「全く、紗南の奴はどれだけの案件を放置していたのだ!」
高津雪那は仄暗い鎌府女学院の執務室で一人、書類と格闘していた。
もはや雪那は学長の立場にはない。タギツヒメが引き起こした一連の事件で大荒魂に加担した責任で雪那は鎌府の学長を解任されていた。
だが折神家と刀剣類管理局に伍箇伝――ひいては刀使を囲む環境全体が変革の時期にある今の状況は、犯した罪を裁かれるのを待つだけの身となった雪那さえもじっとしていることを許さなかった。
解任したはいいが、雪那の後釜はすぐに見つからず、長船女学園の学長にして特祭隊本部長である真庭紗南が鎌府の学長を兼任している。
しかし国家の心臓部を管轄に収め、伍箇伝の中でも特に折神家や刀剣類管理局との繋がりの強い鎌府の学長の職は抱える案件も多く激務だった。紗南は重要な意思決定だけ自身が行うようにすると勝手をよく知る雪那を代行役として実務処理を押し付けてしまった。繋ぎの体制とはいえ罪人である自分をバリバリ働かせるなど彼女のいい加減さはどうかしている、と雪那は思う。
「ん……これは?」
書類の中に先日の任務での殉職者の報告書があった。
殉職者が出たこと自体は由々しきことだが、長く学長を務めた雪那にとってはそれそのものは珍しいことではなかった。現役時代にはもっと多くの級友が亡くなるのも見てきた。
それよりも雪那が反応したのは報告書に記された名が彼女のよく知る名であったことだ。
「高等部一年、七之里呼吹……」
七之里呼吹――彼女は学長時代、糸見沙耶香に次ぐ手駒として重用した生徒だった。荒魂を斬ることへの強い執着に目をつけて特殊なカリキュラムで対荒魂任務の切り札として育て上げた。雪那体制の鎌府が誇った至高の二刀の片割れ。それが彼女だった。
「死んだのか……。あのじゃじゃ馬が」
伍箇伝の学長間の政治的駆け引きの一環で、調査隊に彼女を派遣して以降、ほとんど放任状態だった。風の噂では意外な――そう、雪那にしてみれば意外なことに調査隊で得た新たな僚友と上手くやっていると聞いていたが。
「まあ、死んでしまったものは仕方あるまい。確か呼吹にはまともな家族はいなかったか?」
そこでふと思い出す。かつて彼女のことを夜見がえらく気に入っていたことを。
共同での任務遂行効率も悪くなかったため、夜見の機嫌を取る意味もあり、わざと二人を傍につけた時期もあった。
「北谷菜切と二王清綱は今のところ鎌府内に他の適合者なしか……。ふん、ならば都合が良い」
雪那は微かに寂寥の混じった笑みを浮かべると、どこからか新しい書類を持ち出した。傍らに夜見の愛刀、水神切兼光を置いて。
「持ち主を喪った二振りの御刀は水神切兼光と同じく鎌府管理とする、と」
時が流れ、新たな刀使候補たちが入学してくれば、夜見と呼吹の御刀も新たな担い手を選ぶだろう。
けれどもそれまでは――。
ほんの少しの間だけ――。
彼女たちの魂の宿る御刀を傍でいさせてやりたかった。