人間を喰らう妖魔が跋扈する大陸で、奴等を狩る戦士の中に一人の女性が居た。
十字の形をした大陸。外界とは荒れ狂う海で隔てられたこの世界唯一とされるこの大陸には人間を食らう恐ろしい『妖魔』と呼ばれる捕食者が存在した。
妖魔達は古来から人間に化け、人間の中に潜みながらその
しかしある時、『組織』と呼ばれる者達が妖魔への対抗策を生み出した。人間に妖魔の血肉を与えた戦士達。それは妖魔の身体を叩き切る大剣を振るう力と、妖魔を超えるスピードを持ち、さらに人間に擬態した妖魔を見極めることを可能とする銀色の瞳を持つ、半人半妖の狩人だった。そしていずれも個々の特性に応じて自ら技を磨き、妖魔達を狩っていく。
人々はそれを、携えた大剣に準えて『クレイモア』と呼称した。
荒れ果て、建物が残骸と化した街を、銀色の鎧を纏い、色が落ちた髪を靡かせて歩き続ける一人の女性の姿が有った。その背に大剣を携えるその姿こそ、見紛うことなき組織の戦士、クレイモアだった。
しかし彼女達は自らをクレイモアと名乗ることは無い。公的な呼び方はあくまで戦士。それだけが彼女達に与えられた役割だった。
そんな彼女がこの地に来たのは、無論観光などのためではない。彼女がこの場所へ来た理由。それはとある妖魔を狩るためだ。
妖魔狩りは決して慈善事業では無い。組織へと出された依頼を受け、戦士達が派遣される。報酬は高額であり、例え一体の妖魔を倒すだけでも小さな村では存続すら危ぶまれるほどの金額だ。それでも、人に化けた妖魔を暴くことが出来るのは半人半妖となった戦士だけである。さらに支払いを渋った町には二度と戦士たちが訪れることは無い。もし再び妖魔が現れれば、その先に有るのは滅亡だ。
そのため、妖魔の襲撃を受けた村や街は、住人達から掻き集めて代金を用意するのだ。
そして彼女もまた、依頼を受けた組織によって派遣された。どうやらこの場所を根城としている強大な妖魔が居るようで、付近の複数の街から依頼が出されていたとのことだ。
これだけの大きな被害を齎している場合、二つの可能性が考えられる。一つは妖魔が徒党を組んでいた場合。妖魔は基本的に群れを成すことは無いが、時折知能の高い妖魔同士が徒党を組んで人間を襲うことがある。だがいくら数が居ようとも、所詮はただの妖魔だ。一定の実力を持つ戦士であれば、余程の数でも無ければ危機に陥ることは無い。
だが二つ目が問題だ。異常捕食者と呼ばれる個体による襲撃の可能性。長年生き続けることで、食欲が大きく増した、老獪な妖魔。それが異常捕食者であると外部には説明されている。だがその実態は違う。
異常捕食者の真の呼び名。それは『覚醒者』だ。それは組織にとって、外部に漏らすべきではない名である。覚醒者の呼び名の所以、それは
戦士は妖魔の血肉から『妖力』と呼ばれる力を生み出し戦う。だが戦士が妖力を扱えば扱うほど、その身は妖魔へと近づいていく。そして果てには、人間としての精神が保たず、完全に妖魔へと覚醒してしまうのだ。
その対策のため、戦士が持つ剣の柄には『黒の書』と呼ばれる紙片が有り、これを渡すことで他の戦士へ介錯を依頼することが出来る。自らの限界を感じた戦士は、この黒の書を使い自ら命を犠牲とするのだ。だが中には死を恐れ逃げ出す者や、黒の書を渡すまで意識を維持できなかった者などが居る。組織も一度覚醒した戦士については妖魔として扱っており、依頼が出ない限りは不干渉としている。これは通常の妖魔より遥かに強い覚醒者を無暗に駆除しようとすれば、それだけ多くの被害が出ると理解しているからだ。故に覚醒者狩りは、通常は複数の戦士によるチームによって行われる。
だがここで一つ疑問が浮かぶ。何故、妖魔よりも半人半妖の戦士が変化した覚醒者の方が強力であるとされるのか。
その大きな理由は知能と特性にあるだろう。通常の妖魔の中にも、人間の中に紛れ込んで生活したり、中には戦士を相手に罠を掛けるだけの知能がある。だがそれはあくまで外部から与えられたものというのが大きい。彼らは化けた人間の知識を利用してそれを真似しているに過ぎず、基本的には本能で動く
また身体的性質も、特別大きな変化というものは無く、基本的には全て同じ。一部翼を持つ者が居る程度だ。そのため対処自体はそれほど難しくなく、一度慣れてしまえば容易に倒すことが出来る。
