遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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※デュエル内容に不備があり、一部カードを変更しました。
《エフェクト・ヴェーラー》→《ブレイクスルー・スキル》


第54話 その日。

 教室の窓を割って進入してきたソレは――昆虫じみた六脚をカタカタと動かしながら、白いドラム缶のような胴体を不気味に揺らした。

 突然の出来事に困惑する俺達をよそに、人が思い浮かべる普遍的な『ロボット』というイメージをそのまま現実にしたようなソイツは、何か作業を行うにしては粗雑な両腕(アーム)を勢い良く展開した。

 両腕の展開と同時に放たれたのは、細いワイヤーのようなもので……ヒュンと空を切って打ち放たれたそれは、あろうことか喜多村君の腕に巻きついた。

 

「!? うわっ!?」

 

 ここで初めて、教室中の人間が侵入者を『外敵』とみなした。

 涌き上がる悲鳴と共に辺りを散らして逃げ出すクラスメート達の中で、仲間を捕らえられた俺達だけはその場を動く事が出来なかった。

 

「な、何だよコイツ……っ!?」

 

 無理矢理にワイヤーを外そうと試みる喜多村君だったが、すぐさまロボットはワイヤー伝いに『何か』を発射し、彼の左腕へと取り付けた。見慣れたシルエットのソレは、決闘者の盾たる『デュエルディスク』。

 

「は……!?」

『――決闘申請、承認強制。闇のゲーム(カー・アンティ)展開(リンク)完了』

 

 ガリガリ、と音割れした機械音声が不快に響く。

 驚き戸惑う喜多村君をよそに、取り付けられたディスクがひとりでにデュエルモードへと起動した。

 

「な、何だよ……!? 何しようってんだよ!?」

『……デッキセット認証、待機中。タイムアウトまで30、29……』

 

 何が何だか分からないまま呆然としている俺たちを尻目に、ロボットが唱えるカウンターはどんどんと数を減らしていく。

 

『25、24……』

「くそ、何だよコレ!? 外れねぇよ!!」

 

 ロボットは淡々とカウントを続けるだけで、他に危害を加える気配は無い。

 ガチャガチャと腕に取り付けられたディスクを必死に外そうとする喜多村君だが、人の力で外せる代物ではないらしい。

 彼を助けなければ。残されたメンバーがそう我に返ったのは、同じタイミングだった。

 

「まっ、待ってろ!! 今何かワイヤーを切れるようなもん持ってくるから!!」

 

 仲間の一人が、そう言って教室の外へと飛び出していく。

 そんな彼に触発され弾かれたように、俺の隣に居た仲間も声を張り上げて叫んだ。

 

「手ぇ貸せ桐崎、あのロボットをぶっ壊すぞ!」

「あ、ああ……!!」

「あ、あたしもやる!!」

 

 残った3人で、近くにあった椅子やら机やらを持ち上げる。

 標的は只1つ、騒ぎの元凶である白いロボットへと容赦なく振り下ろした。

 

「この、野郎ッ!!」

 

 人間であればひとたまりもないだろうその攻撃は、ほぼ同時にロボットの脳天へと直撃した。だが――バゴン、と軽快な音は響いたものの、ロボットには何のダメージも見受けられない。

 

「……駄目か!」

「っ、このぉ!!」

 

 何度も何度も。こっちの手が痛くなるまで机や椅子を投げつけてみたが、ビクともしない。そうしている間にも、カウントは不気味に刻まれ続けていく。

 

『10、9、8、7……』

「ディスクの方をブッ壊せないか!?」

「いや、それじゃ喜多村君の体が……工具か何かが無いと――」

 

 半ばヤケクソに喜多村君の腕からワイヤーを取り外そうと試みるも、焼け石に水。

 気ばかりが焦り、何も出来ない俺達を嘲笑うかのようにカウントは淡々と刻まれていき――。

 

『3、2、1、0』

 

 結局俺達はどうすることも出来ず、カウント0を迎えてしまった。

 

『――タイムアウト確認。対戦拒否(サレンダー)により敗者への罰ゲーム(アンティ)を執行します』

「え?」

 

