色々と手探り状態ですので投稿頻度は多くありませんが、楽しんでいただければ幸いです!
父との再会
意識を失ってからどれくらいたっただろうか。
徐々に沈んでいた意識が浮上し、土の香りが鼻腔を擽る。
────土?
────わたくしは部屋にいて、お父様とお母様とお話をしていたはず…………
ガバッと身体を起こし辺りを見渡すと、見覚えのある場所だと思考する。
ネウルカの
帝国とネビュリス皇庁の境界線に位置し、高さ三十メートルにまで成長するネウルカの樹が特徴。
シスカも何度か視察に訪れたことがあり、両国の歴史を学ぶ上でも欠かせなかった場所だ。
何故自分はこのような場所にいるのか、全く見当がつかずにいると違和感を覚える。
着ている衣服が寝間着から変化していたのだ。
外出用の黒いワンピースに着替えていたということは、自分以外の誰かが関わっているはずだ。
「──────ッ!?」
そして、ようやく意識を失う直前の記憶がフラッシュバックする。
イスカの手によってシスカは気絶させられたこと、そして一度だけ微かに意識を取り戻したときに見た母の泣きじゃくった顔。
人が一人かろうじて入る大きさの箱に入れられ、シスカは弱々しくシスベルを呼んだ。
再び意識を失う刹那、シスベルの口から発せられた言葉は『幸せになりなさい』、『愛しています』の二言だけ。
胸をズキズキと刺す痛みとともに鮮明に思い出された記憶、それはシスカの心を深く傷つけた。
「お母……様。お父……様。…………わたくしは、いったいどうすればよいのですか。どう幸せになれと言うのですか…………誰か……助けて…………」
全てを失い、行く宛もないままどうすればよいのか。
ひとしきり泣いた後、傍らに便箋のようなものが置かれていることに気づく。
よほど動揺していたのか、今の今まで視界にすら入らなかった。
便箋には慌てて書いたのかお世辞にも綺麗とは言えない文字で、されどシスカには綺麗に映ったその母親の筆跡の文章をすがる気持ちで読んでいく。
『────シスカへ。
これを読んでいるということは、あなたは過去に無事に着いたのでしょう。
あなたには知らせていませんでしたが、実はあの晩に賊の襲撃を受けたのです。
狙いはあなただったようで、気づいた時には逃げ場もなくなり手遅れとなっていました。
帝国の音々を覚えていますか?
彼女が開発したタイムマシンという発明、それによりあなたを過去に避難させるほかなかったのです。
本当にごめんなさい。
仕事に忙殺されてあなたとの時間が作れなかったこと、何度謝っても許してはくれないのでしょうね。
ですが、これだけは覚えていてください。
わたくしもイスカも、あなたをずっと愛していることを』
「お母様…………」
涙の雫がポロポロと零れ、便箋に数多の染みを残していく。
自分はこんなにも思われていたのに、両親たちの為に何をすることも出来なかった。
あまつさえ襲撃にすら気づかず、呑気に二大国平和式典のスピーチを考えながらシスベルに会いたいと願うだけの自分。
今にして思えば、自分は二人に我が儘を言ったことがあっただろうか。
仕事になど行かず、自分とともにいてほしいと。
一度たりともなかった。
しかし、後悔してももう遅い。
どんなに手を伸ばそうが、もう二度と自分の愛する者たちのもとには届かないのだから。
ネウルカの樹のさらに上、青々とした空を見上げてシスカは覚悟を決めた。
────わたくしは、もう一度あの時を取り戻したい。
────でも、それはもう叶わない。
ならばやることは一つだ。
ここが過去の世界だというならば、まだシスベルとイスカも生きているはず。
二人を守り、ともに歩む。
それがシスカにとっての幸せだと、この世界ですべきことなのだと。
まずはシスカがどの程度まで飛ばされたのか、その把握が最優先事項だろう。
覚悟を決め前方に向かって足を踏み出した瞬間、シスカの足下までを冷たい氷で覆い尽くされていった。
大気が、大樹が、地面が凍りついていくこの有り様をシスカは知っている。
「アリス叔母様の『大氷禍』!? ということは、向こうに…………」
シスカは脇目も振らずに駆け出し、シャリッという靴音を後方に残しながらも冷静に現状について分析する。
アリスは言っていた。
『戦争が終わってから一度も使ってなかったから、なんか普段のストレスが一気に解放された感じね』と。
つまり
自分が産まれるよりも過去に飛ばされたことに驚愕しながらも、イスカかシスベルの手がかりに繋がればと無我夢中で氷の樹海を走り続ける。
数分後、
そしてもう一人、帝国の戦闘衣に身を包んだ黒髪の少年。
胸元のペンダントのチャームを開き、何度も少年の顔と見比べるが確認など初めからいらなかった。
「お父様ですわ! よかった、生きて…………」
シスカはその先の言葉を紡げずに押し黙り、二人は今は敵なのだと思い直す。
ここは平和な未来とは違う、戦争の真っ只中だ。
二人が戦っていて、自分は何をしようとしていた?
