遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第47話 猛攻! 水槽の麗女優(アクアアクトレス)!!

「私のターン! ドロー……は出来ないんだよね? なら私は、手札からこの子を守備表示で特殊召喚っ!」

 

 しなやかな指先がディスクを滑ると、博士の場に予想だにしなかったモンスターがひょっこりと姿を現した。

 

《鬼ガエル》

☆2/水属性/水族・効果/ATK 1000/DEF 500

 

「鬼ガエルは、手札からこのカード以外の水属性モンスター1体を捨てて特殊召喚出来る! 私が捨てるのは《アクアアクトレス・テトラ》!」

 

 黄色の肌に毒々しい赤色の模様。

 プクプクと口を膨らませる妙にリアルなカエルのモンスターは、博士のイメージにはどうも似つかわしくないように思える。

 乾燥地帯出身のベルは実物こそ見慣れてはいないものの、こういった生き物に対して抵抗は無かったが……恐らくは多くの女性がそうなのだろう、観客席のアンリエールは露骨に眉をひそめて声を上げた。

 

「ちょっとグロテスクな見た目だけど……この子だって私の水族館(アクアリウム)には欠かせない仲間なんだから! 鬼ガエルが召喚・特殊召喚に成功したとき、自分のデッキかフィールド上から水族・水属性・レベル2以下のモンスター1体を選んで墓地へ送る事が出来る! 私は2枚目のテトラを墓地へ送るよ!」

 

 先程、特殊召喚の手札コストとなったものと同じ青い魚のモンスターが、鬼ガエルの伸ばした舌に絡め取られ墓地へと送られる。

 うん、とその様子を満足そうに確認すると、博士は手札のカードに指を走らせた。

 

「そして手札から永続魔法、《水舞台(アクアリウム・ステージ)》発動!」

 

 カードの発動と同時。それはフィールド魔法でないにも関わらず、真っ赤な太陽の輝く荒野の谷間を一瞬にして色とりどりの珊瑚礁に囲まれた海の底へと変えた。ジリジリと肌を焼くように照り付けていた太陽も、今や水面のカーテンに遮られ優しげな光の筋を届けるのみだ。

 

「このカードがある限り、私の場の水属性モンスターは水属性以外のモンスターとの戦闘では破壊されない! あんな日焼けしそうな舞台(ステージ)じゃ、私のお魚さん達が輝けないもの♪ 最後にカードを1枚伏せて、ターンエンド! さぁ、どこからでも掛かってきなさいっ!」

 

 むんっ、と胸を張ってエンド宣言を放つ博士。

 その表情には一点の曇りは無く、好調な滑り出しであることが窺えた。

 そんな1ターン目にして博士が作り上げた布陣を、クラドとアンリエールが興味深そうに見つめる。

 

「へぇ、墓地を肥やして壁まで作ったか」

「アユカワ女史、良い腕をお持ちのようですわね。あのお馬鹿がどこまで食いつけるやら……ん?」

 

 ふと、アンリエールが審判員の姿を見やると。

 フィールドの変化に合わせたいのか、いそいそとコスチュームに何やら付け足していた。

 

「やけに静かだと思っていましたら……業務を放り出して何をしてますの?」

『今回は解説、実況役としましても観客の皆様の方が適切かと判断しました』

 

 そう言う彼女のコスチュームには、大砲やら何やらの物々しい武装が装着されていた。

 だというのにスク水はそのまま。何ともちぐはぐな格好にアンリエールは怪訝に目を細めた。

 

「……何ですの、その格好は?」

『はい。せっかくの海中ということですので、艦――』

「メイドちゃぁぁぁぁん!! 熱血だぁぁぁぁ!!」

 

 その一方で実際に博士と対峙するベルは、その華奢で奔放な雰囲気からは想像も出来ない大きなプレッシャーを感じていた。

 経験の浅いベルでも――いや、そんな彼女だからこそ感じ取れた博士の圧力。腕に自信がないんじゃないか、なんて疑問は既にどこかへ流されていた。

 堂々と佇む博士の自信にはきっとそれだけの根拠がある。それは近いうちに明らかとなるだろう、伏せられたあのカードの中に隠されている筈だ。

 

