遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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第57話 終焉へ至る願い

 (アトランタ)の朝は、まとわりつくような湿気に包まれていた。

 海底という水分の多い土地柄故に、人工太陽が本格的に始動する朝方はむんとした湿気が立ち上る。それも昼になる前には空気循環・清浄のシステムが作動すれば『一時の風情』としてどこかへ流れていくのだが――。

 そんな独特な匂いが鼻を付く中、ひっそりと佇む遺跡の開拓プラントに足を踏み入れたユウ達は、その雰囲気の異様さに自然と身を構えた。

 

「……こいつらも、アンタの同志って奴か?」

 

 遺跡を調査しているらしい白衣の男達。その眼鏡の奥に光る鋭い眼光は、どう見ても『普通』じゃない。過去を見据え、真実を見極める研究者の博識高い目とはあまりにかけ離れた――血に飢え、爪を研ぎ澄ました獣の目だ。

 

「当然だ。既にこの遺跡は我らが拝借させて貰っている」

「成程、これはまた見事な乗っ取りを……」

 

 彼らは突然の訪問者に怪訝な眼差しすら向けることなく……拘束され、自由を奪われた慶爍の姿を見るや殺気を剥き出しにしてディスクを起動していく。

 しかし、そのまま『闇のゲーム』を行えば慶爍を巻き込むようにユウ達が身を寄せて固まると、研究員の皮を被った『彼ら』はそれ以上踏み込んで来なかった。

 

「同志達よ、案ずるな。彼らをこのまま四方老様の元へお通しする。道を開けてくれ」

 

 慶爍が低い声でそう言い放つと、研究員達は無言でディスクを下げていく。

 

「へぇ、随分と大人しいですね。てっきりここで僕達を袋叩きにするものかと」

「その必要は無い。これ以上、幻魔の『糧』が減っては儀の遂行が危ぶまれる」

「さらりと言ってますが……それ、同志さん達に聞こえてるんじゃないですか?」

 

 声を潜めるでもなく言い放った『糧』という言葉は、周囲を取り巻く彼らにも確かに聞こえている筈なのだが――動揺が広がる様子は無い。

 

「……ここにいる者達は皆、自らの役目を弁えている」

「そういうこと、ですか。本当に絵に描いた様な『犯罪組織』だ」

 

 そう呆れたように吐き捨てたユーギの発言に、慶爍は岩のような厳つい目を向けて睨み返した。

 

「……貴様が言えたことか、(ユートピア)の狗め」

「さて? 何のことやら」

 

 思わず萎縮してしまいそうな地鳴りじみた声にも臆することなく、ユーギは僅かに肩をすくめたのみ。それからは誰も口を開くことなく、ユウ達は慶爍を先行させて遺跡の奥深くへと進んでいった。

 

 階段を降り、狭い通路を少し進んで、また階段を下りて。転々と通路を照らす小さなライトの明かりを頼りに、一向は地下へ地下へと降りていく。

 そんな、どこまでも続くかのように思われたそれは――突如として終わりを告げた。

 

 丁度地表に現れているのと同じ大きさの、円形に開けた巨大な空洞が現れたからだ。

 

「……これは」

 

 その意外なまでの広大さに、ユーギが思わず感嘆する。

 無数に立ち並ぶ四角柱の石柱は何本かが倒れていたが、それでもこの空間を維持するのには十分な強度を保っていたのだろう。流れ込んでいた土砂は発掘チームによって見事に取り除かれ、かつて何かの『競技場』であったと推測されたそれは、在りし日の姿のまま悠然とそこに存在していた。

 しかし、研究員達の目によって鑑定されたその推測を知らないユウの脳裏に過ぎったのは――おぼろげながらも記憶していた『伝説』の一片だった。

 

「……どういうことだ」

「おや、何か心当たりでも?」

 

 ユウの漏らした呟きを興味深そうに聞き返すユーギに、ユウは眉を寄せながらも答えた。

 

「……俺の世界で噂になっていた都市伝説がある。ここは、その話に出てくる場所にまるで瓜二つだ」

「……その、都市伝説とは?」

 

 視線を前方に見据えたまま、少しだけ間を置いて。

 ユウは思い出を語るようにぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……どこかの無人島に存在する『デュエルアカデミア旧校舎の地下』に、デュエルモンスターズを喰い尽くす『悪魔』が封印されている、というものだ」

「悪魔、ですか」

 

 かつて、デュエルモンスターズのカードが『一時使用不能』になった事件があった。

 嘘か真か。その事件を引き起こした原因とされるカードが、今もデュエルアカデミア本校跡の地下に封印されている。それはいかにも子供が好きそうな、単なる噂話の筈で。

 自分の両親も子供の頃に聞いたというその噂は、『アカデミアの英雄』と共に長く語り継がれ――自分にデュエルを教えてくれたあの少女も、楽しそうによく話してくれた。

 

