遊戯王*ASTERISKs*(アスタリスクス)   作:kohatuka

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今回、デュエルパートは無しです。次話に続きます。


第5話  アーリー・ビー・バック

 

「お、おお……!!」

 

 ふわりと鼻をつく香辛料の匂いにつられて、ベルは長い感嘆を漏らした。

 目の前のテーブルには、『忘却の青(アトランタ・ブルー)』の一般的な家庭料理の数々がずらりと並んでいる。この地を出たことが無いベルにとって、それらはまさに未知の衝撃だった。

 マガイアで仕入れた食材を使ってアトランタの郷土料理を再現したのは、何を隠そう藍である。一連のトラブルに対しての謝罪と、これからしばらく世話になるからということで夕飯に振舞われたものだが、それらは一同の期待の斜め上を行く豪華なものに仕上がっていた。

 

「皆の口に合うか分からないけど……冷めない内にどうぞ?」

 

 気恥ずかしいのか頬を僅かに朱に染めて、藍はそそくさと席に着いた。 

 小麦粉の皮で挽肉を包み蒸し上げ、肉汁ごと閉じ込めた饅頭のようなもの。淡水の白身魚と蟹等を具材として「本来の味」を再現したという、とろみのあるスープがかかった魚介の焼き飯。

 そして油気の多いそれらをサポートするべく添えられた、後味サッパリの独特な風味のサラダがフィナーレを飾る。どれを箸でとっても、舌鼓は鳴り止まない。

 

「こりゃまた、すげぇな」

 

 目を白黒させながら、流石のクラドも褒めるより先に箸を動かしていた。

 

「あ……わ、わたしも頂きます!」

「ええ、どうぞ」

 

 藍が促すより先に口一杯頬張っていたユウは元より、しばし呆気に取られていたベルも弾かれたように沈黙の食卓に参戦する。

 蟹を食べるときは無口になる、と噂には聞いていたベルだったが、まさか身をもって体験する日が来ようとは思ってもいなかった。

 食べ物の恨みは恐ろしいがその逆、恨みを流すならば食という手段はとても効果的だ。夢中で料理を平らげる一同もソレを見守る藍も、穏やかな表情を浮かべていた。

 料理というものは作るのに幾ら時間を掛けても、消費するのは僅かな時間で足りてしまう。開始十数分で料理の3/4が見事に平らげられた。

 

「っと。美味しい食卓もそこそこに、ここらで真面目な話をしようか?」

 

 クラドは満足そうに口元を拭ってから静かに話を切り出した。

 ベルが姿勢を正し、藍も表情を引き締めるが……ユウだけは黙々と箸の動きを止めない。

 

「まずは姉ちゃんが追っかけてる決闘者失踪事件……『闇のゲーム』についてだ。俺の方でも少し調べてみたんだが、姉ちゃん的にはとっくに掴んでる情報だろうから他の2人に向けての話になる」

 

 ベルと藍がこくりと頷くが、ユウの視線は食卓に向けられたまま、箸は宙を彷徨っている。

 

(ユートピア)で広まってる都市伝説としての『闇のゲーム』はこうだ」

 

 クラドが語りだしたのは、噂話として語られている『闇のゲーム』の顛末。

 心なしか車内に薄暗い影が落ち、おどろおどろしい雰囲気が立ち込めた。

 

「ひょんなことから曰く付きのレアカードを入手した某A君は、そのカードを手にした日から連戦連勝を重ねる。が、ある日怪しげな風貌の男にデュエルを挑まれる訳だ。男はこう言った」

 

 咳払いを一つ払って、クラドは声色を低くして台詞を決めた。

 

「勝てば望むだけのカードをくれてやる。だが、その対価に貴様の魂を賭けて貰う」

 

 その手の話としては定石の展開に、ベルは内心胸を撫で下ろした。

 昆虫や猛獣を相手にしてもケロリとしている逞しきネイティブ女子も、こういったオカルトホラーは苦手だったりする。

 

「連勝を重ねて気の大きくなったA君は意気揚々と承諾、いつも通りに審判員機構を呼び出すが……現れたのはどういう訳か普段とは違う、不気味な雰囲気の審判員だ。異常な事態に怯えながらもデュエルは続行されるが――どういう訳か、LPにダメージを受ける度にARの仮想感触を超えた強烈な痛みが、A君の身体を襲うんだ」

 

 デュエルディスクには決闘者の護身用にARを半実体化させる機能が備わってはいるが、それはあくまで護身用の域に留まる。人に重大な危害を与えるような、それこそ兵器として利用できるようなARの半実体化はユートピアでも開発に成功してはいない。

