければならない『必須カード』が1枚ウン十万円で取引されている、などというトンデモナイ話まである。今のベルにカテゴリデッキを構築するなど、到底無理な話だ。

 

(超レアカードも、やっぱり1枚だけじゃなぁ……)

 

 身勝手な落胆にカードの精霊達が憤慨したのだろうか。

 突然の谷風がビュウと勢い良く吹き抜けた。ベルの手から、カード数枚を攫って。

 

「ぎゃー!? カードがー!!」

 

 はらはらと舞い飛ぶ幾枚のカード達。

 慌てて追いすがるも、吹き飛ばされたカードは見事に川ポチャしてしまった。

 ゆっくりとした流れに乗って、しかし見る見るうちに下流へ流されていく。

 

「だっ……あーもう!!」

 

 迷っている暇など無い。ベルはブラマジガールTシャツを勢いよく脱ぎ捨てると、ばしゃばしゃと川の中に身を投じた。

 あまりの冷たさに目を瞑ったのも一瞬、グッと覚悟を決めたベルはそれこそアクア・ジェットでも装備されたかのようにするすると泳ぎ回り、吹き飛ばされたカード達を回収していく。

 が、残りの1枚がどうにも見つからない。もしやと思い、意を決して水中へ身体を潜らせ、目を開くと――あった。翼戦神(問題児)発見だ。

 

(見つけた!)

 

 素早く泳いでカードを掴み、耐え切れないといった様子で水面に顔を出す。

 

「はぁ、はぁ……せ、せっかく暖まってきたところだったのに……!」

 

 震える身体を必死で押さえ込み、岸まで辿り着く。

 川からその身を引き上げ、ふと顔を上げたところではたと気が付く。

 

(……あれ?)

 

 干した衣類にしては大きな、2つの影。

 前髪から滴る水滴でぼやける視界を必死に凝らして、その姿を確認すると。

 

「――あ」

 

 片や、両手で顔を覆い。

 片や、相変わらずのポーカーフェイスが小首を傾げてじっとベルを見据えていた。

 

「……何がどうしたんだ、お前は?」

 

 悲鳴を聞いて駆けつけたのだろう、見張り番の男2人がそこにいた。

 

 

 

 

《威嚇する咆哮》

 通常罠

 このターン相手は攻撃宣言をすることができない。

 

 

 

 

   **

 

 

「すいません! 急に大声上げたりして!」

「え? 何だって? 割とマジで何も聞こえないんだが……ずっとキーンっていってる」

 

 生気のない目で乾いた笑いを漏らすクラドに、頬を真っ赤に染めたベルがひたすらに頭を下げる。そんな様子を、ユウは耳かきを突っ込みながらただ黙って眺めていた。

 薄手の衣類はすぐに乾いたので、ベルは半袖Tシャツに短パンというラフな格好に着替えている。上はブラマジガールTシャツのままなのだが。

 

「はは、なーんてな。謝るのはむしろ無遠慮に押し掛けたこっちの方だぜ? 気にすることはねーよ」

「……うぅ、すいません」

 

 相変わらずの飄々とした対応に心救われるベル。未だ耳かきを操りながら不思議そうに首を傾げているユウに関しては、鼓膜的な意味で若干の不安が残るのだが……。

 

「さて。残りの洗濯物が乾くまで少し時間があるし、次に立ち寄る街についてでも話しておこうかな?」

 

 取り出されたのはいつもの通り、詳細な街の見取り図だ。  

 

「名を『マガイア』。そこを流れてるの川の源流になってる、大きな湖が街のシンボルだ。この辺りじゃ珍しく『豊富な水源』を抱えているってコトで、その大きさは中央部の大都市並み。ま、『水源保護』に躍起になり過ぎて少々閉鎖的なのが厄介だが……」

 

 湖を中心として円形に渦を巻くように複雑化していく街の見取りは、まるで蝸牛(かたつむり)の殻のようだ。山間の辺鄙な街に相応しくない、どこぞの要塞都市じみた堅苦しい印象を受ける。

 

「そんな『マガイア』での俺らの目的は、ずばり『決闘旅団(パーティ)』の新規登録だ。『旅団』の新規登録が出来るデカイ組合(ギルド)があるのは、シガマまでの道中じゃ『マガイア』しか無い」

 

 シガマの大会出場に欠かせない条件は『決闘旅団』であること。新規登録には提出しなければならない書類や審査が多く、小さな町にある簡易的な組合では取り扱ってくれない場合がほとんどだ。

 

「大会の規定人数にはまだ足らないが、旅団として登録出来る最低人数はクリアしてるしな」

「最低人数?」

 

 ベルが小首を傾げると、クラドは笑顔で答えた。

 

「そ。センセーと俺とメイドちゃんの、3人だ」

「え? あ、あの……わたしなんかがメンバーに入ってしまっていいんですか?」

 

 きょとんと目を丸くするベル。詳しい話は分からないが、当面の目的であるシガマの大会にはユウの大切な『探し物』らしきカードが賞品になっていると聞いている。

 そんな大事な大会に挑むメンバーに、自分のようなド素人を加えてもいいのだろうか。

 

「ん? ああ、大丈夫ダイジョブ! ここではあくまで『旅団』を登録する為のメンバーだからな。一度新規登録しちまえば、人数の追加はDパッドからでも可能になる。だから実際大会に出て闘うことになるのは、この先でスカウトする連中になると思うぜ? 俺だって大会参加なんて御免だよ」

 

 手を振って否定するクラドに、思わず安堵の表情を向けるベル。

 

「なもんで、登録のチャンスはココしかないって訳だ。ただ、ここで少し問題がある」

「問題?」

 

 苦々しい表情でクラドが告げると、ベルが怪訝そうに眉を寄せた。

 

「梅雨並みに鬱陶しい話なんだが……『旅団』の新規登録には、審査を受けて合格を貰わなきゃならない」

「審査、ですか」

「そ。具体的にはこんなことを審査される。『デュエルを悪用しないか』、『目的は何か』、『自分の身は自分で守れるか』」

 

 最後の項目を告げたクラドが苦笑する。その意味をおぼろげながらに感じ取ったベルは、思わず目を丸くして尋ねた。

 

「もしかして……デュエルを?」

「ピンポン、大正解。メイドちゃんならよく知ってると思うが……旅団の資産を狙う他の旅団や犯罪組織は多い。旅団登録の管理をしてる公的警護機関(セキュリティ)も手が回らなくなる程にな? デュエルで実力を計るのも、自分達に掛かる火の粉くらい手前で払えってコトだろ」

 

 ベルとしてはあまり思い出したく無かったが、かのA・O・J使いの旅団が頭に浮かんだ。デュエル悪用を禁じる審査を通過した筈の旅団が人々に害を及ぼす、というのも可笑しな話だ。

 

「セキュリティとしちゃ悪党予備軍を生み出さないように『振るい』を掛けてるつもりなんだろうが、振るいの網目を抜けて通るのは悪党の得意分野さ。それは現状を見れば一目瞭然だってのにな」

 

 クラドが苦々しく呟くと、重苦しい口調のまま言葉を続けた。

 

