原作より色々と緩い風鳴家にクリスちゃんが嫁いだ話 作:とりなんこつ
復活の日
南極大陸の黄金棺より発見された遺骸とその腕輪は、米国はロスアラモス研究所に収容されていた。
そこでの起動実験や研究の進捗は芳しくない、と国連にも報告されている。
だが、それらは全て欺瞞だった。
金の腕輪は起動すると同時に、近くの研究員を依り代としてかつてのアヌンナキの一柱であるシェム・ハを降臨させる。
無論、原罪を抱えたままの人間はシェム・ハの完全な器とは成りえない。時間が立てば砕け散る脆弱なもの。
ゆえにシェム・ハは、肉体を次々と移り変わることにより現臨状態を維持。
『我の名はシェム・ハ。この星に降臨せし神である』
全世界へ向けて発信された動画の、宣戦布告にも等しいことを口にした人物の顔が一定しないのは、この理由による。
同時に彼女は米国のコンピューターネットワークの掌握に着手。
中途半端な依り代の格好では往年の力に遠く及ばない、と悟ったシェム・ハの侵食は深く静かに進行し、当の米国政府も気づいたときには全てが手遅れだった。現在、米国内の殆どのシステムを乗っ取られてしまっている。
結果として、太平洋上に、空前絶後のアメリカ艦隊が展開するに至る。
その旗艦上らしき場所で、またもや依り代を変えたシェム・ハは宣言する。
『全ての人間よ。我にひれ伏せ。まつろわぬものは、これ全て誅滅である』
展開された艦船は全て彼女の支配下にあり、大量破壊兵器も搭載されている。
この事態に直面した国連は、空前絶後の特異災害と認定。
直属の特殊部隊に、世界の命運を賭けることになる。
もちろんそれは―――。
出立
慌ただしい出撃準備が進められる中、激務の合間を縫って風鳴弦十郎は自宅である屋敷へと戻っていた。
退院して間もないクリスと、彼女の腕の中ですいよすいよと寝息を立てる娘が出迎えてくれる。
「のんびりしてて大丈夫なのかよ?」
「ああ。俺には優秀な部下がたくさんいるからな」
太い指で娘の柔らかい頬をぷにんと押して、それからクリスの頬を包むように撫でる。
そっと手のひらに寄り添ってくる妻の頬の熱さを感じながら、弦十郎の内心の感慨は大きく深い。
今回、国連から要請されたのは、神を名乗るシェム・ハの撃滅。
次世代型潜水艦であるS.O.N.G.本部で深く潜行、接近し、戦力の全てをぶつける強襲作戦。
だが、あれだけの大規模な艦隊相手に、とてもスムーズにいくとは思えない。
誰もがそう思い、口に出さないが結局それは―――特攻だ。
だけに、弦十郎は、クリスと娘を屋敷に残して出撃することを選ぶ。
どのみち自分たちが敗れれば、地球上でシェム・ハに対抗できる戦術ユニットは存在しないだろう。
ならばこそ、最後の最後まで一緒にいた方が―――いや、戦う前から負けることを考えてどうする。
そうだ、絶対に負けられないのだ。
弦十郎は改めてクリスの腕の中を見やる。連日のあわただしさの中、未だ名もつけられない娘だ。
(必ずこの子の未来を護ってやらねばな)
その思いは、もちろんクリスも共有するところである。
「この子は、あたしが命を賭けて護る。だから、安心して頑張ってきてくれよ」
そういって胸元から引っ張り出してきたギア・ペンダントを、弦十郎は取り上げた。
「これは俺が預かっておく」
「おい…ッ!」
クリスが抗議の声を上げるが受け付けない。
出産を経て間もない彼女の体力は回復していない。そんな状況でシンフォギアを纏えば、冗談抜きで命とりになる。
そしてクリスは、娘のためだけでなく、万が一にもこちらが絶対絶命になったとき、躊躇いなくギアを纏って駆け付けてくるはず。
そんな彼女の行動原理が手に取るように分かるゆえに、弦十郎はイチイバルを回収せざるを得なかった。
だが、それはそれで新たな問題が生じる。
今回のミッションは全装者参戦の総力戦だ。七音の一人であるクリスと、広域殲滅型のイチイバルのシンフォギアを欠き、大幅な戦力ダウンは免れない。
だからといって、そんな巨大な戦力の穴埋めなど。
「儂も同道する」
ずいと巨大な影が歩み出てくる。愛刀を携えた訃堂だった。
そんな巨躯が羽織袴なのはいつものことだが、今日この日は純白の
立ち昇る迫力も、往年のものと比べて全く遜色のないもの。
「親父がか…?」
弦十郎は狼狽するも、瞬時に冷徹に思考を立て直す。
おそらく次はない作戦だ。投入される瞬間最大戦力は大きければ大きいほど良い。
そして何より、単純な戦力として、味方にすれば実父ほど頼もしい存在を弦十郎は他に知らなかった。
「頼む」
軽く頭を下げる弦十郎を一顧だにせず、訃堂は門を潜って出ていってしまう。
相変わらずの愛想のなさに苦笑を浮かべ、それから弦十郎が向き合ったのはヴァネッサら三人組。
彼女らに向けて、弦十郎は深く頭を下げて言った。
「どうか、うちのクリスと娘を護ってやってくれないか?」
もちろん護衛としてのS.O.N.G.のエージェントは何人か配置していく。
だが、かつてのパヴァリア光明結社の構成員として活動してきた彼女たちの戦闘能力は、おそらく普通の防人を凌ぐはずだ。
そう見込んでの歎願を、エルザは快諾。
「承知したであります! 確かに任されたでありますッ!」
「ええ。任せてちょうだい」
隣でヴァネッサも深く頷きつつ、ミラアルクへと声を向ける。
「ほら、ミラアルクちゃんも」
「…ケッ! ま、まあ、喰わせてもらった飯の数くらい前向きに検討してやるゼッ!」
その返答に更に深く頭を下げ、弦十郎は踵を返す。
門を出るときに、一度だけ振り向く。
心配そうに涙を滲ませるクリスだったが、無理やり笑ってこう言ってくれた。
「ほらッ! さっさと片づけてみんな元気で戻ってこいッ!」
「おうッ」
欺き
深く静かに太平洋の海を進行していくS.O.N.G.本部。
いかに現代科学の粋を集めていたとしても、たった一隻で大艦隊相手にどこまで太刀打ち出来るだろうか?