 デュエルのダメージを現実にまで引きずり出すなど、それこそオカルトの域を出てはいないのだ。

 

「痛みに耐えかねたのか、そもそも実力に差があったのか……A君は無残にも敗北、気を失ってしまう。するとA君のデッキから件のレアカードが飛び出し、A君の身体をその小さな紙片の中へと納めてしまう訳だ。男はソレを拾い上げて、満足げにカードファイルの中へと丁寧に仕舞い込む。A君と同じように敗北し、閉じ込められた他の決闘者のカード達と共にな……」

 

 クラドはひとしきり語り終えるとぱっと表情を切り替えていつもの調子に戻って見せた。

 

「とまぁ、こんな感じに語られてる。この噂話についてはあくまで創作らしいが、火の無いところに煙は立たねぇ。ソレを証明してんのが、今このネイティブで頻発しているらしい『決闘者無差別失踪』とセンセーの探し物でもある《魂の牢獄》ってカードのことだ」

 

 空っぽになった皿が並ぶテーブルにドンと差し出されたのはクラドのDパッドだ。

 画面には既にユウの持っているものと同じ《魂の牢獄》の画像と、失踪事件のネット記事が表示されていた。

 

「失踪者は全て決闘者。その内の何人かは身に着けていたデュエルディスクが発見されたそうだが、そのどれもが失踪したと思わしき日時にディスクを起動した記録(ログ)が残っていたらしい」

「つまり、被害者さんは失踪する直前にデュエルを……それって」

 

 ベルがはっと目を丸める。

 創作の都市伝説と現実の失踪事件が、繋がりを見せた。

 

「そう考えちまうよな? 世間も面白半分にこの事件を取り上げてる。セキュリティの方は……まぁ、しっかり仕事をしていると思いたいんだが」

 

 ちらり、とクラドが藍に視線を送ると、回答は苦笑で返ってきた。

 

「残念だけど、私が取材していたのは旅団登録審査についての内部実態調査。刑事事件を扱うのは違う部門よ」

「だよな……ま、ともかく噂に乗っかって悪さをしている『犯人』はワンちゃん達に任せておくとして、オカルト(こっち)は俺らが事実を見極めようじゃねーの。なぁセンセー?」

 

 言いながら、クラドは《魂の牢獄》の画像を指差す。 ユウは未だに多くを語らないが、そのカードは確かに実在するという。

 情報を整理するというこの場においては、ミスターポーカーフェイスにも普段の寡黙を取り払って貰わねばならないのだが、当の本人は箸を虚空で静止させたままピクリとも動かない。

 

「おーい、センセー?」

「……すまないが少し外の風に当たってくる。藍、馳走になった」

 

 カラン、と箸を投げ出して、ユウは逃げ出すようにその場から立ち去ろうとする。

 クラドが当然逃がすわけも無く、力強く肩を掴んで引き止めた。

 

「おいおい、そりゃ無いぜセンセー。コレはアンタの大切な探し物なんだろ? 折角情報戦で強い味方が出来たんだ、用心深いのも結構だが……情報を出して貰わねーとコッチも動きようが無いんだぜ?」

 

 ヘラヘラとした姿勢ではあったが、その言葉の端々には強い口調が見え隠れする。

 そんなクラドの意思表示に気付いているのかいないのか、ユウは肩に乗せられた手をゆっくりと振り解き、視線を合わせぬままぽつりと呟いた。

 

「悪いが、今は待ってくれ。いずれは話す」

 

 ポーカーフェイスの味気ない言葉の中に、珍しく切り詰まったような風味が混じる。

 クラドは諦めたように一つ溜め息をついて、抜きかけた感情の剣を鞘に戻した。

 

「……分かったよ。その代わり、約束は破んなよ?」

 

 ユウは背中を向けたまま静かに頷いて、停車中の車内から外へと出て行った。

 ベルが不安げに、藍が目を丸めて見送る中、どっかりとクラドが腰を下ろした。

 

「ごめんな姉ちゃん。センセーはまだ話したくないとさ」

「構わないわ。信用してくれるまでじっくり待たせてもらうから。まぁ、早速胃袋の方は上手く掴めたみたいだけどね?」

 

 くすくすと、藍は綺麗に平らげられた皿を見て微笑む。

 各大皿の様子は塵一つ残さず、といった風。綺麗に平らげたものだ。

 

「ハハッ、違いねー。さて、美味しく頂いたあとは片付けるとしますか。無論、一番大変な皿洗いはセンセー用にちゃんと残しておくように」

 

 皿洗いをするユウの姿がどうにも想像できなくて、ベルは思わず苦笑いした。

 さて片付けと食器を纏めたベルの目に、ふと件の画像を写したDパッドが目に留まる。

 