「子供の頃にテレビで特番が組まれたりしてな。事実、その旧校舎の地下は番組中で発見された」

「では、その『悪魔』とやらもそこに?」

 

 どこか楽しそうなユーギの問い掛けに、ユウは静かに頭を振って答える。

 しかし二人の視線は、決して動くことはなかった。

 

「……いや、そんなモノはどこにも無かった。子供心に少し落胆したのを覚えている」

「そのお話を聞いている僕としても残念です。その悪魔とやらを是非ともこの目で見たかった」

「……白々しい奴だ。お目当てのモノなら()()()()見えているだろう」

 

 赤、黄、青。

 三色の邪悪が漆黒の中でぼんやりと形を成し、巨大な影となって蠢く。

 

「――さあ、何のことやら」

 

 その眼下でぽつりと浮かぶのは、背を折った細く小さな影が4つ――恐らくは、アレが四方老。そして、その傍で落ち着き無く動き回る花弁のようなシルエットが1つある。

 むせ返るような冷たい瘴気が、喉と肺を凍てつかせていく。背筋を撫でる悪寒を放ち続けているのは、恐らく老人達が取り囲んでいる台座に乗せられた『あの3枚』だろう。

 

「……三幻魔。あれがお前『達』の狙いか」

 

 ユウの問い掛けに、ユーギも慶爍も、誰一人として答えを返すことは無く。

 その代わりに、悪魔に魅入られていた4人の老人達を振り向かせた。

 

「……おや。予定とは随分と様子が違ったようじゃが――最後の『糧』は手に入ったようだの、慶爍」

 

 楕円の輪郭をした老人の言葉に、慶爍は深く腰を折って一礼した。

 先のユウの問いを押し流すように、ユーギは即座に老人の言動に切って返した。

 

「この期に及んで僕達を『糧』と? 随分と舐められたものですね」

 

 ユーギはそう言って、横目でユウへと同意を求めたが――そのユウの視線はただ真っ直ぐに、老人たちの向こうにいる少女へと向けられていた。

 

 男達の狙いが幻魔なら、ユウの望みはその向こうにある。

 

「……探したぞ、陽依(ヒヨリ)

 

 我関せず、といった様子だったその少女はくるりと振り返ると、不思議そうに小首を傾げて言葉を返した。

 

「ん? あたし?」

 

 ふわりと翻る、二房の長い三つ編み。髪色はかつての栗色とは似つかない白銀に染まっていたが……妙に子供っぽい顔立ちは決して記憶の中のソレと変わらない。

 その少女――ヒヨリはしばらくユウの顔を眺めていたが、ぱっと何かを思い出したように声のトーンを上げてはしゃいだ。

 

「ああ! キミ、こないだの大会で会ったよね! わざわざ会いに来てくれたんだ?」

 

 でしょでしょ? と得意げに同意を求めてくるヒヨリ。

 そんな純真な視線を受けたポーカーフェイスは、ただ静かに頭を振って返した。

 

「……ふざけているなら、いい加減にしろ。今まで何があった、何故こんな連中に手を貸している」

「あれ、えーっと……違った? ごめんね、あたし人の顔とか名前覚えるのニガテでさ」

 

 かみ合わない会話の歯車が、ギリギリと不快な音を立てる。

 その内、ヒヨリは何か思い出したように一瞬目を見開くと、きっと眉を吊り上げた。

 

「……っていうか! 思い出したけど、キミこの前もそんなコト言ってたよね!? あたしはキミのことなんか知らないって言ったでしょー!?」

 

 ぷぅ、と頬を膨らませるヒヨリ。その仕草こそ可愛らしいものではあったが――ユウと彼女との経緯を知るユーギにとってそれはとても薄気味の悪い光景に見えた。

 

 聞いていた印象と、何ひとつとして変わらない。そんな中でただ1つだけ、彼女の中の決定的な何かが欠落している――それはまるで中身(ぬくもり)の無い機械人形。

 

「……彼女、どうやら記憶を無くしているようですが?」

 

 声をひそめてユーギが問い掛けると、ユウは小さく頷いた。

 

「……大会で会ったときから、もしやとは思っていた。だからこそ――」

 

 白き放浪の騎士がディスクを構える。

 始めから話してどうにかなるようなら、既に大会(あそこ)で終わっているのだ。

 

「――こいつ(デュエル)で、語る他無い」

 