(同じモンスターを2枚も墓地に送ったってことは……きっとソレを生かした何かがある。けど……)

 

 今のベルに、博士の手の内を読むだけの知識は無い。

 思いつくのは精々、自身も愛用しつつ何度も泣きを見せられた『召喚反応罠』や万能のカウンター罠《神の宣告》程度。

 だが逆に言ってしまえば、それらの汎用カードであれば立て直すのも慣れたもの。どうせ分からないのであれば、恐れず前へ進むだけだ。

 あれこれ考えるのは後の話。

 まずは信じる仲間達(デッキ)から、一歩目の可能性を受け取る――!!

 

「わたしのターン、ドロー!」

 

 引き入れたのは、博士の魔法・罠を除去できるような都合の良いカードでは無かったが……博士の敷いた布陣に一石を投じるくらいは出来そうだ。

 

「スタンバイからメイン、わたしは手札から魔法カード《増援》を発動! デッキから《切り込み隊長》を手札に加えて、そのまま通常召喚します!」

 

《切り込み隊長》

☆3/地属性/戦士族・効果/ATK 1200/DEF 400

 

 銀の甲冑を着込んだ隻眼の男性騎士が、ベルのフィールドへと馳せ参じる。

 サラからデッキを譲り受けてからも、多くのカードとの連携が可能なこのモンスターは相変わらずベルのデッキに投入されていた。

 

「更に切り込み隊長の効果を発動、手札からチューナーモンスター《ジュッテ・ナイト》を特殊召喚!」

 

《ジュッテ・ナイト》

☆2/地属性/戦士族・効果/ATK 700/DEF 900

 

 はっ、と甲高い声を上げ、切り込み隊長の隣へ三頭身程度の『岡っ引き』が姿を現す。

 博士の用意した水中の晴れ舞台に、ベルの戦士たちがドカドカと上がりこんだ。

 

「むむっ、チューナーモンスターかぁ……シンクロ召喚だね?」

「はい。すいませんけど、遠慮なく行かせて頂きます!」

 

 闘志をみなぎらせた博士の表情に、曇りの色は1つもなかった。

 むしろそこにあったのは、何かを待ち望むような期待と興奮の赤色だ。

 

「行きます! ☆3の切り込み隊長に、☆2チューナーのジュッテ・ナイトをチューニング!」

 

 2体の合計レベルは5。

 天に向かって放たれた調律の光輪が、切り込み隊長の姿を変質させていく。

 

「造られし模倣の正義よ、希望も絶望も隔てなく引き裂く災厄となれ! シンクロ召喚! 起動せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》

☆5/闇属性/機械族・効果/ATK 2200/DEF 1200

 

 無機質な単眼を光らせ、全てを切り裂く金色の爪が降り立つ。

 彼が呼ばれた理由は、只1つだ。

 

「おお、よっしゃ! いいぞメイドちゃん!」

「確かに、カタストルの効果破壊なら《水舞台》の戦闘耐性も突破できるわね」

「ま、あの子にしては上出来の解答ですわ」

 

 カタストルの召喚に対して、博士は何のアクションも起こさなかった。

 それを見届けた藍とクラドは歓喜の声を上げ、アンリエールは腕を組んで安堵の表情を浮かべていたが……。

 

「……はっ、どうだかな」

 

 眉を寄せる燐路は只1人、そんな風に呟いた。

 

「んだよ猿小僧? メイドちゃんが負けたらお前が一番文句言いそうなんだから、せめて応援くらいしろっての」

「言わねーよ。あの博士サマがそれなりに強ぇってのは分かったしな」

 

 つまらなそうに言い捨てた燐路に、怪しげな含み笑いを向けたのはハラダ編集長だった。

 