「で、実は問題ってのはここからだ。登録後に作成される旅団用の『IDカード』ってのがあってな。簡単な個人情報はおろか審査時に使用したデッキ、さらに合格結果から向こうが勝手に決めた決闘者熟練度(デュエリスト・レベル)まで表示されちまうスグレモノなんだそうだ」

 

 溜め息をつきながら、やれやれといった様子で両掌を天に向けるクラド。

 

「元々、IDは『旅団として登録すれば組合から色んなサポートを受けられますよー』ってな入会特権を貰う為の証明書だったんだが……特権を悪用する連中が増えたからかな。『監視』の意味合いも込めて個人情報が記載されることになったんだ。情報は組合に登録してるヤツなら、誰でも回覧出来ちまう。つまり自分はこういう名前で、どのくらいの実力があって、こんなカードを持ってますよ~ってアホみたいな看板担いで歩かなきゃならねぇって訳だ」

「そ、そんなものが……」

 

 ベルは、自分がそんな看板を背負う姿を想像した。実力はワイト級、所持するカードは超レアカードの《―**(アスタリスクス)―》。

 鴨が葱を持ってきたどころの話じゃない。鍋に出汁を入れて自分を捌いて登場した位の至れり尽くせり感である。

 はぐれめたる、という単語もふと頭を過ぎったが。そんな名前のカードはあっただろうか。 

 

「それは……何だか嫌ですね」

「だろ? これから大会に出るってときに、そんな駄々漏れな情報はなるべく晒したくないんだよ。もっとハッキリ言えば他の旅団に『ハッタリ』を掛けたい。余計な面倒は起こしたくないし、あまり目立たず、かつ速やかに『旅団』の新規登録を済ませる。これが今回の目標だ。つーわけで、何か良い案はないかなと」

「そう言われても……」

 

 あまり出来の良くない頭を回転させてみるが、良案などサッパリ浮かんでこない。

 と、これまで沈黙を守っていたユウがおもむろに発言した。

 

「……審査時のデュエルがIDに反映されるのなら、こうすればいい」

 

 驚いた2人が顔を見合わせて、同時に聞き返す。

 

「「と、いうと?」」

 

 ユウは無言で、持っていたデッキをぽんと放り投げたのだった。

 

 

   **

 

「……高い壁だなぁ」

 

 水源都市『マガイア』、その名物たる『渦巻く巨壁』を見上げベルは感嘆の声を上げた。

 街に到着した一行は、早速組合へ向かい手続きを行った。が、審査の開始は時間ごとに区切られ、いくつかの候補者を合同で審査するとのことで、1時間弱ほど各自の自由時間となった。

 とはいえ、ユウとクラドはそれぞれ情報収集と資金調達、ベルは買出しと結局は前回の街と変わらない役割で街を散策することになったのだが。

 

「そしてカードも、お洋服も高いっ!」

 

 街の中心へと螺旋を巻く通りを歩き、軒を連ねる店を覗いてみるものの、流石は腐っても大都市。どの店もベルの『常識』よりも価格が一桁違う。

 それだけ良い品物なのだろうが、貧乏村出身かつ居候たるベルの財布では到底手の届く代物ではない。コストを払う為にはサイフポイントが軽く5回程、0になるだろう。

 

「……はぁ、今回は仕方ないか。次の街に寄ったときにでも――」

 

 店外のショーケース前に張り付き、未だご縁の無さそうな高額カードへ名残惜しそうに手を振って、ベルが離れようとしたときだった。

 

「ありがとうございましたー!」

 

 店員の威勢良い挨拶に送られて、店の中から小さな2つの影がひょこひょこと出てきたのだ。

 

「え」

 

 ベルの感覚が正しければ、このカードショップで売られているカードはどれも高価で、生半可な決闘者では手の出しようが無い代物ばかりだ。

 だというのに、両手にカードを抱えて出てきたのは、自分よりも2回り程小さな子供達。

 信じ難いが、店員の反応から察するに『お買い物』をした後と見える。

 

「? お姉ちゃん、何見てるのかな?」

「……かな?」

 

 きょとん、と綺麗に動きを合わせて、双子なのだろうか――よく似た顔の2人は小首を傾げた。赤と青、それぞれ対になるような美しいオッドアイを除けば、殆ど見分けが付かない。中世的な顔立ちと声から、性別すら曖昧だ。

 

「あ、いやその……何でもナイデスヨ?」

 

 気恥ずかしくなって後半がしどろもどろになりながら、ベルはばつが悪そうに顔を逸らした。

 

「へぇ、そう」

「そう……」

 

 それでも、何故か彼らはじっとベルに視線を向けたまま離そうとしない。何か心の底を見られているようで、少し気味が悪い。

 しばらくして、双子は無言で人差し指を向けると、抑揚の無い声で告げた。

 

「匂いはするのに。ヘンな人」

「ヘンな人……」

「!? え、えぇ~……?」

 

 ガン、と面食らったベルはとっさに何か言い返そうとしたが、どうにも言葉に出ない。

 

「こら。探したよ、2人とも?」

 

 と、そんな3人の間に割って入る白い影があった。 

 

「……おや。これは失礼、愛らしい小麦肌のお嬢さん。何か彼らが粗相を?」

 

 ベルに気が付き振り向いた白い影は、爽やかに微笑んでそう言った。

 透き通るようなブロンドに丈の長い白いコート、加えて長身の甘いマスク。絵に書いたような美男子が、そこには居た。

 

「え!? ああ、いえ、あの」

「すいません、彼らも悪気があった訳では無いのです。そうだ、もし宜しければどうですか、ランチでもご一緒に?」

 

 さっと跪き、恭しく片手を差し伸べるその仕草はどこかの王族のように優雅で、男性に免疫の無いベルはただただ顔を真っ赤にして言葉を詰まらせている。

 

「また、始まった」

「始まった……」

 

 そんな様子を、双子達はジトリとした半眼で睨みつけていた。

 

「や、ややいやあの、わたし別に何もされてませんし、わたしネイティブの女だし……って、そうじゃなくて! これからちょっと用事があって! あまりゆっくりしてる時間は!」

「ご用事ですか? ではそれが済んだらディナーを……」

「ああ、えっと……用事っていうのは旅団登録の審査で、いつ終わるか分かりませんから!」

「ああ、新規登録の審査ですか。アレなら長くても2時間もあれば終わりますよ? ディナーの時間には十分、間に合います」

 

 にっこり、と極上のスマイルを浮かべるブロンドの男。

 双子の粗相に対しての謝罪から、最早ただのナンパになっていることに気付いているのかいないのか、全く引き下がる様子が無い。

 

「うぅ……えっと、あの」

「お? メイドちゃんどうした? こんなとこで?」

 

 まさにデステニー・ドローの様相。そんなタイミングでクラドが通り掛かった。

 

「クラドさぁん!」

「なっ!? おいおい何だよ急に!?」

 

 さっとクラドの腰に腕を回して背後に隠れ、盾のように押し出すベル。前回の仕返しだ。

 