 何があったのか、何を考えているのか。

 ソレを確かめる為に引き抜いた剣は――その咆哮を鳴らすことなく、ユウの四肢と共に自由を奪われた。

 何を、と開きかけた口は、ヒヨリの言葉によって塞がれた。

 

「駄目だよ、まだ♪」

 

 デュエルを強制する筈の呪われた紅い鎖は、暗闇のあちこちから無数に伸ばされ――ユウやユーギ達の四肢、そして起動を妨げるかのようにディスクもろとも縛り上げたのだ。

 

「ははは……これはまた、何とも」

「……どういうつもりだ、ヒヨリ」

 

 静かに怒りの炎を瞳に灯すユウに、ヒヨリはにっこりと微笑んで答えた。

 

「それはこっちのセリフだよ。あと少しで『この子達』が『全力』になるってときに、邪魔しないで欲しいな?」

 

 この子達、と言ってヒヨリが手を向けたのは、背後で蠢く3体の悪魔達の影だった。

 

「お前は……」

 

 いくら記憶を無くしていたと分かっていても。

 彼女に何があったのか知る術が無かったとしても。

 

 デュエルという対話の手段を拒絶されたユウにとって、その光景は脳の導火線に火を灯すのに十分過ぎる熱を持っていた。

 

「……ソレが『伝説』の通りに目覚めればどうなるか!! 『アカデミアの英雄』に憧れたお前がそんなことも忘れたのか!?」

 

 空虚に広がる闇を震わせ、ユウが声を荒げる。

 しかし燃え上がる白炎のような気迫に面食らったのはユーギだけで、熱を持った叫びを向けられた当の本人はけろりとして答えた。

 

「ううん、知ってるよ?」

 

 至って不思議そうに。

 何故自分が責められているのか分からない、といったように小首を傾げて。

 

「デュエルモンスターズの『精霊』は幻魔にみーんな食べられちゃう。そしたらカードは真っ白になって、デュエルモンスターズは『消滅』する……だよね?」

 

 ユウの中で立ち上った炎が、たちまち闇の中へと燻り消えていく。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 何のためにここまで来たのか。自分とは無関係な人間を巻き込んでまでここに辿り着いた、その理由を今一度胸に刻みつけながら、ユウは吼えた。

 

「知っているなら何故!! お前が、アンタが好きだと言ったデュエルが消えてもいいと――」

「それは普通に嫌だよー? だから、あたしが止めるんじゃない」

 

 ギリギリと、歯車が噛み合わない。

 耳障りな不協和音は、互いの声を掻き消していく。

 

「……何?」

「皆の『デュエルエナジー』を吸い取って、『この子達』がホンモノになって。いよいよ世界征服スタートってときに、あたしが戦うの」

 

 ユウの言葉を、不気味に蠢く歯車が砕いては飲み込んでいく。

 

「何故、そんなことを……」

「だって、後で変な言い訳なんてされたくないもん」

「……言い訳、だと?」

 

 ユウの問い掛けに、ヒヨリは困ったように眉を寄せて答えた。

 

「あれが無かったら勝ててたとか、あれがあったから負けたとか……そんなのはもうウンザリ。デュエルは真剣勝負なんだから、お互いベストなコンディションで戦わなきゃ」

 

 デュエルの理想を語るその姿は、ユウの覚えている彼女の姿と何ら変わりはなかった。

 だが、その根底にあるものは、似ているようで、決して違う『何か』。

 

「負けるのは、あくまで自分が弱いからでしょ? 他に言い訳なんてしたくないし、させてやらない」

 

 ジャラジャラ、とヒヨリの手元で鎖が揺れる。

 愛おしそうに鎖を撫でながら、ヒヨリは続けた。

 

「だからね、おじいちゃん達にだって『この子達』にだって、あたしと『全力』で戦って欲しいんだ! ()()()()()全力でぶつかり合う、それが『楽しいデュエル』なんだから♪」

 

 ヒヨリの目が、爛々と輝く。

 天真爛漫な少女の瞳はその面影を残したまま、汚泥ような不気味な冷たさで満たされていた。

 

「……何が、お前をそこまで……」

 

 そこから先の言葉を詰まらせたまま、ユウは何も問い掛けることは出来なかった。

 あまりにも変わり果てたヒヨリの『内側』を感じ取ったユウは、妖しげな光を灯す瞳を見ていられず、視線を落としてしまった。

 

「そういう訳だから、少しだけ待っててよ。キミが『この子達』に齧られてもまだ大丈夫だったら、そのときは改めてデュエルしてあげるからさ?」

「あー……Scusi(スイマセン)、巫女さん? 僕は幻魔の再現を邪魔するつもりはありませんので、どうか見逃して頂く訳には……?」

「駄目だよ、キミは私の代わりに『倒す』つもりでしょ? 目がそう言ってるもん」

 

 あっさりと提案を却下され、ユーギが肩をすくめる。

 

「さ、おジャマ者も静かになったところだし……早く『この子達』の目を覚まさせてあげて?」

「……堂々と『倒す』と宣言された傍から予定通りに事を進めるのは癪じゃが……まぁ、よかろう。お主如きに止められるようなモノであったなら所詮その程度であった……ということ」

 

 そう言いながら、四角い輪郭の老人が杖をつきながらヒヨリの手を取ると、そのまま台座に納められた幻魔のカードに添えた。

 

「なれば。呪い受けし巫女よ、お主が望む『世界』を幻魔に願うが良い」

「えー? うーん……世界とか、良く分からないんだけど」

 

 ヒヨリの体を、淡い紅色の光が包んでいく。

 紅き鎖が周囲に張り巡らされ、まるで棘茨のように醜悪に漂う。幻魔の放つ三色の邪悪に照らされて尚、ソレは妖しく揺らめいていた。

 

「あたしが望むのは、1つだけ」

 

 ヒヨリの唇が大きく開き、告げる。

 

 

 

「皆と、『楽しいデュエル』がしたいな!」

 

 

 

 瞬間。紅き光が爆ぜた。

 地の底から、悪魔の咆哮(こえ)が響く。

 

「――陽依ッ!!」

 

 巻き上がる風の渦の中、思わず少女の名を叫んだユウは――ディスクに装填された自分のデッキが光っていることに気が付いた。

 

「何……!?」

 

 見れば、渦中の中心でコートを靡かせているヒヨリのデッキも同じように光を放っている。まさか――と、ユウは思い当たる。

 

(……『アスタリスクス』のカードが、反応している……?)

 

 ユウの考えは、果たして的を射ていた。

 カードから放たれた光は、渦巻く風に導かれるように三幻魔のカードへと吸い込まれていく。まるで、それは何か『力』を与えるかのように――。

 

「……これで、まずは1つ目。幻魔の力で『デュエルモンスターズ』は消滅する」

 

 ふと横目を見やると、慶爍がこれまでに見たこともないような笑顔を浮かべていた。

 彫りの深い、皺の刻まれた岩壁じみた男の顔には似つかわしくない、少年のように純真無垢な笑顔を。

 

「……1つ目、だと?」

「そうだ、次は歴史を変えるのだ……我ら幻想の紅(クリム・クロア)が繁栄する輝かしき現在(みらい)へと。十二支柱(アスタリスクス)と巫女の力があれば実現する」

 

 そう言って、慶爍は狂喜に満ちた眼差しをユウへと向けた。

 

「貴様らの世で語り継がれる伝承の――《時械神》とやらの力でな……!」

 

 その名を聞き、ユウは1つの仮説を立てた。今も尚、輝きを三幻魔へと与え続ける十二支柱(アスタリスクス)が、一体どういうモノなのか。まだ不鮮明なその答えを。

 

(……こいつらが、アスタリスクスに執着していたのは……!?)

 

 三幻魔も時戒神も。ユウの世界では『破滅』や『終焉』の象徴として語り継がれていた御伽噺の怪物のようなモノだ。存在すら定かでは無かったそれらが、こうして現実のモノとして成り立とうとしている。

 

 つまり十二支柱とは、かつて伝説に語り継がれる英雄たちが退けたそれらを、この世界に『再現』する……そんな力を持つカードなのではないか?

 

「――っ!?」

 

 刹那、ユウは自身の体がズンと重くなるのを感じた。

 芯から熱が抜けていくような、不可思議な感覚――。

 

「これは……思っていたより大喰らいなようですね」

 

 見れば、ユーギも飄々とした笑顔の中に苦悶の色を浮かべていた。

 精霊を喰らう前に、まず決闘者を喰らって力を蓄えようというのか。

 

「ほっほっほ……流石は腕の立つ決闘者共だ。幻魔に齧られて尚、開く口があるとはの」

 

 幻魔の伝説は、恐らく『本物』となってしまうだろう。

 それは何より、自身の体が証明してしまっていた。

 

(……すまない。結局俺は、何も――)

 

 危険に巻き込むまいと遠ざけた仲間達の顔が、脳裏を過ぎって。

 ユウの意識は、そこで途切れた。




10/30 追記

今冬コミックマーケット89に当選してしまいました。
そんなわけで、同人誌原稿作成のため12月上旬頃まで更新を一時的にストップ致します。
ストックが作れなかった非力な私を許してくれ……。

詳しくは活動報告にて。
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