良い人間ほど、先に逝ってしまう。
どうして世の中はそうなのか、本当はこの世界に女神なんて居ないのかもしれない。
ギリアス兄さんの訃報を聞いた時、そう思った。
ギリアス兄さんと知り合ったのはもう昔、まだまだ少年にもならない頃からの付き合いになる。
自由奔放でどこにでも居る少年のような姿をしながらもどこか浮世離れした、そんな雰囲気の年の離れた近所の義理の兄に自分はよく相手をしてもらったものだ。
子供ながらに苦労の多い生活をして居た人だった。
オズボーン家はそう裕福な家ではなく、冬に焚く薪を購入するのにも困るような家だった。
それでもオズボーン家は暖かく、父と母とギリアス兄さんの三人は寄り添い合いながら生きていた。
そんなオズボーン家の居心地が良くて、よく遊びに行ったものだ。
貧しい生活の中、地元領主の一人息子が毎日のように遊びにいくなんて今思えばとても迷惑なことだったと思うけれど、彼らはそんな私をも優しく包み込んでくれて、本当に出来た人たちだった。
私との付き合いからかギリアス兄さんのお父上と私の父も意気投合し、オズボーン家との取引が開始された。それでオズボーン家は裕福とまで言えないまでも、前よりも良い生活を送るようになっていた。
そのことに私は鼻高々だったし、これからもっと彼らは裕福になっていって幸せになってもらいたいと思ったものだ。
だが、幸せは長くは続かなかった。
一段と冷え込み、例年にないほどに雪が降った冬の日。
ユミルの郊外に居を構えていたオズボーン家は雪崩で崩壊し、兄さんただ一人が残されることになる。
オズボーン家は確かに山の麓に建っている家ではあったけれど、多くの木々が盾になり、雪崩が直撃するような立地にはなかった。
なぜこんなことにと何度も思った。
何よりたった一人残されたギリアス兄さんを思うといてもたっても居られなかった。
父も同じようで、ギリアス兄さんは家で引き取ることになった。
それからギリアス兄さんは帝国でも知らぬものがいない名門学院であるトールズ士官学校に主席で入学し、入学から卒業まで主席で通し続けついには主席で卒業していった。
そして帝国正規軍でどんどんと頭角を表し、あっという間に高級将校にまで上り詰めた。
ギリアス兄さんの活躍を聞いて私も頑張ろうと思ったし、ギリアス兄さんがカーシャさんと結婚することになった時は柄にもなく酒を夜通し飲んで二日酔いになったりもしたものだ。
酒の席だっただか、第一子のリィンくんが生まれてもうすぐ8年。
もう子供は設けないのかと思って居たところになんと女の子をカーシャさんが授かったと聞いた。
また彼らの生活が
最近の国内世情の悪化、特に貴族派閥と平民派閥の抗争が激しくなっていることを受けて、万が一自分に何かあったとき、家族が心配だからと遺産の手続き管理などを念のため、私に任せたいと言ってきたのだ。
ギリアス兄さんが頼ってくれたのが嬉しかったのもあったし、ギリアス兄さんもカーシャさんも親族が居ないということもあって本当に万が一のためにその辺の手続きをしていたのは不幸中の幸いだった。
事故死、いやあれは暗殺だった。
その場の状況は正規軍の革新派閥でギリアス兄さんの部下にあたるオーラフ大佐伝いの情報ではあったが、事故だというには明らかに不自然な状況の多いものだった。
誰もが貴族派の人間の仕業だと思ったし、実際私も私見で偏見があるだろうが、そう思った。
ギリアス兄さんと対立していた貴族派のルドルフ・アランドールはそういうことをする人間だと知っていた。
そしてギリアス兄さんにはくしくも一人息子が残されていた。
葬儀場で親類の誰もいない場で気丈に振る舞いながらも心ここにあらずな様子だったリィン君は予想通り荒れていた。
ガンとして家から出ないと布団に包まる姿を見て当然だと思ったしなんでこんな小さな子供にこんな不幸がふりかからなければならないのだと強く思った。
本当は兄さんと同じようにユミルで預かろうとも思ったけれど、梃子でも動かないリィン君を見かねて折衷案が取られることになった。
帝都の孤児院でリィン君を預かって貰おうという話になったのだ。
帝都なら家から離れなくて済むし、ギリアス兄さんとカーシャさんが埋葬されている霊園にも毎日通うことが出来る。
それに孤児院であればリィン君と同様に幼くして両親家族を失った子供達が多くいる。
彼らとの触れ合いでリィンくんの傷ついた心が少しでも回復するかもしれないという打算もあった。
