「そうだ、マレーネ。紐育にいた時のことを教えてよ」
運ばれてくる高級料理に舌鼓を打ちながら、神木はマレーネに尋ねる。
「──スピカから最低限のことは聞いているんじゃないの?」
「そりゃそうだけど、でも君の口からも聞きたいんだ。文字よりも、やっぱり本人の言葉の方が説得力あるからね」
「──そうね。で、何が聞きたいの?」
「うーん、そうだなぁ。一番印象に残っている舞台って何かな?」
「それはやっぱり、デビューの時ね。生まれて初めて大観衆の前に立って演技をするなんて経験をしたのも初めてだったし、その多くのお客さんが私の手取り足取りを見ているのよ。とても不思議な経験であると共に、非常に充実感を覚える瞬間だったわ」
遠い目をするマレーネ。その視線の先にはブロードウェイの舞台が映っている。
「それから何本もの舞台に立ったけど、やっぱりデビューは格別ね。自分の存在が、ブロードウェイを見に来てくれる皆に認められた気がしたから」
ウェイターがロマネコンティを持ってきて、グラスに注ぐ。
「──君の部屋の壁いっぱいに、新聞の切り抜きが貼ってあったね。あれは……?」
「デビューから今までに私のことが載った記事を片っ端からスクラップしているのよ。新聞もニューヨーク・タイムズからボストン・グローブまで。私に関する内容が書いてあれば、それがネガティブなことでも保存するわ。あの切り抜きは、私の活躍の証なの」
「……伯林に来てからも続けているのかい?」
神木はそろりそろりとマレーネの気持ちを探る。
「一応ね。どれもこれもべた褒めしかしていないからつまらないわ」
「伯林もゲーテを始めとして、演劇は有名だからね。そのドイツの批評家がこぞって称賛しているなら、本物だよ」
「批評家の言うことなんて気にしてないわ」
その刹那、神木の脳の中で点と点が繋がった音がした。
『そうか。──ということは』
「……マレーネ。君にとって応援してくれるファンはどういう存在だ?」
「ファンがいてくれるから私は存在しているのよ。両親と同じ、もしくはそれ以上の大切な存在だわ」
「──でも、本当は違ったんだろ?」
「えっ?」
マレーネが戸惑いの表情を出す。
「副司令から聞いたよ、舞台の上で電撃引退を表明したって。当然応援してくれている人からしたら青天の霹靂だろう。でも、案外人間てのは流行に流されやすい質だ。君が伯林に渡ったころには、その人たちの興味はすぐに別のベクトルに向いてたんじゃないのか?」
「……」
「紐育にいる人が伯林にいる君の動向を知る術なんて限られているからな。自分の存在が実は大したことなかったということに、君自身が気づき、そして傷ついたんじゃないか?」
「……」
マレーネはしばらく黙ったままでいたが、やがて「出ましょう」とだけ言うと立ち上がってさっさと出入り口まで歩いていった。