遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス) 作:kohatuka
今回のお話で、本家アニメシリーズに登場するキャラが登場します。
厳密には、本家のソレとは全くの別物なのですが……。
それに伴い、タグ『原作キャラなし』を念のため削除させて頂きました。
あくまでゲストキャラとしての登場ですので、今後もオリジナルな路線は変更致しません。
どうか勝手をお許し下さい。
詳しくは、活動報告にて失礼します。
これは全部、CPとドン・サウザンドって奴の仕業なんだ……。
10年前。
この2つのキーワードを検索に掛ければ、すぐにでも浮かび上がる『災害』がある。
――
噴火事体の規模は小さく、火砕流や火山灰などの被害については特筆するべきことはない。この災害が史上に名を残したのは、その異様なまでの人的被害にあった。
原因は、蓋樹山周囲の独特な地形だと言われている。蓋樹山を中心として円で囲うように高い山脈が連なっているその様子は、真上から眺めれば平野分がドーナツのように見える。
人々の命を奪ったのは、そんな『逃げ場の無い場所』へ流れ込んできた大量の火山ガスだと説明がされた。
蓋樹山の周囲に存在していた無数の農村や集落は壊滅状態。辛くも逃げ出せた少数の人々を残し、死傷者は史上最悪の数字を叩きだした――それが、表向きに世界中で取り上げられた大災害の全容だ。だが――。
「それは全て、3枚ある『三幻魔』のカードを降臨させるための『儀』を隠蔽するための偽装だったようです。そして今、3枚の幻魔を1つに束ねるため再び『贄』を集めている……と」
聞くに堪えない悲惨な結果を招いたこの災害が、たった『3枚のカード』によって引き起こされた『災厄』を隠す為の嘘だった、と……にわかには信じ難い話だが。
「人の魂を吸うなんて、そんなカードが……」
ある訳が無い、と否定しかけたベルは、彼らが持つ『力』のことを思い出し口を詰まらせた。
闇のゲームは人の精神を、魂を傷つける。そんな『力』が現実に存在していると知った今、煽里の話を馬鹿げた話と笑い飛ばすことなど出来はしない。
「私もそう思っていました……実際に『
大勢の民。その中に自分達の両親が含まれていると煽里は言った。
姉弟が……いや、彼ら『白面』達が貧しさ故に道を違えたのだとすれば……少なくとも、『三幻魔』はその引き金を引いたことになる。
両手を血に染めるとしても、生きる為にはそれしかなかった……そう燐路は言った。その言葉通り、彼らに後悔や罪の意識は無いのかもしれない。
しかしそんな自分達の『覚悟』さえ、初めから利用されていたのだとしたら?
淡白に自分を抑えて語る姉とは対象的に、弟の苛立ちは拳となってベッドの中へと叩き込まれた。
「……はっ、つまり俺らは
孤児として生きるしかなかった彼らに、強い力が眠っていたとして……それをもっとも効率良く使うとすれば。
考え付く『だけ』ならベルでも容易いことだ。
だからこそ、燐路の自虐的な呟きに答える声は無い。
「――決めた。ジジイ共は俺がブッ潰す。三幻魔だか何だか知らねーが……超気に入らねぇ、爆殺の刑だ」
瞳をグラグラと沸き立たせて、燐路は低く唸るように呟いた。
このまま放っておけば、数秒後には戒めのことも忘れて飛び出して行くだろう。
そんな少年の手綱を握るクラドは、爆弾にでも触るような声で宥めた。
「落ち着けよ、例えばお前さんに【ラヴァル】を返したとしてもだ。そんな化け物みてーなカードに勝てると思ってんのか?」
「うるせぇ!! 少なくともお前の【駄目スクラップ】よりはマシだ!!」
「そりゃまぁ、そうだろうが……少し頭を冷やせって。考えてもみろ、その『三幻魔』ってヤツを1つに纏めるには沢山の魂が必要なんだろ? 燃料が足りねぇってトコへ、お前さんご自慢の『強い力』が吸われたらどうなるか……お前のせいで燃料満タン、ドカンといったらどうすんだ。それじゃ復讐どころか爺さん達にとっちゃ酒の肴だぜ?」
「……っ分かってるよ、んなコトは!!」
クラドの言葉に多少頭が冷えたのか。再びベッドを殴りつけると、燐路は不機嫌そうに脚を組んで椅子へと座り込んだ。
そんな様子を見てひとまず安堵したベルの脳裏に、ふと疑問が涌き上がる。
(強い力が、吸われたら……?)