まぁこれは後から孤児院の現状がわかっていない無知からくる甘い考えで、本来であれば大失策だと分かるのだけれど。
そうして孤児院で預かってもらったリィン君の経過を孤児院やちょくちょく彼の様子を見に行っている正規軍の革新派の人間たちから情報を貰いながら事態の経過を見ていた私の元に信じられないニュースが飛び込んだ。
「ギリアス・オズボーン元帝国正規軍准将、帝国宰相位に電撃着任」である。
あり得ないと即座に切って捨てられるべきニュースだったが、新聞の一面には堂々と皇帝陛下と並び立つギリアス兄さんの写真が大きく写り、ギリアス兄さんが生きていたことが突きつけられる。
あの葬儀場で確かに女神の身元に旅立ったことを痛感していただけにこのニュースは信じられなかったけれど、ただそうだったら良いなとは何度も思った。
あまりにも唐突な一報で、ギリアス兄さんの着任式典はもう明後日に迫っていた。
ユミルから帝都まで馬車を全力で走らせても到底間に合わない計算だがそこは腐っても帝国貴族。ルーレから帝都行きの汽車の切符を貴族特権で割り込んで購入し、必死で帝都まで向かった。
本当はギリアス兄さんに会う前にリィン君とも話をしたかったのだが時間が取れなかった。
そうして大急ぎで向かった式典では丁度ギリアス兄さんが登場したところだった。
確かにギリアス兄さんだと思った。
だけどどこか得体の知れない雰囲気というか、底知れないカリスマ性というか、不思議なものが全身から発せられているようで正直今のギリアス兄さんは少し恐ろしかった。
でもカーシャさんとそのお腹に宿った子供を殺されたのだ。
彼が刺々しい雰囲気になっているのも分かる。
自分だって妻と娘を殺されたりしたら何をしでかすかわからないのだから。
そんな彼の前に突如小さな子供が躍り出る。
この場の警備をしていた人間は何をやっているのか、誰だあの子供は、と囁き声が漏れ聞こえるが、警備をしていた正規軍側もそこは重々承知だろう。
自分の前に出てきたリィン君を見て、色々失ってしまったけれど少なくとも父親だけは生きていてくれたのだと、これから大変だろうけれどせめて少しでも安らかな生活を送れるようにと願った自分の考えが大分甘い考えだったということが突きつけられる。
ギリアス兄さんがリィンくんを面罵したのだ。
お前は私の息子じゃない、どこかに行け、まさか彼がそんなことをいうとは思いもしていなかった私も、そして良かれと思ってリィン君を通した革新派の人間たちも硬直した。
優しかった彼が唯一残された家族に向けて放つ言葉がそれかと。
父の愛を受け取れると思っていたのだろうリィン君は見るからに打ちひしがれていて、見ていられなかった。
それでも何か声をかけようとしたリィン君が顔を上げギリアス兄さんを見て表情を変えたのには、だから私には驚きだった。
涙でぐちゃぐちゃだった彼の顔がいきなりきょとんとした顔になるのは見ていてこちらが理解不能で、説明して欲しいくらいだった。
そのまま数秒間見つめあった後無言で踵を返したギリアス兄さんにリィン君が放った「また会いに行きます」という言葉でギリアス兄さんが一瞬歩みを止めたのを見てやっぱり親子なんだなと思った。
帝国宰相となった父に、半ば捨てられたと言っても過言ではないリィンくん。
彼らの今後は茨の多い道だろうけれど、なんとなくそう悪いものにはならないんじゃないか、涙を拭ってギリアス兄さんと反対方向に歩き出したリィン君を見てそう思った。
完結。
続きは皆さんの脳内に描いてください(丸投げ)
こんな世界もあったらなっていう妄想から生み出された本作ですが、楽しんでいただけたのであれば幸いです。
================
リィンくん5歳多少は前を向くの巻。
なお原作ほど道に迷い続けることはないと思いますが、失っていない家族の記憶と家族を奪われた痛みでまぁまぁ悩みながら進んでいくことにはなる模様。
本当ならもっと引きこもって傷を癒すのに時間がかかるというのが当然のことではあるのですが怪物ギリアス・オズボーンとエンカウントしながら父の愛を僅かに感じ取りHPが回復、まだまだ瀕死の重症人ですが今後も少しずつHPがリジェネっていくでしょう。
■ テオ・シュバルツァー視点
血の繋がりはないけど大切な兄貴分とその家族が貴族派に暗殺されたと思ったら兄貴分の忘れ形見と死んだと思った兄貴分のやりとりを見せつけられ困惑する人。
なおその後ろではオーラフやヴァンダイク、マテウスなども同じく似たような衝撃を受け、同じような感想を持っている模様。