リンが連れてきたのは、市内にある日本人街『クライナ・トーキョー』(リトル・トーキョー)だった。ドイツに移り住んだ移民や現地の駐在員たちが集うコミュニティで、街中には住民たちの家の他に多くの日本食レストランや百貨店、邦字新聞社までも軒を連ねている。
「伯林にこんなところがあるなんて、驚きだなぁ」
オリエンタリズム溢れる街並みを見ながら、神木は感嘆の声を上げる。
「街には中華レストランもあるから、私もよくこの『クライナ・トーキョー』には来ているんですよ」
「赴任して以来、ずっと舞台と戦闘に掛かりっきりだったから、こんな場所があるとは知らなかったよ」
「そうでしょう? さ、行きましょう! 今日は私、スシを食べたい気分なんです!」
「おいおい。その寿司は俺が奢るのか?」
「だって神木さんは、紳士でしょう? 紳士はレディに対して太っ腹じゃなきゃ!」
「ちゃっかりしているなぁ」
神木は呆れながらも、『クライナ。トーキョー』で一番美味しいという寿司屋『HANABI』に入った。
「寿司なんて、日本を出る前に食って以来だからなぁ。まさかこっちで食べられるとは思わなかったよ」
店内には、他にも日本人の客で溢れている。神木はその中で、とある少女に釘付けとなった。
少女は年齢は10代後半といったところで、ロングの黒髪をポニーテールにまとめ、化粧をし、最新のアッパッパに身を包んでいる。
『現地に住んでいる方なのかな? しかし、あの顔どこかで……』
「何してるんですか、神木さん。スシが冷めちゃいますよ」
「あ、あぁ、ごめん。……って、寿司は元から冷えてるんだよ」
ノリツッコミしながら食事をしていたら、いつしか少女の姿はどこにもなかった。
*******
その夜。神木は自室で日記をつけていると、ドアをノックする音がした。
「はーい、どなた?」
『私です。スピカです』
「副司令ですか。どうぞ、カギは開いてます」
中に入ってきたスピカ。その手には何やら封筒が握られている。
「なんでしょう、それで」
「神木くん。急で悪いんだけど、明日、『クライナ・トーキョー』にある日本大使館に行ってきてくれないかしら?」
「日本大使館ですか? 良いですけど……なんでまた?」
「実は、大使館主催のパーティーに私と支配人が招待されたんだけど、支配人が面倒くさいとダダをこねて聞かないの。それで、悪いんだけど、明日大使館に支配人の代わりに神木くんが参加するってことをあなたの口から向こうに伝えてほしいの」
「はぁ、分かりました」
「ごめんなさいね。無理言っちゃって」
「いえ、全然。日本大使館に行けば良いんですね? 分かりました!」
神木は元気よく返事をして、スピカから封筒を受け取った。
*******
翌日。神木は『クライナ・トーキョー』内にある在ドイツ日本大使館にやってきた。東洋趣味が強い日本人街の中に、西洋風の館があるのは何ともちぐはぐしているように思えた。
『そう言えば、ここの所忙しくてきちんと挨拶出来ていなかったな……』
そんなことを思いながら、神木は受付へと向かう。受付には目つきの悪い日本人の初老の警備員が座っていた。
「……カン・イッヒ・デァ・ヘーフン? ……何か用ですか?」
「あの、自分。伯林華撃団から参りました、帝国海軍少尉の神木裕一郎です。大使にお会いしたいのですが……」
「あぁ、伯林華撃団の方ですか。少々お待ちください」
警備員はそう言って、内線電話を掛ける。一分ほどやり取りをした後、「どうぞ、中にお入りください」と言ってくれた。
中は日本的な要素は何一つ無く、玄関に飾られている『在独日本大使館』の掛け軸ぐらいだった。神木は警備員の案内で建物の最上階にある『大使室』へと向かう。
「この部屋になります」
大使室の扉はとても広く、来るものを威圧するほどの空気を持っていた。神木は一呼吸ついてから、ドアをノックする。
『……はい』
中から男性の声がする。
「伯林華撃団より参りました、帝国海軍少尉・神木裕一郎です」
『……どうぞ。お入りください』
「失礼します」
中に入ると、髪をオールバックにして黒縁眼鏡を掛けた髭の男性が座っていた。が、神木が入ってくると立ち上がって握手を求める。
「やぁ、やぁ。君が神木裕一郎少尉か。華撃団での活躍は聞いているよ」
「挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
「とんでもない。挨拶なんていつでも出来るからね。──おっと失礼。私も自己紹介を忘れていた。在ドイツ日本大使館特命全権大使の、若林正毅だ。よろしく」
「神木裕一郎です。よろしくお願いします」
「伯林はどうかね? もう慣れたかい?」
「えぇ。とても住みやすいと思います。でも、日本人街があったとは知りませんでした」
「日本人街と言っても、我々のような駐在員のためのコミュニティから派生したところだからな。ま、日本が恋しくなったら遊びに来るといい」
「はい、ありがとうございます。──あの、実は、大使館で今度開かれるパーティーなのですが、支配人の都合が悪いので当日は私と副司令がお伺いするというのを、本日お伝えに来ました」
「何だ、そんなことでわざわざ大使館まで来てくれたのか。面倒をおかけしましたな。ささ、座って。くつろいでください」
正毅がソファを勧めるため、ご厚意に甘える。
「そうだ、私の娘を紹介しましょう。──おーい、秋奈! お客さまにお茶をお出ししなさい!」
『かしこまりました。お父様』
奥の部屋から可愛らしい女性の声がする。
「娘さん、ですか?」
「えぇ。今年で17になるんですがね、親バカでしょうが非常に可愛いんですよ。5歳の頃は毎日のように『おとっちゃんと結婚する』なんて言ってましたからね」
「はぁ」
「失礼します」
奥の部屋から煌びやかな和服を着た女性が、お盆を持って入ってきた。
「紹介しましょう。私の一人娘の、若林秋奈です」
彼女の顔を見て、神木は言葉を失った。
化粧で印象こそ違えど、昨日、寿司屋で会った少女その人だったからだ。