「ふっふっふっ。痺れるくらい鋭いね、燐路君」

「そうそう。アユの『エンタメデュエル』は、そう簡単には攻略出来ないよ?」

 

 恐らくはずっと前から、何度も何度も博士とデュエルをしてきたのであろう2人から放たれた『実感』のある言葉。それは燐路の感じた『気配』以上の重みがある。

 

「バトル! カタストルで鬼ガエルに攻撃!」

 

 そんな観客席の一幕など知る由も無く、ベルはカタストルへ攻撃指令を下す。

 主の命に従い突撃する白の機体へ、待ったを掛けたのは博士だ。

 

「させないよ! ここでリバースカードをオープン!」

(っ、攻撃反応罠……!?)

 

 その可能性は高い、と見ての攻撃だったものの……ベルの予想に反して、ソレは意外な姿を披露した。

 

「罠カード、《マジカルシルクハット》を発動っ!!」

「なっ……!?」

 

 お披露目されたのは、ミラーフォースでもなければ次元幽閉でもない。

 除去効果も無く、あまり採用率は高くない。しかし他に例を見ない特異な効果を持つ、カードイメージ通りの『トリッキー』な罠カードだった。

 

「このカードはデッキから選んだ2枚の魔法・罠カードを、裏側守備表示の攻守0のモンスターとして特殊召喚し、自分フィールド上のモンスター1体と合わせてシルクハットの中へと隠す! 私がデッキから選択するのは、永続魔法《水舞台》と《水照明(アクアリウム・ライティング)》の2枚!」

 

 出現した巨大な3つのシルクハットの中に、それぞれ鬼ガエルと裏向きの2枚のカードが隠されると……3つのハットは複雑な動きで互い違いに入れ替わり、博士の場にモンスターとして立ち塞がった。

 

「この効果で特殊召喚した2枚のカードはバトルフェイズ終了時に破壊されちゃうけど……さてさて、ベルちゃんはシルクハットの中に隠れたカエルさんを見事当てられるかな?」

 

 博士はニンマリと屈託の無い笑顔を浮かべると、ベルにバトルの続きを促した。

 ベルは考える。鬼ガエルを守り、次のターンでシンクロやエクシーズ、アドバンス召喚に繋げることが狙いだったとしても……言ってしまえば1/3の確立で目論見が失敗してしまう訳だ。防御札として選択するにはあまりにも心許ない。

 だとすれば、本当の目的は2枚の魔法カードをモンスターとして特殊召喚したことにあると見ていい。そこで考えられる可能性は、あの2枚が破壊されたときに何か効果があるかもしれないということだ。

 しかしここで攻撃を抑えたとしても、結局は《マジカルシルクハット》がバトルフェイズ終了時に破壊効果を発動してしまう。ならば――。

 

(狙いはまだ分からないけど……カタストルは無事だし、とにかく今は攻撃あるのみ!)

 

 これで鬼ガエルを当てる事が出来れば儲けたもの。

 そんな決断を下し、ベルは再びカタストルへと指令を下した。

 

「えっと……それじゃあ、真ん中のハットへ攻撃します!」

 

 カタストルの爪は、正々堂々と真ん中のシルクハットを貫き――見事、中に隠れていた鬼ガエルを仕留めた。

 

「うむむむっ……大当たり。鋭いねベルちゃん!」

「でも、これでわたしのバトルフェイズは終了です……」

「そうだね、それじゃシルクハットの中に残された2枚のカードを破壊するよ!」

 

 結局は博士の目論見通り、モンスターとして場に出ていた2枚の永続魔法が音を立てて破砕してしまう。

 

「隠されていた2枚のカード……《水舞台》と《水照明》の効果を発動!! フィールドから墓地へ送られた場合、墓地から水族モンスターを1体特殊召喚できる! 私はそれぞれの効果で、墓地の《アクアアクトレス・テトラ》2体を守備表示で特殊召喚!」

 

《アクアアクトレス・テトラ》

☆1/水属性/水族・効果/ATK 300/DEF 300

 