「……おや。これはこれは。既に素敵なパートナーさんがいらっしゃいましたか」

 

 笑顔を崩すことなく告げるブロンドの男だったが、その背後では双子が指を指してクスクスと笑っていた。

 

「仕方ありませんね、ではまたの機会にお会いしましょう。素敵な香りのcoppia(おふたり)さん?」

「は、はぁ!?」

 

 双子を連れて、颯爽と立ち去っていくブロンドの男。

 冷やかされて頬を染めるクラドを尻目に、ベルは腕を鼻につけてクンクンと鼻を鳴らしていた。

 

(……何か臭うのかなぁ、わたし……)

 

 

   **

 

 

「それでは、これより旅団登録審査を始めます」

 

 やけに事務的な女性の声がベルに突き刺さる。

 セキュリティの制服に身を包んだ、切れ長の瞳をした長い黒髪の女性。ユウのポーカーフェイスとは違う、この無機質で擦り切れたような冷たい印象の前には、かの審判員機構(ジャッジアプリ)の方がいくらか人間味を帯びていたようにすら思える。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 へこ、と頭を下げるベルの他に、審査を受ける者は見当たらない。

 旅団の新規登録志願者は、ある程度の数で纏めて一斉に審査を行われる。が、男女別々の部屋に分かれて行う形式の為、唯一の女性決闘者だったベルは審査員と1対1で部屋に閉じ込められることになってしまった。

 

「所持品の検査をします。デッキとディスクをそこの装置に」

 

 人間味の薄い審査員に早くも嫌悪感を抱くベルだったが、言われた通りにテーブル型のスキャン装置に『決闘者の剣と盾』を置く。

 ヴン、と鈍い起動音が聞こえたかと思うと、装置は虹色の光を放ちながらスキャンを始めた。

  

「ボディチェックを始めます。失礼」

 

 スキャンが完了するまでの間に済ませるのだろうか。ベルは両腕を上げて大人しく従った。

 危険物、と言っても色々なものがある。直接人を傷つけるような武器類は勿論のことだが、今やそんなモノよりもよっぽど強い力を持つデュエル、それ対する『干渉手段』がもっぱらの対象だ。

 例えば。使用を禁止されている強力なカードを使用可能に出来る違法のデータチップや、デュエル機具のシステム自体を麻痺させるようなウイルスが入ったメモリ等だ。かさばる凶器などよりよっぽど隠しやすく、脅威となる。

 探知機のようなもので全身を探られ反応が無いと分かると、今度は審査員が手探りでのボディチェックを始めた。手早く、ぽんぽんとベルのボディラインを探っていく。

 

「…………」

 

 と。審査員の手が止まり、じっと『ある一点』に視線が留まった。

 

「な、何か――」

 

 ベルが言い掛ける間もない程、審査員の行動は早く、唐突だった。

 

「失礼」

 

 ベルの胸元に女性の細指が掛かる。

 胸元の大きく開いたメイド服は、『ずり下げる』という至極簡単な動作でいとも容易く防壁としての機能を失ってしまった。

 

「!?」

 

 ぷるん、元気良く飛び出したベルのそれに、じっと審査員の目視チェックが入る。

 果てはぐにぐに、としばし事務的な手つきで揉み弄ばれる始末。

 

「あ、あの」

「年齢の割りに随分と大きいのですね。失礼しました」

 

 危険物が無いと分かると、年齢の割りに随分と大きなソレはすぐさま元の鞘に戻された。

 

「お疲れ様です、所持品の検査は終了しました。これより質疑審査の後、実技審査を始めます。デッキとディスクを装着したら、隣の部屋へ来てください」

 

 微笑すら向けることなく、審査員の女性はカツカツとヒールの底を鳴らして部屋を後にした。

 

「……はい」

 

 今日は、よくお胸を見られる日だなぁ。ベルは力無い表情を浮かべたまま思った。

 水浴びをしておいて、やっぱり正解だったかもしれない。

 

 

  **

 

 当然ながら、ベルは質疑審査を何の問題も無く通過した。むしろ想像していたよりもずっと粗雑な審査に不安と憤りを感じたほどだ。

 どこか通過儀礼のような、それこそ女性の冷たい印象そのままの事務的な雰囲気。好き勝手にデュエルモンスターズの『力』を振り回す、悪賊まがいな旅団が後を絶たない理由が肌身で理解出来た。

 そんなベルの憤りを察しているのか、いないのか。審査員の女性が淡々とディスクを展開し、静かに構えて言った。

 

「それではこれより実技審査に移ります。準備は良いですか」

 

 2人だけの決闘場にはベルの一方的な苛立ちが立ち込め、それを受ける審査員の方は効かせ過ぎた冷房のように居心地の悪い空気を振りまいている。

 この場にクラドがいれば「気が立ってるなメイドちゃん?」などと冷やかしを入れたことだろう。

 

「……大丈夫です、いつでもどうぞ」

「分かりました。では始めましょう」

 

 ベルのディスクが楕円からS字型へと可変し、デュエルモードへ移行する。

 実技審査のデュエルに審判員機構は用いられない。代わりにデータを計測・集計する為の端子がディスクに接続されている。恐らく別の部屋にいる記録係の端末へと繋がっているのだろう。

 姿の見えないもう1人の審査員へ向け、ベルは監視カメラを一瞥してから宣言した。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 ベル  LP4000

     手札・5

 審査員 LP4000

     手札・5

 

「先攻・後攻はそちらが決めて下さい」

 

 声色を変えず、女性審査員が淡々と告げる。

 随分余裕じゃないですか、と少しばかり頬を膨らませるベルだったが、この実技審査に『心理フェイズ』はむしろマイナス点だ。喉まで出かけた言葉はぐっと飲み込んで、有難く先攻を頂くことにした。

 

「それじゃあ先攻で。ドロー!」

 

 ベルの初期手札に、今後の命運を分ける最初の1枚が舞い込む。

 その申し分の無いラインナップに思わず口元が緩むが、相手に気取られてはいけないとすぐさま引き締める。

 

「スタンバイからメイン、わたしは手札からこの子を通常召喚します!」

 

 抑えきれない興奮を隠して、勢い良くカードを叩きつけてしまいそうになる右手を宥める。結果、妙に硬いが丁寧な仕草で、そのモンスターはディスクに置かれた。

 

「《ライトロード・マジシャン ライラ》を、攻撃表示!」

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》

☆4/光属性/魔法使い族・効果/ATK 1700/DEF 200

 

 フィールドに舞い降りたのは光の騎士団、その一員たる魔術師の女性だ。

 言うまでも無く、このデッキはユウの【ライトロード】そのものである。

 

 ――デッキを交換?

 

 ユウの考えた策。それはベルとユウのデッキを交換し、決闘者とデッキの『バランス』を均一化するというものだった。

 寄せ集め故に勝率の低いベルのデッキを高い技量を持つユウが使用し、回し方さえ覚えてしまえばある程度は戦える強力な【ライトロード】デッキをベルが使用する。

 こうすることで旅団のデュエリストレベルを平均化し、目立たなくしてしまおうという作戦だ。他にも、《―**(アスタリスクス)―》が標的となった際に矛先がユウに向くという意図もある。

 

「続けてカードを1枚伏せて、ターンエンドです。何も無ければライラの効果が発動しますよ?」

「構いません、どうぞ」

 

 軽くドヤ顔を決めて見せたベルだったが、審査員の女性は眉一つ動かさない。

 

「デッキから3枚、カードを墓地に送ります。《ライトロード・ウォリアー ガロス》《ソーラー・エクスチェンジ》《ライトロード・ビースト ウォルフ》……やった、ウォルフの効果が発動です!」

 

 墓地へ送られた筈のウォルフが、凄まじい雄叫びと共にフィールドに舞い戻る。

 

《ライトロード・ビースト ウォルフ》

☆4/光属性/獣戦士族・効果/ATK 2100/DEF 300

 

「ウォルフはデッキから墓地へ送られた時のみ特殊召喚が可能になります、これでターンエンドです!」

 

 下級モンスターとしては高い、攻撃力2100のアタッカーと魔法・罠除去の専門家が並び立つ1ターン目。手札の内容も省みるに、どうやら引きも悪くないようだ。

 

「……【ライトロード】ですか。それでは私のターン。ドロー」

 

 少し驚いたような声色を覗かせるも、女審査員は何事も無かったかのようにターンを進める。

 

「手札より魔法カード、《おろかな埋葬》を発動。デッキからモンスターカード《ヘルウェイ・パトロール》を墓地へ送ります」

 

 手札を1枚消費してまでも墓地へ送りたいモンスター。ライトロードの使い方を教わった今のベルには、そのモンスターがどんな効果を持っているのか容易に想像がついた。

 

「墓地へ送った《ヘルウェイ・パトロール》の効果を発動。墓地に存在するこのカードを除外し、手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスター1体を特殊召喚します。特殊召喚するのは《堕天使マリー》、守備表示」

 

《堕天使マリー》

☆5/闇属性/悪魔族・効果/ATK 1700/DEF 1200

 

 ☆5モンスターの登場に少しビクついたベルだったが、攻撃力は下級モンスター並。恐れるに足らず。だとすれば本命は『次』だろう。

 

「更に手札から通常召喚。チューナーモンスター《ヘル・セキュリティ》」

 

《ヘル・セキュリティ》

☆1/闇属性/悪魔族・チューナー・効果/ATK 100/DEF 600

 

 現れたのは頭上にパトライトを光らせる、二頭身程度の小悪魔だ。

 ステータスは貧弱。しかし真に恐れるべき点はこのカーが『チューナー』であること、そして隣に立つ《堕天使マリー》との合計レベルである。

 白く輝く高額レアカード群、『シンクロモンスター』。その召喚に必要な条件が揃ってしまった。

 

「☆5の堕天使マリーに、☆1のヘル・セキュリティをチューニング」

 

 ヘル・セキュリティが緑光の輪となり、マリーがその輪を潜って変質を遂げる。

 直後、光の柱が立ち上り激しく輝いた。

 

「合計レベル6、シンクロ召喚。《ゴヨウ・ガーディアン》」

 

 光の柱を割いて現れたのは、まるで歌舞伎役者のような出で立ちの、紐付き十手を構えた大柄な男だった。

 

《ゴヨウ・ガーディアン》

☆6/地属性/戦士族・シンクロ・効果/ATK 2800/DEF 2000

 

 ☆6のモンスターとしては破格のステータス。審査員……すなわちセキュリティの人間のみが使用を許可された、一般の決闘では使用禁止となっている強力なシンクロモンスターがその姿を現した。

 普段のベルならここで素っ頓狂な声を上げていただろうが、今だけは違う。

 ユウから預かった頼もしい騎士団達が一緒に居てくれるおかげで、恐ろしいシンクロモンスターをもキッと見据えて対峙するだけの余裕がある。

 

「では、バトルフェイズ。ゴヨウ・ガーディアンでライラを攻撃」

 

 ゴヨウ・ガーディアンが宙へ飛び上がり、紐付き十手をプロペラのように振り回し始めた。そんな攻撃モーションの最中、ベルはゴヨウの効果を確認していく。

 

(戦闘で破壊したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する、って……つまり『逮捕』されちゃうってコト!?)

 

 ベルの場に居るライトロードモンスターは、どちらも戦力として申し分ない。それがそのまま相手に奪われてしまうとなれば厄介なことこの上ない。

 勢いづいた十手がライラに向けて投擲される。この攻撃が通れば、破壊されたライラが女審査員のフィールドに特殊召喚されてしまう。

 とどのつまり、出し惜しみをしている場合ではなかった。

 

「ここで! えーっと……『だめーじすてっぷじ』に手札から《オネスト》の効果を発動します!」

 

《オネスト》

☆4/光属性/天使族・効果/ATK 1100/DEF 1900

 

 ゴヨウの攻撃を受ける刹那。ライラの背後に虹色に輝く翼が出現し、瞬く間にその輝きを強めていく。

 

「《オネスト》は自分の光属性モンスターが戦闘を行うとき、このカードを手札から墓地に送ることで発動! 戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分の数値を、その光属性モンスターへ上乗せすることができます!」

 

 翼から放たれた光は十手を押し返し、遂にはゴヨウ本体すら飲み込んで消滅させてしまった。

 

 審査員 LP4000→2300

 

 実質的に言えば、どんなモンスターでも攻撃力を0にしてしまうのと同義。どんなに攻撃力の差に開きがあろうが、オネストの前では一瞬で無意味となる。光属性モンスターに攻撃する際には必ずこのカードの存在を警戒される程、強力かつメジャーな存在だ。

 ただ、オネストの発動タイミングである『ダメージステップ』の概念は複雑で、クラド達もベルには付け焼刃として「攻撃宣言を受けたらこう言ってから使え!」とだけ教えていただけだったりする。

 

(――よしっ!)

 

 速攻魔法でも罠でもない、手札からの奇襲攻撃。その新鮮な感覚にベルは戸惑いつつも内心でガッツポーズを決めていた。

 オネストもライトロードも強力かつ高価なカードに違いは無いが、使用禁止にまでされている強力なシンクロモンスターを打ち破ったことはベルにとって大きな自信となったようだ。

 

「……では、バトルフェイズを終了。カードを2枚伏せてターンを終了します」

 

 にわかに燃え上がるベルとは対照的に、女審査員は大したリアクションも無いままターンエンドを宣言する。

 師たるユウに良く似た、それでいて性質の全く異なる冷たいポーカーフェイス。そんな彼女の悔しがる顔を期待したベルは不満げに口を曲げたが、手札で出番を待つ《彼》の姿を確認し、すぐさまその口端を吊り上げた。

 

「ならわたしのターンです、ドロー!」

 

 ベル   LP4000

      手札・3→4 モンスター・2 魔/罠・1

 審査員  LP2300

      手札・1 モンスター・0 魔/罠・2

 

「っ!! よしよし来ました!! スタンバイからメイン、わたしは魔法カード《光の援軍》を発動! デッキから3枚カードを墓地に送り、その後レベル4以下のライトロードを手札に加えます!」

