遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第46話 博士の海底水族館

 見渡す限りの車、車。

 開拓プラントの検問へと辿り着いた一行であったが……予想以上の混雑に巻かれ、しばしの足止めを喰らっていた。

 

「うへぇ……何だこりゃあ……?」

 

 危険物の有無、身分の確認。セキュリティ隊員達が開拓プラントへ出入りする車両を懇切丁寧に1台ずつ検問しているものだから、周辺の道路は大渋滞となっているのだ。

 どのドライバーもウンザリした様子ではあるものの、事が終わるまでは大人しく隊員達に従っている。隊員達もまた、顔色1つ変えることなく淡々と己の業務を全うしていた。

 

「出入りするのは遺跡の研究関係者がほとんどなんだろ? なのに何で……」

 

 クラドが零した通り、ここへ来るまでの閑散とした雰囲気はどこへやらだ。

 物資などの輸送車両に混じって、家族連れの一般車両すら多数見受けられる。

 そんな彼に、ハラダ編集長は顎を揺らして笑い返した。

 

「ま、着けば分かるさ。目的地は多分、同じだろうしね」

「はぁ……」

 

 ハラダの回答に、クラドはまたも頭を捻った。目的地が同じというコトは、家族連れの彼らもまた『博士』の研究室(ラボ)へ向かうということだ。

 その道の権威とはいえ、一介の研究者がそこまでの人気者になれるものなのか?

 

「すいません」

 

 と。車の窓がコンコンと強めに叩かれた。

 外を見れば、やはりというべきか……黒の分厚いサングラスを掛けた物々しいセキュリティ隊員が窓を開けるようにジェスチャーで指示している。

 ついに来た、と一同に緊張が走る中、気が気でないのは燐路少年だ。

 

「おい、本当に俺らも乗ってて大丈夫だったんだろうな……?」

「あはは、大丈夫だよ。多分」

「多分、ってなぁ……!?」

 

 曖昧な返答に噛み付く燐路を尻目に、ハラダはひょいひょいと窓を開けていく。

 

「失礼します。荷物検査と身元確認にご協力下さい」

 

 7人という大所帯に、露骨に表情をウンザリさせたセキュリティ隊員であったが――ハラダ編集長が自身の身分と名前を明かすと、そんな表情にも僅かな明るさが差した。

 

「ああ、フトシ=ハラダ様とそのお連れ様ですね。博士からお話は伺っております」

 

 流石はコネ持ち、普段なら顔パスでも通れてしまいそうな勢いだ。

 ちゃんと話は通っていたのだ、と安堵した刹那。

 

「ですが念のため、皆様の身分証明書を確認させて頂きますね。決まりなモノで」

 

 セキュリティ隊員のその言葉に、一行はヒヤリと背筋を凍らせた。偽パスポート所持者であるベルと燐路、煽里の3人は、ここで疑われてしまえば後がない。

 

「では、失礼します」

 

 ダラダラと嫌な汗が流れ落ちていく中、セキュリティ隊員が行ったのは――何とも簡単なDパッドによるID照合だけだった。

 無論、その照合元とは藍からハラダ編集長、そして『博士』なる人物へと流れていった個人情報である。つまり、確認しているそもそもの大本が『偽物』である訳で……。

 

「確かに確認しました。それでは車両の確認が終わりましたらお進み下さい」

 

 万事、何事も無く。

 叩けば埃だらけの一行は開拓プラントへと足を踏み入れたのだった。

 

「あはは……お勤めご苦労様です」

「いえ。道中どうぞお気をつけて」

 

 にこやかに一礼し、徐々に遠ざかっていくセキュリティ隊員。

 後部座席の燐路は満面の笑みを浮かべて、ブンブンと手を振りながら低い声で呟いた。

 

「なーにが厳重だ、ザルじゃねーか。悪党が2人も入っちまったぞ」

 

 罰が悪そうに視線を落とす藍に、ハラダ編集長もフォローを入れる。

 

「あはは……まぁ、チートアイテムを使ったようなもんだしね。君達だってココへ押し入ろうとしていたんなら、オレみたいな人間を真っ先に利用するんだろ?」

「大正解、きっとそうしてたよ。ま、今はジジイ共が同じ手で進入してないことを祈るしかねーな……あんな様子じゃ望みは薄いけど」

 

