「はじめまして。オットーさん」
応接室でニーナの父親、オットーと対峙するスピカ。神木はドア付近に立っている。
『……あれ? ニーナくんをスカウトしたのは副司令だから、父親とも面識があるんじゃないのか?』
「わざわざミュンヘンからお越しいただきありがとうございます。それで、本日は一体どういうご用件で……?」
「ニーナを連れて帰りに来た!」
オットーが被せるように言う。神木はその言葉に面食らう。
『連れて帰る?! 一体どういうことだ?』
「……話が見えないのですが……」
「妻から聞いた。私がいない間にとんでもないことをしてくれたな!」
だんだん沸騰してくるオットー。
「娘は私の後を継いで薬剤師になるんだ! そのためにヴュルツブルク大学薬学部の試験対策もやって来たんだ。その将来を投げ捨てて役者だと? 断じて許すことは出来ん!」
「オットーさん、奥様からの了承は得ています。本人の意思も確認しております」
「黙れ! この詐欺野郎! 娘は何としても私が連れて帰る!」
「オットーさん。本人の将来は本人が決めることです。彼女は、ニーナは喜んで私達の仲間になると言ってくれました」
「ニーナは騙されてるんだ! あの子は純真無垢だからな! とにかく、私はニーナを連れて帰る!」
「お、お義父さん。落ち着いてください」
今にも暴れ出しそうなオットーをなだめる神木。
「モギリにお義父さんと呼ばれる義理はない!」
「オットーさんと言ったんです! それより、オットーさん。娘さんの舞台を観劇したことはありますか?」
「あるわけないだろう! 娘がこっちにいることもつい最近知ったんだ!」
「じゃあ、文句は娘さんの舞台を見てからにしませんか? ニーナくんも春に比べればなかなか演技も上達してファンも増えてるんですよ」
「そうですわ。せっかく娘さんが頑張ってらっしゃるのに、それを無下にすることはありませんわ」
スピカは胸ポケットから舞台のチケットを取り出す。
「現在公演している演目は、古代ギリシアの喜劇作家アリストパネスによる戯曲『女の平和』です。特等席をご用意しますから是非楽しんでください」
オットーはしばらくスピカを睨みつけていたが、ひったくるようにチケットを奪い取ると、そのままドスドスと部屋を後にした。
「……参ったことになったわね」
オットーが去った後、ソファに座りなおして頭を抱えるスピカ。
「ニーナくんをスカウトした時、オットーさんはいなかったんですか?」
「ニーナのお父さんは、薬局経営の傍ら薬学部の先生でもあるの。私がスカウトに行った時はちょうど長期の出張に出てた頃なのよ。奥様と本人から了承を得たから大丈夫だと思ったけど、甘かったわね」
「まぁ、でも舞台を見ればコロッと意見変わりますよ」
「……その舞台が問題なのよ」
「へっ?」
「神木くん。『女の平和』がどういうあらすじか、知ってる?」