 耳障りな声でそう告げられた、次の瞬間には。

 投げつけられた1枚のカードに、喜多村君の姿がみるみるうちに吸い込まれていくのだ。

 

「な……!? た、助け――!!」

 

 眩い光の中、喜多村君が必死の形相で伸ばした腕は近くに居た俺にすら届かず。

 1人の人間としてそこにいた彼は、小さなカードの中へと姿を消してしまった。

 

「……な、何……?」

 

 そんな間の抜けた声を発したのは誰だったのだろう。

 事態を理解する暇も無く、今度は俺の隣に居た仲間に向かって、ワイヤーが巻きつけられた。

 

『決闘申請、承認強制。闇のゲーム(カー・アンティ)展開(リンク)完了……』

「う、うわあああっ!?」

 

 まさに機械的に、次の標的を捉えたロボットがカウントを開始する。

 間近に見せ付けられた『敗者』の末路に怯え、反乱狂になる仲間の肩を掴んで、俺は大声で叫んだ。

 

「ディスクにデッキをセットするんだ、早く!!」

「えっ!?」

「デュエルを受けなければ強制的に『敗北』扱いにされるだけだ!! とにかく今は――!!」

 

 俺の剣幕に押される形で、彼が震えながらも何とかディスクへデッキをセットすると――思った通り、ロボットが唱える妙なカウントは止まった。

 

『――デッキセットを確認、決闘(デュエル)を開始します』

 

 通常のデュエルと同じように、ディスクのランプが先攻を告げる。

 

「お、俺の先攻なのか……?」

 

 安堵で一息ついたのも束の間。ドローフェイズの制限時間も通常のデュエルと同様にカウントを刻み始めていた。

 先程のことを考えると、デュエルに対してペナルティが発生した場合『反則負け』として扱われる可能性が高い。だとすれば……。

 

「とにかく、なるべく時間を稼ぎながらデュエルを続けるしかない!! 反則負けは避けるんだ!!」

「わ、分かった……俺のターン、ドロー!!」

 

 手札を見るに、彼の先攻は悪くない滑り出しだった。

 一筋差した光明に、思わずぱっと顔が晴れる。

 

「俺は、モンスターをセット。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 遅延行為と判断されないよう、ギリギリまで引き伸ばしてターンを進行する。

 時間を稼ぎたいとはいえ、もしもあのロボットが本当にデュエルモンスターズのルールに従って動いているのなら――反則だと懸念される行為は極力避けなければならない。

 

『エンド確認。ドロー、スタンバイ、メイン』

 

 こちらのそんな意図などお構いなしに、ロボットはスラスラとターンを進めていく。

 流石は機械なだけはある、などと思考に余裕が出てきたところで……ソレは突然に告げられた。

 

『手札より魔法カード《ハーピィの羽箒》を発動』

「ッ!?」

 

 僅かに見えた希望が、空しく刈り取られる。

 おおよそ考えうる限りで最悪のパターンだ。負けたらカードに閉じ込められる、何て馬鹿げたルールの下でこんな理不尽(きせき)が許されていいのか?

 デュエルにはどうしても運の要素が絡んでくる。それは仕方がないことだと、頭では理解していた筈なのに……仲間に身の危険が迫ったこの瞬間だけは、どんなに身勝手でもそんな考えを受け入れる訳にはいかなかった。

 

「そんな……!!」

『チェーン発動未確認、ターン続行。手札より永続魔法《黒い旋風》を発動。手札より条件を満たした為《BF-暁のシロッコ》を通常召喚。《黒い旋風》の効果によりデッキから《BF-黒槍のブラスト》を手札に加えます』

 

 次々と名を連ねていくソレらは、決闘者なら『誰もが良く知る』カード達だった。

 語り継がれる『伝説』の中では英雄と共に戦い、その強力な効果は多くの決闘者達の憧れでもあった――そんな誇りある『彼ら』は今、得体の知れない機械の下僕となって俺の仲間に群がろうとしている。

 

『条件を満たしたことで《BF-黒槍のブラスト》を特殊召喚。条件を満たしたことで《BF-疾風のゲイル》を特殊召喚。《BF-黒槍のブラスト》の効果を発動、攻撃力を5000まで上昇させます』

 

《BF-黒槍のブラスト》

ATK 1700→5000

 