 燐路はひとしきり悪態をつくと、ぼすんとシートに腰を落とした。

 

 

 それから車で揺られること数十分。

 建設途中……もとい復元途中の遺跡やら、仮設テントがちらほらと見受けられる街中を走り抜けていくと、一際大きなドーム状の建造物が目に付いた。

 その建物が背にしているのは『バブル』の外壁……つまりは正真正銘、大陸の一番端だ。

 何故こんな辺鄙な場所に……と疑問が沸く前に、『その光景』はベル達に新たな疑問を投げつけてきた。

 

 楽しげに笑い合う親子連れに、手を取り歩くカップル達。

 そしてドーム状の建物に大きく、賑やかに描かれた色とりどりな魚の絵。

 

 そもそも、海というものに縁が無かったベルはただただ首を傾げるばかりだったが――訝しげに目を細めたクラドとアンリエールが、その答えを口にした。

 

「こりゃあ、どこからどう見ても……」

「水族館、ですの?」

 

 遠くに見えるお土産コーナーで、可愛らしい熱帯魚のマスコットキャラクターが手を振っている。その明るく楽しげな雰囲気は、どう解釈しても件の『遺跡博士』とは繋がらない。

 

「すいぞくかん……?」

 

 きょとんと、小首を傾げるベル。

 そんな彼女を尻目に、ジトリとしたアンリエールの矛先はハラダ編集長へと向いた。

 

「……失礼ですが、道をお間違えになったのでは?」

「いやいや、アイツはここで仕事をしてるんだよ。正確にはアイツの仕事場が水族館になったって感じだけどね」

 

 どこか納得しきれない様子のアンリエールだったが、そんな不服を遮るようにちょいちょいとドレスの裾が引っ張られた。

 

「あの、あの、アンリさん」

「あーもう、なんですの鬱陶しい……」

「すいぞくかん、って何ですか」

 

 じっ、と困ったように見つめてくる丸い琥珀の瞳。

 こういうときばかり子供っぽくなるベルに溜め息を漏らしつつも、アンリエールは「これも主人(なかま)の務め」と腰に手を当てて説明を始めた。

 

「ハァ……いいですの? 水族館というのは、水中や水辺に住む生き物を展示して、民衆に見識を広めて貰おうというレジャー施設のことです。それが何故このような場所にあるのかは甚だ疑問ではありますが」

「へぇ……」

 

 と、アンリエールが少し目を放した隙に、ベルの視線は水族館を解説するARの電子看板に釘付けになっていた。

 

「ちょっと!? 人に説明させておいて、ちゃんと話を聞いておりますの!?」

「あ、ごめんなさい。つい……」

 

 と。ベルが見ていたARに1人の女性の姿が浮かび上がった。

 金魚の尾ひれを思わせるような、長くさらりとした赤い髪に特徴的なカチューシャ。活発そうな印象とは相反した丈の長い白衣が、すらりとしたスレンダーな体型を包んでいる。

 

「遺跡研究の開拓者(パイオニア)……アユ=アユカワ?」

 

 施設の責任者だというその女性は、ARの中で子供のように明るく無邪気に振舞い、館内の案内役を務めていた。

 そんな女性を指差しながら、ハラダが言った。

 

「ああ、彼女がこれから君たちに会って貰う『例のカード』の持ち主さ」

「え? それじゃあ、あの人が遺跡研究をしている博士さん……なんですか?」

 

 ベルの反応に、ハラダは満足そうに頬を揺らして笑って見せる。

 

「信じられないだろ? 元々、魚とか海とか大好きな奴でさ……それが拗れて海底遺跡の研究を手伝い始めてね。で、上がりに上がった立場をいいことに、自分の研究室(ラボ)を海底水族館に改造しちまったのさ。あんまり出来が良くて、観光地になっちまう位にね」

 

 見れば、ARの中で解説するアユカワ博士の話は徐々に魚の話へと脱線していた。

 興奮気味に語るその様子はどうにも「コチラが本職なのでは?」と疑いたくなってしまう熱の入りようだったが……不自然なカットが入った後、澄まし笑顔に戻った博士は再び施設の成り立ちについて語り始めた。

 

「ここで話しているより一見にしかずだ。さ、早く中に入って顔を見せてやってくれよ!」

 

