「神木くん、いる? スピカです」
「副司令ですか。ちょっと待ってください」
神木は起き上がってドアを開ける。先ほどと変わらぬ恰好でスピカが立っていた。
「どうしたんですか、一体?」
「うん。ちょっとね。とりあえず、入ってもいいかしら?」
「あぁ、どうぞ」
スピカを部屋の中に入れる。スピカは部屋の中にあった椅子に座る。
「──それで、一体……?」
「神木くん。明日からの冬休み、もう予定たてた?」
「えっ? あ、いや。特にまだですけど……」
「そう……。実は、友人から映画のチケットを二枚貰ったのよ。『M』っていうタイトルの映画なんだけどね、それが中々面白いって評判だから、実際見てもし可能ならうちでも脚色して公演しようかなって。でも、内容が結構暗いという噂だから、観客側の視点から神木くんにフラットな意見を言ってもらいたくて。どう?」
「映画……活動写真のことですか。僕でよければ、喜んで」
「そう? じゃあ、明日朝9時にロビーに集合ね」
「了解しました」
スピカはそれだけ言うと、立ち上がって部屋を後にした。
*******
翌日。神木が約束の時間五分前にロビーに向かうと、そのすぐ後にスピカがやってきた。モギリ服のままの神木に対し、スピカは高級なドレスを着ている。
「お待たせ……って、神木くん? 映画館行くのにモギリ服は無いんじゃない?」
「そ、そうですか? 一応、業務の一環かと思いまして……」
「もう……。まぁ、いいわ。次からは気を付けてね」
「はい」
年の瀬の伯林は、さすがに普段の活気は落ち着いているように見える。歩道を歩きながら神木はスピカと会話する。
「副司令は、よく活動写真は見に行かれるんですか?」
「ちょっと。一応今はプライベートなんだから、副司令なんて堅苦しい名前で呼ばないの」
「は、はぁ……。じゃあ、スピカ、さん?」
「別にさん付けしなくてもいいのに……。神木くんて案外ウブなところがあるのよね」
「す、すみません……」
頭を掻きながら照れた笑いをとる。それを見て呆れながらも笑うスピカ。
劇場から少し歩いた場所にある映画館は、年末とはいえそれなりに利用客がいる。映画が誕生して30年近く経ち、舞台を駆逐するのではないかと言われてきたが、今のところ映画と演劇は上手く共存しあっている。
二人はチケットを買うと、そのままホールへと向かう。隣同士に座って、作品を鑑賞する。
内容は、実在の殺人鬼をモデルにしたサイコスリラー。警察と犯人の攻防や、主演のピーター・ローレの演技が見ものだった。
「だけど、うちで上演する題材ではないわね」
見終わって開口一番、スピカが言った。
「あまりに内容が残酷だし、残念だけどこれは映画だけで楽しむ内容ね」
「そうですね。自分も、あまり舞台向きではない題材だと思います」神木も賛同する。
「ま、それだけでも分かれば十分だわ。ロクに内容も確認せず上演した日にはクビが飛ぶわよ」
おどけながら肩をすくめたスピカは、「ねぇ、これから昼食でもどう?」と誘ってきた。
「せっかくなんだし、私の行きつけのレストランを紹介するわよ」
「スピカさんのオススメですか。では、お言葉に甘えまして……」
レストランは、いかにも年季が入って格式が高そうな外観だった。中に入ると、ウェイターがスピカの顔を見るなり「いらっしゃいませ、スピカ様」と恭しく挨拶をしてきた。
「今日は私のボーイフレンドも一緒だから、よろしくね」
「かしこまりました」
ウェイターが去った後に、神木が「ちょっと、副司令!」とスピカの脇を小突く。
「スピカさん、でしょ?」
「スピカさん。ボーイフレンドって……」
「あら、いいじゃない。まんざらでもないわよ」
「……えっ?」
スピカはそれだけ言って席に座る。仕方なく神木もその向かいに着席する。
食事はスピカに全てお任せして、神木はソワソワとあたりを見まわす。
「いやぁ、何と言うか、こういう雰囲気は初めてで、何とも……」
「緊張しなくていいのよぉ。こういうのは、楽しむものよ」
「は、はぁ」
徐々に料理が運ばれ出した時、スピカのアイフォトロンが突然鳴り出した。
「あら、何かしら? ちょっと待ってて」
スピカは一旦外に出てからしばし通話する。だが、戻ってきた彼女の表情は険しいものだった。
「どうかしましたか?」神木も思わず尋ねる。
「今、つぼみから連絡があって。とにかく、すぐに劇場に戻りましょう。ワケは後で話すわ。良いわね、神木くん?」
「はい!」
二人は急いでレストランから出ると、蒸気タクシーを拾って劇場まで向かった。