それに対して戦士は、いかに妖魔を倒すかを思考する知能が有る。妖魔の弱点である首を落とすには、どのようにすればいいか。彼女達は自らの力に合わせて個々に技と戦術を磨き上げていく。この性質は覚醒者となってからも引き継がれる。例えばパワータイプの戦士であればパワータイプの覚醒者に、スピードタイプの戦士であればスピードタイプの覚醒者へと変貌する。いずれも同じ覚醒者は一人として無く、対処方法も覚醒者によって異なる。
さらに覚醒者は元々戦士だったため、どのように戦士が戦うかを知っている。その知識、知能、そして多種多様な能力故に、覚醒者を倒すことは困難を極めるのだ。
そしてこの地に潜むとされているのは、その覚醒者の一人だった。
この街はかつて妖魔が出現し、依頼を受けた組織が一度戦士を派遣したものの、その報酬の代金を受け渡す相手を間違えたという災難に見舞われた。だがそれを聞いて慈悲を与えるような組織では無い。どんな理由が有ろうとも、報酬を渡さなかったのが悪いと言わんばかりに、この街から送られた依頼は悉く無視されるようになった。
それを知っていたのだろうか。現れた覚醒者は街に居た人間を全て喰らいつくすと、この場所を根城に他の街を襲撃するようになった。
妖魔の力は喰らった人間の数に比例するとされている。街一つ滅ぼした覚醒者の実力が高いことは想像に難くない。
「あら、一人だけ?」
そしてその力を裏付けるかのように、それは何の躊躇も無く戦士の前に姿を現した。
覚醒したことにより色が戻った血のように朱く長い髪。身に着けているのは粗末な襤褸切れ一枚という扇情的な姿。そしてどこか獲物を見るかのような眼光が鈍く輝く。
「戦士が来たらさっさと別の場所に行こうかと思ったけれど、まさかたった一人で来るなんてね。甘く見られたのか……それとも仲間と逸れちゃったのかしら?」
ニタニタと嫌らしい笑みを向けられ、戦士は溜息を吐く。
別に仲間と逸れたわけではない。最初からこの任務は彼女一人に与えられたものだ。
彼女も自分の担当である黒服の男から話を最初に聞いたとき、耳を疑った。何故、自分が覚醒者討伐を単独でやらなければならないのかと問い詰めた。しかし返ってきた答えは
「お前なら可能だろう?」
ただそれだけである。
結局彼女は重い足取りでこの街を訪れ、覚醒者と相対した。出来ることならさっさとこの場から離れてしまいたい。彼女の足なら可能だ。だが、それをすれば組織から離反者と認定され、他の戦士に追われることとなる。それは出来る限り避けたかった。
故に彼女は背中から剣を抜き、構える。この場を切り抜けるには、この覚醒者を倒すしか無いのだ。
「へえ、やるの?」
そんな彼女を覚醒者は嘲笑う。戦士たった一人で何が出来るというのだろうか。かつて戦士だった時は二つ名を持つ実力者だった。今更戦士一人相手に負ける気はしない。
美麗な人間に酷似した姿が徐々に変貌していく。口は裂け鋭い牙が覗く。両腕はまるで蟷螂のように鋭利な形状へと変化し、背中からは幾重もの棘が整然と並ぶ。尻からは蜥蜴のように長い尾が伸び、足も獣のような関節へと変形していく。そして全身の皮膚は硬化し、並みの武器では傷一つ付くことは無い。体高は5メートルはあるだろう巨体を持ち、戦士を見下ろす。
おぞましい異形の怪物。それが覚醒者の真の姿だ。
覚醒者はその巨体に見合わない速度で腕の鎌を振るい、戦士を切り裂こうとする。だが戦士は剣で受けることなく、逆に前へ勢いよく踏み出すことで覚醒者の足元を潜り抜け、背後へと回った。
だが背後を取ったからと言って、安心することは出来ない。覚醒者は長い尻尾を鞭のように振るう。柔軟性のある尾を剣で受けても、逆に絡め捕られるだけと判断した戦士は再び地を蹴り躱すが、そこへ今度は背中に並んだ棘が伸びて槍のように降り注いだ。それをバックステップで避ける戦士。
覚醒者の身体はまさに全身凶器だ。近づけば鎌と尻尾で、離れれば背中の棘で。さらに高いスピードも持っている。通常の覚醒者討伐チームでも倒すのは困難を極めるだろう。それが単独ともなれば、その難易度は跳ね上がる。最早不可能と言っても過言では無い。
「ふぅ……」
一通り躱し切り、攻撃が止んだタイミングを図って戦士は一息吐く。
そして彼女はそれまでの両手で剣を握る体勢を崩し、まるでクラウチングスタートのように腰を落として右手で剣を握り左手で地面に触れるという特殊な構えを見せた。
その姿に覚醒者が疑問符を浮かべていると、戦士は呟く。
「今度はこちらから行きますね」
