スピカの言葉の意味は翌日判明した。
『な、なんだ、なんだこれは?!』
モギリをしながら神木は心の中で叫ぶ。列をなしているのは、年端もいかない少年少女ばかりだからだ。皆好き好きに喋りまくってる。
「今日の公演は、『ウィーン少年少女合唱団』御一行様特別招待の貸切公演よ」
モギリの横でスピカが説明する。神木は反応する余裕もない。
「劇場に団員全員呼んでしまえば、こっちから接触することは簡単だわ──ほら、噂をすれば」
スピカに言われ視線を上げると、すぐ近くに件のリリィの姿があった。
神木はリリィの順番が回ってくるタイミングで、「楽しんでいってね!」と満面の笑みで声を掛けた。対するリリィはチラッと一瞥しただけで半券を受け取ってさっさと行ってしまった。
『昨日の公演で疲れが落ちていないのかな? でも他の子供たちは皆楽しそうに話しているし……』
「どうも、こんにちは」
子供たちの列の最後尾に並んでいた、タキシードに身を包んだ小太りの男性が神木に声を掛ける。
「あぁ、どうも。あの、あなたは……」
「こりゃ失敬。私、『ウィーン少年少女合唱団』の総責任者をしております、団長のカラジャンと申します」
カラジャンはそう言ってシルクハットを取る。一見温和そうだが、目の奥が笑っていない。
『カラジャン……こいつが』
「本日は当劇場にお越しいただき、ありがとうございます。私、伯林歌劇団の副支配人をしているスピカ・レンテと申します」
スピカが恭しく挨拶をする。
「私共も、昨日皆様の公演を見に伺ったのですよ」
「ほう! そうでしたか。いやはや、芸術を生業にする者同士、互いに高めあって行きませんとな」
ガーハッハと下品な笑いをする。
「二階の貴賓室へご案内致しますので……。神木くん、お願いね」
「は、はい。……どうぞ、こちらです」
階段を上がり二階に向かう途中、神木は何気なくリリィの話題を出した。
「昨日の公演感動しました。特に、リリィの歌声は鳥肌が立ちましたよ」
「そう言っていただけるとありがたい。リリィは、うちの合唱団の大切な儲け頭ですからな。──正直、他の有象無象の団員たちのことはどうでもいい。リリィさえ、リリィさえいてくれれば、我が合唱団は安泰なんですわ。ハッハッハ……」
カラジャンの言葉を聞いて虫唾が走る。
『こいつ……団員を何だと思ってやがる……』
怒りを内心に抑えながら、カラジャンを貴賓室の案内した神木は、そのまま舞台袖へと向かう。
「副司令!」
舞台袖で待機していたスピカに駆け寄り、先ほどのカラジャンの台詞を伝える。
「──やはり、睨んだ通りだったわね。何とかして、彼女と一対一で話が出来る機会が欲しいけど……」
スピカはそう言って、最前列に座っているリリィに目をやる。
目線を上の方に向けると、服をだらしなく着崩したカラジャンが眠そうに目をこすっている。
予鈴がなり、鋼鉄のハートの持ち主ナターシャが前座として登場し場を盛り上げた後、舞台が始まった。
その間、リリィは笑みを一つも見せなかった。