 黒羽の鳥人が、カチリとその大きな槍を向ける。

 鴉の被り物から覗く鋭い眼光は、獲物を前にした狩人そのもの。その瞳に、慈悲や甘さは微塵も感じられない。

 

「う、うわあああっ……!!」

 

 必死でワイヤーを振りほどこうと暴れる友達を前に、俺達は何も出来なくて。

 

『――メイン1終了、効果発動、及び処理は未確認。バトルフェイズへ移行。《BF-黒槍のブラスト》で裏側守備表示モンスターに攻撃します』

 

 彼が伏せていたのは、強力なリバースモンスター《シャドール・ドラゴン》。

 しかし――よりにもよってその守備力は0。攻撃力5000の貫通攻撃はそのままプレイヤーへと直撃する。

 

「うわ、あああああっ!?」

 

 無慈悲に、さも当たり前のように。

 黒羽が雪のように舞い散る中、聞き慣れた敗北のブザーが高らかに鳴り響いた。

 

『プレイヤー敗北確認。罰ゲーム(アンティ)を執行します』

 

 デュエル終了と同時に床に倒れこんだ仲間に向かって、容赦なくカードが投げつけられる。

 彼も喜多村君と同じようにカードに吸い込まれ……ロボットに回収されてしまった。

 

「……っ!!」

 

 そんな光景を横目に、俺は傍線と立ちすくんでいた陽依の手を引いて駆け出していた。

 ワイヤーが寸前のところで左腕を掠めたが、そんなことはもう気にもならなかった。

 

「ま、待ってよユウ君!! まだ2人が捕まったままなんだよっ!?」

 

 泣き出しそうな声でそう叫ぶ陽依。

 彼女の気持ちは分かる。せっかく出来た友達を、仲間を見捨てていくのは俺だって辛かった。だが――あの得体の知れない機械を相手に、このまま2人とも捕まってしまっては誰も2人を助け出すことが出来なくなってしまう。

 

「駄目だ、逃げるんだ!! 今は――」

 

 とにかく今は逃げ延びて、出来るだけ多くの人にこのことを伝え無ければならないのだと。教室を飛び出し、そう言い掛けた俺の目に飛び込んできたのは――喜多村君達と同じようにワイヤーで無理矢理拘束され、ロボット達に望まぬデュエルを強いられている皆の姿だった。

 

「嘘……あのロボット、こんなに沢山!?」

 

 あの星のように見えた無数の光は、全部コイツらだったのか……?

 気が付けば、いたるところで悲鳴が上がっていた。それは学校の中だけに留まらず、窓の外を見れば遠くに見える街中からでさえ黒煙が幾つも立ち上っている。

 

「ユウ君、後ろっ!!」

「っ!?」

 

 陽依の声から送れることコンマ数秒。背後から襲い掛かってきたワイヤーをすんでのところでかわし、俺は再び陽依の手を引いて走り出した。

 

 絡め取られたクラスメート達を横目に、俺達は一心不乱に駆け抜ける。

 どこか隠れる場所は、身を隠せる場所は――!?

 いくつもの階段を降り続け、廊下中を走り抜け。ようやく昇降口へと辿り着いたところで俺達に突きつけられたのは、どうしようもない『現実』だった。

 昇降口の向こう側は既に何体ものロボットが蟲のように蠢き、その場しのぎで作られた粗雑なバリケードは今にも突破されてしまいそうだ。

 そんな絶望的な光景の中、学校の内部側から迫る1台のロボットにじりじりと追いつめられていたのは――。

 

「ちょっと……来ないでよ!! あっち行け!!」

 

 陽依を疎んでいたあの先輩達が、悲鳴に近い声を上げていた。

 放たれるワイヤーを必死に避けているが、あのままでは時間の問題。いずれ外に居るロボット達もなだれ込み、逃げ場が無くなってしまうだろう。

 

(……あの様子では、もう……!!)

 

 ここから外へ出るのは無理かと、反転して階段を駆け上がろうとした――そんな俺の手を振りほどき、何と陽依は『昇降口』へ向かって駆け出した。

 

「な……っ!?」

 

 何をするのかと思えば、陽依はそのままロボットへ向かってヒーローも顔負けな飛び蹴りを喰らわせて見せた。

 机や椅子の直撃を受けてもピンピンしていたロボットだ。女子の飛び蹴り程度でどうにかなるモノではなかったが、ロボットの注意は完全に陽依の方へと移ったらしい。

 

「ったた……大丈夫っ!? 早く逃げて!!」

 

 不恰好に着地した陽依は、不敵な笑顔を浮かべてそう言った。

 

「珠、城……何で……?」

「こいつはあたしが相手するから、早くっ!!」

 

 素早くディスクを装着し、鮮やかにデッキをセットしてロボットに向き合う陽依。

 その姿は本当に、子供の頃に見たヒーローのようだった。

 

「……陽依っ!! 何を――!?」

「あたしは大丈夫だから!! ユウ君も早く逃げて!!」

 

 ひらひらと手を振る陽依は、いつもと同じ笑顔を浮かべていて。

 そんな彼女の様子に面食らっていたのは、俺だけではなかった。

 

「何でよ……ウチら、アンタのこと……」

「ほっとけないもん。友達だから」

 

 戦う意思を見せた決闘者に、ロボットは容赦なくワイヤーを発射した。

 陽依のディスクに接続されたソレが、強制的にデュエルモードへの移行を促す。

 

「え……?」

「デュエルをしたら皆友達。それがあたしの『憧れ』だから」

 

 翼のように展開するディスクを構えながら、陽依は静かに声を張った。

 

『「決闘申請」、承認強制。闇のゲーム(カー・アンティ)展開(リンク)完了……』

「……こんなときだけど、あのときは皆のデュエルを否定したりしてゴメンね。あたし、まだ皆と楽しめるようなデュエルは出来ないけれど――」

 

 自分の命が賭けられた、こんな理不尽なデュエルであっても。

 正々堂々と、いつも通りに。陽依はカードの剣を引き抜いた。

 

「こいつらをぶっ飛ばすくらいなら、朝飯前だから!!」

 

 そんな頼もしい言葉に押されるように、先輩達は逃げ出していく。

 ここで彼女の言葉を信じ、逃げ出していれば未来(いま)はまた違っていたのかもしれない。だがこのときの俺は、どうしても陽依を放っておくことが出来なくて。

 どこから現れたのか、彼女の背後から迫るもう1台に向かって走り出していた。

 

「ユウ君、何やってんの!? 早く逃げ――」

「せめて背中くらいは任せてくれ。これでも俺はアンタの『教え子』なんだからな」

 

 俺の構えたディスクにもワイヤーが絡みつく。

 強制起動する俺のディスクを横目に見やると、陽依は呆れたように微笑んだ。

 

「……ほんっとうにバカだなぁ。キミって人は」

「普段、頭のネジが抜けてる人に言われたくはないな」

「なにおぅッ!?」

 

 軽く冗談を交わして、背中合わせに互いの敵と向かい合う。

 ここからはいつもと同じ、真剣勝負。勝つか負けるかを競う文字通りの決闘。

 それは相手が誰であろうと、変わらない。

 

「さぁ、楽しいデュエルを始めようっ!!」

 

 

   **

 

 

 バリケードが突破され、逃げ場を無くした俺達を待っていたのは有無も言わさぬ連続決闘だった。

 デュエルモンスターズのルールに基づいてしか戦えないからだろうか、複数体を相手にするようなことは無かったが……それでも休む暇も無く次々と相手をさせられ、精神も肉体も磨り減っていく。

 一体、どれだけの機械を物言わぬ残骸としただろうか。俺は1体1体を相手するのに時間が掛かるせいで、言うほど撃墜数は稼いでいないのだろうが……。

 

「……バトル、ミカエルでダイレクトアタック!!」

 

 速攻で勝利を収めていく陽依は、次々とロボットを静めていく。

 敗北したロボットは黒煙を噴出し、沈黙するが……後続する機影は途切れる様子が無い。

 額に汗を浮かべ、肩で息をするその様子を見ても、陽依にかなり疲労が溜まっているのは明白だ。

 すぐ近くでデュエルをしているだけあって、その情報は自ずと耳に入ってくる。だからこそ……今彼女がどれだけ『滅茶苦茶な』デュエルをしているか、それが分かってしまう。

 

『こちらの先攻。ドロー、スタンバイ、メイン。カードを3枚伏せてターンエンド』

「……あたしの、ターン! ドロー、まずは――」

『スタンバイフェイズ。伏せカードを発動、《マクロコスモス》。伏せカードを発動、《閃光を吸い込むマジック・ミラー》』

「っ……また、かぁ。あはは、まいったな……」

 

 何戦目くらいからだろうか。多少のバラツキはあったが、陽依の相手をするロボットはほぼ9割が『このスタート』なのだ。墓地へカードが溜まることを妨害する《マクロコスモス》に、場と墓地の光属性モンスターの効果を封じ続ける《閃光ミラー》……隠そうともしない【ライトロード】に対するメタカードの数々に、流石に疑わざるを得なかった。

 こいつらは個体間でデータのやり取りをしていて、連勝を続ける相手に対しては露骨にメタカードを積み込んだデッキに変えて戦っているのだと。

 その一方で、こちらはサイドデッキのカードを悠長に吟味して取り替えている暇なんて無い。1つ1つの勝負としてはシングル戦、つまりは一本勝負なのだ。陽依も早い段階で気が付いたのか、サイドデッキから少しずつカードを入れ替えて対応しているようだが……それでも完璧とは言えない。

 

「それなら……あたしは、手札から《ライトロード・アサシン ライデン》を通常召喚! 更に手札から《カゲトカゲ》を特殊召喚っ!」

 

 持ち前の引きの強さで何とかこれまで勝ち続けているようだが……俺の目からしても、それがあまりに不安定で危なげな橋だということは明白だった。

 

「エクシーズ召喚っ!! ★4《恐牙狼ダイヤウルフ》!!」

 

 奇跡は、そう何度も起こらない。

 いかに陽依がカードの女神に寵愛を受けた決闘者だったとしても。100%でなければいずれ引いてしまうのだ。

 

 敗北という、可能性を。

 

「ダイヤウルフの効果発動!! このカードを――」

「その効果にチェーン発動、《ブレイクスルー・スキル》。《恐牙狼ダイヤウルフ》の効果を無効にします」

 

 どれだけ奇跡を起こし続けても、それと同じ分だけ『最悪』も起こり得る。

 伝説の中の英雄たちが切り開いてきた『逆境』もきっと、何度も繰り返せばその可能性はあったはずなのだ。

 本当にどうしようもない、どんな奇跡でも策略でもひっくり返らない。

 そんな逃れることの出来ない『敗北』の運命が。

 

「っ、バトル!! ダイヤウルフでダイレクトアタック!!」

『手札から《バトルフェーダー》を発動。このカードを特殊召喚しバトルフェイズを終了します』

 

 牙を、翼を、爪を。

 全てをもがれた龍に、最早成す術もなかった。

 

「……あたしはこれで、ターンエンド」

『こちらのターン。ドロー、スタンバイ、メイン。場の《バトルフェーダー》をリリースし《邪帝ガイウス》をアドバンス召喚。効果を発動、《恐牙狼ダイヤウルフ》をゲームから除外します』

 

《邪帝ガイウス》

☆6/闇属性/悪魔族・効果/ATK 2400/DEF 1000

 

 黒衣を羽織った闇の帝王が、力なく佇む金剛の牙を漆黒の渦の中へと吹き飛ばす。

 ガラ空きとなったフィールドに、陽依を守る下僕はいない。

 

『バトルフェイズ。《邪帝ガイウス》でプレイヤーにダイレクトアタック』

「陽依っ!?」

 

【陽依】LP4000→1600

 

 邪帝の放った波動球の直撃を受け、膝を付く陽依。

 自分のデュエルも放り投げて、俺は思わず彼女に駆け寄った。

 

「……駄目だよ……ユウ君は、自分のデュエルに専念して」

「だが――!!」

 

 それでも首を振る俺に、陽依は力なく微笑みながら言った。

 

「こういうの、らしくないんだけどさ……あたし、多分ここまでみたい。このデュエルはちょっと勝てそうにないや……」

 

