悲願の成就のため、行動を開始する彼女は思い起こす。
人生に混じった、雑音のような それでも確かに
彼女の記憶を。
目を開ける。ゆっくりと。可動域の確認。問題なし。記憶の補充も、十二分にある。
眼前には逃げる人影。何かを抱え、必死に闇夜に紛れ走っている。
『逃げ切れると、思っているのか。逃げ切らねばならないという、使命感か』
視線が別方向へ移る。道路をトラックが奏功しているのが見えた。彼女は無感情に、そちらに手を向ける。射出。数秒の後、爆発。
『ここから先は、派手に行く』
手にした金貨が火の光を反射する。
『あの時のように』
──────────────────────────────────────
「経過観察。地味とはわかっていたが…」
スレンダーな躯体。カールがかった髪を靡かせるオートスコアラー。柱に寄りかかるその姿は、どの角度からでも絵になるだろう。
「これはいささか、地味すぎる」
レイア・ダラーヒム。形式番号XMH006。土の属性を扱う彼女は、現在、
眼前の物体に少々難儀していた。
身長およそ50センチ
寸胴で足は非常に短く
頭部には細長い触覚
そして、手はだらしなく地面に伸び切っている。
【ミュトス・ノイズ】
古より存在した基本レシピを参照し、作成された、ノイズの発展形。
その失敗作だった。
ミュトス・ノイズは、その不釣り合いな四肢を動かしながら、シャトーの廊下を行ったり来たりを繰り返す。レイアは主より受けた指令を振り返る。
『経過観察。万象黙示録の完成のためには、クリアしなければならない条件が複数ある』
彼女自身、呪われた旋律を記録するための器だ。少なくとも、旋律の収集には四体のオートスコアラーが必要となり、性質上、計画の途中で破壊される定めにある。
『終末の四騎士が、その役目を終えた後。前後においても一定の戦力を確保しておく必要がある』
彼女の主の目指す頂は、全人類を敵に回すことに他ならない。万が一、現在協力関係にあるパヴァリア光明結社と、衝突することがあった場合の備えは必要になる。
『これまでは機能拡張したオートスコアラーの量産を目指していたが、それではコストや製造、記憶の供給が間に合わない。したがって』
眼前でミュトス・ノイズが己の腕を踏み倒れ込む。立とうとしているが、軟体の四肢は言うことを聞かないようだ。
『オートスコアラーとは別の、もう一つの戦力。そのために太古の錬金術師によって編み出された、バビロニアの発展系』
「の、はずだったが…」
ようやっと立ち上がった、そのノイズは、お世辞にも戦力になるようには見えなかった。
『重要な要素の欠落か、レシピ自体が不十分だったのか。不純物が混じってしまったのは確認済みだが、生まれたものは出来損ないもいいところ。炭化どころか、特性の位相差障壁も消失し、更には』
レイアの目が、別方向の内壁に向けられる。数秒も経たぬうちに、その空間が奇妙な歪曲を見せ始めた。
「また」
何かが出てくる寸前。彼女の腕は鋭く振るわれる。投擲されたのは、金貨。錬金的に地のエレメントを司るそれは、火風水のエレメントをまとめ、バランスを保つ効力がある。金貨が壁に突き刺さると、波打っていた空間が元に戻った。
「しかし、私には地味すぎる…」
既に二桁は、同様の行為を繰り返していた。最大の問題点、そこにあるだけで、バビロニアの宝物庫からのノイズが染み出ようとしてくることだった。
『これは、地味にも派手にも、使えない』
首を軽く振った後、再び経過観察に戻るレイア。全く使えない、とは言え真なるノイズの発展系を生み出すために、情報収集は不可欠だ。
「ファラとガリィは記憶の収集。ミカは休眠中。残った私が適任」
再びこける、ミュトス・ノイズ。
「…どうした?」
レイアが声を発する。彼女が空間に手をかざすと、空中にモニターのようなものが生じた。映る先は、どうやら海中のようだ。光と押さぬ海の底、そこに黄色い眼光が一対。
「………」
レイアをベースに製造された、番外個体。彼女の妹のような存在だ。他のオートスコアラーとは別に、独自回線が二人の間では成り立っている。
モニター越しに、妹はじっとこちらを見てくる。どうやらミュトス・ノイズのことが気になっているようすだ。二人に見守られながら、ミュトス・ノイズはようやく立ち上がった。