 

 その効果によって墓地に落ちたのは、《ライトロード・ハンター ライコウ》《カードガンナー》《ライトロード・パラディン ジェイン》。

 念のために、と手札に《ライトロード・サモナー ルミナス》を加えてみるが、もはやベルにとってそれは蛇足に過ぎなかった。

 

「では行きますよ! わたしはライラの効果を発動! 守備表示に変更することで、場の魔法・罠カード1枚を破壊します! 審査員さんの、デッキ側に伏せられたカードを破壊!」

 

 純白の魔道服を翻し、砲弾のような光の魔法を伏せカード目掛けて放つライラ。

 その効果に対して宣言は無く、女審査員の伏せた《奈落の落とし穴》は容易く破壊された。

 

「っ、またそのカードですか……」

 

 前回のトラウマが蘇り思わず身震いするベルだったが、もう恐れることも無い。

 今は強力無比な光の騎士団が一緒なのだ。落とし穴など恐れる心配は無い。

 

「更にわたしは、守備表示になったライラをリリースして、アドバンス召喚! 《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》!」

 

 かの龍にはいささか劣るものの、神々しい装飾を纏った白銀の上級ドラゴンが咆哮を上げる。

 

《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》

☆6/光属性/ドラゴン族・効果/ATK 2000/DEF 1600

 

 墓地のライトロードモンスターの種類×300ポイント攻撃力を上げる効果を持つグラゴニスの攻撃力は、現在3200。一撃でライフを削り取らんと意気込む様子がARヴィジョンを通して伝わってくるようだ。

 だが。

 

「罠カード発動、《激流葬》。モンスター召喚時、場のモンスター全てを破壊します」

 

 突如巻き起こった嵐のような奔流に流され、消滅する2体のライトロード。

 ことごとくの召喚反応罠。愛用者は多いと聞くが、ベルとしてはうんざりする程見飽きた光景だ。しかし、志半ばで墓地へ埋葬された彼らの魂は確実に『次』へと受け渡された。

 

「……おかげさまで揃いましたよ! 墓地にライトロードが4種類以上!」

 

 得意げに手札を返し、ベルが見せたのは――本家本元、光の騎士団その最終兵器。

 

「特殊召喚、《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》っ!!」

 

 立ち上る光の巨柱。それを割いて現れる白銀の神龍。

 少女(ベル)が憧れ、希望を見たその巨影は、今や頼もしい(しもべ)となって咆哮を上げた。

 

《裁きの龍》

☆8/光属性/ドラゴン族・効果/ATK 3000/DEF 2600

 

 相手の手札は1枚、場はすっからかんだ。

 最早その効果を使うまでも無い。

 

「行きます、裁きの龍でダイレクトアタック!!」

 

 歓喜に震える指を差し向け、攻撃を宣言するベル。

 命を受けた龍が、大顎を開いて光の粒子を収束させていく。

 

「…………」

 

 光のブレスが降り注ぐ最中、女審査員は残された手札で何をするまでも無く、ただ静かに黙して敗北を受け入れた。

 

 審査員 LP2300→0

 

 興奮のあまり、呼吸を荒げて肩を振るわせるベルは気が付かなかった。

 結局のところ、このデュエルで彼女に一度も『泡』を吹かせていないということを。

 

 

  **

 

「メイドちゃん、上手く切り抜けたみたいだな?」

「……そうだな」

 

 組合の待合室にて。クラドとユウは設置されたモニターを見守りながら、そんなやり取りをしていた。

 殺風景な白い待合室には、いくつかのテーブルやソファーに加え、実技審査中の様子を映すモニターが2つ、それしか無い。

 既に審査を終えて結果待ちの者、ユウとクラドのように審査の順番待ちをしている者……そのどちらも手持ち無沙汰のようで、暇潰しにモニターを眺めるか仲間内で卓上デュエルをしているか、という状況だ。

 

「ん~? センセーってばアレか? 思ったよりメイドちゃんが自分のデッキを使いこなせてたから妬いてんのか?」

「馬鹿を言え。あいつの成長に感心することはあれ、妬むことは無い」

 

 いつもながら抑揚の無い声で返すユウ。その手はせわしなく、デッキのチェックに勤しんでいる。無論、その手にあるのはベルの寄せ集めデッキだ。

 

「そうかそうか~、そいつは失礼……でもアレだな、本当に驚いたよ。たった数時間のレクチャーで基本的な動きは完全にマスターしやがった」

「ああ。まぁデッキの動き自体は単調だからな……問題はその後だ」

 

 ユウの発言に、クラドが苦笑する。

 

「おいおい、その後って……とりあえず今回は実技審査をあのデッキで通過することが目的だろ? 応用戦術なんて、今はまだ身に付ける必要はねーよ」

「……そうだろうか」

「そうだよ、審査が終わればデッキは元の持ち主に返る。後はレアカードに釣られてのこのこ寄ってくる連中をセンセーがブッ飛ばすだけだろ? あの【ライトロード】でさ?」

「…………」

 

 どうにも引っ掛かる表情――といっても普段と変わらぬポーカーフェイスだが――を見せるユウに、クラドは咳払いを一つ払って、仕切り直しとばかりに立ち上がった。 

 

「よっしゃ、そろそろ俺らの番だ! ここで落ちたらカッコ悪いぞ、頑張ろうぜセンセー?」

「……ああ、そうだな」 

 

 ユウ達の呼び出し番号が待合室に響いたのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

  **

 

 

 ぽつん、と待合室のソファに座って、ベルは落ち着き無く周囲を眺めていた。

 ユウ達一行のように、大会出場の為に急遽登録をしに来たのだろう。皆男性で、メイド服姿の小さな決闘者にちらちらと気掛かりな目線を送っている。

 ベルにはまだ知る由も無いが、つい先程までモニター上で【ライトロード】を振り回す様子がライブ中継されていたのだ。注目が集まっても仕方が無い。

 

(……う、目立つ)

 

 早くユウ達と合流したいのだが、人数の多い男性登録者の実技審査は思ったより手間取っているらしい。2人はまだ、審査中なのだろうか。

 と、周囲の談笑が一瞬静寂し、皆の目線が大きな2つのモニターに向いた。

 

「?」

 

 何事、とベルもモニターに注目すると、それぞれ1人ずつ見知った顔が映し出されていた

 

(ユウさん、クラドさん?)

