【二次創作】Fate Grand Order 〜英霊が生まれる時〜 作:麻宮鈴
(あらすじ)
人外の殺し屋の襲撃を紅子の力で何とかしのぎ切った藤丸達。しかし、予想する紅子の正体にどんどん不安が募っていく。
そんな中、教会の偵察から帰って来たラーマの様子がなにやらおかしくて――――
「………余には、アイツを倒すことは無理だ」
第5節 罪深き人間
目の前には膝から上を失った殺し屋の残骸。
そんな衝撃的な光景を作り出した人物の名を呟く。
「紅子さん………」
銃弾が届く寸前、紅子の体が光に包まれた。カルデアでもよく見る霊基が再臨する際に発生する光だ。事実、紅子は再臨を果たして目の前に立っている。衣装はセーラー服から巫女姿に変わり、長い髪をうしろに一つでまとめている。そして、その傍らにはプカプカと浮かぶ黄色いまん丸の謎の生物。
スローモーションの世界の中、立花は確かに見た。
人外の殺し屋を、銃弾ごと喰い殺した黄色い化け物の姿を。
今は、見たときよりも小さくなっているが、いつまた豹変するかわからない。
紅子は、そんな謎の生物と自分の衣装と目の前の惨状を交互に見て、茫然と呟く。
「私、一体………?」
「紅子さん、それは………」
問いかけようとしてそこで言葉が止まる。
「再生、してる………」
視界の端に映った常識外の光景に思わず息をのんだ。
喰われた殺し屋の足の断面から肉が盛り上がり、再生が始まっている。
このまま回復して戦闘可能になったら、今度こそ自分たちは殺される…!
今はとにかく逃げないと!
瞬時に頭を切り替えると、呆然としている紅子の肩を叩いて走り出す。
「紅子さん、走って!!」
「は、はい…!」
戸惑いながら紅子も走り出す。その傍らには相変わらず月の様な謎の生物がプカプカと浮かんで着いてくるが、今は気にしてはいられない。
一刻も早く戦線から離脱しなければ。
後ろを確認すると、すでに体の8割ほどまで再生が進んでいる。このペースでは周囲に瓦礫や建物もあるとはいえ、隠れられそうな場所に辿り着く前にあちらの再生が終わる方が先だろう。
このままじゃまずい……!
「藤丸さん、私の手に掴まって下さい!」
必死に打開策を考えていると、紅子は何やら考えがあるのか、こちらに向かって手を差し伸べている。
無我夢中でその手を掴むと、紅子の瞳が一瞬黄色く変化する。
「――――きと影になりぬ」
「!」
そう一言呟くと、突然紅子の体が影法師になって夜の闇に溶け込んでいく。
立花の体も紅子の手を掴んだ右手から徐々に色を失い、周囲の闇と一体化していく。
「これは………」
「再臨したからでしょうか、少しだけ能力が使えるようになったみたいです。これでもう私たちの姿は見えません。逃げるなら今のうちです!」
「………わかった」
色々と聞きたいことはあるが、今は逃げるのが先だ。
立花はほぼ再生が完了した殺し屋を尻目に、全速力で走り出した。
******
「はぁはぁはぁ………ここまでこれば大丈夫そうだね」
「はぁはぁ………はい。藤丸さんが無事で良かったです」
ラーマと合流しやすいように神社跡地に戻ってきた立花と紅子は、地べたに座り込んで息を整えていた。
既に術の効果は消えており、地面には月光に照らされて二人の影が落ちている。紅子の影を確認すると、その傍らには相変わらずお月様のようにまん丸の謎の生物がプカプカと宙に浮かんでいた。
本当に、何なんだろうこの生き物………
改めてその生物を観察すると、つぶらな瞳とハムスターのように小さな口がついており、なんだか愛嬌のある顔つきだ。
しかし、立花は見た。
殺し屋の少女の弾丸が立花たちに届く寸前、凶悪な牙が覗く口をガバリと大きく開き、弾丸ごと少女の膝から上を丸呑みにした黄色い化け物の姿を。
