遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第40話 決死のフィナーレ

 バキバキと不快な音を立て、白木のような指が折り畳まれた無骨の拳が迫る。

 

「攻撃対象は――デュラハンだ」

 

 デュラハンの持つORUは、ソルシエールの除外ゾーンから特殊召喚した《ワイト》。

 効果を使えばワイトキングの攻撃力は更に増すこととなるが、破壊されてしまえば結局は同じことだ。少しでもダメージを抑えるために、取るべき行動は一つ。

 

「っ、デュラハンの効果を発動! ORUを使い、ワイトキングの攻撃力を半減します!」

 

《ワイトキング》

ATK4000→2000

 

 ぶつかり合う無骨な白拳と霊気の刃。

 デュラハンの攻撃力は場の「ゴーストリック」モンスターの数×200上昇し、1400となっていたものの力及ばず。幽霊姫に付き添った首なしの騎士は無残に圧殺されてしまった。

 

【アンリエール】LP6200→5900

 

「っ……!!」

 

 ワイトの墓地送りとデュラハンの破壊。

 本来であれば……ランタンが除外されなければ防げた筈なのに、やはり一筋縄でいく相手ではない。

 上を行こうとすれば更にその上を行く。見せ付けられたどうしようもない力の差に、アンリエールは強く歯噛みした。

 

「効果は使用しないか……」

 

 デュラハンは墓地へ送られた場合、手札へ「ゴーストリック」カードを回収する効果を持っている。しかしアンリエールがあえてその効果を見逃すと、ソルシエールはその狙いを見透かしたように呟いた。

 

「ならば伏せカード《リビングデッドの呼び声》を発動(オープン)。墓地の《ワイトキング》を攻撃表示で特殊召喚」

 

《ワイトキング》

ATK?→3000

 

「そんな、2体目まで……!?」

 

 ベルが見上げる巨躯が2つに増える。

 さすがに致死量とまではいかないまでも、絶望を与えるには十分すぎるサイズだ。

 

「続けて、駄天使へと攻撃」

 

 地より這い出した巨大な拳が、アワアワと震える駄天使へ向かって振り下ろされる。

 力をもって押し潰す、たったそれだけのシンプルな攻撃。しかしその威力は裁きを下す龍の一撃にも等しい。

 圧倒的な力の前に成す術なく、駄天使はモノクロの羽を散らして玉砕した。

 

【アンリエール】LP5900→5400

 

『何と恐ろしい光景でしょう! 怒涛の攻撃に幽霊姫の場は早くも焼け野原です~!』

 

 破壊の余波がアンリエールへと吹き付ける。地に足を留まらせるのが精一杯で、顔を覆った腕を解いたとき場はガラ空きとなっていた。

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンド」

 

 ここまで全て予測済みとでも言うような、無味乾燥なエンド宣言が放たれる。

 最悪のシナリオ――つまりこのターンでの決着こそ無かったものの、恐らくこのままでは次など無い。

 

「私のターン、参ります……」

 

 だからこそ、このドローに全てが掛かっている。

 

「ドロー!!」

 

 引き抜いたカードは……この状況では最適解で無いかもしれない。しかし、屍皇の思惑を覆すには頼もしい一手となる筈だ。

 ここまで来たらもう引き下がれない。今はデッキを信じて前を進むのみ。

 

「まずは伏せてあった速攻魔法《皆既日蝕の書》を発動!! 場のモンスター全てを裏側守備表示に致します!!」

 

 1ターン目から沈黙を保ってきた伏せカードの、思いがけないその正体。先程の攻撃に対してソレを使えば、と声を上げそうになったベルは……これまでアンリエールが取ってきた戦術を思い出し、すんでのところで口を塞いだ。

 発動された書のカードに対してチェーンは組まれず、2体の大髑髏は小さな裏向きのカードとして幽霊屋敷の中へと溶け込んでいった。

 

「続けて手札から《クレーンクレーン》を召喚し効果を発動、墓地のキョンシーを特殊召喚!!」

 

《クレーンクレーン》

☆3/地属性/鳥獣族・効果/ATK 300/DEF 900

 

 流れるように手札から現れたのは鉄塔の鶴。

 垂らした嘴の先には、襟首を引っ掛けられて宙ぶらりんな状態のキョンシーがいた。

 

「これで☆3のモンスターが2体!」

 

 ベルは両拳をぎゅっと握って歓喜した。

 アンリエールがデュラハンの回収効果を流し、わざわざ自分のターンで皆既日蝕の書を使用した、その理由が線となって繋がっていく。

 皆既日蝕の書は、エンドフェイズにモンスターを表側表示に戻してしまうデメリットがある。加えてドロー効果まで付随している為、この盤面では使いどころが難しい。

 しかし、ワイトキングの守備力はいくら墓地に「ワイト」モンスターが溜っても0のまま。例えドローを許してしまっても攻撃を防ぎつつ残ったモンスターでワイトキングを攻撃すれば処理出来たのでは……とベルは考えていたが、実はワイトキングには戦闘破壊に対して墓地の《ワイト》を除外することで墓地から復活する効果があった。

 中途半端となってしまった防御札を、アンリエールは『攻め』の一手として転用したのだ。

 

「私は、☆3のクレーンとキョンシーでオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!」

 

 これまでに幾度と無く幽霊姫と共演してきた看板役者が、満を持して舞台へ降り立つ。

 ウスノロな大怪物など、所詮は彼を引き立てる演出に過ぎない、と誇示するかのように。

 

「奇怪なる館の主よ、漆黒を翻し騒乱の夜を収めなさい……エクシーズ召喚、★3《ゴーストリック・アルカード》!!」

 

《ゴーストリック・アルカード》

★3/闇属性/アンデット族・エクシーズ・効果/ATK 1800/DEF 1600

 

 漆黒のマントを翻し、不敵に笑う白肌の吸血鬼。

 彼ならば戦闘を介することなく、骸の王を葬れる。

 

「アルカードの効果を発動! ORUを1つ使い、裏側守備表示のワイトキングを破壊致します!」

 

 屋敷の中は主の独壇場だ。いかに巧妙に隠れようとも、金の眼が必ず射抜く。

 四角いカードのままアルカードのマントの中へ閉じ込められた骸の怪物は、そのまま破砕され墓地へと送られた。

 厄介ごとはまず1つ片付いたが、目前には怪物を操る黒幕が控えている。屋敷の主は、静かに宙を駆けた。

 

「バトル、アルカードでダイレクトアタック!」

 

 鋭い爪が振るわれると同時に、闇色の刃がソルシエールの身体を裂く。1800ものダメージともなれば、いくら半仮想とはいえ衝撃も相当な筈だ。

 しかしソルシエールは一歩も引かず、呻きすら上げず、反転し飛び去っていくアルカードを見つめながら何かを諦めたように静かに目を瞑った。

 

【ソルシエール】LP6900→5100

 

「バトルを終了しメインフェイズ2、私はアルカードをエクシーズチェンジ!」

 

 息もつかせぬエクシーズ連打。

 ここで『彼』を呼び出すことが出来たら、2体目のワイトキングも葬る事が出来たのに……そう思わずにはいられない状況だが、このデュエルはその『彼』を奪還する為のデュエルでもある。自らが背負った十字として受け入れるほか無い。

 

「★4《ゴーストリックの駄天使》を、守備表示でエクシーズ召喚!」

 

 2体目の、とはいえ自分のエクストラデッキから召喚されたのはこれが1体目となるが、桃髪の駄天使が再び幽霊姫の傍らに舞い降りた。

 勿論、彼女の力ではワイトキングに太刀打ちできないことなど承知の上。大髑髏の攻撃を受け止めるため、アルカードに代わって守備表示で召喚したのだ。

 

「駄天使の効果発動、手札へ《ゴーストリック・ブレイク》を加え、2枚のカードをセット。ターンを終了致しますわ」

 

 これで駄天使が破壊された後も、後続のゴーストリックを呼び出していく事が出来る。キョンシーを裏側守備表示で特殊召喚出来るのは大きなリカバーだ。

 

『返すターンでの攻撃を見越した幽霊姫、見事なアフターケアです!! これを受けて屍皇、どう動くか~!?』

 

 残ってしまったワイトキングは厄介ではあるが、こうしてライフを繋ぎ、順々に処理していけば勝機が見える――そう確信したアンリエールの目に飛び込んできたのは。

 

「……では、そのエンドフェイズにこのカードを発動させて貰おう」

 

 どこか哀れむように目を細め、小さく嘆息をつく屍皇()の姿だった。

 

