六眼の呪術師(仮題) 作:彩迦
──虚式「茈」か、兄弟揃って化け物だね。
現代呪術界の最強呪術師二人の手によって特級仮想怨霊の八岐大蛇が祓われていく。遠目からでも分かる凄まじい威力の術式の余波は一kmほど離れているにも関わらず伝わってくる。今回の八岐大蛇の強さを両面宿儺の指の本数で例えるなら約八本。再生力にも優れていて並の呪術師なら八つの頭を同時に破壊する術を持ち合わせてはいないだろうから、こうも簡単には祓われない。
ある筋から手に入れた情報では八岐大蛇を祓うのは五条悟のみで他の術師がやって来るというのは一切聞いてなかったけれど五条悟だけではなく五条透の戦力を測ることが出来たのは嬉しい誤算だ。菜々子、美々子の二人を一分もかけずに制圧してさらに説得して味方にするカリスマ力。反転術式まで習得しているとなると、五条悟並みの術師がもう一人いるといっていい。
「いいのか貴様。あの特級仮想怨霊は手札のうちの一つだったのだろう」
──いいんだよ、漏瑚。予想以上の収穫だったからね。特級仮想怨霊と手足二本失った分以上に得るものは得たさ。
「夏油よ、五条悟というのはそこまで警戒せねばならぬ相手なのか? 今この場にいるのなら殺してしまった方が簡単ではないか」
一筋縄ではいかない相手が二人に増えた、と言ったら苦虫を噛み潰したような表情を見せる漏瑚を他所に思案する。五条悟は獄門彊で来るべき日に封印するにしても五条透の存在によって予定が狂ってしまうのはまず間違いない。
五条悟ほど五条透の精神力はまだ熟してはいないだろう、そこに付け入る隙がある。菜々子と美々子には悟の対人戦がどこまでのものなのか戦力分析したかったのだけど、呪術高専側に回るのならまだまだ利用価値は見い出せる。
──さあ、行こうか。これからやることが増えた。
特級仮想怨霊を祓った後に伊地知さんや菜々子、美々子と合流した僕と兄は夏油さんに関する情報の整理をしつつ帰路に就くことにした。途中で兄は両面宿儺の指の回収任務に当たってる恵と合流するために仙台駅で別れた。
夏油さんの遺体を誰かが何らかの術式で動かしているのか、呪霊が動かしているのは定かではないけど兄が菜々子と美々子から落ち着いて話を聞いていた時は冷静を装っているものの、ぎゅっと握られた拳からは血が滴っていたのを僕は見逃さない。久々に相当キレていた兄を見るのは久しぶりだった。
呪術高専の東京校に着いた頃にはすでに陽は落ちて月が夜を照らしていて、僕は
「久しぶりだな、透。俺を困らせるようなことをするのは悟の学生時代にそっくりそのまま似ているような気がして複雑だぞ」
──今回の件に関しては返す言葉も無いです。すみません。
兄から学長宛てに連絡が来た時点で嫌な予感はしていたらしく、学長には僕から菜々子と美々子の東京校への編入受け入れを五条家当主としての頼みだと言って無理にお願いされたらしい。確かに僕からお願いする予定ではあったものの、わざわざ五条家当主なんていう大それた名で言う辺り、本当に兄の歪んだ性格が見えて仕方ない。胃が痛くなってきたのは絶対に気のせいじゃない。
「二人のことは俺が責任を持って編入させよう。呪術協会からの圧力はあるだろうが善処はするつもりだ」
──ありがとうございます。
「あとお前は悟と同じで一人でも何でも出来てしまうが、何でも一人でこなそうとはするな。周りを頼れ」
もし思い悩む様なことがあればいつでも相談しろ、とポンポンと肩を叩かれて久しぶりに自分が子供扱いされているようで少しだけ嬉しくなりついついニヤニヤしていたら、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが突然揺れる。どうやら、兄からの着信のようだ。いつもなら余程の急用ではない限り、ほぼメールで済ましているのに一体何があったんだろう。
『もしもし、透? 千年ぶりに特級呪物である両面宿儺の指を飲み込んでも耐性ある器の少年見付けたからさ、上層部の説得よろしく』
──は??