三幻魔のカードに多くの――より強い力を吸わせたいのなら、真っ先に標的になるのは誰なのか。
「待ってください!! それじゃ『力』の強いヒヨリさんはもう――!?」
青ざめた様子のベルに、煽里は首を横に振って答えた。
「いえ……
煽里の否定に、強張っていた足の力が抜け落ちる。
ヒヨリにはユウと話して貰いたいこと、聞かなければならないことがある。訳の分からないカードの生贄になってしまうなど……あってはならないことだ。
とはいえヒヨリが無事ということは、また別の危機が立ち上がってしまう。
「老人会のお楽しみ計画は、豪華2本立てで進行してるってことか……」
つまり、煽里達が関わっていた本来の計画――《アスタリスクス》を揃え、デュエルモンスターズを消滅させる計画も同時に進められているということだ。
それも主戦力だった筈の、煽里と燐路を『贄』に回しても良いと判断出来るだけの『全て回収できる方法』を抱えたまま。
「……白面の姉ちゃん、その連れられていった場所ってのは分かるのか?」
クラドが結論を急ぐと、煽里は躊躇うことなく口を開いた。
「はい。ここ首都『リューアン』の開拓プラント、遺跡エリアA-315。教養のある貴方達なら、もう目星を付けている筈ですが」
煽里の糸目が見抜いた通り、そこはまさに一行が向かおうとしていた目的地であった。
藍が突き止めた、恐らくは《アスタリスクス》が保管されている場所だ。
「……あんまりゆっくりはしてられねぇ、か」
「ホラ見ろ!! 今すぐにでも出発するべきだ!!」
居ても立ってもいられない、と立ち上がった燐路の襟首をむんずとつかんで、クラドが椅子に座らせる。
「だからといって、向こうの人数も分からないまま夜中に動くのは賢くねーよ。ワケも分からず、またあのフルフェイス達に囲まれたいってんなら話は別だけどな?」
「ぐっ……!!」
クルクルとクラドの言葉に回され、大人しくなる燐路。
そんな彼を見て溜め息をついてから、今度はアンリエールが言葉を挟んだ。
「ですが、そうしますとユウ様の身が尚更危険ですわ。お猿さんの言う通りではないですが、早く合流しませんと……」
確かにアンリエールが危惧する通り、このままではユウは1人でヒヨリとフルフェイスのD・ホイーラー達、そして三幻魔までも敵に回してしまうかもしれない。
そんなどうしようもない焦燥感を洗い流すように、冷静な面持ちの藍はゆっくりと煽里へ切り出した。
「煽里さん? その『四方老』が動き出すタイミング――日時なんかは分かったりする?」
落ち着いてことを探ろうとする藍の言葉に、煽里は霞掛かった記憶に手を入れながら言葉を返す。
「正確な日程は……聞いていませんでした。というより私たち……いえ、巫女をこの地へ呼び寄せたのも急でした。恐らくですが、今回の判断は突発的なことだった、かと」
「つまり……今すぐにでも『開拓プラント』に押し入れるような準備は出来ていないってことね?」
藍がそう問い掛けると、煽里は曖昧ながらも頷いて見せた。
「そう……なら幸い、私たちが1歩リードのようね。明日には正規のルートで、警備が厳重な『開拓プラント』に堂々と入って行けるもの」
藍がそう微笑むと、訝しげな顔で燐路が口を挟んだ。
「その『開拓プラント』の警備ってのは、そんなに厳重なモンなのか……?」
「大丈夫、少なくとも外部からの力押しじゃビクともしないはずよ。『開拓プラント』は文字通り『土地を作る』場所……お金持ちのお偉い様が血眼で動かしてる所だもの。私たちだって本当は知り合いの『コネ』が無かったら入ることすら出来なかった筈よ」
胡散臭い身分のベルや燐路がそのまま通過出来てしまう、というのは厳重警備としてどうなんだと疑問を抱いていた当人達だったが……コネの力は凄いと改めて感服した。
「ただ……燐路君と煽里さんはプラントの外でお留守番かもね。騒ぎもあったことだし、普段より警戒レベルが上がっているかもしれないわ」
「……仕方がありません。本来、貴女達からも疑われて仕方のない身分ですから」
静かに頷く煽里に対し、燐路は不満そうに口を尖らせた。
「んだよ、結局俺らは除け者かよ」
「まぁまぁ、そんときは俺が傍に居てやるよ。それなら寂しくねぇだろ?」
「……お前、この輪っかが外れたら真っ先に噛み付いてやるからな」