 アルトの美声を奏でながら、華美な舞台衣装で着飾った2体の小さな魚型モンスターが博士の舞台(フィールド)へと躍り出る。

 青く長い尾ひれをたなびかせ、2体はくるりと宙で弧を描いた。

 

「前のターンで墓地に送っていたのは、これが狙いだったって訳か……」

「そういうこと! 痺れる展開だろ?」

 

 感心したように呟くクラドに、ハラダが顎を揺らして笑う。

 意外な方法で後続のモンスターを残されてしまったことに、ベルは歯噛みしながらも返しのターンに備えて頭を回転させた。

 たった300の攻撃力を持つだけの小さなモンスターではあったが……基本攻撃力やレベルだけが全てで無いことは、これまでの戦いで十分に身に染みている。

 

「メイン2、わたしはカードを1枚伏せてターンエンドです!」

 

 とりあえず、今出来る最善はこれしかない。

 険しい表情でベルがターンを渡すと、博士は一瞬困ったように眉を下げたが。

 

「それじゃ私のターン、ドロー! ……よしっ!」

 

 ドローカードが良かったのか、花が咲いたような満面の笑みが浮かぶ。

 喜びを抑えるようにコホンと咳払いをすると、博士は高らかに両腕を上げた。

 

紳士、淑女の皆様(レディース&ジェントルメン)! 大変長らくお待たせ致しました!」

 

 何事かと目を丸めるベルやクラド達などお構いなしに、博士は仰々しい口調をそのまま続けた。

 

「これより、私自慢の『水槽の麗女優(アクアアクトレス)』達による華麗なエンタメデュエルショーを、皆様にどどーんとお見せ致しますっ!」

「「いよっ! 待ってましたぁ!」」

 

 そんな博士に、ハラダとタツヤが声を重ねて合いの手を入れる。

 頼もしい声援を受け、博士はまるで本当のエンターテイナーのように優雅な一礼をして見せた。

 

「あれは、確か……?」

 

 博士の行動に何か思い当たる節があったのか、アンリエールの眉がぴくりとはねる。

 

「お嬢、何か知ってるのか?」

「あの前台詞は恐らく、アクションデュエルの開祖の……あのお方、余程アクションデュエルがお好きなようですわね。それにしては、私のことなど眼中に無いというのが残念ではありますが」

 

 くすりと微笑む幽霊姫の言葉の端に、クラドも何となく事情を察した。

 

「つまり、あれはその人のモノマネって訳か?」

「だと思いますわ。まぁご友人方も楽しそうですし、余計なツッコミを入れるのは野暮というものです」

 

 うおー、と盛り上がるハラダとタツヤを見ていると、クラド達も思わずこれから何が起こるのかと期待してしまう。

 博士が模倣したのはきっと、『その人物』の格好だけではない。人々を楽しませようとするその意思すら、この場に再現しているのだろう。

 

「まず皆様にご覧頂きますのは、凛々しくも可愛らしい男装の乙女達によるオープニング・セレモニーですっ! 彼女達の力で、この舞台をより華やかに飾って頂きましょう!」

 

 博士の合図で、テトラたちが8の字を描くように水中を舞い踊る。

 

「《アクアアクトレス・テトラ》は1ターンに1度、デッキから『アクアリウム』1枚を手札に加えることができます! 2体分の効果で私が手札に加えるのは永続魔法《水照明》と《水舞台装置(アクアリウム・セット)》! そしてそのまま、手札に加えた2枚を発動っ!」

 

 テトラ達から受け取った2枚のカードを、博士は躊躇うことなくディスクの上に滑らせていく。

 珊瑚礁の海底に、朱色に塗られた建物や水車が並ぶ御伽噺の『海底王国』がゆらりと浮かび上がり、仕上げとばかりにキラキラと輝く照明がライトアップを飾る。

 

「凄い、キレイ……」

 

 ほぇ~と感嘆の息を漏らすベルに、博士も満足そうに頷いた。

 

「さてさて、テトラたちのおかげで舞台も華やかになりましたが! ここでもう1つ、私がささやかなアレンジを致しましょう! 手札からフィールド魔法《湿地草原》発動っ!」

 

 3枚の永続魔法で景色を飾りつけながら、まだまだ物足りないとばかりに発動されたのは極めつけのフィールド魔法だった。

 しとしとと雨が降る広大な草原地帯も、海の底に沈んでしまっては形無しの筈。しかし岩肌ばかりだった海底の地表をゆらゆらと揺れる緑が埋めたことで、色鮮やかで良いアクセントとなった。

 当然ながら、博士の狙いは視覚的な効果だけには留まらない。

 

「湿地草原は、フィールド上の水族・水属性・レベル2以下のモンスターの攻撃力を1200ポイントもアップさせちゃうフィールド魔法! 更に発動させていた水舞台装置の効果で、私の『アクアアクトレス』達は600ポイント攻撃力がアップしています! よってテトラ達の攻撃力は――?」

 

《アクアアクトレス・テトラ》

ATK 300→2100

 

 それはもはや、上級モンスターすら相手に取れるほどの立派な攻撃力だった。

 

「そんな、ちょっと前までたった300の攻撃力だったのにっ……!?」

「むっふっふ、驚いて頂けたようですね? それではバトルと参りましょう! まずはテトラでA・O・J カタストルを攻撃っ!」

 

 テトラが手にしたステッキを振りかざし、くるくると円を描いていく。

 巻き起こった水流が敵を押し流そうと力を貯めていく中で、ベルは驚きの声を上げた。

 

「なっ……カタストルの効果を忘れたんですかっ!?」

「忘れた訳じゃないよ、水舞台に隠された第三の効果! 私の『アクアアクトレス』は相手モンスターの効果を受けないっ!」

「なななっ!? け、けど攻撃力はまだカタストルにっ……!?」

 

 水の魔法(イリュージョン)が放たれんとしたその時、水照明の煌びやかな光がテトラを照らした。

 

「水照明の効果発動! 自分の『アクアアクトレス』が相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算時、その『アクアアクトレス』の攻撃力・守備力はダメージ計算時のみ倍になる!」

 

《アクアアクトレス・テトラ》

ATK 2100→4200

 

 ゴゴゴ、と地鳴りを響かせて渦を巻くその威力は、もはや切り札級の数値だ。

 これが元はたった300の小さな下級モンスターの攻撃であったなどと、一体誰が信じられるだろうか。

 

「よ、4200って……きゃあああっ!?」

 

 放たれた激流に、カタストルは跡形も無く吹き飛ばされてしまう。

 その超過ダメージはベルへと襲い掛かり、LPはごっそりと削られてしまった。

 

【ベル】LP4000→2000

 

「は……はれほれ……?」

 

 渦に巻かれてクルクルと目を回しているベルに、アンリエールが激を飛ばす。

 

「お馬鹿っ!? しっかりなさい、次が来ますわ!!」

「続けて行くよ~? もう1体のテトラでダイレクトアタックっ!」

 

 アンリエールの声と博士の攻撃宣言に、辛うじて意識を立て直したベルは伏せていた罠へと手を伸ばした。

 

「はっ……!? り、リバース発動っ!! 《くず鉄のかかし》!!」

 

 不恰好なジャンクのかかしが、再び放たれた水魔法を辛うじて受け止める。

 ぐるぐると回る視界を必死に押さえつけながら、ベルはふらつく足を踏ん張らせった。

 

「やっぱりそう簡単には通してくれないかぁ……うんっ! 私はこれにて、ターンエンドでございます!」

 

 おどけて一礼する博士に、観客席から拍手が送られた。

 それは友人であるハラダやタツヤだけではなく、見事なお手前に感服したクラド達からも巻き起こったものだ。

 分け隔てなく人々を魅了するそのデュエルに、ベルは羨望を抱きつつも思った。

 

 ――強い。恐らく今までに会った決闘者と同じか、それ以上に。

 

 だが不思議と、ベルは博士に対して恐怖を感じなかった。

 それは、このデュエルに何も掛かっていないからだろうか? いや、そうではない。自分がこのデュエルに負けてしまえば、もしかしたら《アスタリスクス》のカードを譲って貰えないかもしれないのだ。

 博士に指名され、代表としてこの場に立っている以上、いつも以上に気を張っていた筈なのに。あれだけ強いプレッシャーに当てられて、緊張もしていた筈なのに。

 

 何故だろうか。博士のデュエルをもっと見ていたいと思うのは。

 このデュエルを、この時間をずっと続けていたいと思うのは。

 

 それは、大会でサラ達と戦ったときにベルが感じた、『楽しさ』という違和感の正体だった。

 

(……そっか)

 

 外の世界を羽ばたく為に力が欲しくて、その為にデュエルを学んできたつもりだった。

 ずっとこの目で見てきた。勝敗で全てが決まってしまうデュエルを、大切なモノが失われていく悲しさを、怒りを。

 ベルは悩んだ。それまで大嫌いだった理不尽なデュエルと、自分が感じた楽しいデュエル。どちらが本当の姿なのだろうと。

 その答えは簡単だった。どちらもきっと本当の姿で、偽りなんかじゃない。悲しい事が沢山あったあの酒場にも、今はもう帰れない故郷の村にも。思い返せば、そこには笑顔でデュエルを語る人々が沢山いたのだ。

 勝敗が全てを分かつ厳しい世界。だからこその楽しさがあって――彼らは皆、決闘者であり続ける事が出来たのだ。

 

「あ、やっと笑った!」

 

 博士に言われて、ベルはふっと気が付いた。

 頬が、自然と緩んでいる。

 

「え……?」

「ベルちゃんてば、このデュエルが始まってからず~っと難しそうな顔してるんだもん! せっかくの楽しい時間なんだし、そんなんじゃ勿体無いよ?」

 

 てへへと後ろ頭を掻きながらも、博士は続けた。

 

「まぁ、今は私に押されててツマンナイかもしれないけど……もしここから逆転できたら、って考えたら? ベルちゃんだって私だって、きっと楽しめると思うんだ!」

 

 それまでベルが行ってきたデュエルは、楽しめる余裕など無かったことも事実だ。

 負ければ後が無い決死のデュエル。そんな中でも、ベルは博士の言う『ソレ』を確かに感じとっていた。

 

「だからベルちゃんも、もっと楽しんで全力でぶつかってきて! どんなときでも、明るく楽しくエンタメる!! 私の大好きな人の言葉だよ!」

 

 自分の眺めてきた景色とは全く違うモノを見てきた彼女の言葉は、ベルの中にあった何かを呆気なく取り払っていった。

 

「どんなときでも、明るく楽しく……」

 

 ベルの頭に浮かんだのは、相当な腕を持ちながらも笑顔を見せたことが無い男の姿だった。

 かつては自分もデュエルに『楽しさ』を感じていたと語った彼……ユウにこそ、この言葉を届けてあげたいと思った。籠を開け空へ放ってくれた彼に、今度は自分がその翼で飛び回り、知り得たものを伝える番だ。

 だから今は、博士から精一杯の『エンタメ』を学びたい。胸を張ってユウに伝える事が出来るように。自分と同じように、デュエルの『楽しさ』を思い出して貰えるように。

 ユウの背負った荷物がどれほどのものかをベルは知らない。だが事情がどうであれ、あんな表情のまま戦い続けているなんて……あまりにも辛過ぎるから。

 

「……分かりました! お言葉に甘えて、全力で楽しませて頂きますっ!」

 

 笑顔で頷く博士の胸を借りるつもりで、ベルはまた一歩前へ踏み出していく。

 明確な目標を掲げたベルの右手は、とても軽快に動いてくれた。

 

「わたしのターン、ドローっ!!」

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