 そう言ってハラダが案内したのはいわゆる表の出入り口ではなく、従業員用に用意された裏の通用口だ。

 入館したまでは問題なかったものの、そこは流石に国の重要施設。警備の人間が数人、両サイドにつくこととなった。細身の男達であったが、軽武装で固めたその肉体には一切の無駄が感じられない。

 そして当然というべきか腕には鉛色のDパッドが目を光らせている。恐らくデュエルに対しても何かしらの干渉が出来る筈だ。流石の燐路や煽里も、この人数差ではまず勝ち目は無い。

 暴れるような真似はしないと言い張っていた燐路と煽里ではあったが、その言葉もどこまで信用して良いものか分からない訳で。そんな一行にとって、保険の意味でもありがたい処置ではある。

 

「それでは、我々についてきて下さい」

 

 案内されるがまま、こつこつと広い廊下を進んでいく。

 海底という立地を生かしたのだろう。廊下の内壁には特殊なARで『壁外の様子』を投影しているらしく、その光景はまるで海中を歩いているような錯覚さえ覚える。

 深海ということもあって、時折恐ろしい外見の魚達が巨影を落とすこともあったが――蛍のように光を放つ美しい小さな魚達が、逆にそんな彼らを勇ましくライトアップしていた。

 

「凄いもんだな……これ、外の景色がほぼ再現されてるんだろ?」

「ええ、私も実際に見たのは初めてよ。外には光もあまり無いはずだし、厳密には明るさが調整された『フェイク』なんでしょうけど……それでも凄いスキャン技術ね」

 

 そんな『海底見学トンネル』とも呼べる光景に、ベルはおろか藍やクラドまで感嘆の息を漏らした。鬱陶しい検問と渋滞をくぐり抜け、こんな辺境の地まで訪れるだけの価値はある、ということか。

 しばらく歩いて警備の人間に案内されたのは、広い円形の応接室らしき部屋だった。

 

「では、ここでしばらくお待ち下さい」

 

 走り回れるほど十分なスペースがあるものの、主に来客用として使われているのかベル達以外の人影は無い。窓は1つも無く、壁の白色ばかりが目立つこの部屋はどこか圧迫感を感じる。

 

(何だか、すごく静か……)

 

 入り口の賑わいがまるで夢だったかのようだとベルはぼんやりと思ったが、状況が状況だけに余計なお喋りは出来ない。

 妙にそわそわとした雰囲気の中、待つこと数分。

 

「お、来た来た!」

 

 スライド式のドアが開いたかと思うと――先程ARで見た通りの可愛らしい女性が、にこやかに手を振っていた。

 

「お待たせフトシ君! ゴメンね、待たせちゃって……」

 

 てへへ、と舌を出して人懐っこく笑う博士。

 そんな彼女に、重苦しい余計な威厳などは一切感じられなかった。

 

「全く……いつも直前になってバタバタするんだから」

 

 と、博士の横から同じく白衣を着た男性が、溜め息をつきながらひょっこりと顔を覗かせた。彼女達とは同い年くらいの、青い髪をした聡明そうな男性だ。

 そんな2人へ、ハラダは親しげに挨拶を返した。

 

「よ、何だかんだで直接会うのは久しぶりかな? 取材で開拓プラント(こっち)へはちょくちょく出入りしてたんだけどね」

「うん、お互い中々機会が無いしね。確か、前は先々月に少しだけ食事したっけ。アユ、そのときだって君は……」

 

 じとり、と責めるような視線を向ける青髪の男性に、博士は頬を膨らまして噛み付いた。

 

「お、女の子は色々と準備に時間が掛かるの!」

「君はもう『大人のオンナ』なんじゃなかったの?」

 

 どすん、と。

 何かを踏み抜くような音が木霊した。

 

「っ~~~~!?」

「こほん! え~、私がこの館の責任者であります、アユ=アユカワです!」

 

 博士は片足を押さえてピョンピョンと飛び跳ねる青髪の男性の前に出ると、何事も無かったかのように一行へ向けた自己紹介を切り出した。

 ベルは、思わずそんな博士の足元に目をやった。博士が着用していたのは、キラリとした赤い光沢を放つ――靴底の平たいパンプスだった。ハイヒールと名の付く凶器カテゴリではないと確認したベルは、ひとまず男性の足に深刻なダメージが無いことを悟りほっと胸を撫で下ろした。

 

「口は痺れる災いの元だぜ、タツヤ」

「うぅ……ヒドイよ……」

 