(……もし、本当に) 

 

 虚ろな表情で牢獄に囚われた、白き文明の出身と思わしき可憐な少女。

 歳は恐らく、ユウと同じ位であろう。

 

(本当に、このカードが人の魂を封じ込めたものだとしたら……)

 

 このカードに囚われている少女は、ユウにとって一体どんな存在だったのだろうか。

 

 

   **

 

 

 カタカタと、女性陣の寝室にせわしなくタイピング音が鳴り響く。

 藍のDパッドに接続された見慣れないソレと光景を、ベルは不思議そうに眺めていた。

 

「……すごいですね。何だか手だけが別の生き物みたい」

「くすくす。褒めても何も出ないわよ?」

 

 そうは言いつつしっかり頬を緩ませる藍だが、ベルが比喩した通りその繊細な指先は絶えずキーボードを叩いている。

 Dパッドの文字入力は液晶画面上でも可能だが、簡単な文字入力ならまだしも長時間かつ長文を書き続けるには操作性が悪い。藍のように『書く』ことを仕事としている者はオプションパーツのキーボードを所持している場合が殆どだ。

 

「毎日キーを叩いていれば、ベルちゃんだってすぐにこれ位打てるようになるわ」

「そういうものですか? わたしどんくさいから指が絡まっちゃいそうですよ」

 

 それまで1人だった寝室に、演技とはいえ色々と敵意をぶつけ合った女性がプラスされた。どこかぎこちない両者の距離は、どちらからでもなくジリジリと詰まっていく。

 

「お仕事、ですよね? わたし部屋の外に出ていましょうか?」

「そんなに気を使わなくて大丈夫よ、むしろ話し相手が欲しいくらい」

 

 それじゃあ、とベルはテンプレートに沿って質問を投げかけていくことにした。曲がりなりにも元客商売だ、会話のやりとりなら自信がある。

 最も、相手は殆ど酔っ払いばかりでまともに会話が成立したのは少ないのだが。

 

(アトランタ)って、どんなところなんですか? わたし他の大陸のこと全然知らなくて」

「どんなところ、ねぇ……ベルちゃんは青についてどれくらい知ってる?」

 

 正直な話、この一行に加わるまでインターネットの世界すら見ることが出来なかったというのがベルの現状だ。有名な観光スポットはおろか、風景を納めた画像すら見たことが無い。

 

「ええと……あはは、すいません全く」

「そうなの? なら私も語り甲斐がありそうね、まずは何から話そうかしら……」

 

 嬉しそうな笑顔で思案しつつも止まらない藍の指先。ベルは改めて目を丸くした。

 

「ベルちゃん、どうして青が『忘却』なんて呼ばれているのか分かる?」

 

 当然、ベルは首を横に振った。

 審判員機構やAR、半立体映像などを生み出した高度な『文明』を有する『(ユートピア)』。

 その殆どが『未開拓』である広大な大地を持ちながら、他大陸の侵略を受け入れるしか無い『(ネイティブ)』。

 これまでにベルと関わりのあった大陸名の由来は何となく分かったが、忘却とは一体何のことを指すのだろうか。

 

「青はね、正確には大陸じゃないのよ。5大陸の中心に広がる巨大な海洋のことを指すの」

「え?」

 

 予想通りの驚きを見せたベルに、藍は満足そうに微笑んで続けた。

 

「最も、大昔には陸地もあって文明も栄えていたそうよ。だけど……地殻変動、要するに地球の動きに合わせて大陸が少しずつ移動していくことなんだけど、それに伴って青の大陸も海底に沈んでいったらしいわ」

「たっ、大陸が海に沈んじゃうんですか?」

 

 不安げに聞き返すベルに、藍は片手を振って答えた。

 

「大丈夫よ、年間に数ミリ程度、なんて気の遠くなるようなスピードで動いているものだから、今日明日で沈むようなことは絶対に無いから」

「そうなんですか……良かった」

 

 ほっと胸を撫で下ろすベルを見て頬を緩めつつ、藍は続ける。

 

「それから長い長い年月が経って、青の『元大陸』は人々から忘れ去られたわ。ところが今から200年ほど前、海底資源の調査に乗り出た白が青の文明遺跡を発見したの。古代に栄華を築いた幻の大陸。それが再び人々の前に浮上した世紀の瞬間……当時は大騒ぎだったみたいね」

 

 記者としての気質なのだろうか。青大陸発見の様子を語る藍の目には、どこか憧れのような熱い情熱の色が灯っているように見えた。

 