ガルルと牙を剥く燐路の頭をわしわしと頭を撫で回しながら、クラドは欠伸を交えながら切り出した。
「さて、それじゃ方針が決まったところで休もうぜ? 各自色々と思うところはあるだろうがまぁ……とにかく今は頭を休ませよう」
燐路はクラドと、煽里は藍の部屋で。
残ったベルとアンリエールが同室と振り分けて、ひとまずの解散となった。
**
「それじゃ先輩、私はこれで」
ホテルのロビーで待っていた蓮に、藍は申し訳無さそうに頭を下げた。
忙しい中、足代わりの役目を買って出てくれたにも関わらず、危険な目にまで遭わせてしまった。
「ごめんね蓮、本当はここまで巻き込むつもりは無かったんだけど……」
「いいですよ、久々にヤンチャできて楽しかったですし。それに十分、対価は頂いてますから」
にんまり、と蓮の頬が吊り上る。
「約束、忘れてませんよね?」
楽しそうな蓮の笑顔に対して、藍の頬は赤く上気していく。
ジトリと責めるように目を細めて返すも、蓮の表情はニコニコと変わらない。
「……忘れてないけれど。本気なの?」
「ええ、本気ですよ♪ 皆だって楽しみにしてるんですから、絶対逃げないで下さいね?」
「……はぁ。分かったわ、約束は守るわよ。全く何が楽しいのやら……」
呆れたように溜め息をついた藍だったが。
ぶんぶんと子供のように手を振って帰っていく蓮を、いつまでも見送っていた。
**
「……あの」
藍が席を離れている間、監視を任されたベルはおずおずと煽里に声を掛けた。
「なんでしょう」
ベッドで半身を起こしたまま、煽里はゆっくりと顔を向ける。
そんな彼女からは、かつて向けられていた冷酷な敵意は感じられない。しかし燐路を半ば人質として、かつ敵対する理由が無くなったとはいえ……彼女達の言葉が全て嘘であり罠に掛けようとしている可能性は拭えない。
ベルもそれなりに警戒しようと、今はデッキとDパッドをアンリエールに預けているのだが。
「ちょっと、お話があって……」
「大丈夫です。私は今、貴女に手出しなど出来ませんよ」
そんな心境で搾り出した声に返されたのは、意外な言葉だった。
「え……?」
「例えどのような目に合わされても、決して。教養の無い私ですが、貴女にはそれだけのことをしたという自覚くらいはあります」
報復を受ける覚悟はある、ということだろう。
力を抜いて横たわっている煽里へ、ベルはぶんぶんと首を振って否定した。
「あ、いえいえっ!? 別にわたし、そんなつもりじゃなくて」
「? では、私などに何の用で……?」
きょとんと小首を傾げる糸目に、ベルはまっすぐ向き直った。
「あの、今こんなことを言うのも何なんですけど……全部終わってからでいいんです。もしユウさんと合流できて、三幻魔ってカードをどうにかできたら。わたしともう一度、デュエルしてくれませんか?」
一瞬、その糸目が丸く見開かれたような気がした。
「……私と、ですか?」
「はい。次は絶対勝ちますって、ある人に約束しちゃったんです。その為にも是非」
自分を死の淵まで追いやった相手に対して、もう一度戦おうと。
そう言ってにっこりと微笑むベルに、煽里は何を感じたのだろうか。
「……それだけの為に、私と?」
「え……っと。正直言うと、ちょっとだけ私怨も入ってます。今日こんなことになるまでは、私が煽里さんと戦うつもりでいたんです。でもそれは、煽里さんを傷つけたいとかじゃなくて……もっと単純に、あなたにデュエルで勝ちたいって、そう思ったからなんです」
気恥ずかしそうに頭を掻く褐色肌の少女。
勝ちたい。そう言った彼女の表情は、実に晴れやかだった。
「だからここでいくらビンタしたって、わたしの気は晴れません!」
彼女も1人、
自分と同じように、デュエルモンスターズの世界で自らの運命を、大切なモノを賭けてきたと聞いた。
そんな彼女と自分の違いは。
どこで道を変えていたら、彼女のように笑うことが出来たのだろう。
「……そうですか。教養があるのか無いのか、
ベルが諦めずにデッキからカードを引こうとした、あの時。
悩ましげな溜め息と共に呟かれた言葉と良く似たソレが、今は緩んだ頬から漏れ出していた。
**
「やあ、初めまして。皆さんのことは藍ちゃんから聞いているよ」
翌朝。
