※本作は原作で登場している上弦の弍・童磨が十二鬼月に入る前の物語として構築されています。
~無限城のとある空間~
「ようやく⋅⋅⋅⋅⋅⋅この機会が⋅⋅⋅⋅⋅⋅訪れたな」
そう呟いたのは無惨の直属の配下である十二鬼月。その頂点足る最強の鬼。上弦の壱・黒死牟だ。
不気味な六つ目が映しているのは正面十メートル程の位置に佇む一人の鬼だ。
右目には上弦、左目に弐の文字を刻まれている。即ち、十二鬼月でも上位弐番に位置する上弦の弐・猗窩座だ。
向けられた六つ目に対し、挑戦的に睨み付ける猗窩座は言った。
「この勝負で勝てば俺が上弦の壱の座につける⋅⋅⋅⋅⋅⋅そういう事でいいんだな」
「お前も⋅⋅⋅⋅⋅⋅既に⋅⋅⋅⋅⋅⋅幾度か⋅⋅⋅⋅⋅⋅経験のある⋅⋅⋅⋅⋅⋅事のはずだがな。それに⋅⋅⋅⋅⋅⋅偽りは無い」
確認するように問う猗窩座に対し、肯定の意を見せる黒死牟。
黒死牟の言葉通り、猗窩座はここまで至るまで何度も経験してきた事だ。十二鬼月の中で位を決する戦い。それは、
「上弦の弐、猗窩座よ。私はお前の挑戦を受け入れよう。──これより、『
入れ替わりの血戦。その戦いで自分より上の数字を持つ鬼に勝利すれば晴れてその地位を逆転すること出来る。実力のみでしか勝ち上がれない多くの鬼達が望む最高の舞台だ。
猗窩座は改めて目の前の男を見据える。対照的に三個に並ぶ二対の目。その中間に当たる二つの目に刻まれた文字。上弦の壱。
ああ、この舞台に立てるのにどれ程、焦がれた事だろうか。鬼となり百と余りの年月を“無限の修練”に注ぎ込んできたことか。そう、全てはこの瞬間の為にある。
故にこれまで行ってきた『入れ替わりの血戦』とは言え、再確認したくもなるもの。⋅⋅⋅⋅⋅⋅否、事実そうなのだ。これはこれまでのものとは全く違う。己の目標足る“最強”になれるチャンスなのだ。
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅では無惨様」
「分かっている」
上を向いた黒死牟の視線の先にいたのは椅子に腰掛けこちらを見下ろす鬼の始祖・鬼舞辻無惨、その男だ。
無惨は椅子から立ち上がり一歩前に出ると、宣言した。
「これより『入れ替わりの血戦』を開始する。互いに全力を惜しまないように」
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅御意」
「仰せのままに、無惨様」
猗窩座が構えをとると彼の足元に雪の結晶のような陣が現れた。猗窩座の十八番、“破壊殺・羅針”だ。
一方、黒死牟はその様子に六つ目を細め、静かに刀の柄に手を置いた。
「では⋅⋅⋅⋅⋅⋅始──」
その瞬間、先程まで猗窩座の立っていた位置の畳が散った。猗窩座が勢いよく飛び出したのだ。
黒死牟が動くよりも早く懐に入り込み、先制の一撃を放つ。
“破壊殺・滅式”!
刹那、攻撃地点の周囲の畳が一瞬で散らされ、粉砕した。攻撃地点にいた黒死牟は足場ごと粉砕され⋅⋅⋅⋅⋅⋅
「──くっ!?」
⋅⋅⋅⋅⋅⋅ることなくいつ移動したのか猗窩座の背後へと回り込んでいた。そのまま一気に刀を抜き去り、猗窩座の首をはねようとする。
しかし先にそれを読んだ猗窩座は直ぐ様、回避行動に移り、紙一重でかわした。
首の浅く斬られた傷を即座に再生させる。
(チッ、先制で確実に削っておきたかったが⋅⋅⋅⋅⋅⋅いや、それよりも──)
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅ほう」
感心したように呟き振り返る黒死牟の六つ目に映ったのは自分へと迫る残像すら残り、ほぼ同時に放たれる無数の殴打だ。
“破壊殺・乱式”!
しかし、黒死牟はその殴打を軽く首や体を反らしたりすることで紙一重で全てを避ける。その顔には一切の焦りというものは存在しない。ただ向かってきた拳撃を回避するだけで反撃に転ずる様子すらない。
「う、おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
一撃を当てられないことに苛立ち更に速度をあげる猗窩座。しかし、
「──腕が増えたわけでもあるまい」
刹那、「チンッ」と納刀の音と共に猗窩座の両腕は縦に両断され連撃が中断された。あまりに一瞬の出来事に猗窩座は反応が遅れた。
そして黒死牟は上弦の壱。即ち、最強の鬼。そのような存在がその一瞬を逃すはずがなかった。
「がぁっ⋅⋅⋅⋅⋅⋅!!??」
猗窩座の腹の黒死牟の拳がめり込まれた。その威力は猗窩座の肋骨と臓物を破壊するに飽きたらず身体までも吹き飛ばし、七つほど部屋の壁を破壊し続け、ようやく勢いを止めた。
腹を穿った衝撃を未だに忘れられない猗窩座は思わず苦悶の声をあげた。
──だがそれで上弦の壱は待ってはくれない。
「敵がまだ在り続ける限り、下を向くのは愚行と知れ」
「なっ──」
咄嗟に上を向く猗窩座の視界に写り込んできたのは、既に眼前に迫っていた黒死牟の拳だった。それに為す術なく猗窩座は頬を打たれたが、打たれた方向に身体を反らしダメージを和らげつつ、意趣返しのつもりで黒死牟の脇腹に裏拳を放った。しかし着物に僅かに触れた所で黒死牟の姿も気配も消えた。
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅今の⋅⋅⋅⋅⋅⋅返しの一撃。やはり⋅⋅⋅⋅⋅⋅強くなったな⋅⋅⋅⋅⋅⋅猗窩座」
またしても黒死牟は猗窩座の背後に回り、猗窩座の技を称賛していた。しかしその称賛を受ける暇は猗窩座にはなかった。やはり、間違いない。
(俺の羅針が⋅⋅⋅⋅⋅⋅反応が薄すぎる⋅⋅⋅⋅⋅⋅!?)