「それからは急速に話が決まっていったらしいわ。過去の文明を復元しよう、最新技術を用いて海底都市として……僅か数十年で、広大な海洋の下に第6の大陸が復活を遂げたわ。それが『忘却』と呼ばれるに至った由来よ」

 

 出身者である藍の口から語られた、青が辿った長い歴史の道筋。

 ベルはただただ感嘆を漏らして、しかしふとした疑問がその間を縫って出た。

 

「あれ? でもそれじゃあ、青に住んでる人達は……」

「ええ、そうよ。元々は白や他の大陸から移住してきた移民の子孫が殆ど。私の祖父母も白の出身なの。若い頃は独立運動やら差別問題やらで大変だった、ってよく聞かされたものだわ」

 

 懐かしそうに目を細める藍。僅かに語られたその言葉の端々から、復活を遂げた青が短い年月の間に複雑な問題を解決して来たことが伺えた。

 

「へぇ……でも、海の下にある大陸ってわたし想像がつきませんよ」

「基本的には一年中夜みたいな感じかしら。太陽光が届かないから、特殊な照明で擬似的に昼夜を再現してはいるんだけど……それでもやっぱり、地上(こっち)の昼に比べると少し変に見えるかも。あ、そうだ」

 

 急に思い立ったように、藍はキーを叩く手を止めてバッグの中を探り始めた。

 取り出したのは2枚ほどの、写真を使用したポストカードだった。

 

「観光のお土産用に作られたポストカードなんだけど……雰囲気は大体こんな感じよ」

 

 写真に収められていたのは、青の都市部を写したものだった。遺跡から再現されたという独特な景観の高層ビルが立ち並ぶ街中を、車や人々が往来している。色とりどりのネオンが輝く様は美しいが夜景というにはどこか空の色は明るく、青っぽく見える。

 

「こっちが昼間の青の姿よ」

「はえー……なるほど、確かにちょっと変な感じです」

 

 こちらで言えば早朝か夕刻過ぎか、という程度だ。コレを昼間と言い張るには、地上基準ではいささか無理がある。

 

「これでも少しは明るくなった方なのよ? 照明装置の改良は、研究者も技術者も血眼になって進めているのだけどね」

 

 事実、初期には日光を浴びないことで移民に様々な悪影響が及んだらしい。技術の進歩により現在は大幅に改善されたそうだが、海底生活というのも中々に大変そうだ。

 

「そうなんですか……その照明が完璧に昼間を再現できるようになる前に、実際の青に行って『暗い昼間』を見てみたいです」

「くすくす、その気になれば、何処にだって行けるわ。ベルちゃんが青に行くときは、私が色々と案内してあげたいな。青の料理はどの店だって美味しいから、きっと1人じゃ選べないでしょう?」

「わー、そんなに迷っちゃうほど美味しいお店があるんですか!? えへへ、今から全力で頬っぺたが落ちそうです……」

 

 先程平らげた藍の料理を思い浮かべて、ベルはにへらーとだらしなく顔を緩めた。

 

「さて、と。ベルちゃんと楽しくお話出来たおかげで、原稿もあとちょっとで完成しそう。もうひと踏ん張りね」

 

 んー、と身体を伸ばす藍の背中に、ベルがのそのそと這い寄る。

 

「お疲れ様です」

 

 華奢な肩に手を掛けると、そのまま慣れた手つきでマッサージを始めた。

 

「そんな悪いわ、肩もみなんて……」

「いえいえ、気にしないでください。それにわたし、マッサージは結構得意なんですよ?」

「そう? じゃあお言葉に甘えてお願いしようかしら」  

 

 自信を持って宣言した通り、ベルのマッサージは心地良かった。

 どうしても長時間、同じ姿勢でキーボードと向き合わなければいけない藍の疲労した肩が丁寧に揉み解されていく。

 リラックスした姿勢のまま、それでも藍はキーボードを叩き続けた。

 

「やっぱり、こういうお仕事をされてる方って肩こりが凄いですね。わたしなんかとは比べ物にならないくらい」

「あら? ベルちゃんもそんな歳で肩こりするの?」

 

 カタカタ、とキーを叩く音が一定のリズムを調子よく刻む。

 

「はいー、無駄にお胸が重いせいでしょっちゅう――」

 

 カタン、と。

 キーボードを叩く手が、ピタリと止まった。

 

「? 藍さん?」

 

 ひょこ、と藍の顔を覗きこもうと前に回ったベルは、しばらくして自分が『地雷』を踏んだのだと気が付き、顔を真っ青にした。

 

「……そう、それは。とても大変そうね」

 

 にっこりと笑顔を浮かべたまま、藍は左手をキーボードに、右手を胸に置いてそう呟いた。

 

「あ、あの……」

「羨ましいわ、本当に。私には到底、想像すらつかないから……」

 

 長く艶のある黒髪に整った顔立ち。モデルのようにスラリと伸びた長身は、女性らしい流線のボディーラインを描いている。

 所轄美女と呼ばれるに相応しい藍。他の全てが完璧であるが故に一際目立つその部分。

 

「あるのか無いのか分からない私の胸には……重さなんて感じられないものね」

 

 美人決闘記者、藍湊峰。

 一見完璧な彼女が抱えるコンプレックスは、悲しいほどに薄いバストだった。

 

(も、もしかして藍さん……あのときのって)

 

 ベルの脳裏を過ぎったのは、旅団審査の1シーン。

 唐突に胸を出され、揉みしごかれた意味不明のボディーチェック。

 

 ――年齢の割りに随分と大きいのですね。失礼しました。

 

 あの無表情の仮面の下で、彼女は一体何を思ったのか。

 きっと、今と同じように静かなる青い炎を燃やしていたに違いない。

 

「何で私は肩がこるのかしら? 大したモノもぶら下げてないのに」

 

 まずい。藍の何かしらが『ピピピピ……』と音を発しながら際限なく上昇していくのが分かる。

 このままでは確実に取り返しのつかないことになる。何とかしなければ。

 

「あー、えっと……」

 

 手札の対策(カード)を広げる。どうする、どうするよわたし。

 

「お、お胸ばっかり大きくても、いいことなんか無いですよ!? 酒場にいたときはお客さんに「馬鹿っぽい」とか「アホっぽい」とか散々言われましたし……!!」

 

 ベルが切ったのは、ひたすらに自分がへりくだるというビジネスマンさながらの低姿勢攻撃だった。

 

「男の人は何故かわたしの顔じゃなくてお胸を見ながら話すんですよ!? というか、わたしなんかお胸以外は子供体型のズンドーですから、魅力もへったくれもありません!!」

 

 何故、こんな悲しい自爆特攻を繰り返さなければならないのだろう。

 ベルの精神的ライフが音を立てて削られていくが、未だ笑顔の鬼神を打ち破る突破口は見えない。

 こうなればもうヤケだ。持てる手段(てふだ)を全て使い切って立ち向かう他無い。

 

「ほら、見てください!? こんなちぐはぐな身体なんか全然羨ましくないでしょう!?」

 

 寝巻きの上着をすぽーんと脱ぎ捨て、鬼神と化した藍の前に裸体を晒す。

 が、その衝撃で揺れた『年齢の割りに随分と大きい失礼なソレ』が見事な起爆剤となってしまった。

 

「……まぁ」

 

 それはいつかの再現。

 むんず、と力強く鷲づかみにされたベルのマシュマロンは、グニグニと凶悪な形に姿を変えられていく。

 

「イタイ!? イタイです藍さん!?」

「あてつけ? あてつけなのかしら? 丁度貴女くらいの歳から成長が止まってしまった私への……」

 

 ドタンバタンと逃げ回るベルだが、笑顔の鬼神は攻撃の手を緩めない。

 

「ひいっ!? 嫌ぁ!! 引っ張らないでくださいぃ!?」

「くすくす。引っ張れるだけのお肉があることに感謝すればいいじゃない……」

「おっ、お胸が小さくたっていいじゃないですかっ!! わたしなんかこの間の街で「変な臭いがする」とか言われたんですよ!? それに比べれば全然マシじゃないですかぁ!!」

 

 ひーん、と遂には泣き喚くベルを尻目に、鬼神の連続攻撃は遂にマウントポジションをとっての危険な状態に移行した。

 

「分かるものですか……持たざる者の苦悩が、持つ者なんかに……」

 

 もう駄目だ。引き千切られる。

 ベルがそう覚悟した刹那、ゴトンと何か重たいものがぶら下がったような物音が木霊した。

 2人が揃って顔を向けると、入り口の前で生首のようにぬっと顔だけを覗かせたユウが居た。

 

「……クラドから言伝だ」

 

 節度保持の為に梯子はちゃんと2階に上げておいたのだが、懸垂の要領で登っているらしい。男性決闘者は基本的に身体を鍛えているというが、ユウも例に漏れないようだ。

 

「『胸の大きさで女性の魅力は測れないし、メイドちゃんは変な臭いなんてしない。だから早く静かに寝てくれ、仕舞いには大小どっちも揉み倒すぞ』。以上だ、ちゃんと伝えたからな」

 

