その夜。神木は夜の見回りがてら、マレーネと話し合いしてみることにした。
「マレーネ、いるかい? 神木だけど」
ドアをノックしながら言う。
『……何の用かしら?』
「君のことでちょっと、話があるんだ。手間はとらせないから、中に入れてくれないか?」
『……どうぞ。カギは開いているわ』
中に入ると、相変わらず新聞紙で埋め尽くされた壁が目に入ってくる。逆にそれが圧迫感を与える。
「前来た時も思ったけど、すごい数の切り抜きだね……」
「壁にあるのはファイルに収まらなかった分よ」
キセル片手にマレーネが言う。
「へ、へぇ……」
「──で、私に何の話があるの?」
「あ、あぁ。伯林華撃団も隊員が5人になって安定してきたし、君ももっと他の隊員たちの輪に入って欲しいんだ。チームワークは芝居でも戦闘でも同じだろ? 君が事なかれ主義な性格なのは分かっている。でも、もう少し隊員たちとコミュニケーションを取って欲しいんだ」
「……」
「すぐにとは言わない。例えば、サロンで談笑したり、稽古で自分からアドバイスしたりとか、そういう小さなことから始めてくれれば……」
「私は隊長に言われたことは遂行しているはずよ。それのどこが問題なの?」
「だから、そうじゃなくて、もっと他の四人とも交流を深めてほしいんだ。君の仲間じゃないか」
マレーネは黙ってキセルの煙を吐くと、「そろそろ寝るから。おやすみなさい」とだけ言った。
「マレーネ……」
「上っ面だけの台詞は虚しいだけよ、隊長」
マレーネはそれだけ言ってそっぽを向いてしまった。
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翌日。神木はスピカのもとを訪れた。ヨハン支配人はこの所外出ばかりでロクに劇場にいないし、何よりマレーネをスカウトしたのはスピカだから、彼女に聞けばマレーネのことが何かわかると思ったのだ。
「……ふぅん。マレーネが」
「戦闘も優秀ですし、舞台も圧倒しているのは分かります。でももう少し打ち解けてほしいとも僕は思っているんです」
「……神木くんは、マレーネのことをどれくらい理解している?」
「え? えーっと、確かドイツ人とアメリカ人の両親を持って、こっちに来る前まではアメリカのブロードウェイで看板女優として活躍してたんですよね? ──僕が把握しているのはこれくらいですけど……」
「なるほど。マレーネという人となりを知るにはあまりにも情報が不足しているわね」
スピカは立ち上がって本棚からファイルを取り出す。ファイルの表紙にはドイツ語で『マレーネ・ミッドサマー 記録』と書かれてある。
「……正直、彼女には気の毒なことをしたわと思っているわ」