発令所は緊張に包まれ、藤尭朔也などは本日、何度目かも知れぬ武者震い。
もっともこれは司令席の弦十郎の隣に訃堂も屹立していたことと無関係ではないだろう。
「そろそろか…」
弦十郎は壁掛けの時計へと視線を走らせる。
間もなく作戦開始時刻で、日本時間では23時を過ぎたあたりか?
クリスと娘はもう寝ただろうか…。
そんなことを考えた時だった。
発令所内に鳴り響くアラーム音。
「ッ! 敵に気づかれたのかッ!?」
「いいえッ! これは日本からの緊急通信ですッ!」
「なんだとッ!?」
よもや、この作戦の最中に、日本の街中にノイズが発生したとでもいうのか?
だが、装者たちがここに全員集まっている以上、今の国内に対抗する術はない。
だが、弦十郎の悪い予想は、更に最悪な形で裏切られる。
「か、風鳴の屋敷が、何者かの襲撃を受けていますッ!」
弦十郎は声を出すこともなく硬直していた。
目下、風鳴屋敷には、自分にとって何よりも大切なものが存在する。
それが、襲われているだと?
目をかっぴらいたままの弦十郎へ、友里が更に無慈悲な報告。
「護衛部隊のバイタルマーカーが全て消失しました…ッ!」
咄嗟に弦十郎は動けない。
これから人類を救うための乾坤一擲の作戦を実施しなければならない。
しかし、彼がこの世界で最も護るべき存在にこそ、今まさに脅威が迫っている。
おそらく常人であれば発狂するであろう重圧の板挟みが、弦十郎の強靭な肉体を金縛りにしていた。
司令席に座したまま動かない弦十郎の肩がむんずと掴まれる。
そのまま弦十郎を席から放り出したのは、風鳴訃堂だ。
ジロリと横目で息子を見て、訃堂は告げる。
「行け。ここからは儂が仕切る」
弾かれたように瞬きをする弦十郎。
だが、もはや迷っている暇はなかった。
「頼む」
短く言い残して発令所を飛び出していく弦十郎の行先を、部下である藤尭は即座に把握して指示を飛ばす。
「第七ハッチゲートオープンの準備を! 至急X機を回して下さいッ!」
第七ハッチへたどり着いた弦十郎の目前には、一台の可変式のモジュールが火を入れられていた。
コックピットには素手に操縦士が乗り込み、発進のためのチェックに余念がない。
後部座席に一足飛びに乗り込んだ弦十郎に対し、
「すぐに行けますよッ!」
「頼むッ」
海中専用の発射孔より射出されたそれの見た目は、小型の潜水艦だ。
だが、海中を上昇する中で変形。海面に達すると同時に海上を疾走しながら更に形を変えていく。
頭頂部からローターが飛び出し、間もなく海面を飛び立った形態は、最新鋭のヘリコプターだ。
装者を潜水艦を浮上させることなく出撃させるための移動手段であるが、試作機をあらわす『X』を冠したこのヘリコプターの能力はこれだけには留まらない。
「司令、少し加速がキツいですよッ!」
パイロットがスイッチを入れた途端、ローター推進からジェット推進へと切り替わる。これにより音速の突破が可能。
しかし、技術の台頭もローターへかかる負担は完璧には軽減できず、この機体が未だ試作機である所以だ。
だが今は、日本までもてばいい。
「…ッ!」
ぐんぐん加速する機体の中で、弦十郎は肩に手を当てる。
訃堂に握られたそこはおそらく痣になっており、同時に訃堂の思いがヒシヒシと伝わってくる。
―――儂が残っておればッッ…!