 

 2人はセキュリティ制服の屈強な男性に向かい合い、デュエルディスクを構えている。その様子からして、丁度今から実技審査が始まるようだ。

 声こそ聞こえないが、カードを引き、宣言しながらターンを進行していく2人。ユウのデッキは元々ベルのものなので、何をしているのかくらいは分かるのだが。

 

(そういえば、クラドさんのデュエルって初めて見るなぁ……)

 

 実技指導担当はユウなので、練習ですら手合わせしたことはない。

 実戦は苦手だ、ということで強制デュエルアンカーから逃げ回り、果てはベルを盾に使った彼だが、その実力は果たして。

 

「あっ」

 

 クラドのモニターを見守っていたベルは、思わず声を上げてしまった。

 彼の1ターン目に召還された《スクラップ・コング》が、何もされていないのに破壊され墓地に送られてしまったのだ。

 一応、それは《スクラップ・コング》の持つ自身の破壊と引き替えに他の「スクラップ」モンスターを墓地からサルベージする立派な効果だったらしい。が、今は先攻1ターン目。回収するべきスクラップは居ない。情けなく苦笑を浮かべたクラドは、たははと後ろ頭を掻いた。

 そんな彼の様子を見て、観戦していたギャラリー達もどっと笑い声を上げた。

 

「クラドさん……」

 

 複雑な気分で、ベルはその光景を見守った。

 この審査はあくまで各個、決闘者としてのレベルを均一化させて通過することを目的としている。いくら実戦が苦手だとはいえ、これが売買人(ディーラー)としての知識があるクラドの『全力』ではないだろう。

 情けない道化を演じるクラド。その横のモニターではユウがベルの寄せ集めデッキを使って淡々とデュエルを進めている。

 《荒野の女戦士》でリクルート、リリース確保からの上級モンスター召還はベルのデッキでは上等手段だが……強力な禁止シンクロカードを相手に回してはいささか力不足だ。

 結局、アドバンス召喚された《セイバー・ビートル》は無残にも、返しの相手ターンでシンクロ召喚された《ゴヨウ・ガーディアン》に破壊され、コントロールを奪取されてしまった。

 

「……彼ら、本当にこんな実力で『旅団』を作るつもりでいるのかしら?」

 

 と。どこか冷淡な侮辱がベルの耳にピクリと届いた。

 

「え?」

 

 驚いたベルが顔を向けると、意外な人物が傍に佇んでいた。

 

「デッキの構築錬度。プレイング。あの実力じゃ審査が通っても熟練度(レベル)はせいぜいD。大会出場しても予選落ちが良い所でしょうね」 

 

 長い黒髪に切れ長の瞳。先程までベルの審査を担当していた女性セキュリティだ。

 ただ、彼女の紡ぐ言葉には以前と比べて、いくらか感情の色が灯っているように感じられた。

 

「あ、あの……?」

「全く。時間の無駄ね」

 

 ふつふつとこみ上げてくる、妙に熱の篭った嫌悪の渦。

 彼ら本来の実力なら、デッキなら。

 自分(ベル)の未熟をカバーしようとしなければ、もっと鮮やかに勝利を納めていた筈なのに。2人が謂れの無い悪評を受けている。

 それはベルにとってとても見過ごせないし、許せないことだった。

 

「……お2人は強いですよ。わたしなんかより、よっぽど」

「? ああ、あなた彼らと同じ旅団だったわね。年下だからって卑下すること無いんじゃない? 【ライトロード】使ってる分、あなたの方が実力は上なんだし」

 

 その【ライトロード】は元々ユウのデッキだと主張しそうになったが、ここでデッキ交換作戦が露呈すれば2人の気遣いが水泡と化してしまう。

 いちいちが気に障る女の言葉にぐっと耐えて、ベルは言葉を選びながら言い返した。

 

「デッキが、弱いとか強いとか。そういうことじゃないと思いますけど」

「いいえ。デッキ構築は決闘者の腕を計る、最も簡単で分かり易い指標よ。審査をするまでもなく、あんなデッキを使っているようでは実力も底が知れているわ」

 

 違う。2人は強い。

 行き詰った自分に(ひかり)を示してくれたユウ。

 何も知らない自分にカードの知識を教えてくれるクラド。

 

「彼らは、弱いわ」展開(リンク)

 

 何も知らない目の前の彼女に、彼らを否定する権利など無い。

 2人の顔が脳裏に浮かんだ刹那、ベルの中で何かが破裂した。

 

「――取り消して下さい」

「何を?」

「最初から最後まで!! 全部です!!」

 

 ベルの怒声に、待合室中の視線が集まる。

 針のムシロのようなその中でも、火の付いたベルの瞳が揺らぐことは無かった。

 

「……私は事実を言ったまでよ」

「違います!! 何も知らないくせに勝手なことばかり言わないで下さい!!」

「知らなくても誰でも分かるわ、その程度は」

「分かるわけない!! いいから取り消して下さい!!」

「……そう、そんなに私に『事実』を曲げさせたいのなら」

 

 冷たい瞳で見下ろして、女審査員がディスクを構える。

 

「もう一度。デュエルで勝って証明して貰えるかしら?」

 

 にわかにざわつく周囲。決闘者にとってこの『対話』は日常茶飯事の光景だが、今回はその対戦カードが少しばかり奇抜だ。

 既に審査を終えた審査員と候補者が、互いに闘志を剥き出しにしてディスクを構えている。観客達の注目を引くのに、それは十分過ぎる理由だった。

 

「当然だけれど、私に訂正を強いるならあなたにも相応の対価は賭けて貰うわ。それでもこのデュエル受けるつもり?」

「……当然です。あなたが相手なら、何回だって全力で勝って見せます!!」

賭け(アンティ)成立ね」

 

 女審査員のDパッドが展開、変形。

 ベルのディスクもS字型に可変し、2つのディスクと遠き『白き文明(ユートピア・レイ)』の大陸より発信されるARデーターがリンクする。

 

『――『決闘申請』、確認。仮想戦場(ARヴィジョン)展開(リンク)完了』

 

 どこか事務的で殺風景だった待合室の光景は一変。『白き文明』に実在する、大型河川の対岸を繋ぐ吊り橋の上に観客共々招待される。

 

『審判員機構、起動――』

 

 機械音声の後に現れたのは、割とテンション高めな赤髪の審判員。

 

『良かれと思ってファンサービス、美少女審審員コーパルちゃん只今参上~♪』

 

 緊迫した空気の中、場違いな水着姿で登場したコーパル。当人もしばらくして剣呑な空気を読み取る――訳も無く、いつもの調子でデュエルの進行を始めた。

 

『さてさて、今回の対戦カードは……』

「審判員機構。アンティルールの適用をお願いするわ」

『あ、はいはい。双方合意はお済みですか~?』

 

 コーパルの問いかけに対し、女審査員がちらりと横目でベルを見やる。

 ベルは険しい表情で女審査員を見据えたまま、黙って頷いた。

 

『了解です♪ それではお互いの賭け品を提示して下さいな?』

「私は自分の意見についての訂正・及び撤回。彼女には――そうね、公務執行妨害につきデッキの没収、及び審査合格の辞退……して貰いましょうか?」

 

 あまりに無茶苦茶で重過ぎる対価に、思わず目を見開くベル。

 今ならまだ取り消し(キャンセル)も出来るわよ? と言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべる女審査員に、ベルの弱音は完全に吹き飛んだ。

 

「……構いません!!」

 

 あからさまな挑発行為。もしクラド達がこの場にいたのなら、相手の狙いに気付きベルを嗜めることが出来たかもしれない。

 だが今、彼らはモニターの中でそれぞれの戦いを繰り広げている最中だ。ストッパー不在で暴発したベルは、感情を煽られるがままに突き進んでしまう。

 

