遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第41話 海底大陸 アトランタ

 

『当機はシガマ国際空港を離陸いたしまして、ただ今水平飛行に入っております。ハイメイン空港到着時刻は、現地時間で――』

 

 真っ白な機体の中で、丁寧な女性のアナウンスが流れてくる。

 ベルはというと、離陸の衝撃にしばらく茫然自失としていたものの……今は窓の外に広がる光景を食い入るように眺めていた。

 

(ははは……まぁ、もの珍しいのは分かるけどな)

 

 窓に映る、目をぱちくりさせて空を眺めるベルを見てクラドの表情が僅かに緩む。

 ベルと燐路。この2人については色々と手続き上の障害はあったものの、そこは既にラムジョレーン家が『決してクリーンとは言えない方法』ながらもしっかり対策を用意してくれていた。

 お陰で難なく突破する事が出来たとはいえ、これ以上はラムジョレーンの力を頼ることは許されない。実質これが最後の助力となるだろう。

 残るクラドの気掛かりは預けてきた車や荷物についてだったが……いくら治安の悪いネイティブとはいえシガマは有数の都市部だ。帰ってきたら荷物はどこへやら、なんて悲惨な事態は無いと信じたい。

 

「……けっ、よく飽きねーな。同じ景色ばっか見てそんなに楽しいかよ?」

 

 ベルとクラドの間に挟まれた燐路が、つまらなそうに言い捨てる。

 頭の後ろで手を組んだラフな姿勢が示す通り、彼の四肢は既に自由だ。しかしその代わり金色の輪が嵌められており、アクセサリーというには飾り気の無いソレは頭にまで装着されている。

 拘束を少しでも解けばそれこそ『エアジャック』しかねない暴れん坊が素直に座席についているのは、コレの存在が大きいということは明らかだ。

 服装に関しても、赤の目立つ煌びやかな衣装から一転。地味なグレーのシャツに黒のカーゴパンツという、何とも目立たない格好に着替えさせられた。変装としてはかなり軽度だが、今のところはそれで十分らしい。

 実体を知れば危険極まりない燐路だが、世間から見れば『カードゲームの大会を荒らした無法者』程度の存在だ。当然国内外で指名手配されているようなこともなく、その点に関しては一行も胸を撫で下ろした訳だが……。

 要するに、あまり面倒を起こすのは燐路にとっても得策ではない。そんな彼の状況を知っている為、ベルもいちいち燐路の相手はしなかった。

 

「…………」

 

 反応が無いことが不服らしく、ジトリと燐路の瞼が下がった。

 

 ――バカなヤツだ。いくら『戒め』を掛けた相手とはいえ、敵に背を向けるとは愚の骨頂だろうに。

 

 こと、燐路という少年は手加減という言葉を知らない。

 相手が誰であろうと、何であろうと自分の獲物と決めたなら全力で狩る。

 息を潜め、殺気を消し。両の手の神経を表面へと浮き上がらせ――獲物の呼吸に、自らの呼吸を合わせていく。

 

 勝負は、一瞬。

  

 背中越しにするりと腕を滑り込ませて。

 燐路少年は未成熟というには不釣合いな、たわわな果実に手を伸ばした。

 

「ひぃゃあぁあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 何事かと集まる視線を、燐路の心底楽しそうな笑い声が吹き飛ばした。

 

「バーーーーーカ!! 隙だらけなんだよデカパイ女!! ぎゃははははッ!!」

「何やってんだこのエロザルが!?」

 

 あまりの早業に止めようも無かったクラドが慌てて拳骨を叩き込んだが、時既に遅し。

 獲物を狩り終えた彼には、どんな苦痛も勝利に添える肴にしかならない。

 

「~~~~~ッ!!」

 

 胸元を押さえてワナワナと震えるベルはさしずめ、百獣の王に子を狩られた母牛か。

 自分を侮辱した、そもそも敵とも呼べる男子が顎をしゃくれさせて憎たらしく笑う。恥ずかしくて悔しくて、顔が火傷して死にそうな少女は――万が一にと教えられていた彼を苦しめる『禁呪』を、思わず叫んでいた。