裏目に出てしまったことは否めない。ギアペンダントを取り上げてきたことも痛恨だ。
だがあのときはそれが最良に思えたのだから仕方ない。
「どうか無事でいてくれ…ッ!」
歯を食いしばり、弦十郎はクリスと娘をひたすら思う。
風鳴屋敷の上空付近でヘリから飛び出す。
スカイダイビングの要領で頭から急降下。
背中に背負ったパラシュートを広げれば制動がかかるが、弦十郎にとっては一瞬だけで十分だ。
即座にパラシュートを切り離し、屋敷の庭に着地。
衝撃に土と砂が垂直に巻き上がる。
その土埃が落ちる前に、弦十郎は猛烈にダッシュ。縁側から屋敷の中へと駆け上がる。
「ッ!」
途端に強烈な血臭が鼻を突く。
切り裂かれた襖や天井に空いた大穴から血が滴る有様から、凄惨な戦闘が行われたことを看守する。
それは徐々に奥へと続いており、弦十郎とクリスの部屋へ至る大部屋の前に、大きな血だまりが広がっていた。
そこには彼女たちが転がっていた。
両足を切り飛ばされたエルザ。
羽と片腕を失ったミラアルク。
ヴァネッサに至っては、袈裟斬りに身体を両断されていた。
酸鼻を極める光景に絶句する弦十郎の前で、
「…う」
うめき声をあげるヴァネッサ。
「だ、大丈夫かッ?」
駆け寄り、抱き上げる弦十郎。
「…ごめんなさい。護りきれなかった…」
彼女が目だけを動かす。続きの奥の部屋にクリスと赤子の姿は―――なかった。
「…クリスさんたちは、攫われたであります」
ぜーぜーいいながらエルザも訴えてくる。
「今は無理に喋るなッ!」
「襲撃者は…シェム・ハだゼ」
「!!」
ミラアルクの震え声を受け、弦十郎はかっと目を見開く。
なぜにここにシェム・ハが!?
驚きの感情を押し殺し、鋭く周囲を見回す。
(くそ、誰かエージェントは生き残っていないのか? 彼女たちを病院へ運ばねば)
その焦りを察したのか、ヴァネッサはふっと笑った。
「ここの人たちだったら…」
彼女が手をかざした先。
何もない空中に三角形の光が生まれ、そこからドサドサと倒れ出てくる黒服の数は、間違いなくこの屋敷へと配したエージェントたち。
全員が傷を負って気を失っていたが、命に別状はなさそうだ。
「咄嗟に迷宮内に匿うのが限界だったゼ…」
ごぼっと血を吐きながら言うミラアルクに、弦十郎は今度こそ狼狽する。
「わたくしめらは大丈夫であります…ッ」
どうにか上半身を起こして言ってくるエルザ。
「そうだゼ。吸血鬼の遺伝子は伊達じゃない…!」
「しかし…ッ」
「いいから司令さんはシェム・ハを追って。彼女とクリスちゃんの行先はスカイツリーよ…」
シェム・ハの襲撃を迎え撃った際、邸内に展開していたLANに触れられたことによって、ヴァネッサは彼女の思考の一部を読み取ることが出来た。
だが今は詳しく説明している時間もない。
「…分かった。間もなく救助が来るから動くんじゃないぞッ」
迫りくるサイレンの音を耳に、弦十郎は屋敷を飛び出していく。
超人的な脚力で塀を飛び越え、真夜中の街へとひた走る大きな背中を見送って、ヴァネッサたちは誰ともなしに溜息をついた。
「…任されたのに、締まらないでありますなあ…」
笑ったエルザはそのままべちゃりと冷たくなった血だまりの中へと倒れこむ。
「ウチながら、カッコつけすぎたゼ」
ミラアルクも仰向けにひっくり返ったが、その口からまた血が溢れた。
「…弓美ちゃんが遊びに来てないときで良かったわ」
そういったヴァネッサは、まだ動く方の腕を額へと載せる。
玄関先まで人が迫る気配がする。間もなく多くの人間が駆けこんでくるだろう。
そんな騒がしさを感じる直前の、一瞬だけの静謐な時間。
「…エルザちゃん? ミラアルクちゃん?」
ヴァネッサが視線を転じた先。
笑顔を浮かべた彼女たちはもう動かなかった。お互いの両手を重ねたままに。
「…二人とも駄目でしょ。お姉ちゃんより先に逝っちゃ…」
ずるずると片腕だけで這いながら、ヴァネッサも笑顔を浮かべる。
「本当に、二人ともいう事を聞かない悪い子なんだから…」
鉄の手を二人の手に重ね、ヴァネッサも笑ったまま呟く。
「今度生まれ変わっても、きっとまた三人で……」
人に虐げられ、人の手により怪物にされた三人は、人を護り、怪物のまま死んだ。
ホンワカコメディの予定はあくまで予定。
今回のタイトルは、作中はもちろん読み手に対するダブルミーイングです。