「以上よ。後の設定は基本設定(デフォルト)のままで構わないわ」

『承りました♪ それではハーフライフ4000でのスタートでデュエルを開始します、準備は宜しいですか~?』

 

 キッと真っ直ぐに女審査員を見据えたまま、ベルはデッキをセットした。

 ――大丈夫、このデッキと一緒ならどんな相手にだって勝てる。ましてこんな女性(ひと)に負ける訳が、道理が無い。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 ベル  LP4000

     手札・5

 審査員 LP4000

     手札・5

 

 先の審査と全く同じ構図でデュエルが開始される。だが今回ベルに掛かる『重み』は比べ物にならないほど肥大化していた。

 そいっ、とコーパルが掛け声と共に投げた賽の目が示したのは、ベルが4で女審査員が6。

 

「私の先攻、カードをドロー。モンスターをセット。バックにカードを2枚伏せてターンエンド」

 

 やはり手堅い布陣で先攻1ターン目を終える女審査員。セキュリティ所属の癖、なのだろうか。

 前回と同じく召喚反応型の罠だと読んだベルは、あからさまに眉を寄せて女審査員を睨みつける。

 

「わたしのターンです、カードをドロー!」

 

 ドローしたカードは《ライトロード・ハンター ライコウ》。リバース時にフィールド上のカードを1枚破壊し、デッキの上から3枚のカードを墓地に送れる万能カードだ。

 リバース効果なら『召喚』のタイミングが無い為、相手の仕掛けた召喚反応罠を潜り抜けて破壊することが出来る。

 ベルは確信した。このデュエルも、やっぱりユウさんのデッキが力を貸してくれている。負けるコトなんてありえない、と。

 

「スタンバイからメイン、わたしはモンスターをセットして、ターンエンドです!」

「……そう。なら私のターン、ドロー」

 

 女審査員はちらりと手札に目を落とすと、躊躇い無くそのカードをディスクに差し込んだ。

 

「私は手札から魔法カード《抹殺の使徒》を発動。裏側守備表示でセットされたモンスターを破壊し、ゲームから除外する」

「っ!?」

 

 フィールドには2体の裏側守備モンスター。だが当然餌食となったのはベルのフィールドにいる《ライトロード・ハンター ライコウ》だ。

 抹殺の使徒たる美貌の騎士。その剣はリバース効果を発動させる隙無く、セット状態のままライコウを葬った。

 

「更に。《抹殺の使徒》は破壊したモンスターがリバース効果モンスターだった場合、お互いのデッキに存在する同名モンスターを全てゲームから除外するわ」

「!? そんな……」

 

 ベルのデッキから自動的に排出される、もう1枚のライコウ。

 墓地に送られるべきライトロードの種類が減る、という危険性をおぼろげながらに理解しつつ、ベルは残りのライコウを除外ゾーンへ送った。

 

「私のデッキにライコウは居ないわ。続けてセットしていた《異次元の偵察機》を反転召喚。更に手札から《異次元の生還者》を通常召喚」

 

《異次元の偵察機》

☆2/闇属性/機械族・効果/ATK 800/DEF 1200

 

《異次元の生還者》

☆4/闇属性/戦士族・効果/ATK 1800/DEF 200

 

 目玉のような小型の機械兵器と、機械化した半身を隠すように布を羽織った男が並び立つ。この布陣をクラド達が見ればすかさず警鐘を鳴らしていたところだろうが、ベルはまだその危機に気が付いていない。

 

「バトル。2体のモンスターでダイレクトアタック」

「うあっ……!?」

 

 ベル  LP4000→1400

 

『おっと、鮮やかなダイレクトアタックがベル選手に直撃~!!』

 

 コーパルのアナウンスが響き渡る中、流石にベルも感じ取っていた。

 何かがおかしい。先程のデッキとは違う、不気味な雰囲気が漂っていることに。

 

「私はこれで、ターンエンド」

 

 ベル  LP1400

     手札・5

 審査員 LP4000

     手札・2 モンスター・2 魔/罠・2

 

「っ、わたしのターン、ドロー!!」

 

 今更怖気づく訳にもいかない。今はデッキを信じて闘うだけだ。

 そんな気迫に答えるように、ドローしたのは【ライトロード】きってのエンジンカード。

 

「よしっ、スタンバイからメイン! わたしは手札から魔法カード《ソーラー・エクスチェンジ》を――」

「その瞬間。発動にチェーンさせて貰うわ」

 

 ベルの発動した《ソーラー・エクスチェンジ》に、鎖が巻きつくエフェクトが掛かる。それに反応するかのように、女審査員の場に伏せられていたカードがゆっくりと立ち上がる。

 

「え……!?」

「永続罠カード発動、《マクロコスモス》」

 

 永続。つまり破壊されない限り効果が続く罠カード。

 続けて宣言されたカードの効果に、ベルは思わず耳を疑った。

 

「このカードが存在する限り。墓地へ送られるカードは例外なくゲームから除外されるわ」

「っ!?」

 

 つまり。

 

「さあ、次はあなたの番。《ソーラー・エクスチェンジ》の効果を処理して貰えるかしら?」

 

 ライトロードを捨て、デッキからカードを2枚ドローし、その後デッキから2枚墓地に送る。本来であれば墓地にライトロードを溜め込み、裁きの龍を呼び込む為の行為。

 しかし《マクロコスモス》をチェーンされ、先に発動されてしまった今。ドロー効果こそ生きたものの、墓地へ送られるカードは全てゲームから除外されることになる。

 一旦発動されたカードの効果を、止めることは出来ない。

 

「……っ、わたしは《ライトロード・ビースト ウォルフ》を捨てて、効果を処理します……」

 

 ドローしたカードは《ライトロード・パラディン ジェイン》《ネクロ・ガードナー》。

 そして墓地へ送られたのは《ライトロード・サモナー ルミナス》《ライトロード・エンジェル ケルビム》。

 発動コストとして捨てられたウォルフも含め、墓地へ送られていれば裁きの龍の召喚条件が満たされていたのだが……後続のカードに力を与えるべき光の騎士団達は、マクロコスモスの生み出した闇の底(除外ゾーン)へと沈んでいった。

 

「さて。次はどうするのかしら?」

 

 ここまでされて、ベルはようやく理解した。彼女の使うデッキが、かつてユウと対峙した【A・O・J】同様『弱点(メタ)』となるデッキであることを。

 

『あらあら、これは厳しい状況ですね~。ベル選手の【ライトロード】においてはまさに天敵となるカードが発動されてしまいました!』

 

 嫌な汗が全身から噴出す。

 このデュエルだけは、絶対負ける訳にはいかないのに。

 

「……わたしは、手札からジェインを攻撃表示で召喚します!」

 

《ライトロード・パラディン ジェイン》

☆4/光属性/獣戦士族・効果/ATK 1800/DEF 1200

 

 絶望的な状況の中、単身フィールドに降り立つ白銀の騎士。

 どんな状況でも、諦めなければ必ず希望に届く。それはユウから教わった最初の心得。

 だから、このデュエルでも必ず届かせる。届かせて見せる。

 

