「マレーネはドイツにルーツはあれど、生まれも育ちもアメリカのカリフォルニア。つまり、彼女のアイデンティティはアメリカにあるの。こっちに来るまではドイツ語は簡単な挨拶程度しか出来なかったと聞くわ。演技の学校に入って二年間修業を積んだ後、17歳でブロードウェイの舞台で鮮烈なデビューを飾ったの」
スピカはファイルに綴じられた記事を提示する。見出しには【ブロードウェイ期待の新星 堂々デビュー】の文字が踊っている。
「彼女は百年に一人いるかいないかの逸材と言われたそうよ。出演する舞台は次々と満員御礼を叩きだして、彼女を一目見たファンが感激のあまり失神するなど、一時は社会現象にもなったほどよ」
「そんなに凄かったんですか」
「新聞を読む限りね。デビューから二年経ってようやく興奮も落ち着いたみたいだけど、それでも彼女がトップスターであることに変わりはなかったわ」
神木は新聞に目を通す。どの記事にも『氷の微笑』の文字が載っている。
「この、『氷の微笑』というのは?」
「マレーネの愛称よ。クールビューティーな面立ちに切れ長の瞳から、そう言われたみたいよ」
「へぇ、『氷の微笑』かぁ……」
確かに彼女に睨まれたら吹雪が起きそうだな、と神木は一人考えた。
「──ブロードウェイでの活躍が目立っていくうちに、彼女にも霊力があることが徐々に分かってきた。それに目を付けたのが、リトルリップシアター……紐育華撃団の本拠地なの」
「えぇ?! じゃあ、マレーネは……」
「そう。最初、彼女は紐育華撃団に所属する予定だったの。アメリカにいるんだから、自然なことよね。でもそれに待ったを掛けたのが、私だったの」
「え? 副司令が……?」
「当時、伯林華撃団新設構想はすでにあったんだけど、肝心の隊員がまだニーナしか見つけられていない状態だった。構想にはラチェットも一枚噛んでいたから、彼女を通してマレーネを伯林華撃団に配属するよう働きかけたの。ラチェットの助けもあって、マレーネも最後は伯林華撃団に配属することを了承してくれたわ。──でもそれは、彼女にとってあまりにも辛い選択でもあったわ」
「と、いうと……?」
「リトルリップシアターにいれば、ブロードウェイに立てるチャンスはまだ残されている。でも、伯林歌劇団に入ってしまえば、ブロードウェイの舞台になんてとても立てない。伯林華撃団に入るということは、彼女のブロードウェイでのキャリアの終わりを示していたの……」
「えっ?! じゃ、じゃあマレーネは……」
「伯林に向けて発つ前日の舞台で、ブロードウェイから引退することを宣言したわ」
スピカが示した新聞にはどれも【『氷の微笑』マレーネ 電撃引退!伯林へ発つ!】の見出しがあった。
「彼女には本当に酷なことをしたと思ってる。でも、平和を守るのに伯林も紐育も関係ないと彼女は言ってくれたわ」
「では、ブロードウェイに未練があるわけではない、と副司令はおっしゃるんですか?」
「彼女は嘘はつかないわ。もっと他の、深く根ざした部分に彼女が心を開かない原因があると思うの。──神木くん。彼女の氷のように凍った心を、溶かしてあげて」
「……分かりました!」
神木はハッキリとした声で返事をした。