翌日。ナターシャの舞台デビューは、本番前の前座で場を盛り上げるシェイクスピア役となった。演技はほぼ未経験ながらも、本人の言う通り緊張せずに堂々とした立ち振る舞いが、逆にシェイクスピアの貫禄を表現していた。また、本人は元々トーク能力があったようで、三十分という短い時間ながら何度も観客を笑わせていた。
「これだけの度胸があれば、きちんと演劇を勉強すれば凄い女優に化けること間違いなしね」
舞台袖から見ていたスピカが呟く。隣にいたリンも頷く。
舞台は無事に進み、いよいよクライマックスという時だった。
ブーーーーブーーーーブーーーーブーーーー
劇場内に突然警報が鳴り響いた。会場内がざわざわし始める。ニーナとマレーネも演技を止めた。
『バアフトゥン(アテンション)、バアフトゥン。ゴーレムが出現。劇場内にいる皆さまは、係員の指示に従って避難をしてください』
スピーカーからつぼみの声が流れる。
「はーい。お客様、落ち着いて、私たちの指示に従ってくださーい!」
売り子をしていたアンジュが声を上げながら、観客たちを誘導していく。観客たちも大騒ぎせず、避難は10分もかからず完了した。
神木たちは急いで作戦指令室に集合する。
「なに、なに、もうー。せっかく人が惰眠貪っていたのにー」
警報で昼寝を妨げられたヨハンもやって来る。
「……何だい。あのモヤシ野郎は?」
ナターシャがヨハンを軽蔑のまなざしで見る。
「も、モヤシ野郎とは何かね! 私はここ、伯林華撃団の司令だぞ! 君こそ、誰だ!」
「伯林華撃団・四季組新メンバー、ナターシャ・イヴェールだよ。司令だか何だか知らないけど、この緊急時にそんなだらしのない態度でいるとタダじゃすまないよ」
「な、何だと?!」
「おい、今は喧嘩している時じゃないぞ!」
神木が仲裁に入る。そしてスピカに向き合う。
「……それで、ゴーレムの出現場所は?」
「赤の市庁舎付近よ。今、現地の様子を確認するわ」
スピカがモニターを操作する。赤の市庁舎前の広場に5体ほどのゴーレムが闊歩している。
「このままだと中にいる役所の方々の身が危ないわ。神木くん。すぐ出撃命令を!」
「はい! 伯林華撃団・四季組、出撃せよ! 目標、赤の市庁舎!」
「了解!」
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赤の市庁舎に、トゥルーデと彼女の敵蒸気機械『アネモーネ』の姿があった。
「ハッハッハ。そうだ、破壊だ! 破壊しろ! こんな趣味の悪い赤色の建物なんか破壊してしまえ!」
「そうはさせるか!」
「……なにっ!?」
声と共に空からアイゼンクライト改が降ってくる。空中から攻撃を掛けられたゴーレムたちはあっという間に倒された。
「伯林華撃団、参上!」
「……ほう、貴様らが伯林華撃団か……。ヨーゼフを倒したという」
そう言ってトゥルーデは不敵に笑う。
「ヨーゼフ? ……そうか、仲間か。名を何と言う?!」
「私の名はトゥルーデ! お兄様に使えし兄妹の長女……。ヨーゼフの恨み、ここで晴らさせてもらう」
神木は『アネモーネ』をゆっくり観察する。機体中央にあるシルバーの紐飾りが気になった。
『隊長、作戦はどうするんだい?』
初出撃のナターシャが通信で尋ねてくる。隊長は状況ごとに「作戦」を立ててそれを隊員たちに指示することが出来る。作戦のモードは【雪】【月】【花】の三種類あり、【雪】は防御重視、【月】は防御・攻撃共にバランス型、【花】は攻撃重視の作戦が取れる。
前回のヨーゼフでは【花】で押し切ったが、トゥルーデは何か裏がありそうだ。神木はそう睨んだ。
「全隊員に告ぐ。今回の作戦は、防御重視の【雪】で戦う」
『了解!』
『ちょっと待て!』
ナターシャが声を上げる。
『相手は一人でこっちは四人だぜ? それにあたしの戦術は近距離攻撃特化だ。【雪】でちんたらやってたら思う存分に暴れ回ることは無理だぜ』
「今回のトゥルーデは何か仕掛けがあると睨んで、用心をしての【雪】だ。相手は仲間の復讐に燃えているんだ。正攻法で来るとは思えない」
『甘いよ隊長。そんなんで、今後もっと強い敵が現れた時どうするのさ?』
「ナターシャ。君のいた部隊とここ伯林華撃団は違うんだ。向こうの常識とここでの常識が違うってことを分かってくれ。とりあえず今は、僕の指示に従ってくれ」
『分かってないのは隊長の方さ。あたしは経験だけは誰にも負けない。こういう時は、袋叩き一択さ!』
言うが早いが、ナターシャのアイゼンクライト改は一足早くトゥルーデに向かっていく。
「ナターシャ! クソッ、二人とも、急いでナターシャの援護をするぞ!」
「了解!」
ナターシャはトゥルーデ目がけて一直線に突っ込んでいく。
『隊長は甘すぎる。そんな甘々じゃ、戦場じゃ命とりだぜ!』
「おりゃあああああああ!」
次の瞬間、ナターシャの機体をトゥルーデの『アネモーネ』のシルバーの紐飾りが貫通していた。
紐飾りは見掛け倒しで、敵が近づいてきた瞬間に鋼鉄と化し相手を貫くシステムとなっていたのだ。
「ナターシャ!」
神木たちは慌ててナターシャのアイゼンクライト改に駆け付ける。
『たい……ちょう……』
通信スピーカーからナターシャの弱々しい声が聞こえる。
「ナターシャ、無事か!?」
『だい……じょうぶ……かす……り傷さ……』
「あーっはっは! ヨーゼフの恨み、晴らさせてもらったよ!」
トゥルーデは高笑いをすると、そのまま姿をくらませた。
『神木くん。聞こえる?』
指令室からスピカが通信してくる。
『すぐにナターシャを劇場の医務室に連れていって!』
「わ、わかりました!」