遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第49話 魅入られし瞳

―**―(アスタリスクス) 羊雲海(アプサラス)

☆8/水属性/水族・儀式・効果/ATK 2100/DEF 3000

 

 それは、人が劣情を抱くことすら禁ずる神界の踊り子。

 ふわりと宙に浮かぶ彼女はその赤い瞳を細め、ちっぽけな少女(ベル)を試すように射抜いた。

 

「アユが儀式召喚……痺れるゥ!!」

 

 ハラダの歓喜余った歓声が空気を振るわせる。

 アプサラスの放つプレッシャーに固まっていた一同は、同時に息を飲み込んだ。

 

(これが、遺跡から見つかった2枚目の《アスタリスクス》……)

 

 鉛色の曇天のような威圧に気圧されていたベルは、はっと我に返った。

 呆けている場合ではない。伏せたカードは飾りじゃないのだ。

 

「と、罠――「儀式召喚成功時、アプサラスの効果発動っ!!」……えっ!?」

 

 慌てて《奈落の落とし穴》を発動しようとしたベルの声を制止するかのように、博士の宣言が遮った。

 

「2種類ある効果の中から、私は『表側攻撃表示で存在する限り、カードの効果の対象にはならず相手のカードの効果によっては破壊されない』効果を適用する!!」

「なっ……それじゃあ!?」

 

 ベルの言葉の続きは、観客席のクラドへと引き継がれた。

 

「つまり、メイドちゃんの伏せカード……《くず鉄のかかし》も《奈落の落とし穴》も、アイツには効かねぇってのか!?」

 

 頭を抱えたクラドの悲鳴にも似た声に、博士がにっかと笑顔を浮かべる。

 

「そういうことっ♪ 更にアプサラスは儀式召喚に使用したモンスター1体を選択し、そのカードと同名のカードとしても扱える!! 選択するのは当然《アクアアクトレス・アロワナ》!! よって《水舞台装置》の効果が適用され、羊雲海の攻撃力は――」

 

―**―(アスタリスクス) 羊雲海(アプサラス)

ATK2100→3300

 

 麗女優としての『名』を冠したアプサラスは、博士の海底舞台の上で我が物顔で舞い踊った。

 傍らに控えるグッピーとテトラの2体も、彼女を立てるように裏方(バックダンサー)として徹していた。

 

「攻撃力、3300……!!」

「バトル行くよ!! まずはアプサラスでトリオンに攻撃っ!!」

 

 翼を掌のように見立て、4本の腕から渦を巻いた水流が放たれる。だが彼女が攻撃表示でいる限り、ソレを止める術はない。

 どうすることも出来ず、圧倒的な攻撃は銀髪の幼子に襲い掛かった。当然ながらその余波がベルにも降り注ぐ。

 

「っ、きゃああああッ!!」

 

【ベル】LP2000→300

 

「続いてテトラでA・ジェネクス・バードマンに攻撃っ!! ほらほら、このままじゃ負けちゃうよっ!?」

 

 博士は笑顔の中に『決闘者』としての厳しい顔を覗かせ、容赦の無い攻撃を仕掛けた。

 アプサラスの攻撃を何とか堪えたベルは、息も絶え絶えに迫り来る2体の女優達を真っ直ぐに見据えた。

 

(このままじゃ――いや、でも)

 

 伏せカードに伸ばしかけた手が、はたと止まる。

 残りライフはたったの300。この攻撃を《くず鉄のかかし》で止めてしまえば、攻撃力1800となったグッピーに再度攻撃を仕掛けられて詰み(チェックメイト)だ。

 博士は例え僅かなライフでも、確実に削るつもりなのだ。しっかりと勝利に向かって詰めて来る、決闘者としてはまさに至高の一瞬で――。

 

 

 

 ――ならば。何故、博士はあんなことを……?

 

 

 

 博士の意図に気が付き、ベルはそのまま『誤った一手』を発動させようとして……それは恐らく博士の望みじゃない、と思い止まった。

 これは自分(ベル)を試すためのデュエル。だとしたらこれは博士からの『期待』だ。その期待には全力で応えたい。例え博士のやり方に疑問があったとしても。

 だから――。

 

(――ゴメン、燐路くんっ!)

