休演日。連日の舞台の疲れをおくびにも出さず、神木たちは伯林フィルハーモニーへと向かった。
「『ウィーン少年少女合唱団は、神聖ローマ帝国時代に結成されたインテル少年少女合唱団の一部メンバーをウィーンに連れてきて結成されたものであり、オーストリアでも屈指の歴史を誇る合唱団である』か……」
パンフレットを見ながら神木が呟く。
「世界各地から公演の以来が来ているほどの人気なんですけど、ドイツだけは合唱団の起源だからということで公演も特別に優先しているみたいなんです」
秋奈が解説する。「だから、わざわざドイツまで聴きに来る方もいるそうですよ」
「へぇー、そこまでして聴きたい合唱団、か……」
照明が暗転し、予鈴が鳴り響く。ざわざわしていた会場内が、水が引いていくかのごとく静けさになる。
会場の幕が開き、スポットライトが照らされる。そこにいたのは、白い服を着た10歳ぐらいの年端もいかぬショートヘアの少女だった。
『何だ? 他の子供たちはどうしたんだ?』
訝しる神木。ニーナやナターシャも何が始まるんだとソワソワしている。
少女は何万といる観客に少しも動じず、軽く息を吸う。そして。
「Ave~ Maria~」
少女の歌声を聞いた瞬間、神木は全身にゾワッと鳥肌が立った。青天の霹靂とはこのことで、まさに未体験の経験だった。
聴くものの心を浄化していく洗練された歌声。まるで天使が舞い降りたような衝撃を覚えた。
それはニーナたち四季組・空組のみんなも同じようで、ニーナとアンジュとリンは涙を流していた。
『素晴らしい……。これほど聴くものを圧巻する歌声を持つ少女がいたとは……。彼女から発しているエネルギーも凄まじいものだし……エネルギー?』
ここでハタと神木は気づく。
少女の体から薄く白いエネルギーのようなものが発せられている。他の観客たちはそのことに気づいていないが、秋奈やマレーネは感づいているようだ。
『これは、もしや……霊力? 歌っている時にだけ、霊力が体から漏れ出ているのか?』
少女のAve Maria が終わると、そのまま後ろに下がって待機していた合唱団の列に加わる。そして、少年少女たちによる『歓喜の歌』が始まった。
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「いやー、凄かったですねー。特に最初の女の子! 歌めっちゃ上手くありませんでした?」
帰り道。興奮気味に完走を交わすニーナ、アンジュとリン。
「あれ聴くと、私達もまだまだだなーと思いますよ」
「『ウィーン少年少女合唱団』って、入団テストが厳しいことで有名で、毎年の倍率は五千倍なんですって」
「五千倍! 一マルクが五千マルクになるじゃないですか!」
「……リン。人の倍率とお金は一緒にしない方が良いわ」
口々に話し合ってる三人を見つめながら、神木は考えていた。
少女が発していたエネルギーが霊力であることは間違いない。詳しくは分からないが、おそらく伯林歌劇団のメンバーの中で最も強力なものだろう。
「……リリィ・ヴィンター」
黙って横に並んで歩いていたマレーネが口を開く。神木は「えっ?」と聞き返す。
「『ウィーン少年少女合唱団』の歴史の中で五本の指に入るほどの美声を持つ天才少女。入団テストでは合唱団の歴史の中で初めて、試験官が満場一致で合格を決めたという。三年前の入団以来、世界各地の公演に引っ張りだこでニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストでも紹介された実績を持つ──」
「リリィ、ヴィンター……」
神木はゆっくりと少女の名前を反芻した。