「あの、私だけど。隊長、いる?」
「秋奈くん? どうしたの、こんな時間に」
「入ってもいいかしら?」
「あ、あぁ。どうぞ。カギは開いてるよ」
部屋に入ってきた秋奈はどこか表情がぎこちない。
「それで、一体どうしたんだい?」
「隊長。明日からの冬休み、ヒマ?」
「──え? まぁ、特に予定は立ててないから、ヒマではあるけど」
「じゃあさ、私と一緒に東京に帰らない?」
「えっ? 東京? 『クライナ・トーキョー』じゃなくて、本当の東京?」
「そうよ。私のおばあ様が、茶道の家元で日本橋に教室を構えているの。パパは駐在大使だし、毎年私だけ日本に帰省してるんだけど、どうせなら隊長もどうかなと思って」
「そ、そりゃあ、日本に帰れるのは願ったりだけど、ご迷惑じゃないかな? 僕なんかが行って」
「あら。おばあ様は話し相手になれるなら誰でも大歓迎よ」
「そうだな……。久しぶりに和食も食べたいし、じゃあ、お言葉に甘えることにしよう」
「やった! じゃあ、明日朝八時にロビーに集合ね!」
秋奈は笑顔になりながら部屋を後にした。
*******
翌日。ロビーに向かうと、すでに秋奈が新調したピンクのワンピースを着て待っていた。
「ごめん。待たせたかな?」
「ぜーんぜん。私も今来たとこ。飛行機は10時発の羽田着を予約しておいたから。──それよりどう? 私の服」
「すごくよく似合っているよ。やっぱり秋奈くんは、活動的な服が似合うよ」
「スピカさんに見繕ってもらったの。奮発したかいがあったわ」
そう言って秋奈は照れ臭そうに笑う。神木もつられて笑いながら「さぁ、行こうか」と声を掛けた。
空港は大勢の客でにぎわっていた。二人は搭乗時刻になると、入場の列に並んで順番に飛行機に乗り込む。
「実は、この格好で日本に帰るのは初めてなのよ」
席に座るや否や、秋奈が神木に言う。
「今までずっと着物だったから。もしかしたらおばあ様、泡食って倒れちゃうかも」
「そうか……。でも大丈夫さ。僕が付いているんだから」
「ふふっ。ちゃんと責任取ってよね、隊長」
「お、おい。その言い方じゃあ違う意味に聞こえるって」
慌てる神木をよそに、秋奈はアイマスクを被ってしまった。
飛行機はそのまま定刻に伯林を発ち、18時間近く掛けて東京に着いた。東京は昼の12時になったばかりだ。
「ちょうどお昼時だな。腹も減ってきたし、何か食べようか」
「なら、銀座にある煉瓦亭のカツレツを食べたいな。久しく食べていないから」
「煉瓦亭か。──よし、行こう!」
二人は蒸気タクシーに乗り込むと、銀座の煉瓦亭まで向かう。昼時なので店内は混んでいたが、運よく座ることが出来た。
「えぇっと、カツレツを二人分。あと、お冷を貰えるかな?」
給仕に注文をして、本棚に立てかけてあった雑誌を手に取る。
「ふぅむ……。お、帝国歌劇団のことが載ってるよ。えぇっと、『来年正月公演を控える帝国歌劇団。年始めは、日本最古の女王・卑弥呼の伝説を大胆に脚色しお届けする』か……。面白そうだけど、さすがに舞台を見る余裕はないなぁ」
「隊長は、帝国歌劇団の舞台を見たことあるの?」
「一応ね。まだ海軍に入る前に、帝国歌劇団の公演『奇跡の鐘』を家族と見に行ったんだ。懐かしいなぁ」
遠い目をする神木。
カツレツが届き、夢中になって食べる二人。長旅のフライトが、カツの旨味で消えてゆく。
「うーん。美味い! やっぱり日本食は日本で食べるのが一番だなぁ!」
「長い事伯林に住んでいるとあっちの味に慣れるものだけど、やっぱり日本の料理が一番ね」
あっという間に平らげて、二人は店を後にした。食後の運動も兼ねて、日本橋まで歩いていくことにする。
秋奈の祖母の住む家は、日本橋のど真ん中に構えていた。その面積の広さは、由緒正しい家柄であることを伺わせる。表札には、『若林茶道教室』の文字が掲げてある。
「こ、こんな豪邸、入るの初めてだよ」
「大丈夫よ。こんなの見かけ倒しだから」
二人は門を潜り抜けて、中庭に出る。銀髪で若々しい着物姿の女性がちょうど縁側でお茶をたてているところだった。