 

「このっ……『降参(サレンダー)』ッ!!」

 

 響き渡る甲高い絶叫。

 刹那の間も無く、燐路少年は奇妙な格好で苦痛の叫びを上げることになった。

 

「っぎゃあああああああああっ!!?」

 

 各部に装着されたリングが、バチバチと唸りを上げた。

 強力な磁石にでもなるのだろうか、両腕と両足のリングはそれぞれガチンとくっついて手錠のような形となり、頭に嵌ったリングからは電撃が流れている。

 裏世界で流通しているというデュエル用の『衝撃増幅装置』を改造したらしいソレは、登録制の声紋認証を備えたスグレモノだった。

 声紋認証はネイティブ出身の女の子でも扱える安心のカンタン操作で、『降参』で起動、『ターンエンド』で解除。加えて装着者の体温、振動からエネルギーをチャージする為バッテリー切れの心配も無用である。浮気性なパートナーに悩むレディー達もこれで安心。

 ただし法的にはバッチリな代物の為、バレれば即セキュリティがゴヨウである。とはいえ流石は闇の世界を生きる方々が用意しただけのモノはあり、その実用性はまさに完璧と言えた。

 

「あががががが待て馬鹿やめろこんなトコで使うんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 電磁波その他諸々に影響される精密機器が満載の飛行機内だ、Dパッドの普及もあって多少は対策されているとは聞いているが、燐路は勿論のことクラドもヒヤリと肝を冷やした。

 ベルはといえば相当頭に血が上っているらしく、全身の毛を逆立ててフーッと唸っている。冷静な判断は期待できそうにない。

 

「ったく……『ターンエンド』!」

 

 このまま騒ぎになっても厄介だと、見かねたクラドが『解除コード』を口にした途端、仰け反っていた燐路の体からがくんと力が抜けた。時折びくんと跳ねるその様子が何とも痛々しい。

 

「何かございましたか?」

「あ、あはは、いえ! 子供同士の喧嘩で……すんません、注意しまっス!」

 

 駆けつけたCAのお姉さんが怪訝そうに尋ねてきたが、周囲の乗客へも頭を下げつつ持ち前の営業スマイルを浮かべて、クラドは何とか事無きを得た。

 

「おいおい頼むぜ……? こんな調子じゃ向こうに着いてすぐ強制送還だぞ? 猿小僧も無事に青へ行きたいなら大人しくしてろ」

 

 はぁぁ、と深く溜め息をついて、小声で注意を促すクラド。

 が、そんな世話役の言葉を聞いているのかいないのか。2人はバチバチと険しい視線を交えたまま互いに引こうともしない。このままでは第2回戦が始まってしまうのも時間の問題だ。

 

「まぁまぁ、仲の悪いお猿さんが2匹……」

 

 ひょっこりと後ろの座席からアンリエールが顔を覗かせる。

 

「人事みたいに言わないでくれよお嬢……こっちの身にもなってくれ」

 

 泣きそうな顔でクラドが懇願すると、アンリエールはやれやれといった様子で溜め息をつくと、人指し指を立てて1つ提案を出した。

 

「分かりましたわ。それでは私が、ベルと席をお替り致します。それで丸く収まるでしょう?」

 

 

   **

 

 

 こと、燐路という少年は手加減という言葉を知らない。

 相手が誰であろうと、何であろうと自分の獲物と決めたなら全力で狩る。

 

 標的は、生意気にジュースを片手に雑誌を読みふけっている高慢女だ。

 別に何をされたというわけでは無いのだが、昔から金持ちの貴族様というのはどうにも気に入らない。さほど歳も変わらないくせに偉そうなのが鼻につく。それだけだ。

 

 息を潜め、殺気を消し。両の手の神経を表面へと浮き上がらせ――獲物の呼吸に、自らの呼吸を合わせていく。

 

 勝負は、一瞬。

  

 雑誌の影になっている死角からするりと腕を滑り込ませて。

 燐路少年はあるのかないのかよく分からないソレを、ぺたんと確かに掴み取った。

 

(狩ったッッッ!!)