これは、見た目通りの可愛い生物なんかじゃない。
警戒しながら黄色い生物を見つめていると、謎の生き物は立花の視線を怖がるように「キュッ」と可愛らしい声で一声鳴いて、隠れるように紅子の背に飛んでいく。
「あら?」
「紅子さん、気をつけて! その生き物は危険だよ!」
「ま、待ってください藤丸さん!」
いざと言う時のために医神から教えてもらったパンクラチオンの構えで警戒していると、紅子が謎の生き物を庇うように手を広げる。
「この子は私たちを助けてくれたんですよ! よくわかりませんが、私の霊基に付属した存在のようですし、きっと生前私が飼っていたペットとかそんな感じですよ!」
「いやペットは無理があるでしょ!? 昔の日本に…というか世界にもこんな生物存在しないよ!?」
「う……で、でも! この子が私たちを助けてくれたのは事実ですし、タマちゃんはもう私の一部なんです!」
「もう名前つけてるし………」
紅子は拾ってきた猫を親に反対された子供の様に、嫌々と首を振りながら謎の生物―――タマちゃん(命名・紅子)を抱きかかえている。タマちゃんはそれが嬉しいのか、「キュッ」と一声あげて紅子の頬にすり寄っている。その様子は大変可愛らしいが、嬉しそうに鳴くその口にはよく見ると鋭い牙が付いており、所々赤い汚れが付着している。だが紅子は気づいているのかいないのか、「かわいいね~」といいながらその真ん丸なボディを撫でまわしている。
どうやらこの謎の生物は状況から考えても、紅子のサーヴァントとしての付属物のようだし、紅子に危害を加えることはないだろう。
だが、それでも立花の不安は拭えない。なぜなら、立花が予想している彼女の真名が正しければ、あの生物はきっと――――■■■の生物なのだから。
「紅子さん、何か思い出したことはある?」
「え?」
立花の突然の問いにタマちゃんを撫でるのをやめて、キョトンと首をかしげる。タマちゃんも紅子の真似をして「キュッ?」と体を傾けている。
その可愛らしいしぐさについ口元が綻びそうになるが、自身の最悪な予想を思い出して気を引き締める。
「霊基再臨したし、何か思い出したことはないかなと思って」
「そうですねぇ………いえ、これといって特には。ですが、少しだけ能力の使い方がわかったような気がします。さっきの影になる術や昨日咄嗟に使えた体を光らせる術とか。ですが、まだ真名など肝心なことは思い出せません」
「そっか………」
紅子は残念そうにタマちゃんを抱き寄せてその体を撫でている。
その姿を見て立花は迷っていた。
紅子さんに、真名を伝えるべきなのか………
知っていて黙っているのは、なんだか紅子を騙しているようで申し訳なく感じる。
それに、立花が思い浮かべている真名の人物は決して悪人ではなく、むしろこの状況を知れば快く力を貸してくれるだろう。
だが、生前が善人であったとしても、サーヴァントとなった時点で生前と在り方が変えられている者も存在する。例えばサリエリの様に『灰色の男』と融合して精神がひび割れてしまっていたり、虞美人の様に後世に残っている情報と事実が違っている場合も存在する。
サーヴァントとしての彼女がどういった存在なのかわからない状態で真名を伝えるのは危険かもしれない。それに立花の知っているお話での彼女の正体、そして謎の生物タマちゃんとくれば彼女のクラスも想像がつく。
彼女の自覚がないうちにこの特異点は歯車が狂いだしているのかもしれない。
そんな得体のしれない焦燥感に駆られていると、紅子が立花の背後を凝視する。
「この気配………」
「? どうしたの?」
つられて背後を確認すると、神社の入り口付近で魔力反応を感じる。
この反応は…!
