刃が閃き、小型の荒魂が真っ二つに斬り裂かれる。だが斬った傍から次の荒魂が迫る。それも一匹や二匹ではない。斬っても斬っても次から次へと湧いて出る。
「へっへっへ、荒魂ぁ、チャン……アイシテルぜぇ……ッ!」
七之里呼吹はいつものように彼らへの愛を叫ぶ。だが疲労の色が濃い声は誰がどう聞いても強がりにしか聞こえない。
――もっとも、周囲にはもう呼吹と彼女を囲む大量の荒魂しかいないのだが。
こうなった原因は単純明快だ。敵の戦力の見積もりを誤ったのだ。
山中に巣くう荒魂の群れを討伐する任務。任務の内容自体はなんてことはないいつもと代わり映えしないものだった。
ただ一つ、まずかった点を挙げれば、ブリーフィングで想定される敵の数を聞いた呼吹は自分の取り分が減るからとサポート役の随伴刀使の数を減らすよう注文をつけた。それが致命的だった。
結果としてこのザマだ。荒魂の群れに包囲され、絶体絶命の窮地だ。深追いしすぎて救援の見込みも立たない。
先ほどまで近くで悲鳴だの怒声だのを上げていた僚友たちはやけに静かになっている。恐らくもう死んだのだろう。
普段の仏頂面から信じられないほど慌てた様子で、とにかく逃げろと無茶ぶりを繰り返していたオペレーターとの通信は、五月蠅くて仕方がないので今しがた切った。彼女も本来オペレーターとして優秀だが、状況に合わせた戦術指揮となれば本職の指揮官には及ばない。ましてやこの窮地だ、彼女に打開策を求めるのは荷が勝っているというものだろう。
ではこの任務も的確な指示をくれる指揮官と共に臨んでいれば結果は違っていただろうか。
((戦闘中は指示に従いなさい、七之里呼吹))
勝手ばかりする“問題児”である自分を一番上手く使ってくれた隊長の顔が浮かぶ。
呼吹は首を振ってそれを脳裏から引き剥がす。何を弱気なことを言っているのだ。それより今の状況をもっと楽しまねば損だ。
「はははっ、はぁ……はぁ……っ、そうだぜ、荒魂チャンの入れ食い状態、こんな最高の狩場っ、滅多にお目にかかれねえ!」
荒魂の爪が、牙が四方八方から襲い掛かる。呼吹はそれを迅移で加速しながら、跳んで、捻って、回って、躱す。隙あらばすれ違い様に二本の短刀で斬り捨てる。ただそれを繰り返す。いや、今はもうそれしかできないというのが正しい。
数が多すぎる。いくら斬っても包囲は全く薄くならない。途切れることなく飛来する無数の爪牙は呼吹に余計なことをする隙を与えない。写シは少しずつ傷つき、疲労から振るう刃は鈍っていく。神力の消耗で迅移も後何回発動できるかわからない。
「こりゃ、そろそろアタシもやべえな」
自身の終わりを悟ったところで恐怖の感情は湧いてこない。こんな無茶な戦い方を続けていればいずれ死ぬ、そんなことはとうにわかっていた。
((呼吹ちゃんが傷ついて、平気な仲間がいるわけないじゃない!))
唐突に自分の身を初めて本気で気遣ってくれた人の顔が浮かんだ。
(あたしは自分のやりたいようにやってるだけだ!勝手に悲しそうな顔するんじゃねえ!)
心の中で悪態を吐く。そうしている間にも荒魂の攻撃が頬を掠める。傷ついた写シの部位からチリチリと焼けるような感触がする気がした。
((呼吹さんは戦うのは怖くないんですか……。その傷とか、痛そう……))
今度は、自分とはまるで違う価値観を持っていた少女の顔が浮かぶ。
「怖いわけねえよ!!アタシはこれが楽しみで生きてるんだからよぉ!!」
思わず口に出して叫んだその瞬間、目の前に大型の荒魂の巨体が現れる。
「しま……ッ!がはぁぁッ!!」
視界が真っ白になり、一瞬の浮遊感の後、全身に衝撃が走る。吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたのだ。
「クソッ、余計なこと考えてたから……ッ!」
激痛を堪え、立ち上がろうとする呼吹に蟲型や鉱型等の小型荒魂がまるで死肉に群がる亡者のように襲い掛かってきた。
「ッ、くはぁッ!」
写シが剥がれ、生身となった呼吹の体に牙が突き立ち、制服やパーカーに紅い染みが広がる。とどめとばかりに鉱型が喉笛に食いつこうとした。
「調子に、乗んなッ!!」
呼吹は大口を開けた荒魂の口に二振りの愛刀を突っ込むと、力任せに上下に裂いた。血の代わりに噴き出したノロがぼとぼとと顔の上に落ちる。
「退けよっ!」
二刀を闇雲に振り回して敵を散らすと、再び立ち上がって駆け出す。全身から深紅の血を撒き散らしながら。
もう写シは張れない。迅移も発動しない。身体は痛みと悲鳴を上げている。
だが関係ない。呼吹は荒魂を斬るために御刀を取った、荒魂を殺すために育てられた、そして荒魂をアイシテルから戦っているのだから。
正面から突進してくる狗型の頭を踏み台にして、最後の八幡力を行使して大きく跳躍する。もう死ぬのだ、どうせなら狙うは大物。群れの中でも一際大きな熊型の荒魂目掛けて斬りかかる。
「荒魂チャン、遊ぼうぜェッッ!!」
跳躍態勢から二刀を掴んだ両手を大きく振り上げる。熊型も呼吹を打ち落とそうとその剛腕を振り上げていた。
その瞬間――。
((おーい、ふっきー!一緒に遊びに行こう!))
呼吹が周囲との間に感じていた壁をいとも容易く乗り越え、お前は仲間だと言ってくれた少女の顔が浮かんだ。
頭をブルブル振って脳裏から消し去ろうとするが、彼女の、彼女たちの顔は消えてくれない。これが走馬灯か。
――楽しかった。みんなでしたバカ騒ぎも。荒魂を倒す以外の面倒事が多かった任務も。
((え?もちろん、今からだよ!ふっきーに買い物、付き合ってもらうんだからね!))
だから――。彼女たちがあまりにも楽しそうに笑うものだから呼吹は今更死ぬのが惜しくなった。
「ひひっ……なあ、悪りぃけどタンマってのはなしかぁ?」
そう呟いた直後に、荒魂の巨腕が呼吹の意識を無慈悲に消し飛ばした。