 上半身裸のベルの上に跨り胸を揉む藍、という異常な光景を前に何のリアクションも示さぬまま、不動のポーカーフェイスは静かに顔を引っ込めた。

 冷や水でも掛けられたような静寂が訪れる。しばらくして、下のほうからパチパチとカードを切る音が聞こえてきた。恐らく、ユウがいつもの『1人回し』を始めたのだろう。

 

「……ごめんなさいベルちゃん。年甲斐にもなくはしゃいでしまったわ……」

「いえ……わたしの方こそ何かすいませんでした……」

 

 いそいそと乱れた衣服を直し、2人は静かに布団の中へと潜り込んだ。

 

 

   **

 

 

「さて、次に立寄るのは商売で賑わう交易街『コーガム』だ」

 

 朝食を済ませ、一同が集うリビングスペースでクラドがいつも通りに行動指針を発表した。

 

「目的はいつも通り決闘者のスカウトと、例のカードや事件についての聞き込みだ。こっちの情報収集系はセンセーと姉ちゃんにお願いしたい」

 

 ユウは静かに目を瞑り、藍は柔和に微笑んで了解の意を示す。

 

「メイドちゃんは食料と日用品の買出し。そんで俺は……今回ばかりは気合を入れていかせて貰うぜ? 大会に向けて、ありったけ強力なカードを仕入れてくる!」

 

 腕を捲くってふん、と鼻息を鳴らすクラドに注目が集まる。

 商業の盛んな交易街ということで、彼の手腕が遺憾なく発揮されることだろう。

 

「やっぱ手持ちの在庫じゃ限界があるからな……皆のデッキが強化出来るように極力尽くすつもりだから、何か欲しいカードがあればリストを書いておいてくれ!」

「頼もしいわね。それじゃ遠慮なく希望を書かせて貰うわ」

 

 頬に手を当てて思案している藍の様子を見ながら、ベルも自分が何のカードが欲しいのか考えてみることにした。

 まずは『必須』とさえ呼ばれている、汎用性の高い制限魔法・罠カードだろうか。どんなデッキでも特に理由が無ければ投入されている、1枚で強力な効果を発揮するカード達だ。

 相手の墓地からでもモンスターを蘇生出来る《死者蘇生》、フィールド上の魔法・罠を問答無用で全て破壊する《大嵐》。

 総じて値は張るが、シンクロやエクシーズモンスターに比べればまだ良心的な方だ。今の寄せ集めデッキにこれらのカードが投入するだけでも、大分安定して動くようになるだろう。

 少し欲張りかも知れないが、折角のお言葉に甘えさせて貰おうとペンを走らせたところで、ベルがはたと思い立つ。

 

「あ、皆さんはカード以外の物資で何か欲しいものはありますか? わたしも買出しのときに一緒に探してきますよ」

 

 情報収集もカードの仕入れも出来ないベルが、この旅団の為に役立てること。

 所詮は下働きかもしれないが、それでも力になれるなら全力でやり遂げるだけだ。

 

「お、そうか? そしたら個人的な買い物を頼もうかな?」

「助かるわベルちゃん、メモに書いておけば良い?」

「はい、それでお願いします。わたしもご要望に応えられるように全力で頑張りますから」

 

 やはりユウからの返答は無かったが、いつものことだ。

 向かいの席でカードに目を通しているユウに目を向けると、はたと目が合った。

 

「ユウさんは、何か欲しい物はありますか?」

 

 何気なく尋ねてみたものの、恐らく答えは「特に無い」だろう。

 そうアタリを付けていたベルは、間を空けて思案するユウに少しばかり面食らった。

 

「……そうだな」

 

 最終的にベルの元に集まった買出しメモには、しっかりと3人分の要望が書き出されていた。

 

 

   **

 

 

 コーガムの街の景観を聞かれたなら、馬鹿みたいにただっ広い市場と答えれば良いだろう。

 民家やビル等、本来あるべきはずの背の高い建物はあまり目に付かず、露天の仮設テントばかりが立ち並んでいる。干上がった湖の跡地に造られ発展したという経緯もあり、土地の起伏も殆ど見られない。

 そのためか、軒を並べる店の数を省みれば十分過ぎる程の道幅がある。様々な物資を求めて人々の往来は激しいが、歩き回るのに全く苦は無い。強いて言えば遮蔽物がゼロに等しい為、照りつける太陽が肌を焼く心配が尽きない程度か。

 

「何に使うモノなんだろう、コレ……」

 

 日焼けの心配など何のその。逞しい小麦色に汗を浮かべて、ベルはうーんと首を捻った。背中のリュックは既に詰まりに詰まっており、またもピンク色の動く球体と化している。 買出しの品は殆ど揃ったが、ユウ希望の品である『こんぶ』というモノだけが見つからずにいた。海産物だという話だが、海とは縁遠く実物を見たことも無いベルにとってはその姿すら想像出来なかった。