「おばあ様、お久しぶりです。秋奈です」
秋奈の祖母は、二人の方に目をやる。祖母は目を細めて「まぁ、秋奈さん」と反応する。
「帰っていらしたのね。ちょうど今お茶が出来たところですよ。……あら、こちらは?」
「どうも。伯林華撃団隊長の、帝国海軍少尉、神木裕一郎です。秋奈さんにお呼ばれして同行してきました」
頭を掻きながら挨拶をする。
「あらあら、遠い所をどうも。わたくし、秋奈の祖母であります、若林奈津美と申します。ささ、どうぞこちらに」
奈津美は二人を縁側に座らせると、お茶と茶菓子を差し出す。
「何もありませんで、恐縮ですが」
「いえいえ。頂きます。──うーん、美味い!」
「京都から取り寄せた茶菓子でございます」
「あの、おばあ様。私……」
秋奈が口を開きかけるが、奈津美が「秋奈さん」と静止する。
「あなたは、あなたらしく生きればいいのですよ。他人にとやかく言われて生きる人生なんてつまらないですよ」
「じゃ、じゃあ、おばあ様は……」
奈津美は立ち上がると、「それじゃ、ごゆっくり」とだけ言って奥に下がっていった。
「──奈津美さんは、気づいていたんだね。本当の秋奈くんに」
神木がそっと声を掛ける。「自分の理解者は、案外近い所にいたりするもんなんだよ」
「全く気付かなかった……。おばあ様、茶道を教えている時の厳しいイメージが強かったから……」
秋奈はしばし呆然としていたが、やがて立ち上がると「私、ちょっと散歩してきます」と言った。
「散歩? 僕もついていこうか?」
「ううん、いいの。ちょっと、外の風にあたりにいくだけだから」
「そう……いってらっしゃい」
走り去っていく秋奈を見送る神木。
「──あの子は、母親によく似ています」
いつの間にか、背後に奈津美が立っていた。
「母親って、早くに亡くなったという秋奈くんのお母さんのことですか?」
「──娘は病気がちということを除けば、私に似てとても快活な子でした。よく言えばお転婆、悪く言えば女の子らしくないといったところでしょうか」
奈津美は神木の隣に座る。
「──若林の女は、代々自立した女性であることが特徴です。当然、秋奈にも若林の血が受け継がれているはず。私はそう信じて疑いませんでした」
「でも、それなら早く本人に言ってあげた方が……」
「私が言ってあげたところで、彼女は父親と板挟みになってしまいます。彼女自身が自分の意志で自立しなければいけないのです」
「なるほど……」
「神木さん」
神木の眼を見る奈津美。
「秋奈を……孫を、どうか守ってやってください。娘を亡くしてから、私の生きがいは秋奈だけなのです。今はお互い離れて暮らしていますが、あの子のことを想うだけで私は幸せなのです。どうか、孫を守っていただけませんでしょうか?」
「──分かりました。秋奈くんは、僕が必ず守ります」
神木は奈津美の目を真っ直ぐ見据えて、力強く言った。
と、その時。神木のアイフォトロンが鳴り出した。急いで応答する。
「も、もしもし?」
『神木くん? スピカだけど、今どこにいる?』
「副司令? えぇっと、今秋奈くんと日本に帰っていますけど……」
『すぐにこっちに戻ってきて! 大変なことが起こったの!』
「え、大変な事って……!?」
『ワケはこっちで話すから、とにかく今すぐ戻ってきて!』
「わ、分かりました!」
アイフォトロンを切ると、散歩に出ていた秋奈が「隊長!」と言いながら戻ってきた。
「外から、アイフォトロンの音が鳴ったのを聞いたんだけど、何かあったの?」
「副司令からだ。伯林で何か起きているらしい。すぐに戻るぞ!」
「了解!」
秋奈は奈津美に向き直ると「おばあ様、すみません」と深々と頭を下げた。
「秋奈さん、いってらっしゃい。向こうで、あなたの助けを待つ人がいるのでしょう?」
「……はい!」
「ひと段落したら、またこっちにいらっしゃい。飛びきりの茶葉を用意してまってますよ」
「はい!」
秋奈は元気よく返事をして、神木と共に若林邸を後にした。