遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス) 作:kohatuka
第55話 英雄への賛歌
それからのことは、断片的な記憶しかない。
見知らぬ景色。見知らぬ空気。
住み慣れた土地とは違う、乾ききった砂埃の匂い。
どうやって俺のカードの戒めを解いたのかは分からないが、気が付けば俺は商人風の男に文字通り自由を奪われていた。
それでも、混濁とした意識の中で、俺は男が見せてきた『陽依のカード』だけははっきりと認識していたように思う。
それを渡して欲しいと頼んだ俺を見下す、その男の下卑た目は今でもよく覚えている。
「コイツが欲しけりゃ、俺の言う通り『働いて』貰おうか」
それから。俺はただひたすらにデュエルをさせられた。
言われるがまま、誰とも分からない誰かと。
俺が下した敗者がどんな結末を迎えるのかすら分からないまま。
男の手から陽依のカードを奪い、ここから逃げようという考えに至ったのは、そんな日々がしばらく続いた後だ。
その辺りからは記憶もはっきりしていて、俺はまだ『ぼんやりとした様子』を装いながらも男の隙を伺って脱走の計画を立てた。
男について分かったことは3つ。男が自分のことを『
そして、俺を使ってデュエルを行い金を儲けていたことだ。
俺は、男が慌てて住処を移動するその隙を狙って逃走を図ることにした。
その日は
響き渡る怒声に得体の知れない獣の声。その混乱に乗じて俺は何とか逃げ出せたが、辛うじて持ち出せた男のDパッドに陽依のカードは無かった。
「……その後、男がどうなったのかは俺が知る由も無いが。データの中に入っていたカードの写真を頼りにネイティブの荒野を歩いたこれまでの道のりの中では、少なくとも奴の顔や名前を聞くことは無かったな」
ユウの話が終わる頃には、車は既に検問を抜けて開拓プラントの中を走っていた。
僅かに人工太陽の明かりが灯され、海底都市が『夜明け』へと近づく中。ユウは一息つくとユーギの方へと視線を向けた。
「俺は、直接
包み隠さぬユウの独白に、ユーギはやや呆れたように溜め息をついて返した。
「……つまり貴方と彼女の間には、僕が杞憂していた通りの事情があった、という訳ですね?」
後始末に追われるビジネスマンのソレと同じ面倒臭そうな横顔を見せるユーギに、ユウも毅然として言葉を返す。
「……曲がりなりにも俺は『決闘者』だ。戦うからには全力を尽くす」
「言葉ではどうとでも言えますよ。いざその場になって『やっぱり無理でした』なんて、よく聞く話でしょう?」
「……今のアイツに『言葉』は届かない。声を聞くなら、声をぶつけ合うなら手段はどの道『コレ』しかない。それに……」
ユウはDパッドにセットされた自分のデッキに手を添えて、僅かに口元を緩めて言った。
「……どこかで、アイツと戦えることを楽しみにしている自分がいる。この答えでは、お前の望みに届かないか?」
そう言って再びユーギへと向けられたその瞳は、薄暗い闇の中でも爛々と燃えて見えた。
変わってしまった想い人を前にしても、決闘者としての本能が全てをぶつけ合うことを望ませている。
そんな瞳を見たユーギは、またも呆れたように溜め息を付いたが――今度はどこか満足そうに微笑して頷いた。
「成程、よく分かりました。とりあえず今は、貴方の決闘者としての血を信じましょう」
そう言って差し伸べられた右手を、ユウは一向に握り返そうとしない。
「――おや、やはりご不満でしたか? 自分が信用されてなかった、というのは」