次の瞬間、魔力の揺らぎとともに空中に真っ赤な髪の少年―――霊体化を解いたラーマが現れる。
「ラーマ!」
急いで駆け寄り状態を確認する。
所々返り血が付いている所もあり、戦闘があったことが窺える。だが特にケガはなく、大事はなさそうだ。そのことに安堵して顔を上げると、ラーマは何故か先ほどから黙って俯いている。
「ラーマ…?」
不審に思い声をかけると、紅子もタマちゃんを抱きながらこちらに近づいてくる。
「ラーマさん、ご無事でよかったです! ………ラーマさん?」
「…………二人とも」
普段の態度からは一変して弱々しい声音で呟く。よく見れば体も震えており、顔色も真っ青だ。
「ラーマ、どうしたの? 教会で何があった?」
「マスター、余は………」
普段の明るい態度からは想像できないほど恐怖に染まった目をして、ラーマが立花を見つめる。
「………余には、アイツを倒すことは無理だ」
今まで多くの特異点を共に修復してきた彼が、どんな時でも強く、みんなに勇気を与えてきた英雄が、今まで見たことのない顔でそう呟いた。
******
30分前、ツクヨミの教会周辺
教会の偵察を終え、元来た道を戻ろうと振り返った時だった。
「!」
咄嗟に横に傾けたラーマの頬を何かが掠って通り過ぎていく。
すぐに剣を抜き、攻撃が飛んできた方に目を向けると、木の枝の上で何かが動いたのが見えた。
「! お前は―――――」
枝の上に、一騎のサーヴァントが立っている。そのサーヴァントは藍色の法衣を翻し、新たな黒鍵を取り出すとこちらに投げつけてきた。
鋭い投擲剣は的確に急所を狙っており、相手が強敵であることがわかる。
「ラスプーチン!」
剣ではじきながら、安定した足場を得るために木の上から地上に飛び降りる。地上には教会に祈りをささげている人々がいるが、こちらに気づいている様子はない。
安心して剣を構えると、ラスプーチンもラーマに続いて地上に降り立つ。その口元には笑みが浮かんでおり、随分と余裕がある様子だ。
偵察とはいえ見つかってしまってはどうしようもない。ラーマは臨戦態勢で対峙する。
「これはこれは『ラーマーヤナ』の………なるほど。月神の結界を越えてきたのはどんなサーヴァントかと思っていたが、まさか太陽神の生まれ変わりだとはな。道理で月の結界が効かなかったわけだ」
「お前が今回の特異点の首謀者だな。お前たちは一体何をしようとしている?」
「無論、カルデアを潰すためだとも」
「そんなことはさせ」
『どうでもよい』
「!」
突然、教会の中から男の声が聞こえてくる。正確には念話の様に魔力を使って教会の中から話しかけているようだ。恐らくこの声の主がツクヨミだろう。
ラスプーチンは教会の方に向かって恭しく頭を下げる。
「お目覚めでしたか。ですがどうでもいいというのは………」
『黙れ。アイツを連れて来いと言ったはずだ。そのサーヴァントには興味はない』
声の主の感情に呼応するように周囲の大気が揺れる。
だが、ラスプーチンは特に顔色を変えることなく言葉を続ける。
「ですが、カルデアを潰さなくてはあなたの願いも叶いませんよ。カルデアはこの特異点を壊そうとしているのですから」
『………………ふん。お前、人間か?』
「っ、余のことか?」
突然質問を投げかけられ、思わず肩がはねる。
自分は太陽神の生まれ変わりではあるが、あくまで人間だ。だが、それがどう関係するというのだろうか。
相手の真意は何なのか、ラーマは探るように目を細める。
「………人間であれば、何かあるのか?」
『…………そうか、なら壊すのは容易い』
「!」
顔は見えないが、相手は楽しそうにニヤリと笑ったような気がした。瞬間、ラーマの背に寒気が走る。
なんだ!? 何が起こる?
警戒して周囲を見渡していると、ツクヨミは楽しそうな声音で一言だけ呟く。
『殺し合え』
そう一言発した直後、グチャリと音が聞こえた。
急いで音がした方を確認する。
「え――――」
見ると、さっきまで教会を囲むように祈りを捧げていた一人の胸に小型のナイフが深々と突き刺さっていた。そして、それを狂気に染まった目で見つめる、これまた教会に祈りを捧げていたうちの一人の姿がある。
次の瞬間、人々は狂ったように叫びながら殺し合いを開始する。
「死ねぇ!」
「あああああああ!」
「ぎゃあああ!!」
「アハハハハハ!」
皆、狂ったように目を爛々と輝かせて互いを襲う。その瞳は金色に怪しく光っていた。
『精々、人々を守ればいい。カルデアのサーヴァントよ』
「な、なんで!」
ラスプーチンを見るが、楽しそうに笑みを浮かべるのみでこちらに攻撃を仕掛ける様子はない。
(何故、余を攻撃しない? 敵の狙いは何だ?)
ラーマが考えている間にも、人々の叫び声は途絶えることなく森に響き渡る。
(とにかく、人々を止めないと!)
