「……私の家内は、秋奈が3つの時に亡くなりまして。以来私が男手一つで手塩にかけて育ててきたんですわ。日本にいた時は格式高い女学校に通わせまして、礼儀やら作法やら何やらを学ばせました。やはり、若林家の娘は大和撫子でなくてはなりませんから」
正毅はそう言ってガハハと笑う。秋奈も口元に手をあて微笑を浮かべる。
神木も愛想笑いしながらチラッと秋奈の方を見る。
『……やはり、そうだよな……』
昨日寿司屋で見た"モダンガール"。あれは間違いなくここにいる秋奈だと思われるが、全く雰囲気が違うため確信が持てない。
『他人の空似? だとしても似すぎてる……』
「……神木さん」
「は、はい」
ふいに声を掛けられたじろぐ神木。
「神木さんも日本にいたときに、見かけたでしょう。ほら、あのー、モダンガールっちゅう……」
「え、あぁ、はい。見かけましたね。特に銀座あたりに出ると洋服に身を包んだ女性をよく見ましたよ」
「それですわ。私は、その、モダンガールっちゅうんがどうも気に食わなくてね。なんと言うか、バタくさいのが鼻についてね。やはり日本女性は、栗島すみ子のような繊細な美が一番似合っていると思うんですよ」
「は、はぁ……」
何とも言えない表情をしながら、神木は隣で微笑んでいる秋奈に視線を移していた。
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その日の夜。ベッドに横になってぼんやり天井を眺めながら、神木は秋奈のことを考えていた。
『片や現代的なモダンガール、その一方で貞淑な大和撫子。……うーん、考えるだけで頭がこんがらがってくる』
神木は身を起こすと、廊下に出てマレーネの部屋に向かった。ドアをノックする。
『……どなた?』
「神木だけど。ちょっといいかな?」
『……』
「手間はとらせない。ちょっと、君の意見を聞きたくて」
『……どうぞ。カギは開いているわ』
ドアを開けてまず目に入ってきたのは、壁中を埋め尽くした新聞記事の切り抜きだった。そのほとんどの記事にマレーネの写真が載っている。
「……それで? 聞きたいことは何かしら?」
マレーネが部屋の隅にキセルを持って立ったまま尋ねる来る。
「あぁ、ごめん……。マレーネ。街である女性を見かけたとして、最初に見た時は現代的なモダンガール、次に見た時は貞淑な日本女性だった時、それは別人なんだろうか? 顔も似ているんだけど、化粧で印象が全く変わっているんだ」
「……そんなことを聞くために、わざわざ?」
呆れた口調でキセルを吸う。
「僕は真剣なんだ。ドッペルゲンガーを見た気分でどうもスッキリしない」
「……女は化ける生き物よ」
「えっ……?」
驚きの表情を浮かべる神木。
「だから女優がチヤホヤされるの。女は、芝居でもプライベートでも常に役を演じているから。──でもそのことを誰も気づかないの。演じ続けるうちに、本人もそれが本当の時分だと錯覚してしまうから……」
「マレーネ……」
「気を付けることね」
マレーネはそれだけ言うと、ベッドに座り込んでキセルを吸うのに専念し始めた。神木は礼だけ述べてマレーネの部屋を後にした。
『女は化ける……か』
渡り廊下を歩きながら、神木はマレーネの言葉を反芻した。