 やがてぱたんと床に倒れこんでうずくまってしまった男性へ、ハラダはそっと寄り沿うと肩を叩いて声を掛けた。そんな様子と砕けた口調からしても、彼らが特に仲の良い友人であろうことは容易に想像がつく。

 そんな中、咳払いを軽くしてから、藍が一歩前に出て一礼した。

 

「お初お目にかかります、博士。ハラダ編集長にはお世話になっております、藍湊峰です」

 

 藍が代表として丁寧に挨拶すると……途端、博士の顔にぱっと花が咲いた。

 

「あなたが元N―EVESの(ソウ)さんっ!?」

「え? あ、はい。そうですが……?」

「うわぁ、凄いホンモノだぁ!? 後でサイン下さい!!」

「いえ、あの……」

 

 握手した手をブンブンと振り回す年上の女性に困惑気味の藍だったが、こほんと咳払いをして仕切り直したのは当の本人だった。

 

「ああ、えっと。ごめんなさい、嬉しくてつい興奮しちゃって」

 

 博士はひとまず握っていた手を離すと、気恥ずかしそうに頬を掻きながら話し始めた。

 

「私、前からずっとN―EVESのファンで……」

「前から、ずっと……?」

「うん。丁度ね、ここで働き始めて色々あって凹んでた頃かなぁ……何気なく聞いたアナタ達の歌に元気を貰ったの。アナタ達がいてくれたから、私もここまで頑張ってこれたんだ。だからあのスキャンダルがあった後も、私ずっと応援してたんだよ?」

 

 嘘偽りの無い純粋な笑顔。きっとこんな彼女だからこそ、多くの人から支持され、引きつけることが出来たのだろう、と藍は思った。

 

「本当は、あの一番大変なときに力になってあげられれば良かったんだけど、私の立場も色々とウルサくて……それが最近復活したって聞いて、私凄く嬉しくて!」

 

 そして何より、蓮や他のメンバーと和解したことで決着を付けたはずの『過去』に、どこか暖かな光が差したような気がして。

 思わず潤んだ涙腺を引き締めて、藍は笑顔で言葉を返した。

 

「……そう言って頂けると私も嬉しいです、あの子達もきっと。サインは私の方からメンバーに掛け合ってみますよ。よろしければ受け取って頂けますか?」

「えぇっ!? ホントに……ああいやいや、本当ですかっ!?」

「はい、御礼といっては何ですが」

「やったぁ!! ありがとう()さんっ!!」

 

 アイドルとしての名前を……捨てた筈の名前を呼びながら、博士はぴょんと抱きついてきた。半ばタックルのような勢いで飛んできた博士を、藍は必死で受け止める。

 

「ほら、アユ。藍さんが困っているだろ? 皆さんを待たせているんだし、早く本題に入ろう?」

 

 足を引きながらよろよろと立ち上がった青髪の男性――タツヤに促され、博士は頬を染めながらぱっと藍から離れると、咳払いを1つして一同に向き直った。

 

「おほん……それじゃ、皆さんのお話を改めて聞かせて貰えるかな?」

 

 

   **

 

 

「えっと、大体のお話は私も聞いてたけど……そんな恐ろしい話が現実にあるなんて。やっぱりまだ信じられないなぁ」

 

 テーブルに着いた一同から話を聞いて、まず口火を切ったのは博士だった。

 いくら彼女が奔放な性格とはいえ、その本業は論理(ロジック)を組み立てていく研究者だ。いくつかの事実が根拠になっているとはいえ、たかがカードが歴史を改竄したり人を殺めたりするなどといった話は流石に受け入れ難いのだろう。

 博士はどうやら燐路と煽里の事情も知った上でここへ招き入れたらしいが、それはそういった疑念を確かめる為に「直接会ってみたかったから」だという。警備の人間が武装をし、最初から警戒を強めているのも、博士からの手回しがあったからだ。

 うーんと考え込む半信半疑な博士に、燐路はケタケタと笑いながら煽里を指差して言った。

 

「信じられねぇってんなら、姉貴が《モウヤンのカレー》でもご馳走してやるぜ?」

「……そんな下らない事のために力を使うつもりはありませんが。どうしてもというのなら、ディスクをお貸し下さい」

 