暴力で鎮圧するのは容易いが、そんなことはマスターである少年は望まない。
ラーマは今までの特異点の様に、剣の柄で殴って気絶させようと剣を構えなおす。
「みんな、止めるんだ!!」
急いで走り寄って剣を振りかぶる―――――と、そこでラーマの足が止まる。
「え……………」
人々が取っ組み合いをしている中に、焦がれた赤髪を見つけた様な気がした。
(いや、そんなはずがない。そんなはずが………)
頭の中では否定しつつも、目は無意識にその赤髪を追いかけてしまう。
人混みに紛れて顔はよく見えないが、体格的に少女のようだ。
その人物は人々ともみ合っていたが、誰かに突き飛ばされたのか突然地面に倒れこんだ。そして、その人物の上に一人の男が馬乗りになり、小型のナイフを振り上げる。
その時、人々がもみ合う間から、その人物の顔が一瞬だけラーマの目に映った。
「―――――――――」
その一瞬で十分だった。
その一瞬だけで誰だかわかってしまったから。
何も考える余裕もなく、ラーマは剣を正しく持ち直してその馬乗りになっている男に向かって剣を振り下ろした。
「ぐあっ」
断末魔とともに真っ赤な血が辺りに飛び散る。
だが、そんなことが目に入らないくらいラーマは怒りに支配されていた。
「余の妻を………シータを傷つける者は許さない!!」
斬られた男はヒュウヒュウと浅い息を繰り返しながら地面に転がっている。だがそれに構うことなくラーマは怒りに支配された瞳で男に殴りかからんと拳を振り上げる。
「―――お待ちください」
寸での所で拳が止まる。
後ろからかけられた声に、その誰よりも聞きたかった声に、胸を支配していた怒りがサーっと晴れていく。
「シータ…!」
振り返れば、ずっと会いたいと願っていた少女の姿がある。その記憶通りの姿に思わず笑みがこぼれる。
「シータ、良かった無事で! ずっと会いたかっ」
「最低です。ラーマ様」
「………え」
笑顔で話しかけた先には、ひどく冷たい目でこちらを睨む少女の姿がある。
「な、何を言ってるんだ…? 僕はシータを守ろうと……」
「それで、斬ったんですか?」
「!」
斬られた男の方からも、目の前にいる少女と瓜二つの声が聞こえてくる。
思わず振り向けば、そこにいたのはさっきラーマが斬った男ではなく、会いたいと願った赤髪の少女だった。少女の胸にはさっき斬った男と寸分違わず同じ場所に傷があり、今も血が流れ続けている。
ヒュウヒュウと浅い息を繰り返す少女は、憎しみのこもった瞳でラーマを見上げる。
「ひどいです。わたくしをこんな風にするなんて」
「ちがっ!
なんで………僕は、確かに男を斬ったはずが……」
混乱しながら思わず後ずさると、何かが足に当たった。
「? …………………あ」
そこには、一番最初に胸をナイフで貫かれた人と全く同じ場所にナイフが突き刺さった赤髪の少女の姿があった。その横に倒れる人も、返り血を浴びて立っている者も、みんな、全員が少女の顔をしていた。その焦がれた声音で、世界で一番好きなその瞳で、口で、ラーマを睨み、責め立てる。
「どうしてもっと早く助けてくれなかったの?」
「痛い、痛いです、ラーマ」
「苦しい」
「何で助けてくれないの?」
「あなたは助けに来たんでしょ」
「なのにどうして」
「怒りに支配されて」
「守るはずの人々を」
「あろうことか」
「斬りつけたの?」
「なんてひどい」
「なんて外道」
「世界の誰もお前を愛してはくれない」
「だってお前は」
「欲にまみれて」
「怒りに任せて」
「人を傷つける」
「罪深き人間なのだから」
「やめろ………やめてくれ………」
少女たちの声が頭の中に木霊する。その顔が自身を睨むのを、自身を責め立てる言葉を発するのが耐えられず、思わず耳を塞いでうずくまる。
本当は頭の中では理解している。
これは現実ではない。ツクヨミが見せている幻に過ぎないと。
だが、そうだとしてもこの幻が言っていることは事実だ。
斬りつけたときの手ごたえは確かにあった。シータの姿は偽りであっても、教会に祈りを捧げていた人々は確かに存在していた。そして、助けるのが遅れて傷ついた人がいる。怒りに任せて自ら傷つけてしまった人がいる。その事実は変わらない。
ラーマは自身の心が崩れる音が聞こえたような気がした。
******
瞳を金色に光らせた人々に囲まれて蹲る赤髪の少年の姿を、遠くから見ていた法衣の男は笑みを浮かべる。
「月光に耐性があるとはいえ、あの距離から魔眼を使えば流石に堕とすことができるか。精神汚染系の魔眼、ここまで強力とはな」
見たものの精神に介入し、幻覚を見せたり感情をコントロールすることができる強力な魔眼。それだけでなく、あの神との混ざりものは自身の魔眼の力を、操った人々に転送することもできるらしい。
感心して目の前の状況を観察していると、教会の方から不機嫌な声が聞こえてくる。
『おい、何をしている。私が折角堕としてやったのだ。さっさと始末しろ』
「わかりました」
ラスプーチンは恭しく頭を下げると、心を折られた憐れな少年を始末すべく、懐から愛用の黒鍵を取り出した。
(それにしても、弱体化しているというのに強靭な精神を持つインドの大英雄を精神的に追い詰めるとは―――やはり悪魔というのは恐ろしい生き物だな)
笑みを浮かべながら心の中で呟くと、蹲る少年に向かって静かに黒鍵を振り下ろした。
******
「あ、ああ………」
心が苦しい。
幻だとわかっているのに、まるで呪いがかかったように目の前のシータから目が離せない。その金色に光る瞳を見ていると、何故だか心が掻き乱される。精神が不安定になっていく。言いようのない不安と恐怖が心の中を満たしていく。
「僕は、僕は…………」
このまま、何もかも投げ捨てて自由になってしまいたい。
そうだ、この特異点の人々がどうなったって知った事か!