「そんなことはどうでも良い。こっちが聞きたいのは、お前がどこまで、何を知っているのかだ」
今度はこちらの番だと鋭い目を向けるユウに、ユーギは困ったように手を上げる。
「……何度も言いますけど、僕はただのビジネスマン兼コレクターですよ? 若い身分で色々と持てはやされてますから、色々とあらぬ疑いを掛けられるのは慣れていますが……僕だって会社から指示を受けて動いているだけの一社員、それ以上でもそれ以下でもありません」
彼の口から飛び出るのは、いつも通り知らぬ、存ぜぬの一点張り。
表情こそ柔和に笑ってはいるが、彼の言う『若い身分』にしてはどうにも違和感のある作り物の笑顔だ。歳を重ねた大人のするようなそれが、どうにも胡散臭い。
とっくにディスクを下げていたが、隣に座る双子の片割れもどこか不気味だ。近くにいるにも関わらず呼吸すら感じさせない。
何を隠しているのか、何をしたいのか。ユウは言い知れぬ嫌悪感に眉を寄せた。
「詳しい事が聞きたいなら、是非我が社に乗り込んで上の方に文句を――っと、噂をすれば。どうやら、あちらから『お迎え』が来たようですよ?」
虫の羽音のような音しか立てていなかった車が、緩やかに停車する。
座席越しに覗いたフロントガラスから見えたのは、黒いライダースーツを来たD・ホイールの集団だった。
「…………」
眼光の代わりとばかりに、幾つものヘッドライトが一斉に向けられる。そんな逆光の中で、一礼する大柄な男の影が浮かび上がった。
ユウはその男の姿を確認すると、無言で車のドアを開け放った。
「ああ、ちょっと? 待ってくだ――」
ユーギの制止も聞かず、ユウは一目散にその男へと歩み寄っていく。
やれやれといった風に息をつきながら、ユーギもドアを開けて車から降りる。双子の片割れもそんな彼に付き従うように半歩後ろに続いた。
「…………」
ユウはディスクを構えたまま堂々とした足取りで男の前に立ったが、周囲にエンジンを蒸かしている数台のD・ホイーラー達は戦う姿勢すら見せない。
訝しげに思ったユウが男に声を掛けるのと、礼の姿勢のまま動かなかった男が顔を上げるのはほぼ同時だった。
「……アンタは、確かシガマの大会に参加していたな」
「……
男の言葉は妙に丁寧であったが、それは単に『マナー』としてそうしているだけに過ぎず、その表情は岩壁のように険しい。ユウを『敵』と捉えていることは明白だ。
一方のユウも態度を変えることなく、いつもの調子で淡々と告げる。
「……そっちの方から出迎えてくれるとはな。探す手間が省けた」
純白のDパッドが、デュエルモードへと展開する。
低く唸るエンジン音すらものともせず、それは鋭い『鍔鳴り』を響かせた。
「……話も聞かずに刃を抜くか。
そんなユウの逆立つような気配に、慶爍は僅かに目を細めて応える。
「それはこっちの台詞だ。それだけの大所帯をけしかけて来たんだ、アンタの上に居る爺も余裕が無いんじゃないか?」
「……そうだな、貴様の言う通りかもしれぬ」
ユウが皮肉を返すと、意外にも慶爍は神妙な面持ちで頷いて見せた。
「四方老様方も、『幻魔』の力に魅入られ気を急いでおられるのかもしれん」
その名前を聞いた瞬間。
ぴくり、とユウの眉が跳ね上がった。
「……幻魔、だと?」
伝説に語られるソレについて思い出したユウは、すぐに燐路の語っていた彼らの『計画』に思い当たった。
デュエルモンスターズの消滅……確かにユウの知る『伝説』通りであるならば、そんな馬鹿げた話も可能かもしれない。
だとすれば。歴史を変える力、というのはまさか――?