父と叔母に会えた嬉しさのあまり、二人に飛び付こうとしていた。
身体のあちこちが傷ついているイスカを見て、頬をひっぱたいて甘えを殺す。
────今、わたくしがすべきこと…………
────それはあの二人を、いいえ…………戦争を止めることですわ!!
「『氷禍・千枚の棘吹雪』」
シスカの胸元の痣──
イスカとアリスと燐の三人が異変に気づき、空中の氷の剣を見上げる。
「これはさっきの…………!?」
「アリス様、これは!?」
「私は何もしてないわよ!?」
動揺と驚愕に身体を硬直が解けていない三人を隔てるように剣が壁となり、その上にシスカが降り立つ。
「シスベル、どうしてあなたがここにいるの!? それにその星霊術は!?」
「アリス様。あの少女は確かにシスベル様に瓜二つですが、シスベル様は現在皇庁にいらっしゃるはずです。何より、この戦いに割り込むことはシスベル様には不可能です」
「…………それもそうね。あなたは一体何者なの? 答えなければ捕縛して聞き出すまでだわ」
「────シスカ。それがわたくしの名前ですわ。今話せるのはそれだけ…………それではアリス様、ごきげんよう」
「待ちなさいッ!!」
シスカがイスカの方へと降り、アリスもそれを追いかけようとするもさらに氷の剣が剣の上に降り注ぎ壁の高さをネウルカの樹を越える大きさにまで積み上げることで追跡が困難となってしまった。
「あの娘はいったい…………それに何故かしら、なんだか他人のような気がしないわ」
「…………アリス様」
「分かっているわ。撤退するわよ、燐」
──アリス達と反対側の壁にて。
シスカはイスカの身体を抱き寄せ、一度は止めた涙をまた流していた。
イスカもされるがままになっており、身動きがとれないでいた。
「えっと…………君は?」
「ごめんなさい、もう少しだけ…………このままでいさせてください」
全てを失ったと思っていた、しかし過去の父とはいえ生きている。
もう離れたくない、その一心でシスカは身体を密着させてイスカの存在をこれでもかと感じ取っていた。
「イスカく──────────ん、よかった無事だった…………って、誰その女の子!!」
「イスカ兄!?」
「なにやってんだお前?」
「僕にも何がなんだか…………」
今にも飛び付こうとしていたが、イスカに抱きつくシスカの姿を見て急ブレーキをかける幼げな女性ミスミス・クラス。
赤髪をポニーテールで結わえた大粒の青の双眸の音々・アルカストーネと、逆立てた銀髪と鋭利な灰色の双眸の精悍な面立ちのジン・シュラルガン。
シスカにとっては懐かしい顔ぶれに、微かに口元が緩むのを感じる。
イスカから身体を離したシスカはワンピースの裾をつまみ、ほんの僅かだけ持ち上げる。
貴族の社交場において、うら若き淑女から目上の紳士に対して行う挨拶として知られているそれは幼い頃にシスベルに教えられたもの。
ペンダントとともに自らに勇気を与えてくれる、シスカにとってのおまじない。
「ごきげんよう、皆さん。わたくしはシスカ=ルゥ=ネビュリス10世。未来から来たしがないみなしごですわ」
シスカの星霊に関しては次回に詳しく書きたいと思います。