「速攻魔法《月の書》。その効果で駄天使を裏側守備表示へと変更する」

 

 何故、そう問い掛けたい口が動かない。

 狙いは分かる。ゴーストリック・ハウスの効果で裏側守備表示のモンスターは攻撃対象に選択する事が出来ない、言い換えれば裏側にしてしまえばワイトキングの攻撃がダイレクトに通るということ。

 しかしアルカードの攻撃に対して発動させていれば、駄天使へのエクシーズチェンジには繋がらず、サーチ効果も許すことは――。

 

(……まさ、か)

 

 思考の先に辿り着く、その可能性。

 ぴりぴりと肌が粟立つ。これまでソルシエールが『そのカード』を使用したことは無かったが、あえてアルカードの攻撃を受けた理由は恐らく、ソレしかない――!!

 

「私のターン、ドロー」

 

 ドローカードを淡白に目を通すと、ソルシエールはすぐさまディスクの上へ、そして手札の端へと順々に指を滑らせた。

 

「ワイトキングを反転召喚。そして手札より装備魔法《巨大化》を装備。自分のライフが相手よりも下の場合、装備モンスターの元々の攻撃力は倍になる」

 

 墓地に存在する《ワイト》《ワイトキング》の合計はこれで4体。

 つまり――。

 

「攻撃力、8000……」

 

 致死の一撃。そう呼ぶに値する数値を叩き出したワイトキングの半身は、既に屋敷の床を踏み抜き埋もれていた。

 上半身だけを覗かせた規格外の大髑髏。深淵に塗られた2つの洞が幽霊姫を覗き込む。

 

「バトル。ワイトキングでダイレクトアタック」

 

 怪演の終わりを悟ったようなソルシエールの瞳を見て、アンリエールは感じた。

 ゴーストリック・ハウスの効果で半減され、実質ワイトキングが与えるダメージは4000止まり。僅かにこちらのライフが残ることとなるが……そんなことなどあちらも承知の上だ。

 この場面で勝負を決める、つまりワイトキングの攻撃力を致死量まで吊り上げるには『あのカード』しか無い、と。

 

「場に伏せてあったカードを発動(オープン)、《異次元からの埋葬》。これにより除外されていた《ワイト》《ワイト夫人》《ワイトプリンス》をそれぞれ墓地へ戻す。よってワイトキングの攻撃力は14000へと上昇する!」

 

 フィールドすら崩壊させかねないほどの地響きを立て、大髑髏は更に増幅した体躯を暴れさせてアンリエールへと迫る。

 真っ向からでは覆しようもない数値の暴力。立ちすくむばかりなベル達の目前に立つアンリエールは少しだけ俯いて、

 

(……やはり、そうでしたか。ですが――)

 

 自らの読みは間違っていなかったのだと、ルージュの瞳を一際輝かせた。

 全てを呑み込む大波のような相手に向かって、小さな黒兎が吼える。

 

「――まだ、発動を許した覚えはありませんわ!! カウンター罠発動、《神の宣告》!!」

 

 告げられたのは、多大なコストを要求しての万能罠。

 発動するタイミングは何度もあった。ワイトキングの反転召喚、巨大化に対しても。

 しかし発動するべきは、今まさにこのタイミングだった。

 

「ライフを半分支払い、《異次元からの埋葬》を無効に致します。聡明なお兄様なら……その先は言わずともお分かりですわよね?」

 

【アンリエール】LP5400→2700

 

 ミソとなるのは、その膨大なライフコストにあった。

 巨大化はライフ差が相手よりも下であればその攻撃力を倍にするが、その逆……相手よりもライフが上であった場合はその攻撃力を半分にしてしまう。

 まさに諸刃の剣。時には相手モンスターに装備させることで弱体化を狙うデメリット効果を、アンリエールはこの盤面でくるりと引き出して見せたのだ。

 

《ワイトキング》

ATK4000→2000

 

「ワイトキングの攻撃力が!!」

「おし、ナイスだお嬢!! いいタイミングで『神引き』してやがった!!」

 

 ベル達の歓声を背に受けて、アンリエールも確かな手ごたえを感じていた。

 最も警戒していたのは、先程も発動された《リビングデッドの呼び声》。ワイトキングの反転召喚、または巨大化に対して神宣を撃っても、もう片方の伏せカードがリビングデッドであれば、ライフコストを支払った今のライフではその攻撃を受けきれないからだ。