全部全部、自分とは関係がないものだ。なのにどうして責められなくてはならない?
そんなのおかしい!
そうだ! もういっそこの人たちを消してしまえばいい!
最初からいなかったことにしてしまえばだれも自分を責めたりしない。自分の罪をなかったことにできる。
………そうだ! 殺してしまおう!
全部全部殺して、殺して、そうすれば―――――――
『しっかりして、ラーマ!!』
どこからか、シータの声が聞こえたような気がした。
目の前の偽物なんかじゃない、本物のシータの声を。
それはあり得ないとわかっている。でも、その声を聞いて、一瞬だけ心の中の恐怖が晴れたような気がした。
だから、すぐに反応することができた。
「っ!」
カンッ!
金属同士がぶつかる音が響き渡り、細身の黒鍵の方が森の中にはじき飛んでいく。
「何!?」
無防備な背中に振り下ろしたはずの武器が寸での所で弾き飛ばされ、スプーチンは目を見開く。
その隙にラーマは地面を蹴って木の上へと飛び上がった。そのまま霊体化して森の闇へとまぎれる。
(今は、ここを離れるべきだ)
少しだけ冷静になった思考でそう結論づけ、森の外へと走り出す。
相手はラーマの姿を見失ったのか追いかけてくる様子はない。そのことに安堵しつつも、ラーマの心の中には未だ恐怖が渦巻いていた。
脳裏に思い浮かぶのは血を流して倒れる最愛の少女の姿、そしてその瞳で冷たくラーマを責め立てる光景だ。
自分は、誰も守れず、自ら人を傷つけてしまった―――
そして、あまつさえ傷つけた人々を殺して自分の罪をなかったことにしようなんて考えてしまった。
その事実は消えないまま、ラーマの心に深々と刻み込まれた。
******
随分と久しぶりのことだった。
頭を吹き飛ばされたことは何度かあったが、ここまで豪快に喰い殺されたことはここ百年ではなかったのではないだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら再生した瞳を開くと、そこにはすでに対象の姿はない。
(逃げられましたか………あのサーヴァント、相当逃げるのが得意なようですね)
傷が塞がった膝を撫でながら、先の戦闘でターゲットの少年に言われた言葉を思い出す。
『それは………君が決めたルールなの?』
『君は、それでいいの?』
『周りが勝手に作ったルールに従って。
君はどうしたいの?
君は、どうして殺し屋なんてやっているの?』
(………まだそんな言葉を私にかける人間がいたなんて)
拳を握り締め、ふと空を見上げる。
空にはこの特異点を支配している月が浮かび、相変わらず人々に狂気を振りまく光を放っている。
「人間なんて、ただ良いように私を利用していればいいんです。
私はそれだけで………もう、他に何も望んだりなんてしないから」
一人そう呟くと、逃げた抹殺対象を探しに月光に支配された島を走り出す。
島には潮風が吹き込み、町中に咲いた彼岸花の真っ赤な花弁が舞い上がり幻想的な光景を作り出していた。
「私は………………」
徐に少女が呟く。
その瞳は少しだけいつもとは違い、迷子の子供の様に様々な感情に揺れているように見えた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
pixivでも同作を公開しています。そちらは挿絵付きなので気になった方はチェックしてみてください。