「…?」
レイアは小首をかしげる。ミュトス・ノイズが、妹に反応したのだ。よたよたとモニターに近づくと、下から見上げている。妹も変わらずモニター越しに眺めている。
「何を…」
お互い、向き合ったまま微動だにしない。すると、画面の向こう、海底で動きがあった。近くの魚が泳いだのだろうか、水疱が妹の横を登っていく。妹の方は気にしていなかったが、ミュトス・ノイズは水疱が気になったらしい。垂れ下がったその腕を、まるで生まれたての小鹿の足のように覚束ない様子で、モニターへ伸ばしていく。
そして、
「「?!?」」
その手が画面に触れた瞬間、ノイズの腕は唐突に発光。画面を構成固着していた周辺物質を崩壊させてしまった。モニターの発動者ゆえ、変化にいち早く気付くレイア。当のノイズは。
「無意識、か」
赤い塵に塗れながら、床でジタバタと暴れている。手の器官も床を叩いているが、先ほどのような分解は発生していない。
「これは…」
主への報告が必要だと、レイアは口を開いた。
──────────────────────────────────────
「あらァ?なんだか愉快な構図ですね?」
広い廊下を歩く足音が、二人分。レイアが顔をあげると、そこに立っていたのは
「そのコが件のデキソコナイちゃんですかぁ?」
せせら笑うような笑みを浮かべた、青を基調とした装いの、オートスコアラー。
「ガリィ。回収は終わったのか」
バレリーナのように優雅に回りながら、ガリィは頷いた。
「あたしがしくじるはずなァいでショ?今日も順調順調。お陰であたしまでお守りを任されちゃったワ」
「ガリィ…お腹、すいたンだゾ……」
一緒に来たのは、巨大な手が特徴的な、赤いオートスコアラー、ミカ・ジャウカーン。ガリィに懇願するような眼差しを向けるが、当のガリィはあからさまに嫌そうな顔をした。
「この大喰い!ちょっとは我慢なさい!私がどれだけあんたの記憶の収集で骨を折ってるか!って、それは置いといて」
ガリィの視線が、再びレイアに、その足元にいる存在に向けられた。
「ミュトス・ノイズ。虚構と呼ばれるだけはあるわね。こんなの本当に使えるの?」
ミュトス・ノイズは、レイアの足元に座って、自分の軟体な腕で遊んでいた。モニターを崩壊させてから、少しずつ、自分の思ったように動かせているようだった。
「こんな形だが、実際解剖器官は本物だ。戦力にするには、地味すぎるが」
「へぇ…」
レイアは横目でノイズを見る。ミュトス・ノイズは、自身の腕を伸び縮みさせながらレイアの周りを歩いている。その行動は、日増しにヒトの幼子の様相を呈していた。
「なんだか…コイツ、美味しそうなんだゾ…」
いつのまにか、ミュトス・ノイズの傍にミカが近づいていた。口からは涎が垂れており、ミュトス・ノイズは、接近にたじろいでいる。
「まぁ美味しそうには微塵も見えないけど、妙よね。ノイズってこんなに生物的なものだったの?」
レイアは首を振った。
「そいつの解剖器官を調整する際に、異物が混じったらしい」
「異物?」
「石灰だ」
ガリィは合点がいった様子で、しかしすぐに嫌そうな顔をした。
「あー…まぁた証拠隠滅に混ぜて寄越されたってワケね」
ガリィは肩を竦め、首を左右に振る。
「どうして人間ッて偽ってばかりなのかしら。貧弱で死にやすいのに。マスターがあたしたちを作ったワケ。やっぱり他人が信じるに値しなかったからってのもあるんじゃない?」
「我慢できないぃ……いただきますなんだゾ!!!」
ついに堪らなくなったミカが大口を開ける。ミュトス・ノイズは慌てふためき、走り出す。
「待つんだゾぉ…」
ミカも記憶の補充が十分でないため、すぐに追いつかれるということもない。
「……」
片手で頭をおさえるレイアと、ぎこちなく逃げる様子に腹を抱えて笑うガリィ。ミュトス・ノイズは逃げ場を失っていき、ついに空いていた部屋に駆け込んだ。
「追い詰めたゾ!」
そこはガラス貼りのだだっ広い空間だった。道具類も置いていない。ガラスの外は漆黒が広がっており、先は見えない。にじり寄る巨大な手に、ノイズは完全にパニックになっていた。
「!!!」
突然。何かがガラスの向こうから顔をのぞかせる。
黄色い眼光。水底で揺蕩う髪と包帯。
