幸せは簡単に壊れるものだ。
特に人の命というものは儚く、脆い。
一発の銃弾でも剣の一振りでも、なんなら導力車の運動エネルギーでも良い。簡単に人の命は失われる。
齢5歳で知ったこの世界のあり様はあまりに残酷で今更取り返しのつかないものだった。
リィン・オズボーン、七耀暦1187年生まれ。
ゼムリア大陸西部随一の大国であるエレボニア帝国の首都ヘイムダルの下町にて生を受け、厳格な父と優しい母に見守られながら育った。
両親から慈しまれ惜しみない愛を注がれながら育った僕から、全てが奪われたのは一瞬のことだった。
カーシャ母さんが体調不良を訴えて病院にかかり、そのお腹に新たな命が宿っていることが発覚してお祭り騒ぎだったのはもうずいぶん前だった様に思える。
カーシャ母さんに付き添ってギリアス父さんが病院に通院し、僕はそれを家で留守番しながら待っている。
今日か明日か、近く生まれるという妹を心待ちに自宅で留守番していた僕の元に3人は永遠に帰らぬ人となった。
帝国正規軍で若手ながら准将にまで上り詰める優秀な軍人だったというギリアス父さんはその頃革新派閥として活動していて、帝国で昔から幅を利かせていた貴族派閥と敵対、大いに恨まれていたらしい。
僕は父さんと母さんのお葬式で革新派閥のお偉い人だっていう人が僕の前で憤りながら大声で喋っていたのを流し聴く。
うるさいなぁと思ったけれど彼は同じ軍人のまた別の偉い人に言われるまで喋り続けていた。
ギリアス父さんが、カーシャ母さんが身篭ったと聞いて身重な母さんのために昨今噂の導力車を買ってきて、母さんに怒られながらも仲睦まじく新型の動力車に乗って病院通いをしていた。
3人が乗った導力車に大型の装甲車が突っ込んだらしい。
即死だったそうだ。
百式軍刀術の達人として名を馳せていたギリアス父さんといえど、前線で活躍していたのは昔、大型装甲車との正面衝突によって発生した莫大なエネルギーは如何ともし難く帰らぬ人となった。
ユミルの田舎育ちのギリアス父さんは天涯孤独でカーシャ母さんもまた幼い頃に両親を失っており天涯孤独に近かった。
両親の葬儀はひっそりと行われることになった。
一人残された僕は突然の状況に何も言えずただ黙って喪に服すだけで正直心ここにあらずだった。
親類縁者もおらず天涯孤独。
僕はそのまま帝都の孤児院にて育つことになった。
父の知り合いや友人たちが僕の処遇を哀れみ手を差し伸べてくれたけど彼らの手をとる気にはどうしてもなれなかった。
この現状が受け入れられなくてやるせなくて、こんな現実を生み出した貴族を酷く恨んだし、何より帝都の家に帰りたかった。
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寝て起きてを繰り返す。
僕はこの状況が現実だということが受け入れられなくて、起きてたった一人の家にポツンと居ることに耐えられなくて、寝ることにも起きることにも布団の外に出ることにさえ恐怖を覚えた。
このまま布団の中にいたらいつまでも寝てばかりじゃ駄目じゃない、なんて言って母の説教が、父のお小言が貰えるんじゃないかと思って布団にずっとくるまって居たかった。
でもそんな僕を世間は放ってはおかない。
今度入れられるという孤児院の人間たちと軍だか貴族だか知らない父の友人がやって来て僕を孤児院に無理やり連れて行く。
孤児院での生活は苦しいものだった。
誰も彼も、何かを失ったような子供達がかき集められ、見るからに苦しいだろう孤児院の経営事情も合わさって情緒不安定な子供達との生活は息苦しくいっそ僕も死んだ方がマシだったんじゃないかと思った。
何より孤児院の子供達を見るとまるで自分を合わせ鏡で見せられているようで苦しかった。
あの陽だまりのような日々はもう戻らないんだと、お前は全てを失ったんだと突きつけられているようで心が痛かった。
息が詰まる孤児院に居るのが嫌で孤児院を度々抜け出して外を当てもなく歩き回り時間を潰し、夕方くらいに戻るという生活が板につき始めた時。
特大のニュースが僕の耳に飛び込んだ。「帝国宰相にギリアス・オズボーンが就任」
なんでとか生きてるはずがないとかそういう考えは浮かばなかった。
ただただ、生きていてくれるなら会いたい、もう一度抱きしめて欲しい、その一心で就任式典に忍び込みギリアス父さんの目の前に躍り出る。
思った以上にすんなりいった。
後で考えれば多分革新派閥だったという父さんの友人や部下だったという偉い人間たちが気を利かせてくれたんだと思う。
一目見て確信した。父さんだ。
半年以上ぶりに会った父さんは変わらずの見た目で、正直何を言って良いかわからなくなってしまった。
そんな僕を見てギリアス父さんは子供が出てくるなとピシャリと言い放ち、憲兵!と声をかけた。
父さんがなんでそんなことを言ったのかわからなくて困惑して、ただただ悲しくて父さんと何度も呼びかけるけれど相手にして貰えなかった。
なんでとかそんなわけないとか僕を捨てるのかとか色々な考えが頭を駆け巡ったけれど、もう一度声をかけようとして不意に父さんと目が合う。
僕を見下ろす父さんの顔は酷く恐ろしいものだったけれど、その翡翠色の瞳だけは酷く朧げで儚くて今にも泣きだしそうだった。
だからその瞳にびっくりして言おうとしたこと全てが飛んじゃったけれど、立ち去ろうとするその背中に慌てて声をかける。
一瞬立ち止まった父の歩みになぜか涙が出て仕方がなかった。
主人公リィン、家族を失う。
原作では猟兵団に家を襲われ、リィン君もこの時致命傷を受けて父ギリアスに心臓を移植されて生き延びているのですが、本作では猟兵団ではなく大型トラックによる正面衝突という形で襲われているので、お留守番していたリィン君は無事に生き残っています。
代わりに生まれてくるはずだった妹が犠牲になっているのですが。
なので鬼の力はありません。
原作リィンのあの鬼の力による変身チョーカッケーと思っている厨二病心を忘れていない読者諸兄には申し訳ないことをしました。作者はまた似た様なことを別作品でやります。
また孤児院で育っているので原作の様な卑屈さはほとんどありません。
やっぱり家族全員を失って血の繋がっていない家族に引き取られるとか真っ当な人間なら申し訳なさすぎて卑屈になりますよそりゃ。
でも今作品のリィン君は孤児院で似た様な境遇の子供達と過ごしているので自分だけじゃない、という意識が刷り込まれるのと同時に孤児院という社会インフラの一部で過ごすのでそこまで申し訳ないとかというのは思わないです。
父たちに残してもらった遺産から孤児院への入院費用も出してますしね。
孤児院の経営は苦しくともそこで働いている職員は孤児院で雇われている人間たちですから、実はお前は俺の子供じゃなかったんだよと衝撃の真実ぅ!されるよりはダメージが少ないですからね。
父ギリアスは別人みたいになってるけど生きてるから天涯孤独というわけでもないですし。
なお逆にリィンは母と生まれるはずだった妹を貴族派に殺されているので貴族大嫌い人間になるというデバフとも言い切れない状態異常がかかっています。
これはそう簡単には解けません。だって貴族派って帝国における悪の代名詞ですからね。マキアスと絶対相性良い(確信
次の話で最後。
次はリィンを見ている別の人間の視点です。テオさん。