 しかし墓地の増強を妨害し、巨大化がマイナスの方向へと働くこのタイミングなら――リビングデッドでワイトキングを追撃させたとしてもその攻撃力は3000。

 半減された合計のダメージは2500、僅かではあるが敗北へは届かない。そこまで読んだ上で、アンリエールは発動を引き伸ばしていたのだ。

 しかし。屍皇は少しも動じることなく、静かに告げた。

 

 

 

「……こちらもまだ、発動を許した覚えは無い」

 

 

 

 大髑髏の向こうで、ゆっくりと伏せカードが立ち上がる。

 残されていた最後の札。アンリエールがリビングデッドだと読んだ、その1枚。

 

「っ……!?」

 

 背筋が凍る。息が詰まる。

 そんな訳が無い。もし《そう》だとすれば、それこそ発動の機会は幾らでもあった筈だ。

 なのに何故、このタイミングで立ち上がる?

 

 

 

「チェーン発動、《神の宣告》」

 

 

 

 突きつけられたのは、更なる高み。

 鉄の塊で頭を殴られたような衝撃が、幽霊姫の視界を捻じ曲げていく。

 

「そん、な……」

 

 発動の機会など幾らでもあった筈……それはアンリエールとて利用した、思考の裏側。

 後を追う者がどうしようもない距離を埋める為、必死に編み上げた策。

 しかし先を行く者はそれを、何の気なしに軽く飛び越えてしまった。

 

「……残る伏せカードは《ゴーストリック・ブレイク》のみ。もし前のターンで《ゴーストリック・パニック》を選択していたのならば――」

 

 白き拳が振り上げられる。

 その一撃を止める術は、もう無い。

 

「まだ、分からなかったかもしれぬがな」

 

 手札に残ったカードを、ソルシエールは無防備にも見せ付けた。

 

「……それ、は」

 

 いつから手札に在ったのか、それは分からない。

 だがソルシエールが最後まで温存していたそのカードが示す答えは唯一つ。

 

「これで終幕だ。ワイトキングでダイレクトアタック!」

 

 崩れそうになる膝を何とか支えて、アンリエールはその瞬間までしっかりと目を開いていた。

 この結末だけは、このデュエルの最後だけは心に刻み付けておかなければならないと。

 

【アンリエール】LP2700→0

 

『う、勝者(ウィナー)ぁ!! 「屍皇」ソルシエール!!』

 

 走馬灯のような一瞬の思考は、一つの答えを導き出した。

 この手は、兄の背にすら届いていなかったのだと。

 

 

   **

 

 

「……そんな」

 

 アンリエールが負けた。

 確かに不安はあったが、ベルは信じていた。

 きっと彼女なら勝ってくれる。兄を、この苦境を乗り越えてくれると。

 だが、現実として突きつけられた結果は――気まぐれで残酷な勝利の女神は、力ある者に微笑んだのだ。

 

「……これにて閉幕となります。ご観覧の皆様、最後までお付き合い頂き誠に有り難うございました」

 

 ソルシエールが優雅に一礼すると、唯一の観客であるバスケ少年達から拍手が巻き起こった。

 ミラーマッチのような同モンスターによる激闘、神宣のカウンター合戦……確かに2人の決闘は接戦を繰り広げ、観客を魅せるモノとしては最高であったかもしれない。

 だが最後に残ったソルシエールの手札を見たベル達にとって、そしてこの決闘が招く結果を知る者達にとって、それは全くの正反対に写った。

 

「……兄貴の手札にあったカード。あれ《サイクロン》だったよな……?」

 

 しばし凍りついていたクラドが、ぽつりと思い出したように呟いた。

 決着の瞬間、アンリエールへ向かって見せていた屍皇の手札は、遠巻きにではあるがクラド達にも確認できていたのだ。

 そこにあったのは間違いなく、決闘者ならば幾度と無く目にしたカードの姿だった。

 つまり。ソルシエールはわざわざ『接戦』など演じなくとも、最初から《ゴーストリック・ハウス》を破壊するなり、伏せられていた神宣なりを狙っていれば。

 

「ええ、悔しいけれど多分。今回はあくまでエンターテイメントに徹した、という事でしょうね……」

 