 元々、ネイティブの内陸部で海産物は貴重品だ。コーガムの市場でも入手は困難……なのだが、先ほど買い物をした店の主が取り扱ってる店をあっさり教えてくれたこともあり、どうにか全員の希望に応えることが出来そうだ。

 

「それにしても、あのユウさんが欲しがる海産物って……」

 

 まさか料理に使う訳でもないだろう、と内心で苦笑する。暇さえあれば四六時中カードを触っているような生粋の決闘者が必要としているモノなのだ。きっと脳を活性化させる薬になるだとかそういう感じなのだろう。

 割と真剣にそんなことを考えていると、他の露店よりも一際大きくスペースをとった仮設テントが見えた。大きな屋根はジリジリと照らす太陽光を遮り、粗末ながらも長テーブルと椅子が置かれている。その中で昼間から顔を赤くして馬鹿笑いする男達……その光景にはどこか既視感があった。

 

「……お酒を出してるお店があるんだ」

 

 不本意ながらも、しかし良い店長の下で必死に働いていた数週間前の自分。

 籠の中の鳥、と自分を例えるにはいささか不相応な気もするが、そんな籠の中も危険に晒され――気が付けば、誰か(ユウ)が開けてくれた窓から外の世界へと飛び出していた。

 デュエルモンスターズを恨み、不甲斐ない自分を嘆いて。たった一ヶ月にも満たない時間ではあるが、あの日を懐かしく感じてしまう程に随分遠いところまで来てしまったようだ。

 自然と頬が緩んで、日中のお祭り騒ぎを横目に通り過ぎていく。

 今の自分が彼らをお相手するならば、デュエルの話で一緒に盛り上がることも出来ただろう。あれだけ大変だった日々も、そう思えば少しだけ輝いて見えてくる。

 

「――遅い。何分経ったと思ってる?」

 

 思い出したくも無い『この声』さえ、聞こえてこなければ。

 

「……え?」

 

 表情が、思考が凍てつく。

 ばっと声の方向へ顔を向けると、まるで焼き直しをしたような光景が飛び込んできた。

 ざわつく店内。

 ひっくり返されたテーブル。

 無残に散らかる料理の数々。

 

「うぅ……」

 

 その渦中で床に伏す、自分と同じ肌をした無力な少女。

 少女は目に涙を浮かべて、降って沸いた理不尽に困惑の色を浮かべていた。

 

「タイム・イズ・マネー、時間は金より重要(おもい)。僕の時間を無駄にしたその代価、しっかり払って貰うよ?」

 

 普通では考えられない暴虐無人な振る舞いと、周りを取り巻く男達の数。そしてその腕に光る趣味の悪いデュエルディスクを並び見て、客も店の人間も一瞬にして理解した。

 あの男に真っ当な言い合いは通じない。意見を通すには、彼以上の力をもってねじ伏せる他は無い、と。

 姿ばかりは屈強なくせに、こういう場面で立ち上がる男が居ないのはかの町と同じだった。つい先ほどまで声高々に威勢を張り上げていたくせに、今は何の冗談か顔を青くして事態から目を逸らしている。酷い者は酔いを醒まされたと不機嫌そうに眉をひそめていた。

 

「少し貧相だけど君の器量ならまぁ、そこそこの値で売れるだろう。良かったねぇ、無駄な時間を掛けずに支払いを済ませることが出来て。という訳でこの子は貰って行くよ。店の人、いいよねぇ?」

 

 そう言ってディスクを構える男――A・O・J使いのシフトに対し、声を上げる者はいない。

 

「待ってください」

 

 只1人。かつてその毒牙に怯え、無力を嘆いた少女を除いては。

 

「あ? って君は確か……?」

 

 ベルの姿を見るなり、シフトは顔を引きつらせた。

 無理も無い。ベルにとって無論この男は悪夢以外の何者でも無いが、彼にとってもまたあの敗北は悪夢でしかないのだ。

 

「……何で君がここに? 折角、僕が見逃してあげたというのに」

「ユウさん達と一緒に旅することになりまして。ここへは物資の補給に」

 

 ユウの名前を出すと、目に見えてシフトに動揺が広がった。

 しきりに辺りを見回し、ユウの姿が無いと分かるとすぐさま元の落ち着き払った態度に戻った。

 

「ふん、あの男は居ないのか。リベンジマッチが叶わないのは残念だけど……代わりに君を酷い目に合わせたらどんな反応が返ってくるか、見ものだね?」

 

