一.
狭い路地を12月の凍てつくような冷気を纏った一陣の風が駆け抜ける。
路地内には数体の影の群れが潜んでいた。その姿は一様に人間でも動物でもない異形のものだ。
風は壁を蹴り、宙を舞いながらそれらに向かって突っ込んでいき、手にした刃で斬る。
「待てっての!そっちに行くと面倒臭せーだろ!」
最後の一体が路地から出て外の人の領域に向かってその身に宿す憎悪と憤怒を撒き散らそうとしたところで、他の個体を全て斬り伏せた風が追いついてきた。
「アタシがきっちりアイシテやるから観念しろよな、荒魂チャン」
怒れる異形、荒魂を無慈悲に斬り伏せた風――七之里呼吹は嘆息した。
「ふー、これで最後か。アタシに向かってきてくれない雑魚なんていくら斬ってもつまんねーな」
目の前にはつい先ほどまで荒魂だったノロが落ちている。呼吹にすれば、荒魂を斬るのは簡単だ。だが御刀で荒魂を祓えば、再びそれらが結合する前にノロを回収しなければならない。そこまでが刀使の仕事。だが呼吹がやりたいのは斬るまでだけだ。
よって適材適所に任せるのが一番だ。制服のポケットから端末を取り出し、仲間に連絡を取ろうとした、その時。
「ッ!」
呼吹は背後でさざめく無数の気配に反応し、振り向きざま手に持った北谷菜切と二王清綱を振り抜いた。
二刀の纏う神力と剣圧に蝶の群れはあっさりと四散する。だが呼吹は構えた刀を下ろさない。路地の奥に今しがた散らした蟲たちの主が佇んでいたからだ。
「夜見、センパイか」
「おや、七之里さんでしたか。どうもご無沙汰しています」
こちらは御刀を構えているというのにご丁寧に礼儀正しく挨拶してくる抑揚のない無機質な声に、呼吹は苦笑した。
「ほんと久しぶりじゃねえか。相変わらずガクチョーの御守りしてんだろ?」
「語弊のある言い方ですが、貴方の認識ならそれで仕方がありませんね」
夜見の頑なな態度に呼吹がくっくと笑う。夜見の口元も少し緩んだ。そんな気がした。
「まあ、こんな風にあったのは仕方ねえ。殺るか?」
呼吹は夜見の傍まで歩み寄って行った。しかしやはり刀は下ろさない。むしろ夜見に対して殺気すら向けていた。
二人の立場は今は敵同士だ。そう、今は。
呼吹と夜見はかつて鎌府の高津学長に仕える手駒だった。夜見は今もそうであるが。特殊な立ち位置であるがゆえに周囲から孤立していた二人は、対照的な性格ながら気の合う部分が多く、色々あったのだ。そう、色々。
「不毛なのでやりません。貴方と私の力では勝負がつきませんから」
呼吹の力は荒魂を斬ること。夜見の力は荒魂を生み出すこと。そんな二人がかち合えばどちらかが力尽きるまで決着はつかない。夜見はそう言っているのだ。
「ならさっさと退いてくれ。直、あたしのお仲間が駆けつけてくる」
「仲間?」
「そうだ。あいつら、ウザくて、鬱陶しくて、とびっきり騒がしいんだ。センパイ、そういうの苦手だろ?」
冗談っぽく言った呼吹の言葉に対して夜見はすぐに答えない。会話中にも熟考して無言になるのは彼女のいつもの癖だ。
「――七之里さん、貴方は今、幸せですか?」
「は?なんだ、いきなり?」
「……ふふ、心残り、というやつですか、ね?」
夜見が笑った。今度ははっきりと。
その笑みの意味は長く付き合った呼吹にもよくわからなかった。
「心残りだ?相変わらず辛気臭い人だな、センパイも」
「辛気臭いというのは心外です。それより貴方の答えは……」
「ふっきーーぃ!!大丈夫ーーっ!?」
路地全体に響く大声と共にバタバタと騒がしい足音が近づいてくる。
「「っ!!」」
呼吹は思わず声の方に振り返る。走ってくるのは安桜美炎を先頭とする調査隊――呼吹の今の仲間だ。
「ちっ、夜見センパイ、さっきの話は――」
そう言って呼吹が夜見の方に再び振り返るとそこには赤茶けた色の蝶の群れが蠢くのみで、夜見の姿は既に消え去った後だった。