 

 ざまぁみろ、お前も醜態を晒せ!

 機内に響き渡る幽霊姫の絶叫を幻聴した燐路だったが……いつまで経っても、機内には静寂ばかりが流れている。

 

(あ……?)

 

 何だ、何かおかしい……。

 気が付けば、燐路に向けられていたのは艶やかなルージュの流し目だった。

 不穏な気配を察し、控えめな胸元に置いたままだった手を引き戻そうとして……その手はすっと、アンリエールの両手に包み込まれてしまった。

 

「まぁまぁ……随分と情熱的ですわね……?」

 

 くい、と妖艶な瞳が燐路少年を覗き込む。

 紅潮した頬、艶かしい唇、囁くような甘い声。それら全てが燐路の意識を支配していく。

 

「全く、懲りない方♪」

 

 兄譲りの魔性を放つ彼女の全てに、燐路の意識は徐々に吸い込まれていく。

 僅かな膨らみと体温(ぬくもり)が掌から伝わり……身体は自然と、目の前の甘美な魅力を放つ唇を求めて――。

 

 

 

 

 

 結果。

 彼は自身の目元に迫っていた二本指に気が付くことなく、再びその醜態を晒した。

 

 

 

 

 

 

 

   **

 

 

 海上都市、海真門(ハイメイン)

 都市と呼ばれてはいるものの、その実は忘却の青(アトランタ)所属の先進国・リウム共和国が有する巨大人工浮島(メガフロート)である。その役割はただ1つ、遥か眼下に聳える海底都市への玄関口だ。

 居住区は存在せず、せいぜい港で働く職員達が生活に困らない程度の施設しか誘致されていない。軒を連ねているのは、日々大量に運ばれてくる物資を管理する巨大な倉庫だけ。

 何処までも続くコンクリートの平地では、幾つもの船や飛行機がせわしなく離発陸を繰り返している。ここから様々な物資や人々が出入りを繰り返し、巨大な連絡潜水艦で各国々へと送り届けられる訳だ。

 

「ほぇ……」

 

 知識としてはあったものの『海』ですら初めて目にしたベルにとって、それらの光景は全てが真新しく、とても新鮮に映った。

 まして海面に浮かんでいる『巨大な酒瓶みたいなモノ』が海中深くに潜っていくなど、ベルにはとても想像がつかなかった。

 ずらりと海面に並ぶ船体には、工業貨物用の鉛色一色な艦もあれば、デュエルモンスターズのキャラクターが描かれた観光向けの『旅客機』も見受けられる。

 あのどれか1つにこれから乗り込むのだと思うと楽しみで仕方がない反面、少し躊躇うところもある。

 とはいえそんな不安など一度、シガマの空港で嫌というほど味わったばかりだ。空を飛んで来てしまった以上、何を今更恐れることがあろうか。

 

「目が……目が……」

「私の胸を触った代償ですわ、ありがたく噛み締めなさい」

 

 両の目を押さえてフラフラと歩く燐路尻の尻を、アンリエールが叩いて無理矢理に進ませる。

 そんなこんなで荷物を受け取った一行は、空港エリアの待合ロビーで経路を確認。

 次に乗る潜水艦のターミナルへ向かおうとしていたのだが……そんな彼らの前に現れたのは、意外な人物だった。

 

「お久し振りです、先輩」

 

 サングラスを掛け、大きめのキャスケットを目深にかぶった女性。

 彼女とは関わりの浅かったベル達は小首を傾げるばかりだったが、藍は飛び上がって驚くと上ずった声を上げた。

 

(レン)!? どうしてココに――!!」

 

 驚いた藍の反応に満足したのか、サングラスを下げて目元を見せた彼女は――SSCで【にじいろ団】と戦ったアイドルデュエルチーム【N―EVES(ネイヴス)】の代表、蓮莉帆(レン・リーファン)だった。

 今は大会中に着ていた煌びやかな衣装の印象とは打って変わって、細い脚を引き立たせる薄青のデニムを始めとしたカジュアルな服装に身を包んでいる。

 

「オフを貰ったんで、お迎えに上がりました。ご迷惑でした?」

「いえ、そういう訳では無いけど……っていうか、何で蓮が私たちのことを――」

「親切なお兄様方から一報頂いたもので。ま、今日動けるのは私だけなのでN―EVES揃っての歓迎会はまた後日になりますが」

「全く、あの人達はまた余計なお節介を……」

 

 深く長い溜め息をついて、藍が頭を抱える。

 彼女が頭に思い浮かべているのは、恐らくは今回の件で助力して貰った藍の知り合いなのだろうとベルは察した。

 

「……まぁ、こっちとしては確かにありがたい話だけど。仕事の方に影響は無いの?」

「先輩、ホントにジャーナリストの仕事してるんですか? 今はアイドル戦国時代ですよ?」

 

 藍の気遣いに、蓮はジトリとした目を向けて返した。

 

「もっとお仕事したいと思っても、次から次へと新勢力が沸いてきますし。私達がひっきりなしにTVに呼ばれてた時期はもう終わっちゃいました。今は歌の仕事が殆どですから、そこまで時間に追われてる訳じゃないんです。SSCで『宣伝』してきたばかりですし、1日お休みを貰うくらいなんでもありません」

「ぐ……勉強不足でした、ごめんなさい。相変わらず芸能は流れが速いわね……」

 

 藍が素直にぺこりと頭を下げると、蓮はベル達に向き直って言った。

 

「というわけで、今日は私が皆さんの案内役を勤めさせて頂きます。よろしくお願いしますね?」

 

 にっこりと微笑んだ蓮に、ベル達もおずおずと頭を下げる。

 こちらの事情は粗方話を聞いていたのだろう、多少なり変装させた燐路の姿を見ても何の反応も示さなかったが……ふと、気が付いたように呟いた。

 

「あれ、あの無口そうな方は居ないんですね?」

 

 その言葉を受けて気まずそうに俯いた一行に、蓮は小首を傾げる。

 

「えっと、彼ね。ちょっと問題があって先にこっちへ来てるみたいで……目的地は同じだから、きっと合流出来ると思うわ」

 

 それはどこか希望のような願望のような、皆に言い聞かせるような藍の回答だったが――続く蓮の言葉は、容赦なく現実を突きつけた。

 

「そうですか……今は何かと物騒ですし、皆で纏まって行動した方が安全だったんですけど。心配ですね」

 

 

   **

 

 

 窓も無い船内で揺られること1時間弱。

 海底都市の港へ到着したというアナウンスが流れたが、船外の排水が完了するまでにしばし時間が掛かるという事だった。

 

「こういう筒みたいな港に船が入って、それから半分くらい海水を排出したら外に出られるの」

「へぇ……」

 

 待っている間、藍のDパッドに表示された図を指差しながらの解説は、ベルのみならずクラドやアンリエールも興味深そうに聞いていた。

 藍の説明を耳に入れながらも、ベルの目が釘付けになったのはアトランタの一般的な居住コロニーの外観、その解説図だ。

 当然ながら肉眼でソレを伺うことは出来ないが、どうやら居住コロニーはいくつもの球体がくっついたような、いわば『泡』のような形をしているらしい。

 その見た目通り『バブル』などと呼ばれているようで、半円のドーム型コロニーがまず海底に設計され、そこから上へ小さなコロニーが増設されたことでこのような形になったと記されている。

 

「ケッ、つまんねー話聞いて何が面白いんだか……」

 

 へぇ、ほぉ、と楽しげに時間を潰している一行を、燐路は不貞腐れたように腕を組んで寝たフリをしていたが……時折薄目を開けてはその様子を伺っていた。

 

 

 排水作業も完了し、いざ港へと降りてみると。

 大きな円筒状の空間は無骨な鉛色一色で、照明の淡い白色だけが彩りを添えていた。

 

(すごい、独特な匂い……)

 

 色濃い海の匂いが、湿り気を含んでつんと鼻をつく。

 乾燥地帯出身のベルにとって不思議で仕方なく、何度も吸い込んでは吐き出しを繰り返していると

 

「正気ですの……?」

 

 と、鼻を押さえたアンリエールに白い目で見られてしまった。

 彼女に至っては、露骨に不快な表情を浮かべていた。

 

 

 入国手続きを済ませ、幾つかの防護扉を潜り抜けると、遂に港の外へと降り立った。

 そんな一行の目に飛び込んできたのは――前にベルが見た写真と全く同じ、薄暗い青に染まったネオン街だった。

 

「うわぁ~……」

「おお、やっぱ実物は違うなぁ」

「思っていたより人が多いですわねぇ」

 

 三者三様、初めてこの地に足を踏み入れた一行の感想はそれぞれ違う所へ向けられた。

 ベルは『天井のある空』、クラドは商売柄かネオンビルの群れに。アンリエールは無数に行き交う人々や車の流れを目で追っている。

 そんな彼らの反応を嬉しそうに見回して、藍と蓮は微笑んで言った。

 

「お疲れ様、皆。リウム共和国の首都『リューアン』へようこそ」

「N―EVES代表として、心から歓迎します!」

 

 と、それまで詰まらなそうに頭の後ろで手を組んでいた燐路が、スンスンと鼻を鳴らしてフラフラと一行から離れていく。

 

「おい、待て猿小僧。また『あの呪文』を言われたいのか……?」

「やめろ!? いくら俺でも『もう』逃げようなんてバカなマネはしねぇよ!?」

 

 ひゅん、と一瞬でクラドの元へ戻ってくる燐路。

 出発前から今に至るまで脱走する隙を突いては、即座に『呪文』を唱えられてきた彼はすっかり調教されてしまっていた。

 パイタッチペナルティも合わせて、その苦痛が身に染みたのだろう。

 

「たださ、そこら中からイイ匂いがするじゃねーか? 腹が減ったぜ俺は」

 

 言われてみれば、そうだ。

 飛行機で軽食はつまんだものの、今日は朝からろくに食事を取っていない。何より体感時間的には早めの夕食を頂いても良い時間だ。

 

「当然のように飯をねだるな猿小僧。事が済んだらお前の【ラヴァル】は換金してやるからな……まぁけど、確かに腹は減ったな。姉ちゃん、時間は大丈夫か?」

 

 燐路はともかく、腹ごしらえをしたいのは満場一致の意見だ。

 とはいえ、今回の目的は観光ではない。ユウや白面達の動きが分からない今、なるべく早く目的地へ向かうことが優先される。

 行動スケジュールを把握している藍は少し考えて、こくりと頷いた。

 

「宿のチェックインがあるから、あまりゆっくりお店は選べないけど……さっと食べていく位なら大丈夫そうよ。蓮の方はどう?」

「どのみちそんな予定でしたから、大丈夫ですよ。明日のお仕事には余裕で間に合います」

「ありがとう。それじゃあどこか入れそうな所を探しましょうか」

 

 頼もしい現地人の案内の下、人通りの多い街中を歩くこと数十分。

 屋台……なのだろうが、観光向けにオープンカフェのようになった佇まいの店がずらりと並ぶ一角へと到着した。

 

(おいしそうな匂いがいっぱい……!)

 

 胃をくすぐるゴマ油の芳ばしい匂いと、パフォーマンスの如く立ち上る炎の赤が何とも食欲をそそる。

 以前に藍が振舞ってくれた美味しい肉饅頭が売られていたので、ベルの視線はそれへ釘付けとなったが、流石にそれだけでは腹は膨れない。

 結局、そこそこ量もあって値段も手頃な『麺』に落ち着くこととなった。

 

「へぇ、スープに3つも味があるんですね?」

 

 店先に張られているメニュー写真を見るに、どうやらスープの味を好きに選んで良いらしい。どれにしようかな、とベルが小さく表示されている共通言語を読んで決めかねていると。

 

「俺はその赤いヤツな」

 

 すっぱりと注文を決めて、我先にと燐路が席に着く。

 

「ったく……ちなみに姉ちゃん的には、何かオススメとかあるのか?」

「えーっと、一番癖が無いのは醤油ベースかしら? あとは好みによるけど」

「では、私はそれで。見知らぬ土地で食の冒険をする度胸はありませんわ」

「お嬢の言う通りかもな……ま、俺も無難にソレにしとくか」

 

 アンリエールも即決し、クラドもそれに釣られるように注文を決めてしまう。

 

「あ、ああ~……」

「ベルちゃんは、どれにするか決まりましたか?」

 

 サングラス越しの瞳が、ひょっこりとベルの顔を覗きこんできた。

 仮にも世間を騒がせたアイドルがこんな観光地に訪れているなど、考えてみれば恐ろしいことだ。

 

「あはは、えっと、まだ……」

「私的オススメはコレです。さっぱりしてて長旅の後には丁度いいかもしれませんよ?」

 

 そう言って蓮が指差したのは、他とは大分違う透明感のあるスープだった。

 盛り付けも野菜類が多めで、ベルの好みといえば好みだ。

 ただ、宣伝文句が読めない単語だらけで味がイマイチ分からず、二の足を踏んでいたのだが……蓮に太鼓判を押されたことで遂に注文へと踏み切ってしまった。

 早く決めないと。そんな焦りがベルの判断能力を狂わせていく。

 

「じゃあ、わたしもソレを……」

 

 

   **

 

 

「げほっごほっ!?」

 

 麺を啜った瞬間。ベルは盛大にむせた。

 

「ちょっ、ベルちゃん大丈夫!?」

 

 注文された品が配られてから、終止不安そうにベルを見ていた藍が咄嗟にフォローする。

 

「げほっ……び、びっくりした……何ですかこれ、お酢……?」

「ええ、かなり強めの……誰、コレをベルちゃんに勧めたのは」

 

 ずるずる、と平気な顔で同じものを啜っている蓮が手を上げた。

 

「私です。コレってそんなに強いですか? 私なんか全然足りないくらいですけど……?」

「私達の基準で考えないで! もう……ごめんねベルちゃん」

 

 頭を抱えて溜め息をつきながら、藍はふと自分の器を見たが……残念ながらベルと全く同じモノだ。取り替えてあげることも出来ない。

 

「あ、えっと……」

「だ、大丈夫です! せっかくのお料理を粗末に出来ませんし、わたし頑張って食べますから!」

「そう……? 別に無理しなくていいのよ?」

 

 とは言ったものの、立ちはだかるは触れればむせるカタストル。

 どう攻略したものかと悪戦苦闘しながら、なるべく啜らないように口へ運んでみるものの……3口目あたりでやっぱり限界が来た。

 

「げほっ、うぅ……」

「そんなにむせるなら俺のと取り替えてやろうか?」

 

 意外なことに、助け舟を出したのは向かいに座っていた燐路だった。

 正直「やっぱり無理かもしれない」と思い始めていた頃だったので、渡りに船だ。

 パイタッチの件もあり良い印象が無かったが、ここへきて株が急上昇だ。

 

「ほ、本当ですか?」

「おう。もう半分くらい喰っちまったけど」

 

 ほい、と寄越される赤い器。

 不幸なことに、このとき藍はせめてもの口直しにと肉饅頭を買いに席を離れていた。

 この場にいるのはどうにも気配りオンチな蓮と、燐路が食ってたんだから味は大丈夫だろうという初見素人が2人。

 