ベル達の元に現れたのは人の良さそうな小太りの男だった。
小さな目鼻立ちに、刈り上げた丸頭。20代後半という歳ながら、丸いシルエットとサスペンダーで吊り下げた茶色のズボンも相まって、まるでクマのぬいぐるみのようだ。
そんな男に対して、藍は丁寧に深々と頭を下げた。
「おはようございます、ハラダ編集長。ごめんなさい、こんなに早くから……」
「あはは、気にしなくて良いよ。君には色々と面白い話を聞かせて貰っているし……『期待して』と大見得を切っただけのことはあるようだね!」
ぷるぷると顎を揺らして、男――ハラダは朗らかに笑って見せた。
この男のことは、一行も既に藍から話を聞いている。アイドルを引退した藍がジャーナリストとして経験を積むために、一時期所属していた出版社の編集長ということだ。
何でも忘却の青向けに決闘者専門誌を手がけているようで、フリーの立場となってもお世話になっているらしい。何より、遺跡から発掘された《アスタリスクス》を所持しているという、開拓プラントに住まう人物にコネがあるというのはこの男なのだ。
今回の件も、藍の書き上げた記事をソレらしく掲載しているとのことだが……彼の出版社はゴシップな記事も多く、噂半分として世間には受け取られているらしい。
もっとも、紅の不法入国者の狙いが《アスタリスクス》である、ということは十分警戒に値する情報だったようだが。昨晩藍が言った通り、現在は開拓プラント周辺の警備が厳重になっているのは事実だ。
「さて、嘘か誠かさておき……君たちも色々大変みたいだね。本当ならこの辺りを色々と案内してあげたかったんだけど。『用事』が済んだら、そのとき改めて案内させて貰うよ!」
そう言って柔和に微笑む彼は、やはり大きなぬいぐるみのようで。藍が信頼を寄せているのも頷けると、ベルは思った。
藍から事の全てを聞いているにも関わらず、その表情からは何の焦りも、訝しげな色すらも感じられなかった。かといって丸っきり話を信じていない訳でも無いようで、燐路と煽里に対しては微妙に距離を取っている。
報道者として、どこか肝が据わっているというか。そんな印象だ。
一同も一通り簡単な自己紹介を終えると、ハラダはまじまじと周りを見渡しながら言った。
「それにしても……聞いていた通り美人さん揃いだなぁ。可愛い女の子達に囲まれて旅が出来るなんて
「あっはっは、まぁ……正直男としちゃ自慢して回れるレベルっす」
「ま、揉みがいがありそうなのは1人だけだけどなー」
そんな男達のやりとりに、ベルは気恥ずかしくてぼっと顔を赤らめたが。
藍は呆れたように溜め息をつき、アンリエールは当然といった様子で胸を張り。煽里に至っては、そこに自分は含まれていないと思っているらしく「確かに……」と興味深そうに一同の顔を眺めていた。
「あはは、正直でよろしい! じゃあ早速だけど出発しよう。『アイツ』も結構忙しい身でさ、時間には結構うるさいんだ……」
その口ぶりからして、男と《アスタリスクス》の所持者はかなり親密な仲らしいことは察しが付いた。
藍や煽里の話を聞くに、その人物は『遺跡』の調査と再現に関しての研究をしている若き期待の研究者とのことだ。
遺跡の復興は、忘却の青の国々にとって『街作り』に繋がる重要な仕事だ。手厚い支援を受けられることはもとより、青の人々から多くの支持を得ている職業でもある。
そんな人物とどうやって知り合えたのか。ベルはおずおずとハラダに問い掛けた。
「あの、編集長さん。その人とは一体どんなご関係で……?」
「ん? ああ……そんな大した関係じゃないよ。子供の頃からの腐れ縁ってやつさ」
「腐れ縁?」
男は停めてあったボックスカーのドアを開けながら、どうぞとベル達を招き入れる。
「こんな海の底で仕事をしているのも、アイツの趣味が拗れたせいって感じだし……ま、オレ『達』もそれぞれ楽しくやってるから良いんだけどね!」
そう言うハラダの目は、呆れたように細まりつつも本当に楽しそうで。
ベルは何となく、今ここにいる皆ともそんな関係になれたら良いなと思った。
一同が乗り込んだボックスカーは相変わらず静かに、薄青の朝日に照らされながらリューアンの市外を抜け、順調に開拓プラントへと向かっていた。