 簡単に、幽霊姫(アンリエール)を葬れていた。

 それは屍皇に余力があったという証拠だ。アンリエールがどれだけ手を伸ばしても、どれだけ歩を詰めても……きっと勝利には届かなかった。その事実を痛いほど突きつけられたのは、実際に刃を交えた本人だろう。

 

「アンリさん……」

 

 俯いたままコートに佇む幽霊姫に、どう声を掛けたら良いものか。

 自分の未来を決める大事な一戦で、こんな決定的な差を見せ付けられて……彼女の傷は、これでより深いモノになったのではないだろうか。

 そんな彼女に掛ける言葉など、見つかる筈も無かった。

 

『ではでは~。アンティルールとしまして掛け品の譲渡を~……』

 

 例えどれだけ暴れようとも、どれだけの理論をかざそうとも。デュエルに敗北したことにより、アンリエールの自由は奪われた。これは変えようのない事実だ。

 デュエルによる決定は絶対。兄の言葉を拒否することは、もう出来ない。

 

「……まだ、ですわ」

 

 だというのに、幽霊姫は決して膝を折らなかった。

 金十字のディスクを構え、再び前を見据える。

 

「何のつもりだ」

「もう一度……もう、一度私とデュエルをして下さい!」

 

 突然の言葉に、ベル達ですら唖然と沈黙してしまった。

 

「……審判員機構を通した取り決めを破ると?」

『そうですよー幽霊姫さん? ルールを守らない悪い人はこのコーパルちゃんが鉄槌を――』

「ペナルティが必要なら後で纏めてお支払いしますわ!」

『ひゃい!?』

 

 件の注射機を取り出し掛けたコーパルが、その剣幕にびくりと体を強ばらせる。

 そんな様子を見て、ソルシエールは呆れたように溜息をついた。

 

「……お前の我が侭に他人様を巻き込むな」

「ワガママだろうとなんだろうと結構です!! ここでユウ様を追えなければ私は――こんなところで、お兄様の影で終わる訳には参りません!!」

 

 敗北して尚、アンリエールの瞳から輝きは失われていなかった。

 そればかりか、ルージュの炎は火の粉をまき散らしてその勢いを広げていく。

 

「審判員様、アンティは必ずお支払い致しますわ。ですからどうか今は……私に決闘を続けさせて下さい!!」

『え、うーん……そう言われましても、私はただ取り決めを守るだけですし~……』

 

 注射機を片手に困惑しながらもコーパルがちらりと伺うと、ソルシエールは険しい表情のまま口を閉ざしていた。

 

「ご不満であれば、次に失うものが腕だろうと目玉であろうと、命だろうと構いません!!」 

 無言故に重みが増した屍皇の双眼。

 それでもアンリエールはさらに一歩、一歩と前へ踏み出していく。

 

「お兄様に認めてもらえるまで、何度でも挑みますわ……文字通り、命を懸けてでも!!」

 

 それは聞くも無様な、無茶の道理。

 声は震え、涙をこぼして……だからこそ彼女がもつ決死の覚悟は嫌というほど伝わってきた。魂の悲鳴と言わんばかりのアンリエールの叫びに、周囲は――コーパルさえもしんと息を飲む。

 

「そこまで認めたくないか、己の敗北を」

 

 そんな静寂を、ソルシエールの重たい呟きが裂いた。

 独り言のような短い問い掛けではあったが、アンリエールは小さく頭を振って答えた。

 

「……いいえ。私の未熟は、力量の差は十分に理解しましたわ。ですがここで引くわけには――」

「質問を変える。お前が涙を流した意味は何だ」

 

 兄の言葉の真意が分かりかねて、アンリエールは怪訝に眉を寄せたが――やがて涙に濡れた唇はゆっくりと答えた。

 

「……私は、自分が情けないのです。大切な人を追うことも、貴方という壁すら越えられない……私は今日ほど、自分の非力にほとほと嫌気が差しましたことはありません」

 

 掠れるような声で吐露するアンリエールの姿をベルはもう見ていられなかった。

 自分なんかより余程才気に溢れた彼女が、何故ここまで思い詰めなければならないのだろうと。このままユウへの想いも、自分の全てを伏せて影の世界に埋もれていくなんて――それこそ彼女らしくない。

 やっぱり、間違っている。相手が決闘組ということすら忘れてベルが抗議しようと口を開いたのと、ソルシエールが口早に告げたのは同時だった。

 