―ドンッ―
まるで雷が落ちたかのような衝撃音と共に戦士の姿が掻き消えた。どこに消えたのかと覚醒者が目を凝らすが、直後に自らの足に違和感を感じる。思わず視線を下げると、そこには左足の膝から下部分が抉れている光景が映った。
「なっ!?」
驚愕する覚醒者。その背後には先程と同じような特異な構え方をした戦士の姿が有った。
「お前、一体……っ!?」
「そう言えば名乗っていませんでしたね」
覚醒者の言葉にまるで日常会話をするかのような雰囲気で戦士は答えた。
「組織の№3のレテです。以後お見知りおきを」
組織の戦士には1から47のナンバーが振り分けられており、この大陸のそれぞれの地区を担当している。同時にこのナンバーは組織の戦士の実力を表しており、数字が若い程高い実力を有していることを示していた。
つまり彼女は、現状の組織の中で三番目の実力者ということだ。
―ドンッ―
再びレテの姿が消え、直後に覚醒者の身体の一部が抉り取られる。何が起きているのかも分からず、覚醒者は困惑するしかない。
レテが行っていることは、特別難しいことではない。覚醒者を恐怖させるほどの技の正体。それはただの突進だ。ただし目にも映らぬスピードではあるが。
戦士はいずれも妖力を、自らが覚醒しないライン―80%以下でコントロールしながら戦っている。
だが一部には特殊な条件下ではあるがそのラインを超えることが可能な戦士も存在した。その一人がレテである。
彼女は足で地面を蹴る瞬間のみ、接地した足の妖力を100%完全解放しているのだ。僅かな瞬間、僅かな場所のみの解放であるため覚醒こそしないが、それを苦も無く行えるというのは異常と言っても良いだろう。
だがこの異常な妖力のコントロールによって、彼女は目にも映らぬスピードを持つ、戦士最速の足と称される存在へとなったのだ。
「ここが廃墟で良かったですよ。ボクが戦えば、被害が大きくなりますからね」
彼女の言葉と共に、崩れていた街並みが地面を蹴る音と共にさらに破壊されていく。
高速移動を可能とするレテの脚力は他の戦士と比べ遥かに高い。そんな彼女が足場とした場所は、例え頑丈な石レンガで作られていようともいとも容易く砕け散るのだ。
そしてそれだけのスピードで動くレテの身体も無論ただでは済まない。実は覚醒者の身体にぶつかる度に、その反動で剣を握った右腕に大きな負担を掛けているのだ。戦闘中でも骨に罅が入ることは珍しくは無い。
しかし彼女は自らの妖力でそれを回復しながらただ覚醒者に向かって四方八方から突進を仕掛けていく。
「ぐっ、や……止めろっ!!」
覚醒者は破れかぶれで攻撃を仕掛けるが、鎌を振るえば鎌が、尾を振り回せば尾が、棘を伸ばせば棘が逆に砕け散っていく。
四肢は最早繋がっているだけとなり、尾や棘も奪われた。抵抗する手段を奪われた覚醒者に残された末路は決まっている。
「これで終わりです」
「がひっ!?」
覚醒者の目に映ったのは、どこか冷たい微笑みを浮かべた戦士が自身の首を切り落とす瞬間だった。
「はあ……」
覚醒者討伐を終え、後は依頼が出されていた街に向かい報酬についての説明をするだけだ。
だがレテの顔は浮かない。
「……止めたい」
彼女は戦士を止めたかった。元々、彼女が戦士となったのは、浮浪児だった自分を組織が拾ったからだった。別に彼女は好き好んで戦士になったわけではない。ただしそれは他の戦士も同様ではあるが。
彼女は今の組織に不満を持っている。何故、こんな危険な任務を与えられなくてはならないのか。もっと支援が有っても良いんじゃないだろうか。
それを言ったところで無意味であることを理解している彼女は再び溜息を吐く。
「覚醒者を討伐したんだし、この後はしばらく休みかな……」
そんな彼女の淡い期待は無残に打ち砕かれ、報酬を受け取った黒服の男から新たな任務を言い渡されるのだった。
レテ
●№3
●身長173cm/右利き/防御型
●通り名「紫電」
●79期の戦士。一人称は「ボク」。性格はマイペース。
●クラウチングスタートのような体制から、両足の妖力をほぼ完全開放することによって行われる超高速移動「紫電」を得意とする。妖力の解放は地面を蹴る時のみであり、瞬間的に解放と抑制を行う技術力が求められる技。また高すぎるスピード故に小回りが利きにくいため、大剣を地面に突き刺すことでブレーキや旋回を行っている。
●尚、現№1はテレサ、№2はイレーネ。