 下衆じみた笑いを浮かべてシフトが指図すると、取り巻きの男達がベルとウェイトレスと思わしき少女を囲った。さながら、猛獣の檻に放り込まれた餌袋といった様相だ。

 

「わたしに酷いことするのがお望みですか? なら賭け(アンティ)も成立ですよね?」

 

 ベルがディスクを起動させ、構える。

 放り込まれた餌袋は、あろうことかその小さな牙を露にし、敢然と獣達を睨み返したのだ。

 

「わたしが勝ったらこの子は諦めて下さい。その代わり、もし負けたら喜んであなたの商品になりますよ」

 

 沸騰し爆発寸前の頭だというのに、口からついて出る言葉は妙に淡々としていた。

 カッとなるのは悪い癖だとベル自身も痛感していることだが、今はこれで良かったのだと思っている。この悪癖がなければきっと、悪夢(シフト)を再び前にして尻込みしていたに違いない。そうなれば今度こそ本当に、自分自身を大嫌いになっていただろうから。

 勢いのままに、熱い感情のままで立ち向かう。勇気の無い自分にはそんな起爆剤が必要なのだ。

 

「ッハハハ!! 何を言い出すかと思えば、君が僕に勝つ!? 時間の無駄も甚だしい、甚だしいが……」

 

 シフトの代わりにと一歩前に出た取り巻きの男を片手で抑えて、シフトは凶暴な笑みを宿らせてベルに向き合った。

 

「……正直、君の顔を見てクソみたいな『あのデュエル』が脳に焼き付いて離れなくなった。非常に不愉快だ、この鬱憤は君を叩きのめして晴らすことにしたよ」

 

 地の底から響くような唸り声を上げて、シフトがデッキをセットする。

 漂い始める不穏な空気に、ベルの背後で怯える少女が声も細々に尋ねてきた。

 

「……あの、どうして私を……?」

 

 不安げに眉を寄せ、目の端に涙を溜める少女に、ベルは精一杯の笑顔を作って見せた。

 

「どうしてって。歳も近いし、同じネイティブの女じゃないですか」

「でも、デュエルであんな約束して……」

「大丈夫です。わたし絶対、負けませんから」

 

 あの日に見た一筋の(ひかり)。それを彼女に指し示す手段は今、この手の中にある。

 次は自分が、この子の籠を開けてあげる番だ。

 

『――『決闘申請』、確認』

 

 お互いのディスクにデッキがセットされる。

 オートシャッフル機能によってランダムに掻き混ぜられたソレから、運命を分かつトップ5枚のカードを引き抜く。

 

(……今度はわたしと一緒だよ。頑張ろうね、みんな)

 

 前回は信じることが出来なかった自分のデッキ。だが今回は違う。

 あれから何度も練習を繰り返した。デッキに入れるカードをじっくり考えた。ユウの真似をして1人回しをすることもあった。

 心が通じたとでもいうのだろうか。指先から伝わるカードの感触は、どこか暖かい。

 

仮想戦場(ARヴィジョン)展開(リンク)完了』

 

 周囲の風景が観客を巻き込んで移り変わる。戦いの舞台は古代遺跡が立ち並ぶ朽ちた街中。

  

審判員機構(ジャッジアプリ)、起動』

 

 ぽん、と飛び出したのは、奇しくもあの日と同じテンション高めな姉型の方だ。

 

『呼ばれて飛び出て、美少女審判員コーパルちゃん只今参上♪』

 

 今回のコスプレはどこかの探検隊のようなベージュのサファリルックだ。

 ソレらしく額に手を当てて、対峙する決闘者の姿を見て驚きの声を上げる。

 

『おやー? これは意外というか因縁といいますか。一大勢力を築く決闘旅団のリーダー・シフトさんと、かつて彼が逃した唯一の掛品・ベルガモットさんの直接対決とは。今回の試合も中々面白くなりそうですよー?』

「審判員、賭けルールの設定だ」

 

 持ち前のテンションで『実況』を始めようとするも、シフトの言葉に遮られる。

 

「僕が勝てばそのメスガキの身柄を頂く。負ければ……あのときと同じ様に、僕のデッキを持って行けばいいよ。出来るものならね」

 

 シフトの条件に、ベルは無言で頷く。

 このデュエル、元より賭けの見返りや損得勘定など考えてはいない。

 

『何やら重たい空気ですがー。両者の承認を確認しましたので、賭けルールを設定します。デフォルトから変更が無ければ、このまま試合を開始しますよー?』

 

 険しい表情を浮かべるベルと、爬虫類じみたシフトの眼光が交錯する。

 では、とコーパルが右腕を高々と掲げて――火蓋が切って落とされた。

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

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