猗窩座の十八番である“羅針”は敵の放つ“闘気”を感じ取る血鬼術だ。強者ほど“闘気”は大きいもののはずだが、黒死牟にはほとんどそれを拾うことが出来ない。上弦の壱程の存在であれば“闘気”は相応に大きくなるはずなのだ。
(何故だ? こいつほどの存在に赤子以下の“闘気”しか感じ取れないのは⋅⋅⋅⋅⋅⋅)
しかし猗窩座は無駄な思考は捨てた。戦いでは想定外の事態に遭遇してもおかしくはない。
(俺はもっと強くなる⋅⋅⋅⋅⋅⋅強くなってみせる!!)
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅見事だ⋅⋅⋅⋅⋅⋅猗窩座よ。⋅⋅⋅⋅⋅⋅着物に⋅⋅⋅⋅⋅⋅触れられたのは⋅⋅⋅⋅⋅⋅いつぶりか」
相対する猗窩座を称賛し、黒死牟は僅かに敗れた着物にそっと触れた。
「お前もまた⋅⋅⋅⋅⋅⋅全力なのだ。──こちらも抜かねば無作法というもの」
そう言うと黒死牟は腰に納めた刀の柄へとゆっくり手を伸ばした。ここまで首を少しと両腕を縦に斬られた事は分かっていたが抜刀の瞬間までは捉えることが出来ないでいた。初めて柄に触れたのを見た。
スラリ、と抜かれた刀身を見せた瞬間、猗窩座の全身を得体の知れぬ恐怖が走った。
その刀身にはいくつもの目玉が張っており、それぞれ不規則に瞬きや視線を変えたりしていた。
確かに外見だけでも禍々しいが、それではない。猗窩座の感覚が、本能がもっと異質なものを感じ取っていた。
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅猗窩座よ。お前に⋅⋅⋅⋅⋅⋅私の剣技を⋅⋅⋅⋅⋅⋅見せるのは⋅⋅⋅⋅⋅⋅初めてだな」
黒死牟の発言に何かに気圧されていた猗窩座は正気を取り戻した。
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅ふむ。流石だ。一瞬で⋅⋅⋅⋅⋅⋅動揺を鎮めると──」
黒死牟が何かを言い終わる前に猗窩座は間合いを縮めると強烈な蹴たぐりを繰り出した。
“破壊殺・脚式⋅⋅⋅⋅⋅⋅流星群光”!!
凄まじい威力の蹴りが黒死牟を襲うが、余裕を全く崩すことなく迫り来る連撃を柄で弾き、凌ぎ続ける。
その瞬間だった。
──黒死牟に放った右足が太股を僅かに残し、粉微塵に消し去られた。
(なん、だと⋅⋅⋅⋅⋅⋅!?)
「──月の呼吸。弐の型。珠禍ノ弄月」
驚愕に身を落とす猗窩座に対し、黒死牟は静かに己の放った剣技の名を呟いた。
見間違いでなければあの一瞬、黒死牟が刀を振った途端に刀身から無数の小さな三日月が現れたはずだ。
「一体、なんなんだ。血鬼術、なのか⋅⋅⋅⋅⋅⋅?」
「半分⋅⋅⋅⋅⋅⋅正解だ」
受けた衝撃のあまり、戦闘中に敵に問いを投げ掛けた猗窩座だったが、黒死牟は迫撃はせず、刀を下げると答えた。
「私が⋅⋅⋅⋅⋅⋅人間時代に⋅⋅⋅⋅⋅⋅極めた⋅⋅⋅⋅⋅⋅呼吸に⋅⋅⋅⋅⋅⋅血鬼術を⋅⋅⋅⋅⋅⋅付与することで⋅⋅⋅⋅⋅⋅編んだ剣技だ。名を⋅⋅⋅⋅⋅⋅月の呼吸という」
「月の、呼吸だと⋅⋅⋅⋅⋅⋅」
人間時代に鬼狩りだった事は装いで察してはいたがまさか、鬼となっても呼吸を使えるとは。
「──俺の敗けだ」
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅む?」
唐突な猗窩座の敗北宣言に戸惑う黒死牟。だがそれに答えるように再び、震えた声で、
「俺の敗けだと言っている」
「お前の足は既に完治している。それでも戦えぬと言うのか」
「向かっていっても今度は足じゃなく全身を細切れにされるだけだ」
そう言うと猗窩座は黒死牟に背中を向け、自身が飛ばされて空いた空間に飛び込んだ。そのまま荒れた城内から出ると、地面に向かい渾身の一撃を叩き込み、その余波で周囲の木々を軋ませた。
軽いクレーターを作り、その中心で猗窩座は己の弱さを嘆く。
「ここまで遠いのか? 俺はあの男を⋅⋅⋅⋅⋅⋅上弦の壱をいつか倒せるのか?」
圧倒的な差を見せつけられ心が折れそうになる猗窩座。しかし⋅⋅⋅⋅⋅⋅。
「いいや、まだだ。まだ俺は強くなれる! 強くなって見せる!!」
いずれ、倒すべき宿敵に闘志を燃やし、上弦の弐は“最強”にまた挑むべく今宵も強者との戯れを望む──⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅。