『皐月夜見と申します。よろしくお願いします、七之里さん』
初対面の彼女への印象は胡散臭い、この一言に尽きた。頭頂部だけ白髪化した髪も、人形のように無表情な顔も、態度の悪い後輩に対する馬鹿丁寧な応対もすべて胡散臭かった。
『あんたがガクチョーの言ってた夜見センパイ?ふーん、なんか辛気臭い顔してんな』
初対面の彼女の印象は流石に無作法が過ぎると思った。だが彼女はあの方のお気に入りの一人だ。わざわざ引き合わされたということは任務を共にすることもあるだろう。
だからとりあえず無難な応対をしてやり過ごした。
『私は後方から支援しますので。七之里さんは好きに斬りこんでください』
組んで見ると彼女との相性は案外悪くなかった。能力的にも性格的にも一歩引いて相手を立てることを好む彼女は呼吹が荒魂と“遊ぶ”邪魔とならなかった。
だから、もう少しの間文句を言わずに組んでやるのも悪くないと思った。
『夜見センパイってさ。面白れぇ体質してるよな。その荒魂、どうせ暫くしたら死んじまうだろ?任務終わったら一回斬らせてくれよ』
彼女は変わっていた。とにかく荒魂を斬ることが好きだった。だからか荒魂を出せる能力を持つ夜見に懐いてくれた。
『七之里さんはどういった経緯で高津学長に?え、私ですか?私は……』
彼女は会話の途中でもよく相手の言葉にどう答えようかと考え込んだ。最初は無口な奴だと思っていたが、こちらが自分で投げかけた言葉を忘れた頃になって返事を返してきた時には戸惑ったものだ。
せっかちで困ったら適当に返事をしがちな呼吹には、彼女の不器用さが何故だかとても愛おしいものであるように思えた。
『センパイもよぉー、なんか楽しみとかねえの?あのガクチョーの御守りばっかじゃつまんねえだろ?ほら、やりたいこととか何でもいいから言ってみろよ、へへへ。……え、服を選んでほしいだぁ?なんでアタシが!』
付き合っているうちに彼女について意外な発見がひとつあった。頼まれると結構押しに弱いのだ。その反応が面白いものだから、時々ささやかな我儘を言ってみることにした。
『スゥ……スゥ……』
夜中の出動任務を終え、押し付けられた報告書を持って渋々学長室の扉を開けると、主の代わりに部屋を守る彼女がいた。器用なことに御刀を抱えたまま、椅子に座って寝息を立てていたが。
多忙な学長のことだ、朝までに帰ってくるとも限らないだろう。待っていたところで何がどうなるわけでもない。呼吹は舌打ちすると何か上から掛けるものはないか探しに踵を返した。
『まーた紅茶淹れてんのかよ?ほんと好きだな。え、アタシの分?……じゃあミルクはたっぷり入れてくれよな』
いつの間にか彼女とは気さくな間柄になっていた。
鎌府内で既に不気味な存在として見られるようになっていた夜見にとってある種それは救いだったのかもしれない。
彼女といると、目的のための手段と割り切りつつも、忌むべき力に手を出した後ろめたさが、少し軽くなった気がした。
『私は新たな主に仕えるために折神家に行くことになりました。少し、寂しくなりますね』
折神家の敷地と鎌府の敷地は目と鼻の先ほどの近さだ。おまけに呼吹がよく呼ばれる研究棟はさらに折神家の敷地に近い。なのに今生の別れのような雰囲気で話す彼女がなんだかおかしかった。
だが彼女が最近その辛気臭い顔をさらに曇らせていることも呼吹は気づいていた。
やがて彼女は親衛隊としての職務で忙しくなり、徐々に呼吹とは疎遠になっていった。
呼吹に彼女によく似た人形のような顔の後輩ができたのはそれからしばらく経った後のことだった。
『よ、久しぶりだな。夜見センパイ。こっちはなーんか面倒な任務に当たっちまったぜ。伍箇伝合同で「調査隊」とか言う部隊作って、そこにアタシも放り込まれるんだってよ。ガクチョーも何考えてんだか』
どうせすぐ終わる任務だろう、と彼女は言っていた。実際、彼女はどこの部隊に配属されても変わらないだろう。ただ自身の欲望のままに荒魂を斬る、それが彼女の在り方であり、夜見が彼女を好ましく思っている部分でもある。
だが彼女はすぐに帰ってはこなかった。
結局、二人が慣れた鎌府の校内で話したのはそれが最後だった。