 見れば彼女の手札には《ソーラー・エクスチェンジ》や《光の援軍》など、そのどれもが《マクロコスモス》の影響下で発動すら出来ない、壁にもならない魔法カードばかりが並んでいた。

 ズキリ、と胸に深い絶望が突き刺さる。そんな現実を認めたくなくて、俺は声を荒げて叫んだ。

 

「……最後の最後まで、諦めないんじゃなかったのか!?」

 

 それでも、こんな手札でも彼女ならきっと。

 そんな俺の願いを受け取って、陽依はゆっくりと立ち上がるとデッキに手を掛けた。

 

「そう、だね……諦めるのはまだ、早いかな……」

 

 一縷の願いを託し、カードを引き抜く。

 最後の1枚を見た陽依の表情は――どこか気の抜けた、不安すら覚える『安堵』の表情だった。

 

「……ゴメンね、引けなかった」

 

 それはモンスターカードでもなければ、一発逆転の罠カードでもなく。

 

(何を、今更……!!)

 

 あまりにも見慣れたそのカードは……速攻魔法《サイクロン》。

 

「あはは……ちょっと、遅かったなぁ」

 

 情けなく笑う、そんな陽依の小さな声すら遮るように、背後で俺の相手をしているロボットがカウントを始める。

 

『1ターンの制限時間、残り1分。58、57……』

「ユウ君、もう自分のデュエルに戻らなきゃ駄目だよ。相手が待ってる」

 

 そう言うと、陽依はいつもと同じ笑顔を浮かべて続けた。

 

「……あたしのデッキ、今度こそユウ君にあげる」

「何を……!!」

 

 こんなときに、と陽依の目を見返すと、少し自身が無さそうに微笑みながら答えた。

 

「もしかしたらね、1戦1戦デッキを入れ替えて戦ったらメタに引っ掛からずに戦い続けられるかもしれないでしょ? だからデッキが2個あれば……」

「……!!」

 

 勝負に焦るばかりで、そんなことにすら頭が回らなかった自分がどうしようもなく情けない。

 

「ゴメンね、もっと早く気が付ければ2人でデッキを取替えっこして戦えたかもしれないのに……あたしバカだから……」

 

 首を振る俺の頭に手を載せて、陽依は笑いかけて言った。

 

「このデッキでキミと戦うって約束、守れなくてゴメン。代わりに今度は……キミがこの子達と一緒に戦ってあげて?」

 

 手札と墓地のカードを引き抜き、陽依はデッキを俺の手に握らせながら言った。

 

「大丈夫、ユウ君ならきっと……」

 

 何かを言いかけたその言葉は、突然鳴り響いた警告音に掻き消される。

 

『エラー。デッキとのリンクが切断されました。対戦拒否(サレンダー)とみなし敗者への罰ゲーム(アンティ)を執行します』

 

 投げつけられたカードの中に、俺が憧れたその人の面影が吸い込まれていく……その瞬間。陽依は確かに、助けを求めるように手を伸ばし、俺の名を呼んでいた。

 

「…………」

 

 きっと、怖かったのだろう。

 それはそうだ。彼女は決闘者である前に俺と同じ高校生で。歳相応に悩んで、笑う。そんな年端もいかない少女なのだから。

 

『10、9、8、7……』

「……少し、静かにしてくれないか。言われなくてもすぐに戻る」

 

 勝者には更なる過酷な追撃を。

 敗者は規定数の保存、及び適宜な消去を。

 

「……俺の、ターン」

 

 

   **

 

 

 俺――桐崎夕は、結局のところ後者になった。

 自分の名を必死に叫んで手を伸ばした少女の身代わりになることすら叶わず、無様な敗北を喫した。

 何が足りなかったのか。何故こんなにも自分は弱いのか。

 いくら問い掛けても、その手に握り締めた白き龍は何も答えてはくれない。

 

 膝を折り、無力に震える俺へ『罰ゲーム』の執行が宣言される。

 

 意識は暗く、深い闇の底へと沈んでいく。

 彼女も今、こんな冷たい孤独に包まれているのだろうか。

 そうと思うと居た堪れなく、何より悔しかった。

 

 その日。

 俺が過ごしていたどこかの『世界』から、多くの決闘者が連れ去られた。

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