 

 ベルは、歯を食いしばってバードマンへの攻撃を見逃した。

 

「ぁぐっ……!!」

 

【ベル】LP300→200

 

「これで最後!! グッピーでファイヤー・ハンドに攻撃っ!!」

「……その攻撃は、通せませんっ!! 《くず鉄のかかし》で止めます!!」

 

 溶岩の巨掌の前に、不恰好なジャンクのかかしが立ち塞がる。

 グッピーが放った水魔法は、寸でのところでかかしが受け止めた。

 

「ふむ……私はこれで、ターンエンドっ」

 

 博士は満足そうに頷いて、ターンの終了を宣言した。

 僅かながら残ったライフは、無事にベルのターンへと受け継がれた。息を止めて見守っていた観客席の面々も、ここでせきを切ったように息を吐き出す。

 

「ふぅ……何とか首の皮1枚繋げて『頂いた』ようですわね……」

「ああ、もしバーン効果とかあったらどうしようかと思ったぜ……」

「せっかくのチューナーだぞ!! 何やってんだあのバカ!!」

 

 べしべしと膝を叩いて悪態をつく燐路を尻目に、ハラダとタツヤは顎に手を当てて興味深そうにベルを眺める。

 

「へぇ……アユの『意図』にちゃんと気付いたみたいだね」

「それでもしっかり前を向いてる。あのコも中々、痺れるねぇ」

 

 期待、不安。

 そんな様々な視線が注がれる中、ベルは高鳴る鼓動を抑えながら立ち上がった。

 

(……大丈夫。まだ、戦える)

 

 ちらり、と手札に目を落とす。

 難攻不落の城壁を打ち破る手段は、辛うじて『繋げて貰って』いる。

 だがそれも、今の手札では攻略のピースは足りない。ならば……。

 

(――引くしか、ない……!!)

 

 ベルが手を掛けたそのデッキは、かつてとある1人の決闘者が組み上げた『論理(ロジック)』の城とも呼べる存在だった。

 様々な盤面を想定し、幾重もの実戦を積み――そうして組まれた『論理』は完璧に見えて、当の本人以外には決して理解し得ない『暗号』のようなモノだ。

 その『暗号』を解読し、自分のモノとする決闘者もいる。だが、少なくともベルにはそんな器用な真似は出来なかった。

 良い部分を模倣し、自分の型に当て嵌め、再構築された『ソレ』は……もはや誰のモノでもない。ベルの、ベルの為だけの(デッキ)

 

 だからこそ、道は切り開かれた。

 

「わたしの……ターン!!」

 

 対峙する天女(アプサラス)の赤い瞳が、少女の運命を見届ける。

 力及ばず、ここで朽ちるか? それとも、と。

 天女が、皆が注視する中――ベルは勢い良くカードを引き抜いた。

 恐る恐る、カードを見やる。

 頭の中で描いた『理想』と『現実』が、徐々に色を重ねて……。

 

「――、きた……?」

 

 曰く。

 ある種の人間にとってソレは、『必然』だという。

 だとすれば、信じられないといった様子でドローカードを眺めるこの少女も、また……。

 

「引いたんだね、キーカードを」

 

 ベルの様子を見た博士が、柔和に微笑みかける。

 

「……はい。でも、あの……」

「もー、言ったでしょ! 明るく楽しくエンタメるって! ベルちゃんの『全力』、早く見せてよ!」

 

 申し訳無さそうに眉を下げるベルに、博士は堂々と微笑んで言った。

 そんな博士の台詞は、凜と黙したアプサラスの声を代弁しているようにも思えた。

 

「……分かりました! では、行きますっ!」

「うんっ♪ よっしゃ、来いっ!!」

 

 覚悟を決めて振り切った様子のベルを前に、博士は両拳を握って見せる。

 華奢な彼女の胸に飛び込む勢いで、ベルはカードをディスクへと叩き込んだ。

 

「わたしは、手札から《ティオの蟲惑魔》を召喚!!」

 

《ティオの蟲惑魔》

☆4/地属性/植物族/ATK 1700/DEF 1100

 

 ずるりと出現する巨大なハエトリグサ。その中でツインテールの黒髪を揺らし、少女型モンスターがつまらなそうに半眼を向ける。自らの色香が通用しないとはいえ、天女を相手に堂々たる物腰だ。

 