「バトルです! 《異次元の生還者》にジェインで攻撃!」

 

 攻撃力は互角。しかしジェインの持つ効果により、攻撃力は300ポイント上昇する。

 一閃、光の剣戟が半身機械の戦士を斬り伏せた。

 

 審査員 LP4000→3700

 

 もう1枚の伏せカードが発動しなかったことに、ベルの緊張が少しばかり緩む。

 だが、まだ油断は出来ない。相手の場にモンスターが1体残っているということは、返しのターンで強力なモンスターを召喚される可能性が高いのだ。

 アドバンスなのか、シンクロなのか。とにかく自身に響く警鐘に従って、ベルは手札から虎の子を発動させることにした。

 

「メイン2、わたしは魔法カード《一時休戦》を発動! お互いにカードを1枚ドローして、次のターンのエンドフェイズまでお互いが受けるダメージは0になります!」

 

 ダメージを与えられないデメリットを踏み倒す、このメインフェイズ2での発動は既に講義を受けていた。相手にドローを許してしまうものの、残り少ないライフを守るにはもうこの手しかない。

 

「なるほど、ね」

 

 冷たい瞳をベルに向けながら、女審査員はカードをドローする。ワンテンポ遅れて、ベルもカードをドローした。

 

(……よしっ!!)

 

 ドローしたカードは《ライトロード・マジシャン ライラ》。このカードがあれば、次のターンで《マクロコスモス》を破壊できる。

 

「わたしはこれで、ターンエンドです!」

「では。エンドフェイズに《異次元の生還者》の効果が発動」

 

 女審査員の宣言と共に、マクロコスモスの闇から破壊された筈の生還者がフィールドへ降り立った。

 

「な、なんで!? 破壊されて、除外までされたのに……!!」

「勉強不足ね。異次元の生還者は自分フィールド上でゲームから除外された場合、そのエンドフェイズにフィールドへ特殊召喚されるのよ。ついでに言っておくけれど、《異次元の偵察機》もほぼ同様の効果を備えているわ」

 

 つまり除外の環境下にあれば、この2体のモンスターは何度でも蘇るということ。

 考えてみればそうだ。この特殊な環境を自分から用意するのだから、相性の良いモンスターを採用するのは当然のことだ。

 

「では私のターン、ドロー。私は場の偵察機をリリース」

 

 目玉のような小型機械が光の粒子となって消え去り、代わりに女審査員の手札から新たな僕(しもべ)が光臨する。

 

「アドバンス召喚、《邪帝ガイウス》!」

 

《邪帝ガイウス》

☆6/闇属性/悪魔族・効果/ATK 2400/DEF 1000

 

 出現する黒き巨影。ファンタジー世界の魔王とも見違う禍々しいシルエットを震わせて、その凶悪な効果を解放した。

 

「ガイウスはアドバンス召喚成功時、フィールドのカード1枚を選択しゲームから除外する。選択するのは無論、あなたの場のジェインよ」

 

 ジェインが足元に出現した黒い障気に飲まれ、闇の中へと引きずり込まれていく。

 行き着く先は恐らく、他のライトロード達と同じだろう。

 

「バトル……と行きたいところだけど。《一時休戦》の効果でこのターンはダメージを与えられない。命拾いしたわね、ターンエンド」

 

 女審査員のエンド宣言と共に、リリースされた偵察機が除外ゾーンの闇より復帰する。 結果。アドバンス召喚を行ったにも関わらず、彼女のフィールドのモンスターは減っていない。

 

「……わたし、は」

 

 こんな相手に勝ち目など、希望など本当にあるのだろうか?

 逆転の一手は手札には無い。次のドローで全てが決まる。

 

「あ……?」

 

 デッキに掛けた手が、震えていた。

 敗北の末に待っているのは、自分を救ってくれた恩人のデッキを奪われ、旅団申請の取り消される、恩を仇で返すような最悪の結末。

 今更になって後悔の念が込み上げる。もっと冷静になるべきだったのだ。

 例え自分の大好きな2人が、謂れの無い侮辱をされたとしても。

 

「っ……!!」

 

 祈るように、カードを引く。

 尊敬する師匠の、ユウが組んだこのデッキを信じて。

 

「――は」

 

 膝から力が抜ける。顔から血の気が引いていく。

 

「裁きの、龍……?」

 

 デッキは、ベルの願いに応えることは無かった。

 

「そん、な」

 

 相手のフィールドに佇む3体のモンスターがグニャリと歪んで見える。

 詰み(チェックメイト)。その事実がベルの瞳を真っ白に染め上げた。

 

「……ま、まだ。まだわたしはライラを召喚して、効果を……」

 

 最後まで諦めない。ベルを支える1本の細い柱が、朦朧とする彼女を無意味に突き動かす。

 そんな悪足掻きですら。冷淡な宣言が無慈悲に刈り取っていった。

 

「召喚時、罠カード《奈落の落とし穴》を発動。ライラを破壊しゲームから除外するわ」

 

 ポキリ、と何かが折れる音がして。ベルは闇に飲み込まれていく最後の光を呆然と見送ることしか出来なかった。

 

「――、あ」

 

 手札にはモンスターのみ。このターンで出来る行為は、もう何も無い。

 何も、出来ない。

 

「……ターンエンドかしら? 宣言をしてくれないと、このデュエルを終われないのだけど」

 

 そんな言葉を聞いて、このまま黙っていようかとベルは思った。

 そうすれば、負けることも無い。

 

「って、メイドちゃん? 何やってんだ……?」

 

 灰色に褪せた思考が、僅かに揺らいだ。

 声の方向に顔を向けると、ギャラリーに混じってクラドとユウが不思議そうにこちらを見ている。恐らく、審査を終えて待合室に戻ってきたのだろう。

 

「…………」

 

 2人の顔を見た瞬間、ベルは激しい自己嫌悪に陥った。

 このデュエルを挑んだ理由は何だったか。尊敬する2人を貶されたからだ。

 彼らから教えを受けた自分が決闘者としての誇りを捨てたら、それは同じことではないのか?

 

「わたし、……。ターンエンド、です」

 

 光の消えたベルの瞳に、僅かながらの火が灯る。

 唇を噛み締めて、溢れそうになる涙を必死に堪えて、ベルはどうにか宣言することが出来た。

 

「お、おいメイドちゃん?」

 

 只ならぬベルの様子に何かを感じたのか、クラドが訝しげに眉を寄せる。

 

「……ごめん、なさい。ユウさん、クラドさん。わたし――」

 

 不安げなクラドの顔を見た瞬間。堪えきれなくなった涙が堰を切って溢れ出た。

 

「私のターン、ドロー」

 

 そんな様子を、女審査員は淡々と見届けて。

 ベルが懸命に紡いだ言葉に躊躇い無く宣言を割り込ませた。

 

「ガイウス、ダイレクトアタック」

 

 邪帝の攻撃が、無防備に涙を流す少女へと叩き込まれた。

 

 ベル  LP1400→0

 

『勝者(ウィナー)! 藍湊峰(ラン・ソウフォン)!』




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