 ライフ回復のカードを1枚渡したところで、どうにかなるものでもないのだろうが……燐路と違って何の枷も無い煽里にディスクとカードを渡すのは躊躇われる。一流の殺し屋ならモデルガンですら凶器に仕立て上げてしまいそうな、そんな不安だ。

 その一線を超えるつもりはないという意思を、クラドがぴしゃりと告げる。

 

「流石の俺らも、そこまで無用心になるつもりは無いぜ? 貸すなら、警備の人達と俺ら全員で囲んでからだな」

「……ええ、承知しています。当然の処置かと」

 

 ある意味では冷淡な言葉にも、煽里は素直にこくりと頷いて同意を示した。

 

「どうします、アユカワ博士?」

 

 藍の問い掛けに博士は一瞬迷うような仕草を見せたが、首を横に振って笑顔で答えた。

 

「モウヤンのカレーはちょっと興味があるけど……大丈夫! 確かに歴史を改変するとか規模が大きな話は、私としては信じられないよ? でも、アナタ達は少なくともそういうことで嘘を付くような人たちじゃないって。お話して、それだけは分かったかな」

 

 ひとまずは信用して貰えたようで、一行も胸を撫で下ろす。 

 

「だからきっと、『あの子達』に関してはきっとアナタ達の方が詳しいんだと思う。私達がここで色々調べて分かったのは、結局『ただのカード』だってことだけだし。オーパーツだ何だって騒がれているけど、私を含めた研究者の間じゃ『質の悪いイタズラ』って結論に落ち着いちゃっててさ」

 

 博士が言う『あの子達』とはつまり、《アスタリスクス》のことだろう。

 その口ぶりから察するに、恐らくは複数枚。

 

「まぁ、個人的に気になることはあるんだけど……それはまた後で、かな?」

 

 よっと立ち上がりながら、博士は腰に手を当てて話を続けた。

 

「どの道、『あの子達』をこれ以上調べるのは私達じゃ無理ってことだし。だからここから先は、何か事情を知ってるアナタ達にお願いした方が良い結果になると思うんだ! 勿論、何か分かったら是非私に教えて欲しいんだけど……」

 

 成程、と藍はどこか納得したように頷いた。

 例え旧友のコネがあるとはいえ、遺跡から発掘された貴重な『資料』を得体の知れない人間に手渡すなど正気の沙汰ではない。あちら側にも何かしらメリットがなければ、と考えていたのだ。

 

「今更ですが、よろしいんですか博士? その、貴重な……」

「うん、カードを持ち出すことに関しては大丈夫だよ? さっきも言った通り、もう『あの子達』に研究価値は無いって判断されちゃったし。私が管理を任されているのも単に面倒を押し付けられただけだから、外部に調査を依頼するって形で誤魔化すよ」

 

 警備の人間がいる前でそんなことをケロリといってのける博士。彼らの『守秘義務』を盾にとっての行動なのだろう。

 が、そんな物怖じしない博士の姿勢に溜め息が1つ。タツヤと呼ばれていた青髪の男性だ。

 

「……アユ? その『誤魔化す』部分を何とかするのは僕の仕事なんだからね?」

「あははは……よろしくお願いしま~す……」

「では博士、早速なんですがそのカードを」

 

 思いの外、トントン拍子で交渉が進んだ。道中、どうなることかと何度もヒヤヒヤしたのが嘘のようだ。

 これでユウとの合流が、《アスタリスクス》を狙うヒヨリに対する交渉の手段が手に入る。ひとまず一段落、と安堵した一同だったが――。

 

「あ、うん。ちょっと待ってね?」

 

 そう言って博士が白衣の内から取り出し、しっかりと左腕に取り付けたのは空色の最新型Dパッドだった。

 見れば既にデッキがセットされており、何故だか『準備』は万端だ。

 

「じゃ、始めよっか!」

 

 ばんっと仁王立ちした博士は。

 得意げに、決闘者にとっての『盾』を構えた。

 

「……え? あの、博士、何を?」

「何って、私達は決闘者なんだから。コレを持ってやることは1つでしょ?」

 

 首を傾げる博士の瞳は恐ろしく純粋だった。

 そもそも、博士が決闘者であることなど今の今まで知らなかった訳で。

 

「アナタ達が『この子達』をお願いするのに相応しいかどうか……お話だけじゃ分からないトコロ、最後にデュエルで試させて!」

 