「ワワ!びっくりしたゾ!!」
レイアの妹だ。海底で待機している彼女の顔が、シャトー内部を覗いていた。突然の来訪に驚き、ミカはその場で尻もちをついてしまう。
「何かあったか?」
動じないレイアは、妹に問う。ガラスの向こうで首を振った妹は、視線をミュトス・ノイズに移す。ミュトス・ノイズは、やってきた妹を見、喜んでいるかのようにその場で跳ねている。
「気に入られてるの?アンタの妹!こっちはこっちで体格差あり過ぎカップルなんですけど!!」
またも下品に笑うガリィ。レイアと妹は、意に介さず交信する。どうやら海底から、ミュトス・ノイズがミカに追い立てられているところが見え、何の気なしに近寄ってきただけらしい。
「ガリィ…お腹が減って、力でないゾ…立てないゾぉ……」
ミカが尻もちをついた状態から、ついに仰向けに倒れてしまう。記憶の貯蓄切れらしかった。ガリィは酷くうんざりした顔を見せる。
「あー…もう!余計にあげる分なんてないんだから!!」
ガリィはミカの巨大な腕を掴むと、慣れた手つきで空中へ放る。落ちてきた彼女を両腕で受け止めると、レイアに顔を向ける。
「面白そうだけど、ここらで戻るわね」
「ああ」
レイアの見送りを受け、ガリィはガラス張りの部屋の出口へ向かう。
「あ、それと」
出口の前に、ガリィはミカごと身体をレイアの方へ戻した。
「変な記憶があったのよ」
「変な、記憶?」
ガリィは頷き、ミカを一瞥するとその場で回り始めた。
「ワワ!ガリィぃ目が回るんだゾぉぉぉ」
ミカの言葉を無視し、ガリィは回転し続ける。
「いつもみたいに路地裏で探してた時、血まみれでぶっ倒れてた男がいてね。どうせ死ぬなら貰っておいたんだけど…」
ガリィは話しながらも加速していき、振り回されるミカ。
「最期の間際に見ていた光景が、どうも変、としか言いようがなくてね」
レイアは眉を顰める。記憶の収集を主任務としているガリィ。彼女はその過程で数多の人間の記憶を聖杯に蓄積し、その記録を覗いている。そんな彼女が、変、だという。
「暗がり。手元くらいしか見えない場所で、恐怖に震えているわ。何かが蠢く音が聞こえるけど、周りのせいかわからない。すると、何かが降ってくるの」
回りながら、ガリィはレイアへの元へ戻ってきた。力ないミカの手のかぎ爪が、レイアに当たりそうになる。
「最初は衣服かと思ったわ。でも違う。それは、
萎び果て、折れた骨と皮だけになった ヒト。
目が慣れてくると、あたりには同じような残骸がいくつも落ちている。そして」
ガリィは急に回転ををやめ、そして、レイアの耳元へ口を近づけた。
「クスクス」
意地悪い表情のガリィが、レイアを見る。伺われている彼女は、特段何かを思うこともないと、表情を崩さない。
「なんだぁびっくりだったりしてくれたら面白かったのにィ」
自他ともに性根が腐っている評価のガリィは、つまらいといった風体で、そっぽを向いて歩き出だした。
「最後のは、なんなんだ?」
背に受けた質問を、ガリィ肩を竦めて答えた。
「さぁね?頭がイカれて思わず笑ったのか、それともその場にいた誰かが笑ったのか、知らないわぁ。その後は半狂乱になって逃げたみたいで、記憶もあべこべだったのよ」
そのまま、ミカとガリィは部屋を去っていった。残されたのは、レイアと妹。ミュトス・ノイズ。
「?」
気付くとミュトス・ノイズが足元に来ていた。首をかしげるように上半身が横に反っている。
「何でもない」
レイアは告げる。ヒトであれば、頭を撫でたりするのだろう。しかし彼女らはあくまで人外。ましてや片方は解剖器官を有し、いつ発動するかも明確でない不完全体。容易に触れていいはずがない。
「戻るぞ」
レイアは一言と共に、ガリィ達の去ったドアへと向かっていく。ミュトス・ノイズは腕を引き摺りながら、彼女を追う。
「……」
レイアの妹は、一人、深く深い海の底で、
硝子越しに後ろ姿を
見送っていた。
皆様、こんにちは。
サリッサと申します。
お読みいただき、誠に有難うございます!
某先生の合同云々の話を目にし、突貫でいろいろくみ上げた小話です。
諸々穴抜けも多いかと存じますが、いかがでしたでしょう?
後編も作成中になりますので、しばしお待ちいただけますと幸いです!
ではまた♪
PS.本編をやりなさいって私ィ!!