「ティオが召喚に成功した時、墓地から《蟲惑魔》モンスター1体を守備表示で特殊召喚できます!! わたしは《トリオンの蟲惑魔》を特殊召喚!!」

 

 ティオが指先から落とした雨露が呼び水となり、墓地の深淵から巨大な鋏顎がぬらりと覗く。不気味な余韻を残し地中へ引っ込んだかと思うと……鋏顎は博士の場に残っていた《水舞台装置》を突き破り、銀髪の少女が同時に飛び上がった。

 宙を舞い一回転。ティオの隣に降り立った蜻蛉の幼子は、ニヤリと得意げに口元を歪めた。

 

「なら私も、ここで破壊された《水舞台装置》の効果発動!」

 

 同時に、博士も声を上げる。

 

「忘れた訳じゃないよね? 墓地から《アクアアクトレス・アロワナ》を特殊召喚っ!」

「させませんっ!! 罠カード発動、《奈落の落とし穴》、アロワナには退場して頂きます!!」

 

 堂々たる面持ちで場に舞い戻ったアロワナだったが、突如自身の下に空いた異空の穴に呆気なく落ちていった。

 ドップラー効果の掛かったアロワナの悲鳴は、あたかも「こんな汚れ役、私の仕事じゃないわ!!」とでも言わんばかり。アロワナの散り際をしっかり見届けてから、ベルはすっと視線を博士へと向け、宣言を放つ。

 

「……バトル、行きます!! ティオとファイヤー・ハンドでテトラとグッピーに攻撃っ!!」

 

 2体のモンスターが、天女の脇に控える女優達に襲い掛かる。

 と、言っても相手の場に向かっていったのはハンドのみで、ティオは得意の誘惑攻撃でテトラをおびき寄せると、そのまま『本体』である巨大なハエトリグサでパクリと頂いてしまった。

 それでも総ダメージは1200。予想以上の衝撃に、博士も顔を覆う。

 

「あぅっ……!!」

 

【アユ】LP3800→2600

 

「……イタタ。でも、このままじゃアプサラスは倒せないよ! どうするつもり?」

 

 そう。博士を守る難攻不落の城壁は、未だ攻撃力2700という数値を持ってベルの前に佇んでいる。

 ファイヤー・ハンドの効果が仮に使えたとしても、アプサラスが攻撃表示で居る限りその効果は届かない。彼女を跪かせる為には、ベルの下級モンスター達では圧倒的に攻撃力が足りないのだ。

 しかし――そんなことなど博士もベルもとうに分かっている。これはある種の『盛り上げ』に過ぎない。

 

「……そうですね。確かにわたしじゃ、アプサラスを『倒す』ことは出来ません。ましてやこのターンに決着をつけるなんてとても。だけど――」

 

 ありきたり過ぎて、正体が割れてしまえば「何だ」と気が抜けてしまいそうな、とても初歩的な一手。

 だがそれこそ、そんな基礎の戦術こそがベルの戦い方であり――。

 

「だからこそ、アプサラスを『借りて』詰み(チェックメイト)をひっくり返すことは出来ます!! 手札から魔法カード《強制転移》を発動!!」

 

 彼女が信じた、これまでのデュエルを表す1枚となった。

 

「このカードは『対象を取る効果』でもなければ『カードを破壊する』効果でもありません。でも博士のフィールドに選択できるモンスターはアプサラスだけ、ですね?」

 

 リクルーターを愛用してきたベルにとって最も馴染みのある魔法カード。だからその強さ、弱さはよく知っている。

 

「……『自分がいて、相手がいて。それで初めてデッキは成立する』」

 

 いつも頭の片隅にいつもあるのは、デュエルの鉄則。

 ユウとクラドに教わって、藍とアンリエールに倣って磨いた心の剣だ。

 

「……まだまだ練習中ですけど、それがわたしの『エンタメ』ですっ!」

 

 胸を張って、笑顔で宣言したベルは、気恥ずかしさからか僅かに頬を紅潮させていた。

 そんな彼女の姿を見てホロリと来たのは、観客席の教育係だ。

 

「め、メイドちゃん……俺の言葉をそんなに大事にしてくれたんだなッ……!!」

「成程……ベルの妙に嫌らしい戦術の原因は貴方にありましたのね」

 

 だーっと男泣きするクラドを、ジトリと横目に睨むアンリエール。

 しゃくりながらではあったが、涙の教育係も「よよよ……」と反撃する。

 