 ふんす、と鼻息を荒くする博士はやる気満々だ。

 狼狽する一同に、ハラダも顎を揺らして朗らかに笑う。

 

「あっはっはっ、成程! 確かにお互い分かり合うにはデュエルが一番だ! 申し訳ないけど付き合ってあげてよ、君たちもそれがカードの引渡し条件だっていうなら、聞かないわけにはいかないだろ?」

 

 どうにも、彼はあちらの味方らしい。

 

「で、ですが……」

「いいんじゃねーの? デュエルするくらい。どーせ戦えない俺らにゃ関係の無い話だしなー」

 

 腕を組んでソファでふんぞり返る燐路は、言葉とは裏腹に不満タラタラな様子だ。

 

「ということで、相手は誰かな? 立候補しないならこっちから決めちゃうよ~?」

 

 そうは言いつつ、博士の決断に数刻のカウントダウンすら無かった。

 びし、と指を向けられたのは……。

 

「……へ?」

 

 大方、実力者の藍かアンリエールだろうと高を括っていたベルだった。

 

「お魚さんのコトよく知らないベルちゃんに、私の【アクアリウムデッキ】を見せてあげる!!」

 

 

   **

 

 

 博士からご指名を受けたベルは、もたつきながらも急いでDパッドを装着した。

 他のメンバーはそのまま、ソファに座ったままデュエルを観戦することになったのだが――。

 

(相応しいかどうか確かめるって、やっぱり「カードが欲しければ私を倒してみろ!」的なことなのかな……?)

 

 貴重なカードを託すイコール、他者に奪われたりしないよう守っていけるだけの実力があるかどうかを測るというのがセオリーな筈だ。

 だとしたら、一番弱そうな自分を選んだ博士は、燐路の言う通りデュエルの腕に自身が無いのだろうか?

 気負わず行け、と声援を送るメンバーの顔ぶれを見回しながら、ベルはうーんと首を捻った。

 

「おい」

 

 どうにも解せない気持ちを引きずりながら駆け出そうとしたベルを、燐路の声が引き止める。怪訝に振り返ると、不機嫌そうな燐路少年の顔があった。

 

「は、はい。何ですか……?」

「博士サマの機嫌を損ねんじゃねーぞ。大事なカードが掛かってんだ」

 

 何かと思えば、ただの嫌味か……。

 そんなこと言われるまでもない、とベルがしかめ面を浮かべていると。

 

「おい、売買屋」

「へいへい、何でございましょうか猿小僧様ー?」

 

 燐路はクラドを手で招くと、何やらごそごそと耳打ちを始めた。

 

「は? ああ、別に構わないが……」

 

 少し不審そうに眉を寄せながらも、燐路の言葉を聞き入れたようだ。

 クラドは懐から取り出したデッキから1枚カードを抜き取ると、「ほい」とベルに手渡した。

 ちらりと見えたデッキのカードの中には、確かに【ラヴァル】の文字があった。

 ということは、そのデッキは燐路の……?

 

「猿小僧からだ。メイドちゃんに渡せってさ」

「えっ、何で……」

「さぁな? 奴なりの餞別なんじゃねーか。とりあえず素直に貰っとけメイドちゃん、そいつはそこそこ値が張るカードだぜ?」

 

 ベルに渡されたカードは【ラヴァル】のカードではなかったが、ベルのデッキでも十分に使える汎用性の高いカードだ。

 

「……どーせそいつは使ってなかったからな。少しでもデッキを強化しろ」

 

 驚いたベルが目を向けると、燐路はぷいっと顔を背けて言った。

 紅の地で育った、ほとんど同い年の少年。考え方も生き方も違う彼を、どこか自分とは違う遠い存在のように感じていた。

 けれど今、文句を言いながら落ち着き無く足をパタつかせる、その素直じゃなくて不器用な姿は――昔、村で一緒に遊んでいた男の子たちと全く同じで。

 ベルはふっと、何だか嬉しくなった。

 

「……分かりました。それじゃありがたく使わせて頂きます!」

 

 明後日の方向を向いている燐路に頭を下げると、ぱたぱたと博士が待つ『戦場』へと駆け寄った。

 

「お待たせしました、よろしくお願いします博士!」

「いえいえ……それにしても仲が良さそうだね? ボーイフレンドかな?」

「ななっ……!?」

 