「……成程な。それがアンタ達の『狙い』か」
ユウの無表情に僅かな陰りが差すと、それを嘲笑うように男の口元が僅かに歪んだ。
「幻魔の名を聞いただけでそこまで察した、か……やはり貴様は『決闘奴隷』であったか」
確信する。この男は『知っている』と。
追い求めていた真相、ようやくその尻尾を掴んだ――無表情の仮面の下から、逃すまいと絡みつくような
「答えろ。アンタはどこまで知っている?」
今にも爆発しかねないようなユウの気迫に怖気づくことなく、慶爍は軽く両手を広げて言った。
「その言葉を、待っていた」
「……何?」
「こちらは貴様の持つ『十二支柱』を必要とし、貴様はこちらの知る情報を欲している……ならば、ここは『取引』をしようじゃないか。こちらの要求に従うならば、貴様の欲する全てを可能な限り提供しよう。悪い話では無い筈だが」
慶爍はあくまで刃を交えるつもりは無いとばかりに、腰の後ろに手を回して語り始めた。
「……要求、か。《アスタリスクス》を寄越せと?」
「まぁ、それがこちらの理想ではあるが……」
ユウの言葉に一度は目を伏せた慶爍だったが、その表情はすぐさま慈愛に溢れた微笑へと変わった。
「四方老様方はこう仰られた。無闇に刃を交えることはない、彼の者も我らの同志に迎えればよい――と」
慶爍の『交渉』に、ユウも思わず面食らった。
「何を――」
「我等の下に来れば、自ずと貴様の求める『答え』も見つかるだろう。
確かに。彼らの下に行けば陽依が変わってしまった理由を、その目で確かめる事が出来るかもしれない。
あの日、カードに閉じ込められた友人達の行方を掴むことだって出来るかもしれない。
だが――その『答え』と引き換えに、失われるモノは。
アスタリスクスが白面達の手に渡り、この世界からデュエルモンスターズが消滅して。そして歴史すら書き換えられてしまったら……デュエルによって収束した筈の戦火が、再び災厄の渦を巻くだろう。
そうなれば、これまで自分が出会ってきた人々は。
強くなって自分の道を切り開くんだと、真っ直ぐな目を向けた
「無論、それなりの待遇を用意しよう。それに我らが必要としているのは十二支柱だけでは無い……貴様自身の『力』も必要としているのだ」
慶爍は尚も、『取引』について得意げに語りかけてくる。
是か否かなど、最早考えるまでもない。
ユウは軽く鼻を鳴らして答えた。
「力、か……死んだアンタの部下が言っていたな、『元より我らに未来など無い』と」
再び、
「そんな連中の下につくなど、最初から願い下げだ」
構えた左腕には、受け継がれし決闘者の『魂』が既に装填されていた。それはどんな言葉よりも明確に『拒絶』の意思を示していた。
「……御託はもういい。相手は誰からだ?」
しん、と静寂が打ち響く中。
パチパチと手を打ったのは、それまで静かに傍観していたユーギだった。
「交渉決裂……のようですね? 無様なモノです。
「…………」
ユーギの野次に、慶爍は無言で睨み返していたが……最早話し合いの余地は無いと自身もディスクを抜き放った。それと同時に、幾つものD・ホイール達が一斉にデュエルモードを起動していく。
「……貴様も愚かな選択をしたものだ。この数に勝機があるとでも?」
低く唸る慶爍の憎悪を合図に、複数のホイーラー達から打ち出された『紅い鎖』が蜘蛛の糸のようにユウへと向かっていく。しかしそれは、ユウの前に飛び出した人物によって一身に受け止められた。
「……何?」
丈の長い、白いコートがふわりと翻る。
ブロンドの髪を掻き揚げながら、ユーギ=ムトウはにこやかにユウへ微笑みかけた。
「取り巻き共の相手は僕が務めます。貴方は心置きなく彼と戦って下さい」
自分がその状況に置かれる『つもり』だったことなど棚に上げて、ユウは彼の正気を疑った。
対戦形式は恐らく、多対一が可能になるバトルロワイヤルモード。慶爍の言う通り、この人数差ではまず勝ち目は無いだろう。
それに、恐らく相手のデッキはこうした事態を見越してバーン系のデッキで統一されているだろう。数刻前の決闘から既にバーン対策のカードをデッキに仕込んでいたユウとは違い、ユーギのデッキにはそんな僅かな『可能性』すら無いのだ。
そんなユウの心中を察したかのように、ユーギは不敵にディスクを構えながら言った。
「大丈夫ですよ、僕は負けません。何故なら……」
