『女の平和』は、平和主義者だった作者のアリストパネスがペロポネソス戦争に反対する意味合いで書かれた戯曲で、アテネ・スパルタ両軍の兵士の妻が戦争に抗議する意味合いでセックス・ストライキを行い、それに懲りた兵士たちが和平を結ぶというストーリーだ。
伯林歌劇団史上最も下ネタが飛び交う舞台となったが、マレーネやニーナが堂々とした振る舞いでポンポン下ネタを言う様子やナターシャ演じる兵士のコミカルな演技が相まって観客は終演まで笑いが止まらない状況となった。
「大好評みたいですね……」
舞台袖から覗きながら神木が呟く。
「エロと笑いは紙一重なのよ。人間の根底にあるのはエロだからね。神木くんだってそうでしょう?」
「ぼ、僕はそんなこと、ありませんよ! 自分は帝国軍人なんですよ!」
「どうかしら?」
「勘弁してくださいよ~!」
「……見て、神木くん」
スピカが指さした方に目を向けると、貴賓席で顔を真っ赤にさせたオットーが座っていた。
「うわぁ。これはもう一嵐ありそうですね……」
「覚悟した方が良いわね」
その言葉を聞いて、神木は憂鬱な気分になった。
案の定、舞台が終わるとオットーは真っ先にスピカの元へやってきた。
「何だ、あの舞台は! まるで公開処刑じゃないか!」
怒りで顔がゆでだこみたいになっている。
「お、オットーさん。今回はたまたま、あぁいうテーマだっただけです。過去には、シェイクスピアだったりミュージカルだったり、とにかく私達は様々な作品を取り上げているんです」
神木が何とかなだめるが、まるで取り付く島もない。
「うるさい! 貴様なんかに、子を持つ親の気持ちが分かるもんか! とにかく、娘は連れて帰る! えぇい、話せ!」
「パパ!」
取っ組み合いをしていたら、奥からニーナが歩いてきた。背後に他のメンバーもいる。
「ニーナ!」
オットーは神木を振り切ると、ニーナのもとに駆け寄る。
「ニーナ……。大丈夫だったか、さ、パパと一緒にミュンヘンに帰ろう」
「パパ、私はここに残るわ」
思いもかけない言葉だったからか、唖然とするオットー。
「な、何だって? ニーナ。冗談はやめなさい」
「私は本気よ。私は、みんなとここに残るの」
「ニーナ。私がどれだけニーナのことを心配したのか分かっているのか!」
「想像はつくわ。でも、それとこれとは話が別よ。私は、伯林華撃団の一員ですもの」
一瞬固まるオットー。
「な、何だって……? ニーナが、伯林華撃団、だと……?」
「黙っててごめんなさい。でも、伯林の平和を守るために、私はここを離れられないの」
「そんな……そんな、そんな……」
呆然と床に跪くオットー。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ……! 私のニーナは、私のニーナは虫けら一匹殺せないほど純粋な子だったんだぞ!」
「子供は、親の知らないところで成長していくんです」
神木が口を挟む。
「自分も士官学校に入る前の夜に、おふくろに言われました。小さい時はまともに泳げなかったのに、それが今や未来の海軍軍人か……、ってね。オットーさん、ニーナくんは伯林の平和を守るためにも必要な存在です。ですが、大切な娘さんをお預かりしている以上、ニーナくんは隊長である私が必ず守ります。どうか、私達を信じていただけないでしょうか?」
そう言うと、神木は深々と頭を下げた。
オットーはしばらく動かないでいたが、やがてゆっくり立ち上がると一言、「よろしくお願いします」とだけ言って、その場を離れていった。
「……神木さん」
ニーナが不安そうに神木に声を掛ける。神木は微笑むと
「大丈夫さ。オットーさんも、分かってくれたよ。それに、あの言葉は嘘じゃないからね」と言った。
「神木さん……」
頬を赤らめるニーナ。と、ここで館内放送が入る。
『伯林歌劇団一同、伯林華撃団一同。荷物が届いております。至急、お集まりください』
「この放送は!」
「緊急事態発生、だ。みんな、行くぞ!」
「了解!」