 そんなベルを、博士はニヤニヤと面白い玩具を見つけた子供のような顔で迎えた。

 

「そ、そんなんじゃありませんっ!! 全然違いますっ!!」

「照れるな照れるな♪ いいねぇ青春だねぇ」

 

 にひひ、と八重歯を見せて笑う博士。

 これはどう否定しても、面白がられて終わってしまいそうだ。

 

「もう!! 違いますってば!!」

 

 うがー、と腕を振り上げた拍子に、Dパッドのデュエルモードが起動する。

 博士のものとは少し形の違う橙色の新型ディスクが、半実体の黒いプレートを瞬時に形作る。

 

「うんっ、ベルちゃんもノッてきたね!」

 

 つられて博士も、空色のDパッドをデュエルモードへと起動させた。

 連動した2台のディスクが共鳴し、決闘の調停者を呼び起こす。

 

『――『決闘申請』、確認。仮想戦場(ARヴィジョン)展開(リンク)完了。審判員機構(ジャッジアプリ)、起動』

 

 真っ白な応接室が、海底大陸にあるまじき太陽の照りつける荒野の渓谷へと変わる。

 カッと日の光をその背に受け、凛々しいシルエットをなびかせるのは無口な方の審判員だ。

 

『明日の私には後光が差すだろう。審判員ネフ、日焼け対策はバッチリです』

 

 スクール水着の上からセーラー服の上着を羽織った健康的な姿は、むしろ日焼け跡のあれこれを期待してしまいそうなものだが。

 

「審判員さん、ルールはいつも通りで……って、この間から変わったんだっけ?」

 

 博士の問い掛けに、ネフはこくんと頷いた。

 

『はい、正式に全デュエルディスクへと新ルールが適用されました。LP等のデフォルト設定は、以前と同じですが』

 

 大会に出場していたからか、これまで自然と『新ルール』でデュエルしてきたベルだったが……正式に採用された、というのが初耳だった彼女は思わず聞き返してしまった。 

 

「えっ、そうだったんですか?」

『Dパッドをお持ちなら、お知らせのメールが届いていませんでしょうか?』

 

 デュエル以外でDパッドを活用できないベルに、その質問は酷であった。

 周囲の景色から浮き出た『観客席』のアンリエールから、長~い溜め息が漏れる。

 

「それじゃベルちゃん、変更なしのいつも通りでいいかな? 何か希望はある?」

「あ、いえ。大丈夫です!」

 

 博士の問い掛けにベルが慌てて頷くと、ネフは手早くデュエルの設定を読み上げた。

 

『かしこまりました。それではハーフライフ4000、アンティは無しのシングルデュエルを開始します。両プレイヤーは適正位置へお付き下さい』

 

 十分な距離を取り、ディスクを構える。

 博士はコホンと咳払いをすると、両手を広げて高らかに声を張り上げた。

 

 

「戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!!」

 

 

 どこかで聞いたその台詞に、ベルも反射的に切り返す。

 

「もっ、モンスターと共に地を蹴り宙を舞い……ってあれ? これアクションデュエルなんですか!?」

 

 そんな話聞いてない、とネフに目を向けるベルだったが、肝心の彼女もふるふると首を横に振っている。

 博士は気恥ずかしそうにコツンと額を小突きながら、ぺろりと舌を出して笑った。

 

「ごめんごめん、前から一度やってみたくてつい……♪」

 

 驚きのあまり立ち上がりかけた観客席一同も、へなへなと席に着く。

 条件反射でポーズをとりかけた幽霊姫は奇妙な格好のまま固まっていた。

 

「まぁまぁ♪ 格好だけでいいから、ね?」

「は、はぁ……」

 

 そんな博士の『お願い』に続いたのは、気心知れた彼女の友人達だ。

 

「フィールド内を駆け巡る!」

「見よ、これぞデュエルの最強進化系!」

 

 腕を振り上げてノリノリで声を上げるハラダ編集長とタツヤ助手。

 そんな彼らの姿は、本当に無邪気な子供のようで。

 

「アクショ~ン……」

 

 ぱちん、と博士のしなやかな指が鳴る。

 

「「決闘(デュエル)っ!!」」

 

【ベル】LP4000 VS 【アユ】LP4000

 

 飛び散るアクションカードこそ無かったものの。

 それはこれから始まる賑やかな決闘に相応しい、元気で軽快な合図だった。

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