それがさも当然のことのように、ユーギは言い切った。
絶対の自信や、根拠の無い慢心とは違う。そう、例えるなら――。
「猿が木から落ちることはあっても、林檎が木に上ることは無いでしょう? 『
**
日々せわしなく開発、研究が進むアトランタの開拓プラント。
ある程度の調査が進み発掘作業も完了した区画は、十数人の研究員達がデータ測量の為に残っている程度で、警備もそこそこに人影もまばらだ。
かつては多くの人々が集まる『競技場』のようなモノだったと考えられている、とある一区画もその例に漏れない。薄青の闇に包まれた海底の明け方、僅かに明かりが漏れる仮設テントの中では研究者達が数字の羅列と格闘していた。
開発区画であるため、周囲には民家すら見当たらない。近くの道路もその大きな道幅に見合わず、時折どこか別の区画へと向かう重機や物資を積んだトラックが走り抜けていくだけだ。
そんな寂れた静寂の中にあった研究者達の『仕事場』は、突如として占領された。
プラントへ入る為には検問を通らなければならないという伸びきった『安心感』と、まさか自分達がという慢心がまとめて一突きにされたような、そんな一瞬の出来事だった。
警備として出入り口で配置についていたセキュリティ隊員の2人は、異常を連絡をする間も無く『紅い鎖』によってDパットのコントロールを奪われ、呆気なく敗北を喫し。テントの中で作業を行っていた研究者達も、乗り込んできた狐面の男達によって身柄を拘束されてしまった。
それまで順調に作業が進められてた研究機材は好き勝手にいじり回され、どこからか持ち込まれた得体の知れない機械に次々と繋がれていく。研究者達は皆、そんな様子を歯痒そうに見つめていた。
「セキュリティ共の警護がまさかあれだけ、とは……青の連中は『この場所』の有り難味を分かっとらんかったようだの。こんなにも事が上手く運ぶとは思わなんだ」
占領したテントの奥で、朝になって出勤してくる研究者のリストをライダースーツから白衣に変装した『同志』に手渡しながら、白髭の老人達はくつくつと嗤った。
四方老と呼ばれる彼らは、それぞれ特徴的な輪郭の顔を頷かせるが……そんな中で角ばった輪郭の老人は声を渋らせる。
「……だが、十二支柱の回収は中々に捗らんようだの。この地にあった2枚も、回収には少し機会を見なけりゃならんようだと……」
「十二支柱の回収は後回しでもよかろうて。既に『幻魔』の
細長い輪郭の老人が何かを言いかけた直後。彼らが手にしていた『幻魔』のカードがそれぞれぼんやりと光を放ち始めた。
赤、黄、青。
鮮やかな色彩を放つそれらはどこか禍々しく――そんな光を受けて輝く老人達の濁った瞳は、混沌と渦を巻いているように見えた。
「……見ろ。十二支柱が揃わずとも、この通りしっかりと息づいておる」
「やはり何処の伝承とも知れぬカードなどより、我等の地で古来より伝わる『呪い』の方が破滅を呼び込む一滴としては優秀だったようだの……」
そんな会話がひっそりと交わされていたテントの外で、小さなドーム程はあるだろう円形に窪んだ遺跡の跡を、鼻歌を歌いながら少女が一人、無邪気に歩く。
「~♪」
かつては栗色だった髪は銀色に輝き、どこか鎖のようにも見える長く大きな二束の三つ編みがサラサラと揺れる。そんな少女の手元では、陽気な鼻歌に合わせて白い狐面がくるくると回っていた。
前をはだけた独特な形状の赤いコートは、人工的に送り込まれる換気風を受け花弁のようにヒラヒラと舞い、間から覗くピッタリと張り付いた黒のインナーは豊かなボディラインを浮き立たせる。
程よく肉付きの良い脚はコツコツと編み上げのブーツを鳴らし、ガラスを鳴らしたような澄んだ鼻歌に合いの手を入れて――そのどこか子供っぽい彼女の姿は、ユウの記憶にあるものとそう大差はない筈だった。
生死を賭けたデュエルの中で、力尽きた相手に向かって攻撃を加える。
そんな歪んだ姿さえ、無かったら。
「~♪」
気分良く口ずさんでいるのは、かつて彼女自身が憧れ、夢見た赤き
遺跡のあちこちで準備が進められていく中、彼女は待ち望む。
いくら注いでも満たされない、そんな自分を『楽しませてくれる』デュエルを。
「早く、次のデュエルがしたいなぁ……♪」
そう。彼女の背後に打ち捨てられた、
真面目な話が続いております。
先生……おっぱいとか……書きたいです……