「じゃあ、ありがたく頂いて……」

 

 故郷の食事にも、香辛料の効いた料理など幾らでもある。

 辛いものには自信があったベルだが……ベクトルの全く違う『辛さ』があるという現実を、少女はこの日初めて思い知らされることとなる。

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

(へへ、儲けた儲けた)

 

 一方。割と何でも食べれる雑食系少年はずるずると酢麺を啜り、実質1.5杯を平らげて満足そうに腹をさすったのだった。

 

 

   **

 

 

「さて、それじゃ食事も済んだし、そろそろ移動を……」

 

 食後の小休止も終わり、ぽんと手を打って藍が立ち上がる。

 麺が満足に味わえなかった分、余計に名残惜しいのだろう。ベルは肉饅頭の包み紙をいつまでも離さず手元に握り締めている。

 そんな可愛らしい様子を見た藍は、柔和に微笑んで言った。

 

「今度はもっと時間があるときに色々お店を案内するわ、勿論ユウ君も一緒にね」

「……そうですね! そのときはよろしくお願いします!」

 

 賑やかなこの光景をひとまずはお土産にしよう。そう振り返って……一行ははたと気が付いた。

 

「……何か向こうが騒がしいな? 喧嘩か?」

 

 クラドが手をかざして人垣の向こうを眺めるが、騒動の種は見当たらない。

 しかし喧騒は着実に、こちらへと近づいてくる。ソレはどうやらかなりの速さで移動しているらしい。

 そんな中で微かに聞こえてきたのは、 甲高いジェットエンジンじみたマシンの咆哮。

 

「この音……まさかッ!?」

 

 辛うじて判別できる程度の『音』を聞きつけた燐路が、弾かれるように駆け出す。

 その『音』は一同も聞き覚えがあったが故に、その判断はすぐに下された。

 

「おいっ!? くそ、『降参』!!」

「があああああッ!?」

 

 考えを巡らせる間も無く、燐路の体が地に転がった。

 

(嘘だろ!? 何だってこんなに早く――!!)

 

 最悪の可能性が頭を過ぎる。

 でもまさか、そんな筈は。燐路が連絡を取っていたような様子は無かった。

 ともすれば――全くの偶然なのか?

 

 聞き間違いであればそれで良かった。すぐにでも『呪文』を解いて、肉饅頭の1つでも2つでも奢ってやるつもりでいた。

 そんなクラドの願いも空しく、屋台の屋根に飛び上がった真紅の車体は間違いなく。

 

「ガっ……姉貴!! こっちだぁぁぁぁぁ!!」

 

 ――白面の女、煽里(センリ)の駆るD・ホイールだった。

 

「そんな、彼女がどうして私たちの居場所を――!?」

 

 無理矢理に屋根を伝って走る真紅のD・ホイールが、刻々と迫ってくる。

 しかし、冷静さを欠いていた彼女達の目には映らなかった。そのD・ホイールから黒い煙が僅かに立ち上っていることが。

 

「また来たぞ、避けろぉー!!」

 

 また。人々がその言葉に引っ掛かりを覚える前に、新たに2台のD・ホイールが対岸の屋根に跳ね上がる。

 操縦者は赤のフルフェイスヘルメットで顔は伺えないが、漆黒に塗られたその車体は煽里のものと比べるとかなり軽量化が計られており、足場の悪い屋根の上でもお構い無しとばかりに距離を詰めていく。

 破片を撒き散らしながらの無法なデッドチェイス。そこに垣間見えたのは、真紅のD・ホイールへ伸びる2本の紅い鎖だった。

 

「行け、《ヴォルカニック・ロケット》でダイレクトアタック!!」

 

 人垣の群れから飛び出した、翼竜の骨格のような『炎属性』モンスターが真紅のD・ホイールへ迫る。

 不安定な足場故に逃げ道が無かったのだろう。モンスターの放った火球が直撃したD・ホイールは無残にも大破し――煽里の身体は、宙へ放り出された。

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