「……ならば今一度、世の荒波に揉まれてくると良い」

 

 その言葉が意味することを理解できたのは、アンリエールを含めて皆一拍置いた後だった。

 

「今のお前になら、その価値も幾らかはあろう」

 

 ぽかんと口を開けたままのアンリエールを一瞥することもなく、ソルシエールはくるりときびすを返した。

 

「お、お兄様……?」

「今日までお前に『再戦』をせがまれたことなど、一度たりとも無かったな」

 

 追いすがるような問いかけに、背を向けたままポツリとソルシエールは答えた。

 

「鍛錬と称して何度かお前の相手をしたが、お前はいつでも『敗北は必然』といった態度ばかりで、勝利しようとする意志が欠片も見られなかった。私としても実りが少なく、うんざりしていた所だ」

「……それは」

「だが……今日は中々に楽しめた。下らない反抗だと思っていた『家出』も存外、良い結果に繋がったらしい」

 

 絶対に勝つ、乗り越える。想いを寄せる人の為に、そして何より自分自身の為に。

 極限まで追い詰められたことで噴出したアンリエールの強い意思は、デュエルを通じて確かに屍皇の心に届いていたのだ。

 

「賭け品としてお前の自由を奪った上で命じよう。怪黒兎(ファントム)を奪還し、私を倒すまで……ラムジョレーンの敷居を跨ぐことは許さん。それまではプロとしての舞台から除籍させて貰うが構わんな?」

 

 ソレだけを告げると、ソルシエールはルージュの長髪をふわりと揺らして、靴音を鳴らして立ち去っていった。

 黒服達が慌ててその後を追い、結局バスケットコートに取り残されたのはベル達とアンリエール、そして審判員のコーパルだけ。

 

「お兄様……」

 

 先程までの激戦は嘘のように、すっかり静まり返ったコートの中央でコーパルが思い出したようにぽんと手を叩いて場を締めた。

 

『え~っと……とりあえずは双方合意の賭け品譲渡ということで! 私はオサラバしちゃいます!』

 

 言うが早々、コーパルがひらひらと手を振って消えてしまう。

 締め出しを喰らっていたバスケ少年達もガヤガヤとコートへ戻ってきて、何を始めるかと思えばアンリエールへ声を掛け始めた。彼らからは褒め称える声は上がれど、貶めるような言葉は無かった。

 呆気にとられたまま『ファン』へ対応するアンリエールを尻目に、鎖に繋がれたままの燐路は目を輝かせて叫んだ。

 

「黒服はもういねぇ。てことはだ……俺も自由ってコトか!?」

「んな訳ねぇだろ」

 

 ツンツン頭に拳を振り下ろしながら、クラドは深く深く溜め息をついた。

 

「っってぇな!? いい加減にしろよ、この売買人(ディーラー)風情がッ!?」

「ったく、お嬢が復活したのはいいけどよ……問題はコイツだぜ」

 

 ラムジョレーンの力添え無しに、どうやってコイツを飛行機に乗せようか、と。

 文字通りの聞き分けの無い小猿だ。こんなのを怪しまれず、かつ安全に飛行機で運べる手段が見つからない。

 と、そんな様子を見ていた藍がくすりと妖しげに微笑んで見せた。

 

「大丈夫、そのことならもうアンリちゃんのお家から『良いモノ』を頂いてるから♪」

 

 楽しそうに藍が鞄から取り出して見せたソレは、一体どういう経緯で開発されたものなのだろうか。

 見た目には何の変哲も無さそうな金色の輪。しかしその内面には精密機械であることを示す無数の線があちこちに走っている。

 ソレの使い方を察したクラドは、思わず口元を引き攣らせた。

 

「……流石は決闘組だ、何でもアリだな……」

「あ? おい何だそりゃ?」

「さて……それじゃリン君、ちょっと『頭』を貸してね?」

 

 身動きが取れない。

 ニコニコと笑顔で近づいてくるソレから、逃れられない。

 

「――い、」

 

 想像したその姿があまりにも似合いすぎていて、ベルが思わず吹き出しそうになったとき。

 悲痛な少年の叫びがバスケットコートに木霊した。




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デュエル描写がとても丁寧で、演出や構成も毎度凝っている作者さんです。
まだご覧になっていない方はこの機会に是非とも!
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