遺跡を元にして造られた、レンガ造りの高い建物は次第に数を減らしていき……薄暗い朝を照らしていた華やかな金色は点々とした提灯の朱色へ移り変わり、その街並みは背の低い民家が連なる下町のエリアへと姿を変えていく。
「開拓プラントの傍まで来ると、街の様子も随分変わりますのねぇ」
興味深そうにアンリエールが呟くと、藍がそれに答えた。
「この辺りは開拓されたばかりで、まだ『バブル』の天井が低くいのよ。あまり高い建物が建ててしまうと、将来『バブル』を拡張したとき、古い『バブル』を取り壊せなくなってしまうから……」
見れば確かに、『空』の位置が随分と近く見える。
あの『空』を壊すとき、市街で見たような高い建物があったら作業の邪魔になるということだろうか。
「開拓されたばかりのエリアはしばらくは安価な居住区として機能して、『バブル』が拡張されるにつれて『本来の姿』を取り戻していくの。こういう開拓居住区に住んでいるのはプラント関係で仕事をしている人達がほとんどで……彼らはそうやって新しい開拓居住区へ移り住んでいくことが多いそうよ」
「成程、そういうことですの……」
上手く機能しているものだと感心しつつ、アンリエールは1つの場所に住み続ける事が出来ない生活というものが想像出来ず、少しばかり考え込んでしまった。
家や土地、というものが先祖代々ずっと黒の地にあるアンリエールにとって、確かに住居を次々と変えて移り住むという生活は馴染みのないものではあったが……現在ほとんど勘当されたような形で家に戻れない彼女としては、他人事とも言えないからだ。
そんなアンリエールの隣からひょっこりと顔を出したベルは、なんの気なしにハラダへと尋ねた。
「それじゃあ、今から会いに行く人もこの辺りに?」
「いやいや、アイツはほとんど仕事場から出てこないよ。仕事場がアイツの家みたいなモノだからなぁ」
「へぇぇ……」
「それもまた、難儀な生き方ですわね」
むむ、と難しそうに眉を寄せるアンリエールとは対照的に、仕事に命を掛ける女性というものに憧れを抱いたベルはキラキラと目を輝かせた。
**
「ふふん、ふんふ~ん♪」
薄暗い研究室の中で、楽しげな女性の鼻歌が響いていた。
彼女の目の前には幾つものモニターが淡い光を発し、せわしなく叩かれるキーに合わせてそれぞれの画面が展開されていく。
彼女がモニターの中で一心不乱に作り上げているのは、まるで針金細工で組み上げられたような1つの街並みだった。それは言わずもがな、太古の昔に失われた文明の再現だ。
いわばこの研究室は彼女だけの空間。
そんな中、コンコンとドアをノックする音が木霊した。
「博士。さっき連絡があったよ、予定通りこっちへ到着するって」
声を掛けたのは、賢そうな顔つきの若い男だった。
白衣を着ているところを見ると、どうやら女性の研究仲間のようだが……それにしては口調も随分砕けていて親しみがある。
彼がオートのドアを開けて廊下の向こうに佇んでいると……。
「ん、了解! 私も丁度一段落しそうだし……もうすぐ上がるね!」
女性はキーを叩く指先を止めなかったが、るんと声だけを返して答えた。
もうすぐと言いつつ、更にスピードが上がったキーの悲鳴を聞いた男は、苦笑を浮かべながら優しく言い聞かせるように呟いた。
「……博士? 仮にもお客さんなんだから、会う前にちゃんと鏡くらい見ておきなよ?」
「うっ……わ、分かってるよっ!? 私だってもう大人のオンナなんだからっ!!」
「くすっ、はいはい……」
ニコニコとその賢そうな顔を緩めて、男はそそくさと研究室を後にした。
「全くもう……!!」
残された女性はぷぅと頬を膨らませつつも、うっすらとモニターに映った自分の顔を見て前髪を弄り始めた。
「……うーん。やっぱりシャワーでも浴びておこうかなぁ」
まるで向日葵のような、くりっとした黄金色の瞳がじとりと半眼になる。
朱色の長く伸ばされた髪は毛先がくるんとはねていて、『アダルティなキャリアウーマン』を目指す本人の希望とは相反し、とても可愛らしい印象を与えている。
「
菱形模様の連なる、民族的なデザインのカチューシャは彼女のトレードマークだ。
大人になった今でも、それは変わらない。
「……よしっ!」
彼女――若き期待の研究者、アユカワ博士は白衣を脱ぎ捨て、意を決したように立ち上がったのだった。