特級呪物である両面宿儺の指に施されていた封印を非術師二名が解いてしまい、恵が低級呪霊を祓っていたが途中で負傷。非術師二名の友人が恵を助ける為だけに呪力を得て低級呪霊を倒そうと特級呪物を飲み込んでしまったらしい。通常なら身体が耐えれず爆散、もしくは身体が耐えれたとしても特級呪霊が受肉するかのどちらかだ。でも少年は両面宿儺の指を体内に取り込んでも自我を保っているらしく、千年に一度現われるかどうかの器ではあることには間違いない。
呪術協会に事実をありのまま伝えたとしても呪術規定に基づけば秘匿死刑が執行されるのは確定している。恵が兄さんになんとか少年を助けるように懇願したらしい。呪いの王とすら呼ばれる両面宿儺を御せるのであれば呪術師の道を選べば大成するだろうな。
保身ばっかの上層部を説得するには両面宿儺の指二十本全部を飲ませてから秘匿死刑した方が未来の脅威は無くなる。二十本全て飲み込めず器が耐えきれなかった場合は覚醒する前に兄と僕のどちらか、もしくは二人で宿儺を祓うことを条件に死刑は回避させよう。それでも人生の選択肢がないというのは酷だから、本人に選択を委ねようと兄に話した。
──さっき上層部に菜々子と美々子の件を無理やり妥協させたから、僕がまた話すと上層部とバチバチやり合う羽目になるから次は兄さんから話してもらえると助かるよ。
『了解。恵は怪我の具合酷いから軽く処置はしておくから明日、硝子を待機させておくように夜蛾学長に話しといて』
夜蛾学長に視線を送ると無言で親指を立てていた。兄との通話を切り、今頃は菜々子と美々子の件でやきもきしているであろう上層部は兄からの話を聞いてさらに苛立つに決まっている。それでも僕が立て続けに話すよりは幾分かはマシだと思う。ほぼほぼ変わらないだろうけど。上層部の怒り狂った矛先はどうせ、五条家当主である俺に全力でぶつけられるんだ。
スマートフォンの電源は今からでも遅くはない、切っておこう。明日には何十件、何百件という呪術協会からの着信履歴が残っていようが関係ない。今日の僕の仕事は全て特級仮想怨霊を祓った時点で終わったんだ。僕の手にさりげなく胃薬を握らせて去って行く学長は分かってくれてる、日頃からどれだけ上層部と兄さんの間に挟まれて僕のメンタルがグチャグチャになっていっているのかを。
──男子寮に帰って風呂でも浸かって寝よう……今日は疲れた。
呪霊との戦いに疲れたのか、呪術協会とのこれからのやり取りを考えると疲れたのか分からないので重い身体を引きずって男子寮に向かおうとすると後ろからパタパタと二人の足音が聞こえた。振り向くと学生服姿だった菜々子と美々子が白と黒の寝巻きになっていてどこか新鮮にも見えた。
「五条透……美々子と話して決めたんだけど、呪術高専で今までしてきたことに対する出来るだけの償いはする。だから夏油様の身体を取り戻すのは手伝ってほしい」
「お願い」
──もちろんだよ。きっと僕以上に兄が一番取り戻したがっているだろうけどね。
頭を下げる二人から悪意や不安なんていうのは一切感じなかった。純粋に心から思っている事なんだろう。僕にとっても夏油さんは命の恩人でもある。何の目的があって夏油さんの身体を利用しているのかは分からないが、特級仮想怨霊の八岐大蛇を使ってすでに人を殺めるようなろくでもない奴から夏油さんを早く解放してあげたい。
そのためには今よりももっと力を付けないといけない。兄と並ぶまでが目標ではなく、兄を越せるだけの実力を身に付けなければ救える命も救えないし、失う命も増えるだろうから。
お読み下さりありがとうございました!!