「グスッ、いやぁ……アレ元々はセンセーと一緒になって考えた言葉でさぁ……!!」

「何ッッと深いお言葉!! 私感動で涙が止まりませんわぁ!!」

「だああッ!? うるせぇし汚ぇ!! 向こう行けバカ共!!」

 

 鼻水を垂らして涙を撒き散らすクラドとアンリエールを、燐路が腕を振り回して猛烈に拒絶する。そんな大混乱の横で、黙って観戦していた煽里がぽつりと呟いた。

 

「……成程。彼女と私達の『違い』が、何となく分かった気がしました」

「違い……?」

 

 隣に座っていた藍が、思わず聞き返した。

 思い返せば、彼女とはまともに言葉を交わした事が無い。

 煽里も別段気を悪くした風も無く、そのままぽつぽつと言葉を続けた。

 

「彼女の中には常に『他者』がある、怒りにも喜びにも。私達にはソレがありません。肉親すら『生きる』為に切り捨てる……それが『強さ』だと、そういう風に歩いてきてしまいましたから」

 

 思い起こせば、あの廃工場で対峙したときも――。

 一呼吸置いて、煽里は続けた。

 

「強さを求める『理由』は同じでも、私達とは望むべき『未来』がまるで違う。今日のデュエルを見ていて、そう確信しました」

「……なら、貴女の望むべき『未来』の姿は変わってしまったの?」

 

 藍の静かな問い掛けに、煽里は少し考えて。

 

「どうでしょうか。四方老様から教えられた『未来』と、彼女の『未来』。どちらが正しいのか……教養も力も無い今の私には、見届けることしか出来ません」

「……そう。私としては、貴女達とはもう刃を交えたくはないのだけど?」

「フフッ、それに関しては私も同感です。だって――」

 

 強制転移の効果を受け、ベルの場からファイヤー・ハンドが、博士の場から強制的にアプサラスが選択され互いのコントロールが入れ替わる。

 その様子を眺めながら、煽里は苦笑して言った。

 

「恐らく、もう彼女には歯が立たないでしょうから」

 

 天女はその膝を折ることなく、何とも呆気なくベルの下に付いた。

 博士の場から離れたことで《水舞台装置》の恩恵が受けられなくなり、攻撃力こそ落ちてしまったが……その強靭な破壊耐性は健在だ。

 自分の優位がそのままひっくり返ってしまったこの状況に、博士の表情はどこか悔しそうで、それでも穏やかな笑顔に溢れていた。

 

「ハンドモンスターを使っていたから、もしかしたらなぁとは思っていたけど……破壊じゃなくて、コントロールを奪われるなんてね。……何か、本当にその子がベルちゃんを選んだみたい。私、結構愛着あったからちょっと悲しいなぁ」

 

 天女の赤い瞳は、今は敵対し博士を見下ろしている。その目がどこか申し訳無さそうに見えるのは、きっと気のせいではないはずだ。

 今度はベルが、そんな天女の声を代弁するように声を落として言った。

 

「……でも、わたしはこれでターンエンドです。もしも博士がわたしに少しでもダメージを与えるカードを引いたら……」

「あはは、そうだね!! 望みは薄いけど、私だって最後まで諦めないよ!!」

 

 博士の場には《水舞台装置》が1枚、手札は0。対してベルのライフはたったの200……アプサラスが味方に付いたとはいえ、吹けば消し飛んでしまう危うい橋だ。

 例えば、博士が直接攻撃が可能な《貫ガエル》等を引いたら――場の優位など関係なく、それだけでベルは敗北してしまう。

 

「私のターン……」

 

 そういった意味では、ベルの詰み(チェックメイト)は不完全。

 博士もまた、その僅かな可能性に掛けてデッキに手を掛ける。

 

 

 

「ドローっ!!」

 

 

 

 博士のドローに、表情に全員の視線が集まる。

 お互いの心臓の音が聞こえそうな静寂が、どれほど続いただろうか。

 

「……残念」

 

 静かに腕を下ろした博士は、にっこりと笑ってベルにカードを見せた。

 

「私の負け、みたいだね!」

 

 ドローカードは……フィールド魔法《湿地草原》。

 ベルのライフを削ることも、モンスターの攻撃を防ぐことも出来ない。

 

