その日の夜。劇場内を見回りしていた神木は、ふとスピカのことが気になった。
『そう言えば、僕はまだ副指令のことをよく知らないな。──せっかくだし、少し話をしてみるか』
スピカの部屋は神木の隣にある。神木は一息ついてからドアをノックした。
「はーい、どなた?」
「神木です。少しよろしいでしょうか?」
「神木くん? ちょっと待って、カギを開けるから」
カギが解除される音と共に、中からスピカが出てきた。服装は変わっていない。
「どうしたの? 何かあったの?」
「あぁ、いえ。──きちんと、挨拶をしていなかったもので」
「あら、それでわざわざ?」
「はい。──お邪魔だったでしょうか?」
「いいえ、ちょうど私もヒマしていたから。──どうぞ、中に入って」
「失礼します」
スピカの部屋は女性の部屋という感じがせず、必要最小限のものしか置かれていなかった。神木がキョロキョロ辺りを見渡していると、机の上に置かれている写真に視線が釘付けになった。まだ10代前半ぐらいの5人の少女たちが戦闘服姿で写っている。彼女たちの後ろにあるのは、アイゼンクライトのようだった。
「……欧州星組。かつて私が所属していた部隊よ」
神木の視線に気づいたスピカが説明する。
「欧州星組……。確か、華撃団が出来る前に組織されていた実験部隊、でしたよね?」
「真ん中に立っているのが、隊長だったラチェット。右二人が、今帝撃にいるレニと織姫。左二人が、紐育にいる昴。そして、私よ……」
遠い目をするスピカ。
「欧州星組解散後、理由は不明だけど私の霊力が突然ピーク時の半分にまで落ちたの。霊力が半分までしか出せなきゃアイゼンクライトは操れない。アイゼンクライトが操れなきゃ私が戦う意味は無い。だから早々に引退を決めて、オランダの田舎にある小さな家で隠遁生活を送っていたの」
「霊力が落ちたって……心当たりはあるんですか?」
「無いわ。だからどうすることも出来なかったの」
あっけらかんとした口調で答える。
「でも、まだ10代で隠遁生活だなんて……」
「引退する時に口止め料として一生暮らせる程の額をもらったから、毎日遊んでても問題無かったわ」
「……でも、引退していた方がなんでまた伯林華撃団の副司令に?」
スピカはベッドに腰かけると「一年前のことよ」と話し始めた。
「どこをどう調べたのかは分からないけど、突然ラチェットが私の家を訪ねてきたの。欧州星組のみんなには私の居場所は言っていなかったから……。その時に、伯林華撃団の副司令をやってくれと打診されたのよ」
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『──私はもう引退した身なのよ、ラチェット。戦線から離れて10年以上経つわ』
『私も今は引退の身よ。でも紐育星組の副司令としてやっているわ』
『あなたはそれでも最近まで戦っていたじゃない。私はもう……』
『スピカ。私は何も戦えと言っているわけではないの。それに、戦うことだけが副司令の仕事ではないのよ。隊長や隊員への指揮やケアも、大切な役目なのよ』
『でも……』
『欧州星組にいた頃から、あなたが司令向きであることは薄々感じていたわ。それにまだ悪が撲滅されたわけじゃない。人々の平和を守るためにも、伯林華撃団は、あなたの力が必要なの』
『……』
『よく考えて、決まったら連絡をして。私はしばらくこっちに滞在しているから……』
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「ラチェットがオランダを発つ前日に、副司令を引き受けると返事をしたわ」
ふぅーっと息を吐くスピカ。
「多分、心の奥のどこかで、負い目を感じていたのかもしれないわね。他の四人が、まだ体を張って戦っていたから……」
「……そうだったんですか」
「──ま、副司令もやってみると案外楽しいわよ。おかげで、ニーナやマレーネ、ナターシャとも出会えたし。──それに神木くん。あなたにも、ね」
「えっ……?」
ふいにそう言われ、ドギマギする神木。
「……なーんてね。さ、まだ夜の見回りが残ってるんでしょ? 明日も公演はあるんだし、早く終わらせて来なさい」
「は、はい」
スピカにせかされる形で、神木は部屋を後にした。