降参(サレンダー)……ということで、宜しいですか?』

 

 審判員としてのお役目を放り出して黙していたネフが、邪魔そうな大砲をガチャガチャと鳴らして博士の傍に寄る。

 

「そうだね。これ以上、私も痛い思いはしたくないし」

『では、改めて』

 

 博士が頷くのを見届けて、ネフは腕を上げて宣言した。

 

『ゲームエンド。勝者、ユーリ・ベルガモット』

 

【アユ】LP0(SURRENDER)

 

 

   **

 

 

「という訳で、この2枚はベルちゃんにお預けします!」

 

 博士から2枚の《アスタリスクス》を受け取ったベルの表情は、やはりどこか曇っていた。

 こういう結果になってしまった以上、自分で無理矢理に納得してデュエルを続けたものの、やはり博士の口から本当の意図を聞かなければ――。

 

「……あの、アユカワ博士。少しお聞きしてもいいですか?」

「ん?」

 

 きょとん、と目を丸める博士に沈んだ声が尋ねる。

 

「どうして、あの時……《奈落の落とし穴》を発動しようとしたわたしを、止めるようなコトをしたんですか?」

 

 アプサラスの効果を確認せず、罠を発動させようとしていたベルを遮ったのは他の誰でもない。博士の言葉だった。

 もしあの場面でベルがアプサラスに対して《奈落の落とし穴》を発動させ、水泡としていたなら……このデュエルの結果はきっと、変わっていたに違いない。

 切り詰められたデュエルの中では、相手のプレイングミスを誘うというのも立派な戦術の1つだ。ベルがしっかりと確認していたならまだしも、博士の方から『助け舟』を出すような行為は、つまり……。

 不安そうな眼差しを向けてくるベルに博士は少し困ったように頬を掻くと、言葉を選びながらゆっくりと答えた。

 

「うー……確かに真剣勝負を誓った上で『あれ』は、決闘者として褒められた行為じゃなかったかな。気を悪くしちゃったならゴメンね? でも――」

 

 少し間を置いて、博士は続ける。

 その丸く向日葵のような瞳には、嘘や偽りの淀みは浮かんでいなかった。

 

「折角出てきて貰ったんだもん、『この子達』とはちゃんと向き合って欲しかったんだ」

「え……?」

 

 予想していたものとは少し違う解答に、ベルも目を丸くして聞き返す。

 

「ベルちゃんはこの子をどうやって乗り越えるんだろう、どんな反応をしてくれるんだろうって考えたら、思わず口を挟んじゃった。確かに、あのまま黙っていたらデュエルは私が勝ってたかもしれない。でもね、例え『手を抜いた』って思われても……私はベルちゃんの『全力』が見たかったし、()()()()()()んだ」

 

 差し出した2枚のカードをベルの手に乗せながら、博士は笑って言った。

 

「だからね、これは『私達』のワガママ。ベルちゃんが勝つ事が出来たのは、しっかりと『この子達』に向き合った結果だと思って……今は、許してくれると嬉しいな?」

 

 博士の意図(オネガイ)をしっかりと受け取って。

 ベルはぱっと、雲を晴らして頷いた。

 

「……分かりました、責任を持ってお預かりしますっ」

 

 ベルの返事に満足そうに頷いて、博士の手は2枚のカードから離れていった。

 

「うん、お願いね! っと……あんまりゆっくりもしてられないんだった。早速だけど皆、ちょっと私について来てくれるかな?」

 

 そう言って博士がポケットから取り出したのは車のキー。

 移動先が『そこそこの距離』にあることを示している。

 

「フトシ君、人数も多いし2台で行こう? 場所は分かるよね?」

「モチロンだぜ、早速出発しよう!」

「あの、一体どこへ……?」

 

 どうやら、ハラダ編集長は事情を聞いていたらしい。

 困惑した様子でベルが聞き返すと、博士は振り向き様に笑顔で答えた。

 

「その子達について、ちょっと見て貰いたいモノがあって……」

 

 

   **

 

 

 博士は未だ発掘作業が終わっていない、テントに覆われた一区画へと一行を案内した。

 心なしか海の匂いが残る、むき出しの岩盤や見慣れない機材、復元途中の遺跡の姿に目を白黒とさせながら、一行はスルスルと禁断の領域に踏み込んでいく。

 遺跡から発掘されたカードに関して、研究者達からは質の悪い悪戯として流されてしまったそうだが……ここで見つかった『ソレ』を見た博士は《アスタリスクス》に関して引っ掛かりを覚えたという。

 

「さ、着いたよ。コレを皆に見て欲しかったんだけど……」

 

 博士の手に導かれ、一行の目に飛び込んできたのは――3メートル四方ほどの内壁に描かれた壁画だった。

 

 一際目を引く魔法陣のような円の中に、ぐるりと輪を成すように描かれた『12匹の』動物達。

 円の周囲には、何やら札のようなモノを掲げる人々の姿がある。

 

「これ、もしかして――!?」

 

 壁画が指し示す記号にベルが思わず声を上げると、その声に被せるようにして燐路が重々しく呟いた。

 

十二支柱(アスタリスクス)……か?」

 

 先程アユカワ博士から譲られた(ヴォジャノーイ)(アプサラス)も。確かに壁画の中にずらりと並ぶ動物達は、これまでに出会った《アスタリスクス》に良く似た姿をしている。

 

「……その様子だと、他の《アスタリスクス》もここに描かれているみたいだね。紅にも同じような遺跡があったりするのかな?」

「……さぁな。俺らが知ってんのは、ジジイ共が紙に書いた『模写』って奴だ。その大元がドコにあったかまでは知らねぇよ」

「そっか。じゃあそのお爺さん達、やっぱり何か知っているかもしれない訳だ?」

 

 博士の問いに、燐路と煽里が頷く。

 

「……だろうな」

「私達は確かに、コレと良く似た絵を《十二支柱》として四方老様に教えられましたが――それが一体何を意味するものかまでは、全く。ご期待されたような教養が無く、申し訳ありません」

「あ、大丈夫ダイジョウブ!! それだけ大きな秘密があるってコトなんだろうし……」

 

 博士は燐路達をそれ以上問い詰めようとはせず、壁画に再び視線を向けて呟いた。

 

「……これはね。私達が調べた限りでは、どうやら当時のある『儀式』の様子が描かれたモノらしいんだ」

「儀式……?」

 

 ベルを筆頭に驚く一同に、博士が言葉を付け加える。

 

「うん、この『忘却の青(アトランタ・ブルー)』がまだ大陸として在った数千年前……古代の神官同士が力の優劣を決める為の『競技(ゲーム)』に近いものだったらしいんだ。ここと同じ年代の遺跡が、確か(ネイティブ)にもあったはずなんだけど……」

「それは、もしかしてカセの遺跡……ですか?」

 

 藍の問い掛けに、博士がこくりと頷く。以前ベル達が訪れ、アンリエールと初めて出会った場所だ。そこで見た壁画を思い出して、ベルは目を丸くした。

 

「知っているなら話は早いかな? これだけ離れた場所で、同じような『競技(ゲーム)』に関する記録が残ってるってコトは……つまり、今のデュエルモンスターズと同じく、当時はこのゲームも大流行してたって推測出来る訳で。でもこの『儀式』、何故だかある年代を境にぱったり消えちゃってるんだ」

 

 少し難しそうに眉を寄せながら、博士は続ける。

 

「これがデュエルモンスターズの起源……なんて夢のある話なら私も大興奮なんだけど、そんな訳で残念ながら全くの無関係。でもね、今と同じように『競技(ゲーム)』が力を示す手段として用いられてたってことは確かなんだ。それにどうやら、この『12体の動物』は当時の『儀式』においてかなり特別な扱いをされていたみたい。それこそ『神様』と同じくらい」

「神様……?」

 

 腰のデッキホルダーに手を掛け、ベルは噛み締めるように呟いた。

 

「私はね、その《アスタリスクス》にも何か不思議な力があったとしてもおかしくないのかなって思うんだ。もし本当に誰かの悪戯だったとしても、この壁画と《アスタリスクス》が全然関係がなくても……ここで『その子達』が見つかって、ベルちゃんを選んだ。それはきっと偶然じゃない」

「はっ、学者先生がそんな『非ィ科学的』でいいのかよ?」

 

 燐路が小馬鹿にしたように言い捨てると、博士は少し困ったように笑って見せた。

 

「たはは……そうだよねぇ、私も『学者失格』だって思うよ。だからこそ、ここから先は『私』じゃ調べられない。本当は私が全部謎を解いてみたかったんだけど……遺跡はこれ以上、何も教えてはくれないからね」

「博士……」

 

 少し悲しそうな博士の顔は、ベルが目を向けるとすぐさまいつもの笑顔に戻った。

 

「言いたかったコトはこれで以上! 何か手がかりになりそうなら遠慮なく聞いて――」

「? 何か、地面が変……?」

 

 博士が何かを言いかけ、ベルが僅かな異変を感じ始めた、そのとき。

 テーブルでもひっくり返したように、突如グラグラと地面が揺れ始めた。

 

「わわっ、地震っ!?」

「し、痺れ揺れるゥ!?」

 

 何かに足元を掴まれたような、とても気分の悪い感覚――慌てる博士達の様子を見るに、どうやらこの地に住む人間にとっても『異常な事態』らしい。

 激しい揺れは僅かな間で収まったが、その余韻のようなモノがいつまでも全身の感覚を蝕んでくる。

 

「び、びっくりしましたわ……こんな海の底で地震など、冗談でもお断りです……!!」

「ら、藍さん、あの……この地震って……?」

 

 ベルが不安そうに藍の顔を見ると、そこにあったのはいつになく険しい表情だった。

 藍はその面持ちのまま、博士に目を配らせる。

 

「博士、この揺れは……」

「う、うん。何かおかしな感じだよね、地震にしてはちょっと……」

 

 博士が首を傾げると同時。弾かれたように駆け出す影が3つあった。

 煽里と燐路。彼ら姉弟がクラドの手を引いてテントから飛び出していったのだ。

 

「なっ、おい!? 一体何だってんだよ!?」

 

 余韻のような揺れも未だ収まらぬ中、クラドも訳が分からず威嚇するように声を上げる。

 一同も慌てて後を追い、外へ出た彼らが目にしたものは――にわかには信じられない光景だった。

 

 天井付きの空には不相応な紫雲が、我が物顔でゆったりと渦を巻き。

 遠くに見える3色の光柱が、渦の中心へ向かって立ち上る。

 柱が放つ光の色は――目にも鮮やかな赤、青、黄色。

 

「……な、何ですか、アレ……」

 

 そう呟いたベルだったが、おぼろげながらも『答え』は既に掴んでいた。

 認めたく無い。誰かが否定してくれるのを願う、いわば悪足掻きのようなモノだ。

 

「……恐らくは、ご想像の通りの『モノ』かと」

 

 そんなベルの生温い幻想を、煽里は抑揚の無い口調で砕いて見せた。

 彼女は、姉弟は思い出していた。『あの日』に見た雲の色を。

 それは丁度、今日のような死神(やみ)色をしていて……。

 

「ジジイ共の老体にしちゃあ、随分と早い仕事じゃねぇかよ……!!」

 

 決して再現される筈のなかった、御伽の世界に在る悪夢。

 しかしソレは今、異様なまでの質量をもって己の存在を訴えかけてくる。

 

「……あれが、三幻魔……」

 

 押し寄せる波の様に、高く、大きく。

 まるで英雄(ヒーロー)の不在を歓喜するかのように――新たな世界(ゴチソウ)を与えられた悪魔達は、その咆哮(ウブゴエ)を上げた。




~今日の最強カード~

―**―(アスタリスクス) 羊雲海(アプサラス)
☆8/水属性/水族・儀式・効果/ATK 2100/DEF 3000

手札の儀式魔法カード1枚を墓地へ送って発動できる。レベルの合計がこのカードと同じになるように自分の手札・フィールドのモンスターをリリースし、手札からこのカードを儀式召喚する。
①:このカードが儀式召喚に成功した場合、儀式召喚に使用したモンスター1体を選択する。フィールド上に存在する限り、このカードはその選択したモンスターと同名カードとしても扱う。また、以下の効果から1つを選択して適用する。
●このカードが表側攻撃表示で存在する限り、カードの効果の対象にはならず、相手のカードの効果によっては破壊されない。
●このカードが表側攻撃表示で存在する限り、戦闘では破壊されない。またこのカードと戦闘を行った相手モンスターをダメージ計算後に破壊する。
②:自分の手札のこのカードをリリースして発動できる。レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、自分の手札・フィールドのモンスターをリリースし、手札から儀式モンスター1体を儀式召喚する。
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